天の声が聞こえるようになっていた、はずなのに……   作:MRZ

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一応三人それぞれにライバルみたいな存在を設定してあります。
今回はキングのそれが登場。セイのそれは言うまでもなく、スペのそれは意外かもしれません。


夏の終わり、約束の夜

「よし、この一か月以上にも及ぶ合宿をよく頑張った。トレーニングはこれで全て終了だ」

 

 トレーナーがそう言って嬉しそうに笑みを浮かべる。陽射しを防ぐためのパラソルの下にいるもんだから若干怖く見えるけど仕方ない。

 それにしても、合宿もこれで終わりかぁ。本当にあっという間だった。それと、学園で過ごす一か月とここで過ごす一か月は本当に濃度が違うって分かった。

 私もスペちゃんもキングもここに来る前と今じゃ有り得ない程の差が出来てる。スピードもスタミナも、パワーや根性だって段違いだ。

 

「それじゃあ、明日は帰るだけですか?」

「あれ? おかしいわね。たしか予定じゃ学園へ帰るのは明後日だったはずだけど……」

 

 言われて行事カレンダーを思い出す。えっと……うん、たしかにキングの言う通りだ。学園へ帰るのは明日じゃなくて明後日のはず。

 

「まぁ他の奴らは明日もトレーニングをするだろうが、俺は明日を完全休養日に当てる事にした。まぁ、ここまで頑張ったお前達へ俺なりのご褒美みたいなもんだ」

「やったぁ! キングさんっ! スカイさんっ! 明日は思いっきり海で遊べますよっ!」

「え~? 私はそれならのんびりしたいなぁ」

 

 宿舎の部屋はあまり過ごし易くはないけど、それでも灼熱の砂浜や虫が多い山林よりはマシだもん。

 

「そんなぁ……キングさんっ!」

「わたしもそこまで遊びたいとは思わないんだけど……」

 

 スペちゃんに迫られて困り顔のキング。ホント、そういうとこだよ。キングってば結局面倒見のいい事をスペちゃんに本能的に察知されてるんだよねぇ。まぁあの勉強会もある意味じゃそういう事の表れみたいなもんだったし。

 

「ねぇトレーナー、スズカさん達の予定って分かる?」

「先輩達の?」

 

 いつの間にかトレーナーはあの女性と関係を修復したみたいで、この合宿中何度か話し合ってるのを見た事がある。

 そのおかげで私達も毎朝スズカさん達と一緒にランニングしたり出来て、まぁ同期五人の関係は合宿前以上に深まった気がするし、スズカさんとは同じ逃げウマ娘って事で色々と話す事も増えた。

 

 キングは無謀にも一度スズカさんに短距離とはいえ勝負を挑み、何とギリギリで勝利を収めた。

 ただあれはあと400mあったら完全に負けてた。キングもそれで表情が青ざめてたもんね。苦手な距離でさえ得意なキングがギリギリ勝てるレベルって……。

 

「先輩達も明日は休養にあてるはずだ。ただし朝からじゃなく昼間はトレーニングをやって、夕方からは自主練も禁止って感じで」

「そっか。だってスペちゃん」

 

 つまり夕方からならスズカさん達も遊べる訳だ。なら十分だと思う。

 

「えっと?」

「つまり、スズカさん達も夕食後からなら遊べるという事よ」

「そっかっ!」

「明日の朝、打ち合わせしないとだね」

「はいっ!」

 

 元気よく返事するスペちゃんを見てると勝手に笑顔が浮かぶ。ホント、いつでも元気で明るいよね。私も結構明るい方だと思うけど、スペちゃんには負けるかなぁ。

 

「ふむ、夜に遊ぶ、か……」

 

 不意にトレーナーがそう呟いた。ただ私達って耳がいいから全員その呟きを聞いてるんだけど。

 一体何を考えてるのやら? ま、何となく分からないでもないけどさ。さてさて明日の夜が楽しみだなぁ。

 

