兎は星乙女と共に   作:二ベル

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恋が成就する実(タプアハ)

「大聖樹に集まる精霊との宴・・・?」

 

「ムッスゥ・・・」

 

「ああ。神秘の森、その最奥にある精霊郷では、三十年に一度、精霊を崇める儀式が行われる。そのため、各地の同胞・・・とりわけ地位の高いエルフが集まる事になっている。」

 

「まさか、御伽噺の儀式まで実在したとは・・・」

 

「ムスッ・・・」

 

「このことは、一部のエルフにしか伝えられていない。精霊と心を通わせたという伝説のある一角獣(ユニコーン)も集まる場所だからな。」

 

 

緑豊かな草原、そこに美女、美少女の5人で構成されたパーティが会話をしながら歩いていた。

1人は翡翠色髪をした美女で、胸から上――つまりは、肩と鎖骨を露出させたヴェールを着込んでおり、高貴さを醸し出している。その少し前をあるくのは山吹色の少女で、彼女もまた普段の戦闘衣(バトルクロス)とは違い、両腕を露出させ丈の短いスカートに胸元を強調するような衣装を着ていて、いつもより機嫌がよさそうだ。後方を歩くのは、金色で長髪の美女に、黒髪赤眼の少女。片方はドレスのような格好というよりは、女性服と男装の間とでもいうような・・・露出の殆どない格好に腰に木刀をかけており、もう片方は完全に露出がなく紫色の上着に白のズボンという衣装。

 

そして最後に――

 

 

「なるほど。郷の位置や儀式の時期が知れれば高値で取引される希少アイテムを狙う無頼の輩も・・・」

 

「そういうことだ。」

 

「それより、リヴェリア様・・・用意してくださったこの着衣、魔力を帯びてるようですが・・・?」

 

「ベル、何をそんなに膨れているのですか?」

 

「だって・・・」

 

「あぁ。その衣装は、穢れを寄せ付けない加護を受けている。これも精霊達のためだな。」

 

 

1人を除いて、目的地である精霊郷についての説明をリヴェリアから聞きうけていて、けれどその1人・・・少女――否、白髪の少年はリヴェリアの背中を押しながら、不機嫌そうにしていた。彼の格好は黒いドレスに耳は尖った所謂エルフの耳をつけていた。

 

そう、女装をさせられていたのだ。

 

 

「ふふ、少年・・・私は後ろから押してもらわねば歩けないほど年寄りではないぞ?」

 

「でも・・・でもぉ・・・別に、この格好じゃなくていいじゃないですかぁ・・・!なんでよりにもよってお義母さんのドレス・・・どこから手に入れたんですか!?」

 

「ん?加護を付けているんだ、オーダーメイドだが?」

 

「んぎぃ・・・!」

 

「よく似合っています・・・それにリヴェリア様から頂戴したというのに、何が不満だと言うんです?」

 

「女装が! 不満なんです!! リューさんもフィルヴィスさんもずるい!まだそっちのがマシじゃないですか!!」

 

「私のような貧相な体のエルフがドレスなどとてもとても・・・」

 

「リューさんは『マシュマロみたいなお尻』だってアリーゼさんが言ってたから大丈夫です!!」

 

「んなぁ!?」

 

「わ、私は露出はちょっと・・・」

 

「そんなんじゃアイドルなんてできませんよフィルヴィスさん!」

 

「んなぁ!?」

 

 

ぷりぷりと怒りながら、フォローをいれてくるリュー達に猛抗議。

鏡を見て、義母の姿を見ているようで少しばかり嬉しくはある。あるのだが、やはりこれは違うのだ。故に少年は不機嫌だった。

 

 

「別に精霊郷に行くのに女装じゃなくてもいいじゃないですかぁ!!なんでお義母さんの格好なんですかぁ!!」

 

「あなたはヒューマンでしょう?『エルフ以外は入るな!』って言われたら貴方1人でそとでお留守番ですよ?可哀想じゃないですか。だから、エルフ耳を買ってきてあげたんですよ? あとその格好が貴方のお義母さんなんですか?へぇ・・・・」

