兎は星乙女と共に   作:二ベル

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妖精輪舞曲
街娘vs白兎


「むぅー・・・・」

「―――あ、あの、シルさん?」

「はいっ、なんでしょうか、ベルさんっ!」

「こ、怖いです・・・」

 

 

黒いゴライアスの一件から5日ほどたった頃、少年は『豊穣の女主人』で待ち合わせをしていた。

待ち合わせの相手は狐人の少女。

買出しに出るとのことで特にすることもなく同行する事になり、その次いでとばかりに専属鍛冶師のもとに『ゴライアスの硬皮』を持っていき自分の用事が終わったために現在は通りかかった際に捕まってしまったが故に酒場にて薄鈍色の少女に詰め寄られていた。

 

 

「どうしてベルさんはぁ~お店に来てくれないんですかぁ~」

 

ニコニコとしているが、とても笑っている様には見えず少年は『これが所謂暗黒微笑なるものなのか』と内心思っていた。彼女はニコニコしながら、か細い指で少年の頬をつついたり、つつーっと胸元をなぞったりとしていて決して逃がさないという意思でもあるのか椅子をくっつけて密着までしてきていた。

 

 

「だ、だって・・・アリーゼさんが『シルさんは怖い子だから、ベルなんてペロッと食べられて搾りカスにされちゃうから1人で行っちゃだめよ』って。」

 

その一言で、少女は一瞬、真顔になり改めて微笑みを浮かべて顔を近づけてくる。

鼻と鼻がくっつきそうなほどに。

業務中の他の店員達は揃って

 

『うわっ、やっべ』

『あちゃー冒険者君、終わったねぇ』

『おおっ修羅場にゃ』

 

などと言っては面白そうにニヤニヤしていた。

すぐに拳骨が落とされていたが。

 

 

「私・・・そんなに怖いですか?」

 

瞼に涙を浮かべウルウルとさせて見つめてくる彼女に少年は『うっ・・』と罪悪感に胸を締め付けられる。けれど少年は知らない。これこそが薄鈍色髪の少女――シル・フローヴァの魔性なのだ。

 

「うっ・・・そ、それに・・・ええっと、ほら、僕のファミリア、別に外食するほどでもないですし」

 

「ミア母さーん、パスタお願いしまーす!」

 

「シルさん!?」

 

「あいよ」 

 

ドン!!と巨大な皿と共に机に置かれたパスタに少年は震え上がった。

 

 

(ひ、1人で食べれる量じゃないよ・・・リューさん助けて!! )

 

貴方の友達でしょう!?何とかしてくださいよぉ!!と心の中で叫びあがるが、しかし悲しいかな。彼女は現在、黒いゴライアスの一件で武器防具を溶かしてしまったアリーゼの金策のために共にダンジョンに潜ってしまっているため2,3日は留守にしているのだ。

 

 

「せっかく知り合いになったのに・・・仲良くできないなんて悲しいです・・・しくしく・・・」

「うぅぅ・・・た、たまに来ますから、そんな顔しないでくださぁい!」

 

 

これが、【ロキ・ファミリア】のツンデレ狼だったのならば

 

『フン、俺は雑魚には用はねえ!弱い女が俺に近づいてくるんじゃねぇ!!』

 

と言っているのかもしれないが、少年にそこまで言えるだけの度胸はない。というか、言ったら何されるかわからなかった。

 

「はい、あーん!」

「あ、あーん」

「じゃあ、次はベルさんの番ですね!」

「え?」

「してくれないんですか?リューから聞きましたよ?ファミリアのお姉さん達と毎日食べさせあいをしてるって」

「毎日じゃないですよ!!」

「へぇ、つまりしてはいるんですね」

「くっ・・・だって、仕方ないじゃないですか」

「何がですか?」

「―――『姉の言うことは絶対』なんですよ」

「へぇ~・・・それって私も含まれますよね?」

「え?」

「だって私、ベルさんより年上ですし」

「・・・・・!」

 

 

少年はまんまと少女に言いくるめられていた。

恐るべしシル・フローヴァ。

猛スピードで少年との謎に遠い距離感をつめにきていた。

少年は少女からフォークを受け取り、くるくるとパスタを巻いてその小さな口に運んでいく。

 

