兎は星乙女と共に   作:二ベル

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文章力がなくて処理が雑。


沼の王

雨が降る、雨が降る、土砂降りの雨が降る。

走る、走る、走る。

暗い路地裏を、人気のない道をただ走る少女が1人。

 

( 一体、何がどうなって・・・ッ!? )

 

違和感を抱いたのは半月前。

疑念に代わったのが1週間前。

疑念が確信に変わったのが数日前。

そして何者かに追われ始めたのが数時間前。

 

一緒に逃げていた仲間はすでに逸れたのか、別の道に逃げたのかわからないがもう傍にはおらず背後からは自分を追って来る何者かの気配だけを強く感じている。

 

 

( 何故!? 何故!? 何故ッ!? )

 

 

中途半端な酔いのせいで確信に至ってしまったがために、こうして彼女は追われている。命を狙われている。

 

『気がついてしまったのなら仕方ない』

そう言わんばかりに。

 

何とか後ろに視線を送っても姿は見えず、けれど確かにいると感じる。

もしも、もしも、もしも―――

 

( あの首を折られて絶命していた派閥の仲間達を殺したのは・・・だとしたら・・・!? )

 

結わえられた白の長髪を振り乱し、深い紫紺の瞳を揺らし、身につけている赤と黒を基調とした戦闘衣(バトル・クロス)は雨のせいで体に張り付いてその肢体のラインをくっきりと表しており、どこか艶かしさを表現していた。それでも、そんなことになりふり構わず、彼女は走る。当てもなく、逃げる。

 

 

「ハァ、ハァ・・・・ハァッ!私達は、いったい、いつから・・・・?」

 

半ば混乱した状態で本拠(ホーム)を飛び出し、寂れた街路から奥へ奥へと出鱈目に。人気はすでになく、自分と謎の気配だけの鬼ごっこ状態。何がなにやら分からず、ここからどうすればいいかわからず、足を石畳に引っ掛け転げた。

 

 

「―――きゃあっ!?」

 

 

足を止めてしまった。

終わりだ。

ここで自分は死ぬのだ。

これもまた、『死妖精(バンシー)』の呪いでしょうか。などと諦めの笑いを落とし、顔を振り上げようとしたところで

 

 

 

全開炎力(アルヴァーナ)ッ!!」

 

 

瞳を焼き尽くすほどの紅蓮の炎が、少女の前方を焼き尽くした。

肺が焼けるような感覚と、雨が降っているにもかかわらず走り続けたせいで息が上がり体温は上がり、降りかかる滴を浴びても冷たくも感じない。それでも、震える体で、その炎を見つめていると後ろから優しく声がかけられた。

 

 

「―――大丈夫、貴方?」

 

 

都市内で魔法の行使など馬鹿なのか、と言える立場ではないしそんな言葉はでなかったがその人物を見て彼女は安心して気を失った。濡れる石畳を枕に体を完全に寝かせてしまった彼女がちゃんと呼吸をしているかを確認して女は抱きかかえた。

 

 

「おいアリーゼ、やりすぎじゃねえのか?」

「何言ってるのよライラ。ここ、歓楽街よ?それも立ち入り禁止の。他に民間人がいるなら、そもそも御用よ、御用」

「いや、そういうことじゃねえよ・・・ああ、まあいい。消火は?」

「そのうち消えるでしょ。」

「まあ・・・この雨なら、消えるが・・・ったく。何だってんだ?」

「さぁ? 正体は見えなかったけど、この子、追われてるみたいだったし。とりあえずこの子を本拠(ホーム)に連れて行くわ。あの炎ならそうそう私達を追っても来れないでしょうし」

「へいへい」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】ッ!!」

 

 

その魔法の展開とともに、冒険者とベルテーンの国の人間たちは動き始めた。

ベルと春姫、そしてタルヴィの3人は源泉へと向かい、その他は沼から湧き出す雑兵達を殲滅する。

 

 

「ベルがいるだけで、モンスターがでてこないのね!不思議っ!!」

「春姫さん!僕、はじめて『気持ち悪い』って言われませんでした!」

「そ、そんなことで喜ばないでくださいまし!?」

 

けれども、【沼の王】がタルヴィを警戒しているのか、沼からは時折タルヴィを狙ってモンスターが産まれてくる。それをベルが槍で薙ぎ払っていく。

 

「本当に私達は3人だけでいいんだよね!?」

「むしろ、あっちから人手を取るのはよくないです。僕達が楽して目的地に行くことができても、あっちは普通にモンスターが湧いてきますから」

 

実際、ベルと共に行動している2人はモンスターとの遭遇率が少なく戦闘も殆どなく順調すぎるくらいに進んでいるが、他の沼からは当然の様に湧き出しているために国の兵士や輝夜やリュー達は総出で被害を抑えるに徹していた。