 

「耳はレフィーヤが雑貨店で見つけたものだが・・・しかし、よく似ているな。化粧もしているのか?」

 

「す、少しだけ・・・アストレア様がノリノリで・・・逃げられなかった・・・」

 

「アリーゼを怒らせた罰だと思って受け入れなさい、ベル」

 

「何だ?【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】を怒らせたのか?あの色ボケで有名な?」

 

「昨日買った本でからかわれたから・・・アリーゼさんの枕の下に潜り込ませたら、変な夢を見たらしくて顔を真っ赤にしてました・・・」

 

「い、いったいどんな夢だったんだ・・・・」

 

「でもアリーゼさん、見送りの時に『ベルはその・・・そういうフェチ的なの興味あるの?』って言ってたけど・・・まんざらでもなかったのかな・・・」

 

 

例の本は、別に魔導書とかではなく至極普通の本であり、『枕の下にしいておくと・・・』という迷信が起きてしまったというだけであり、アリーゼは変な汗やらをかいて夜中にシャワーを浴び、着替え、もう一度寝ようとしたが思い出して眠れず乱れたベッドシーツを直そうとしている際に枕の下にベルがもって帰って来た本が置かれている事がわかり、朝まで読んでいたらしい。

 

ちなみにその本は、次に輝夜の手に渡った。

 

 

「まぁ似合っているんだ、我慢してくれ」

 

「うぅぅぅ・・・・」

 

「ま、まぁ・・・それにしても、驚きました。『神に最も愛された子供』と呼ばれる精霊と、接触できる術を同胞達が持っていたなんて。」

 

「何を言ってるんだレフィーヤ」

「何を言ってるんですか山吹さん」

 

「へ? あと、『山吹さん』じゃありません、レフィーヤです!」

 

2人から突っ込みを入れられ、2人の口から『オラリオにも精霊と接触する術はある』ということを教えられる。『サラマンダー・ウール』や『ウンディーネ・クロス』・・・いわゆる『精霊の護符』は当の本人達の協力によって作られている。

 

「下位ではありますが、オラリオも精霊との好意的な関係を有しています」

 

だからこそ、ダンジョン探索のための『精霊の護符』を大量に受注し、販売できている。とリューから補足され、すっかり頭からその知識が抜けていることをリヴェリアに指摘されてしまった。

 

「僕の知り合いのサポーターの子もよく精霊のお爺さんのところに手伝いにいってるって言ってましたよ」

 

「ああ、アーデですか。」

 

「やれやれ、無知は私の落ち度ではあるが・・・帰ったら学習の量を増やさなければならないようだな。」

 

「あぁぁぁ・・・そんなぁ・・・がくり。――それにしても、ベルがそんなことを知っていたなんてぇ・・・」

 

「フッフーン! これもアリーゼさんの教育の賜物ですよ、レフィーヤさん!」

 

「イラッ☆」

 

 

リヴェリアの背後から顔をヒョコっとだし、アリーゼに教え込まれた『ドヤ顔』を見せつけられたレフィーヤの怒りメーターが上がった。しかし少年はすぐにリヴェリアの背後に顔を隠して、『必要ない』と言われているのにも関わらず抗議の意味もこめて後ろから彼女を押して歩いていた。さながら、『歩くのに疲れたから押してくれないかしら?』とでもいうような光景である。

 

「・・・お尋ねする機会がなかったのですがリヴェリア様は、どうしてその儀式に?」

 

「儀式の後の『宴』において、精霊達との友愛の証として幻の霊薬実(タプアハ)が実る。」

 

「幻の霊薬実(タプアハ)・・・御伽噺の中で、悪しき者に狙われた秘中の霊薬・・・」

 

「大聖樹・・・幻の霊薬実(タプアハ)・・・それって、恋が成就するっていう実のことですよね?」

 