 

「あ・・・あーん」

「ふふっ・・・あーんっ。ん~美味しい!」

「うぅぅ・・・春姫さん早く来てぇ」

「ベルさん、口にソースがついてますよ」

「むぐぅ・・・」

 

口周りの汚れを拭き取られ、春姫が来るまでの間、少年は少女との食べさせあいを続行させられた。逃げたいが、カウンターから『食い逃げしたらタダじゃ済まさないよ』とでも言いたげな圧を感じるし、店員の1人からは

 

『ごめんね冒険者君。ほら、から揚げ、サービスしてあげるから。男の子はから揚げ好きだよね』

 

などと言われて何故かテーブルに追加で料理を置かれる始末!!

少年は改めて学んだ。

 

 

( 豊穣の女主人は、ただの酒場じゃない・・・!! )

 

少年は諦め、くるくるくるくるくるくるとパスタを巻いてはシルの口に押し付けて行った。

 

「シルさん!あーん!」

「あ、あー・・・って入らないですよこんなに大きいの!?」

「シルさん女の子でしょ、はいりますって!ほぐせばいいんです!」

「ベルさん!?」

「ほらっ!シルさんが頼んだんだから!!」

「ま、待って、待ってベルさん!意地悪したの謝ります!謝らせてください!こ、壊れちゃう、壊れちゃうからぁっ!?」

 

小さな口に無理やり入れられていくパスタ。

少女の瞼からは涙が浮かび、けれど少年もまた涙を浮かべて反撃を続行。

 

『ねぇ、あの2人の会話、ちょっとやらしくない?』

『こ、こわれりゅぅぅぅぅぅ・・・ぷふっやべーにゃっwww』

『シルがあんな、ぶっといの咥えこんでるにゃ・・・ぱねぇ・・・シルさんマジぱねぇ・・・』

 

シルを助けてくれる味方もこの日は何故かいなかった。

シルは心の中で少年の姉であり友人のエルフを思い浮かべて必死に助けを求めた。

 

( リュー助けて!! このままじゃベルさんに壊されちゃうっ!! 美味しくいただく前に、美味しくいただいて貰う前に、壊されちゃうよぉ!! )

 

しかし残念なことに彼女は今、ファミリアの団長の金策のためにダンジョン探索に同行しているために留守のため助けてもらうことなど叶わない。もしこの場にいたのならば、彼女の口にぶち込むんでいるところなのだがどうやら今日はそういうわけにはいかないらしい。シルは知らず知らずのうちに少年のキャパを踏み越え、若干泣かせて、まんまと返り討ちにあっていた。

 

 

「ほらシルさん、から揚げ!」

「むぐっ!?」

「いっぱい食べて大きくなりましょうね!」

「そ、それベルさ・・・むごぉっ!?」

「はい、お水!」

「んぐっ、んごっ、んごっ・・・ぷはぁ・・・あ、あの、ベルさん、もう許してください・・・お願いします!私の負けですからぁ!?これ以上は太っちゃいますぅ!?」

「大丈夫です、シルさん綺麗ですから!」

「へっ!?」

「食べた分もきっと、どこかに吸収されちゃうんです!アリーゼさんが言ってましたよ!」

 

シルは、『うぷっ』となりながらフォークを握る少年の手をなんとか握り締め、必死に訴えかけた。『綺麗です!』と褒められた気がするが、今の彼女にそれに対してお礼を言ってやれるほどの余裕などなかった。

 

街娘(シル)敗北の瞬間である。

 

 

「も、もう・・・意地悪しないですか・・・?」

「は、はいっ・・・ぜぇ、ぜぇ・・・ベルさんに会えなくてつい、やりすぎちゃいまし・・・うぷっ・・・ごめんなさい」

「ア、アリーゼさんかリューさんと一緒に・・・たまに来ますから・・・」

「わ、わかりました・・・それで手を打ちましょう・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・その、ベルさん・・・えと・・と、友達から始めませんか?その、こういうのは・・・」

