僕と儀式屋さんの魔女結婚儀   作:ぺっぱーみとん

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 秋に更新するという約束は守りました! 次は今年中です!(前書きで言うことではない)
 それとmagico原作者様の新連載が最◯ジ◯◯プ(念のための伏せ字)で始まったのでめちゃくちゃ喜びました。買おう!

12/11追記
 今年中無理です! 来年の春が終わるまでには出します!

4/9追記
 今70%くらい書けてます


水の話

 

 

「来たね……」

「来ましたね……」

 

 『浄化の炎』を手に入れてから1週間。あの街から南へ大移動した僕たちは、次なる魔導具が存在する地へと辿り着いていた──

 

「「海」」

 

 ──正確には地でなく、海だが。ここは『ジュエル・ラグーン』。色とりどりの宝石が砂浜の至る所に輝く、美しく穏やかな海。暖かい空気に燦々と照らす太陽、ここで海水浴なんてしたらきっと最高だろう。

 

「まあ、そんな余裕は無いんだけども」

「ですよねー」

 

 しかし僕たちがここに来た目的は『収集(ギャザリング)』。断じて遊ぶためではない。とてもとてもとっても残念だけど。2人っきりで水着着て遊びたいという思いは封印する。

 

「それで、今回の魔導具は何でしょう? ジュエル・ラグーンってことはまた宝石ですか?」

「いや違う。本物の魔女結婚儀ならそうなんだけど、私は偽物だからね。とは言っても、途中まではほとんど同じさ」

「……というと?」

「最低深海3000mまで潜る」

「わーお」

 

 深海3000mともなると、そこは太陽光が届かない無光層。暗闇と凄まじい水圧が支配する世界。海の中では特別深いわけでは無いけども、普通の人間が行く場所ではない。

 

「普通に修得できる潜水魔法じゃ150mが精々ですよね。僕でも200が限度ですし」

「まず200m潜る魔法が普通じゃないんだけど……まあ、ちゃんと用意はしてあるよ。水圧耐性はもちろん、呼吸もばっちりできるのがね」

「ほう……」

 

 潜水魔法は訓練兵だった時に修得している。しかしそれは深さよりも潜水時間を重視したもので、1000mも潜れば水圧に負けて死ぬ。おそらく鉄装魔法(アイアンスミス)を併用しても足りないだろう。

 しかしライラさんにはちゃんと用意があるらしい。今から儀式をするわけがないので、魔導具の類かな。

 

「じゃじゃーん、『水神の羽衣』だ」

「……香水?」

「その通り。これはキング・ホウエイルの成分を抽出して作られた物でね、シュッと一吹きで12時間、どれだけ深い海でも泳げて呼吸も可能になる代物さ」

「時間制限付きで使用者に魔法を付与する魔導具ですか。これならいけますね」

 

 鯨という生き物は時に深海の奥深くまで潜ることがある……らしい、というふわっとした知識ならある。その成分を使っているのなら納得の効果だ。

 

「では早速行きましょうか、香水を……ライラさん?」

「うん、ちょっと。えー……と」

「あの、何か問題でも?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 魔導具の解説が終わったところでいざ吹こうとすると、何故か挙動不審になるライラさん。自慢げに見せてきた香水を握りしめ、なかなか使おうとしない。

 

「どうしたんです? 太陽が出てるうちに日の光が届くところまでは潜りたいでしょう?」

「う、うん……ええい! 君からやって!!」

「えぇ!? うわっ!」

 

 理解が追いつく前にぷしゅう、と吹きかけられた香水。良く言えば潮風のような、悪く言えば生臭いような香りに包まれて身体が光る。

 恐る恐る目を開くと、さっきまで着ていた服は消え、代わりにハーフパンツが1枚のみになっていた。

 

「これは……水着?」

「うん、こうなるんだ。とりあえず本物だね」

「へぇー! 洒落てるなぁ……じゃあ次ライラさんですね」

「うっ……」

「?」

 

 僕で試したと言うのに、ライラさんはまだ乗り気ではないようだ。本物なのは確認できたんだし、もう躊躇うことはないんと思うだけど。

 ……いや違うな。本物とわかったから、水着になるからか。そりゃそうだ、ライラさんだって女性なんだから、いきなり男の前で水着になれと言われて、はいなりますとは言えないだろう。僕の配慮が足りなかった。

