天の声が聞こえるようになっていた、はずなのに……   作:MRZ

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スズカはテイオーと療養仲間となります。先生の担当ウマ娘ですからね。

セイと天の声関係は作中で年を越すまでお待ちください。


ただ走る、そのために

 あの天皇賞から二日後、先生の診断結果を病室で聞く事になったスズカに俺は先輩の代理としてテイオーと共に付き添っていた。

 

 やはりというか当然というか、故障したままある程度走ったスズカの状態はかなり酷く、当分はベッドに寝たきりとなったのだ。

 そのため、色々な事を考え個室に入院となったが、おかげでテイオーが今後ここへ来た際に必ず顔を出すのが目に浮かぶようだ。

 

 まぁ昨日一日は何とか時間を捻出して話し合ったらしいけど、先輩は今回の事関係の色々で忙しく、更には他のウマ娘達の指導もあるために現状スズカへ割ける時間がないためだ。

 

 ちなみにサイレンススズカをスズカと、そう呼んでいるのは理由がある。

 とはいえ簡単なものだ。スズカと呼んでもいいと言われた事を失念しフルネームで呼んだ事で軽く苦笑されたためだ。

 

「「っ」」

 

 先生の視線が手元のカルテらしいものからこちらへ向く。それに隣のスズカが息を呑むのが分かった。

 だが何故テイオーも同じ反応をするんだろうか。やはりスズカに自分を重ねているんだろうか?

 

 そんな事を考えている間に先生は険しい表情となっていた。これはかなり厳しい事を言わないといけないって事か。

 

「結論から言います。スズカさんの復帰は早くても来年の夏以降です」

「そう、ですか……」

 

 声だけで分かる程にスズカが気落ちした。心なしかテイオーもそうなっている気がする。

 こういう時の先生は本当に容赦がない。淡い希望を見せる事などせず、淡々と事実を告げてくるからな。

 

「テイオーさんと似ているようでスズカさんの方が重傷です。理由は言うまでもなく故障した後も走り続けてしまったためです」

 

 納得しかない説明だ。実際、故障した瞬間に止まれていたらと思わないでもないが、そこで転んでいたらおそらくもっと厄介な事になっていたのが困り者か。

 

「ただ、そのおかげで最悪を回避出来たのも事実ですので何とも言えません。もし転んでいれば間違いなく競技人生は終わっていたでしょうから」

 

 先生の意見は俺の想像を肯定していた。やはりそうだよな。

 

「先生、スズカはまた走る事は出来るんだよね?」

「それはスズカさん次第です。リハビリが可能になったとしても、それはかなり厳しく辛いものになるでしょう」

「構いません。それでまたレースが出来るのならいくらでも頑張ります」

 

 ハッキリとした声だった。凛とするスズカの姿からは強い決意と覚悟が感じられる程だ。

 先生はそんなスズカを見ても表情一つ変えない。まるでその真意を確かめているようにも見える。

 

「……そうですか。こちらとしても出来る事はスズカさんを支えるしかないのです。何せ、リハビリはまず第一に本人の気持ちが必要ですし、程度の差こそあれ必ず辛さと苦しさを伴うものですから……」

 

 そこで先生は言葉を濁した。おそらく何度も折れそうになった人や折れてしまった人を見てきたんだろう。先生の表情は何とも言えない複雑さを宿していた。

 

「……とにかく、今は体を休めてください。動いてもいいとなったら、そこからが正念場です」

「はい」

 

 先生の言葉にスズカはハッキリと答えた。いつになるか分からないが、その時が彼女の復帰へ向けた本当の戦いの開始になるんだろう。

 

 とりあえず今後スズカはある程度体が治ったらリハビリをする事となった。

 テイオーとは異なるが、同じ療養組として頑張る事を誓い合っていたのが微笑ましかった。

 

――スズカ、絶対に来年はレースに復帰しようね。

――ええ。絶対に。

 

