暖かな温もりと、柔らかな感触、心地よい香りが鼻腔をくすぐり1匹の兎は目を覚ました。
「ん・・・・?動けない・・・」
両手両足はどういう訳か動かず、顔は何か柔らかいものに包まれているような感覚。背中にも何か柔らかいものが当たっているような感触に、腕がお腹に回されている。
瞼をゆっくりと開けてみれば、目の前には姉――アリーゼがいて、つまり、アリーゼに抱き枕の様にされて眠っていて腕は背に。足は少年の足に絡めるようにして。胸を顔に押し付けるように眠らされていたのだろうと理解。
( 全く恥ずかしくないわけじゃないんだよ・・・・? でも良い匂い・・・女の人はみんな良い匂いがするのかな・・・? )
もぞもぞと動いて何とか抜け出そうとしても、今日は何故か抜け出せず、ただただ姉の胸に頬擦りしているような形になってしまう。シャツ越しのブラと胸の感触を感じ取って、無駄な抵抗だと思ったのか少年はそのまま姉の胸に顔を当てた状態のまま姉の顔を見ようと視線を上に上げる。
「んっ・・・ぁっ・・・だめよベル・・・そんなっ・・・」
胸を何度か触るような形になってしまったせいか何やら変な声を出していて、その声に思わず顔を赤くする。視線だけでアリーゼの顔を見てみると、艶のある唇が目に入り、次に綺麗な顔して眠って吐息をつく美女の顔がそこにはあり何故か少年の心拍数は跳ね上がった。
「!?」
( い、いつも見慣れてるはずなのに・・・・やっぱりアリーゼさんは綺麗・・・いや、でも、そもそも、どうして )
どうしてこんなにも唇が気になってしまうのだろうか・・・?
唇が気になる、触りたい。
そして今度は、顔が触れてしまっている豊かな胸。呼吸とともにそれは上下し顔に伝わってくる。
トクントクン、と鼓動が聞こえてくる。
『・・・け、ベル』
・・・・ん?
『行け、ベル』
・・・んん?
突如頭の奥から響いてきた、懐かしい声。
聞き間違える筈もない・・・今はどこで何をしているのかわからない祖父の声が、何故か今この時、頭へ直接響いてきている。
『行くのだ、ベルよ、寝込みを襲えぇーい』
( 返り討ちにされちゃうよ!? )
艶のある唇が徐々に近づいてくる。
体は未だ抱き枕として拘束されてしまっているため、思うようには動かない。
寝込みを襲おうが、この目の前で眠っている姉はそれこそ『ベルから来た!』と喜んでむしろ、襲い返してくるであろうことも少年は容易に想像できてしまっている。
この感情というか、謎の衝動を少年は知らない。
なんだこれは、なんなのだこれは。いったいどうすればよいというのだ!?
『接吻じゃー!』
・・・ごくりっ。いつも寝てるときに悪戯してきたりするんだし、いいよね?
『―――待て、ベル』
と、そこに。
少年の邪な行動を咎めるように、頭の中で義母の声が響き渡った。
『寝込みの娘を襲うなぞ、そんな真似を私が許すと思っているのか? 私はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ』
はっ、と少年の心と体が揺れる。
まるでナニカに操られていた心身が正気を取り戻したかのようだった。
( そ、そうだよ、いくらいつもアリーゼさん達の方から悪戯してくるからって、僕がしていい道理は・・・! )
『嫁の作法を教えてもいない小娘と口付けなどと・・・まったく』
(でもお義母さん、どこにもいないじゃん・・・)
その少年の一言に、義母はぴくりっと身じろぎし申し訳なさそうに俯く。
嫁の作法云々はよくわからないが、少年は大人しくアリーゼに体を預けるように力を抜こうとする。
しかし、
『さぁ今すぐ離れろ、良い子だから――』
『ここから先はぁ、男の意地よぉ~! 男には譲れぬ聖戦があるのよぉぉ!』
『――む。』
『ワシの孫のハーレムライフを邪魔してぬぁるものくぁぁぁぁ!!』
『―――【
『ぐっほぁあああああ!?』
――祖父が負けた。
祖父を圧倒的な力で吹き飛ばした義母は、ハーレム云々については少年に何も言うこともなくどこまでも申し訳なさそうに目線を合わせてはくれず
「ひっく・・・・ひっぐ・・・・お義母・・・さん・・・っ」
その居た堪れない義母の姿に、少年は姉の胸に顔を埋めて泣いてしまっていた。