 

「えっと、僕は向こう見てるので……」

「ごめんね……えいっ」

 

 一度背を向けて数秒後、また潮風の(生臭い)香り。ようやく香水を使用したらしい。つまり今後ろにいるのは水着のライラさん。ローブ姿の彼女しか見たことのない僕にとっては未知の姿だ。

 

「……いいよ」

「は、はい……わぁ……!」

 

 許可を得て振り返れば女神(ヴィーナス)。透き通るような白い肌に黒のビキニが映える。決して起伏ひ富んだ体型ではない、水着のデザインもこれといった特徴はない。しかし、目の前の彼女にそんな余計なモノは必要ない。シンプル・イズ・ベスト。完成された美がそこにはあった。

 

「永遠に拝みたい……!」

「気に入ってくれたなら何より……」

「はああっ……!!」

 

 そしてこの恥じらいが破壊力を数倍に増している。もう僕は限界だ。

 

「写、写真撮らせてください!」

「駄目!!!!!!!」

「1枚でいいですから!!!」

「いっ……う〜ん!!!」

 

 この後どうにか、記録に残したい僕と断固拒否するライラさんとの交渉が10分続き、『目的達成後に1枚だけ、顔は写さないこと』に落ち着いた。

 

「さぁさぁ行きましょう行きましょう!! 深海3000m(水着撮影会チャレンジ)へ!!」

「うん……」

 

 

♢♢♢

 

「あの女……!!」

 

 興奮するアランと恥じらうライラでは気づけないほど遠くにて、怒りに燃える女が1人。

 

「待っててください……」

 

 女はぷしゅうと香水を吹き付け、自身を深海に水着姿に変身させる。それは泳ぐために必要な機能を追及した形(つまり競泳水着)

 そして少し時間が経った頃、2人を追いかけるように飛び込んだ。

 

「あなたの後輩が今行きます……!」

 

 

♢♢♢

 

 

 潜水開始からちょうど5分。水深は150m強。

 

「ぶくぶくぶく……なーんて言ってみましたけど、普通に呼吸できますね。水圧もほとんど感じないし」

「おまけに体温低下も防げている、大枚叩いて買った甲斐があると言うものだね」

 

 呼吸に水圧、低体温、会話、その他諸々の不安が解決された潜水は思いの外快適かつハイペースなものだった。僕の潜水魔法でもこのくらいは潜れるが、ここまで快適にはならない。さすがは水神の名前を持つ魔導具だ。

 

「しかしこの透明度は凄いですね。ここまで潜ってもまだ日光が届いているなんて」

「透明度ももちろん高いけど、()()()()()()日光が来てるんだよ。海中に生えた水晶を通してね」

「本当だ! いやあ嫌いな光景だなぁ」

 

 普通の海ならば30mも潜れば暗闇になるが、今僕たちがいる深さでは少し薄暗くなった程度。ライラさんに教えられて周りを見れば、あちこちから突き出ている水晶から光が漏れている。これだけの光があるからこそ、ここまで灯りを使わずに潜ってこれた。

 

「とはいえ、ずっと続くわけじゃないよ。途中からは自前の光源を確保しないと進めない」

「……それって『鼻を押すと頭が光る魔法』ですか?」

「大丈夫だって、ちゃんとあるから……ちゃんと」

「えっこわい」

 

 

 

 潜水開始から1時間強。水深は1500m弱……半分にもなると流石に日光も届かなくなり、潜るペースを落としていた。

 

「『光る球を出す魔法』……複数出せて消費も少なく、照らす範囲もそこそこ……かなり便利な魔法ですね」

「だろう? 別に難しくはないけど、儀式の情報は貴重なんだ」

 

 ちなみに光源に使っているのはライラさんの魔法。指先から出てきた光の球がふよふよと浮いていて、10m先くらいまで照らしている。この魔法があれば真夜中や洞窟の移動も楽々だというのに、何故今まで教えてくれなかったんだろう。

 

「でもこれ水中じゃないと出せないんだよね。だから今日初めて使った」

「ああ、そういう……」

 

