天の声が聞こえるようになっていた、はずなのに…… 作:MRZ
当然ながら史実やアニメの持つ熱さやドラマ性を超える事など私の腕では不可能なので、レース展開や結果については寛大な心でお許しください。
日本ダービーと呼ばれる大舞台がある。一番運が強いウマ娘が勝つと言われるレースであり、皐月賞、菊花賞と並んで三冠の条件となる由緒正しい歴史ある重賞だ。それにスペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイは出場する事になった。
トレーナーは前回の皐月賞の結果を受け、今回のレースでは従来通りに三人それぞれ好きに走るようにと指示を出していた。
と言うのも、中距離最強の一角であるサイレンススズカがこの日本ダービーには出場していないためだ。
皐月賞で一着になれなかった事を受け、戦術の見直しかトレーニングの見直しなどをしているのだろうとトレーナーは見ていた。
「あるいは、サイレンススズカが大舞台で自分の逃げを出来なかった事で調子を落としてるか、だろうな……」
これまで逃げウマ娘として走るサイレンススズカは無敵に近かった。どんな追い込みも差しも通用せず、ただただ最後の直線で突き放される。それが彼女のレースだった。
それを皐月賞では出来なかった。その理由を正しく理解している者は多くはないが、やがて知られるのは時間の問題だとトレーナーは読んでいた。
何せあの皐月賞は色々な意味で注目を集めていたのだ。サイレンススズカが出場し、トウカイテイオーが走るという、話題に事欠かないレースだったのだから。
(きっと、あのレースを大勢見てるはずだ。なら、サイレンススズカの逃げが出来てなかった理由にも、思い当たる奴が出てきてもおかしくない)
ゴール前がよく見える位置に移動し、トレーナーはある事を思い出していた。
それは皐月賞のゴール直後に見たサイレンススズカとトウカイテイオーの事。
(天の声が教えてくれたが、あの時のサイレンススズカは調子を落とし、トウカイテイオーも調子を落としていた。問題は、何故トウカイテイオーは宣言通りに勝利して調子を落としたか、だ。それもあの時だけ調子が落ちたしか聞こえなかった事も気になる。ライブを終えた後には調子を戻していたが、そうなると余計勝った後で調子を落とした理由が分からん)
天の声はゴールした時のトウカイテイオーの状態が良くない事をトレーナーへ教えていた。
だからこそ、彼はあれからそれとなく表向きトウカイテイオーの担当となってるトレーナーへ接触し、彼女の走りに違和感のようなものを感じると告げていた。
――俺の勘違いならいいんだが、その、故障引退させちまったあいつに似たものを感じて、な。
過去の出来事と結びつける事で相手の危機感を刺激し、トレーナーは後の事を担当トレーナーへ託したのだ。
かつてトレーナーが起こしてしまった有望株のウマ娘を故障引退させた事実。それがどう相手に働くかを悟った上で。
その後の事はトレーナーも詳しくは知らないが、このレースにトウカイテイオーが出る事が意味するのは検査などで異常は見つからなかった事だろうと思っていた。
それでも、今回のゴール直後のトウカイテイオーがどういう状態になるかを知ろうとしていたが。
「何だか嫌な予感がする……。外れてくれればいいんだが……」
勝ったはずなのに調子を落とした事。それがトレーナーにはどうしても気になっていたのだ。
しかも、それに拍車をかけていたのがトウカイテイオーが正式な担当トレーナーを持たないウマ娘だと言う事。
何か不調を抱えているのではないか。あるいはそれを気のせいだと無視してしまっているのではないかと、そう思っていたのだ。
そしてその事でトウカイテイオーが検査などを必要ないと突っぱね、しかも表向きの担当トレーナーへ走って見せて異常などないと証明して納得させているのではと、そんな考えまで浮かんでいた。
胸の中に残るもやもやとした不安を吐き出すようにトレーナーは息を吐いた。
『晴れやかな青空の中、今年もこの季節がやってきました東京レース場。GⅠ、日本ダービー。芝、2400m……』
「そろそろか……」
流れ始めた場内アナウンスにトレーナーの意識が目の前から大画面へと向く。
そこに映し出されているゲート前の光景へ集中し、彼はお目当てのウマ娘達を見つけた。
「……あいつらは気負ってはいない、な」
皐月賞での結果を受け、三人はそれぞれに自分なりの課題を見つけていた。主に、セイウンスカイはスタミナ、キングヘイローはスピード、スペシャルウィークは仕掛けるタイミングだ。
それもあって、この日本ダービーへ向けてはそれまで以上の熱意と気合を持ってトレーニングへ臨み、今回こそはと意気込んでいたのだ。