 そんな感じでチーム全員で宿舎へ向かう。でもトレーナーはそこの離れみたいな場所に部屋があるので大変だ。何せ私達はみんな年頃の女の子。トレーナーとはいえ男性を警戒するのは当然なのだ。

 

 ま、ご飯は一緒に食べるんだけどね。そこでスペちゃんの食べる量をまじまじと見て、トレーナーが本気で「よく太らないな」なんて感心してたっけ。

 どうもトレーナーがこれまで見てきたウマ娘の中でもトップクラスの食べっぷりだったみたい。

 

「あっ、スズカさ~んっ!」

 

 そんな事を思い出してるとスペちゃんがスズカさんを発見したようで嬉しそうに手と尻尾を振って走り出す。視線を動かせば宿舎の入口にスズカさんが立ってる。他には誰もいないみたいだ。

 

「スズカさんだけ? 珍しいわね」

「だね~。エルやグラスがいてもおかしくないのに」

 

 スズカさんは所属チームだとスペちゃん繋がりでエルやグラスと仲が良いみたい。他のウマ娘とは仲良しって言うよりは好敵手な雰囲気らしくて、スズカさん曰くお喋りをしたりお茶したりって感じじゃないんだって。

 

――だからスペちゃん達がお昼を一緒に食べてるって聞いて羨ましいなって思ったの。

 

 まぁ案の定それを聞いたスペちゃんが自分が一緒に食べるって言い出したんだけど、そこはグラスと私が止めた。何せスズカさんは学年が上。そんな人が一人だけ下級生の中にいたら悪目立ちするって。

 

 しかもトドメにスズカさんは何も一人でお昼を食べてる訳じゃないってのも判明したんだよね。一緒に誰と食べてるのかと思ったらタイキシャトル先輩だった。聞いたら同期だって言われてみんなで納得したっけ。

 

「ね、ねぇ、ちょっといい?」

 

 と、そんな事を思い出してたらキングがこそこそと近寄ってくるなり囁いてきた。

 何だろう? 聞かれちゃ不味い話でもするのかな?

 

「どーしたの?」

「ほ、ほら、トレーナーがわたし達の事を愛称で呼ぶようになったじゃない? だから、わ、わたしもそうしてもいいわ、よ?」

 

 ……ホント、こういうとこだよ、キングの可愛いところって。こういうの男の前で出したらどれだけの男がキングのファンになるやら……。

 

「じゃあ、スカイかセイの好きな方で呼んでくれる?」

「し、仕方ないわね。そっちから頼まれたのなら聞いてあげないとキングじゃないもの」

「うんうん、そーそー、それでこそキングだって」

「全然気持ちがこもってないじゃないっ!」

 

 ゆっくりと歩き出しながら言った言葉にキングが不満そうに声を上げるけど、そんな大きな声出したら……

 

「キングさんどうかしたんですか?」

「っ!? な、何でもないわよ?」

 

 スペちゃんに気付かれるに決まってるじゃん。おー、おー、慌てちゃって。キング、スペちゃんからは見えてないけど私には尻尾が激しく動いてるの丸見えだよ?

 

 で、この後スペちゃんもキングに私と同じような事を言われたのかスペって呼ばれて嬉しそうにしてた。うん、やっぱりスペちゃんは私達のチームのマスコット的ポジションだね。こりゃスズカさんもほっとけなくなる訳だよ。

 

 宿舎の部屋に戻るなり、私達は汗を流しに大浴場へ。そこにはエルやグラスもいて、更にはオグリさんやタマちゃん先輩にクリークさんなんかもいて大賑わい。

 周囲をよく見てみれば、他にもそうそうたる先輩達がいた。どうやら先輩達の入浴時間とかぶっちゃったらしい。

 

「いやぁ、凄いね」

「ホントデース。でも、何だかワクワクしてきまーす」

「いつかは、ここにいる人達ともレースで戦うんだ……」

 

 エルはテンション上げて、グラスは静かに闘志を燃やしって感じだね。

 

