「何故・・・貴方がいるんですか?」
そこにいたのは、翡翠色髪の女性と向き合って本を読んでいる処女雪のような白髪の少年。酒場は人払いがされているのか、喧騒がなくどこか『隠れ家』的な空気を漂わせている。少年は何故か眼鏡をつけており、不思議そうな顔で酒場に入ってきた2人の少女に視線を向けていた。
「何故って・・・?」
「ん?レフィーヤ?・・・ああ、やれやれ、またロイマンの被害者が増えたか。」
「立て札いりますか?」
「いや、いらん。」
「リ、リヴェリア様ぁぁぁ!?」
「た、立て札とは・・・?」
「『被害者の会』って書いた立て札をここに来た冒険者達の首にかけて帰ってもらってたんです。」
「何の嫌がらせですか!?」
「みんな喜んでましたよ?『おお、リヴェリア様にしてもらえるなんて!』とか『いっそ踏んでください!ゴミを見るような目で!!』とか『ああ、なんて恐れ多い・・・!』とか言ってスキップして帰ってました」
「う、うわぁ・・・・」
だいたいこの酒場に来たのは、自分達が先ほど達成させた
「ところで貴方、眼鏡はどうしたんですか?」
「これですか? えっと、ここに来る途中にリヴェリアさんと本屋に寄ってて、面白そうなのを見つけたので買ったらリヴェリアさんがくれたんです。度無しですよ」
「何事も形が大事だからな」
「さすがリヴェリア様・・・」
リヴェリアもまた眼鏡をつけて読書をしていたのか、レフィーヤ達がやってきたことで眼鏡を外し、本を仕舞ってしまうが少年の方は存外に気に入っているのか、眼鏡をクイクイっと動かしていた。
「―――こほん。それより、その様子だと随分とロイマンに振り回されたようだな。」
「ま、待ってください!どうしてリヴェリア様が!?・・・ってフィルヴィスさんも待ってください!何逃げようとしているんです!」
「放せっ、放せぇー!この汚れた体をリヴェリア様の前に晒すわけにはー!!」
「落ち着いてください。まず、リヴェリア様から説明があります。」
「あ、リューさん。お帰りなさい」
「ただいま、ベル。リヴェリア様に失礼なことはしていませんね?」
「してないですよ?」
「その・・・似合ってますが、クイクイってするのをやめなさい」
「【眼鏡っ、キラーン】ッ!!」
「・・・・誰に教えられた?」
「えっ」
「誰に、教えられた?」
「えと・・・ラウルさん・・・」
「あいつは何をやっているのだ・・・」
「今日も歓楽街に行ってくるって言ってましたよ」
「ふむ、後日、雑務を倍にしてやろう」
王族妖精の存在から逃げようとするフィルヴィスに、リューに眼鏡を自慢する少年、そして余計なことを教えたがために後日涙を流しながら机に張り付かされる事が決定したラウル・・・カオスが生まれてしまっていた。
「えと・・・貴方は確か、【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンさん?」
「ええ、【
「お前達と同じく、
「何故かベルがいて驚きました・・・貴方はいつからエルフになったのですか?」
「?」
リューもまた、武装した格好ではあるがレフィーヤ達と同じく
「さて、本題に入ろう。といっても、わざわざ来てもらって悪い話ではあるが・・・」
「ごくり。」
「まず
「えっ・・・?」
「あの依頼はロイマンが勝手に出したものでな。私が『精霊郷』に行くと知って。」
「・・・『精霊郷』?御伽噺の舞台になった、あの!?あれは創作の筈では・・・!」
「『精霊郷』は実在する。私はそこへ、私用で向かう予定だったのだが・・・あの男が、第一級冒険者ひとりでオラリオの外に出るのに難色を示してな・・」
「あ・・・つまり、お付のエルフを?」
「それもある。が、一番は外聞のためだ。『この時期』の精霊郷は、地位の高い部族のエルフが多く訪れる。」
「なるほど。王族をひとりで旅に出したとなれば都市は礼節を疑われ、従者を雇う金もない・・・そう軽んじられると。」
