壱.優心の計画を壊してまで神浜を壊したかったのか?この裏切り女
八雲みたまは里見優心を憎んでいた。
最初はそんなことなかったのだ。
小学生の時から、ずっと彼のことがむしろ好きだったのかもしれない。
妹にも優しく、十七夜にも臆することなく対等に付き合えて、
そんな彼にどこか憧れを抱いていたに違いない。
水名女学園から帰ってきた彼女のことも、庇ってくれた。
そんな彼に違和感を抱いたのは、その数時間後のことだった。
彼はある計画書を見せてくれたのだ。
それは途方もない、それでいて説得力のあるシナリオだった。
思えば、小学生の時から彼は精神病に関心を持っていた。
そんな彼らしいシナリオといえば、それで終わっただろう。
(・・・本当にあいつらなんて救う必要があるの?)
彼女は東の人間も西の人間も嫌いだった。
信頼できるのは、妹のみかげと十七夜と、彼だけだった。
そんなみたまの様子を察したのか、彼は続けた。
「これは個を取り戻すためのシナリオなんです。
病気の人がいるならば、僕はその人たちを救わなければならないんです。
それが僕の使命です。誰かがやらなくちゃいけないんです」
みたまはふと違和感を抱いた。
彼は救うといったが、その表情は一瞬だけ切羽詰まったものに見えた。
それが救う者の表情とはとてもじゃないが思えなかった。
キュゥべえと契約した後、彼の秘密の研究所に訪れたことがある。
その時、ガラスケースに収容された腕を見つけた。
「・・・ねえ、これ、誰の腕?」
「あっ、僕の腕ですよ。僕の方が釣瓶適性があったんです。
とりあえず、腕だけを釣瓶にしたんです。
安心してください、薬ですぐに生やしたんです。
あとは、グリーフシードも混ぜれば完成です」
違和感はいっそう強くなった。
普段の彼だったら、間違いなく全身を捧げていたはずだ。
だが、彼はそうしなかった。まるで、死にたくないかのように。
二回目の訪問時に、あるハングルの走り書きを見つけた。
救われたい
違和感は急に嫌悪に変わった。
最初はなぜなのか、みたまにもわからなかった。
だが、それがだんだんと明確になってきた。
「ねえ、このポッドは何かしら?」
「ブライト/ザーションヒト科複製機です」
シナリオによると、この機械で職員とやらを量産するらしい。
そう、彼は量産と言ったのだ。人をモノ扱いするかのように。
神浜市の人間に個を取り戻したいと言っておきながら、優心は逆のことをしようとした。
嫌悪はやがて、憎悪に変わっていく。
師匠であるリヴィアでさえも、唆されてグリーフシードを渡した。
九郎と名付けられた青年も、彼を慕っていた。
「聖者」
そう、優心に関わった人間は異口同音にこう言うのだ。
彼らはあの男の本性にまったく気づけなかった。
あの男は、ただ自分が救われたいというだけで行動しているのだ。
そのためだけに、地下に無限地獄を作り上げ、量産した人間を死に追いやろうとしていた。
気持ち悪さを感じた。人類の救済をいけしゃあしゃあとのたまう男に。
その日はやってきた。優心はみたまたちにデジタル式腕時計を渡した。
その腕時計は施設内で過ぎた時間を表示してくれるのだ。
自分が救われるのをこうやってでも見守ってもらいたいということだろう。
いずれ地上に上がってくるだろう敷地を守るのは村宮という男だ。
彼もまた優心を崇めているようなタイプだった。
何という皮肉であろうか。
個を取り戻すとのたまう男の周りには、
彼を信じることばかりで個性がない人間だけだった。
それから二年の月日が流れた。
TT2プロトコルとやらで、施設内は悠久の時が流れた。
その間に、いったいどれだけの人間が死んでしまったのか?
考えることだけでも、おぞましかった。
地上が施設に上がった時、それを台無しにするという考えは自然と芽生えた。
暖かい光の中でも、彼女の憎悪は溶けなかった。
哀れな村宮、彼は弱い武器しか与えてもらってなかったのだ。
ある意味、優心の自己本位性の被害者であろう。
十七夜も意図はわからないが、協力してくれた。
そこから、二人で大いなる力を得ることができた。
みたまの望みはただ一つ、神浜市を滅ぼし、優心の夢を地上に叩きつけること。
「・・・あなたのような薄汚い裏切り者には、それ相応の罰が待っているでしょう」
常盤ななかは死に際にそう言った。
裏切り者で結構。裏切られるだけのことを男はしでかしたのだ。
そして、田中鉄雄という目の前の男もみたまを裏切り者と呼んだ。
「じゃあ、アンタはあの男の本性を知ってるっていうの?」
みたまはすらすらと優心の悪行を言うことができた。
だが、男はそれに耳を貸すことはなかった。
「それでも、アンタは優心を信じるべきだった・・・!
