天の声が聞こえるようになっていた、はずなのに……   作:MRZ

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テイオーとスズカの事がメインの話、ですかね。


取り戻すモノ、乗り越えるモノ

「「「テイオー(さん)がチームメイトになるっ!?」」」

 

 ダービーの翌々日、俺はトウカイテイオーを連れていつものようにチーム用の小屋前へ行った。

 そこで待っていたセイ達は俺がトウカイテイオーと一緒にいる事に揃って疑問符を浮かべたので、これからチームメイトになると伝えたらこの通りだ。何というか予想通り過ぎて思わず笑みが浮かぶな。

 

「おう、そうだ」

「よろしく~」

「わぁ! じゃあ今日は歓迎会ですねっ!」

「だねぇ。キング、どこでやる?」

「食堂、だと迷惑になるし時間もあるから……いつもの場所ですわね」

「あのっ、今日はテイオーさんが入った事ですし、模擬レースをやるって言うのはどうでしょうっ!」

「いいね~。皐月やダービーの借りをここで返しちゃう?」

「公式戦でないのは残念ですが、このキングの凄さを今度こそ思い知らせるには絶好の機会ですわ」

 

 何というか歓迎ムードが凄いな。もう少し荒れるかとも思ってたんだが……。

 何せトウカイテイオーは皐月賞と日本ダービーでセイ達を阻んだ相手だ。それをこうもあっさりと迎え入れるとはなぁ。

 

「こらこら、はしゃぐ気持ちは分かるが、トウカイテイオーはまだトレーニングは出来ないからレースは諦めてくれ」

「「「トレーニングが出来ない?」」」

「あ、うん。その、普通にしてる分には平気なんだけど、走ったりはまだ止めておいた方がいいって言われてるんだ」

「そういう事だ。なのでしばらくはマネージャーに近い事をしてもらう。まぁ、俺の手伝いだな」

「そーゆー事。スペちゃん達を見てて気付いた事はどんどん言ってくからね」

 

 明るく振舞ってはいるが、内心はどうなんだろうな。天の声は調子が良くないしか言ってくれないし……。

 

“テイオーの調子は良くないな”

 

 これだ。多分だがまだトレーニング出来る状態じゃないんだろうな。逆を言えばこれが変わればトレーニング可能って事か。

 とにかく今は焦らず待つしかない。出来る事を一つ一つこなしながらトウカイテイオーの事を考えないとな。

 

「よし、じゃあトレーニングを始めるぞ。スペとキングは」

「ちょ~っとまったっ!」

 

 って思っていたらそのトウカイテイオーから待ったがかかった。

 

「どうした?」

「今気付いたけど、何でスペちゃん達は愛称呼びでボクだけフルネーム? そこ、差別されてるみたいでなんかやだ」

「あ~……」

 

 セイ達からも言われた事だが、やっぱり呼び方は統一すべきか。

 

「分かった。いや、そういうのは本人の許可なく出来ない性質なんだよ。と言う訳で、ありがとなテイオー」

「そうそう、ちゃんとボクもスペちゃん達と同じにあつかってよね」

 

 満足そうに笑うテイオーは本当にまだまだ幼い少女って感じだ。でもこれがレースとなると凄まじい迫力と鋭さを見せるんだから分からないよな。

 

 その日のトレーニングはセイがスタミナ、スペとキングはスピード重視のトレーニングとした。

 皐月賞と日本ダービーで見えた足りない部分を重点的に鍛える方向だ。セイはやはり体力だ。それさえあればサイレンススズカのようにとはいかないが、あれと競り合える逃げウマ娘になれる可能性はある。

 スペとキングはやはり速度だ。最高速を今よりも上げる事が出来れば、終盤の差しがより強力に、強烈になる。

 

 テイオーは俺の傍でスペ達へ真剣な眼差しを向けていた。だがそれには良くないものを含んでいると気付いて、俺は横にいる見習いマネージャーへ小さく声をかける事にした。

 

「焦る気持ちは分かるが我慢してくれ」

「トレーナー……」

「目の前にいるのは菊花賞でぶつかる事になるライバルで、しかも皐月とダービーでお前の一着を阻みそうになったスペがいる。それがダービーよりも速くなろうとしてるのに、自分はゆっくりと衰えていくんだって思うと焦る気持ちしかないのは分かる。だが、それでもお前はここに来たいと、いたいと言ったんだ。なら、まずは自分に勝て。焦ってレースにさえ出られなくなる事をしたいと駄々をこねる自分に」

「自分に……勝つ……」

 