 

 

「あとは、輝夜さんが【沼の王】そのものは僕1人で倒せるはずだって」

「ほんとに?」

「その、沼から出てくるモンスターが少ない、もしくは僕に反応しないのは僕よりも弱いって証拠で」

「ふむふむ」

「つまりは、一番警戒すべきはその元凶そのものだって。それに、そもそもリューさんと輝夜さんはアストレア様の護衛と僕のお目付けみたいなもので直接動くのは僕だって言ってたから。」

「どうやって倒すの?」

「まずはそれをタルヴィさんに頑張ってもらわないと」

「そ、そうだった」

 

 

話しているうちに辿りついたのは、北の最奥。ウスカリ達の情報で『源泉』があるであろう場所とされているところだった。

沼の中央には、石碑らしきものが見え、瘴気や異臭も含めて今まで通ってきた場所とは違い一番色濃く、そして酷く感じる場所であった。

 

「ここが、源泉でございますか?」

「そうみたい・・・私も、初めて来た・・・ベルテーンが何百年も復活を願っている、奇跡の泉・・・」

「それが、今はこんな有様に・・・」

「・・・・!!・・・来ます!」

 

『――グォオオオオオオオオオオッ!!』

 

それは、今までとは違う図体をしていた。

 

「これが、【沼の王】の本体?」

 

それは、今まで湧き出していたモンスターよりもおぞましかった。

 

「何て巨大で、なんておぞましい・・・!」

「春姫さん、タルヴィさん、僕が時間を稼ぐので詠唱を!」

「はい!・・・・タルヴィ様!」

「うん、やろう、春姫! だけど、ベルは?ベルも詠唱しないといけないんでしょ?」

「大丈夫です、並行詠唱ならもうできますから。春姫さんに合わせます!」

 

自信満々に少年は言うと2人の前に、【沼の王】と対面する形で立ちふさがり槍を構えた。

 

 

「「【大きくなれ。()の力にその器。数多(あまた)の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華(えいが)と幻想を。】」」

 

「【解き放て、血の縛鎖。来たれ、冬の天秤】」

 

『ォオオオオオオオオオッ!!』

 

【沼の主】は魔法に一層の警戒を抱き、触手を、雑兵を生み出して自身を痛めつけてきた魔法(タルヴィ)を狙って襲い掛かる。

 

「「【大きくなれ。神饌(かみ)を食らいしこの体。神に(たま)いしこの光金(こんこう)。】」」

 

それを聖火を灯した槍で一本たりとも逃さず薙ぎ払っていく。

 

「【踊れ、雪の女王!我が真名に従い!】」

(すごい、1人で全部倒してる・・・!)

 

少年の顔は見えないが、恐らくは表情1つ変えずに倒しきっている。それは少女が見る初めての迷宮街(オラリオ)の英雄の姿であったのかもしれない。どれだけの冒険をしてきたのかなど知らない、どれだけの試練があったのかも知らない。けれど、その背中は紛れもなく、英雄だった。

 

( これが所謂、『全部倒してしまっても構わんのだろう?』ってやつよね? )

 

余計なことを考えているのがわかったのか、少年は背中を震わせ少しだけ振り返りタルヴィを睨んだ。

 

「「【(つち)へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を。--大きくなぁれ】」」

 

「【戒めよ、閉ざせ! 楽園の名のもとに!】」

 

生まれては倒され、生まれては倒される。

槍に灯った聖火が【沼の王】にまで引火したのか、動きが鈍っていく。

 

『~~~~~ッ!?』

 

「「【ウチデノコヅチ】ッッ!!」」

 

ここに【沼の王】駆除のための条件が1つ満たされた。

Lv.2であれば、それで十分であったかもしれない。

けれど、Lv.3であったなら、Lv.2よりもより強く確実に【沼の王】から源泉を掌握することができる。より急速に組成を狂わせることができる。

 

 

「【夢想よ――繋げ!! 明日へと至りし千年氷城!】――【ベルテーン・トロイメタイ】!!」

 

 

『ッッ!?』

 

 

奪われていく。

失っていく。

ソレから、力が失われていく。無限の再生力が失われていく。

 

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】!」

 

 

ドボンッ!!と水音を立てて、白い何かが飛び込んだ。

【かつての王】は理解した『逃げなくては』と。

けれど【沼の王】は執着した『この場を奪われて溜まるものか』と。

 

近づいてくる、近づいてくる。

清き炎と共に、白い光が自分に終止符を討ちににやってくる。

 

 

【王】は、せめて周りから触手を集めて外殻としての鎧へと代え、体を肥大化させようと考えた。

 

聖火が邪魔をする。

 