 万能ではないってことか。高難度儀式でもない──後々聞いたところでは『十数種類もの光るキノコと光る虫をすり潰して飲む』儀式だそうで──魔法にこれ以上を望むのも贅沢だろう。

 

「ところで、まだ目的の魔導具が何か聞いてませんでしたね」

「そうだっけ……そうだったかも」

 

 前回までは探索を始める前に教えられていたから、すっかり聞くのを忘れていた。まあ、聞いていたところで水着姿で全部吹き飛んだと思うけど。

 

「今回の魔導具は、ある生物の鱗だ」

「鱗かぁ……てことは深海魚のですか?」

「いや、だけど」

「……!?」

 

 竜、りゅう、ドラゴン。それは魔法生物の中でも最高位である希少な幻獣。特に強力な力を持つ種は天変地異を引き起こすとも言われている。その鱗とは……。

 

「別に竜と言っても──正確には海竜だけど、そんなに危ない種類じゃないんだ。比較的温厚で、鱗くらいなら多少取っても怒らないって文献にも書いてあった」

「なぁんだ、てっきり殴り合いをするものかと……」

 

 竜なんて僕も片手で数えるほどしか相手をしたことがない。それに皆強敵だった。例えば鉄装魔法(アイアンスミス)を習得する時とか──おっと、余計な回想してる暇はない。

 とにかく、そんな強大な生物を相手にしなくて済むのは助かる。負ける気は毛頭ないが、無駄に戦うつもりもない。

 

「戦いはしないけど、探すのは大変だよ? 数は少ないし、水中だと普通の感知魔法も使いにくくなるしね」

「うへぇ……」

 

 

 

 

「そう、海竜ね……」

 

 

 

 

 潜水開始から約3時間。水深は約3000m……完全なる暗闇を照らす光球に囲まれた僕たちは、ようやく最低限の深さに到達した。

 

「長かったね……」

「この格好のお陰で泳ぎの疲労は少なくても、途中からずーっと変わり映えしない景色なのは答えましたね。綺麗ではありましたが……」

「帰りはこの倍はかかるよ、やったね」

「声に喜びがないなぁ」

 

 例によってライラさんは疲労困憊。いくら魔法がかかっているとはいえ3時間も泳げば誰だって疲れる。帰りの体力を考えると彼女はあまり動けないな。僕主導で捜索か。

 

「海竜ってどんな姿してるんですか? 陸上に住む種類とは違うんでしょう?」

「うーん……長くて、青くて、鮫みたいな顔で、身体をくねらせながら泳いでる……()()()()()()()()()()()()()()やつだね」

「へー……え?」

「あ」

 

 ライラさんが指で示す先には長くて青くて鮫みたいな顔をした、身体をくねらせて泳ぐ生物──つまりたった今説明された通りの姿をした竜。このパターン前にもあった気がする。

 海竜はこちらの存在に気づくとその場に留まり、静かに様子を伺っている。

 

「シィィ……」

「えー海竜さん海竜さん、鱗を少しばかりいただきたいのですが……」

「それで通じるんですか?」

「賢いからいけるって、ほら君も」

「は、はあ……お願いしまーす」

 

 敵意がないことを示しながらゆっくりと近づいて対話を試みる。竜種の知能が高いことは知っているけども、こんな適当な頼み方で聞いてくれるのか? 深海に住んでいるのだし、人間なんて警戒するべき得体の知れない生物に見えているんじゃ……。

 

「シュルルゥ」

「あ、いけそう」

「!?」

 

 全然大丈夫だった。海竜は『許可する』とでも言いたげな鳴き声を発してその巨体の一部を僕らに差し出す。別に遠慮するつもりはないけれど、鱗を剥がされるのは痛くはないんだろうか。

 

「じゃあ……いただきます」

「シュッ」

「えーと……ここから剥がすのかな?」

 

 竜が一鳴きすると鱗の一部を逆立ち、剥がしやすいようになった。いきなり鱗を寄越せと頼み込んできた輩に対してなんて親切な竜なんだろう。疑った自分が恥ずかしい……と思いながら手を伸ばし、鱗の端に触れた瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ギッ……」

