宇宙世紀0067。
サイド3。
ジオン共和国。
穏やかな気候設定がされているサイド3のコロニー内は、地球から一番遠くにあるという事実が嘘のように思えるほど豊かなコロニーとなっていた。
地球を自然のままそっとしておくべきとする「地球聖地論」。
そして、宇宙生活で独特の視野を得た宇宙生活者の自治権確立をうたう「コントリズム」。
それらを融合した思想を唱えたジオン・ズム・ダイクンが、サイド3にて政治活動を始め、宇宙世紀0058年に単独での自給自足が可能となったのだ。
今まで地球からの供給に頼っていたか細い開放型のコロニーは、工業や農業も運用できる密閉型へとその姿を変えている。
「泣くなよ、キャスバル。お前らしくない」
「な、泣いてなどいない!」
そのジオンの柱であるダイクン邸の中で、まだ年端もいかないダイクン家の跡取りであるキャスバルは、溢れた涙を行儀悪く裾で拭った。
あとで母親に怒られるぞ、と困った顔をする幼馴染に言われるが流れ出るものは仕方ないと開き直った。
「キャスバル兄さんの泣き顔なんて珍しいわ」
「うるさいぞ、アルテイシア」
そう切り返した兄の反応を面白そうに笑うアルテイシア。
彼女もダイクン家の子供であり、跡取りとして厳格な教育を受けるキャスバルとは違ってとても感情豊かな少女だった。
しばらく泣きべそをかくキャスバルを二人でからかってから、幼馴染は下ろしていたキャリーバッグを持ち上げる。
「じゃあ、行くよ。元気でな、キャスバル、アルテイシア」
悲しげな顔をする兄妹に別れを一時の告げる。後ろにはすでにダイクン家との挨拶を終えた両親が車で待っていた。
「本当に、戦争になんてなるんでしょうか…地球とコロニーで」
「ならないさ、アルテイシア。どこかの過激派がそう言ってるだけさ。サイド3から離れて避難するなんて馬鹿らしいけど」
地球とサイド3は自治権を巡って今もなお争っている。地球から見れば、ようやくできた宇宙コロニーの文化が独り立ちしようと言うのだ。
税金を搾り上げる前に逃げられるわけにはいかないと政治家たちは躍起になっているが、ダイクンはそれを平和的な話し合いで解決しようとしている。
戦争なんていう大量消費を伴う独立などしたら、自治権を取る前にサイド3が干上がってしまうことくらい誰の目から見ても明らかだった。
「レーン。いつか、また会えるか?」
立ち去る幼馴染に、キャスバルは問いかける。彼はカバンを持ったまま当然だと言った。
「会えるさ。こんなに広い宇宙の中で俺たちはめぐりあうことができたんだから」
「レーン・フー」という幼馴染が居なくなったその翌年。
キャスバルの父であるジオン・ズム・ダイクンは死去。
側近であったザビ家が実権を握り、ジオン共和国はジオン公国と名を変えた。
〝諸君、我々は宇宙に生活の場を求めている…ここに我がジオン公国は地球連邦に対して宣戦を布告する!!〟
コロニーが見えた。
光と緑が溢れているはずのコロニーに、その輝きは無い。
〝人類は我ら優良種たるジオン国民に、管理運営され、はじめて未来を見ることができるのである。その事実を無能なる者どもに思い知らせ、全人類の未来の為に我がジオン公国国民は立たねばならんである!〟
サイド2の8バンチコロニー。
アイランド・イフィッシュ。
かつての活気は存在しない。
コロニーに住む何千万という命の鼓動が、もうそこには存在しない。書面上で立案された通り、その命の全ては根絶やしにされた。
〝宇宙に暮らす我々を目に見えぬかのように振るまい、あまつさえ自分たちが宇宙を支配しているかのように思い上がり―今は亡きジオン・ズム・ダイクンの魂に応えるためにも―我々は立ち上がる時が来たのだ!!〟
遠くで、光が奔った。
核の炎がパッと燃え上がって、宇宙の深淵の中へと消えてゆく。
眩い光。
激動の戦い。
混乱する状況。
