「―――それでこれが【生命の泉】の水ですか」
「はい、報酬でいくつか貰ってきました」
「その報酬を私に?」
「いるかなって思って」
「いえまあ・・・効果は気になりますが。しかしベルさん、貴方自身が報酬として欲しいものとかはなかったのですか?」
「うーん・・・・」
【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の団長室にて聖女は
「別に欲しいものって言われてもないですし・・・お金には困ってないし、これから復興する国からお金なんて受け取れないですし・・・」
「・・・・はぁ。そうでした、貴方はそういう方でしたね」
現在の生活に満足しているのか、『欲しいものがない』『あったとしても強請るほどでもない』というこの少年はいささか無欲すぎではないか?と思わず溜息をつく。しかし、だからと言ってその報酬としてもらったものを何もなしに受け取るわけにもいかないのだ。
「こちらが
「いらないなら捨てますけど」
「貰います。もったいないので」
捨てる!?冗談じゃない!!そんな恐ろしいことをサラっと口にする少年に対して反射レベルで聖女は口を動かし、瓶を受け取った。
「それで、その水、使えそうですか?」
「・・・・無理ですね」
「え」
「ベルテーンの方々が常飲しなくてはならないというのはわかりますが、それを使って『新薬』等を作れるか?と言われれば無理です。」
「?」
「そもそもが、天然の
「高く」
「ええ、何より、ベルテーンというその特殊な環境下且つ、【生命の泉】のことを世界中に知られるようになればそれを狙おうとする輩は少なからずいることでしょう。奪うためならばそれこそ手段を選ばないというような」
「!」
「つまり、この水の効果を知ったところでベルテーンという国のことを知られたとしても【生命の泉】については、あまり広めるようなことをするべきではありません。その国の方々のためにも」
「なるほど・・・・」
【生命の泉】から取った水については貴重な研究資料として受け取っておくことにします。と聖女は瓶を丁寧に箱詰めし、棚へと仕舞う。紅茶を淹れ、再び対面する形で席につき少年にも紅茶を渡して一口。
「ふぅ・・・・それで、帰りは温泉に行って来たとか。どうでしたか?」
「・・・・思い出させないでください」
「何があったというのです?」
旅の感想というか、思い出話を聞きたいだけだというのに少年は『帰りの温泉』というワードで一気に紅茶の入ったカップから口を離して『うぷっ』と顔色を悪くした。
「帰りは、混浴はなかったんです。別にそれはいいんです、壁の向こうから時々声は聞こえてましたし。僕の方は最初は貸切でしたし」
「はぁ・・・」
「そしたら、アポロン様達がやってきて、その次はオッタルさん。そして最後にはフレイ・・・なんでもありません。が来て」
「ん?」
「『そっちはそっちで仲良くしていなさい』って言われたアポロン様は、アポロン様のパラディオンでヒュアキントスさんの城砦を破壊・・・・いやいやいや、そもそも!!」
ダンッ!!と少年は耐え切れなくなったのか、聖女に詰め寄るように前のめりになって机に手を叩き付けた。顔が近いが、お構いナシだ。
「『仲良く』がどうして、あんなことになるんですか!? 僕、『仲良くなる』のにあんな、あんなド畜生な方法、聞いたことないですよ!? まずはなんやかんやあって、手を繋ぐところからじゃないんですか!?アリーゼさんでもしませんよあんなこと!!」
「貴方は何の話をしているのですか!?」
「神っていう生き物は、あれですか、それこそ『穴があったら入りたい』みたいな感じで突撃しちゃうんですか!?」
「不敬すぎません!?」
「アストレア様があんなだったら僕、全力で阻止しますよ!?」
「今、どの神に対して『あんな』と言ったのですか!?とにかく落ち着きなさい!!」
「ぼ、僕、前まで『優しそうな神様だなー』って思ってたのに!!こんなの裏切りだ!! これだから、美の女神は!!」
「落ち着きなさあああああああああああああいッ!?」
2人して、肩で息をして荒くなった呼吸を整える。
アミッドにはわからないことだが、おおよその想像ができてしまったのが自分でも恐ろしかった。アポロンのアポロンがヒュアキントスのヒュアキントスを貫いたのだろう。いや、もう、それはどうでもいいのだ。何故男湯に美の女神がいるのだ。意味が分からん。美の女神はなんでもアリなのか?と思わずにはいられない。しかもこの世の美を詰め込んだ美の女神をあろうことか目の前の少年は『あんな』と表現。治療院に今、かの派閥の眷族は来ていないかヒヤヒヤしてしまった。