「ぐっ、さ、さすがはスーパーと名前につくだけあるわ。キングであるわたしが負けるなんて……」

「え? キングさんっていつの間にスーパークリークさんと戦ったんですか?」

「す、スペちゃん、多分だけど彼女が言ってるのはレースとかじゃなくて……」

「スタイル、じゃない?」

 

 キングの見てる視線と名前が挙がった相手から推測するとそれしかない。たしかにクリークさんのアレはまさにスーパーだ。

 

「む~…大きいと走るのに邪魔なんデスけどね。速くなると余計デース」

「そう、なんだ……」

「っ?!」

 

 おっと、何故かスズカさんから若干冷たい声が。おかげでエルの尻尾が一瞬で逆立って水を弾き飛ばしたし、この話題はあまり長引かせない方がいいね。

 

「あのさ、スズカさん達へ相談したい事があるんだけどいいかな?」

 

 なので強引に話題変換。丁度いい具合にそういう事があるし、ね。

 

 とりあえず隠れてホッとしてるエルには後で感謝してもらおっと。

 

 

 

 翌朝、わたしは一人早くに目が覚めたので砂浜を何となしに歩いていた。遊歩道の方に行かなかったのは少しでも学園で味わえない景色を堪能しようと思ったからだ。砂浜なんて学園の設備でもないし。

 

「……いい風」

 

 潮風が優しく髪を撫で、独特の匂いが鼻をくすぐる。この嗅ぎ慣れた匂いとも明日でお別れね。

 

「ふんふんふ~ん」

 

 と、そこへ聞こえてくる機嫌の良さそうな声。顔をその声の聞こえた方へ向ければ、そこには水着姿で波打ち際で遊ぶウマ娘がいた。

 

「お昼や夜に遊べないなら朝早くに遊べばいいじゃん。うん、ボクって天才だね」

 

 上機嫌で笑みを浮かべながら波相手にはしゃぐ小柄なウマ娘。

 

「あれは……」

 

 チラリと見えた顔と髪に記憶を呼び起こす。どこかで見た事がある気がしたのだ。そしてそれはそのウマ娘がやった動きで分かった。軽やかで鮮やかなステップ。デビューしてから現在無敗のウマ娘だ。

 

 そして、わたしよりも先にメディアで三冠を目指す事を宣言したウマ娘でもある。

 

「トウカイテイオー……」

 

 わたしにキングと付くように、向こうはテイオーが付いている。つまりは王者(キング)帝王(テイオー)だ。今の所は向こうの方が人気、実力共に上かもしれない。だけど、だからって何も言わずにはいられないわね。

 

「ん? あれ、キミってたしか……」

 

 わたしが近付いていくと足音で気付いてトウカイテイオーが振り返る。あどけない顔の、まだ子供と言ってもいいぐらいの雰囲気だ。

 

「キングヘイロー、よ。はじめましてトウカイテイオー」

「あ~、そっかそっか。キングヘイローだ。キングって名前に入ってるから知ってはいたんだよね~」

 

 屈託なく笑うと余計子供らしさが増す。これで重賞を勝ってるのよね。

 

「それでボクに何か用? もしかして一緒に遊びたいとか?」

「いえ、違うわ。同じ目標を持つ貴方へ一言言っておこうと思って」

「同じ目標?」

 

 小さく息を吸う。目の前にいる無敗の三冠を目指すウマ娘へキングとしての決意を示すために。

 

「貴方が無敗の帝王となるならわたしはその無敗に土をつけさせる不屈の王者、キングになるわ。わたしが貴方に敗北を教えるまで精々負けないように走りなさい」

「……えっと、ようするにこれって宣戦布告ってやつ?」

「違うわ。これは予言よ」

「予言?」

「貴方が無敗で走り続ければ、その無敗をわたしが必ず止めるって事」

「ボクが無敗で走り続ければ、か……ナルホドね」

 

 ニヤッと笑いトウカイテイオーはわたしを見つめた。その眼差しには先程までとは違った光が宿ってる。

 

