弐.優心は神浜のために身を捧げたというのに・・・どうして台無しにしたんだ?
里見優心は慈悲と寛容のなんたるかを知っていた人間だった。
和泉十七夜はそんな彼に憧れを抱いていたのだろう。
そして、同時にどこか反発もしていたのだろう。
彼女が自らの意に反する者を認めようとしないのはその現れだ。
彼と同じくらい強くあろうとして、別の道に進んだのだろう。
そんな彼の弱さというものを知ったのは、中等部の時だったか?
魔法少女になる前の話だ。
寒い冬の夜、彼と一緒に下校していたのだ。
ほのあかい額に冷たい月が沁み、優心の顔は悲しい顔だった。
「・・・優心、お前は将来の夢はどうするつもりだ?」
歩みを止めて、そっと手を握りながら
「医者と書きましたが・・・本当は別の答えがあるんです」
「ほう?」
「たぶん、笑うと思いますよ」
「構わん、言ってみてくれ」
彼の白い吐息が大気と混ざる。
「人になりたいんです」
まことに未熟な答えだった。
何食わぬ顔で手を放し、彼の顔をまた覗いてみる。
冷たい月が、ほのあかい額に濡れ、優心の顔は悲しい絵だった。
・・・魔法少女になってから、ますます彼のそういった一面を知ることができた。
ある日、秘密の研究所に訪れると彼は腕を切断していた。
「貴様!何をしている!」
彼を取り押さえて、すぐに止血した。
「・・・僕が釣瓶の適応者だったんです」
彼は残った方の腕で小さな機械を指差した。
「馬鹿者!そんなことで腕を切り落としたというのか!?」
「安心してください、すぐに生やせるので」
彼の横面を殴った。
「そんな問題ではない!自分すら大切にできない者が、
人の病気を治すことなど不可能だと思え!」
「・・・僕には大切にされる資格なんて最初からないんですよ。
今までも、これからもそうでしょうね」
もう一発殴った。
「・・・ここにいる!お前を大切に思う者が、ここにいる!」
「・・・」
魔法少女姿に変身して、彼の心を覗いた。
・・・信じられないが、優心は別の世界の人間だった。
財閥の圧政下にある韓国で、誰にも気にかけられない身分で、
それでなお、善く生きようとしていたのだ。
そんな彼が出会ったゲームが、人生を変えたのだ。
彼はいつからか救われたいと考えるようになった。
この世界に生まれ落ちたのは・・・ある意味では偶然だった。
自らを救うために、とりあえずこの世界を選んだのだ。
もし、他に選択肢がもっとあったならば、この世界にはいなかっただろう。
彼の心は今この瞬間にも悲鳴を上げていた。
救われたい、救われたい、救われたい、救われたい・・・。
自分は救われたい。しかし、自分だけ救われるのではいけない。
だから、他人も救おうとしているのだと、ようやく十七夜は理解した。
だが、その過程で行われることはあまりにもおぞましいことだった。
人間を職員と称して量産し、コギトによって幻想体を作り上げ、永遠の地獄を繰り返す
その結果出来上がった光の種によって人間は救われるという。
そんなことがあってたまるか。
そんな歪んだ救済で、神浜市の東西問題は確かに解決するだろう。
ただ、別の問題が浮かび上がるだけのこと。
十七夜は優心を止めたかった。
ドアをノックする音なんて聞きたくなかった。開けると、彼がそこにいるからだ。
そして、あまりにも極端すぎるシナリオについて話し出す。
無謀なのに、どうしても説得されてしまう。
ついに彼は旅立った。狂気に満ちた永遠のシナリオに。
いずれ光の木が立つであろう場所は村宮という人間が守ることになった。
彼は多くの人間と同じように、優心を聖者か何かだと思っていた。
違う、彼は人間なのだ。どうしようもないくらい、人間なのだ。
人になりたいんです
彼をつかんで、ゆさぶってやりたかった。
お前はもう人間だと、救われたいと思うだけの人間だと。
572897623098502475018590176308762
二年間に過ぎ去った数百万年の間に死んだ職員の数だ。
人間になりたいという望みのために、彼は人間ではなくなった。
誰も優心を人間として見ていなかった。
聖人としか思っていなかったのだ。本当の彼の苦しみも知らずに。
だからこそ、光の木を打ち壊したのだ。
村宮には可哀想なことをしたが、しょうがない。
せめて、優心には少しでも人間でいてほしかった。光になって欲しくなかった。
だが、光の種シナリオが終わった後も、彼の人間性を認めない者は多かった。
おそらく、目の前の田中鉄雄とやらもそんな人種だろう。
「・・・貴様のような者たちが、優心を苦しめていたのだ!
本当のアイツを、誰も見ようとしていなかったのだ!」
そこからなし崩し的に戦いは始まった。
力はこっちの方があるというのに、鉄雄は善戦した。
そして、最終的には逃げられてしまった。
もうどうでもよかった。あれは放っておいてもいい。
ただ、今の自分に十分すぎるくらいの力があることならわかった。
◆◆◆◆◆
神浜市は滅ぼされた。
炎と叫びの混じり合う地獄。
だが、この地獄が終われば、人々は再び立ち上がるだろう。
そして、今度こそ東西関係なく手を取り合う。
歴史の歪みを修正するのに、光の種などいらない。
いや、あってはならなかったのだ。
◆◆◆◆◆
少女の死体が丘の上に横たわっていた。
彼女は多くの傷を負っていた。
宿敵だった者の槍によって、
長い歴史を誇った中華料理屋の娘の扇によって、
傭兵を名乗っていた少女のハンマーによって、
家族を求めていた少女の盾によって、
妹を探しにやってきた少女の矢によって、
その妹の武器である凧によって、
新人魔法少女を助けてきた少女の大剣によって、
素直ではなかったが思いやる心を持っていた少女によって、
自然と動物を愛していた少女の杖によって、
同じ地区の出身であった少女のカメラによって、
自分の弟子でもあった姉妹の笛によって、
中央区をまとめていた少女の化学薬品によって、
本を愛し仲間を愛していた少女の栞によって、
騎士を目指していた少女のレイピアによって、
刀を愛しアイドルであった少女のマイクによって、
水名という街を愛していた少女の鉛筆によって、
神浜で生まれ育った魔法少女たちによって。
「こんなの・・・こんなの酷すぎるの・・・!」
ある少女が遺体を埋葬した。
墓標は立てなかった。
掘り返されて、さらなる報復をされるかもしれないからだ。
その代わり、丘の上に文字を刻んで、また土をかけた。
意味はないかもしれないが、せめてもの想いだった。
ですが冬が過ぎ私の星にも春がくれば
墓の上にも緑の芝草が萌えるように
私の名がうずもっている丘の上にも
誇るかのように草が一面生い茂るでありましょう
あなたはどれを選択しますか(ストーリーには関係しません)
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伍