 今のテイオーに必要なのは何が何でもメンタルケアだ。無敗の二冠ウマ娘ってだけでもかなりの重圧なのに、そもそもこいつは無敗のまま三冠を取ると宣言してる。それがあと一歩まで来ての現状だからな。

 俺がこいつにまずしてやれて、そしてしないといけないのは精神面を支えてやる事だ。必ず生まれる焦りを常に軽減し、大丈夫にするための方法を考えないといけない。

 

「菊花賞に出るためにお前がまず勝たないといけない相手は自分だ。少しでも早くトレーニングを始めたい気持ちは分かるし、走ってみたい気持ちも分かる。だが、それはまだ駄目なんだ」

「……うん」

「お前が目指す道は確実に険しく厳しい道だ。しかも、それを抜けた先に栄光があるとは決まってない」

「うん」

「だからこそ、お前が最初で最後の挑戦者で成功者になってみせるんだ。復帰レースに重賞を、しかも三冠レースを選ぶ奴なんていないし、しかもそこで一着を狙うなんて前代未聞もいいところだからな」

「うんっ!」

 

 返ってきた声が明るく、それでいて焦りの消えたものだと感じられて俺はチラリと横へ目を向ける。

 テイオーは先程よりも純度の増した眼差しでスペとキングの事を見つめていた。

 

“テイオーの調子は良くないな”

 

 それでも聞こえてくる声は変わらない、か。やっぱりまだトレーニングを開始する事は無理って事だ。

 分かってはいるが、焦らないようにするのは俺もだろうな。最悪菊花賞で勝てなくても、テイオーが走り続ける事が出来るようにしないと。

 

 ……でも、テイオーの望みはそうじゃない、んだろうな。こいつは無敗の三冠ウマ娘になりたいんだ。

 シンボリルドルフを慕ってるらしいし、きっとあいつの戦績を超えたいんだろう。そのための最低限が無敗での三冠、か。

 

 そしてそれが叶ったら次はGⅠで七勝以上ときてる。もしそれを塗り替えたら間違いなくテイオーはルドルフを超えたと言える。

 

「なぁテイオー」

「何?」

「お前の夢、叶うように全力を尽くすよ。だから絶対焦るんじゃないぞ?」

「……うん、ありがとね、トレーナー」

 

 その声は噛み締めるようなものだった。それと、どこか嬉しさのようなものが滲んでいるようにも思えた。

 

「そういえばさ、何でスペちゃん達にあの事言っちゃダメなの?」

 

 あの事とはズバリ天の声だ。俺がその事を話したのは皇帝とテイオーの二人だけ。まぁそれも前者には迂闊にも、後者には仕方なく教えてしまったのだが、やはりこれは知らせない方がいいと思うんだ。

 特にセイには。スペやキング、テイオーまで聞こえているのに自分だけそれが聞こえないなんて、どう考えても良くない事に繋がるとしか思えないからな。

 

「テイオー、お前はこれまで一人でトレーニングをしたり、あるいは考えたりする事があっただろうから分かるかもしれないが、自分で考えるって事は大事だろ?」

「うん」

「……俺が天のお告げを聞けるなんてなったら、あいつらは俺の指示の意味を考えなくなるかもしれない。つまり自分で考える力を育てなくなる可能性があるからだ」

 

 限りなく低いとは思うし、これもセイへ自分が天の声の対象外だと知られないための方便だ。けれど決してないとまでは言い切れない部分はあると思う。

 

「ナルホドね。スペちゃん達のため、かぁ」

「だからくれぐれも内緒にしておいてくれ」

「ん、りょ~かい。トレーナーの言いたい事も分かるからさ。だまっておく」

「頼む」

 

 これがテイオーが俺達のチームへ合流した初日の出来事。で、トレーニングが終わって夕食後、あいつらは小屋で歓迎会を行ったらしい。

 俺はさすがに参加は出来なかった。というのもテイオーの事で色々と片付けないといけない事があったためだ。

 

 まずは担当引き継ぎの最終手続き。学園長から気を付けてやって欲しいと頼まれ、シンボリルドルフからはテイオーを頼むと言われた。

 

 次はテイオーを担当していたトレーナーとの打ち合わせだ。これはテイオーの事と直接関係はないんだが、セイ達のトレーニングもそろそろ三人だけじゃなく他のウマ娘を、つまり仲間ではない相手と一緒に走る事をさせたいと思っていた。

 そこで早速頼らせてもらおうと思ったのだ。併せウマ娘というやつだが、普段レースでしかチーム外の相手と走る事はないからいい刺激になるだろう。

 

 ただしそれもテイオーがトレーニングを開始して走る事が出来ると分かってからだ。

 なので向こうにどんなウマ娘がいるのかの確認レベルではあったが、向こうさんはテイオーの事で色々と俺に恩義を感じてるらしい。

 