「っ──ライラさん離れてっ!」

「え? え?」

 

 慌ててライラさんを引き離す間にも魔力弾は2発、3発と撃ち込まれ、そしてその全てが海竜の身へと染み込んでいく。

 これは敵を傷つけるための魔法じゃない。自身の魔力を浸透させ、意のままに操る使役魔法従属捕球(ポケットキャプチャー)。どうして詳しいんだって? それはこの魔法の使い手を知っているから。

 

「出てこい、いるのはわかっているぞ」

「ここまですればバレちゃいますよね……ふふっ」

「やはり君か、()()()

「お久しぶりです……アラン()()

 

 見つかることまで予定通りかのように現れ、親しげに僕の名を呼ぶ彼女の名はサリス・ロマネスコ、僕が鷹の目王国(イグリアス)軍魔法騎士部隊副隊長だったころの副官にして後輩。この使役魔法を何よりも得意とする魔法使いだ。

 彼女もまた海神の羽衣を使っているのかスポーティーな水着に身を包み、得物である大きな杖を携えている。

 

「知り合いかい?」

「元部下、かつ後輩です。軍では随分と助けられた……そんな君は何をしにきた?」

「わかってるくせに。先輩を連れ戻しに来たんですよ。急に飛び出して、みんな待っていますから」

「連れ戻す……ああ、()()諦めてなかったのか」

 

 僕がライラさんに一目惚れをして、即軍を辞めようとした時、最後までしつこく引き留めようとしていたのが彼女だ。最後は諦めてくれたと思ったが、そうでもなかったらしい。

 あの時は理由もまともに話さず強引に辞めた手前、また顔を合わせるのが気まずくて、しばらく関係者を避けていた。そのせいかもしれない。

 

「理由を話さなかったのは悪いと思ってる、その──」

「話さずとも知っています。誑かされたんでしょう? その女に」

「違う。詳しくは言えないけど、僕は僕の意思で、この人を愛するためにここにいるんだ。誑かされただとか、この人を悪く言うのはやめてくれ」

「ッ……ああそうですか、そこまであなたはッ……!」

 

 事情を知らないのだから、ある程度邪推されてしまうことは仕方がない。けれど、ライラさんのことを悪く言うのは許せなかった……けど、逆効果になるとは思わなかった。

 ちゃんと説明し直すか? いや、秘密だし……。

 

「こんなに話聞かない部下抱えてたのかい君」

「ここまでじゃなかったんだけどけどね……」

 

 今思えば中々思い込みの激しい方だった気もするけど、今日はそれに輪をかけて酷くなっている気がする。

 

「もういいです。話すだけ無駄、実力行使に移ります」

「ギッ、ギュゥゥゥゥ……」

「海竜が……早いな、もう従属させたのか」

「ええ。これでこの子は私の手足同然です」

「そんな……」

 

 既に魔力弾を数発食らっていた海竜にはその魔力が浸透し、その(しもべ)へと変わってしまった。先程までの穏やかさは消え、僕たちに敵意を向けている。このままではさっきのように鱗を譲ってくれることはないだろう。

 

「目を覚ましてください。行けっ……私の竜!」

「ギシャァァァッッ!!」

 

 咆哮が僕らの身を震わせる。周囲を泳いでいた深海魚たちは恐れをなして逃げ去った。これはもう完全に戦る気と見ていいだろう。いくら温厚で賢い竜種でも、操られれば変わるものだ。

 なぜここまでして僕を連れ戻そうとするのかはわからない。しかし僕たちの目的がこの竜の鱗である以上、避けては通れない戦いであることは間違いない。

 

「戦闘開始します! 巻き込まれないように離れてて下さい!」

「任せたよ!」

 

 水中では沈んでしまうため『(シェル)』は出せない。けど光は必要。だからライラさんにはギリギリ視認できる距離まで離れてもらう……けど、危険なことには変わりない。

 そもそも僕の鉄装魔法(アイアンスミス)と水中って相性最悪じゃないか? 水流に取られる大型の武装はまず使えないし、鎧を着込んで自由に泳ぐ自信なんて無いぞ。

 

「……いや、やってやる」

 