「まぁ、一番は迷宮都市の権威云々、といったところだろう。いかにオラリオが優れているか喧伝するのに余念がないからな、あの男は。今回の冒険者依頼も、同胞達の目に適う教養者を選ぶ試験に過ぎん。」
そんなこんなでロイマンの暴走によって今回の
「精霊郷の存在も、私が赴くことも内密に頼む。巻き込んで悪かったな。」
「ま、待ってください!で、では、この子は何故、ここにいるんですか!?まさか、古代エルフ文字が読めちゃって
「お前はこの子の説明を聞いていたのか?」
「へ?」
「『ここに来る途中にリヴェリアさんと本屋に寄ってて・・・』。つまり、この酒場にはそもそも一緒に入ったということだ。」
「「!」」
「私1人で行くつもりだったが、ロイマンやアリシアたちのことだ・・・『1人では道中危険です』などと言われかねん。そこで、この子だ。」
「―――! なるほど、そういうことですか」
「ようやく理解したか、リオン」
「へ? どういうことですか?」
「【
「・・・・あ」
思い出したのは、少年の『モンスターに狙われにくい』という特性。
そのスキルの名は、【
そう、つまりは
「『魔除け』扱いをしているようで可哀想だが・・・まぁ、この子がいれば地上のモンスターに襲われる、戦闘を行うことはまずないだろう。それに、この子は『超短文』で強力な魔法もある。故に、この子に直接護衛を依頼したというわけだ」
【ロキ・ファミリア】を出る前にリヴェリアはどうしたものかと悩んでいると、部屋にいたアイズに『ベルに頼んじゃ駄目なの?あの子がいたら、地上のモンスターと戦うこと、ないと思うよ?』と言われベルの存在を思い出しその足で【アストレア・ファミリア】に赴き、主神と団長に相談。承諾を得たというわけだ。
「ああ、つまり私は丁度その時留守にしていてすれ違いになってしまったということですね・・・」
「そういうわけだ。この子の保護者として同じ派閥のエルフ・・・セルティかリオンのどちらかを頼むつもりだったがどちらも留守だったのでな。」
「なるほど・・・」
「
「も、もちろんです!未熟者ですがよろしくお願いいたします・・・! ベ、ベル?アストレア様達は何と?」
「えと・・・『たまには外の空気を吸ってきなさい』って。」
エルフ3人は、
「ベ、ベル・・・『火の石が流れる、黒い川が映える青い渦に手を伸ばせ、そこに佇む貝が、道を示す』。これ、分かりますか?」
「火の石は星で、黒い川は夜空で・・・青い渦は、噴水のことですよね?そこに、貝があったんですか?あ、でも
「な・・・なぁ・・!?」
レフィーヤとフィルヴィスはあちこち歩き回って謎解きをしたというのに、なんならレフィーヤは噴水の中に飛び込んだというのに目の前の少年はペラペラと答えを言ってしまい少女2人は思わず目を見開き震えてしまう。
「あ、あなた・・・どうして・・・」
「き、君はその・・・知っているのか?『欲張り少女と大聖樹』を」
「・・・知ってますけど」
何を言ってるんですか?とでもいいたげに顔を傾げて、答えてくる少年に少女達はさらに動揺。なぜ『聖樹の逸話』を知っているのか、さらに問い詰めてみるも
「前にリヴェリアさんの部屋に逃げたときに見つけて、でも文字が難しくて読んでもらったんです。」
「何故、当たり前のようにリヴェリア様の部屋にいるんですか!?」
「? アリシアさんだって許可してくれましたよ?」
「というか、他派閥なのに、なんで!?」
「? アイズさんが『戦おう』って連行してくるから・・・」
「う、うぐ・・・・」
「あとリヴェリアさん、お義母さんの知り合いみたいだし・・・」
アイズによって中庭で模擬戦をさせられ、いやになると少年は『福音(最弱)』して逃げ出し階段を駆け上がり、【ロキ・ファミリア】のみんなのママであり、アイズのママであるところのリヴェリアの部屋に『突撃、隣のリヴェリアさん』を敢行していた。
