物心ついた頃からソイツは僕の傍に居た。
契器の中でも最上位に当たる存在、魔眷。
僕の家は代々世襲制の担い手で、契器も物心のついた時には既に手配されていた。
つまりは、そもそも生まれながらに担い手として栄達を望まれた人間なのだ。
担い手は自身の契器と意思疎通が取れて初めて一人前らしい。
それを考えれば、僕は半人前だ。
意思疎通というのはお互いの意見を言葉で交換することが出来るような関係だ。
僕は、ただ魔眷に引っ張られるだけ。
....でも、僕はそこら辺は気にしない。
何故なら、今の僕は担い手を集めた学園、聖ソフィスティア学園において優秀な担い手が選ばれるという<七元徳>。
それに最も近い男だからだ。
契器と万全にコミュニケーションが取れなくてもこれなのだ。
栄達など、もはや約束されたもの。
生まれながらに英才教育を受けたエリートは、気づかない内にパンピーと大きな差が出るんだな...やれやれ、卓越してるって罪深いことだぜ....。
僕の名前は、榊原逆刃。
いずれは一流の担い手になることが宿命づけられている男だ。
◇
洋風の作りの落ち着いた内装。
そんな廊下を歩く。
ただ廊下で歩いてるだけであるのに、クラスメイト達は俺を見ていた。
やれやれ...優秀過ぎるのも考え物。
これでは落ち着いて学生生活を送ることすら難しい。
大方、僕を見て女子生徒は憧憬を....男子生徒は嫉妬を覚えているのだろう。
「うわっ、榊原だ.....。」
「契器の力で今まで実習や模擬戦で勝ってるのに、自分の力だって思ってるみたいだよ~。」
「うへぇ....とんだ勘違い野郎じゃん。まだ一年なのに決まったつもりとか....。」
....どうやら女子も嫉妬を覚えているようだな。
フッ、これも恵まれた人間の定め。
人は弱い生き物で、自分よりも優れた人間を見ると引きずりおろしたりしたくなる。
それが逃れられぬ人の性。
一流は、そのような言葉など気にしない。
うん、気にしないのだ。
許してやろう、うん、許してやる!
俺は懐も深いからな。
そう思い、僕は見なかったことにして教室に入った。
教室に入ると、皆がこちらを見るがそのまま見なかったように各々の行動に戻る。
うん、イイ集団行動だな。
こういう所でも、俺のオーラっていうの?が出ているのだろう。
出ているに違いない!
意気揚々と自分の席、窓際の最後尾に座る。
窓の外では、高学年が実習中なのかグラウンドを走ったり武器を振るったりしていた。
教室では俄かに騒がしい。
やはり僕に配慮して静かにしても内心では僕の事が気になっているのだろう。
そうだ、人は弱いが嫉妬するだけではない。
弱い事を受け入れて、そこから得る物があると思う生産性のある精神性の人間だって居る、居るはずだ。
やれやれ,,,,俄かにざわめくのは良いがちゃんと言葉にしてくれないと俺に伝わらないぞ。
そう思っていると、チャイムが鳴って先生が入ってくる。
筋肉質で髪を掻き上げた体育会系の男教諭。
すると、騒めいていた教室が一気に沈まりかえる。
例え担い手であれど学生は学生。
ましてや教師はみな担い手だ。
学ぶべくしてここに居る以上、静粛にするに決まっている。
それは僕も例外じゃない。
そりゃ将来の僕は一流、第一線でバリバリ剣を振るう担い手であるが、しかし今はまだ子供の段階。
分からないことがないとしても、両親が金を出して出している以上、その期待に応えねばならない。
生活面でも学習面でも。
だからこそ、典型的な優等生として振る舞うぞ~!
担任は僕たちの点呼を取ると、おもむろに口を開いた。
「えぇ~、なぜか既に知っている人間も一定数存在しているが、今日、このクラスに転校生が来ることになった。」
そう言うと、また俄かにクラス中が湧きたった。
可愛い子が良いなぁとか、イケメンが良いなとか言っていた。
僕の事じゃ、ない?
....し、知ってたし!
いや、でもまぁ転校生如きで騒ぐなんて程度が知れるって言うか?
