その1
暗闇
月は隠れ、空は暗雲が垂れ込めている。
地面に差す月光が無いなか群衆は自らが灯した人智の光で地面を照らしている
それは科学の叡智の賜物であり、同時に現世の神秘への冒涜でもある
変わらない風景 ありふれた日常
そんないつもの風景を見ながら男は囁く
「いつ見ても素晴らしい街だな、
「愛おしい──」
「───壊したくなる程に。」
✕✕✕
「ふざけるな!」
黒髪の青年…ロード・エルメロイⅡ世は持っていた紅茶を置くと叫んだ。
「お前はどうしてこう……毎度、厄介事に手を突っ込みたがるんだ!」
おおよそ端正な出で立ちには似合わない声量に常人であれば驚くであろう……あくまで常人であれば、の話だが
そんなⅡ世の非難を耳で聞き流し紅茶を片手にすました顔をしている義妹が1名。
「…これでも真剣に考えた結果だよ。」
「真剣に考えたら普通はそんな結論には至らないはずだがな」
Ⅱ世はいつにもまして眉間に皺を寄せている。
しかし今回はそれも仕方の無い話である。
「──伯林で起きた聖杯戦争に出ろ、だと?ふざけるのも大概にしてくれ。」
それは本当に突拍子もない話であった。
ここ数日時計塔内では一つの話題がしきりに話されていた。それは──
〈伯林にて聖杯戦争の予兆在り〉
そんな現地魔術師からの報告である。
当初、時計塔側はこの事態をあまり深くは検討していなかった。
「田舎臭い極東で行われる儀式が欧州で行われる筈は無い」「伯林の地盤にも魔力の乱れは見られない」…と、こんな具合で中には「この話は極東で行われる聖杯戦争の参加枠を狙った者による悪質なデマである」と言った意見まで出るほどだった。
何より、これは時計塔側も驚いた出来事だが、この噂が入ってきた直後に聖杯戦争の御三家の一角であるアインツベルンから直々に「そのような事実は確認出来ない」と報告を受けた事も起因し、時計塔側はあくまで現地との報告の齟齬、もしくは誤認として少数の調査隊を組むに留まった。
……その結果どうなったか。
先に伯林に着いた先発部隊はその日の夜に音信途絶。先発部隊からの報告が無いことを訝しんだ本隊が再度先先発部隊を編成し送るもこれも途絶。
挙句の果てには本隊までも指揮官及び参謀とその指揮系統は全滅させられ、辛うじて生き残ったのは後方についていた時計塔との通信部隊のみという惨憺たる結果であった。
そして最も時計塔を驚かせたのはその通信部隊員たちの証言だった。曰く、「
この報告を受けた時計塔は伯林での聖杯戦争の発生を認め、緊急で
「例の戦争には兄上も出たがっていただろう。これは君の愛しい愛しい義妹からの貴重な気遣いでもあるんだがね?」
ライネスは相変わらずニヤニヤしながらⅡ世を見ている。
「…私が目指しているのはあくまで極東で行われる聖杯戦争だ。あんな聖杯戦争もどきじゃない。」
Ⅱ世がそう呟くとライネスは目を細める。
「ほう……まるで
ケイネスの指摘にⅡ世は眉をピクリと動かす。
「──とにかくこの案件は受けられない。無論…レディ、君が介入することも認めない。」
Ⅱ世はライネスに釘を差す。
「…まぁ、いいだろう。しかし選抜はどうする?
「人選については問題ない。少しあてになりそうな奴ならいる。」
そうⅡ世は断言するとすぐさま携帯を取り出しコールを掛ける。宛て名は……
「元気にしているか、獅子劫界離。」
「おう、あんたか。電話なんて珍しいな。どうした?」
Ⅱ世の着信に答えたのは
「なるほど…傭兵か。考えたな兄上」
確かに傭兵ならば金額次第でいくらでも雇えるであろう。しかも時計塔でもある程度パイプのある獅子劫なら連携もしやすい。
「時間が無い。手短に話させてもらう……君に聖杯戦争への参加を依頼したい。」
要件を告げると電話の向こうからバタンッ!と大きな物音がする。
「…いきなり何を言い出すかと思ったら…こりゃまた大仕事だな。どこから持ってきたんだそんな厄ネタ。」
獅子劫は半ば呆れているような声をだす。
「全くもって君の言うとおりだとも、どうして次から次へと厄介事が舞い込んでくるのか……」
元凶である義妹に目を向けるが彼女は紅茶を機嫌良さそうに啜っているだけである。
「
獅子劫から同情の声があがる。
「で、受けてもらえるか?」
「うーむ…すまないが、今別件でアメリカにいてな……その依頼は受けられそうにない。……というより聖杯戦争ならフラガ家の娘が代行者にいただろう。あいつじゃ駄目なのか?」
「今回は極東の聖杯戦争とは別件でな、どうやらドイツでも聖杯の動きがあったらしい。真偽はともかくな。」
Ⅱ世は机から葉巻を取り出すと口に咥える。
まぁ、獅子劫は時計塔内では割と信頼のある傭兵である。そんないきなり依頼のできる相手ではない。
「!?欧州でやるのか……ん、欧州か……ちょっと待っててくれないか。アテがあるかもしれん。」
「あ?あぁ…わかった。」
予想外の提案に少し動揺しつつも待っていると獅子劫が半分息を切らしながら受話器を取る。
「確かに俺はその依頼を受けられないが、一人その依頼をこなせるやつがいる。」
「ほう……」
Ⅱ世は目を細めた。獅子劫が推すのだから相当腕のある魔術師なのであろう。
獅子劫は自身の作成した魔術師のリストを記憶を頼りにめくっていく。
「確か…フィン人の魔術師で…ルーンに長けてた奴が……おぉ!こいつだ!」
獅子劫は呟くようにその魔術師の名を伝えた。
「イロナ・ハユハ…あいつなら聖杯戦争でも張り合えるだろう。安心してくれ、実力は保証する。」
「イロナ・ハユハ……
「ハユハには俺から連絡はしておく。恐らく今日中にはそっちに行かせられる筈だ。」
「すまないな。」
「また今度あんたが吸ってる葉巻でもくれればいいさ。」
「……検討しておこう。ではよろしく頼む。」
Ⅱ世が電話をしまうとライネスはカップを置く。
「では、私もそろそろ行くとするよ。…トリマムウ」
「はい」
そう言ってライネスは席を立つ。
「果たしてどうなるのか……愉しみだね。では我が兄よ、あとはよろしく。」
ライネスはそう告げるとトリマムウを伴って玄関を閉じた。
「………さて、どうしたものか…」
これがⅡ世の胃に穴を開けかねない事件であることをⅡ世はまだ知らない─いや、もうすでに開きかけてはいるのだが──