それによる気負いが見られない事を確認し、トレーナーは安堵の息を吐く。
『今回の注目はやはりトウカイテイオーでしょう。無敗での三冠を宣言し、皐月賞ではあのサイレンススズカを下しての見事な勝利。今回のダービーを取れば、残りは菊花賞となりますね』
『そうですね。ここは三冠へ王手をかけられるかどうかが注目です』
「……まぁ、世間はそれを期待してるよな」
実際今回のダービーで注目されているのはその事だけと言っても過言ではなかった。
スペシャルウィークやキングヘイロー、セイウンスカイはこれまでの戦績からしても注目される要素が少ない。更に言えば皐月賞での成績も凄さが見えるものではなかった。
トレーナーもそれが分かっていたからこそ実況と解説のやり取りに疑問も不満もなかったのだ。
『さぁ各ウマ娘がゲートに入りました。体勢完了です。GⅠ、日本ダービー……スタートしました』
「スペ、キング、セイ、怪我だけはするなよ……」
祈る様に画面を見つめるトレーナー。その画面内ではセイウンスカイが先頭へと躍り出ていた。
『まずハナを主張したのはセイウンスカイ。続く形でダイワスカーレットが追走です』
『皐月賞とは違い、今回は控えめなペースですね。やはり前回の失敗が尾を引いているのでしょう』
『その皐月の覇者トウカイテイオーは先頭から6バ身程離れた位置にいます。先頭二人を静かに追う形だがいつその牙を剥くのか』
(スペやキングは差しの位置取りだな。セイはあのペースなら最後まで持つはずだが、背後につかれてる、か……。あまりそっちへ意識を向けるなよ、セイ)
トレーナーの心配通り、逃げるセイウンスカイは後方から追走してくるダイワスカーレットの気配を感じ、どうしたものかと考えあぐねていた。
(後ろにピッタリつかれてるのが分かる……。少しでもペースを落とせばすぐ抜いてやるって感じさえしてくるよ。でも下手にペースを上げたら最後まで持たない。けど一度抜かれると面倒だし……。スズカさんはいつもこんな感じで走ってるのかな? いや、スズカさんはもっと後続を引き離すか。じゃあ私も少しペースを上げる?)
迷いを抱くセイウンスカイと違い、その真後ろにいるダイワスカーレットは真剣な表情で走っていた。
(スズカさんが回避したから回ってきた出番だけど、これをステップに上を狙ってみせるっ!)
優先出場資格を有していたサイレンススズカ。その彼女が出場を見合わせた事で枠が一つ空き、そこを掴み取ったのがダイワスカーレットだった。
だからこそ彼女はこのダービーに誰よりも意気込んでいた。トウカイテイオーよりもその熱量は高いと言える程に。
『先頭二人が第二コーナーへ入っていく。依然先頭はセイウンスカイ。ダイワスカーレットはそのすぐ後方。外には11番バイトアルヒクマです。これが先頭集団。3バ身程離れて最内にいるのがクラリネットリズム、その外1番タクティカルワンと連なる形で9番リズミカルリープ。一番人気トウカイテイオーはその内にいます。そこから2バ身程離れて最内にいるのがスペシャルウィーク、13番キングヘイローはその後方です。外を通ってライムシュシュがいまして、イミディエイトはその後方。オクシデントフォーが内を通ってここまでが中団となっています。その後方、外を行くのがアゲインストゲイル、内からはフェアリーズエコーが上がっている。2バ身程離れた最後方には、内に10番ユグドラバレー、外がメイクデビューから破竹のGⅢ三連勝、二番人気に推されました6番ゴールドシップとなっています。先頭からおしまいまでおよそ15バ身から16バ身程の隊列です』
いよいよ先頭二人が第二コーナーを抜けてレースは中盤へ差しかかろうとした時だった。
(一度だけ間近で見たスズカさんよりも逃げ足が遅い……。抑えてるのかと思ったけど、この感じはこれがベストなペースって事か。なら……っ!)
セイウンスカイの走り方からペースアップはないと判断したダイワスカーレットがその速度を上げたのだ。
迷いを生じ出しているセイウンスカイとは違い、ダイワスカーレットはその走りに一切の迷いも躊躇いもない。そのまま外へ体を出すなり先頭へと躍り出ようとした。
『ここでダイワスカーレットが仕掛ける! これがこちらの本気だと言わんばかりの加速でセイウンスカイに並ぶ! いやそのまま抜き去ろうとするっ! セイウンスカイも先頭を譲るものかと抗うが、ダイワスカーレットが前へ出たっ!』
「セイ……っ!」
レースはまだ中盤を迎えようとしているところ。そこで先頭を奪われる事は逃げウマ娘としてはかなり苦しい展開だ。
(このままいかせちゃ不味い気がするっ! ボクの目標を! 夢をっ! そして何よりカイチョーとの約束を果たすためにもっ! 誰にも邪魔させないよっ!)