 大型武装無し、鎧無し、愛する人を巻き込まずに制圧する。下手な護衛任務の何倍も難しいな。しかしこの逆境を跳ね返してこそ、この後の写真撮影が楽しみになるというものだ。

 

「シャァァァ……!」

「……(ランス)ッ!」

 

 まず生成したのは槍。ただしそれは馬上槍型ではなく、正確には銛に近い形状だ。これなら水中の影響を受けにくいはず。

 

「はっ!」

「シィィッ!!」

 

 次々と放たれる攻撃を掻い潜りながら槍を突き出す。海竜の攻撃は大きく分けて3種、突進、薙ぎ払い、そして高圧水流の息吹(ブレス)だ。前2種は動き出しを見れば容易に回避か防御が間に合う。

 

「カァァ……!」

息吹(ブレス)が来るよ!」

「大丈夫です! ……っと!」

 

 だが問題は息吹(ブレス)だ。出は遅く、口からしか出ないという欠点を差し引いてもその威力と攻撃範囲は凄まじい。対処としては回避のみで、そうすると反撃に移るのが遅くなる。

 

「……止まった、今度はこっちの──」

「させませんよ」

「割り込みはやめてくれっ!」

 

 そしてサリスの妨害が鬱陶しすぎる。海竜に近づこうとすれば間に入られ、逆に離れようとすれば魔力弾の牽制。人間にこの使役魔法は効かないから何発撃ち込まれようが操られることはないけれど、直撃すれば怯んでしまうことは知っている。そうなれば隙だらけだ。

 

「やるじゃないか、腕を上げたらしいね」

「そう言う先輩は腕が落ちましたね。以前なら真正面から叩き潰せていたでしょう」

 

 以前のことを言うなら、そもそも彼女を相手にすることなんか考えてなかった。だって信頼している部下だったわけだし。まさかこんなに強くなって立ちはだかるなんて。

 

「まあ、理由はそれだけじゃ──うわ!?」

「余裕なんてありませんよ」

「厳しいなぁ!? ……っぐっ!」

 

 ぼんやりと過去を思い出す間にも攻撃は続く。一応息吹(ブレス)だけは全て躱せているが、それ以外の被弾が増えていく。操られていようとさすがは竜、1発1発が鋭く、重い。

 

(シルド)! くっ、止められても保持ができない……!」

「そうでしょう、先輩の魔法で操れるのは触れている鉄のみですから」

「……さすが、よく知っているじゃないか」

「見てましたから、ずっと側で」

「……」

 

 彼女が僕の副官にだったのはどれくらいだったか。確か僕が副隊長になる前、となると3年間は一緒にいたか? その間ずーっと僕の戦いを見ていたことになると。そりゃあ弱点も知られているわけだ。

 

「水中なら『重装式(ヘヴィ・・シリーズ)』も使えないでしょう? わかるんですよ私、その女よりずっとずっと!!」

「アランくんこの子怖すぎない!?」

「気安く呼ばないで!!」

「え゛、ウワーッ!!」

「ちょっ!?」

 

 激昂したサリスの魔力弾がライラさんを襲う。それは僕がカバーできる範囲の外。そしていくら泳ぎに補正がかかっていても、ライラさんの身体能力は並み以下。反応した頃には直撃してしまった。

 

「痛ぅ、う……」

「ライラさんっ! ──君は、何てことを!」

 

 僕と同様に操られることはないが、魔力弾が直撃した痛みは感じる。僕のように鍛えられてない彼女にとっては相当のものだったようで、苦しみの表情で意識を失った。幸い呼吸は続いていて、海流も安定した場所だったためどこかへ流されていくことはない。

 今サリスが行ったことは決して許されない行為だ、別に攻撃されたのがライラさんだからと言うわけじゃなく──いやそれも許せないけど──ちゃんと理由がある。

 

「軍人が非戦闘員に魔法を使えば罰則がある。最悪の場合除籍だってあり得る重罪だ」

「重罪? 知ったことですか。あなたが軍に戻らないのなら、私も戻るつもりはありません。あなたのいない場所に価値はないですし」

「っ……!」

 