「え?」

 

「えっと確か・・・御伽噺の最後は精霊とエルフ達が協力して燃えてしまった大聖樹を復活させる・・だったかな」

 

「ふむ・・・ベル、それで?」

 

「改心した少女と幼馴染の少年は、大聖樹に成った『赤い実』を2人で食べて結ばれるって」

 

「はいその通りです!だから霊薬実(タプアハ)は『恋が成就する実』でもあるんです!」

 

 

ベルの説明に、レフィーヤが『よくできまちたね~』と少しばかり、さきほどされたドヤ顔の仕返しとばかりに、にんまりとした顔で霊薬実(タプアハ)について語った。リヴェリアはそんな2人に溜息をついてはレフィーヤに『日頃読ませている教本とは違ってそういうことは覚えているんだな』と言うと、レフィーヤは乾いた笑い声をだしてそっぽを向いた。

 

「少年はよく御伽噺を読むのか?」

 

「今は昔ほどじゃないですけど・・・。それなりに? レフィーヤさん、成就するといいですね?」

 

「喧嘩売ってるんですか!?」

 

郷が実在するということは、その話も単なる言い伝えではなく事実でありつまり、恋が成就する実とは乙女の夢なのだ。しかし悲しいかな、レフィーヤ・ウィリディスにはそんな相手はいない。その話は一応ではあるが、今もって薬でもあり恋が成就する実でもあるとされている。

 

「儀式が無事に済めば、参加者には霊薬実(タプアハ)が配られるはずだ。」

 

「僕でももらえますか?」

 

「何だ、渡したい相手でもいるのか?」

 

「アストレア様・・・『お土産楽しみにしているわ』って」

 

「・・・まぁ、きっともらえるだろう。だから機嫌を直せ」

 

「!」

 

「それより、まだ郷まで長い。急ぐぞ」

 

「はーい!」

 

「あ、こら、手を引っ張るな」

 

 

すっかり機嫌をよくした少年は、リヴェリアの手をひき足を速める。それを後ろから眺める3人のエルフは『あの兎、ちょろいなぁ・・・』となんともいえない顔で見ていた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「―――では、行って参ります!」

 

「ああ、よろしく頼む。【絶†影】」

 

「何かあればすぐに助けにいくけど、無理はしないで。」

 

「はい。ワインを数本拝借すればよいのですよね?」

 

暗がりの中、3人の女が小声で会話をしていた。

場所は、【ディオニュソス・ファミリア】本拠近くの建物の影となっている場所であちらからは暗くてよく見えなくなっている。命は黒いローブを羽織っており、それは『愚者(フェルズ)』から頂戴した透明になれるという効果を持った魔導具。

彼女はローブで透明になると、すぐに行動を開始し【ディオニュソス・ファミリア】の本拠にあるワイン倉へと向かっていった。

 

「―――しかし、ワインなんぞで敵が分かるのか?」

 

「わからないわ、まだ。けど調べないわけにはいかないでしょう?」

 

「リリルカの方はなんと?」

 

「言ってくれればソーマ様に会えるようにしてもらえるって現団長のチャンドラさんに取り合ってくれてるわ。」

 

「なるほど。以前よりはマシになっているとみていいのか?あの派閥は」

 

「ええ・・・まぁまだ、団員の身辺整理だとか片付いてないことは多いみたいだけど前みたいに神酒は作ってないみたい。」

 

「しかし神ディオニュソスか・・・あの神が本当に怪しいのか?」

 

「保護してるアウラが死んだ事になってるとは言っても恩恵の有無はわかるはずでしょ?なのに何もないんだもの、怪しむべきじゃない?」

 

 

異端児の一件の際、アリーゼはダイダロス通りにいた女神・・・ペニアが持っていたワインがどうしても気になっていた。どこに手に入れたのかと言われればきっと『子供達がくれた』などと言うのは決まっているし本当のことを言うとは思えない。なら、ワインを扱っている派閥を調べてみればいいと思ったのだ。