 ……要はテイオーの足を不安視してるって事だ。でもそれが普通だと思うので何も言わない。

 正直俺だって天の声がなければ確実に治療優先だった。だからこそ俺が引き受けたんだ。

 故障するかもしれない足のウマ娘を見るには、向こうさんはあまりにも若すぎるからな。

 

 で。最後はテイオーが通院する事になった病院へ行き、担当医師との話し合い。

 本格的なトレーニングが始まる前に出来る事はないか。あるなら何がいいのか。それらを俺なりに考えたものを判断してもらい、許可を出せるなら少しずつやっておきたいと思ったからだ。

 そして足を激しく動かしたり過度な負荷をかけないものならばと言われ、水中歩行ならば正しいやり方でストレッチなどの準備を怠らない事を条件に許可を出せるかもしれないとなった。

 

 ただし、それも今はまだ早いと言われてしまったが。

 けれど、本格的なトレーニングが許可される前に出来る事があるだけでもテイオーのモチベーションが違うはずだ。早速正しい水中歩行のやり方を調べて覚える事にする。

 おっとそうだ。どうせならセイ達にもやらせよう。同じ事をチームでやるってのは意外と効果が上がるみたいだしな。

 

 そうしてそれら全てを片付けて職員寮の自室へ戻り、調べものをしながらふと思った。

 どうしてこの天の声が聞こえるようになったんだろうか、と。

 これまでも時々思う事はあった。何故俺に、と。だが今回のテイオーの事で何となく分かった気がする。

 

「あいつの悲劇を繰り返させないため、かもしれないな」

 

 基本ウマ娘の故障は事前に発覚する事が多い。だが中には突然そうなるケースもある。

 それがあいつやテイオーのそれだ。自覚なく過ごし、レース中の強く負荷をかけた瞬間やあるいはスパートをかけている途中で引き起こされる。

 そうなった場合、まずただではすまない。事実あいつはそうだった。一命は取り留めたもののレースは二度と出来ない体となり、走る事が好きだった奴がそれを永遠に奪われたのだ。

 

「……そんな経験をした俺だから、見抜けない故障を気付けるようにしてくれた?」

 

 だがそれではセイや一部のウマ娘達に対して声が聞こえない理由が納得出来ない。

 セイ達声の聞こえないウマ娘は故障しないとでも言うのだろうか? なら聞こえるスペ達はいつか故障すると言うのだろうか?

 

 あるいは、セイ達が故障を抱えたら声が聞こえるようになるんだろうか?

 

「あ~、止めだ止め止め」

 

 良くない方向へ思考が流れてる。今は少しでも前向きに考えないとならないんだ。

 テイオーの足は今後も問題となる可能性がある。それを何とかする方法も覚えないといけない。

 そこは担当医師から教わり続けるとして、俺が今考えるべきはあいつが菊花賞で勝てるようにどうトレーニングメニューを組むかだ。

 

 テイオーの担当医になった医師はウマ娘を専門にしている世界でも数少ない医者だ。

 あの最初にテイオーを診た医師が紹介してくれた医者で、普段は循環器科の医者として人間相手の診察をしているそうだ。

 

 あの先生、俺よりも若いのにちょっと診察しただけでテイオーの足の異常の原因を見抜いてくれた。

 しかもどうすれば今後似たような事が起きなく出来るかを教えてもくれた。正直言って俺よりもトレーナー向きだ。今日打ち合わせの時に軽くそう言ったら……

 

――いえ、俺はトレーナーにはなれません。俺が見ていたいウマ娘はただ一人なんで。

 

 なんて柔らかく返された。どうも何か事情があるようだが、詳しい話を聞くのは止めておいた。

 ただ、デスクの上に置かれた写真立ての中に彼と寄り添って微笑むウマ娘の写真があったので、それが理由なんだろうとは思ったけど。

 

「見ていたいウマ娘、か……」

 

 可能なら全員見ていたかった。最初の担当は俺が未熟過ぎてあまり勝たせてやれなかったし、あいつには本当に申し訳ない事をした。あの子に関しては言葉さえないぐらいの酷い指導をしたし、サクラバクシンオーだって世界を相手に爆進するのを支えたかった。

 

「ああ、そうか……」

 

 あの医師がトレーナーにはなれないと言ったのはそういう事なんだ。あの医師は仕事の一環で、しかもかかり切りじゃない形でしか他のウマ娘を見る気はないんだ。

 俺はそうじゃない。仕事だからだけじゃない。単純にウマ娘が楽しそうに走るのを支えたいんだ。成程な、それが彼と俺の違いか。

 