だがここで動いたのはダイワスカーレットだけではなかった。皐月賞と同じく勝負所を直感で感じ取ったのかトウカイテイオーがスパートをかけたのである。
『帝王始動っ! ここでトウカイテイオーが動いたっ! ダイワスカーレットが先頭となるのと合わせるかのように速度を上げるっ!』
自ら宣言した無敗での三冠。それを阻む事を許さない想いを込めた脚が力強い加速を生み出してトウカイテイオーの体を一陣の風と変える。
そしてその風は後方にいたスペシャルウィークとキングヘイローを動かす事となった。
(テイオーさんが動いた……ならっ!)
(スパートをかけるには十分ですわっ!)
皐月賞で動き出しが遅れたと思っているスペシャルウィークとキングヘイローはトウカイテイオーに呼応するように加速を始める。
その間にも先頭は第三コーナーから第四コーナーへ入ろうとしていた。ダイワスカーレットに引き離されまいとするセイウンスカイ。そんな二人へ襲いかかるように迫るトウカイテイオー。レースは大きく動こうとしていた。
『先頭は未だ僅かにダイワスカーレットっ! だがまだ分からないっ! セイウンスカイも懸命に走るっ! トウカイテイオーが外からそんな二人を抜き去ろうと迫っているぞっ! 後方からスペシャルウィークやキングヘイローが上がっていくっ! さぁ最後の直線へ出て依然ダイワスカーレットが先頭っ!』
「行かせるかっ!」
そう力強く言い放つのはトウカイテイオー。セイウンスカイは言葉を発する事もなく、ただ静かに状況を見守っていた。
その視界からゆっくりと二人が遠くなっていくのを見つめながらも、関係ないとばかりに足を動かし続けていたのだ。
(また、こうなるんだ……)
その時、両脇を何かが通り過ぎる。先に通過したのはスペシャルウィーク。やや遅れる形でキングヘイローがセイウンスカイを置き去りにするように前へと出て行く。
既にゾーンを発動させているスペシャルウィークは凄まじい速度で先頭集団へ迫っていき、それには劣るものの諦める事無くキングヘイローも続いていく。
そうして仲間二人の背中を見送り、セイウンスカイは諦めるのではなくある事を思い出そうとしていた。
(後ろの事に気を取られて迷ったから、かなぁ。でも、おかげで思い出せたや。大事な事を……)
一瞬、一瞬だけ目を閉じて、セイウンスカイはあの模擬レースでトレーナーから言われた言葉を思い出す。
――前だけを見つめて風を追い越せっ!
その言葉を思い出した瞬間、セイウンスカイは無意識に息を吸った。風を追い越すために風を取り込むように。
「っ!」
そして息を吐くと同時に目を見開き、セイウンスカイの体が加速を始めた。それは彼女が一着を取った際に見せた“ゾーン”と呼ばれる状態だ。
疲れ切っていたはずの体に活力が戻り、自然と体が加速していく。力尽きそうだった体に力が湧き上がり、生命の息吹が吹き渡るかのように速度をトップスピードへと押し上げてセイウンスカイはトップ争いへと舞い戻ろうとしていた。
一方先頭争いは遂に動きを見せていた。
『粘るダイワスカーレットをかわして、ここで先頭はトウカイテイオーに代わったっ! そのまま差が1バ身から2バ身とどんどん開いていくっ!』
「まだよっ! まだ終わってないわっ!」
必死に抜き返そうとするダイワスカーレットだが、その横を一瞬で何かが通過する。
『お~っとここでスペシャルウィークっ! スペシャルウィークが来たっ! ダイワスカーレットを抜き去り一着目指して凄まじい末脚だっ! 皐月の借りを返そうとするかのような疾走ですっ! キングヘイローも来ているが伸びが足りないかっ! スペシャルウィークとトウカイテイオーの距離は3バ身から4バ身っ! それがグングン縮まっていくっ! まだ分からないっ! 残りは400を切ったっ!』
見ている者達全員が息を呑んだ。それは何もレース状況にではない。スペシャルウィークの末脚の凄さに、である。
たしかに3バ身はあったはずの差をあっという間に縮めてしまおうとしていたスペシャルウィーク。その凄さは、後ろを振り返ったトウカイテイオーが視界に映った光景に思わず目を見開く程だった。
(嘘でしょっ!? 皐月賞の時よりも速度が上がってるのっ!?)