「ボクに負けるなって言いながら、勝つのは自分って中々言ってくれるね。まだGⅠに出た事もないくせに」

「それが何よ? いい? 何事にも始めて遅すぎるって事はないのよ。多少才能に恵まれたからって調子に乗るんじゃないわ」

「へへーんだ。実際ボクより速いウマ娘なんてカイチョーぐらいだもん。キミだって絶対ボクより遅いに決まってるよ」

「言うじゃない。ならここで一度走ってみる?」

「いいよ。どーせボクの圧勝だけどね」

 

 何てナマイキっ! そうは思うけど実際目の前の相手は鮮烈デビューから今まで無敗という事は無視出来ない。悔しいがわたしはGⅠを勝った事はおろか出た事さえない。

 

 それでも、この()に負けてるなんて思わないっ!

 

 そこでお互いに一旦宿舎へ戻り、トレーニング用の格好へ着替えて玄関前で合流する事になった。

 先に着替えたわたしはゆっくりと戦闘態勢となったトウカイテイオーを出迎え、その場でレース方法を話し合った。

 

「コースは?」

「ここからあっちにある遊歩道を目指して、その途中にある休憩所がゴール。それでどう?」

「いいよ。終わりまでだと減速できないもんね。あっ、その方が負けた時にイイワケに出来るかぁ」

「言ってなさい」

 

 本当にムカつくわね。いくらわたしよりもレース経験があるからって……。

 

「で、合図はどうするの?」

「そうね……」

 

 手頃な石でも見つけてスタートの合図にしようと、そう思った時だった。

 

「ならば私が出そう」

 

 突然聞こえた声に振り向けば、そこには一人のウマ娘が立っていた。

 皇帝の名を持つウマ娘、シンボリルドルフ。ま、まさかこの場で王者、帝王、皇帝が揃い踏みとはね。

 

「カイチョーだぁ! おはよーっ!」

「おはようテイオー。だがまだ時間が早いから声を落とせ」

「はーい……」

 

 まるで親に注意された子供だ。こうしていれば可愛いのに。

 

「それにそっちは……キングヘイロー、だったか」

「は、はい。おはようございます」

「それで、何やらレースをしようとしていたようだが?」

「そうなんだ。この子がボクを負かすって言ってきてさ」

「ほう」

「だから試しに勝負しようって事になったんだ」

「まぁ簡単なものですけどね。ここから走って遊歩道途中の休憩所がゴールって感じの」

 

 距離にして大体……1200mぐらいだと思う。本音を言えばもう少し長い距離、中距離で走りたいけど、明確なゴールが設定出来て安全に減速出来る事が重要だしね。

 

「簡単なもので勝負をする……か」

 

 そこで皇帝の視線がわたしへ向いた。うっ、な、何て目力よ。で、でも怯むものですか。わたしは王者、キングなんだからっ!

 

 そう思って目を逸らさず向き合っていると、一瞬皇帝が笑みを浮かべた。い、一体何?

 

「……つまり、簡単な仕様のレースで勝負しようとしてるんだな?」

「うん」

 

 トウカイテイオーがそう返した瞬間、何故か不可解な間が生まれた。な、何? 何で皇帝は何も言わないで少し首を傾げてるの?

 

「……簡単な仕様のレースで勝負しようとしてるんだな?」

「だからそう言ってるじゃん」

 

 まただ。また首を傾げてる。チラリと見ればトウカイテイオーも困惑したような顔だ。そのまましっかり十秒ぐらいは黙ったと思う。すると……

 

「面白くないのか……」

 

 皇帝がポツリとそう言った。面白い? 何が? そう思った瞬間、先程の皇帝が二度繰り返した言葉が甦った。

 

「……もしかして仕様としようをかけたんですか?」

「そうだ……。どうやら面白いと思ったのは私だけらしい……」

 

 ガックリと肩を落とす皇帝。何というか以前遊歩道で会った時の威圧感や雰囲気が消え失せてる。

 

「とにかくカイチョー、合図出して出して」

「……分かった」

 

 寂しそうな空気を漂わせつつも皇帝は右手を挙げた。その瞬間、わたしとトウカイテイオーは走り出すために構える。張り詰める空気。緊張の一瞬。この感じ、堪らないわ。

 

「スタートっ!」

「「っ!」」

 

 短距離ならわたしはバクシンオー先輩になれるとトレーナーに言われた! だからこの勝負負けられないっ!