人が増えようが、このクラスの頂点に僕が居ることには変わりないしね。
断じて、みんな知ってたのに俺だけそのことについて知らなかったわけじゃない。
敢えて!敢えて知らないのに話に出さなかっただけだったのだ。
転校生なんかどうでもいいしね!
転校生ってどんな字だっけ...?それすらも忘れるくらいにどうでもいい!!
激しく動く俺の心。
しかし、そんなことなど知る由もない教師は話を進める。
「お前ら、静かにしろ。これから3年間学生生活を共にする仲間だ。入ってきなさい。」
すると、二人の生徒が教室に入ってくる。
小さな体躯に抜けるような白い髪のお人形のような少女。
そして、目元を何か変な文様の入った布で隠している怪しい男子生徒。
教師はそんな彼らを見ると、口を開いた。
「では、自己紹介を頼む。」
「...承知する。」
「分かりました。」
二人は担任に促されると、頷く。
そして僕たちの方へと向き直る。
女の方が先に口を開く。
「ミカエラ、ミカエラ・レイエンヴィッヒ。これからよろしく....。」
必要最低限程度の自己紹介をするも、男どもは俄かに沸き立つ。
そりゃ容姿の整った少女が同じクラスに入ってきたのだ。
浮足立つのは無理もない。
まぁだが僕は周りとは一味違うし?
生まれながらのエリートだからな。
この程度のことで騒いでちゃ周りに示しがつかない。
そう思っていると男の方も口を開いた。
「俺は戦場神斗。趣味はトレーニングと読書。目元は持病で、触れないでいてくれると助かる。これからよろしくお願いします。」
彼がそう言うと、今度は女子生徒がざわめき出す。
まぁ確かに顔は良いな。
でも、正直そこよりもなんで目元を隠しているのかが一番気になるんだけど。
まぁ、本人は持病と言っているのだからきっとそうなのだろう。
それにしてもすげぇ名前してんなコイツ....。
そう思っていると教師は周りを見ながら、口を開く。
「そうだな....ミカエラは秋濃の隣、そして戦場は榊原の隣の席に座ってくれ。」
そう言われると、二人は返事をしてその席へと向かう。
戦場は僕の隣の席に座る。
そして反対側、廊下側の一番後列の秋濃の隣にレイエンヴィッヒが座る。
「....もしかすれば不慣れ故に迷惑を掛けてしまうかもしれない。」
そう言って頭を下げる戦場。
....なんだ、目元を布で隠してて変な奴だと思ったが、割と礼儀はちゃんとしているじゃないか。
それならまぁエリートとしてそれ相応の対応をすべきであろう。
「気にしなくて良い。ノブレス・オブリージュ、恵まれた者の宿命として迷える君を僕が助けてやるよ。遠慮なく聞くといい。」
思えば、ここまで素直に僕に礼を尽くした人間なんか初めてかもしれない。
ふふん、皆もこういう風に素直に言えばエリートとして教えてやると言うのに....。
やれやれ....困ったもんだよ。
僕が得意げに笑っていると担任は授業を始めることを告げる。
さて授業を聞くか。
いつまでもこのようなこと気にしてられない。
生活面だけでなく、勉強でも俺は一流にならなくてはならないんだ。
◇
「前の学校ってどんなところだったの?」
「戦場君って彼女とか居る?」
クラスの女連中、その中でもとりわけ明るい連中が隣の席の戦場を取り囲んでいる。
廊下側でも男連中がレイエンヴィッヒを取り囲んで質問攻めしていた。
まぁ転校初日だからな。
チヤホヤされて当然だ。
僕はあまり周りの奴らにこんな風に聞かれたことなんてないけど、行き着いた人間だから聞きに来るのが恐れ多いんだろう。
戦場、見えるか?
これが本物だぞ....。
すると、戦場も彼らに質問する。
「俺のことも良いけど、ここのことも教えて欲しい。...このクラスで一番強い人って誰?」
そう言うと、女共は顔を見合わせると表情を顰め面にしながら、答える。
「アイツだよアイツ....戦場君の隣の。」
そう言って皆が僕を見る。
戦場も僕に視線を向けてきた。
半笑いで女の一人が言葉を口にした。
「まぁ強いとかって言っても、自分の契器と話したこともない奴だよ。ただただ契器の性能で勝ってるだけの癖に、粋がって.....」
....嫉妬にしては流石に言い過ぎじゃないか?