その全てが、この惨状を覆い隠して、焼き尽くして、歴史という傷跡から消し去ってゆく。
けれど、その時に目にした光景はきっと消えない。覚めない悪夢をあの戦いから見続けている。
ずっと続く。
それは俺という命が消えて果てるまで、永遠に。
〝これは愚劣なる地球市民に対する裁きの鉄槌である。神の放ったメギドの火に、必ずや彼らは屈するであろう!!〟
ザビ家という名が宇宙に轟いている限り、ジオンと地球をかけた戦いは、きっと終わることなんてないのだろう。
宇宙世紀0079。
12月31日。
宇宙要塞、ア・バオア・クー。
交戦宙域、Sフィールド。
「地球の位置があそこで、要塞が反対側。そこから距離を逆算して…そこかっ!!」
真新しいコクピットシートに体を預けながら、まっさらなマッピングデータに座標系を入力する。
いくら新型機とは言え、基本的な設定もせずに渡してくるとは、とうとうジオンも切羽詰まってきているのだろうとここにきて思い知らされる。
データ上で捉えた段階で、もう連邦による戦闘は始まっていたのだ。このSフィールドにも物量に物を言わせた連邦の艦隊とMS部隊が流れ込んできているのだ。
学徒出陣、などという題目を掲げた新人とロートルが入り混じった部隊が混戦状態なるのを遠くに見ながら、スロットルバーを下げて一気に加速する。25本という驚異的なスラスター数が備わる新型機はそのすべてに光を灯して一気に速度を上げた。
さすがは「人を乗せることを考慮していない機体」だ。技師が引き攣った顔で乗り込む姿を見ていたが、想像以上の負荷にグッと奥歯を噛み締めて耐える。
「なけなしの一撃なんだから、当たってくれよ!!」
上に乗っかる形で搭載されたのは、ジオンでも小型化に間に合わなかったメガ粒子砲だ。わずかなチャージ音と共に打ち出される黄色の閃光は、一直線にア・バオア・クーを目指すMS部隊の直上を捉える。
直撃を受けた者や、余波で被弾したジムの合間を縫ったガンキャノン二機が、真上から迫る機影に気がつく。
「撃ってきた!別働隊か!?カイ、ハヤト!」
「任されて!!」
動きは早かった。雪崩れ押し入るMS部隊を先に行かせて、二機のガンキャノンが応戦に入った。機体はわずかに変わっているものの、その動きには見覚えがある。
「ガンキャノンが二機…あの子供たちか。だが動きは良いが所詮は素人!!戦術が戦略についてないぞ!!」
「この機体の動き、尋常じゃねぇな!ハヤト、焦るなよ!」
ターゲットスコープを取り出したガンキャノンのパイロット、カイ・シデンが狙いを定めて迎撃に移る。だが、発射した2門の斉射を敵は凄まじい動きで躱した。
「ぐぅ…があっ!!」
想像絶する負荷が体にかかる。ギジギシと音を立てて体を内側から壊していく痛みを、操縦桿を握りしめながら必死に耐える。機体は右へ流れるような動きから切り返し、高速域を維持したままカイとハヤトの機体の上を通り過ぎてゆく。
「野郎、どんな機動をしてやがる!?ホワイトベース、聞こえるか!?抜けられちまった!!」
「援護に向かいます!!」
カイたちの通信を受けて、周辺迎撃に出ていたコア・ブースターが機首を翻す。異様な機動でホワイトベースへと近づいていく機影を捉えたと同時に、コクピットにいるセイラは異様な気配を肌に感じ取っていた。
「あの機体…レーン兄さん…?」
「敵機、右舷からきます!!」
「弾幕薄いぞ!ア・バオア・クーに味方が上陸するまで耐えるんだ!!ミライ、回避機動は任せる!!」
迎撃体制に入るホワイトベース。
その射程距離内に、ジオンの新型機はすでに入っていた。
平べったい胴体にモノアイが備わる。アームも何もない。装甲とスラスター、そしてメガ粒子砲の砲門が二門積まれている機体は、さらに速度を増してホワイトベースへと迫った。
放たれる弾幕を掻い潜り、主砲のメガ粒子砲の砲火を脇に避ける。