 

 トウカイテイオーはやや前方、ね。二人だけだからはっきりとは分からないけど彼女の走り方は先行のはず。なら、仕掛けるなら遊歩道に入った後だ。

 

 それにしても走り出して分かった。やっぱりトウカイテイオーは凄い。適性距離じゃないだろうに、それでも臆する事なく勝負に乗った度胸と自信は大したものだわ。

 

 気付けば陽射しが遮られるようになってきて、風が幾分涼しさを増した。視界の中には変わらずトウカイテイオーがいて、その先には明るい遊歩道が見えてきた。と、その時だ。トウカイテイオーがグッと足へ力を入れるのが見えた。

 

「っ!」

 

 そして加速していく。成程ね。あの子は短距離だけど感覚的にここが中距離での勝負所と同じと捉えたんだ。なら……っ!

 

 わたしもここから全力だっ! 持てる力の全てを出し切るように走る走る走る走るっ! あっという間にトウカイテイオーを捉え……っ!?

 

「負けるかぁぁぁぁっ!」

 

 届きそうになったところから更に加速したっ!? 何て子よっ!

 

「でもっ!」

 

 わたしの差し脚は王者の脚よっ! 帝王だろうが皇帝だろうが平伏す存在にわたしはなる! なってみせるっ!

 

 引き離されそうになったのもほんの一瞬。すぐにわたしはトウカイテイオーへ追い付き、前に出てそのまま休憩所を横切った。

 

 そしてゆっくり減速していき、息を整えながら安全に止まれるようになって、わたしは満を持して後ろを振り返った。そこには……

 

「う~……」

 

 悔しげな顔でこちらを見つめるトウカイテイオーの姿があった。

 

「お~っほっほっほっ! 見た? これがキングの、王者の走りよっ!」

 

 か・い・か・んっ! 非公式とは言えあのトウカイテイオーを打ち負かしたわ!

 

「い、今のは短距離だったから負けたんだもんっ! これが中距離なら勝ってたのはボクだっ!」

「どうでしょうね? わたしはキング。例えマイルだろうが中距離だろうが勝利してみせるわ」

「言ったなっ! なら中距離で勝負だ!」

「おほほっ! 挑戦は受けてあげるわ。なら今すぐにでも」

「それは止めておけ」

「「っ!?」」

 

 聞こえた声にわたしとトウカイテイオーの顔が弾かれるように動く。そこには皇帝がいた。い、いつの間に?

 

「か、カイチョー、もしかして見てた?」

「ああ。多少後ろからだがな」

 

 どうやらわたし達が走り出してから少し遅れて走って追いかけていたらしい。き、気付かなかった。

 

「結果は予想通りだったが、テイオー、敗北を距離のせいにするのは良くない。それではお前はいつまでも負けた理由を自分以外に求めてしまうぞ」

「だ、だってぇ……」

「たしかに中距離ならばお前が勝っていた可能性は高い。だが真の強者とは勝者の事を認め、己の敗因を正確に見つめる事が出来る。私はお前にはそうであって欲しい」

「カイチョー……」

 

 何だかこの二人を見てると親子みたいね。皇帝と帝王、か。こうして考えると帝って部分で繋がってるんだ、この二人。

 

「さて、キングヘイロー。先程は見事な走りだった」

「ど、どうも」

「君はたしかサクラバクシンオーのトレーナーが担当だったな」

「ええ、そうだけどそれが何か?」

「ええっ!?」

 

 何故かわたしの答えを聞いてトウカイテイオーが驚きの声を上げた。一体何だっていうのよ?

