気が付けば邪神の掌だった件について   作:コンソメ

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その日神に出会った

期待されるのが嫌いだった。それは一方通行の呪いであり、自分を苦しめる鎖だったからだ。期待に応えられれば新たな期待を掛けられ、応えられない場合は失望という呪いを掛けられる。これが呪いと言わずなんだというのか。しかし、今となってはこんなものは生易しかったと言える。呪いよりも悍ましくいかれていて冒涜的ででも魅力的なバケモノに出会ってしまったからだ。

 

そいつの存在をきちんと認識したのは7歳の頃孤児院に来た時からだ。まったくもって後悔しかないが、当時信じるものを見失っていた俺は自分の目の前に浮遊()しているこの少女(元凶)を何よりも信用し、頼ってしまっていた。ある意味でそれは間違いではなかった。この化物の助けがなければここまでこれなかっただろう。

 

『私はアリシア。あなたの野望を満たす神様よ』

 

そう誇らしげに語る一人の少女。腰まである黒髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。蒼眼は妖艶に輝いており色香を感じさせる。身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。道を歩けば間違いなく、百人が百人振り返る美少女だ。この時は知らなかったが、この少女が道を歩いていたとしても誰の目にもとまることはないだろう。何故なら、この少女アリシアは、精神体———幽霊だからだ。幽霊と言っても、触れないわけじゃない。俺の魔力を吸えば、実体化できるし、実体化していなくとも俺とアリシアは互いに干渉できる。

 

少女に指示される通りに動けば何でも上手くいった…剣も武術も魔法も政治も。それに何より彼女は途中で俺を見捨てることをしなかった。必然的にずぶずぶと依存し気が付いた時にはもう彼女の手のひらだった。孤児院に引き取られて数年で名の知れた冒険者になった。古代の遺跡を探索し謎の一端を解明し評価された。とある戦争で敵軍を壊滅させ貴族の地位すらももぎ取った。だが、いつの間にか俺は恐れられるようになっていた。身に覚えのない事件の黒幕にされていたり、とんでもない冷血人間と囁かれていたり、王国の暗部に顔が利くなどの憶測まで飛び交っている始末だ。これが、目の前の邪神の手のひらだと気が付いたのは3年前。

 

『アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!』

 

狂ったように邪神は哂っていた。周囲は火の手に包まれ、全身の軋む痛みに喘ぎ、雨空を仰いでいた。邪神は全身を血で汚し孤児院の仲間だったモノと神父の死体を前に立ち尽くしている俺を興味深げに眺めている。

 

『育ての義父と孤児院の仲間を殺した気分はどう?すっきりした?許せない?怒ってる?嘆いてるの?ねえ、顔をもっと見せて』

 

このことを知っていたのかと聞いた俺に邪神は笑った。

 

『否定するわ、神父が殺人鬼だったのは知らなかった。ただ、あなたが神父と孤児院の仲間の前で泣いている未来とさらなる栄誉を手にする未来を視たの』

 

『だからあなたを導いたの。今まで通りに』

 

お前はなんだ!と叫んだ俺にそいつは答えた。抜け落ちた表情で。淡淡と。一言だけ。

 

『私は邪神よ』

 

そいつは自分のことを神だと宣った。

 

『昔々に封印されたかわいそうな女の子(邪神)。それが私。あなたは、私を慕う人間たち(信徒)の実験で私を降臨させるための器にされたの。でも、うまくいかなかった。でもいいわ。こうして一部だけでも自由を得た』

 

聞きたくなかった。でも聞かなければならなかった。何故こんなことをしたのかと。お前は何がしたいんだ。

 

『言ったでしょう。あなたを救おうとしたのよ。私をその身に宿せるあなたの助けをしたの。邪神は気まぐれだけど、貴方が私を必要とする間は助けると決めていたの。うれしいでしょ?地位も力も知識もあなたは手に入れたわ。まだまだ発展途上だけど、きっとあなたの夢もかなえてあげる』

 

美しく、されど悍ましく。力強く、悲劇的にその邪神は謡う。悪意は感じられない。親愛の情すら感じる…。だが、致命的に狂っていた。俺もこいつも。

 

『あなたの泣いた顔も怒った顔も笑っている顔も全部全部ぜーんぶ欲しいの!だから、もっと私を見て?』

 

その日以降俺は———何かを信じることを諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてください」

 

「起きてるよ」

 

聞きなれた声がする。おそらく今は朝なのだろう。差し込んできた日差しが顔を照らして辛い。明日からはカーテンを閉めて寝ようと心に誓い、再び瞼を閉じる。

 

「いい加減起きてください。もう10時ですよ」

 

「うるさいな。今日は何もすることがないんだからいいだろ?」

 

「いえ、当たり前のようにサボっていますが本日も学園では授業があります。いい加減にしないと卒業できなくなるのでは?」

 

「大丈夫。|出席日数は考慮しないっていう契約を交わしているから《不思議な力が働く》」

 

そうは言いつつ、面倒なので一応目を開けメイドに視線を向け起きたアピールをする。

案の定そこにいたのはメイドのフルールだった。水色がかった白い髪を前下がりに切りそろえている無表情メイド。フルールは無表情でため息を付くという何とも器用なことをしている。そして、懐からナイフを取り出す。

 

「ノア様がこんなものを私に施していなければナイフで切り付けているところでした」

 

そう言って自らの首元を指す。そこには赤い首輪のような刺青のようなものが入っていた。フルールを拾った時に施した絶対契約刻印だ。契約した内容を破れば、首から下が消し飛ぶ。内容は、俺を意図して攻撃しないこと。裏切らないこと。この二つだ。ちなみに破ろうとすれば警告として刻印が赤く発光する。ただし、この刻印を施した時適当に施したせいで攻撃しないという条件には精神的な攻撃は含まれていない。なのでこのメイドは無表情で慇懃な態度だが、平気で暴言を吐く。しかも俺が傷つかなければ攻撃には含まれない。世界一辛い料理を食べされられたことがあるがあの時も赤く光ることすらなかった。

 

「貴重な古代遺産(アーティファクト)をこんな使い方するのはノア様以外いないでしょうね……………。世界中の学者に土下座してきた方がいいのでは?」

 

「有用な方法だろ?金で雇った人間を自室に入れようと思うやつはただの馬鹿だ。警戒という言葉を辞書で調べた方がいい」

 

暴言はめんどくさいからスルーしてやる。

 

「ノア様は早く学園に向かわれた方がよろしいかと」

 

俺を無視して廊下に出ていこうとするフルールを見ながら、今日は何故こんなにも学園にいけと口うるさく言うのだろうと疑問に思った。

 

「本日は第三王女様と隣国の貴族が転入してくるのではなかったのですか?」

 

「……………あ゛」

 

そうだった。今日だけは来てくれと学園長に頼まれていたのだった。昨日まで邪神の気まぐれで起こった貴族間の暗闘の対応をしていたため、すっかり忘れていた。

 

「朝食というか昼食をご用意していますのでお早めに来てくださいね」

 

それだけ言うとフルールは部屋から出ていった。俺は、後ろで腹を抱えて笑っている邪神を睨みながらも言い訳を必死に錬成していた。

 

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