 

「しかし、神ペニアか・・・彼女はどこにいったのやら」

 

「近々、人工迷宮(クノッソス)に進攻するって【勇者】が言ってたし・・・何か捕まっているなら保護しないと、眷族にされてる子たちが危ないわ」

 

「その眷族共は自分達は【ディオニュソス・ファミリア】だと思い込んでいるのだろう?」

 

「だから面倒なのよ・・・」

 

「というと?」

 

「参加するらしいわ」

 

「はぁ!?」

 

「ちょ、輝夜、声抑えて!!」

 

「むぐぅっ!?」

 

 

【ディオニュソス・ファミリア】が人工迷宮(クノッソス)進攻に参加することを聞いて驚きの声を上げる輝夜を、慌ててアリーゼが口を塞いだ。仮にも敵かもしれない派閥の近くで騒いで気付かれでもしたら、面倒なのだ。輝夜はアリーゼの手をのけると『すまない』と謝って、しかし怒気を孕んだ声音でアリーゼに問い詰めた。

 

「まさか、私達に足手纏いにしかなりえん・・・下手をしたら『一般人』になるかもしれんやつらのお守りをしろと?」

 

「わ、私に言われても・・・」

 

「断言してやるぞ団長。あの派閥が仮に敵だったのなら、間違いなく人工迷宮(クノッソス)内で眷族共は恩恵を失う可能性がある。何より、何が起こるかもわからんのだぞ?」

 

「そりゃあ・・・わかってるけど・・・だってぇ・・・あからさまに断ったりしたら、それこそ面倒じゃない・・・」

 

「それは・・・確かにそうだが・・・」

 

「メインで戦うのは、【ロキ・ファミリア】だけど・・・私達は常に【ディオニュソス・ファミリア】から目を離さないようにしないといけない。」

 

「そして神ペニアの捜索か?」

 

「可能ならね。【勇者】はあくまでも今回の作戦の本命は『手記』らしいわ」

 

「は? それなら以前、ディックス・ペルディクスの遺体から回収しただろう?」

 

「したんだけど、【剣姫】が言うには、もう1人いるらしいのよ。瞳にDの文字が浮かんでたっていう人が」

 

「系譜か?」

 

「ええ、おそらく。それでディックスの『手記』には崩壊っていうギミックがあったらしいんだけど・・・もし仮にもう1つあってそれにも別の仕掛けが書かれていたら面倒でしょう?」

 

 

だから、そっちを本命に抑えたい。とアリーゼは言うと、【ディオニュソス・ファミリア】の本拠前に複数人をつれて歩く金髪の男神が現れた。その有様はいかにも、『善神』であり『神望がありそう』な神の姿であり、周りの人間たちは一般人で彼を慕っているようだった。

 

『ディオニュソス様!新作を作ったので一杯試してください!ジジアの国の大壺製法を試してみたんですが、これまたいい味に仕上がったんです!』

 

『なにっ、本当か? どれ、飲ませてもらおう!』

 

『ディオニュソス様ぁー!うちの店にもぜひ寄っていってくださいよ!』

 

『ああ、また行かせてもらおう』

 

老若男女問わず、彼は人気だった。

まあ、会話の内容から彼の神望というか葡萄酒繋がりなのだが。

 

「モテモテでございますねぇ・・・あれが、黒とはとてもとても」

 

「それならそれでいいんだけどねぇ・・・っとさすがにそろそろやばいわね『命ちゃん、ディオニュソス様が戻ってきたから脱出してちょうだい』」

 

眼晶(オクルス)で命にすぐに脱出するように連絡すると、命から了解が帰ってきて、彼女たちもまた移動を開始、裏口の方へと向かっていった。時間にしては数分程度だが、命は確かに数本の葡萄酒を拝借していて成果としては申し分なかった。

 

「さすが忍だな。」

 

「い、いえ!お褒めに預かり光栄です!」

 