「……そうだよ。俺は楽しそうに走る姿を見ていたいと思ったんだ」

 

 最初の担当も、あいつも、あの子もそうだった。レース中の真剣な表情の中にもどこかに楽しそうなものが見えた。

 速い相手と競り合う事や単純に大勢と競う合う事をあいつらは楽しんでた。そしてそれはセイ達もだ。だからこそ俺はそれがずっと続くように応援したいんだ。

 

「テイオーがもう故障の恐怖に怯えないで済むように全力を尽くすか」

 

 あの時、俺が病室へ戻った時あいつの目元には泣いた後があったし、起きた後のあいつの目は若干腫れてた。

 

 もうあんな事を経験させたくない。あいつが、あいつらが泣くとしたらそれは嬉し涙にしてやりたいからな!

 

 

 

「サイレンススズカの調子が戻らない、ですか?」

「ああ」

 

 昼飯を食べていたところで先輩に声をかけられ、相談があると言われての第一声がそれだった。

 詳しい話を聞くと、あの皐月賞で自分の逃げを封じられた事がかなりサイレンススズカの心には効いたらしく、どこか精彩を欠き続けているのだそうだ。

 

「でもこの前のレースも逃げ切って勝ってたじゃないですか」

「そうだ。勝っているが、スズカ曰くあれも強いウマ娘がいないからだとな」

「……つまりセイのような走り方をしてくるウマ娘とテイオーのようなウマ娘がいたら勝ってない?」

「そう言いたいんだろうな、あいつは。どうしてくれる。私の期待のウマ娘がすっかり不調だ。お前のところにいる二人のせいで、な」

 

 少しからかうような、けれど目の奥は笑っていない先輩に返す言葉がない。

 おそらくだが先輩も既に理解してるんだろう。サイレンススズカの勝ちパターンを崩すにはどうすればいいかを。

 

 そしてそれを見せる形となったセイとテイオーに怒りにも似た感情を持っているに違いない。

 

「言ってやったんですよね? あの負け方はそう何度も起きるものじゃないって」

「勿論だ。あれは期せずして、お前のところのセイウンスカイの大逃げに先行のトウカイテイオーが合わせるようになったからにすぎん。どちらか一方だけなら勝っていたのはスズカだ」

 

 そう言い切って先輩は小さくため息を吐いた。気持ちは分かる。何せそれは、逆を言えばそうされたらサイレンススズカは勝ち目がなくなるにも等しいからだ。

 しかも今の俺のチームにはよりにもよってその二人がいる。もし俺が二人へ皐月賞の再現を指示したらサイレンススズカに待っているのはあの敗北の再来だ。

 

 けど、それにはサイレンススズカの成長がない事が条件じゃないか?

 

「あの、先輩?」

「……何だ?」

「あの頃よりもサイレンススズカは成長してますよね? ならあれと同じになるとは」

「お前のところのウマ娘は成長していないのか? それが答えだ。私ではなくスズカの、だ」

 

 納得。要するに今のサイレンススズカは自分の力が信じられなくなってきてるって事か。

 絶対の自信を持っていた走りが封じられた。それが与える影響は思ったよりも大きいらしい。

 それまでがあまりにも一方的過ぎたのもあるんだろう。サイレンススズカが走れば一着と、そう思われていた頃が短期間とはいえあったのだから。

 

「レースに関して選手間で打ち合わせる事なんてないって言っても?」

「それでも変わらん。私を強敵と見るなら示し合わさずともあの形にされるとな」

 

 一理ある。中距離でのサイレンススズカは無敵と言って良かった。それを強敵と見ないウマ娘はいないだろう。なら、逃げウマ娘が一か八かにかけて大逃げを打ち、先行や差し、追い込みウマ娘達が仕掛けのタイミングを早めてくる事は十分あり得る。

 

「強すぎるのも考え物ですね……」

「まったくだ。強いと全てが敵になる」

 

 サイレンススズカを自由に走らせない。それこそがあの逃げを封じる方法だ。それを誰よりも痛感したのは本人だろう。

 

 そこで先輩はきつねうどんの揚げを口にした。出汁の良い香りと共に麺つゆの甘辛い匂いが漂い、俺の胃袋を刺激する。

 

 ……俺もうどんにすれば良かったかなぁ。いや、別に後悔はないんだけどな、ラーメン好きだし。

 なので俺も残しておいたチャーシューを食べる。相変わらず食堂のチャーシューは美味いな。程よい脂身と肉のバランス。口に入れればホロホロと崩れるような食感と、そんじょそこらのラーメン屋が勝てない味だ。

 