部屋の前にいたアリシアには、もう見慣れた光景となってしまったのか『リヴェリア様?今は業務中ですので騒がないように。』と普通に通され、後からリヴェリアの部屋にやってきたアイズは突如リヴェリアに正座させられ少年と一緒に読み聞かせをさせられていた。
『ご、ごめんリヴェリア。私・・・バイト行かないと』
『ほう・・・お前が、バイトか』
『じゃ、じゃが丸君が私を呼んでる・・・』
そう言って、彼女はだいたいいつも逃げている。
ちなみに、実際にバイトはしていない。じゃが丸君の元に行っている理由は『もうすぐスタンプが埋まってじゃが丸君人形がもらえる』からだ。
そんな自分達が知らないところで起きているドタバタを聞かされ、リューは頭を抱え、フィルヴィスは『剣姫はバトルジャンキーすぎないか?』と言い、レフィーヤは『なんて羨ましい・・・!』と嫉妬した。そして、簡単に謎解きまで解いてしまって、あまりにも悔しかったので
「――わ、私も行きたいです! 冒険者依頼を通して資格が照明されたのなら、連れて行ってください!」
などと言ってしまった。
「何?」
「フィルヴィスさんも、行きますよね!?王族であるお方をどこの兎の骨とも分からない子と旅をさせるなんて、エルフの名折れです!」
「【
「う、兎の骨・・・」
「くっ・・・!わ、わかった!レフィーヤも行くのなら、私も同行しよう!」
声が店の外から聞こえ、3人は辺りを見回すと先ほどまでいたはずのフィルヴィスがおらず少年の顔を見ると『さっき出て行きましたけど』と言う。
「いつの間に・・・」
「汚れた身ではありますが、私ごときで出来ることなら、なんなりとお申し付けくださーーーい!」
「お前達・・・」
「・・・それにリヴェリア様。私、御伽噺の郷があるなら、是非見てみたいです!だから・・・」
「外界への興味、か。私と同じ・・・わかった。」
リヴェリアはレフィーヤの言い分を受け入れ、改めて同行を依頼することになった。
しかし。
となると、あとの問題は――
「ありがたき、幸せーーー!」
「汚れているか何だか知らんが、あの困ったエルフにも、私に慣れてもらわなくては。」
「・・・・」
「ええ、あのままでは旅の同伴など無理でしょう。――? ベル、彼女が気になるのですか?」
「うーん・・・別に?」
「はぁ・・・少し荒療治になるが、矯正してやろう。従者として最低限のことができなければ困る。」
「あ、あはは・・・」
「なんです!? 何の話をしているのですかーーー!?」
「フィルヴィスさんは面倒くさいって話でーす!!」
「がはぁっ!?」
店の外からでも何とか会話に混ざろうとするフィルヴィスに、ベルは『面倒くさい』と一蹴。フィルヴィスはショックとともに膝から崩れ落ちるのだった。リューはそんなベルを見て『輝夜の口が悪いところがうつっている・・・』と内心、心配をした。
「それでその・・・ベル?」
「どうしたんですか、レフィーヤさん?」
「その本は一体なんですか?随分豪華な装丁ですけど・・・」
実は気になってました。と言わんばかりに、少年の手の下にある分厚めな本を指差すレフィーヤに、『あぁ・・・』と言って持ち上げて見せる少年。
「これ、本屋で見つけて・・・装丁が綺麗だったから・・・」
「それ、
「読めないですよ。それにこれ、タイトルだけが
どこか『面白そうな内容だなー』と表紙で気に入って購入したら実は『いや、別にそうでもない』とでもいうような反応の少年にレフィーヤもリューも首を傾げた。そんなに面白くなかったのだろうか?と。
「その・・・タイトルはなんというんです?」
「ええと・・・リヴェリアさん・・・」
「断る」
「お願いします・・・」
「断る」
「じぃー・・・・」
「くっ・・・はぁ、仕方ない。―――いいかお前達、これから私が口にすることを絶対に外に漏らすな。わかったな?」
「え、そんなに・・・ですか?」
「・・・ごくり」