(あの時は届かなかったけど今回は……っ!)
たった400m。されど400mである。その差が、何よりも皐月賞から今までの時間が、あの時届く事がなかった末脚を帝王の背中へ届かせようとしていた。
『白熱する日本ダービーっ! 内にテイオーっ! 外にスペシャルウィークっ! キングヘイローが現在三番手っ! ダイワスカーレットはジワジワと先頭から離されているっ!』
(これが、皐月賞で入着してここへ来たウマ娘の実力なのっ!? だけど諦めないっ!)
不屈の精神で走るダイワスカーレット。そんな彼女へレースの神は容赦なく洗礼を浴びせた。
『ダイワスカーレットが再び前へ近付いていくがその後ろからセイウンスカイが来ているぞっ! っ?! セイウンスカイっ!? セイウンスカイが再び伸びてきたぁっ!?』
「何ですってっ!?」
「スペっ! キングっ! セイっ! 行けぇぇぇぇぇっ!!」
思わぬ展開にどよめきと歓声が上がるゴール前。トレーナーはその喧噪の中で声を枯らす勢いで叫ぶ。
『二冠を目指すトウカイテイオーへスペシャルウィークっ、キングヘイローっ、そしてセイウンスカイが襲いかかるっ! ダイワスカーレットも粘っているがトップは四人で争われる事になりそうですっ!』
「くっ……こうなったらせめて入着だけでもっ!」
ゾーンに入っているスペシャルウィークなどと違い、ダイワスカーレットはその状態ではないために冷静に狙いを一着から入着へと切り替える。
(でも、せめて今後のためにあんた達の走り、じっくりと見せてもらうんだからっ!)
ただで負けてやる程殊勝じゃない。そんな気持ちでダイワスカーレットは徐々に遠ざかっていく四人を見つめた。
『ここでスペシャルウィークがテイオーへ並びかけるっ! その差が半バ身まで迫ってきたっ! 皐月では1バ身残った距離を縮めてきたぁっ!』
(抜かせないっ! 抜かせたくないっ! もう負けるのはやだっ! もうあんな悔しさはやだっ! ボクは、皇帝を、カイチョーを超えるんだぁっ!)
『ここでテイオーがまた伸びるっ! 帝王の意地が差そうとするスペシャルウィークを寄せ付けませんっ!』
(そんなっ!? また届かないのっ!?)
土壇場になってトウカイテイオーが負けたくない一心で速度を上げた事により、スペシャルウィークの伸びを僅かではあるが上回る。それでもスペシャルウィークは諦めずに走り続ける。あと半バ身が遥か彼方にも感じながら。
『さぁ! 栄光はただ一人ですっ! 残り200となろうとしていますっ! 先頭は僅かにトウカイテイオーっ! スペシャルウィークもまだ諦めていないっ! その後方から来るのはキングヘイローだっ! セイウンスカイもいるぞっ!』
「今度こそ届いてっ!」
「王者の走りを見せてあげますわっ!!」
「風を追い越すよっ!」
「夢を掴むんだっ!!」
『残り200を切ったところでキングヘイローが更に加速っ! セイウンスカイも二の脚が衰えないっ! スペシャルウィークだけじゃないぞと王者と青天が帝王を狙って駆けてきたぁっ! ここでスペシャルウィークが並んだっ! 並んだっ! いや四人が横並びっ! 四人が横並びっ! けれど勝者は一人っ! 一人ですっ!』
「勝つのはボクだっ! ボクなんだぁぁぁっ!!」
その時、トウカイテイオーの中で何か亀裂が入るような感覚が走った。ただそれを上回る程の興奮と気迫がすぐにその感覚を吹き飛ばしてしまう。
『テイオー僅かに先頭かっ! スペシャルウィーク粘るっ! キングヘイロー届くかっ! セイウンスカイも負けてないっ! 火花散らす東京レース場っ! 日本一の座を競って四つの想いが激突しているっ! 内にテイオーっ! 外にスペシャルウィークっ! 最内からはキングヘイローっ! 大外にはセイウンスカイだっ!』
四人の視線はそれぞれ異なっていた。ゴールを見つめるトウカイテイオー。ゴールの先を見つめるキングヘイロー。空を見つめるセイウンスカイ。
そして、トウカイテイオーを見つめたスペシャルウィーク。
(また負けたくないっ!)