それは異様な動きだったが、ブライトはどこか知っているように感じた。その機体の動きを。
「ホワイトベース、貴様との腐れ縁もここまでだ!!」
「レーン兄さん、やめてください!!」
咄嗟に、セイラは敵の前へと出た。自殺行為だとカイが叫ぶ。だが、その鬼気迫る邪魔立てにあと一歩のところまで迫っていた敵はひらりと引き返したのだ。
「ええい、木馬のお付きか!邪魔をするな!」
機首を進む方向から上側に向けて反らし、下部に備わるミサイルハッチを開くと、搭載されている無誘導ミサイルが、セイラの乗るコア・ブースター目掛けてばらまかれる。
「ミサイル!?躱して!!」
コア・ブースターを巧みに操るセイラが顔を上げる。自分の真上、そこには機体をぐるりと機動させた敵のメガ粒子砲がこちらを向いていた。
やられる。そう確信めいた感覚が背筋に走ったと同時、セイラの方を向いていた砲門の前を鮮やかなビームが遮った。
「ジオンの新型…!?」
「出てきたな、アムロ!」
セイラと敵を分断したのは、危機を察知して戻ってきたアムロだった。すでに部隊は要塞へ取り付いている。
感覚に従って戦場を飛ぶガンダム相手に、背に積まれるメガ粒子の一閃を放つ。だが、そのことごとくが避けられたのだ。
「あの避け方…未来予知をしてるでもあるまい。装甲越しに殺気を感じている…?」
あまりにも早い反応だ。ビームという攻撃が一体どうやって飛んでくるかを理解している飛び方だと言える。
ここまで成長したのか。
「鈴の音…ノイズなのか?それにしても音がクリアすぎる」
聞こえてくる不穏な音。それが本当に聞こえたものなのか、ノイズなのかは正直関係ない。戦場では不可思議なものを不可思議なまま捉えないのが鉄則だ。
訳がわからない相手にたじろぐほど、その術中にハマる。のめり込むほどに相手のペースに騙される。ガンダムの脅威的な動きを、即座に〝現実的な範疇〟へと再設定してゆく。
スラスターの尾を引きずって飛ぶガンダム。そのビームライフルから放たれた一撃を、こちらも躱す。思った通りだった。
「これも外れた!?やはり…!!」
アムロの直感的な狙いも振り切る速度域で飛ぶ機体。あんな無茶な軌道を維持できる相手など、アムロは一人しか覚えがなかった。
「レーンさん!なぜ貴方が僕の前に立つのです!!」
無音の宇宙に叫ぶ。
その声は相手に聞こえない。
その事実に、アムロはやけに苛立った。
「そうやって心を閉ざして!!」
コクピットのパネルを操作し、無理やり相手との直接回線を開く。聞こえてしまったアムロの声に、パイロットは大いに驚いた。
「通信を繋げてきた!?アムロか!!今は連邦とジオンなんだぞ!!」
「フーさんならやめてください!!こんなことをして…!!本当の敵はあの中にいると言うことがわからないのですか!?」
とは言いつつも攻撃をやめないアムロの様子に、不信感が募る一方だった。激戦にまみれた宙域の中で、2本の光が複雑に絡んだ。
「人はお前のように万能になれないから!!」
「流れに沿えと言うのですか!?」
「そう思えるからと言って、敵を根絶やしにする真似をしたらそこに理性や秩序なんてない!!」
「本当の敵がいるんですよ!!フーさん!!」
「本当の敵はお前の目の前にいる俺だ!!兵士がその本質を見誤るな!!」
ビームが走る。この速度の中で攻撃の隙を狙ってくる相手に、アムロは神経をすり減らしていた。
「僕は…兵士を…くぅ!?」
ばらまかれたミサイルを避ける。狙いがない故に動きが読めない。爆風の衝撃に期待が揺れる。その中でも、アムロの繊細な操縦は乱れなかった。
「甘ったれと言うんだよ、アムロ!!お前はあの時から何も変わっちゃいない!!初めてガンダムに乗ったあの時から何も!!」
これだけ人を殺しておいて、自分は兵士ではないと言うのか!?お前が!!
