有馬記念、敗者たちの独白   作:日向ヒノデ

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 たぶんこの話で最後。
 ボクはね、お兄さまになりたかったんだ。


8着ライスシャワー

──この頃負け続きだよね、ライスシャワー

──そうだねーブルボンとマックイーンの偉業を阻んだのに全然ダメダメだよねー

 

 勝てなかった。

 また、勝てなかった。

 

 オールカマー、天皇賞(秋)、ジャパンカップ。

 全てのレースで敗北している。

 オールカマーの三着を除けば掲示板にさえ載れていない。

 

……そして、その度にライスを非難する声が大きくなっている。

 

 だから、今度こそと。

 今度こそ歓喜と祝福をみんなに見せてあげたい。

 その為にこの有馬記念に出走した。

 

……なのに、勝てなかった。

 ハヤヒデさんの走りに圧倒された。

 ネイチャさんの粘りに敵わなかった。

 タンホイザさんの努力に勝らなかった。

 パーマーさんの大逃げを捉えられなかった。

──そして、テイオーさんの”絶対”に追いつけなかった。

 

 絶対に、絶対に勝ちたかったのに。

 ブルボンさんとあの日、約束したのに。

 

 自分のバ番を映さない掲示板を眺めて、ちっぽけな心が泣き出す。

 足が、重たい。伏せた耳を持ち上げたくない、俯いた顔を誰にも見せたくない。

 だけど、だけど泣かない。泣くときは、幸せな時がいいから。

 必死に堪える。視界がぼやけるのは悔しいからと、言い訳をする。

 

──っ、うん! テイオーにおめでとうを言わなくちゃね!

 

 伏せた両耳が立ち上がる。

 どこかへ立ち去ろうとする左足が空で止まる。

……そうだ。祝福を、勝者には祝福があるべきなんだ。

 ライスにはなくても、彼女には絶対にあるべきなんだ。

 

 振り返る。左足を、声のする方へ。

 ぼやけた視界に映るのは、チーム・スピカの人たちと会話しているテイオーさんの姿と、こっそりと近づくネイチャさんたちの姿。

 一歩、踏み出す。二歩目は驚くほど素直に出た。

 

……ライスの名前は。

 

 テイオーさんがネイチャさんたちに押し倒されて、次々に”おめでとう”と祝福される。

 今にも零れ落ちそうな雫を必死に押し留め、不器用な微笑みを浮かべる。

 

……ライスシャワーの意味は。

 

「──おめでとうございます」

「ありがとう、ライス」

 

 ”祝福”、なのだから。

 

 

 

「……また、負けてしまいました」

「そうですね、ライス」

 控室に戻る途中、ミホノブルボンさんが蛍光灯に照らされる通路に居た。

……今一番会いたくて、一番会いたくない人。

 

「……ごめん、なさい。ライスは勝たなくちゃ、勝たなくちゃいけないのに……。そうじゃなきゃ、ライスは……っ!」

 涙が、一筋。

 

「あ、れ……? 涙が、ライスは泣きたくないのに、どうして……」

 喘ぎ声、通路を濡らす雫、そして……体を包み込む暖かな両腕の温もり。

 

「ブルボン、さん……」

「泣きなさい、泣いても良いのです。だってその涙は悲しいからではなくて、悔しいからでしょう?」

「え……?」

 優しく胸に抱きしめられ、ブルボンさんの言葉が心に染み入る。

 

「なら、大丈夫です。いつか必ず貴方は祝福されます。諦めない限り、きっと」

「──っ、うん……ライスはヒーローだから。必ず、勝つからね……!」

 涙を拭う。

 もう、泣かない。勝って、祝福をみんなに届けるその時まで絶対に、泣いたりしない。

 だって、私はヒーローなんだから。

 

 

 

「やっとこの時が来ましたね、ライス」

「うん。ずっと、この時を待っていたよ。ブルボンさん」

──宝塚記念、例年とは異なり淀にて花開く栄光の舞台。

 

「ダービーと同じく、逃げ切ってみせますよ」

「菊花賞の時みたいに直線で差し切ってみせるから。ライスの後ろでウイニングライブしてくれる?」

「まさか、ライスの方こそ私の後ろで踊ってください」

 ターフへと続く通路、蛍光灯の照らす空間に2人のウマ娘の不敵な微笑みが小さく響く。

 

