天の声が聞こえるようになっていた、はずなのに……   作:MRZ

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これが限界。やっぱ競バ実況の雰囲気を文字で出すのは厳しい(汗
なのでもしかするとこれで最初で最後かもしれません。


異次元の逃亡者

「何だかあの頃を思い出しますよ」

 

 大勢の人で賑わうレース場。そこに男性トレーナーは来ていた。しかも自分が担当してないウマ娘のレースのためにここへ来るのは久しぶりと言う事もあり、どこか落ち着きがないようにも見える。

 

「そうだな。私もあの頃を思い出す」

 

 そんな彼を横目で見て、隣に立つ女性トレーナーは微かに笑みを浮かべた。新人時代を彷彿とさせたからだろう。

 それだけではない。今日はサイレンススズカが本格的に逃げウマ娘としてデビューする日となるのだ。

 彼女も自身のチームに所属するウマ娘を全員連れての観戦だ。勿論男性トレーナーのチームのウマ娘達も既に最前列でレース開始を今か今かと待っている。

 

「逃げ、を打つんですよね?」

「ああ、きっとな」

 

 たったそれだけのやり取りだが、これが持つ意味は大きい。

 元々サイレンススズカを女性トレーナーが見初めた理由はその速さだ。彼女曰く“最速の機能美”とまで感じられた走り。だがそれ故に危うさも感じさせ、過去の悲劇を思い出した女性トレーナーによって、サイレンススズカは長く停滞の時を過ごしてきた。

 それが遂に公の場で打ち破られる。本当のサイレンススズカの姿を、走りを、今日大勢の人達が目撃する事で。

 

「……そろそろか」

 

 サイレンススズカが出場するレースはGⅡ。とはいえ出走メンバーの中にはメジロパーマーやマチカネフクキタルなどの有力ウマ娘もいる。特にメジロパーマーは逃げウマ娘として有名だった。簡単には先頭を譲らない相手と言える。

 

「どんなレースになるんだか……」

 

 男性トレーナーはそう呟いて視線をゲートの方へ向けた。さすがに男性トレーナー達のいる場所からでは見えないが、そこにたしかにサイレンススズカはいる。

 だからか、彼は大画面のモニターへ目をやった。そこにはゲート入りしていくウマ娘達が映し出されていたのだ。その中にサイレンススズカの姿を見つけるや意識を向ける。

 

 画面の中のサイレンススズカは落ち着き払っていて、気負いなどもまったくない様子に彼には見えた。

 

『晴天に恵まれました阪神レース場。芝、2400m、16人立てです』

 

 そこへ場内にアナウンスが響く。いよいよ始まろうとしている今日のメインレースを盛り上げ始めたのだ。

 

「先輩はどう見ます?」

「そうだな……」

 

 頭上から聞こえてくるアナウンスをBGMにしながら男性トレーナーが声をかけると、女性トレーナーは真っ直ぐ前を向いたまま……

 

「スズカが本気で走るのなら、もしかすると一度も先頭を譲らないかもしれないな」

 

 冗談めかしてではなく本気でそう言ったのだ。思わず男性トレーナーが言葉を飲み込む程の雰囲気で。

 

「ゆ、譲らないって、メジロパーマーがいるのにですか?」

『今スタートしましたっ!』

 

 いくら何でもそれは難しい。そう思った彼の声を合図にするかのようにレースが始まった。

 そしてややあってからどよめきが生まれる。理由は何だと思った男性トレーナーが視線を戻せば大画面に映し出されていたのは……

 

「サイレンススズカ……」

 

 女性トレーナーの予想通りに先頭となったサイレンススズカの姿だった。

 

『まず抜け出したのはサイレンススズカ。これまでとは違う逃げの走りでハナを主張、先頭に躍り出ました』

 

 実況の言葉で先程のどよめきの理由も男性トレーナーには分かった。今までサイレンススズカを見てきた者達は彼女を逃げウマ娘などと思っていなかった。それもあってのどよめきかと男性トレーナーは思ったのだ。

 