 そこまで覚悟の上とは正直ゾッとした……けれど、同時に知りたくもなった。キャリアを捨ててまで、サリスがここまでする理由を。

 

「……どうしてそこまで僕を求める? はっきり言って僕の出身は特別名高いわけでもない単なる鍛治師だし、名家の君とは階級以外釣り合う様な男じゃないだろう」

()()()()()()。自覚はない様ですが、その出自で副隊長にまで上り詰めたことが大事なんです」

「……はぁ」

 

 サリスと海竜の攻撃が止まった。少しは話す気になってくれたらしい。目の敵にされてるライラさんが気絶したのもあるかもしれない。『余裕なんてないんじゃなかったのか』と言う突っ込みはやめておく、再開されても困るし。

 

鷹の目王国(ホークアイ)軍──正確には、骸眼の王国(スカルアイ)軍以外のほぼ全ての軍は腐っています。階級は実力ではなく出自で決められ、名前だけの無能が権力を振るい、真に有能な者を使い潰している──」

「……まあ、否定はしない」

 

 確かにその通り。軍に限らず、魔法が深く絡み権力を持つ職業はどこもそうだ。違うのは徹底した実力主義である骸眼の王国(スカルアイ)くらいのもの。腹を立てた時期もあったし、今も納得はしてない。でもそれとこれとは話が違う……。

 

「──けど、先輩だけは違った。あなただけは確かな実力で実績を作り出し、有象無象の無能どもに認めさせ、副隊長にまで上り詰めた。私はそこに惹かれたんです」

「そういうことかぁ……」

 

 盲信とも言える信頼はそういう訳だったのか。僕の経歴については若干美化されている気がしなくもないけど、まあ大体この認識で間違いはない。

 あの時の僕はとにかく我武者羅に働いていて、副隊長に決まった時もいつの間にかという感じだったっけ。外から見ればその姿は努力家のサクセスストーリーに見えたのだろう。

 でも、今の僕はそうじゃない。

 

「そんなに尊敬されるべき人間じゃないよ、僕は」

「いいえ、あなたは素晴らしい人でした。だから……」

「何と言われようが戻らないよ……君の望みは叶わない」

「……だったらもう手加減はしません! 力尽くででも──」

「──それは、こっちのセリフなんだよ」

 

 理由はどうあれ、彼女は愛しのライラさんを傷つけた。だから、もう加減はしない、一発決めてやらないとダメだ。決別という意味でも。

 攻略法は思いついた。

 

「──武器を使おうとするから水の抵抗に悩まされるんだ」

「……は?」

「剣も、槍も、盾も同じ。()()()()()使()()、それがこの水中というフィールドではマイナスにしかならない」

 

 必要なものは速度と質量。膨大な魔力を練り上げ、イメージするのは巨大な鉄塊。生成速度を限界まで引き上げる。

 

「覚悟しろよ。竜も、君も、()()()()()()()ぶちのめしてやるからな」

「何をっ」

鉄装魔法『重塊(ヘヴィ・ランプ)

「は──がっ」

「グァ……ァ!?」

 

 瞬きよりも短い刹那、僕を中心に生み出された巨大な鉄塊が辺り一面をを埋め尽くす。イメージ通りのそれは僕とライラさんだけを避け、海竜とサリスはそれに巻き込まれる形で弾き飛ばされた。

 手持ちの武器が使えないなら持たなければいい。手に持たないと保持できないなら保持する必要がないくらい大きくすればいい。頑強な相手ならそれ以上の火力で粉砕すればいい。

 

「っ……と、魔力はかなり持っていかれるな。もう使わない方がいいや」

「う、ぐぅ……」

「シュウウゥゥ、ゥ」

 

 狙いは見事に成功。クリティカルヒットした一人と一匹は脳震盪でもうまともに動けない。あとはゆっくり泳いで、がっちり拘束するだけ。制圧完了だ。

 

「……こんな、こんな力任せな魔法を……あなたが!」

「変わったってことだよ。もう君が憧れた僕はもういない、今の僕は国や民のためじゃなく、ただ一人を守るために戦う。だからこんな手だって使うのさ」

「それほどの価値が、あの女にあると言うのですか……!」

「ある。少なくとも僕にはね」

 

