兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ノリでできた回です。特に意味はありません。

雨=涙


(なみだ)はいつか止むさ。

心地よい風が、肌を撫でる。

心地よい日差し、そしてゆったりと流れる雲。それらが時間の流れさえ遅く感じさせる草原の中、白、黄、黒・・・色とりどりの花とそれと同じように色とりどりの蝶が羽ばたき宙を舞う。

 

ああ、今日はきっと良いことが起きるに違いない。

 

そんなことを思わせるほどに、天候に恵まれていた。瞼を閉じれば、鳥の(さえず)りが聞こえてきては、さらに別のどこかでモンスターの咆哮が聞こえては、『あ、ありがとうございます!旅のエルフの方!あなたはまるで風のようだ!』などと礼を言う商人に出会うこともしばしば。

 

そんなゆったりとした旅路はいついらいだろうか?本当に、今日は何かいいことがおきるような、そんな気がする。

 

そう思うのは、誰もが共通するところであった。

 

ごく一部を除いて。

 

 

 

雨が降っていた。

 

どこにも雨雲などないというのに、顔はぐしゃぐしゃに濡れていて、大雨にでも降られたのかといいたくなるほどに、少女は濡れていた。

 

黒いドレスはところどころ土で汚れていて、きっと、水溜りにでも落ちたのだろう可哀想に。

 

 

( でも、それでも・・・きっと雨はいつか止みますよ )

 

晴れやかな、いっそ清々しいような、長年の宿敵から勝利をもぎ取ったかのような顔で山吹色の少女は、空を見上げていた。自分の真上を丁度、大きめの雲がゆっくりと流れ、出来上がった影によって肌に当る風が少しばかり肌寒く感じることもあるが、それは自分の格好が普段とは違うからだろうと勝手に納得し、少女はすぐ近くで雨に降られた哀れな少女を優しい眼差しで見つめていた。

 

 

( 誰にだって悲しい思い出のひとつやふたつ、ありますよ・・・私だって、遠征で碌に役に立たずに、縦穴におっこちて九死に一生を得たことだってあるんですから・・・ )

 

少女は、ずぶ濡れの少女に声をかけることもなく、そんなことを脳内で語りかけていた。伝わりもしない、そんな言葉を。

 

 

( リヴェリア様に聞きました。貴方のお義母様はとても偉大な英雄の1人で三大冒険者依頼(クエスト)の『海の覇王(リヴァイアサン)』にトドメをさした方だとか。 )

 

少女はうんうん、と頷きながら、脳内で言葉を繰り返す。

少女の両手は、柔らかな2つの丘を登頂し、優しく形を変えては元に戻すを繰り返す行為を繰り返している。

 

ああ、風が心地いい。

 

( そんなお義母様もたいがい、滅茶苦茶だとか・・・ならば、貴方が滅茶苦茶でも別段、おかしくもない気もしますが・・・ですが、私は貴方よりも先輩。意地があります。そう、負けられないんです!! )

 

ギニュゥ・・・っと2つの丘が力強く形を変え、空を見上げて雨に打たれた少女は悲鳴を上げる。

山吹色の少女は、ふふっと微笑むもその勝利を確かに噛み締める。

 

( 気がつけばレベルも追い抜かれ・・・ふふ、いい度胸してますね? でも、私、Lv.4になれるんですよ? ただ、まだ伸びるから保留にしているってだけなんですよ? 私だって、やればできるんです! )

 

 

聞いてもいないことを、勝手に語る少女。しかし、口にでておらず、まったく伝わっていない。

天気よし、風よし、文句なしの日和。

さらには、喧騒もなく静かで、まるで神々が天に帰り、世界の終わりとでもいうかのようだ。

 

( 静寂って・・・いいですね・・・落ち着きます )

 

などと山吹色の少女は、微風に髪をなびかせながら、にこやかな顔をする。

 

「アイズさん・・・今、何してるんだろぉ・・・えへへへ」

 

 

 

 

「ひぐ・・・ひっく・・・・えぐっ・・・うえぇっ・・・!」

 

 