「そ、そうです・・・ね・・・」

「じゃ、じゃぁ・・・仲直りの握手、しましょう?」

 

口を押さえながらシルはぷるぷると手を差し出すと少年もおずおずと手を出して、握手。お互い口周りが汚いということも忘れ、なんなら同じフォークで食べさせあい同じコップまで使って・・・関節キスまでしているというというのに、そんなことは思考から完全にシャットアウトされている。どういうわけか2人は、やりきった顔になっていた。

 

そして―――

 

 

「げ、限界・・・」

「む、むりぃ・・」

 

 

バタン。と2人して見詰め合うようにしてテーブルに突っ伏して気絶し数分後にやってきた春姫はその『見てはいけないもの』を見てしまったかのような悲鳴を上げた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「うぎぃ・・・」

「だ、大丈夫でございますかベル様・・・」

「横になりたいですぅ・・・」

「ビックリしました・・・酒場に入ったら気絶されているものですから」

「こ、こわれりゅぅ・・・」

 

買物後、荷物持ちをしてくれるはずの少年はグロッキー状態で何とか歩いており、春姫が何も荷物を持っていなかったならば背負って帰るのだがそれも叶わずなんともいえない顔で横を歩く少年を見つめていた。

 

 

「シル様・・・でしたか、あのお方はあの後お仕事できるのでしょうか」

「さ、さぁ・・・お腹さすってあげたら、ちょっと膨らんでました」

「それは言わないほうがよろしいかと・・・」

「『元気な子ですね、シルさん!!』って言ってあげたら、悔しそうにしてました!僕、初めて女の子に勝てた気がします!」

「次回、やり返される未来しか見えないのでございますが・・・」

「次も僕が勝ちます!きっと!」

「うぅーん・・・で、ですが、その、女性の口に・・・無理やり突っ込むのはやはり良くないのでは?いえ、私はベル様であれば・・・」

「最初に突っ込んできたのはシルさんですよ?それに春姫さん、僕が前に退院して帰って来たときに自分だけ満足して気絶してたじゃないですか」

「はうっ」

 

 

春姫に対して何かこう、むっとしてしまい、お仕置きとばかりに尻尾を掴む。彼女の両手は荷物で塞がっているため手を繋ぐ代わりに尻尾を掴む事にしたのだ。春姫はどことなく、嬉しそうだった。

 

『おい、デメテル。顔色が悪いぞ、大丈夫か?』

 

「ん?この声は――」

「確か、タケミカヅチ様だったかと・・・ええっと、ほら、あちらでございます」

 

2人で歩いてしょうもない会話をしていると、ふと近くから知り合いの神の声が聞こえ、どこなのかと視線を巡らせていると噴水のある広場――その噴水の前で、武神タケミカヅチと女神デメテルがなにやら会話をしていた。

 

『・・・あら、体調が悪かったのかしら。気がつかなかったわ』

『何を陽気なことを言っている。ほら、顔を貸せ』

 

「春姫さん、あれが、『なんぱ』ってやつでしょうか?」

「さ、さぁ・・・よくわかりませんが、違うのではないでしょうか?」

 

 

2人で2柱(ふたり)を観察していると、タケミカヅチはデメテルに近づいて自分の額をくっつけて体温を確認していた。春姫は『はわわっ!?』と驚き、少年は『僕が調子悪い時、アリーゼさん達がよくしてくれるやつだ』と普通に眺めていた。

 

『熱は・・・ないな』

『あ、あらあらっ・・・駄目よ、タケミカヅチ?こんなこと誰彼構わずやっては。』

 

少年の中の、『おっとり系とんでもねぇでけぇもんを持った女神様』ことデメテルは驚いた顔をして、タケミカヅチに注意するも、タケミカヅチはなんのこっちゃという反応。

 

『馬鹿、お前だからやっているんだ』

『えっ・・・』

 

 

「は、はわわわわ!? タ、タケミカヅチ様とデメテル様はそういうご関係・・・!?」

「?」

 

『飢えていたところに野菜を恵んでもらった恩を俺は忘れないぞ。』

 