 

「テイオー、これで分かったか? 彼はたしかな腕を持つトレーナーだ」

「うん、みたい」

 

 よく分からないけどトレーナーの事で何かあったんだろうか? ま、どうせあの女性トレーナーと同じで腕を信用してなかったってとこでしょ。バクシンオー先輩以前の事を知った今なら無理もないと思うので何か言う事はしないけど、だからってあまり気分のいいものじゃない。

 

「キングヘイロー、次は本当のレースで勝負だ。その時は絶対ボクが勝つ! じゃあねっ!」

 

 わたしが黙っているとトウカイテイオーがビシッと聞こえそうな勢いでこちらを指さしてそう宣言したと思ったら、そのままその場から走り去っていった。

 

「……何なのよ。せめて一言ぐらい言わせなさい」

「すまないな。あの子はまだ精神面が幼いんだ」

「はい?」

「では私も行くとしよう。ではな」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 こうしてその場にはわたしだけが残された。一体何なのよ……。

 

 

 

「グスッ……負け、ちゃった……」

 

 カイチョーのように無敗で三冠ウマ娘になるって決めてたのに、まさかこんなところで負けるなんて思わなかった。

 

 カイチョーの言うように負けたのはボクのせいだ。たしかに距離がボクの得意な距離じゃなかったけど、それを承知で受けたのはボクだ。

 これは公式なレースじゃない。なら別にイヤだって言えばよかった。なのにそれをせず、ラクショーだと思って受けた事が敗因だ。

 

「やはり、か……」

「……カイチョー」

 

 後ろから聞こえた声に振り向けばそこにはカイチョーがいた。どうしてここが?

 ボクは負けた悔しさで涙が出そうになったから急いであの場を離れて、宿舎じゃ誰かに見られると思って海岸の隅っこまできたのに……。

 

「足跡だ。余程強く走ったんだな。おかげでお前が走った跡は分かり易かった」

「そっか……」

 

 言われてみれば砂浜だけじゃなくあそこからここまでにもボクの足跡が残ってたはずだ。

 

 そこからカイチョーは黙った。ボクも黙った。どれくらいそうしてたか分からない。ボクは何も話したくない気分だったし、そもそも何を言えばいいのか分からなかった。

 

「非公式とはいえ負けたのがそんなに悔しいのか?」

「……うん」

 

 思わず下を向く。だってボクは負けたんだ。

 

「公式にはお前はまだ無敗のウマ娘なのに?」

「…………うん」

 

 気分が重くなって余計頭が下を向いた。そんな事は関係ないよ。だってボクの中では負けは負けだから。

 

「ならするべきは何だ?」

 

 その問いかけにボクは頭を上げた。カイチョーはちょっと怖い顔でボクの事を見つめていた。

 

「悔しさで涙するのは分かるが、それで速くなれる訳ではない。負けた悔しさはそれが強い内に力へと変えて動き出す事だ。同じ結果を繰り返さぬためにな」

「同じ……」

 

 もしまたレースをしてキングヘイローに負ける事があれば、それはもうボクが本当にあいつに負けた事になる。

 

「そうだ。一度目は様々な理由があるかもしれないが、二度目はそれではなくなる」

「二度目は……理由がなくなる……」

 

 今回は距離がボク向きじゃなかった。けど、中距離でも負けたらイイワケは出来ない。

 

「同じ相手に二度負けてしまえば、それは明確な実力差だ。だが一度だけならそうとはならない。何故なら競バに絶対はないからだ」

「競バに、ゼッタイはない……」

「そう。私とて負けた事がない訳ではないからな。ただ、同じ相手に二度負けた事もないが」

 

 そこでカイチョーの顔が優しい顔になった。ボクの二番目に好きな顔だ。

 

「テイオー、お前が私を目指すのなら二度同じ相手に負けるな。そして公式には無敗のままで走り抜け。私さえも出来なかった無敗という偉業を、快挙を成し遂げてみせろ」

「カイチョぉ……」

 