 無敗の三冠ウマ娘と異次元の逃亡者。そんな異名を持つ二人の、小さな、けれど大きな誓い。

 それを見て俺も先生も笑みを浮かべていた。まだリハビリどころか寝たきり状態を脱してもいないスズカ。それを忘れさせるようなテイオーとの約束は何とも言えないあたたかみが感じられた。

 

 それからテイオーは毎日のようにスズカの病室へ顔を出す様になった。大抵は一人で、時々スペや俺、あるいはセイやキングなどを連れて。

 スズカも今は寝ている事しか出来ないためかその来訪は嬉しいようで、テイオー曰く顔を出すだけで耳が大きく動くんだそうだ。

 

――ボクも先生に呆れられるぐらい顔を出してるせいか、スズカの回復もいいんだって。この分ならリハビリも早く始められるかもってさ。

 

 笑顔でそう告げてきたのは天皇賞(秋)から既に一月近くが経過した頃だった。

 先輩からも感謝半分文句半分でテイオーの来訪について色々言われたのを思い出す。

 

――トウカイテイオーの見舞いでスズカがかなり精神面を支えられてるようだ。それについては礼を言う。ただ、おかげで彼女がこないだけで不安になるそうだがどうしてくれる?

 

 あれは割と真剣に悩んでたなぁ。先輩はスズカを第二のあいつにせず済んだ事でかなりホッとしてた。

 だからこそスズカの精神面を支えてるのが自分ではなくテイオーって辺りに複雑なものを覚えたんだろうけど。

 

 それにしても、気付けば今年も終わりが見え始めている。テイオーとスズカを欠いたクラシック戦線は正直言えば些か物足りなさが漂う。

 それでもスペやキング、セイがいるし、天皇賞(秋)を獲ったエルコンドルパサーにエリザベス女王杯で二着を取ったグラスワンダーなどがいるから盛り上がりはしていた。

 

 そして、いよいよ今週スペは念願のレースであるジャパンカップへと出場する。そこにはエルコンドルパサーとグラスワンダーの名前もあるため一種の同期対決となった。

 

「……日本一のウマ娘、か」

 

 誰もいない部屋で呟く。スペの夢はそれだ。しかも聞けば産みの母と育ての母に誓った夢らしい。

 何とも言えない話だったが、スペの生い立ちは中々ドラマチックだった。本当にダービーをまず獲らせてやりたかった。

 

「だからこそ、今回にスペは気合を入れてる訳だが……」

 

 ダービーと違い階級制限などがないジャパンカップは文字通り実力ウマ娘が揃うレースだ。

 更に外国ウマ娘もやってくるという文字通りこの国の威信を賭けたレースとも言える。

 そこで一着を取れば日本一のウマ娘と呼んでも言い過ぎではない。ただ先輩からの話じゃエルコンドルパサーもかなりの入れ込み具合だそうだ。

 

――スズカ以外には負けないと、そう口にしている。

 

 相手が誰であろうと、自分より上だと認めたのはスズカだけ。それがエルコンドルパサーの気持ちなんだろう。

 故に負けない。負けられない。自分が正面切って戦い、負けたのはスズカだけ。そのスズカに不本意な形とはいえ勝った以上、負ける事は彼女の負けにも繋がる。

 

「……夢と意地のぶつかい合いになるな」

 

 スペの夢とエルコンドルパサーの意地。それがおそらくジャパンカップの裏で巻き起こるもう一つの戦いだ。

 俺としてはスペに勝って欲しいし勝たせてやりたい。だが簡単に勝てる程エルコンドルパサーは容易な相手じゃないのも事実だ。

 

 これまでのレース、エルコンドルパサーはスズカがいないレースでは負けなしというとんでもだ。

 勿論他のレースでも有力ウマ娘と走っている。それでも負けていない。おそらくだがスズカさえいなければクラシック最強と呼ばれていただろう程にエルコンドルパサーは強い。

 

 スペも菊花賞の時よりも速くなっている。スタミナやスピード、パワーさえも成長している。

 それでも、それでもエルコンドルパサーに勝てるかと聞かれたら力強く勝てるとは言えない。

 

「スペがもしエルコンドルパサーに勝てるとすれば、その決め手は……」

 

