再び芝に立ち何を想うのか
そのウマ娘が名だたるG1レースを制するのはもう何度目のことだろうか。
数年前、皇帝と呼ばれたウマ娘シンボリルドルフは脚の故障が見つかり走ることは絶望的とまで報じられ、ターフを去ることを余儀なくされた。
だが、それからしばらくして『皇帝』は再びターフへとその脚を踏み入れる。かつて芝を駆けた鹿毛も、勝負服も、ただ1度の敗北も見せぬ強さも、あのときのまま。
ひとつ、その顔を覆う鋼の仮面を除いて。
奇跡の復活を遂げたそのウマ娘を待ち侘びていた人々はその名を叫び讃える。だが、シンボリルドルフと親しい者は今となってはその名を口にしなくなった。ただ『皇帝』と呼ぶだけだ。『私』もそれに慣れた。
「復帰する前より走りが圧倒的かつ冷徹でつまらなくなった」だの「仮面は故障時の転倒による怪我を隠すためだろう」だのという人々の勝手な言葉にも慣れた。走るたびに冷たい仮面の下を伝う涙にも慣れた。
そして何より『私』は『私』であることに慣れた。
URAファイナルズ
その報せを受けた『私』は確信した。『皇帝』シンボリルドルフの最期の出走はここであると。その日から『私』はかつてのチームメイトが所有する療養地でただひたすらに己を追い込み始めた。
かの『皇帝』の退位は誰もが認め、納得のいくものでなくてはならない。たとえ最期であってもこれまでと同じく敗北は許されない。
その最中、彼女がURAファイナルズの出走表を渡しに来た。
関係ない。誰が出走ようが勝利するのは自分だ。そうでなければならない。
目もくれず『私』は再び準備を進めた。
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その日、URAファイナルズ会場内はもちろん外までも入場できなかった人々で溢れた。報じられた『皇帝』の退位に少しでも近くにいたいという人ばかりだった。
「これが最後の出征!そしてこのウマ娘は伝説になる!シンボリルドルフ!…」
しだいに歓声も、スピーカーの音も、聞こえなくなっていく。集中は深く深く他のウマ娘など目に入らずただゲートが開くその一瞬を
「…特例中の特例!同名バの出走!どちらが本物だ!シンボリルドルフ!!」
は…?
反射的に目を向けると、いた。髪も、勝負服も、仮面も同じ。『私』が、いた。
「なん…で」
『私』はそれに答えず発馬機へと消えた。
その態度を見てサッと冷静になったと同時に沸々と怒りが湧いてくる。
どういうつもりなの?あれだけのブランクで現役で走り続けたウマと走るつもり?そもそもその脚は”走れるの?”
そんな疑問が解消することなく、ゲートは開いた。
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ふと後ろを確認する。大したことはない、いつも通りだ。誰も最強のウマ娘であるシンボリルドルフには敵わない。万が一にも『皇帝』の退位を崩御にする訳にはいかない。だがこの最期のコーナーを曲がれば終わりにできる。
━━そう思ったときだった。
背後に、よく知っている気配がした。
『私』
ありえない。何年他のウマ娘と走っていなかった?あの故障はどうした?なぜいつでも抜き去れると言わんばかりの顔をしている?
そこでようやく気がついた。
”かかって”いる。
自分でも気が付かないうちに『私』への怒りで。
ああ、そうだった。
他のウマ娘ならともかく、『皇帝』シンボリルドルフなら。それだけの綻びが敵にあるなら、十分だろう。
ゴールまでまだ600mもあるのに。
夢見た背中が、よく見えた。
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先に口を開いたのはシンボリルドルフだった。
「私とて何もせず隠居していた訳じゃない。思いつく限りのこと、仲間たちの提言。やれることは全てやってきた。」
「君が負けた理由ははっきりしている。遊び心が足りない。張り詰めた糸は切れるだけだ。」
あの頃と同じ、心によく響く声色。いまはそれがとても、痛い。
「まだまだ未熟だな。皇帝の名は早い。だから…」
外した仮面の下の見知った顔。
「もう、いいんだ。待っていてくれて、ありがとう。」
仮面はいらなかった。涙を仮面で隠す必要はもうない。
「ボク、ずっと待ってたんだから…おかえり、会長」
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『皇帝の帰還、帝王の復活!』
(翌日の朝刊一面に記載された記事より抜粋)