少女が泣いていた。

草原には無残にも尖った耳が転がり、女神が、姉が、義母が好きだと言ってくれている処女雪のような白髪は乱れ、黒いドレスは土ぼこりで汚れて乱れていた。

 

顔は大雨にでも打たれたかのように、濡れ、ぐしゃぐしゃになっていて金縛りにでもあったかのように体は動かない。硝子のような心で、けれど女神の恩恵を受け、それなりに冒険をしてきて力もつけてきたというのに、少女は泣きじゃくっていた。

 

 

救いはなく、再会は果たされず、その想いは報われず。

少女は丘の上にて道に迷う。

けれど、その胸には確かに鐘の音が響き、少女は決して孤独ではなかった。

温もりを得、愛を受け、幾多の縁を結んできた少女の手は今や女神が握ってくれていた。

 

けれど今、ここに女神はおらず、救ってくれる者はおらず大雨が降り注いでいた。

 

 

恐ろしい、恐ろしい出来事だった。

 

『待ちなさぁああああああああああいぃっ!!』

 

何か気に障ることでもしたのだろうか―――そう、少女は思ったが、それを考える以前に体はすでに逃走を開始。草原にて、草食動物 vs 肉食動物の食物連鎖の争いが始まった瞬間であった。恐ろしい速さで近づいてくる山吹色に恐れをなした兎は、すぐさま、翡翠色の絶対的保護者の存在を忘れ逃走を開始。一瞬にして離れて行った兎に、翡翠色のみんなのママは、ぽかーんとした顔でフリーズ。

 

 

『並行詠唱がどれだけ難しいと思ってるんですかぁああああああ!?』

『ひぃいいいい!? できちゃったんだから、仕方ないじゃないですかぁあああ!?』

『デキ婚みたいに言わないでくださぁあああああああああいっ!!』

『ひぃいいいいいいい!?』

『それに高速詠唱ってどういうことですかぁあああああ!?』

『は、春姫さんにコツを教えてもらっただけですぅうううううう!? 春姫さん、舌使いはすごいんですぅうううう!?』

『何の話をしてるんですかぁああああああああ!?』

 

半泣きになりながら逃げる、兎のような少女――正確には、少年なのだが、その格好からは少女にしか見えず、ドレスを器用につかんで走っていた。いつのまにか靴は脱げてしまい、裸足だったが。自分がなぜここまで怒られているのかなど全くもって理解できないが、できるわけがないのだが、兎はとても怖かった。

 

 

( や、やっぱりいたんだ・・・・あれが、本当の死妖精(バンシー)!! )

 

だからなのか、ポンコツと化した頭で、わけのわからないことを叫んでいた。こんなとき、義母ならどうしただろうか?あれ、待って、今、僕は確かお義母さんの格好だ。つまり、絵面的に『お義母さんが全力疾走している』ということになるんじゃないだろうか?なんてことを思ってしまい、さすがにそれは不味い、ここでやり返さないと、お義母さんにゴミを見るような目で見られるに違いない!

 

(ぼ、僕だって・・・やればできるんだ・・・!)

 

ここで起死回生の一手を打たなければ!!さすがに女神もお許しをくれるはずだ!! そう思って、振り返り【サタナス・ヴェーリオン】を最弱でブチ当ててやろうと思ったところ、すでに山吹色が近くまで迫っており、その顔はわりとガチで兎はそれどころではなくなってしまった。

 

( ごめん、お義母さん、無理! )

 

「だいたい貴方、レベル上がるの早すぎるんですよぉおおおおおおお!!」

「うわぁあああああああああ【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ】―――」

「ふえぇぇ!?ちょっ、なんて魔力!? いや、それはさすがに不味いですよ!? や、やめなさい! やめてください!!」

 

大混乱の末に、兎はあろうことか精霊の魔法【ライト・バースト】を口走りはじめそれに戦慄した山吹色は詠唱をやめさせるために、杖を構え並行詠唱で魔法を兎の足元、けっして当らない威嚇射撃とも言える位置を狙って砲撃した。

 

「【アルクス・レイ】ッ!!」

「―――ひぎゅぅっ!?」

 