正直少し傷ついたが、僕は代々受け継いできた榊原家の名家としての誇りがある。
例え、真正面から嫉妬をぶつけられても笑って受け止められる程の度量がないとな。
「まぁ事実だな。君達とはスタート地点が違うっていうか....僕がこのクラスで一番強いということは間違いないよ。ただそんな風に言うなら、僕に勝ってから言って欲しいな。嫉妬を相手にぶつけるだけでは、何も生まれないよ?」
「....ほんと、やな奴。」
僕がそう言うと、彼女達は顔を顰める。
はぁ.....恵まれた者というのは疲れるなぁ。
生まれはどうしようもないのに、悪い事をしているかのように扱われる。
その契器と話したこともない奴に負けた人間はどこのどいつだよ。
「...そうか、分かったよ。」
戦場はそう言う。
すると女子の一人が口を開く。
「そう言えば、今日の5時限目の模擬戦って戦場君やレイエンヴィッヒさんはどうなるの?」
そう言えば今日は模擬戦の日か。
まぁ僕としては自分の力を再確認する場でしかないのだが、逆に言えば戦場たちからすればこの学校で初めての戦いなのだ。
もしかすればまだ慣れていないから免除になるのかも。
そう思っていると、戦場が口を開いた。
「転校してきたからトーナメントシステムにまで入れられてないらしい。....だから自分で戦いたい相手を選ぶことになる。」
「そ、それなら!私が胸を貸そうか?」
「いや、私が手ほどきするよ!」
そう言うと、女共が俄かに沸き立つ。
戦うことで距離を縮めようとしているのか。
しょうもないなぁ....僕のように生まれながらにして運命が決しているわけじゃないのにそんな遊び感覚で戦ってて良いのかね?
沸き立つ女子の中、座っていた彼が立ち上がる。
そして僕を真っ直ぐに見つめた。
「....ごめん、でも挑む相手は決まったよ。榊原君。」
そして女子の群れを掻き分けながら、僕の前に立つ。
真っ直ぐに顔をこちらに向ける彼。
目は布で隠されていて見えない。
だが、彼の目が真っ直ぐ僕を見つめていることは分かる。
それに何よりも....。
「おいおい、良いのか?僕はクラスで一番強いんだぜ?そこの女共も言ってたろ?」
笑いながらも彼にそう聞く。
しかし、彼は言葉を翻すことなく続ける。
「だからだよ。このクラスでどれだけ自分が通用するか知りたい。だから、僕と戦ってくれ。」
そう言葉にする彼。
その言葉を聞くと自然と笑みが漏れてくる。
確かに僕は生まれながらに一流になることが決められたエリートだ。
だから異性の為とかそういう浮ついた理由で剣を振るう奴を僕は軽蔑する。
だけど、名家でなくても自身の力をどれだけ通用するか、それのみを考えて闇雲に走る人間は、好きだ。
彼がそうであるという確証はないが、そういう人間な気がする。
だからこそ、笑みが漏れていたのだ。
「へぇ...いいぜ。でも、後悔すんなよ戦場。俺は転校生だからって手加減しない。お前は優秀な僕の礎になるんだ。惨めに負けちまっても知らないぞ。」
そう言うと彼は笑みを浮かべた。
「それで構わない。俺も、負けるつもりはないから。」
そう言って自分の席へと戻っていく。
すると女子たちが彼に声を掛けていた。
「私、戦場君の事応援するから!」
「頑張ってね!榊原になんか負けないで!」
「あ、あはは....ありがとう.....。」
どこか引き攣った笑みを浮かべる戦場。
そんな彼を廊下側の席から心配そうな目でレイエンヴィッヒが見つめていた。
同じく転校してきた者同士、仲が良いのだろうか?
まぁ何はともあれ、どうせ僕が勝つとしても面白いことになりそうだ。
そう思っていると、手の甲が痛む。
見れば、契器と契約した者の身体に現れる契約の証、
それがジグジグと痛みだす。
こんなことはなかった。
「もしかして....お前も、そう思うのか、<
勘違いかもしれない。
でも、初めて自分の契器と意思疎通が取れたようで嬉しかった。
窓の外へと視線を移す。
空はさっきは晴れ渡っていたのに、今や曇って暗くなっていた。
次の回で負けます(自明の理)