よほどいやだったのだろう。少年に根気強く見つめられたリヴェリアは溜息をついて警告した上で、少年から本を受け取り、深呼吸をしてタイトルを読み上げた。
「『 ザ・美神の躾け方!~これで我侭なあの
「「ながっ!?」」
『キャハッ☆』とでも言いそうな声音を真顔で出したリヴェリアに一同は騒然。そしてその酷いタイトルにも驚いてしまった。
「リヴェリア様が・・・ま、真顔でそのような声を!?」
「あれ、この声どこかで・・・」
「黙れレフィーヤ。鍛錬の内容をキツくされたくなければ、黙れ」
「ひぃっ!?」
「というか、美神についての本なのか、邪神についての本なのかわかりません!?」
「ベ、ベル・・・この本はどのような内容なのですか?」
「えと・・・よくわからないんですけど、『フランクフルトを2本同時に食べさせれば大体大人しくなる』って書いてます。意味が分かりません・・・美の女神様は食いしん坊なんでしょうか・・・」
エルフ達は『あれ、この本・・・成年ものじゃね?この子が読んでいい内容じゃなくね?』と思ったが購入した本人としてはタイトルが読めず『表紙が綺麗だったから買った』のであって、この事から得るべき教訓は『ちゃんと確認をしよう』ということであり今回のミスについては責めることはできなかった。少年が悪いわけではないのだから。
「ベル、これはどこに置いてあったのですか?」
「えと・・・普通の御伽噺のコーナーの本の上に、ぽんって」
「「それ誰かが『やっぱやめた』って元の場所に戻さずに置いていったやつでは!?」」
「あと、これ、シリーズがあるみたいなんですけど・・・酒場に来る途中に復帰したアーディさんに会って『その本、絶版されたから続きでないらしいよ。リストに載ってた・・・なんていうかその、卑猥すぎて無理って苦情が多かったみたい。』って言ってました」
少年は徐々に落ち込んでいき、机に突っ伏してしまう。
よほど『綺麗な表紙で釣られた』ことがショックだったのだろう。おまけに続きがでないときた。
「さ、作者は誰なのでしょうか・・・?」
「『P.N.四天王最弱の眷族』」
「あっ」
「よくアーディに没収されませんでしたね?」
「ええっと・・・『男の子だし興味あるよね・・・でも年齢・・・買えたってことは問題なかったのかな? ううーん買ったばかりのを没収するの可哀想だし・・・うん、ベッドの下にでも隠しておくといいんじゃないかな?』って、なんか優しげな顔で頭を撫でられました。なんでベッドの下なんでしょうか」
「さ、さぁ・・・?」
「コ、コホン。では今日はもう遅い、また明日、門の前で集合としよう。ベル、よろしく頼む」
「はぁい・・・リューさん、帰りましょ」
「え、えぇ・・・そうですね。帰りましょう」
あまりの落ち込みように、まるで母親のような慈愛の顔でリヴェリアに頭を撫でられた少年はリューの手を取って酒場をそそくさと出て行き、『わ、私は面倒くさい・・・面倒くさいエルフ・・・ああ・・・何と言うことだ・・・汚れてさえいなければ・・・』とこちらもこちらで落ち込んでいるエルフをチラッとだけ見て本拠に帰っていった。
帰還後、アリーゼとアストレアに『その本は何?』と興味本位で聞かれた少年は『ああ、はい、どうぞ』と手渡し姉と女神は赤面して動揺。酒場で聞かれたように経緯を話したところ
「え、そもそもあんた、自分の部屋ってないじゃない。アストレア様と一緒なんだし。どこの誰のベッドに隠すつもりよ?というか、もうベッドの下って言った時点でバレてるわよ?」
とアリーゼに言われてしまう。
悔しかったので少年は、アリーゼと風呂に入った後、大急ぎでアリーゼの枕の下に本を隠した。
その晩、アリーゼは少年に躾けられる夢をみて翌朝顔を真っ赤にして少年の隣に座った。
「ベル・・・あんたねぇ・・・!!」
Q.「その本なんなんだよ?」
A.特になんでもないです。
漫画とか本の上に「やっぱやめた」な感じで置かれていること、ありますよね