「じゃあ、貴方のファミリアの本拠まで送るわ。帰り道で何かあっても困るし」

 

「そ、そんな、自分は大丈夫ですよ!?」

 

「私達が困るのよ、頼んでおいて貴方の身に何かあっても。」

 

「・・・それでは、よろしくお願いします」

 

「それで、葡萄酒以外に怪しいものとかはあったりした?」

 

「いえ、それが・・・」

 

 

何もありませんでした。

そう命は答えて、ファミリアの本拠の前で別れた。

 

 

「・・・・何も起きなければいいけど」

 

「団長の勘は?」

 

「ベルがフィルヴィスって子を気にしてる。だから、目を離さないでいるつもりだけど・・・正直わからないわ。」

 

夕焼けを背に、彼女たちもまた自分達の本拠へと帰っていく。

 

「そういえば団長?今朝、ベルを見送る際、何を話していたのでございますか?」

 

「え?それはその・・・ベルも男の子だし、エッチな本とか興味あるのかと思って。だとしたら気を使ってあげないと駄目かなぁって」

 

「美女に囲まれて、その裸体まで見て経験もしておいて何を今更・・・ちなみに団長、どんな夢を見たのでございますか?」

 

「えっ!?」

 

顔をボンっ!!と赤くするアリーゼに、輝夜はニヤニヤとしてさっさと白状しろと肩をつついてからかう。

 

「いやぁ・・・そのぉ・・・ぜ、全身をくまなく舐めまわされたわ・・・」

 

「それで?」

 

「女体盛りっていうんだっけ?あれとは違うけど、生クリームみたいなのが体についてて、それを舐め取られて・・・吸われたわ。」

 

「続けろ」

 

「敏感なところも容赦なくって・・・でも、肝心なところで焦らされて・・・寸止めされて・・・あんなの、いつものベルじゃないのにぃ・・・でも、『これもこれでいいかも』なんて思っちゃってぇ・・・」

 

「その本、処分したのでございますか?」

 

「え?いや、まだ私の部屋においてあるけど・・・・読む?」

 

「是非」

 

「ベルに聞いたら、『体位?の名前が難しすぎてもういいですそれ』ってもう読む気もないみたい。釣られたのが相当ショックだったのね」

 

「帰って来たらあいつで遊ぶといたしましょ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「・・・・あの、みなさん。」

 

「なんだ、改まって」

 

「ひょっとしたら、なんですけど・・・リヴェリア様・・・実は意中の相手がいるんじゃないかと・・・」

 

「・・・!? な、何を言っているのですか、突然・・・!」

 

「リヴェリア様は、王族として扱われるのを、すごくお嫌いになられるんです。」

 

 

草原の中、前方を歩くアルフィアの格好をした少年とリヴェリアを眺めながら、3人のエルフ達はそんな話を始める。少年とリヴェリアはなにやら会話をしているようだが、それは離れている彼女たちからはそこまでハッキリとは聞こえなかった。レフィーヤは一度前方の2人を見てからもう一度2人に視線を向けて言葉を続ける。

 

「ですから精霊郷とはいえ、多くの同胞が集まる場所なんて、余程のことがなければ向かわないはず・・・」

 

「その余程のことというのが・・・」

 

「恋の成就のため! 幻の霊薬実(タプアハ)が欲しいために、普段は距離を置いているエルフの郷に行くんです!」

 

「リヴェリアさん、そもそもどうして精霊郷に? 霊薬実(タプアハ)っていうのを貰うために?」

 

「ん?ああ・・・そうだ。エイナというギルド職員を知っているか?」

 

「はい! あんまり行かないですけど、一応、アドバイザーですよ」

 

「そうか。実はな、エイナの母親は病を患っていてその霊薬実(タプアハ)は『万病の薬となる霊薬』でな・・・その病を癒してくれれば、と思ってな」

 

「『万病の薬』・・・・」

 

 

「レフィーヤ、それは考えすぎでは・・・」

 