あいつの正気と熱情で、人類は前に進めたはずなのに・・・!」
正気も熱情も、優心にはなかったはずだ。
彼は刀を抜いて、みたまも変身した。
もはや、話し合いなど最初から決裂していたのだ。
・・・結果はみたまの勝利だったが、男を逃がしてしまった。
九郎たちも逃げてしまった。もはや、みたまをどうすることもできないと悟ったのだ。
そして、悟ったのはみたまも同じだったのだ。
もう、自分には力が十分すぎると言えるくらいにはあることがわかった。
「・・・十七夜、私は神浜を滅ぼすわ」
「そうか・・・止めはしない」
◆◆◆◆◆
その日から、神浜は災厄に包まれた。
強力になりすぎたみたまの因果は、みかげにもどうにもできなかった。
魔法少女たちは抵抗する者、逃げる者にわかれた。
「・・・レナちゃんとかえでちゃんはどうしたの?」
「逃がしたさ・・・もう少し早く気づけていたら」
「気に病む必要はないわ、ももこ。これが私の選択なんだから」
ももこを中心とした抵抗勢力は、全員この手で殺した。
正確には、本にしたというべきか?
調整という能力が別の方向に昇華したのか・・・。
殺すたびに、多くの本を読むことができた。
かつて十七夜が個を失っていると批判した神浜市民にも個はあったのだ。
こんな単純なことに、十七夜も優心も、そしてみたま自身も気づけなかった。
◆◆◆◆◆
図書館は神浜市を中心に、日本を浸蝕していった。
それは人を殺しながら、成長を続けていった。
十三年間、その星はどの星よりも世界を照らし続けた。
図書館の氾濫を止めることなぞ誰にもできなかった。
◆◆◆◆◆
「・・・ようやく会うことができましたね、司書さん」
玉座に座るみたまの前に現れたのは一人の少年だった。
ブックハンターの一人であろう。
彼が腰に差している刀はどこかで見たことがあった。
・・・十三年前、鉄雄が抜いた刀だ。
「あなたは鉄雄という男を知ってるかしら?」
「ええ、知っているも何も師匠の一人でしたから。
今も、中国の方でフィクサーたちの育成に励んでると思います」
「・・・そう」
少年の髪に、白い花を模した髪飾りが留められていた。
その髪飾りも見たことがあった。それも十三年前に。
その髪飾りをじっと見つめていることに、少年も気が付いた。
「・・・母を知っているんですね」
「あら、あなた夏目かこの娘だったのね」
「血は繋がっていませんが、僕は母に育ててもらいました。
母さんが読み聞かせてくれた本のことは昨日のように覚えています。
本はどこかに消えてしまい、この髪飾りがお母さんの唯一の形見となりました」
みたまは覚えている。
少年の付けているアクセサリーがももこの推しのアイドルのグッズだったことを。
おおかた、レナが彼に与えたのであろう。
みたまは覚えている。
少年の剣の構え方が、竜城明日香の構え方であるということを。
師匠は何人もいたようだ。
みたまは覚えている・・・。
みたまは覚えている・・・。
みたまは覚えている・・・。
「・・・あなたは多くの人に愛されて育ったのね」
「ええ、重くて抱えきれないほどの愛をもらいました。
・・・僕は普通の人間とは少し違うようなんです。
体内に普通はありえないはずの器官があるんです。
それはねじれとはまた違ったもので、因果に対し微々たる干渉ができます。
九郎おじさんはそれをリンカーコアとか呼んでいましたが。
それでも、そんな僕を皆は愛してくれました。
最初に愛を与えてくれたのは、母でした。
次元の歪みから現れたとかいう赤ん坊を拾ってくれたんです。
何もかもが厳しい状態だったのに、皆が母と僕を助けてくれました」
「・・・あなたは愛されて育ってきたのね」
「そうみたいですね。そして、今度は僕が愛を与える番が回ってきたようなんです」
彼は指輪を撫でた。
「こんな時に言うのもなんですが、みかげさんを僕にください」
「・・・あなた、十三歳のように見えるんだけど?」
「そうですが、何か?
どっかの誰かさんがあーだこーだしてくれたせいで、
世界人口は減少傾向なんですよ?
ネジレやら図書館を中心とした異常気象の発生やら・・・。
年齢が下げられるのも、無理はありませんよ」
あれから十三年。みかげは二十四歳のはずだ。
年齢差が十年以上もあるのだ。
「義姉さん」
「あなたに義姉さんって呼ばれる筋合いはないわよ」
「もし僕が十八歳になるまで待ったら、どうなるか考えてください。
僕はみかげさんが何才だろうと気にしませんが」
24+6、結果は至極簡単だ。巴マミになる。
いや、まだ彼女は二十八歳だが、惨状は図書館でも耳に届く。
「・・・仕方ないわね。泣かしたら許さないわよ」
「ありがたい幸せです」
もう、何も言うことはなかった。
みたまも疲れたのだ。
永遠に止むことのない復讐に。
もはや、復讐の対象たる神浜市が消滅したのに。
それでも続く殺戮に。
「・・・私は人間の何たるかを知ったわ」
「そうでしょうね・・・。
そして、僕はあなたのことを知っています。
おやすみなさい、またみかげさんと一緒に来ますね」
「・・・眠らせてくれてありがとうね」
◆◆◆◆◆
いくら明るく輝く星でも霞みゆく。
他の星と同じように
いつか人間によって沈むだけだ。
今夜も星が
風をかすめるように
あなたはどれを選択しますか(ストーリーには関係しません)
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肆
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伍