トラウマに耐えながら里見メディカルセンターに辿り着いた。
帰りも新西区を通ることになるのだが、しょうがない。
なぜなら、センター自体が新西区内になるのだから。
「うっぷ・・・」
「耐えてください、鉄雄さん!」
とにもかくにも、二人は院内に入った。
そして、里見灯花を探すことにした。
彼女に口利きしてもらえば、優心の部屋に入れるかもしれない。
そうでなくても、彼の遺物である手帳とかを見れるだろう。
「それで、どんな見た目をしてるんだ?」
「あっ、あの子です」
いかにもお嬢様っぽいような、わがままっぽいような・・・。
そんな見た目の美しい少女であった。
知性が溢れ出ているオーラも感じ取れた。
まさにあれが天才という人種なのであろう。
かこはさっそくその少女に話しかけた。
そして、訪れた理由を説明してくれた。
「・・・ふーん、兄さまの親友?」
灯花は鉄雄を睨んだ。
その表情だけで、鉄雄は色々と察してしまった。
彼女が兄である優心のことが大嫌いであったということを。
いや、大嫌いではすまないだろう。”憎悪”が正しいに違いない。
「・・・ああ、アイツの親友だった。
アイツが二年前、見滝原に来た時にすごく意気統合してな。
最近、胸騒ぎがしたから神浜に来たんだけど・・・」
「・・・じゃあ、あなたが兄さまに会った最後の人なんだね」
あの光の木が現れるまでの二年間、どうやら行方不明だったらしい。
その二年間でさえも、彼女の憎悪を癒すことはできなかったようだが。
「人類のびょーきを治すとか、そんなわけわかんないこと言ってたよね?」
「・・・言ってたけどさあ」
完全に言葉遣いが喧嘩腰のそのものだった。
いや、子供だからそういった態度をわきまえていないだけなのかもしれない。
「症状の説明も無いし、そもそもエビデンスだってないし、
おくすりを作ったと言っても、それの臨床試験すらしてないんだよ?
それなのに、みーんな兄さまの言うことをほいほいと信じて・・・。
あなたもそういった感じなんでしょ?」
「・・・」
じっくり考えてみると、確かに彼女の言う通りだ。
優心は人類の病気を治すと言ったが、具体的な症状は曖昧過ぎる。
人類が急に病気になったというエビデンスもない。
治療薬は光の種だが・・・ちゃんとしたものだったか怪しい。
いや、中途半端な光の種はネジレを生むというのはわかっていたようだが。
「・・・アイツは科学者というよりかは、むしろ詩人だった。
だから、理性よりかはロマン的な魂でことを進めようとしたんだろうな」
「・・・そんな感じに、みーんな、お兄様を擁護したんだけど」
灯花の目には涙が溜まってきていた。
「わたくしと宇宙についてお話をした学者さんたちだってそうだった。
兄さまはまったくもってエビデンスを提示しなかったのに、
あいつらは兄さまの考えに賛同した。
びょーきというのがものすっごく曖昧なのに、みんなびょーきを治そうって口を揃えた。
お父様はあまり兄さまのことに口出ししなかったけど、絶対、応援してたと思う。
普段は科学的であれとかなんとか言ってるくせに、兄さまだけには甘かったもん」
鉄雄はさらに察することができた。
これはあれだ。兄と比べてとか弟と比べてみたいなそんな感じだ。
彼女は出来の悪い兄を憎んでいたのではない。
科学者として頑張っている自分よりも評価される詩人を憎んでいたのだ。
「・・・みんな、兄さまの方を褒めてた。
あんなの、言うことは立派なだけの人間なのに」
「・・・」
鉄雄は少しムカついた。しかし、それを口に言うのはやめておいた。
これ以上は聞くのも嫌だったので、本題に入ることにした。
「・・・この前、光が全世界に降り注いでいた。
それを浴びて、俺は優心のことを思い出したんだ。
優心の日記とかに何か手がかりがあるんじゃないかって思ったんだ」
「兄さまの手記は全てハングルだったけど?」
「問題ない。俺はハングルが読める」
あの本の原詩を読むために勉強したのだ。
もともと前世で韓国語を習っていたのも大きかったが。
こうして、彼女に優心の部屋まで案内してもらった。
そこは何だか寂しい部屋だった。
数々の文献と瓶があるのに、何か重要なピースが欠けていた。
そう、部屋の主が不在だからだ。
「・・・へえ、意外と兄さま、文献とか読んでたんだ」
机の上に、手記は置いてあった。
最初の一頁に書いてあったのは、あの本の序詩だった。
もちろん、ハングルで書かれていた。
死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥じ入ることもないことを、
葉あいにおきる風にさえ
私は思い煩った。
星を歌う心で
すべての絶え入るものをいとおしまねば
そして私に与えらられた道を
歩いていかねば。
今夜も星が 風にかすれて泣いている。
あの詩集はまさに彼の心を体現するにはぴったりだった。
鉄雄は適当にページをめくってみた。
僕の計画には完全な失敗は許されない。
愛しい灯花が、人間でなくなるのは耐えられない。
中途半端な失敗は・・・まだ彼女が人間でいられるかもしれないだけのこと。
一番いいのは完全な成功だ。
あの子は、間違いなくE.G.Oを引き出せるだろうから。
僕の計画にAngelaはいない。それだけで成功は間違いなしだ。
どうか、あの子の前に幸せな風景が広がりますように
優心は妹のことを愛していたようだ。
E.G.Oというのは何なのか?おそらく、ネジレとは違う何かなのか?