皐月賞では遠かった背中が今回はもう目の前にある。そう思って残る力を全て振り絞るように、スペシャルウィークが何とかトウカイテイオーに勝ちたいと思った事で体が更に前傾姿勢となった。
『二冠の夢かっ! 再戦の意地かっ! 夢と意地のぶつかり合いっ! 今スペシャルウィークがテイオーと並んでゴールインっ! 僅かに遅れてキングヘイローとセイウンスカイかっ! 三着はそのどちらかでしょうが一着は分からないっ! 皐月のリベンジなるか! あるいは三冠へ王手をかけるのかっ!』
誰もが固唾を飲んで一点を見つめる。それは掲示板だ。そこに着順が表示されるのを今か今かと待ちわびていたのだ。
その間に続々とウマ娘達がゴールを通過していく。全てのウマ娘がゴールしたのを合図にしたかのように、やがて掲示板に下から着順が表示され始める。
それにつれてトウカイテイオーやスペシャルウィークの表情が緊張感を増していく中、遂にそれは明らかになった。
『一着は……トウカイテイオーっ! 二着スペシャルウィークとアタマ差、三着は同着でキングヘイローとセイウンスカイですが、そちらも二着とアタマ差という大接戦っ! ですがこれでトウカイテイオーは無敗の二冠達成っ! 宣言達成まであと一つと迫りましたっ!』
(今回は危なかったね……)
肩で息をしつつ掲示版を見つめるトウカイテイオー。彼女にとって今回はまさしく薄氷の勝利だった。
何せ最後の瞬間にスペシャルウィークの体勢が崩れた事で頭が下がっていなければ、ダービーの栄冠はトウカイテイオーの頭上には来なかったのだから。
(日本一に、なれなかったや。あとちょっと、ちょっと、だった……のに……っ)
二人の母に誓った夢。それが叶えられる手前で届かなかった。そう思って涙を浮かべるスペシャルウィークだったが、その微かに震える両肩をそっと二つの手が押さえるように触れる。
「スペちゃん、まだだよ。まだ日本一への道は残ってる。だから泣いちゃダメ」
「ぐすっ……セイさん……?」
「そうよ。まだジャパンカップがあるんだから。だから顔を上げなさい」
「キングさん……」
日本ダービーには出場条件の中に選手のデビューからの年数制限があり、それもあって一部の有力ウマ娘が出ていない。故にダービーで勝つ事が日本一とは言い難い面があった。
それだけではない。ジャパンカップには外国の強いウマ娘も出場する。そこで一着となる事は単に国内だけに留まらない評価にも繋がるのだ。
つまり、本当の意味での日本一はジャパンカップを制してこそと暗に二人はスペシャルウィークへ告げていた。
(そっか……。まだ、まだ私が日本一のウマ娘になれる道は残ってるんだ)
もう涙は止まっていた。失ったはずの夢。破れたはずの夢。それへまだ手を伸ばせるのだと知ったスペシャルウィークは目元を拭い顔を上げる。消えかけた闘志と希望の灯を静かに燃やし始めるように。
そうやってスペシャルウィークが仲間二人から励まされていた頃、トレーナーはその場から動き出していた。
向かう先はウマ娘達の控室である。けれどそれは自分の担当を出迎えるためではないし、ましてや労うためでもなかった。
(まただ……。またトウカイテイオーがゴールした瞬間に天の声が聞こえた)
あの接戦が決着した瞬間、彼の脳裏にあの声が聞こえたのだ。
――テイオーの調子が下がったな。
その言葉の意味が自分の想像通りか確かめるため、トレーナーは真剣な表情で熱気渦巻くその場から一人静かに立ち去るのだった。
(もし俺の想像通りならライブなんてさせられないっ!)
最悪の事態を少しでも回避させるために……。
ちなみに五着は二番人気のゴルシでした。彼女のゴール時にあったやり取りはこちら。
「んだよ~。もう終わりか? あと800あれば逆転出来たんだけどなぁ」
「何なのよあんたっ! あたしのGⅠ初入着を阻止すんじゃないわよっ!」
「あ~、そっかそっか。ダービーだもんな。こりゃ仕掛けるのが遅かったな」
「ちょっとっ! 人の話を聞きなさいよっ!」
「おっ、着順がそろそろ出るみたいだな~。なっなっ、お前は誰が一着だと思う?」
「だからっ!」
「やっぱここは大本命の黒い旋風かな? あるいは不屈の闘将?」
「誰の事よそのウマ娘っ! て言うかそんな異名も聞いた事ないってのっ! トウカイテイオーかスペシャルウィークでしょっ!」
「成程、やっぱり白い奇跡か」
「人の話を聞きなさいよ~っ!」
ダイワスカーレットに“ゴルシ△”が付きました。
ちなみに白い奇跡はミドリマキバオー、黒い旋風はカスケード、不屈の闘将はアマゴワクチンです。