 また涙があふれ始める。だけどそれはさっきとは違う意味の涙だ。

 

「私を、シンボリルドルフを超えたのはトウカイテイオーだと、そう誰もが納得出来るように」

「グスッ……カイチョ~っ!」

 

 涙を流しながらカイチョーへ抱き着いた。そんなボクをカイチョーは優しく受け止めてくれた。

 ゼッタイ、ゼッタイにもう負けるもんか。ボクが負けるのは今回が最初で最後。

 

 そして公式には負けないままでボクはカイチョーを、シンボリルドルフを超える! 超えてみせるっ!

 

 待ってろキングヘイロー。次に戦う時はボクが圧勝してみせるんだからねっ!

 

 

 

 合宿最後の日はあっという間に過ぎちゃった。キングさんやスカイさんとビーチバレーしたり、遠泳したりと結局トレーニングみたいな事をしてたけど、それはそれで私達らしいって笑い合った。

 そして夕食を食べて普段なら割り当ての部屋でのんびり過ごすんだけど、今日はここからがある意味本番だ。

 

「よーし、これで合宿も最後だ。明日は学園へ戻ってまた以前の生活が始まる。だから最後の夜ぐらい多少遊んでも大目に見てやると先輩からもお許しをもらった」

 

 その言葉にスズカさん達が小さく驚いてた。私はどちらかと言うとトレーナーさんが許可を取ってくれた事の方が驚きかも。

 

「で、これは俺からの差し入れだ」

「差し入れって……」

「花火……?」

「ああ。夏と言ったらこれだろ」

 

 セイさんとキングさんがトレーナーさんの差し出した物を見て何だか微妙な顔をする。

 

「何だ? 花火は嫌いか?」

「そうじゃなくてさぁ」

「これ、ちょっと内容しょっぱくない?」

 

 言われて袋の中身を見る。うん、たしかに種類は少ないし本数も少ない。

 

「仕方ないだろ。ここから一番近いコンビニにはもうこれしかなかったんだよ」

 

 申し訳なさそうなトレーナーさんだけど、ここから一番近いコンビニってたしか車でも結構かかった気がする。

 それをセイさんとキングさんも思い出したのか申し訳なさそうに見つめ合ってる。と、そこで……

 

「と、とりあえず早く動こうか? 消灯時間は変わらないしお風呂の時間もあるから」

「そうですね」

「タイムイズマネーって言いますし、何事も早め早めに動く事が重要デース」

 

 スズカさんの一言でグラスちゃんやエルちゃんが笑顔を見せる。良かったぁ。一時はどうなるかと思ったよ。

 

「バケツと点火器具はここだ。俺はあっちで座ってるから何かあったら呼べ。火の始末は本当に気を付けろよ?」

 

 そう言ってトレーナーさんは私達から離れていった。多分だけど私達の邪魔をしたくないって事だと思う。

 

「じゃ、始めようか」

「人数分ない物もあるわね」

「なら早い者勝ちデース!」

「ちょ、ちょっとエル……」

「スペちゃん、どれにする?」

「そうですね……」

 

 袋を開けてみんなでワイワイ言いながら花火を手に取る。セイさんはロケット花火がない事に不満を漏らして、キングさんは派手な花火がないって文句を言って、エルちゃんは両手に持った何本もの花火に火を点けて、グラスちゃんはそんなエルちゃんを注意しつつ半分花火を奪い、スズカさんは静かに線香花火を楽しんで、私はそんなみんなを見て笑った。

 

 元々多くなかった花火はすぐになくなり、終わった時には何とも言えない寂しさみたいなものを感じた。

 そんな気持ちのままお風呂へ入るために宿舎へ戻って、汗を流して割り当ての部屋へ入る。

 お布団を敷いて、後はもう寝るだけってなった時、まだこの時間を終わりたくないと思った私は何とかしようと思って話を振った。

 