 ゾーン、だろうな。あれを確実に発動させなければ勝ち目は薄い。

 

「とにかく俺に出来る事は何でもやろう。スペが夢を掴めるように」

 

 

 

 ジャパンカップを明日に控えた今日、俺は後輩のチームに協力してもらい中規模の模擬レースをやる事にした。普段と異なる状況や環境でスペが委縮したり緊張したりしないようにと、そう考えての事だ。

 

「すまんな、そっちの都合もあっただろうに」

 

 俺の隣にいる後輩へ申し訳なく思いながら声をかける。向こうはどこかはしゃぐツインターボ達を見つめて苦笑していた。

 

「いえ、むしろ都合が良かったです。あの菊花賞で皆さん刺激を受けてくれたようで、トレーニングへの集中度や意欲が高まってましたから。ここで先輩のチームと合同レースなんて願ったり叶ったりですよ」

「そうか。そう言ってくれると助かるわ」

「実際ターボさんやイクノさん、タンホイザさんは目の色が変わりました。ネイチャさんも以前にも増して上の着を狙う意思が強くなったようですし、こちらにも前以上に色々と意見や提案をしてくれるんです」

「……そうか」

 

 ジュニアの三人と先輩のナイスネイチャというチームだが、どうやらそれはそれで上手く回っているようだ。

 ある意味でサブリーダー気質な後輩をナイスネイチャが支えているんだろうと思う。そういう意味では似た者同士かもしれない。

 

「トレーナーっ! まだ始めちゃダメか~っ!」

 

 そこへ聞こえてくるツインターボのやる気溢れる声。見ればセイやスペは苦笑し、キングなどはナイスネイチャと一緒になって微笑ましい表情を見せている。イクノディクタスは無表情でマチカネタンホイザは楽しげに笑ってるな。

 

「ちょっと待ってくださ~いっ! ……先輩、どうでしょう?」

「うし、なら始めるか」

 

 やる気になってるのがいる以上それを殺したくないしな。

 と言う訳でスタート位置に七人ものウマ娘が並ぶ。俺からすればトレーニングコースでこれだけのウマ娘が並ぶのを見るのは久しぶりだ。

 最後に見たのはいつだったか。少なくても先輩のとこでサブトレみたいな事をしてた時だから……

 

「合図はどちらが出しますか?」

「ん? あ~、ならそっちに任せるわ」

 

 いかんいかん。今は昔を思い返してる時じゃない。

 

「分かりました。なら……位置に着いて。よーい……どんっ!」

 

 何とも懐かしい感じのスタート合図だったが、それでも揃って走り出す辺りはさすがはウマ娘ってとこか。

 先頭は……お~、ツインターボが完全逃げ切り態勢だな。セイも逃げを打ってるはずだが完全に突き放されてるぞ。大逃げがツインターボのスタンスか。

 

「凄いな……」

「ターボさんは大逃げしか出来ない方でして……」

「いや、それでも凄いぞ。これは好きな奴はとことん好きな走り方だなぁ」

 

 見てて気持ちのいい逃げっぷりだ。それでもし一着を取れたら誰もがハイテンションになる事請け合いだろうな。

 

 ぶっちぎりで先頭を走るツインターボ。その後方にセイがいるが、その差は6バ身ぐらいはある。

 そのセイから5バ身程度は離れて三番手だからいかにツインターボが凄い逃げ足を見せているかが分かる。これは、ある意味でスズカとぶつけてみたいな。

 

「ターボさんなら、上手くすればサイレンススズカに勝てるんじゃないかって思ってます」

 

 どうやら後輩も考える事は同じらしい。これだけの逃げ足だ。一度は夢見るだろう対決と言えるかもしれん。

 

 ただそのツインターボに惑わされずペースを崩さない辺りセイらしいと言える。おそらくだがスズカもそうだろう。

 何せあの大逃げだ。最後までスタミナが持つかは怪しい。だが、だからこそそれが持った場合が怖いのも事実。

 

 ……仕掛け時の見極めや相手の状態を見抜く力を否応なく要求してくるウマ娘かもしれないな、ツインターボ。

 