「それだけじゃありません! 以前リヴェリア様がギルドの職員に手紙を渡しているのを・・・!」

 

「それくらいは別に・・・」

 

「いえっ! 通常の書簡であれば、ギルドではなく派閥の人員に渡すはずです!」

 

 

片や、『万病に効くと言われているから貰いに』と話、片や『リヴェリア様の意中は誰!?』な話。

少年は『万病の薬』と聞いてすこし俯いてドレスのスカートをぎゅっと握り、それを見たリヴェリアが頭に手を置いていた。

 

 

「・・・優しいな、少年は」

 

「?」

 

「おおかた、アルフィアに渡せたら・・・などと考えていたのだろう?だが、時期というのもある。欲しい時に得ることはそうそう適う事はない、残念な事にな。何より・・・」

 

「お義母さんが不治の病だってことくらい、知ってますよ。隠れて血を吐いてるの、見たことありますから」

 

「そうか・・・」

 

 

「それを人目を憚る様に、外部の方に渡すなんて・・・あれは恋文に違いありません・・・!!」

 

「・・・!! その相手に心当たりは・・・?」

 

「あ、いえ・・・それが、まったく見当が・・・」

 

 

「そ、それより、リヴェリアさんはどうして冒険者に?王族って聞いたから、その、里を出るのを反対されるんじゃ?」

 

「里を出たのは、自分の知らない世界を自身の目で見たいが為だ。しかし、ロキに半ば無理やり派閥に入れられてしまってな・・・ゆくゆくはオラリオを出て世界を旅するつもりで、自身の後釜としてレフィーヤを育てている。」

 

「いなくなっちゃうんですか?」

 

「いつになるかはわからんがな? 何より、ダンジョンもまた未知の世界だ。その先を見てみたいと、少年も思わないか?」

 

「僕も?」

 

「ああ・・・お前の義母、アルフィアと・・・そして、ザルドが見た世界。我々が未だたどりつけていない領域を、自分の目で見るんだ」

 

まるで親子のように横に並んで会話をしながら歩く2人。

しかし、その後方で繰り広げられる会話とは遥かに温度差があった。

 

「馬鹿な、リヴェリア様にふさわしい男など!いるわけがない!」

 

「・・・それは暴論でしょう。世界は、広い。捜せばいるに違いない。頭脳明晰で容姿も申し分なく、優れた品性と度量を持ち、男らしく家事も料理もこなし、記念日を決して忘れない殿方くらい。」

 

「幻想だ、そんな男は!」

 

「なにより重要なのが、リヴェリア様よりお強い方・・・この要素を満たさなければ世界中のエルフが許しはしない。」

 

「お義母さん達が見た世界・・・・お義母さん達は、強かったんですか?」

 

「ああ、強かったさ。何せ、かつては『最強の派閥』と言われていたほどだ。この地上にも彼女達の偉業は存在している」

 

「?」

 

「なんだ、何も教えてもらえていなかったのか?」

 

「冒険者だった頃の話・・・あんまり聞かせてもらえてなくて」

 

「そうか・・・。そうだな、アルフィアの偉業なら、メレンから見に行くことはできるだろう。まぁ、ティオナ達に今度手伝ってもらうといい。ザルドが成した偉業は・・・そうだな、かなり距離があるから行くのは難しいかもしれん」

 

「2人は・・・英雄でした?」

 

「ああ、間違いない。誇っていい」

 

「・・・・えへへ」

 

 

暗黒期についての話はしない。しないけれど、リヴェリアは可能な限り、少年の質問には答えていた。それゆえに、少年は『家族を知る数少ない人物』としていつの間にか懐いていた。

 

「戦闘技能であれば【ロキ・ファミリア】を束ねるレベル6のフィン・ディムナ、もしくはガレス・ランドロック・・・」

 

「そ、それはあってはならないっ! 絶対に絶対に!王族とあろうお方が、異種族との婚姻など・・・!」

 

「ですが、リヴェリア様がお心を寄せてられているのなら・・・我々は祝福すべきではありませんか?」

 