『そのサイレンススズカを追う形となったのはメジロパーマー。本来であれば誰よりも先頭で走るはずの彼女が誰かを追う形となっています』

『これは珍しい形ですね。ペースを乱されないといいのですが……』

 

 誰もが似たような事を思っていた。逃げウマ娘としてメジロパーマーは知名度が高いからだ。

 だからこそ、こんな展開は慣れてない。掛かってしまうと最後までスタミナが持たないがどうなんだと、そんな疑問を抱きながら男性トレーナーは画面を見つめ続ける。

 

『各ウマ娘第一コーナーを回って、先頭はサイレンススズカ。そのやや後方にメジロパーマーと、この二人がレースを引っ張る形となっています。先頭からおしまいまでの隊列は13から14バ身と言ったところです』

『かなりのハイペースですので、それに惑わされずしっかりと自分の走りを出来るかどうかが重要になってきます』

 

 予想だにしない展開に周囲のざわつきが収まらない。それが不安か期待かは分からないが、どちらにしろ普通のレース結果にはならないだろうと男性トレーナーは思った。

 

『二コーナーから向こう上面、先頭は変わらずサイレンススズカ。差が少しあって2番メジロパーマー。そこから大きく離れて4番ビロンギングス、外から11番ディスパッチャー。その2バ身後方内に5番ミョンミョン、その外にハルモニアグレイス、モルフリッスと続き、一番人気の7番、マチカネフクキタルはその内にいます。更にサックスリズム、パンパシフィック、リボンララバイと連なる様に集団を形成。1番ナイスネイチャがそれに続いています』

 

 一番人気のマチカネフクキタルは差しの構えでトップを狙える位置にいた。ただバ群の中に沈んでるようにも見える位置取りであり、モニターでもその姿が他のウマ娘の中にいる事が分かる状態だった。

 

『その外には8番バイタルダイナモ、ショーマンズアクト。最後方は外にトコトコ、内にラブリーシルエットとなっています』

『先頭の逃げがどこまで続くのか。あるいは他のウマ娘達はどこで勝負をかけるか注目です』

 

 さて、この差をゴールまでにどれだけ詰められるかが勝負の分かれ目だろうなと、そんな風に誰もが思っていた時だった。

 

「……やはりな」

「え? っ!? なっ!?」

 

 噛み締めるように女性トレーナーが呟いた瞬間、男性トレーナーは思わず隣へ目をやり、そして直後に聞こえた驚きの声にすぐさま視線を戻す事になった。

 

『おおっと、これはどうした事だ。メジロパーマーが追いつくどころか差を縮められません。未だにサイレンススズカとの差は2バ身程あるぞ。既にレースは中盤を過ぎようとしているが逃げウマ娘同士が競り合わないままだ』

「嘘……だろ……」

 

 そう思ったのは彼だけではない。信じられないと言うような意味の言葉が異音同義語であちこちから飛び出していた。

 

 その喧噪の中、男性トレーナーは画面を見つめて息を呑んでいた。

 

(いくら逃げが得意だからってこんなペースで最後までもつのか? サクラバクシンオーのように短距離ならともかく中距離でこれは普通に考えれば自滅ペースだ……)

 

 けれど現実はその予想を嘲笑う。何とサイレンススズカはそのペースを維持したのだ。

 だがさすがに第三コーナーへ入る辺りで後続集団も動き出す。それも、飛び出したのはまさかのウマ娘だった。

 

『ここでマチカネフクキタルが上がってきた! バ群が開けたかのようにスルスルと前へ出て行く! 先頭をひた走るサイレンススズカへ待ったをかけられるのか! ナイスネイチャも上がっていくぞ! メジロパーマーもサイレンススズカの背中を捉えようと懸命に走る!』

 

 もうレースも終盤が近く、仕掛け時としてはおかしくない。

 なのに、それが今回は存在しなかったのだと誰もが後で痛感する事となる。

 

『だが届かない! サイレンススズカ、届かせないと言い放つような走りです! おっとここで心折れたかメジロパーマーが下がっていく! さぁ、サイレンススズカ先頭のまま第四コーナーを回ったところで後方から追い駆けてくるのはマチカネフクキタル! そんな逃げさせてなるかとばかりの猛追走! 先に直線へ出たサイレンススズカへ襲いかかる!』