「ターボさん、頑張ってくださいっ! そのままいけば一着ですっ!」

 

 後輩は模擬レースだと言うのにまるで本番のようなテンションだ。それだけスペ達と走って結果を出す事が大きい意味を持ってるんだろう。

 

「……凄いね、あの子」

 

 と、そんな時ポツリと俺の足元から声がした。目をやればテイオーが眩しいものを見るかのようにツインターボを見つめている。

 

「だな。逃げ足だけならスズカを超えてるぞ」

「そうだけど、重要なのはそこじゃないよ。あの子、ただただ走ってるんだ。勝ちたいとか負けるもんかとかじゃなくて、自分の走りをやってるだけなんだよ」

 

 噛みしめるようなその言葉に俺はもう一度ツインターボを見る。

 既にバテ始めていて、その表情は苦しそうなものになっていたが、それでも足を止める事無くフラフラになりながらもゴール目指して走っている。

 

「……自分の走り、か」

「うん。これしか出来ないからそれを全力で貫くって、そんな感じ。ボクやキングみたいに先行でも差しでも出来るってウマ娘じゃ出来ない走りだよ」

「一芸特化だからこその強みか……」

 

 逃げしかない。だからこそそれをとことん磨き上げる。誰が相手だろうが、どの距離だろうが、どんな状況だろうがぶれないのはそういう事だ。

 何があろうが逃げるしかないからこそ、迷いも不安もなく走れる。それしかないならやるしかないからな。

 

 気付けばレースも既に中盤が過ぎて終盤へと差しかかっている。あれ程差があったはずのツインターボとセイだが、それも3バ身程度まで縮まっていて、このままならゴール手前で追いぬけるぐらいになっていた。

 それだけじゃない。スペやキングもペースを上げて差しの態勢へ移行しつつあるし、ナイスネイチャ達もそれぞれ動き出している。

 

「も、もうダメだぁぁぁぁ……」

 

 ツインターボから弱音が聞こえた瞬間思わず苦笑する。何というか博打なウマ娘だ。

 大逃げが決まれば勝ちで、決まらないと負け。野球で言えばホームランか三振しかないバッターみたいだ。

 

「あ~あ、ここまでだね」

「……そのようです」

 

 先頭だったツインターボはずるずると後退し、セイが先頭にとって代わった後は続々と後続達に抜かれていった。

 終わってみれば一着は接戦の末キングが取り、二着がセイでスペは何と四着だった。ちなみに三着はナイスネイチャで五着はマチカネタンホイザだ。イクノディクタスは惜しくも入着ならず。ツインターボはゴール手前で倒れたので本来は失格なんだろうか。まぁその後起き上がって何とかゴールしたけど。

 

「おっしいなぁ。一着取れたと思ったのに」

「セイ、貴方、あのツインターボの逃げで若干どうするか迷ったでしょ? だからよ」

「だからってあの最後の追い上げ方は何よ? あ~あ、いけるかと思ったけど結局いつもの順位か~」

「セイさんにもキングさんにも、ネイチャさんにも届かなかった……」

「いやいや、これがジャパンカップと同じ距離だったら結果、違ってたと思うよ?」

「そうですね。あと400mあればまず確実にターボは最後の直線前で倒れています」

「う~……くやしいけど……はんろん……でき、ない……がくっ」

 

 何というかあの夏合宿だけしか、それもほんの数回の関わりなのにこいつらの馴染み方はなんだ?