地面は抉れ、それによって兎はバランスを崩し、詠唱は中断、魔力は暴発することなく霧散。レフィーヤはホッと胸を撫で下ろすもまたされたらたまったものではないと、一気に距離をつめる。

ズザザザザァァァアッ!!とうつ伏せ状態で顔面から地面に接吻、ヘッドスライディングをかましてしまいクラクラする頭で後方を確認するために仰向け状態になったところで

 

 

「はいっ、捕まえたぁあ!!」

「ふっぐぅぅ!?」

 

 

あろうことか、馬乗りをされたのだ。

互いに肩で、ぜぇぜぇと呼吸を乱しながらも馬乗りされている少年――ベルは、顔面をこすりつけた痛みと恐怖心から咄嗟の本能的防御反応として両腕で顔を覆い隠し涙をじわじわと流していた。

 

 

( か、狩られる・・・ッ!?それともタコ殴り!? ごめんなさいお義母さん、アストレア様・・・! 僕は今日、この怖い死妖精(バンシー)さんの食卓に並ぶみたいです・・・!? )

 

真っ白な食器の上に、美味しく調理された兎料理、そしてそれをナイフとフォークを持って『じゅるり』と涎を吸い込む光景をベルは脳内で再生していた。もうだめだ、おしまいだぁ・・・と。猛スピードで走ってしまったがために、保護者からはまだ距離があるため、もう、恐らく、助けてはもらえないのだろうと敗北を理解した。このまま自分は獰猛な肉食獣に食べられてしまうのだ、と。

 

( 最期に、アストレア様とお義母さんに会いたかった・・・! )

 

「ひっぐ・・・えぐっ・・・!!」

 

そうして、冒頭に戻る。

山吹色の少女は、清々しくも晴れやかな顔で、長年の宿敵、因縁にでも勝利したかのような顔で泣きじゃくる少女のような・・・少女にしか見えない少年に馬乗りになって、実は気になっていた胸部に両手を伸ばした。

 

 

「だいたいなんですかこの胸は!? オラリオを出る前から『あれ、やけに本物みたいだなぁ・・・最近のつめものってよくできてるなぁ』って思ってましたけど・・・おかしいでしょうこれは!!」

 

「きゃふっ!?」

 

「ちょっ、なんて声を出すんですか!? って・・・この触り心地・・・本物っ!? あ、貴方・・・実は女の子だったんですか!?」

 

「ち、ちがっ・・・ぼ、僕は男でふ・・・きゃんっ!? はっ!? ち、違うんですっ、こ、れ・・・っていうか、揉まないでぇ!?」

 

「あ、明らかに本物・・・どういうことですかこれは・・・!? ま、まさか魔道具(マジックアイテム)ですか!?」

 

「 『ヤベーヤ・ウィリディス』さん!! やめてくださいぃいいいい!?」

 

「誰!が! ヤベーヤ・ウィリディス! ですかぁ!? 」

 

 

ギニュゥ・・・!!と、少年の胸部にある2つの丘に力をこめると、少年は涙を流して悲鳴を上げた。

 

 

「ほわぁああああああああああっ!?」

 

もう少年の顔は、大雨にでも打たれたかのようにぐしゃぐしゃだった。涙で。

山吹色の、ヤベーヤ・・・レフィーヤは、その2つの丘の感触があまりにも本物であり触覚まであることに不思議がるが、しかし手を離せなかった。

 

 

( あ~なんかいやされりゅぅぅぅぅ )

 

何だかんだ彼女は、どこか、所謂、『百合』なるものに該当するのか偽物だというのにやばい顔をしてニヤケながら揉みしだく行為をやめない。その度に、馬乗りにされて逃げられない少年は未知の刺激にビクッと反応しては顔を真っ赤にして悲鳴を上げて涙を流す。意を決して、やり返そうと少年がレフィーヤの胸に手を伸ばそうとすれば、即座に振り払われる。

 

「っ!?」

 

「女性の胸を気安く触るなんて、駄目に決まっているでしょう? それとも、ファミリアのお姉さんだけじゃ満足できないんですか?」

 

「じゃ、じゃあ僕のも触らないでくださぁい!!」

 

「これは! 作り物! でしょう!?」

 