少年はタケミカヅチの言動から『つまり、恩人にはそういうことをしても良い』のだと判断。帰ったらさっそくやってみようと決意した。

 

『・・・もうっ、貴方とミアハは女の子に声をかけちゃ駄目っ。』

 

「春姫さん、そろそろ行きませんか?僕、やっぱり横になりたくって・・・」

「あ、そ、そうでございましたね!? 胃薬・・・あったでしょうか・・・」

「大丈夫ですよ、横になっていれば」

「ね、念のためでございます!」

 

2人はそうして、2柱(ふたり)の観察を終え、本拠に向かって歩き出した。

その背後で、タケミカヅチが複数の女性に声をかけられ天然ジゴロっぷりを披露して命に吹っ飛ばされるのだが、それは2人の知らぬことである。

 

そう、2人は盛大な勘違いをしていたのだ。

 

 

( タケミカヅチ様は・・・デメテル様と・・・。命ちゃん、敵が強敵すぎるよぉ・・・)

( アストレア様達にああやってあげれば、喜んでもらえる・・・! )

 

なお、帰宅後リビングで寛いでいたアストレアに『ただいま』を伝えた後に、少年の顔色が食べすぎのせいで悪くなっているのに気がついたアストレアに先に額に額をくっつけて、タケミカヅチがしたことをされてしまい、少年は女神に膝枕をされながら、『僕がやろうと思ってたのに』と悔しさ全開の顔で女神の顔を見つめるのだった。

 

■ ■ ■

 

「・・・・この冒険者依頼(クエスト)は・・・」

 

「同胞よ、どいてくれ。その冒険者依頼(クエスト)が見たい。」

 

「あ、すみません・・・!」

 

『やはり、これか・・・?』

『ああ、これが噂の・・・』

『他の同胞達より早く、申請しよう』

 

 

その日、ギルドではある種族が掲示板の前で張り付くように冒険者依頼(クエスト)を眺めては賑わっていた。それを不思議そうに見つめているのは、山吹族の妖精だ。

 

「レフィーヤ、何をしている?」

「あ、フィルヴィスさん!この冒険者依頼(クエスト)を見てください!」

「これは・・・エルフの言語?共通語ではなく、同胞の文字で依頼が綴られている?」

 

不思議そうな顔をしてレフィーヤのもとにやってきたフィルヴィスに、レフィーヤは賑わいの原因である冒険者依頼(クエスト)を見せる。使われている妖精文字は、レフィーヤ曰く『古代のエルフ文字』で、今まで掲示板で見たことがないというものだった。

 

「・・・つまり、エルフ宛ての依頼、ということか。『聖樹の逸話を語らんとする者、求む』・・・?」

依頼人(クライアント)の名前も記載されていないみたいで。しかも報酬の欄に書いてあるのが・・・」

「『得られるものはエルフとしての矜持のみ』・・・何だ、これは。」

 

逸話やら、矜持のみが得られるだとか、冒険者依頼(クエスト)としてのていが成立していないその冒険者依頼(クエスト)に2人は首を傾げる。

 

「聖樹の逸話と言えば・・・」

「「『欲張り少女と大聖樹』」」

 

のことか、と2人は口をそろえる。

それは、精霊の住まう郷に立つ大聖樹とエルフの少女の話でレフィーヤは子供の頃に読んだことがあるという。

 

「私も似たようなものだが・・・ともあれ、こんな冒険者依頼(クエスト)を受けるのは相当な物好きか、暇人くらいだろう。」

「うーん・・・でも・・・」

「気になるのか?」

「はいぃ・・・」

 

 

そこに偶然、ギルド長が通りかかりレフィーヤは依頼書について聞くも彼は

 

「・・・む?この冒険者依頼(クエスト)を受ける気か?ふんっ、止めておけ。お前らの様な尻の青い小娘に務まるものではない。」

 

と見下し、フィルヴィスは俄然やる気になってしまい少女2人は冒険者依頼(クエスト)を受注することにしたのだが・・・

 

 

 

 

「何故・・・貴方がいるんですか?」

 

 

そこにいたのは、リヴェリアと向き合って本を読んでいる処女雪のような白髪の少年だった。


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