 そこから少しの間俺と先輩は食事を進める事に集中した。にしてもきつねうどん、か。先輩も調子が良くないらしい。

 俺が面倒を見てもらっていた頃は唐揚げ定食や煮魚定食といった定食を食べてた。先輩が麺類を、しかもうどんを選ぶ時は胃袋が弱ってるか食欲がない時ぐらいだ。

 

 今回はサイレンススズカが心配で、ってとこだろう。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 同時に食べ終わって箸を置いたら両手を合わせる。もう当然のように染み付いた行動だ。

 

「で、話を戻しますけど何で俺に相談なんです? 申し訳ないですが俺じゃ何の力にもなれませんけど……」

「いや、むしろお前しかいない。スズカがな、話を聞いてみたいと言ってるんだ」

「話?」

「ああ。お前やセイウンスカイの、な」

 

 まさかの言葉に俺は耳を疑った。セイはまだ分かるがどうして俺もと、そう思って。

 と、そんな俺の心を読んだように先輩が理由を教えてくれた。どうやらサイレンススズカはあの皐月賞でのセイの走り方が俺の指示だったかどうかを聞きたいらしい。

 

「お前の指示だとすれば、何故担当の走らせ方を変えさせたのか知りたいんだろう」

「あ~、そういう事ですか」

 

 以前スペから聞いた俺の方針。それがサイレンススズカが逃げをやるようになった切っ掛けだった。

 それなのにあの皐月賞ではセイの走りがそれまでと違っていた。その理由を知りたいのか。

 で、セイには何故そうしたのかを聞きたいんだろう。何せ最終コーナー辺りで失速したんだ。更にそのまま盛り返す事もなく終わったし。

 

「分かりました。なら今日のトレーニング終わりにでも顔を出しますよ」

「いや、そういう事なら今日のスズカはトレーニングを休ませる。他のチームのやり方を見る事で得られる事があるかもしれんしな」

「先輩……」

「私ではどうしてもあいつに寄り添えないんだ。すまんが頼りにさせてもらうぞ」

 

 そう言って先輩は丼やコップが載った盆を手に椅子から立ち上がって返却口へと向かう。

 その背中を見つめ、俺は聞こえないと分かっていても呟かずにはいられなかった。

 

「相変わらず不器用ですね先輩……。その言葉が出てくる時点で、十分寄り添ってますよ」

 

 自分の無力さや悔しさ。さっきのはそれを感じてるからこその言葉だ。

 それを担当のウマ娘に見せる事が出来ない。いや、見せちゃいけないと思ってるんだろう。

 俺の指導をしてくれてた頃から変わらぬ先輩の一面を見て、安堵するような苦笑するような複雑な気持ちになりながら、俺も盆を手に立ち上がって返却口へと向かうのだった……。

 

 

 

「お、お邪魔します。今日はよろしくお願いします」

 

 放課後となりトレーニングタイムとなって数分後、チーム用の小屋前にサイレンススズカが現れた。

 しかも何故かちゃんとトレーニングウェアに着替えて、だ。おかしい。先輩は休ませると言ってたんだが……?

 

「……先輩からお前さんはトレーニングを休ませるって聞いたんだが?」

「えっと、一人だけ制服でいるのもどうかなって思ったんです」

「む~。ボクがいるのに?」

「ご、ごめんなさい。まさかテイオーは制服のままなんて思わなくって」

 

 テイオーの膨れ顔を見てサイレンススズカが若干慌てる。何というかそうしてても本当に美少女だな。

 

「な、何だか新鮮……」

「まぁ気持ちは分かるよ。スズカさんも狼狽える事あるんだ」

「意外でしたわ。それにしても他チームの見学って普通許可出さないと思うんだけど……」

「「「そこはトレーナー(さん)だから仕方ない(です)(わね)」」」

「息ピッタリだな、おい」

 

 そう言いつつも否定はしない。俺と先輩の関係だからこそ今回の事は実現してる。普通はライバルとなるウマ娘にトレーニング風景を見せないもんだし。

 で、そんなセイ達にテイオーとサイレンススズカが小さく笑っていた。思えばテイオーはチームメイトと親しくしていた経験が少ないんだったか。

 

「テイオー、今日はスペとキングのトレーニングを見ててくれるか? アドバイスなんかもあれば頼む」

「りょーかい」

「で、サイレンススズカはセイのトレーニングを見ててくれるか? そっちも何か気付いた事があれば教えてやってくれ」

「あ、はい。分かりました」

「うし、じゃあまずは準備運動からだ。っと、一応サイレンススズカもやっといてくれ」

「はい」

「ボクは?」

「お前はやらんでくれ。それに先生から、許可を出すまでは日常生活でやらない事はしないようにって言われただろ?」

「は~い」

 

