気が付けば邪神の掌だった件について 作:コンソメ
「めんどくさい」
王立魔法学園は王都から少し離れた森の中にあり、一般の方法で向かうことはできない。魔法学園には特殊な結界が施されているため、学園生と教員以外は認識することすらできない。また、警備は厳重で特殊な魔法を施された人間以外行き来できないと言われている。故に、王国一安全と評される古代魔法の牙城である。
魔法についての理論や実技、政治や経済など様々なものを学ぶための4年制の学園だ。年齢に上限はないが入学資格はある。まず、入学金が払えること。そして、簡単
な試験を通ること。これに加え、その年の4月1日時点で15歳以上である魔女や魔法使いに入学資格が与えられる。基本的に貴族はここに通う。またかなりの名門であるため、他国の貴族や王族もこの学園に入学したりするのだ。進級や卒業についての制度はとくに明記がないが、成績不良や素行不良が目に余る場合は退学もありうる。
俺が貴族になった際国王から受け取った領地はそんなに王都から離れていない。ただ、馬車での移動は半日、魔導駆動車では3時間かかる。結果どうなるか。
俺が学園にたどり着いたのは15時手前だった。午後の講義は16時20分までだ。王族や他国の貴族の歓迎のイベントはその後。十分間に合うが、ここから講義には出る気にならない。
「図書室行くか」
図書館に行く道中俺を見かけた生徒が海を割るように端に避けていく。話しかければこの世の終わりのような顔をされる。何が言いたいかといえば、1年間もこの学園にいながらボッチと友達がいないということである。
『大丈夫よ。ボッチなんてすぐに慣れるわ。それに、この学園を作った勇者の一人は基本ボッチだったわ』
「元凶が何を言うか」
この学園に入学したその日にこの邪神は「なんかあいつ腹立つわね」と宣い、俺の体を乗っ取って公爵家の長男と止めに入った教師を全員のしてしまったのだ。気を抜いて体の制御を奪われた俺も悪いが、まさかそんな凶行に及ぶとは思わなかった。
『おかげでこうして自由を謳歌できてるじゃない?いい仕事をしたものね』
「俺に憑依して勝手に暴れただけだろバカ!悪魔!」
『あら、神様であるこの私に向かって言うに事欠いてバカだなんて。私は、邪神よ?こうなることは想定の内だわ』
「なお質が悪いわ!」
極めつけは、学内での決闘だ。俺が、4年生のトップ相手に完勝したのだ。正確に言うなら、肉体の制御権を奪ったアリシアがボコボコにしたというのが正しい。しかし、これについては、俺は文句を言わなかった。アリシアが助けてくれなければ、大怪我を負っていたからだ。
俺は別にそんなに強くない。何せ対して才能がない。邪神のパーフェクト英才教育のおかげで要領の悪い俺でも天才共に食らいつけるだけだ。対策なしで挑んだら大抵は負ける。積み上げた戦い系の逸話は8割が邪神に操縦された俺のものだ。
「この学園が実力主義で助かったよ。家柄も実力の内とか言い出すやつもいるけど、急いで根回ししたおかげでそんなに問題にならなかった」
『私としてはそっちの策もあったんだけど』
「却下」
ろくでもないと確信できた。図書館につき、暇をつぶせそうな本を借りコーヒーでも飲もうと思い食堂へ足を運んだ。
通常、この時間には誰もいなく、貸し切り状態のはずだが、今日は先客がいた。
食堂の最端。食器を返すには往復しなければならないので混雑する時にしか埋まらないその席に一人の少女が座っていた。ウエーブのかかった桃色に近い桜色の髪。紫色の瞳は宝石を彷彿とさせる。俺は、その少女に見覚えがあった。入学試験で同じ会場にいた少女だ。加えて、入学一週間目でその容姿の端麗さと何とも言えない不思議なオーラで、同級生だけでなく上級生からも注目されていた生徒だ。
彼女は、ボーと虚空を見つめながら、紅茶を飲んでいる。まあ、全員が全員午後の講義を取っているわけではない。
「それにしても………なんか不思議なやつだな」
『ん?ああ、勇者の末裔か。確か主席だった子ね』
俺のぼやきを聞いて、同じく視線を向けた邪神は複雑そうな顔でぼやいた。
気にせず俺は、トレーに注文したコーヒーと蜂蜜パイを乗せ彼女と一番距離のある真反対の席に座った。
はずだった。
「ッ!?」
席に着き前を見たその瞬間、驚愕で一瞬頭が真っ白になった。なぜなら、目の前にはいないはずのピンク髪の少女が座っていたからだ。
「こんちには?」
「何で疑問形?」
少女は、紅茶を入れたカップをテーブルにおいてから、俺に向かってコテンっと首を傾げて挨拶をしてきた。警戒する場面、驚愕する場面だが何故かできなかった。少女の眠たげな瞳と目があった瞬間、初めに抱いた驚愕や警戒心が消し飛んでしまっていた。
「こうして会うのは…2回目?だよね?」
「だから、何で疑問形?」
「蜂蜜パイ」
「へ?」
「蜂蜜パイ、おいしそうだね」
「………………………」
あまりの脈絡のない会話に思考が飛びかける。え?なに?この子。蜂蜜パイが欲しいのか?っていうか、何で話しかけてきたっていうか、どうやって俺の席に来たんだ?