 チラっと横を見れば後輩も苦笑しているしテイオーさえも笑ってる。

 

「っと、そうだ。スペちゃん、さっきのレースでどこを見て走ってた?」

「え?」

 

 テイオーの突然の問いかけにスペは虚を突かれたように目を丸くする。それだけじゃない。その場の全員がテイオーへ顔を向けていた。

 

「答えてくれるかな?」

「え、えっと……前を、見てましたけど……」

「そっか。なら最後の直線だと?」

「…………セイさん達です」

 

 そこで俺はテイオーの問いかけの意図が何となく分かった気がした。

 

「スペ、それじゃ駄目だ。お前が見つめるべきは誰かじゃない。常にゴールだ。その先だ」

「トレーナーさん……」

「さっすがボクらのトレーナー。そう、そういう事なんだよスペちゃん。あの菊花賞の時、ボクらはきっとそこを見てたはずなんだ。周囲じゃなくてただゴールを、その先を目指して走ってなかった?」

「ぁ……」

 

 スペが何かを思い出したように目を見開いた。そうか、あの時お前達はそんな気持ちで走ってたんだな。

 

「お前が目指すのは誰かなのか?」

「違います……」

「なら、お前が目指すのは何だ?」

「日本一のウマ娘です」

「それは誰かを追い駆ける事で叶うものか?」

「いえ、いいえっ! 誰よりも速くゴールを駆け抜ける事で叶うものですっ!」

 

 スペの顔と声に気合と闘志が漲っていくのが分かる。それとジャパンカップでどうすればいいかも、だろうな。

 

「スペちゃん、ボクは知ってるよ。あの皐月賞でも、ダービーでも、菊花賞でも、スペちゃんは最後までボクの三冠の壁になってくれた。セイちゃんやキングもだ。でも、それはみんながボクを目指して走ってたからじゃない。みんな一着を、ゴールを目指して走ったからだと思うんだ」

「テイオーさん……」

「ボクはまだ走れない。だからこそスペちゃん達が走って勝ってくれるのを誰よりも願ってる。ボクが競った相手は、認めた仲間は、こんなにも速いんだぞって、強いんだぞって胸を張りたいから。そして、復帰した時に勝ちたいって心から思わせてくれるような存在になってくれるって」

「テイオー……ええ、当然よ。無敗の三冠ウマ娘なんて肩書きは重たいでしょうからすぐにわたしが軽くしてあげるわ」

「無敗の、じゃなくて三冠ウマ娘に、か。キングらしいよね~。ま、同期での約束もあるし、トレーナーに見せてあげたい景色もあるし私もちょっと頑張ろうかな」

 

 俺の方へ顔を向けてセイが笑う。その笑顔に俺は嬉しく思って笑顔を返した。

 

「ああ、待ってるぞ。ちゃんとした形で俺にお前達のライブを見せてくれるのを、な」

 

 その言葉にセイだけでなくキングとスペも頷いてくれた。それと後輩とそのチームの四人が不思議そうに首を傾げていたのが印象的だった。

 

 その後後輩達へスペの口から説明があり、それを聞いた後輩は「いい夢ですね」と微笑みを向けてきた。

 何となく恥ずかしくなったが、そこで顔を背けたら三人に悪い気がしたので「……おう」と返しておいた。

 

 後輩のチーム四人もそれぞれに何か思う事や感じた事があったようで、特にツインターボはいつかチーム全員で同じレースに出てライブのメインを張るんだと言い出すぐらいだった。

 

 まぁ、すかさずイクノディクタスに「四人では誰か一人がメインになれませんが?」と突っ込まれていたけど。

 

 最後には全員から明日のジャパンカップの勝利を願っていると言われ、スペが嬉しそうに感謝したところでこの日は終わった。

 

 

 

「……ジャパンカップ、か」

「はい。私やエルだけじゃなくスペちゃんも出るんです」

 

 そう言ってグラスちゃんは微笑む。期せずして同期対決となったから、かな。きっと嬉しいんだろうね。

 

「そっか。ならテレビで見させてもらうね」

「はい、しっかり見てください。私もエルも、きっとスペちゃんもスズカさんに見て欲しいって思ってますから」

「……うん」

「あっ、そろそろ面会時間も終わりですね。じゃあ私はこれで」

「ありがとうグラスちゃん。エルちゃんやスペちゃんに怪我しないようにねって伝えておいて」

「はい。じゃあ、スズカさん、おやすみなさい」

「おやすみ。グラスちゃんも気を付けて帰ってね」

 