 こんな発言がもし王に聞かれたら激昂されるし、民衆に聞かれたら軽蔑される。だがそれでいい。本当に大事な一人の笑顔を守れるのなら本望だ。騎士だった時には、そんなことはできなかったから。

 

「人の笑顔を守るための騎士。だけど僕たちが動くときは、いつだって笑顔は失われた後だった」

 

 人を守る仕事、民衆の誇り。そう思い込んだ馬鹿な僕は親父の反対を押し切って騎士になった。そしてすぐに現実を知った。

 

「魔獣に襲われた村へ向かえば、そこには死体とそれに縋り付く村人しかいなかった。魔獣を殺してもそれは変わらなかった……初めての任務のことだ」

 

 『息子も、娘も、夫も殺された』『どうしてもっと早く来てくれなかったんだ』泣きながら訴える女性がいた。別にお礼を期待していたわけじゃないし、怒るのはもっともなことだ。けど、新人の僕には深く刺さる言葉だった。

 

「それからは出来るだけ多くの人を、少しでも早く救うために動いていた。けれど、どこまで行っても騎士にできるのは後から来て解決することだけ。どう足掻いても犠牲は出続ける……わかるだろ」

「……」

 

 何も起きていなければ騎士に任務は回ってこない。必ず出る最小限の被害……守れない笑顔が僕を苦しめた。それを少しでも減らそうと頑張って、出世もした。でも0にすることはできなかった。

 

「叶わない夢を追うって、かなり辛いんだ。絶望したと言ってもいい。本当はあの日も、辞表を書くための紙を買いに行ってた。」

「『あの日』……?」

「うん、初めてライラさんに出会った──正確に言えば、初めてライラさんを見た日のことだ」

 

 よく晴れていて、少し風の吹く日だった。街のどこかで風船を配っていたらしく、歩く子供は皆その風船を持ってはしゃいでいた。道の隅っこで泣く女の子を除いて。

 

「風で風船が飛ばされちゃったんだろう。他の子が持つ風船を羨むような目で見て、時々空を見上げては涙を溢してた。見てて心が痛んだよ」

「それは、かわいそうですね」

「うん。でも周りの大人は何もしなかった。もちろん僕も。何をすればいいのかわからなかったのかもね」

 

 親がどうにかするだろうから、知らない子供だから、逆に怖がらせてしまうかもしれないから。言い訳はいくらでも思い付いた。けど一番は、『自分にはできない』と思っていたからだった。子供を慰めるのに資格なんて必要ないはずなのに、自分には無理だと思っていた。

 

「けど、ライラさんは違った。たまたま通りがかって、女の子を見つけた途端に駆け寄った。そして、風船を出したんだ」

「……あの人が」

 

 ()()()()()()を持っていたライラさんは、色とりどりで可愛らしい形の風船を次々出した。女の子はそれを見て、少しずつ涙を引っ込めた。そして最後には笑ったんだ。当時の僕にとってはとても衝撃的で、美しい光景だった。

 

「ライラさんは僕にできなかったこと、絶望した夢をいとも容易く実現した。あの人こそ本当の魔法使いだ」

 

 涙が止まらなかった。周りの人から奇異の目で見られることも構わずに駆け出し、家に帰っても泣き続けた。悲しみではなく、喜びで。

 

「希望はあったんだ。本当に簡単なことだった……それに気づかせてくれたのがあの人なんだ。本人には恥ずかしくて言ってないけど」

「…………」

「あっ……と、なんかごめん」

「シュルルル」

 

 制圧できたからって話しすぎた。サリスは考え込んでいる様子だし、海竜は未だ睨みつけるような眼差しを向けている。

 今はもうどちらも抵抗の意思は無いようだが、長話で機嫌を損ねられても困る。そもそも僕たちの目的は鱗だった。まだ水神の羽衣の効果時間は残っているとはいえ、さっさと取るものを取って浮上しなければ危ない。

 

「そーれべりべりっと」

「シャギャァ!」

 

 海竜かの鱗を2、3枚適当に掴んで勢いよく剥ぎ取る。操られる前は逆に差し出してくれるくらいだったのだが、一撃入れられて意地でも張っているのか若干の抵抗があった。まあ無視するけど。

 

「さて、僕たちはもう地上へ戻るけど……君は泳げる? 抵抗しないなら連れて行くよ」

「……抵抗しません、その女と一緒でもいいです。連れて行ってください」

「わかった。快適さには期待しないでくれ」

 

 従属魔法を解かれた海竜が去るのを見届けてからライラさんを抱え、サリスを背負って浮上を開始する。そういえば、サリスと組むようになったばかりの時も動けない彼女を背負って移動したことがあったっけ。懐かしいなぁ、あれは組んでから一月くらい──あれ、三ヶ月くらいだっけ?