 ミホノブルボン、かつての故障を乗り越えたスパルタの風。

 ライスシャワー、長きに渡るスランプを脱した漆黒の刺客。

 

「行きましょう、ライス」

「うん、絶対に祝福してみせるから」

 

──京都競バ場は一瞬で歓声に満たされた。

 

「やってきました、無敗の二冠ウマ娘! ミホノブルボン!! かつての故障もなんのその、大阪杯では以前変わらぬ、むしろ更に進化した逃げ切りを見せてくれました!!」

「そうですね、天皇賞では惜しくも二着に破れてしまいましたが今回は一番人気に押されています」

 

──ミホノブルボン

 無敗の二冠ウマ娘、大阪杯では正確なラップを刻むまさにサイボーグが如き逃げ切りを見せつけたウマ娘。

 

「この娘も負けてはいない!! 天皇賞で見事復活を遂げた漆黒のステイヤー、ライスシャワー!! 春シニア三冠のラストを飾るこの宝塚記念にて再び雌雄を決すのか?!」

「ファン投票では一番人気に押されていました。今回の距離は彼女には少し不安ですね」

 

──ライスシャワー

 菊花賞と天皇賞春で見事な勝利を収めた名ステイヤー。天皇賞では菊花賞の再来とでも呼べる見事な差し切り勝ちでゴールを越えたウマ娘。

 

「ブルボーン! 今回は勝てよー!! 応援してるからなー!!」

「ライスシャワー! 今日も絶対に勝ってくれよな!!」

 二人の()()の登場に、京都競バ場のボルテージは急激に上昇する。

 

「二人のヒーローに会場は大盛りあがり! どちらが勝つのか皆目健闘もつきません!」

「距離適性で言えばミホノブルボンの方が上ですが、これと決めたライスシャワーは恐ろしいですからね。大阪杯でも僅差の二着でした」

 

 枠順は8枠16番、15番のミホノブルボンさんと隣り合わせのゲート。

 最後にインターライナーさんが17番のゲートに入って準備はお終い。あとは、ゲートが開くのを待つだけ。

 

「さあ今年もあなたの、そして私の夢が走る宝塚記念! 勝つのはサイボーグ、ミホノブルボンか?! はたまた淀の英雄、ライスシャワーか?!」

 

 ライスは、負けない。今度も天皇賞の様に祝福をみんなに届けてみせる。

 万全かと聞かれればそうではない。だけど、負ける気持ちなんて微塵もない。気迫だけならあのマックイーンさんを破った天皇賞の時にも劣りはしない。

 狙うのはブルボンさん。菊花賞と同じ。だけど、それ以上のパフォーマンスで勝ってみせる。

 

──今、スタート!!

 ゲートが、開いた。

 青薔薇とスパルタの風がターフへと飛び出した。




 孤高のステイヤーか、常識を塗り替えたモンスターか。
 淀の祝福か、淀の栄光か。
 はたまた、淀の悲劇か。
 あなたの夢、私の夢が走り出す。
  ─宝塚記念─


 タンホイザとパーマーはもしかしたらするかも。
 タンホイザはともかくパーマーが難しいんだよなー大体ヘリオスのせい。
 何度か想像してみたけど”敗北マジつらたん、だけどテイオーの復活やばたにえん。これはパーティーするしかないっしょ!”ってなるのが目に見えているからね……ちょっと難しすぎる。

 ライスシャワー。
 ボクはね、ライスシャワー対マックイーンの天皇賞春からウマ娘に興味を持った人種だからね。ライスシャワーの二次創作を書きたかったんだ。
 宝塚後の車椅子ライシャワーと、責任を強く感じているトレーナーの遊園地デート。最初に書こうと思っていたのはこれなんだ。
……だけど、書けなかった。
 ボクは、お兄さまじゃなかったんだ。星3ウマ娘引換チケットをスズカに使ってしまった栄光の日曜日の住人だったんだ。
 もちろん後悔はしていない。スズカも大好きだ。最近はナイスネイチャに浮気気味だけど、それでも栄光の日曜日が大好きだ。
 だけどね、ボクはお兄さまじゃないんだ。ライスシャワーの育成なんて一度もしたことがないんだ。
 そんなボクが、へし折れた車椅子ライスを再びターフに送り出すなんて出来なかった。
 遊園地にすら、連れていけなかった。
 だから、ボクは回すよ。
 ガチャを、ライスが出てくるまで。ずっと。

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