Angelaというのは・・・よくわからない。
「くふふ、そういえば兄さまってたまに論理的に研究することはあったんだった」
灯花は棚から緑色の液体が入った瓶を取り出した。
「これ、エンケファリンっていう物質なんだ。脳内麻薬ともいうけど。
それだけを上手く抽出することに成功してたの。
まあ、エネルギー開発とか論理的じゃないことを言ってたけど」
どうやら、彼はちゃんと科学的なこともやっていたようだ。
まあ、そうでなければ光の種を生むことは難しかっただろうが。
また適当にページをめくる。
予想に反して、みたまさんは僕の計画に好意的だった。
確かにあの日、僕が十七夜さんと一緒に彼女を庇ったのはプラスに働いたに違いない。
それでも、彼女が憎む神浜を救うという計画に賛同するとは思えなかった。
でも、彼女は喜んで協力を賛同してくれたのだ。
彼女が師匠と呼ぶ人からたくさんのグリーフシードを手に入れることができた。
これで幻想体を用意することができそうだ。本当に嬉しい。
みたま・・・八雲みたまのことだろう。
しかし、神浜を憎んでいたとは知らなかった。
おそらく、東西対立で心が傷ついてしまったのであろう。
だが、そんな彼女がどうして優心を裏切ったのか?
少し前のページをめくってみる。
十七夜さんは最初は僕の計画に難色を示していた。
彼女の気持ちはよくわかる。
これは人によっては一種の洗脳とも捉えられるからだ。
でも、僕は彼女に必死に説明した。
ここで人間精神に光を与えないと、未来は悲惨になると。
現に、神浜市民は歴史に振り回されてばかりで個を失っているではないかと。
・・・なんとかして、彼女の同意を得られた。
彼女だって、神浜を愛しているんだ。
でも、わざわざ破壊する必要はない。僕の計画に従えば、壊す必要はないんだ。
和泉十七夜も協力していたらしい。すると、どういうことだ?
彼女たちは最初は優心に協力していたそうじゃないか。
でも、裏切った。一方は神浜を憎み、その破壊を願っていたに違いない。
もう一方は神浜を愛しているがゆえに、破壊しようとした。
「くふふ、何かわかったかにゃー?」
「・・・いくつかわかったが、一番言いたいのは、優心はお前を愛していたということだ」
途端に、彼女の表情が冷ややかなものとなった。
「ふーん・・・二年も放っておいて?」
「まあ、そこは言ってやるな。アイツだって、忙しかったんだ」
「その忙しさの結果が、このザマでしょ?」
彼女の口調には確かな怒りが感じられた。
「無責任に薬をばらまいて、どうなったと思う?
今、世界中の偉い人が困ってるんだよ?
偉い人だけじゃないよ、皆が困ってるんだよ!
兄さまがばらまいた薬のせいで、ネジレちゃうことになったんだから!
それなのに、どうしてあなたは兄さまの味方なの?」
「・・・俺はアイツがこんな中途半端な真似をするとは思えないんだ。
光で包んだ後に、どうしてわざわざ暗闇を用意する必要があるんだ?
そんな上げて落とすような真似は優心だったらしないはずだ」
「・・・むう、確かに。兄さまはすっごく人が良かったし」
「なあ、灯花。アイツがよく立ち寄っていた場所とか知らないか?
そこにだったら、現状を打破できるものがあるはずなんだよ」
「・・・悪いけど、わたくしも知らないにゃ」
しばらく気まずい空気が流れて、灯花は逃げるように部屋から出て行った。
「・・・とにかく、この手記はちょっと借りるとするか」
「・・・そうしましょう」
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伍