「それは・・・そうだが・・・っ! くうぅっ・・・!」

 

「禁忌の恋路であろうと、リヴェリア様を真に思うなら、支持すべき・・・」

 

まぁ、その2人は決して有り得ないのだが。特にドワーフであるガレスは。

フィンは絶賛お嫁さん募集中であり、ライラに言い寄られては逃げているしリリルカとお茶をしようとすれば何故かティオネに追い掛け回されてうまくいっていない。

 

「では、いったい誰だというんだ・・・リヴェリア様が気にかけている男というのは?」

 

「えっと・・・【ファミリア】以外の人で・・・」

 

レフィーヤは記憶を掘り返し、話題に上がった人物が誰かいたかを必死に思い出そうとして目の前を歩いている少年を視界に納めた。何かと話題というか、都市を騒がせているというか。

 

「ベ、ベル・クラネル・・・!?」

 

「なっ!? ま、待ちなさい【千の妖精(サウザンド)】! それはいけないことだ!あの子は私達が育てた子!」

 

「確かに彼は、世界最速兎(レコードホルダー)という偉業に、なにやら聞いた話では『怪物にされた冒険者を救った』とか・・・さらにはあの【戦場の聖女(デア・セイント)】と最近付き合っているとか・・・話題にことかかない・・・」

 

「待ちなさい、【白巫女(マイナデス)】。あの子と彼女はそういう関係ではない、あくまで友人だ。」

 

 

「そういえば・・・あのフィルヴィス・シャリアという娘、少年は何か気にかけているのか?」

 

「?」

 

「いやなに、チラチラ見ているかと思えば特に気にしていないというかだな・・・」

 

「んー・・・フィルヴィスさんって、ダンジョンの中だと、激しく責めてくるくせに地上だとしおらしいんだなあって」

 

「そ、そうか・・・・それにしても後ろが騒がしいな・・・」

 

「アストレア様が言ってました、女の子だけで盛り上がる『女子会』っていうのがあるって。あれがそうなんでしょうか?」

 

「いや、違う」

 

「女子会があるなら、男子会があってもいいと思うんです」

 

「それはただの飲み会だろう・・・・」

 

会話はそれぞれ違うというのに、特に後方で繰り広げられる恋愛話?は熱を孕んで盛り上がっていた。

 

「――それはありえない。ありえてはいけない。絶対にあってはいけないのです。ここでリヴェリア様が入ってこられては、私とセルティは完全に勝ち目がなくなってしまう・・・!」

 

「えと・・・大丈夫ですか?」

 

「やはり、【アストレア・ファミリア】が兎に色ボケになっているというのは本当だったのか・・・?」

 

「くっ・・・仕方がないでしょう・・・気がつけばそうなっていたのだから・・・!何より、他派閥との恋愛なぞ問題が起こりやすい!」

 

「た、確かに・・・戦争になりかねませんね。生まれてきた子供についても」

 

「あの子の出生をあの子の祖父から軽く聞いた限りでは、割と本当に危なかったと聞きます・・・あの【暴食】のザルドが怯えていたとか」

 

「へ、へぇ・・・私、暗黒期の頃はオラリオにはいなかったので・・・」

 

「何より、2人ともあの後姿を見なさい。あれが、異性を見る目に見えますか?」

 

「え?」

「ん?」

 

 

リューに指摘されて、前方の2人を見やるとその2人の横顔は明らかに『恋愛感情』とは違うものからくる笑顔だった。リヴェリアは明らかに母性的な微笑みだし、ベルにいたっては

 

 

「あれは・・・親戚のお母さんを見る目です」

「「たしかに!!」」

 

「思えば24階層の一件の後から【剣姫】とも交流があり・・・」

「「その節は本当に申し訳なく・・・」」

 