「そ、それで・・・・?」
「えと、軽くトラウマになっちゃって温泉上がりに合流したアストレア様に泣きついてそのことを話したら、フレイヤ様のところに行っちゃって」
「ああ、主神として抗議に」
「なかなか帰ってこないからどうしたのかと思って探しに行ってみたら、部屋の前でオッタルさんが腕を組んで立ってて」
「はぁ」
「『お前の女神は、この中にいる』って。なんですかそれ、口数が少ないにも程がありますよ。貴方がそこにいるんだからそこ以外にどこにいるっていうんですかまた温泉の時みたいに怒鳴られたいんですか。僕知ってるんですよ、今日も治療院に来る前に金髪で死んだ魚みたいな目をしたお姉さんとすれ違った時、そのお姉さんが『今日も猪鍋にしまーす♪』とか言ってたんですよ」
「彼女もまた随分と疲れているみたいですね・・・・・というかベルさん、【猛者】が怖くないんですか?」
「・・・・叔父さんを殺した人」
「うっ・・・・やめましょうか、この話題」
「はい」
「ああ、落ち込まないでください・・・よ、よしよーし」
目の前でしゅんっとしてしまう少年を慌てて腕を伸ばして頭を撫でるアミッド。少年の頭には本来あるはずのない垂れた兎の耳まで幻視してしまうほど少年は落ち込んでいた。小声で『いやまあ、仕方ないといえば仕方ないんですけど・・・不殺とか駄目なのかなぁ。駄目なんだろうなぁ筋肉だし』などと呟いている。
「そ、それで?アストレア様は見つけられたのですか!?」
「あ・・・えと、はい。扉を開けたら、浴衣がはだけてほぼ裸の女神様
少年が言うには、少年を巡って2柱の女神は【
「それで、部屋に備え付けられてたお風呂に一緒に入って綺麗にしてあげたんです。アストレア様、バテちゃってたから」
「普通に一緒に入っているんですね。いえまあ他派閥の事情など私の知ったことではありませんが」
「アミッドさんも入ればいいじゃないですか、ディアンケヒト様と」
「は?」
「いやだからディアンケヒ・・・・」
「は?」
「あの、なんかごめんなさい。・・・・えと、フレイヤ様にも一緒に入りましょって言われたんですけど、外で腕組んで待ってるオッタルさんに『フレイヤ様が一緒に入ろうって言ってますよ』って言ってあげました」
「あなた鬼ですか」
「ヒューマンです」
「うーん」
「それで・・・えと、昨日帰ってきて流石に移動で疲れたから
「なるほど」
アミッドが聞いたところでは、何やら
「
「それは・・・よかったですね」
「じゃあ僕、そろそろ帰りますね」
「ええ・・・。お土産、ありがとうございました」
「?」
「【生命の泉】の水のことですよ」
「ああ・・・ほら、えっと、『僕とアミッドさんの仲』じゃないですか」
「別に特別なことはしてないと思いますが」
「でも、治療院の人たちが『団長が男の子と添い寝で昼寝なんて今まで見たことない』って言ってましたよ?」
「・・・・・・お帰りください、またのお越しを」
「アッハイ」
■ ■ ■
「ただいまぁ・・・・・・あ?」
治療院から戻った少年は、まだ疲れが残っているのか大きな欠伸をして瞼を擦りながら
「ん? どうした、ベル?来ないのか?」
「そうじゃなくて・・・あれ、あれっ?」
エルフが1,2・・・3人
「エルフが増えてる」
「何故でしょう、増えては困るのでしょうか?」
「そ、そうじゃなくて」
「昨日、説明したはずだが?」
「輝夜お姉様、ベル様は昨日、アリーゼ様と入浴後すぐに眠ってしまわれましたよ?」
「・・・・そういえばそうか。おい、そこのエルフ、自己紹介くらいしたらどうでございましょう?」
「・・・・・」
自己紹介を促されたエルフは立ち上がり、少年へと向き直る。
少年より長い結わえられた白い長髪。瞳は深い紫紺で、年はベルより2つ3つ上か。
身に着けている
「アウラ。・・・・アウラ・モーリエルです。Lv.2で二つ名は【
「・・・・・」
「・・・・・何か」
「えと、所属は?二つ名があるなら、所属ファミリアだってありますよね?」
「・・・【ディオニュソス・ファミリア】・・・のはずです」
「『はず』?」
「ベル、そこのエルフの恩恵は現在、神ディオニュソスのものではない。別の神の眷族だ。」
「??」
その輝夜の補足に、アウラは自身の下唇を噛み、戦闘衣のスカートをぎゅっと握り締めた。
「昨日、帰って来たばかりで申し訳がなかったが・・・というか、私も休みたかったのに付き合わされたのだが・・・そこのエルフの恩恵を確認したところペニアという女神のものが浮かんだのだ。しかし当の本人には
「えっと、つまり?」
「今、目の前にいるエルフは―――」
「【
次くらいでローグタウン行けたらいいなー