アタシら花の12年クラシック組   作:青い傘

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プロローグ

ひんやりとした、でもどこか熱気を放つ薄暗い道を進む

 

思わずあくびがこぼれる。もう何度も通った中山の地下バ道である。今更デビュー仕立ての頃のような真新しさは無い。

 

今日が引退レースではあるが、このウマ娘には最後の幕引きに懸ける思いなどひと欠片も感じられない。あるのはただ…

 

「めんどくせぇ……」

 

ポリポリと頭をかきながら歩く。このウマ娘を知らない人間にこの姿を見せれば、まさか往年は暴れウマ娘として名を馳せたとは誰も信じないような落ち着きだった。

 

やがて光が見えた。中山の地下バ道は短い。適当に歩いてるだけなのにすぐに終わりがやってきた。この後は本バ場入場して返しウマ…レース場で事前に走るウォーミングアップがある。

 

光をくぐり抜ける。このウマ娘が本バ場に姿を現した瞬間、中山競バ場は大きな歓声に包まれた。レース前のざわつく喧騒がレース中かと間違う程の熱気に変わる。

 

今日ここに来た観客のほとんどは、このウマ娘の最後の勇姿を目に焼き付けるために来たと言っても過言ではない。それを裏付けるように前走10着、前々走15着と近走で散々な結果しか残せていないにも関わらず、この暮れの年末グランプリでは堂々たる1番人気。誰もが奇跡の復活を望んでいた。

 

本バ場の中央からダートコースを横切り、ターフコースに入るととそのまま軽くジョギングをする。それだけでまた大きく歓声が上がる。レースは面倒だが、この歓声だけは心地良い。聞いているだけで背筋が痺れて全身に活力がみなぎると錯覚してしまいそうになる。

 

実際にはこのカラダはもうスッカラカン。レース場を1周回るだけでもしんどい有様だ。全盛期はとうの昔に通り過ぎてしまった。周りには絶対おくびにも出さないが。

 

返しウマが終わったら待機所でレース枠入りまで待機する。この時間が本当に嫌いだ。パドックといい、待機所といい、何もせずに待つという行為はこのウマ娘にとって1番の苦痛だった。

 

周りを見回すと、かつては知り合いだらけだったG1レースも、知らない顔ばかりになったと改めて実感させられる。今年はキタサンブラックっていう奴がそこそこ活躍してこのレースにも出走してきたらしいが、もう最近のクラシック世代の事なんて情報を追ってないし、そもそも今日で引退なのだから興味も無い。

 

生意気言ってた1つ下の後輩たちですら先に引退していきやがった。まだかろうじて分かるのは1個下で今年の宝塚記念と天皇賞・秋を勝ったラブリーデイくらいだ。でも仲がいいという訳でも無いし、そもそも話した事すら無い。だが、この場ではお互い知ってるだけという距離感ですら1番近い。

 

そりゃレースもつまんなくなる訳だなぁと心の中でひとりごちる。なんというか張り合いがない。当時は張り合いとかあんまり意識した事は無かったがこうして居なくなると嫌でも実感させられる。

 

「というか、大人になっちまったアタシ自身が1番つまんねーか」

 

前までは、レース前の待機所は闘志がみなぎって今か今かと発走を待ち望んで居たのにいつの間にかぼけーっと過去を振り返るようになっていた。

こんな腑抜けちまったら目の前にサンドバッグが居ても蹴りに行かないかも…と一瞬考えたがそんなことは無い。どんなに腑抜けようが目の入る所にあのサンドバッグがいる限りアタシは必ず蹴りに行く。

 

そうこう思いふけっている内にいつの間にか枠入りが始まるようだ。スタッフに目隠しをさせられ、手を引かれながらゲートに入る。以前出たレースでなんとなく枠入り前に暴れ散らかしてからは目隠しをさせられて、その上で先入れされることが恒例となっていた。

 

____最強の世代…いわゆる黄金世代についてはウマ娘ファンの中でも意見が割れる_____

 

あ、なんか思い出したら面白くなってきたな。みんなアタシの引退レース見に来たんだし、そこで大暴れしたら面白くね?と一瞬脳裏を過ぎったが、やめた。もう暴れ回れるような元気も昔みたいには無いのだ。

 

_____三強が3人とも年度代表ウマ娘に輝いた1976年クラシックのTTG世代と言う者もいれば_____

 

目隠しを外される。横を見ると既に全員枠入りを完了していた。先程から比べると観客席から上がる喧騒も一段下がっている。嵐の前の静けさだ、みんなこの後の熱狂が分かっているからこそ溜め込んでいる。

 

_____日本総大将スペシャルウィーク達の1998年クラシック世代こそ黄金世代として推すものもいる_____

 

スターターの台が上がり、旗が振られる。何度も何度も聞いたファンファーレが中山競バ場に響き渡る。条件反射だ、ファンファーレを聞くとさっきまでろくに湧かなかった闘志が勝手に湧き上がる。

 

_____後にそれら歴代の黄金世代と肩を並べて語られる_____

 

テキトーに走って終わらせようと思っていたが、せっかく気分が乗ったんだから最後くらい…

 

_____2012年クラシック世代_____

 

「真面目に走ってやっかぁ!」

 

_____最後まで残った現役スターのラストランが始まる_____

 

ゲートが開く。

 

第60回有馬記念_______発走______

 

 

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