「印象を聞いてみれば、『親戚のお姉さんってああいう感じなんでしょうか?』と言っていましたし・・・武装したモンスターの一件のあと、バベル前の広場に突き刺さったままの槍を抜く際にも【剣姫】が見守る中、天然丸出しの寸劇?を行って『この戦いが終わったら、じゃが丸君を食べに行きましょう』というようなやり取りがあったとか」

 

「改めて思うと何をしているんだ彼は・・・」

「アイズさぁん・・・」

 

「それになにより・・・あの2人の光景は、私が見るにこうです。『自分の子には厳し目に接しているけれど、親戚や近所の子にはどうしてだか優しく感じられてしまう』という感じです」

「わからないでもない!」

「そういえば前に、あの子がリヴェリア様の部屋で本を読んだまま寝落ちしたとかでリヴェリア様がベッドを貸していたらアイズさんが拗ねてしまったと聞きました」

「え、同衾したのか?」

「いや、違いますよ。床で寝かせたら体が痛むからってベッドに移してあげただけみたいです」

 

そんなこんな話をして出た結論。

『うん、あの2人にそういうのはナイ』である。

そうして盛り上がった熱が冷め様としてきた頃、彼女達――正確には1名が爆弾発言を聞いてしまったのだ。

 

 

「そういえば聞いたぞ? なにやら、いつの間にか並行詠唱と高速詠唱が可能になったとかなんとか」

「は?」

「はいっ。最近、できるようになりました! 今なら目を瞑りながらでもできますよ!あ、でも滅茶苦茶早いってわけじゃないですよ?まだ練習中です」

「は?」

「ほぅ・・・君は瞼を閉じていても普通に活動できると聞いたぞ? さすがアルフィアの子といったところか?」

「は?」

「お義母さんは真似するなって注意してましたけど、真似してたらついできるようになっちゃってて・・・」

「は?」

「到達階層は確か・・・27だったか?もう少し先には行かないのか?」

「うっ・・頭が」

「おいレフィーヤ、大丈夫か?」

「ああ、確かあの子を追い掛け回してアンフィス・バエナに突撃したんでしたか」

「やめてくれ、思い出したくない・・・」

「しゅみましぇん・・・」

「うーん・・・でもなぁ・・・」

「なんなら、アイズもつれて、小遠征でもしてみるか?」

「!?」

「リヴェリア様から、お誘い・・・だと!?」

「な、な、なぁ・・・!?」

「置いていかないですか?」

「どうして置いていくんだ?パーティなんだから、一緒に行動するに決まっているだろう?」

「じゃあえと・・・今度、お願いします。あ、でも、アリーゼさんに相談しないと」

「まぁ、すぐには無理だろうから機会があれば、ということにしておこう。期待しているぞ?」

 

 

『期待しているぞ?』

その言葉に、山吹色妖精は何かがプツーンとしてしまった。巻き起こるのは嫉妬の炎である。

 

「並行詠唱ができる」

「高速詠唱がちょっとできる」

 

その言葉が続いて聞こえてきた彼女としては、「はぁぁぁぁ!?」とその修得の難しさからいわざるを得なかった。だがしかし、彼女は知らない。自分の隣に恐らくは並行詠唱の技術ならリヴェリア以上の存在がいることに。おまけに、高速詠唱については金髪メイドがいるということに。ゆえに、悔しさのあまり、叫んだ。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「へっ!?」

 

「むっ?・・・レフィーヤ?なんだ、いきなり」

 

「ベ、ベル・・・あ、あなた・・・い、いつの間にそんな・・・た、ただでさえ・・・レベルを追いつかれたというのにぃ・・・・!?」

 

「あ、あの・・・?」

 

レフィーヤに振り向いたベルはいやな予感がして、じり・・・じり・・・と後退。ゴゴゴゴ・・・・とでも音がなってそうな、レフィーヤもまた、じり・・・じり・・・と前進。

 

次に起こるのは、兎を追う妖精の図である。

 

 

「待ちなさぁああああああああああいぃっ!!」

 

「ごめんなさぁあああああああああいぃっ!?」


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