接合しようとするも、炎のせいで自分の行動が今まで以上に落ちていることにようやく気付く。

次に体が、ぐんっと槍に引っ掛けられ、数回の回転の後に泉の上に、更に上に飛ばされる。

 

 

『~~~~~~ッ!?』

 

 

急速に変化する景色。

住み心地の良かった『沼』は、匠の手によって綺麗な『泉』へと作りかえられていた。

真下には炎を携えた白き光―――少年がいた。

 

抵抗――不可能。

避難――不可能。

防御――不可能。

あらゆる全ての行動―――不可能。

 

 

少年は狐人の少女が振り下ろした小型魔剣の雷を槍で受けてそのまま上空の【王】に向かって、投擲した。

 

 

 

「ファイア・ボルトォオオオオオオオッ!!」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

爆発音が、森中に、国中に響き渡る。

それから遅れて、沼のモンスターの数が、確実に減り、ついには生まれなくなった。

 

「倒したのか?」

「先ほどのは、ベルでしょう。」

「おいおい嘘だろ・・・本当にやりやがった・・・お前の眷族は一体何なんだ・・・?」

「秘密」

 

目を見開き固まる兵士達、住人達。

それも次第に歓喜に色を変えていく。

 

「もうあのやかましい、うざってえ声を聞かずに済むのか・・・」

「先人達の、巫女達の仇を取れた・・・いや、我々はここで雑兵の相手をしていたにすぎんが」

「あっちはあの坊主がやるって保護者共が譲らなかったんだ、仕方ねえだろ。それよりお嬢がLv.3だとよ」

「おお、恐ろしい。だがしかし、お陰でベルテーンの真の悲願を遂げられた」

「・・・・違いねえ」

 

ウスカリは戦闘が終わっていることを確認し、すぐに怪我人の確認、治療の指示を出し、住人達もまた戦闘の際に傷ついた建物等の修繕に戻っていく。リダリ、輝夜、リューと女神2柱が源泉まで行ってみれば、仰向けになって浮いている少年と少女達の姿があった。

 

 

「気持ちようございますね・・・タルヴィ様」

「うん、うんっ!・・・まさか、こんなに綺麗だったなんて知らなかったよ・・・!ありがとう、2人とも!」

「・・・・」

「ベル様?」

「ベル?」

「・・・・・」

「眠っておられます」

精神枯渇(マインドダウン)・・・じゃないよね?」

「そうではないかと。」

 

衣服を水浸しに・・・など全く持って考えていないだろう、3人に仕方ないものを見る目で近づいていく面々に、ようやく気がついたのか春姫はベルを抱え、タルヴィと共に陸に上がる。

 

「何で寝てんだよこの兎は」

「疲れたからじゃないかしら?」

「ヴェーラ、私、Lv.3よ!?すごいわ!?もう何も怖くないわ!」

「おい馬鹿、それやめろ!あともう魔法とけてるだろ!」

「うっ!?」

 

タルヴィはどこかから拾い読みでもしたのか、神々の言う『死亡フラグ』を口にしてしまったためにヴェーラにすぐに拳骨を落とされた。

 

「一体どこで拾ってきやがったんだ?」

「ヴェ、ヴェーラが教えてくれたんじゃん」

「アタシは教えてねえよ」

「教えてって言ったら教えてくれたよ?」

「・・・・じゃあアタシだ」

「ほら」

「・・・・・」

 

そんなやり取りを他所に少年の濡れた頭を拭いてやっている女神は、咳払いをして口を挟む。

 

「それでヴェーラ、何か感想は?」

「・・・感想?そりゃアタシに対しての質問か?ならアタシはこう答えるね。・・・・『損した気分だ』」

「そう」

眷族達(アイツら)は自分達で結論を出した。最も、【沼の王】を自分達で倒しきるっていう考えもあったんだろうがそれだと国の守りが薄くなっちまう。まあそれもそこの兎の魔法のせいで?こちとら『難易度イージー』に変えられて戦ってたようなもんだ。今までの苦労はなんだったんだってレベルでだぜ?なにより、思ってたよりも早く【沼の王】がサクっと倒されちまった。文句の言いようがねえ。・・・天に還した子供も・・・もう少し向き合って、見てやるんだった。」

「それは・・・時期というものもあるでしょう?仕方ないわよ」

「・・・そうだな。そうだなぁ」

「さて。輝夜、リュー、春姫、少し休んだら、帰りましょうか」

「は? もう帰るのかよ」

「ええ、帰るわよ?」

 

 

帰りに、また温泉に寄るの!次はもう1件別のところに! と『やることやったし』とっとと帰ろう感をそれはもうアストレアから浮き出ているのだった。




次以降の予定
ローグタウン→クノッソス→深層

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