 話題は最初こそ他愛もない事だったけど、気付けばレースや学園へ戻った後の事なんかを話題にしてた。

 

 エルちゃんもグラスちゃんも自分達が合宿中に成長してるのを感じ取ったみたいで、早くレースをしたいって言い出したぐらいだ。それは私も同じだったので、ならいっそ学園に戻ったらこの五人で走ってみようかなんて話も飛び出した。

 

「でも、私達の方のトレーナーは……」

「許してはくれないデース……」

 

 グラスちゃんとエルちゃんが揃って項垂れる。たしかに本番のレースでもない限り無理そう。

 

「じゃあ、この五人で同じレースに出るしかないねっ!」

「気持ちは分かるけど声が大きい」

 

 思った事を口に出したらキングさんから注意されちゃった。でもやっぱり考える事は同じなんだ。見ればみんな苦笑してる。ホント、似た者同士なんだね私達。

 そこからはどのレースなら五人が対等に戦えるかを話し合った。やはり距離は中距離で、可能なら2000m辺りがいいよねって、そこまで決めたところでグラスちゃんが手を挙げた。

 

「どうしたの?」

「えっとね、この場合、出走レースって決めるのトレーナーだよ?」

「「「「……あっ」」」」

 

 そうだった。出走するレースを決めるのはあくまでトレーナーさん。たしかに私達の希望をある程度は聞いてくれるだろうし叶えてもくれるけど、夏合宿明けてすぐは無理だと思う。

 

 それに、私達の方は何とか出来ても二人の方はどうなんだろう?

 

 そう思って話し合った結果、それぞれのトレーナーさんへ相談し、いつか必ず同じレースへ出させてもらおうって事に決まった。絶対実現出来るとは言えないけど、出来たらいいねってぐらいの小さな願いだ。

 

「もし同じレースに出たら、一着はイタダキデース」

「そうはいかないんじゃない? 今の私はスズカさん並の逃げを出来るかもよ?」

「わ、私だって簡単には負けません」

「じゃあ私はそんなスペちゃんを徹底的にマークしようかな?」

「好きにすればいいわ。結局最後はこのキングがまとめて差し切ってあげるんだから」

 

 エルちゃんとセイさんは軽く笑いながら、グラスちゃんは冗談めかして、キングさんは本気で、それぞれの本音を言い合った、と思う。だけどこれだけは一致した意見があった。それは……

 

「どんなレースで走るとしても……」

「相手にどんなウマ娘がいようとっ!」

「この五人が揃った時は一着だけじゃなくて」

「掲示板もこの五人で埋めてみせよっか」

「モチロンデース。約束デスよ?」

 

 そこでエルちゃんが手を出した。そこへセイさんが手を重ねる。それを合図にキングさん、グラスちゃんも手を重ねていったから私も同じように手を重ねた。

 その瞬間、何となくだけどみんなが何を考えてるか分かった気がした。だからか五人で顔を見合わせて軽く驚きの表情になっちゃった。

 

 だけどすぐにみんなで笑顔になって小さく頷き合う。

 

「「「「「いつか一緒に走ろうっ!」」」」」

 

 それは私達同期五人の誓いであり約束だった。トレーナーさんが言った目標とは別の、大事な夢。

 私から見てもエルちゃんやグラスちゃんは強いウマ娘だ。当然キングさんやセイさんは言うまでもない。

 誰が一着になってもおかしくないし、逆を言えば自分が一着になってもおかしくない。それだけの力をつけたと、そうみんな思ってるはずだ。

 

 翌朝、私達は荷物をまとめて帰りのバスへと乗り込んだ。ここに来る前と来た後じゃ全然違うと実感しながら私は窓の外の景色を見つめた。

 

「……お母ちゃん、見ててね。私、絶対に日本一のウマ娘になってみせるから」

 

 そのためにもまずは最初の目標を超えるんだ。きさらぎ賞で入着するっていうそれを……。




果たして同期五人の約束は無事に果たされるんでしょうか?
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