 ったく、こうして接するようになって分かったが、テイオーは結構構って欲しがる性格らしい。

 今のだって自分にも何か言って欲しいってアクションだ。今までトレーナーが常にいるって事がなかったからか、甘えているようにも感じられるぐらいだな。

 

 それにしても……

 

“スズカの調子は良くないな。このままじゃトレーニング効率が悪い”

 

 どうやら先輩の見立て通りサイレンススズカは調子が上がっていないらしい。皐月賞で負けた後に出たレースではまたもや圧勝の逃亡劇を見せつけたにも関わらず、か。

 これは相当根が深い問題になってるかもしれん。何とかそれをセイとの関わりで払拭ないし軽減出来ればいいんだが……な。

 

 こうしていつものトレーニングが始まる。俺はまずはスペやキングの方を見つめる。

 

“スペの調子は絶好調だ。このままスピードを磨こう”

 

 スペは問題なし。次はキング。

 

“ヘイローの調子は絶好調だ。もう少しスタミナを鍛えた方がいい”

 

 キングはまだスタミナに難がある、と。そこで視線をセイの方へ向ける。

 

「……凄い。皐月賞の時よりも速くなってる」

 

 セイの走りを見つめてサイレンススズカが感嘆するようにそう呟いた。ふむ、ある意味丁度いいか。

 

「なぁサイレンススズカ」

「スズカでいいですよ。何ですか?」

「……ならスズカ、セイと一緒に少し走ってみるか?」

「え?」

「見てるよりも実際並走した方が分かる事も多いだろうしな。どうする?」

「その、トレーナーに怒られますから」

「先輩には俺から言っておくよ。それに走るって言っても何本もじゃなくて一回だ」

「…………それなら」

 

 表情は渋々のように見えるが尻尾が大きく動いてるので喜んでるようだ。

 そしてセイを一度呼び寄せてサイレンススズカと一度だけ勝負する事に。

 まぁそうなると目敏いテイオーが気付き、スペやキングまで参加する事になった。

 

「やってくれたな」

「え~? だってこんなのボクだったらゼッタイ参加するに決まってるもん」

「……まぁいいか。結果的に上手く行くかもしれん」

 

 逃げウマ娘同士でやり合ってくれればサイレンススズカの抱いてる不安を減らせるかもと思ったが、スペやキングもいれば更にかもしれない。

 

 俺が考えている事はただ一つ。どれだけ周囲がトレーニングで速くなろうとも、サイレンススズカは自分の走りさえ出来れば勝てるという事。それを本人に自覚させる。それだけだ。

 

「勝負はここからコースを一周。2000mの一発勝負だ。いいな?」

 

 無言で頷く四人のウマ娘を見て俺は笑みを浮かべる。もうレースモードだと気付いたからだ。

 

「じゃあいくぞ~。位置に着いて」

 

 真剣な表情で構える四人。まるで本当のレースのような雰囲気さえある。

 

「……スタートっ!」

「「「「っ!」」」」

 

 四人が一斉に走り出す。まず先頭争いだが……

 

「やっぱりスズカかぁ」

「だな。セイも追い駆けてるが……」

「ちょっと厳しいね。セイちゃんはあれが限界?」

「限界じゃないが、一着を狙うならそうだ。あれ以上の速度にすると最後まで持つか分からん」

 

 ゾーンに入ればその限りじゃないだろうが、模擬レースではゾーンに入った事がない以上おそらく無理だ。

 

「そうなんだ。じゃ、やっぱりあの皐月賞の走りは全力だったって事?」

「……ある意味、な」

 

 あの時のセイは全力で“サイレンススズカを先頭で走らせない”ために走ってた。本気で勝つためじゃない。全力でサイレンススズカを封じる方法を模索した結果があのレース展開だった。

 

「うわぁ、やっぱりスズカはスゴイや。あっという間にスペちゃんやヘイローがすっごい後ろだ」

 

 第二コーナーを過ぎた辺りで先頭と最後方の差はかなりのものとなっていた。皐月賞も、セイが俺の指示で無茶をやってなければこうだったんだろう。

 

「……ボクならここで前に出る」

 

 そんな時、テイオーがポツリとそう呟いた。

 

「前へ出て行って、第三コーナーに入る頃には先頭まで5バ身ぐらいにまで差を詰めておく」

 

 その声は、俺に聞かせると言うよりは自分の考えを無意識に漏れ出させている風に思った。

 

「第四コーナーを回る頃には先頭に追い付いて、最後の直線で一気に」

 