サイド7で初めてザクを撃破した時から、多くのジオンの人間を殺し続けたという自覚が、アムロにはあまりにも希薄だと叫ぶ。
「何を…!」
「兵士の本質は命じられた敵を排除することの繰り返しだ、その上の駆け引きを一人でクリアできる?驕るのも大概にしろ!たった一人の兵士にそんなことができるか!!」
「けど、誰かが倒さなければならないでしょ!?」
「一つ言えるのは、その業を負うのはお前でないと言うことだけだ、アムロ!!」
誰かが言う。
人を殺すことに慣れてしまうのが戦争だ、と。
誰もが言う。
最初に人を殺した時は震えて眠れなかった、と。
アムロは戦争に慣れた。ガンダムに乗ることにも慣れたし、戦うことも慣れていた。だが、誰かを殺して震えたことは記憶に刻まれていない。
彼は最初から慣れさせられてしまったのだ。状況という空気が、彼にそう強いてしまったのだ。故に、アムロ・レイというパイロットは〝何一つとして変わっていない〟。
サイド7で戦いに巻き込まれた民間人という考えから、何一つとして。
「ちぃっ!!」
ガンダムの放ったビームが機体の右側面をかすめる。装甲が焼け、スラスターが破壊された。クルリと機体が姿勢を崩すが、驚異的な操縦で失速することは免れる。
すぐに二発目のビームが来た。
「レーン!!奴との戯言はやめろ!!」
「またジオンの新型…シャアか!?」
追撃しようとするガンダムの行手を、腕部に備わる5門のビーム砲で牽制したのは、シャアの操るジオングだった。
被弾した機体を牽引してガンダムから離れる中、接触回線でシャアの声がコクピットに響いた。
「レーン。ドロスが沈んだ。Nフィールドは維持できん。この戦いは我々の負けだ」
「なら、お前はお前の成すべきことを果たせ」
「しかし…!」
「キャスバル!お前がなぜシャアと名乗り始めたのか、それを思い出せ!!ザビ家に復讐をするためだろう!?」
その言葉に、シャアという仮面を剥がされたキャスバルは息を飲む。自分の復讐ために被ったこの仮面は、もう捨て切れないほどに大きくなってしまってあることに気がついた。
それでも、目の前にある機体にのる幼馴染はハッキリと言ってくれた。シャアという自分を選んだ道にケジメをつけろと。
「この戦いで負ければ、ジオンはいよいよサイド3での決戦を強いられる。連邦との物量差は決定的だ。もはや後戻りはできない」
本土決戦になれば、もうどうにもならない。ジオンが干上がるまで連邦は戦いをやめないだろう。
ジオンは負ける。それだけは確かだ。
ならば、その先を見据える必要があるはずだ。
「キャスバル。身から出る復讐心や怨念はあるだろうが約束してくれ。もう決して自らの手でザビ家の人間を殺すことはしないと」
「レーン…」
「この戦争には終焉が必要だ。ザビ家という頭目を引き摺り下ろし、見せしめに地球連邦によって処刑されると言う幕引きで、この戦争は終結する。それが必要なんだよ」
通信越しに聞こえる言葉は、シャアの胸に深く突き刺さる。
まだ、父が殺されて間も無くの頃はいい。
だがここまでザビ家主導のジオンが膨大に膨れ上がってしまい、あまつさえ地球との戦争を始めてしまったのだ。
その責任は誰が取る?
ジオニズムの生みの親であるジオン・ズム・ダイクンの遺児である自分か?
いいや違うと、自分の正体を知った頃にはっきりと言った。
この戦争は紛れもなくザビ家が始めた。
ならば、ジオンの代表者としてザビ家が罰せられるべきだ。断じて、キャスバルという個人が彼らを罰していい訳がない。
そしてこの戦争の終局に至る道で、ザビ家が全ての責を負い、罪を認め、多くの支持者に泣かれ、あるいは罵倒されながら、償いながら死んでゆくことが、キャスバルとしての復讐の帰結ではないのか、と。
「…わかっている」
「なら、お前はお前の成すべきことを果たせ。いいな?お前は兵士でいるのがお似合いさ、さっさと帰ってララァと仲良くしてくれ」
そう言って、コクピットのパネルを叩き、機体の破損部を丸ごとパージする。炸裂ボルトが機体の装甲を剥がしてゆくと、平べったいMAのような機体は手と足を晒して、一気に人型へと変わった。
「すまない、レーン」
「…戦場に向かう親友に、そういう言葉は相応しくないんじゃないか?」
幼馴染の言葉に、シャアは少し間を置いてから小さな敬礼を打った。
「ああ、そうだな、レーン・フー。勝利の栄光を君に」
「ああ、任せろ」
言葉を交わして、シャアのジオングが後方へと下がってゆく。ここから先はジオンの離脱援護の戦闘となる。すでに取り付かれた要塞は絶望的だが、ここで少しでも足止めをすれば、後ろはずっと楽になる。
そう思えた。
「待て、シャア!!」
「ここから先は通さんぞ、ガンダム」
ガンダムの前に、装甲を取り払った機体が立ちはだかる。モノアイを光らせ、小型化されたビームライフルを構える機体を、アムロは睨みつけた。
「どいてください、フーさん!」
「どかしたければ俺を殺して行け!!」
混戦が広がる中、ア・バオア・クーを眼前に白きガンダムと、スラスターの光を迸らせる機体が激突した。
これは、連邦とジオンの中で駆け抜けた、もうひとつの流星の軌跡である。