「蜂蜜パイが好きなのか?」
「うん、甘くて優しくてとっても美味しい」
「………いるか?」
「え?いいの?」
「ああ、今は気分じゃない」
「やった!」
わずかに微笑んだ彼女の顔を見て、顔が赤くなるのを感じた。なんだかさっきから、思考がまとまらない。別に、こいつが何者だとかどうやって目の前に現れたとか考える必要性なくない?
『ねえ!しっかりしなさい!』
「ッ!」
ゴンッ!という重い音とともに邪神に頭を叩きつけられる。邪神は他人には見えないため、はた目から見たら自分で頭を叩きつけたように見えるだろう。衝撃でちょっと食器が浮く。
『
そう言われてやっと、正常な思考が戻ってくる。邪神はこう言っているがこれは相当強力な魔法だ。普通のやつはレジスト出来ないだろ。
「…ところで、俺は君の正面の席に座ったつもりはないんだけど、俺の勘違いか?」
「ううん。勘違いじゃ、ないよ。私があなたとお話してみたかったから、こっちに来てもらっただけ」
来てもらった?そう言われて、やっと気が付いた。少女が俺の目の前に移動したのではなく、俺が少女の目の前に移動した、否、移動させられたのだ。原理はわからないが。
「聞いたことがない魔法だな」
「うん、昨日創ったばかりの魔法だから」
「創った…だと?」
魔法の習得と違い、オリジナルの魔法を作り出すのは困難を極める。それこそ、優秀な魔法使いが一生のうちに3、4個作り出せたらいいなと言ったところだ。もちろん例外は存在する。例えば、俺の真横で浮遊しながら、複雑そうな顔をしている邪神がそうだ。こいつは息を吸うように新たな魔法を作り出す。勇者や英雄と呼ばれる怪物たちも例外。だが、それは神様とか偉人クラスの話。通常はあり得ない。それを、この女はこの年で創ったっていうのか?
「すごいな」
「うん、がんばった」
『………まあ、魔法の創造は発想が命だから。若いうちの方が上手くいくものよ』
でも、すごいことには変わりないけどな。後すげー負け惜しみに聞こえるぞ。神様なんだろ?大人げないな。
『…………………………………………』
「それで?なんで俺に魔法をかけたんだ?」
「あ、その前に一応自己紹介しておくね。私は、リーシア。リーシア・エル・アストロメリア。よろしく」
凄まじい会話の飛びっぷりだ。というか、今更かよ………。
「ノワール・エルサゾールだ。よろしく、アストロメリア」
「リーシアでいいよ?」
「………」
しばらく黙っていると、諦めたのかアストロメリアは話し出した。
「興味があったの。君に」
「………悪いが告白は受け付けてないぞ」
『思い上がり過ぎじゃない?』
「自意識過剰なんだね?」
邪神とアストロメリアの容赦のない右ストレートが俺の脇腹をえぐる。もう帰っていいかな。
「………冗談だ。それで?どうだよ?抱いた印象は?」
「何というか普通?」
出会い頭に机に頭を叩きつけるやつが普通に見えるのか?マジかよ。悪気はないのが表情からわかる。だからこそ、質が悪いと思った。
「………」
「2年前のフィオネリオの殺人事件知ってる?」
「しらないな」
アストロメリアは真剣な表情で話し出す。だが、生憎と覚えがない。なんだっけ?それ。
『とある片田舎で30人以上が惨殺された事件だよ。公式には大規模な失踪ってことになっているけど、実際はどっかの組織が大量の死体が必要だったから襲ったみたいな話だったと思う』
お前それ関わってないよな。
『か、カカワッテないわ』
おい!まじか。絶対関わってるじゃん!また俺が関わってることになってるのか?何時だ?何時からだ?
『大丈夫よ。表向きは関わってないように見えてるはずだから』
表向きどころか俺は全くかかわってないけど。お前俺の体で夜な夜な変なことしてないよな?
『失礼ね!そんなことしないわ。あなたの体ではしてないわ!』
俺の体ではってことは、こいつ俺の魔力吸って勝手に現界してやがるな?最近魔力の回復が遅いと思ったら………。また、変な噂が立つんだろうか。暗殺者とか怪しげな組織からの勧誘活動が増えるからやめてほしい。
「じゃあ、3年前のスノー孤児院の出来事を教えてほしいの」
わずかな上目遣い。表情にほとんど変化がないのにもかかわらず、異性のみならず同性すらも虜にしてしまえる魔性を感じた。まあ、一度慣れてしまえば関係ないけど。
「何が知りたいんだ?」
新聞で大々的に取り上げられた事件だ。俺が邪神の本性と義父の正体を暴いてしまった事件。だが、公式に発表されているのは、連続殺人鬼兼他国のスパイだった神父を俺が殺したということだけだ。俺と孤児院の関係性は明かされていない。もちろん知っているやつは知っているが。
「神父がどんな人物だったのか、かな」
決して、声を張ったわけではない。僅かに、声のトーンが下がっただけ。だが、表情こそほとんど変わっていないものの、出会ってから一番語気に力が込められているように感じた。
「………話したくないな」
思い出したくもなかった。あの日のことなんて。あいつのことなんて。
「そう、いまはいいや。また来るね」
引き留める暇もなく、そう言ってあっさりとアストロメリアは席を離れていった。