 そこでテイオーの言葉は途切れた。理由は簡単だ。サイレンススズカがその最後の直線で加速したからだ。おそらくそれでテイオーの中のシミュレーションが崩れたのだろう。あるいは、テイオーの中でもサイレンススズカが一着になる結末しかなくなったのかもしれない。

 

 事実、俺の視線の先では何とか喰らい付いていたセイが離され、後ろから追い上げてきていたスペやキングの末脚さえ届かないまま、サイレンススズカがトップでこちらへ向かってくるように駆け抜けていった。

 

「……皐月賞でボクが勝てたのって、もしかして運が良かっただけ?」

「それも勝因の一つ、だな。運も実力のうちって言葉もある。なら、あのレースで一番速かったのはお前だったんだよ、テイオー」

 

 軽く肩へ手を乗せてそう告げる。あのレースは色々な事が重なった結果テイオーが勝った。だけど、それでテイオーがサイレンススズカより強いと言うのはまた違う。

 あのレースでテイオーは自分の走りが出来て、サイレンススズカは出来なかった。そこが一番の差なんだ。

 

 まぁ大舞台でその自分の走りを出来るって事が強さの一つではあるんだろうが、な。

 

「えへへっ、ありがとう、トレーナー」

「礼はいらないぞ。本当の事だ」

「それでもだよ。だからボクは、その時のボクを取り戻してみせるんだ」

 

 その一言は自分への宣言だったんだろう。もしくは俺への誓いかもしれない。

 ならこちらもそれ相応の言葉を返さないといけないか。

 

「テイオー、それはちょっとだけ違うぞ」

「え?」

「取り戻すんじゃない。乗り越えるんだ」

「……うん」

 

 声には強い決意のようなものを感じた。と、そこへサイレンススズカがセイ達と共に戻ってきたが、その表情はどこか不思議そうに見える。

 

「何で勝てたか納得出来ないって感じだな?」

「……はい」

 

 ズバリと言った言葉を戸惑いながら肯定する、か。ならセイ達にも聞いてもらおう。

 

「あの皐月賞、お前さんが勝てなかった理由は一つだ。サイレンススズカの必勝パターンにならなかった。それに尽きる」

「それは分かってるんです。だけど」

「なら今回もそうなるはずだって? お前さんは良くも悪くも周囲を過大評価してるな」

「過大評価?」

「ああ。残念ながら今のセイはあの時のような走りをすれば一着は取れない。スペやキングも仕掛け時を早めて勝ち切れる程の力がまだない。要するにあの時の事は色んな事が重ならないと起こせない。更に今回はあの再現に必要な要素が欠けてるしな」

 

 一度だけテイオーへ目を向ける。すると向こうもこっちを見てたみたいで目が合った。その瞬間嬉しそうに笑みを浮かべる辺りはホント人懐っこい奴だな。

 

「で、ここでセイに一つ聞きたい」

「何?」

「あの時のような走りをいつもする気があるか? または本気で勝つつもりならやるか?」

「やらないね。さっきトレーナーが言ったみたいに今の私じゃ皐月賞の走りを勝つための走りに出来ないし」

「じゃあ何で……」

「スズカさんの得意な走りをさせないため、ですわ。でしょ?」

 

 キングの発言にセイは黙って頷いた。

 

「トレーナーからの指示でもあったんだけど、あれは私なりにスズカさん攻略の手がかりを探った結果。でも、残念ながら今の私じゃ出来るのはスズカさんが負ける可能性を作るで精一杯」

「スペがテイオーのように先行の位置取りで仕掛けるタイミングも同じようにすれば皐月賞の再現は可能かもしれないが……」

 

 あの時俺がスペに先行の位置取りをさせたのは、最後の直線に出る前にサイレンススズカの前に出させるためだった。

 結果的にそれをテイオーがやってくれた訳だが、いなかったら先輩の言った通りスペは間に合わずサイレンススズカが逃げ切っていただろうな。

 

「わ、私が一番自信あるのは差しだし、先行として走っても多分テイオーさんみたいには出来ないと思います。実際あの時出来ませんでしたし」

「って事だ。分かってくれたか? 俺や先輩が言いたい事」

「……はい。つまり、あれはセイちゃんとテイオーだったから負けた。しかも、そもそもセイちゃんが勝つ事を捨てないと起こり得ない」

「そういう事だ。勿論他にもテイオーのような抜群のタイミングで動ける奴はいるだろうし、セイがやったような逃げをやってくる奴もいるだろう。でもな、逆を言えばそれらが噛み合わないと現状サイレンススズカは負けないんだ」

 