胸にすすり泣く感触が伝わったのか、姉は『んぅ・・・?』と声を漏らして少年が泣いている事に気がつくとそっと背中に回した手で、スリスリと摩ったりトントンと軽く叩いてあやす。
「―――どうしたの、ベル?」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・良い子じゃなくてごめんなさい・・・っ」
「ベルは良い子よ? ほら、泣かないで。」
何か良くない夢でも見たのだろうか?とアリーゼは心配して、少年の瞼からこぼれる涙を指で掬う。けれど少年の口からでるのは謝罪の言葉ばかりでアリーゼは溜息をついて少年の顔を胸に押し付けた。押し付けて、胸の鼓動を聞かせた。
トクン、トクン。
「大丈夫よベル・・・・大丈夫だから」
トクン、トクン。
「ぐすっ・・・・」
「何を見たの?」
「お義母さん・・・目を合わせてくれない・・・僕を見てくれない・・・」
「私達がちゃんと貴方を見てるわ・・・だから、大丈夫よ」
「・・・どこにも、行かないで」
ようやく落ち着いてきたのか、もぞもぞと胸から瞳を覗かせる少年に姉は微笑んで頭を撫で額に唇を落とした。
「えっ・・・?」
「いやだった?なんか、さっき唇あたりに視線を感じたんだけど?」
「うっ・・・バレてた・・・」
「ベルもそういうお年頃なのかしら?女所帯で暮らしてても、やっぱり溜まる物は溜まったりするのかしら?それとも女の子を意識するようになってきたってことなのかしら?」
「よく、わからない・・・」
「まぁいいわ、それよりベルの背後の女の子にも気付いてあげて頂戴」
「え?」
( そういえばお腹に腕が回されてるし、背中に何か柔らかいのが当たっていたような・・・? )
少年はグギギ・・・と首をまわし、背後へと視線を向けると何ともいえなさそうな顔でこちらを見つめる聖女様がいた。
「い、痛い・・・」
「Lv.2の力が痛いはずがないでしょう」
「痛いですよ・・・あと、何でアミッドさんまで僕に抱きついてるんですか?もしかして、足まで絡めてたのアリーゼさんだけじゃなかったんですか?」
「貴方が私のベッドで眠ったせいで3人で寝るはめになったんです。これくらい我慢なさい」
「僕別に、嫌とは言ってないんですけど」
「・・・・・・」
「ベル、良かったわね。美女2人に抱き枕にされて。こんなの大金つんだって体験できないわ!」
「う、うーん?」
「ベルさん」
「?」
未だ抱きしめている腕を放すことなく聖女は抱きついたまま少年に真剣な眼差しを送り、口を開く。
「貴方の方こそ、勝手にどこか遠くへ行ってしまわぬように」
「?」
「アミッドちゃん、現地妻ってやつ?」
「何を仰っているのかわかりませんが?」
「あらやだ照れちゃって。眠ってるベルの頭を撫でたり髪の毛くるくるしてたの私、知ってるのよ?」
「っ!!」
「よくわからないですけど・・・おはようございます」
「ええ、はい。おはようございますベルさん。」
挨拶を終えると、聖女はするっと腕を放し少年から離れて体を起こす。
背中の感触も同じように離れてしまって少年は少し寂しい気持ちが出てしまったが、その気持ちもイマイチ何なのかよくわからなかった。
(アストレア様が起きた時にいなかったりするのと同じ・・・?ううん、よくわからないや)
少年に背中を向けて髪を梳く聖女の後姿をぼんやりと眺めながら少年は未だに抱きしめて離さない姉に寄りかかる。
「ベルもそろそろ起きて仕度しましょっか。ほら、髪、やってあげる」
「ん」
そう言われて少年もようやく体を起こし、聖女の隣に座りアリーゼによって髪を梳かれていく。白銀の長髪に処女雪のような白の長髪。後姿は姉妹にも姉弟にも見えてアリーゼは少し面白くはなかったが『これはこれでアリ』という気持ちもあったので特段口を開くことなく、手を動かした。とくに髪型をセットするわけでもなく、まっすぐ下ろしただけだが。
「ベルさん、魔法の登録は可能ですか?」
「え?・・・1つだけなら可能ですけど」
「では、今のうちに私の魔法を登録しておきましょう」
「えっ、どうしてですか?」
「階層主討伐に
「なるほど・・・じゃあ、えっとお願いします?」
「ええ。まずは唱えればいいのでしたよね?」
「はい」
なにやら都市最高の