 最後まで笑みを絶やさずグラスちゃんは部屋を出て行った。それだけで一気に室内が静まりかえる。

 この感じは、いつまでも慣れそうにない。寂しさが押し寄せてくるような、この感じは。

 

「それにしてもエルちゃんらしいな……」

 

 あの日からトレーナーだけじゃなくて色んな人がお見舞いに来てくれたけど、エルちゃんだけは一度も来てない。

 その理由を今日グラスちゃんが教えてくれた。エルちゃんは敢えてお見舞いに来ないようにしてる事を。

 レースで結果を出し続ける事で私への刺激にしたいみたい。早く帰ってきて自分を負けさせてみせろって、そういう事らしい。

 

 それを知って私は思わず笑っちゃった。何て言うか不器用な子なんだなって、そう思えて。

 

「……励まし方は人それぞれ、だね」

 

 テイオーのように直接顔を合わせて思いを伝えるのもあれば、エルちゃんのように行動で思いを伝えるのもある。どちらも私へのメッセージだ。

 

 その言葉は、信じてる、だろうな。

 

 頑張れでも、戻ってきてでもない。信じてるんだ。私がまたレースへ復帰する事を。サイレンススズカがこれで終わらない事を。

 

 リハビリを始められるのも早く出来るかもしれないと先生は言ってくれた。ほとんど欠かさず顔を出してくれるテイオーのおかげかもしれないと笑って言ってくれもした。

 同じ復帰に向けて頑張ってる存在のテイオーは私にとってはある意味の仲間であり先輩だ。状態の差はあるけどテイオーも苦しい思いやもどかしい思いを抱えてる。しかも彼女はあのダービーから菊花賞までの間も似たような苦しみを経験したはずだ。

 

「それでもテイオーは三冠を獲ってみせた……」

 

 あのトレーナーさんがそれを手助けしたのは間違いない。そもそもテイオーが故障する可能性を気付いたのはあの人だって話だ。

 

 先生曰く自分がトレーナーだったらテイオーの三冠はなかったらしい。

 

――一歩間違えばテイオーさんの選手人生を終わらせるんです。いくらテイオーさんの望みとはいえそんな事を分かった上で指導なんて出来ません。どうやればそれを回避出来ると分かっても、です。何が起きるか完全に予測など出来ませんからね。

 

 不測の事態が起きる可能性。それを分かっていてもあのトレーナーさんはテイオーのために危険な道を歩き続けた。

 

「……ウマ娘には笑っていて欲しい、だっけ」

 

 テイオーが話してくれたあのトレーナーさんの事。まだ別の担当だったテイオーへ三冠を諦めるのかどうかを問いかけたあのトレーナーさんは、どうしてそこまでと尋ねたテイオーへその理由を教えてくれたらしい。

 その中の一つが、その言葉だった。ウマ娘には笑顔でいて欲しい。きっとその裏には故障引退させてしまった担当ウマ娘の事があるんだろうな。

 

「笑顔で、か……。私、また笑顔で走れるようになるのかな?」

 

 リハビリの厳しさと苦しさは想像出来ないけど、先生の話じゃかなり辛いみたい。何があろうと乗り越えてみせるつもりだけど、その先にも私は乗り越えないといけない事がある。

 

 今の私が全力で走ると凄い負荷が足にかかる。先生が言うにはそれでもちゃんと休養などを取って体に疲れを残していなければ問題ないらしい。

 ただ、その状態がトレーナーに見極められるかが問題、みたい。先生の言い方だとそんな感じだ。トレーナーは優秀な人だ。きっと何とかしてくれると思う。

 

 でも、絶対はない。先生ならその見極めは出来るみたいだけど、先生はトレーナーでもなければ学園の関係者でもない。

 

「……私がまた笑顔で走り続けるためには……」

 

 あの人を頼るしかない、のかもしれない。

 

 私の故障を予期して備えていた、私が逃げウマ娘へ戻れる切っ掛けの言葉をくれた人を……。




次回はジャパンカップの予定。スペシャルウィークとエルコンドルパサーにグラスワンダーという同期対決です。

……関係ありませんが、ウマ娘のチームって本来は五人編成なんですよね。
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