 俺のその言葉にセイだけじゃなくてテイオーやスペ、キングさえも頷いた。それが俺にはある意味で恐ろしい光景だった。

 あの皐月賞で入賞したのに悔しがったセイ達と負けん気が強いテイオーが揃って、今は一人では勝てないと認める程の強さをサイレンススズカは持っているんだと噛み締めて。

 

 そしてそれは本人もだったのだろう。驚いた顔をして、ゆっくりと嬉しそうな顔になっていく。

 

「ありがとうございます。それとスペちゃん達もありがとう。そっか。私ってみんなにそんな風に思われてたんだ……」

「そうですよ。スズカさんは速いウマ娘です。だけど、いつか私が差し切ってみせます!」

「おっと、その前に私が逃げ切らせてもらうよ~」

「何を言っていますの。このキングが平伏させてみせますわ」

「ならボクが復帰した時にまとめて抜いてあげよう」

「ふふっ、そうはいかないから。みんなまとめて私が置き去りにしてあげる」

 

 やっと笑顔を見せた、か。

 

“スズカの調子が上がったな。これでトレーニング効率が上がるぞ”

 

 そしてどうやら目的も達成らしい。先輩に良い報告が出来そうだ。

 

「よし、それじゃそれぞれのトレーニングに戻れ。スズカ、お前さんも程々ならセイに付き合ってくれていいぞ」

「ホントですか?」

「おう。だけどあまり本気になるなよ? 程々だからな?」

「はいっ! じゃセイちゃん走ろうか!」

「いいですよ」

 

 ここに現れた時とは別人のような明るさとテンションで小走りに動き出すサイレンススズカ。

 何というか分かり易いな、こういう時は。

 

「キングさん、私達も」

「そうね」

「あっ、ボクも忘れないでよ~」

 

 サイレンススズカにあてられたのかスペもキングもやる気が増したな。テイオーは走れないが、それでもさっきのは復帰と三冠を目指すための良い燃料になっただろう。

 

 この後のトレーニングは今までで一番の成果が出た、らしい。天の声がそんなような事を言ってくれたのだ。

 考えようによってはサイレンススズカに併せウマ娘をしてもらったようなものだし、それもそうかと納得して俺はこの日を終えた。

 

 ただ気になるのは去り際のサイレンススズカから闘志のようなものを感じた事だ。まぁやる気になってくれたのは嬉しいし、先輩も同じ気持ちだろうから問題はないと思うが……。

 

 

 

 それはチームのトレーニングを終えて、いつものように今日のトレーニング結果などを踏まえて明日の事を考えようとチーム用の小屋へ入ろうとした時だった。

 

「トレーナーっ!」

「……スズカ? 今日は休みだと伝えたはずだが」

 

 あいつの所へ行かせたスズカが現れた。それも表情が今までにない程やる気に満ちていた。

 どうやら本当に何とかしてくれたようだ。ふっ、今度食事でも奢ってやるか。

 

「お願いがありますっ! 私を、私を菊花賞に出してくださいっ!」

 

 ……これはどう受け取ればいいのかしら。やる気になってくれたと喜ぶべきか、あるいはこっちの計画を乱してくれたと怒るべきか。

 

 まぁいいわ。何がどうだろうと異次元の逃亡者が戻ってきた事に変わりはない。ならそのお祝いに希望するレースへ出してあげようじゃない。

 

「それは可能だが、理由を聞かせてもらおうか」

「セイちゃんが、皐月賞の時の入着メンバーが全員出るからですっ!」

「……そういう事か」

 

 あの時の仕返しをしたい。いえ、あの時と同じにはさせないと、そういう事か。

 

「いいだろう。スズカ、今度はお前の自慢の逃げを見せてやれ」

「はいっ!」

「なら明日からは菊花賞を意識したトレーニングを始めるぞ。今日はもうゆっくり休め」

「分かりました。失礼します」

「ああ」

 

 来た時と同じようにまるで風のように去っていくスズカを見送り、私は一人呟く。

 

「何とかして欲しいとは思っていたが、ここまでやる気にさせろとは言ってないぞ。まったく……」

 

 そう言いながらも、私はこみ上げてくる笑みを抑える事が出来なかった。

 スズカが本気でレースへの執着を見せたなんて初めてだ。これなら今までスズカに足りなかったものが埋まる。

 走る事への飽くなき意欲だけでなく、誰にも負けたくないという闘争心が……。




アニメでは三冠を諦めて無敗のウマ娘を選んだテイオーですが、こちらでは無謀にもその両方を選びました。

果たしてそれがどうなるのかは菊花賞までお待ちください。
“セイウンスカイとサイレンススズカが一緒に出る菊花賞”を。
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