 

「なぁ──」

「ぐす、うっ……」

「──……」

 

 やっぱり、今声をかけるのはやめておこう。小さな泣き声も聞こえないことにして。

 

 

♢♢♢

 

 

 あれから4時間かけて浮上し、更に1時間が経過したころ。すっかり日も暮れ、砂浜は星の光が降り注ぐ。

 

「……ぐぅ……」

「起きませんね」

「そうだな」

「むにゃ……」

 

 しかしライラさんは未だ気絶から目覚めていない。というか、気持ちよく普通に眠っているような気もする。

 まぁ、苦しそうでないなら放っておいてもいいだろう。ただし体が冷えないように毛布はかけておく。

 

「気分は落ち着いたかい?」

「はい……ご迷惑をお掛けしました」

「いいさ。僕も悪かった」

 

 全面的に非がある、とまでは思ってないが、今回の問題は僕の対話不足が招いたことなのは事実だ。もしもあの時ちゃんと話ができていたのなら、こうはならなかった……と思う、けど怪しい気もする。

 

深海()でも言ったけど、僕はもう軍に戻るつもりはない。ライラさんを救った後も、救えなかったとしてもね」

 

 もう一度、これで最後のつもりでサリスの誘いを断る。これは決して曲げられない、曲げちゃいけない決意。認められなくても進むしかない。

 

「酷い上司ですまなかった。お詫びにもならないけど、好きなだけ恨んでくれて構わな──」

「──そう簡単に恨めたら、ここまで追いかけて来ませんよ」

「……そうか、そうだな」

 

 諭すのはここまでにしないと。これ以上は彼女の想いを否定することになる。受け入れられないとしても、否定(それ)はダメだ。ぼくが良い()上司になれるのはまだまだ先の話らしい。

 

「帰ります。この人が起きたら『攻撃してごめんなさい』と伝えてください。それと……」

「それと?」

 

 体についた砂を払いながら帰り支度を始めるサリス。若干不満げな様子を隠せていないが、ライラさんへの謝罪も口にしている。……そして、まだ言葉が残っている。

 

「私、諦めませんから。何度だって連れ戻しに来ます。だから次会った時には──」

「もう一度勝負、かな。今度は正々堂々と」

「はい!」

 

 久しぶりに見た爽やかな笑顔で再戦の予告をしたサリスは、いつの間にか手懐けていた大鷲に乗って去って行った。

 きっと次はいい勝負ができるだろう。その時は一月後か、半年後か、一年後か。頼むから最低一週間は空けて欲しいけど。けどまぁ、

 

「今度も、負けるつもりはない」

 

 ずっとライラさんの側にいるために。決意を新たに、海竜の鱗が収められた瓶を握りしめる。

 

「うぅーん……むにゃ」

「……いつまで寝てるんだろう?」

 

 まさかの再開はあったが、これで三つ目の収集完了。僕と儀式屋(ライラ)さんの魔女結婚儀の完遂まで、あと四つ。

 

 

 

 

 

 

 ジュエル・ラグーンから遥か遠くの空。月明かりに照らされて、()()()()()()()()が一軒。

 

「次の儀式はどこでするんですか? ()()()さんっ!」

「待て、説明するから、近い……()()ッ!」

 

 その中には箒を持った少年と、『本物』の少女がいた。

 

「なんだ? おしくらまんじゅうか?」

「うーん、もっとくっついちゃいなさい!」

「やめっ……うわーっ!!」

「きゃーっ!」

 

 ……それと、赤毛の少女が一人、喋る黒猫が一匹。

 

 

 

 

 


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