 

 まるでマチカネフクキタルだけ神懸ったかのようなレース展開だった。途中まではバ群に沈んでいたはずが、気付けば前が開けてトップへ喰らい付こうとしてるのだから。

 しかもスタミナが回復でもするのかと言いたくなるような凄い差し脚まで発揮している。これなら届くかと、そうほとんどの者達が思った。

 追い駆けてるマチカネフクキタルもそうだった。これで届く。あとは抜き去って一着でゴール前を駆け抜けるだけだと。

 

 ただ、それは相手が同じ次元の走りならば、だ。解き放たれた逃亡者は一人、異なる次元へと駆け上がっていく。

 

 その速さは、自由への始まりでもあり、ある意味では孤独の始まりでもあった。

 

『ここでサイレンススズカが加速! 二の脚を残していた逃げ足に末脚が届かない! まさかまさかの展開です! 一度たりとも減速する事なく、むしろ加速さえして先頭を行くのはサイレンススズカ! もう福は来ないと見る者全てに告げるようにトップで直線を駆け抜ける! 速い速い! 相手が手を伸ばす前に突き放す走りでサイレンススズカ、そのまま余裕を持って二着に5バ身以上の差を残し、今一着でゴールイン! 二着はマチカネフクキタル、三着には1番、ナイスネイチャ。同じ逃げウマ娘さえも寄せ付けない走りで、終わってみればレコードタイムの逃亡劇でした』

 

 終わってみれば二着以下に大きく差をつけての勝利。まさしく逃走劇だった。一度たりともペースを崩す事なく、最初から最後まで先頭で走り切った。

 そして、この距離での逃げウマ娘は男性トレーナーに否応なくある事を思い出させる。彼に初めてGⅠのトロフィーを見せてくれたウマ娘の事だ。

 それが見せていた速さよりも上のものをサイレンススズカは持っていると、そう思わせられるには十分な内容だった事もある。それ程までに、今見た走りは衝撃的だったのだ。

 

「……あいつよりも速いですね」

「ああ。だからこそ、私は今、不安と期待の両方を抱いているんだろうな」

 

 逃げウマ娘の完成形、そんな気が男性トレーナーにはした。あるいは理想形かもしれないとも思った。とにかく次元が違うと。

 特に最後に見せたあの加速が異常だった。逃げウマ娘なのに末脚まであるのかと、常識外れにも程があると印象付けられたのだ。

 

 だからか、彼も無意識の内にこう呟いていた。

 

「……いつか、あれにセイは勝たなきゃいけないのか」

 

 セイウンスカイは逃げウマ娘だ。しかも適性距離はサイレンススズカと一部かぶっている。そうなれば今後ぶつかる可能性は高いとまで考え、男性トレーナーは思った。

 

(そうなった時、セイはどうなるんだろうか? 今回のメジロパーマーと同じで逃げとしては通用しないと突き放されるんじゃないか?)

 

 もしそうなれば厄介だ。トラウマじゃないが、サイレンススズカには勝てないと思わされてもおかしくない。そこまで考え、男性トレーナーは己が考えを払うようにかぶりを振った。

 

「どうした?」

「いや何でもないです」

「そうか。さて、私はチームの者達と合流してスズカを労ってくる。ではな」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 心なしか嬉しそうな女性トレーナーを見送り、男性トレーナーは視線を空へ向ける。突き抜けるような青空なのに、何故か彼の心はどんよりと曇っていた。

 

 セイウンスカイを逃げウマ娘として育ててみせると意気込んだ自分へ、神は何て厳しい試練を与えるんだと嘆くように……。




逃げウマ娘として勝とうと思うとサイレンススズカは強敵です。
差しや追い込み、先行で勝つなら分からないでもないですが、逃げで彼女に勝つというのはちょっと妄想が出来ません。

ちなみにパーマーはこの後マチカネフクキタルの占いへ行って覚醒します(&ズッ友を得る)のでご心配なく。
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