「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。
「【天秤よ】――。できました」
「では、ゴライアス討伐の際、怪我人が出た時は手分けして行いましょう」
「アミッドさんの手伝いをしていればいいですか?」
「はい。ですが、リヴィラの方に助力を頼まれれば戦っていただいて構いません」
「・・・わかりました」
「アンタたち、所謂『友達以上恋人未満』みたいな関係なのね」
「「えっ」」
寝起きのやりとりを聞かれてしまっているなど露知らず、少年は後ほど極東少女に『ベル殿ベル殿、天然ジゴロだけは駄目ですよ?』と言われたり、益荒男には『背中には気をつけろよ』と言われたりして気まずくなってしまった。
■ ■ ■
「リヴィラの冒険者に【タケミカヅチ・ファミリア】に・・・【ガネーシャ・ファミリア】。僕達っているのかな?」
「あら、何事も経験よベル。【タケミカヅチ・ファミリア】の子たちだって『ファミリアだけで討伐』はまだ難しいみたいだけど、だからって何もしないわけじゃないわ。こうやって経験をつむのよ」
「アスフィさんは何階層まで行ったんですか?」
「
「ベルさんは確か、27でしたか?」
「はい、アイズさんとレフィーヤさんとで」
「ああ、
「はうっ」
17階層へぞくぞくと集まりだす冒険者とは他所に、集団で固まる少年達。
『
「あ、あの!『リヴィラ総出』って言ってましたけど、作戦とかあるんですか?」
その空気に、お仕置きに耐え切れず少年は強引にも話題を切り替える。
『リヴィラ総出』とは言うが、どう戦うのだろう?と。
アリーゼはその何気ない質問に、フッと鼻で笑い肩を竦め首を横に振り
「ないわ、そんなの」
「え」
「全員が思い思いに攻撃する。それが、ローグタウンの・・・ならず者たちの戦い方ですよ」
「えっ」
「魔導士たち後衛と、前衛の区別くらいはあるでしょうが・・・基本、ここにいる冒険者達は『生き残ること』が優先です。」
「まあ死んだら何もかも終わりだからねぇ」
「確実にできることだけやり、後は逃げる。統制のとれない連中なら、その方が生存確率は高い。」
「シャクティさん?」
「もし討伐失敗しても有力【ファミリア】や、最悪ギルドが強制任務を出して討伐する・・・その程度の認識だ。」
後からやってきたシャクティも集団に混じり、少年への説明に補足を入れる。
「階層主を早く倒さないと困るけど、直接命に関わる問題でもない。だから適当に無責任でも問題ない!!そういう感じね!いい、ベル?」
「?」
「ダンジョンでは何が起こるかわからない。だから、どうしようもないときは『生き残ること』を優先しなさい。」
「生き残る・・・?」
「そ。誰かを助けるのもいいけど、助けてもその人は貴方のことを身代わりにして自分だけ助かろうとするかもしれないでしょう?だから、問題が起きてしまったときは自分が生き残ることを優先しなさい」
「・・・・・う、うん」
「何度だって言うけど、大事なのは『死なないこと』よ。おっけー?」
「お、おっけー」
「うん!よろしい!」
「ともあれ、今回の討伐でも死傷者を出す気はありません。」
「アミッドさんは使命感がすごいですね?」
「まあこれだけ手練が揃っていれば、問題ないでしょう。第一、ベル・クラネルに魔法を使ってもらえばいいのですし」
「ああ、それ禁止ね。そんなの使ってたら毎回この子、引っ張り出されるじゃない。だから、駄目」
「まあベルさんのは治癒はおまけで、『防壁』をつくるようなものですからね・・・それで経験値を稼げるんですから、確かにこういう場では使わないほうが良いでしょう」
「その経験値も通常よりは下がるけどね、当然だけど。」
次第に、ゴゴゴォ・・・と音を立て、壁を破り周囲に岩を転がして階層主ゴライアスが生まれ始めた。
「来るぞぉっっ!出てきたら速攻で叩き潰せぇっ!【
「え、えぇぇっ!?」
『ォオオオオオオオオオオオオオッ!!』
過剰戦力を持ってして、ゴライアスの討伐・・・否、蹂躙が始まるのであった。
正史だとモルドさんが『ならず者』の流儀というか、『生き残ること』を教えてますがここではアリーゼさん。普段とは違う団長らしく格好いいその姿にベル君は目を輝かせてます。
【