「――――ア、アミッドさんのお胸をこれ以上汚さないでぇ!!」

 

「・・・・・へ?」

 

 

なんともいえない間が、2人の世界に入り込んだ。

沈黙。

無言。

『ひっく・・・ひっく・・・』という少年のすすり泣く声。

レフィーヤは、『ア、アミッド・・・さん?』と頭の中で反芻しながらも、確認するように2つの丘を何度も触る。揉み、摩り、摘み。その度に、少年はビクビクと未知の刺激に襲われた。

 

 

「あ、あの・・・それは・・・どういう―――ふぎゃっ!?」

 

ゴンッ!!

という音でも響くかのように、レフィーヤの頭上から拳が落ち彼女は、ベルの・・・作り物とはいえ、胸の中に顔を落として意識を飛ばした。一瞬、ほんの一瞬だが、レフィーヤの短いスカートがまくれて真っ白な下着が見えた気がしたが、何か引っ張ったらほどけそうな紐があった気がしたが、少年は見なかった事にした。

 

 

「レフィーヤ・・・・貴様は、何をやっているんだっ!?」

 

「ひっく・・・ひっく・・・」

 

「す、すまない少年・・・・急に走り出すものだから驚いて追いつくのに遅れてしまった。」

 

「うえぇぇぇぇ!!」

 

「ああ、ベル・・・よしよし、もう大丈夫ですよ・・・」

 

「ふ、2人が一瞬で離れていくものだから・・・追いつくのに苦労したぞ・・・」

 

「け、汚されました・・・ぼ、僕もフィルヴィスさんの仲間入りでず・・・ずびっ!!」

 

「な、何を言っているんだ!?」

 

泣きじゃくる少年を、遅れてやってきた3人のエルフがまずリヴェリアがレフィーヤに拳骨を叩き込み、フィルヴィスがレフィーヤを退かし、リューが背中に手を回して上体を抱き起こしてその背中を摩った。少年はもう『汚された・・・お義母さん汚された・・・アミッドさんも汚された・・・僕もフィルヴィスさんの仲間入り・・・汚れ仲間・・・』などとブツブツと言い、フィルヴィスは混乱。

 

「はぁ・・・すまないが、リオンと、フィルヴィス・シャリア。今日はもう日も暮れる。ここらで野営するとしよう。」

 

「え、あ、はい。ですが、大丈夫でしょうか?こんな草原で。」

 

「モンスターはベルが居れば問題ありません。私と貴方でテントを立てるとしましょう。」

 

「何よりこのままの状態で精霊郷に行っては、精霊の気分を害しかねない。森に入るまでに気分を落ち着けておくためにも野営しよう。」

 

「何だかこれでは私が汚れているというのが馬鹿らしくなってくるじゃないか・・・」

 

「何か言いましたか?」

 

「い、いや!? なんでもない!さ、さぁ、準備をするぞぉ!?」

 

 

念のためにと持って来たキャンプセットを2人で協力して準備する傍ら、リヴェリアはベルのドレスについて土ぼこりをはたき、自分の隣に座らせ背中を摩りながら宥め続けた。リヴェリアとしては、なんとも言えない光景だった。

 

 

なぜなら、『【静寂】のアルフィアが小娘にガチ泣きさせられる』などという光景など、どうあっても見れるはずがないからだ。あの大抗争で手酷く痛めつけられた側としては、なんかこう・・・あってはいけないが、スッとする感情がないでもなかった。

 

 

(いかんいかん・・・そのような感情、もってはならない。だがしかし・・・)

 

ガチ泣きアルフィア・・・ふふっ、と有り得ないその光景にどうしても笑いを堪えずにはいられなかった。

 

あのアルフィアが、小娘にガチで追い掛け回され、

あのアルフィアが、小娘に馬乗りにされ、乳房を揉まれ、

あのアルフィアが、小娘にガチ泣きさせられている。

 

そんな光景、天変地異が起きても、有り得るはずがないのだ。

 

「ううぅぅ・・・お義母さんの威厳がぁ・・・」

 

「ふふ、少年。なぜ、アルフィアの魔法で撃退しなかった?」

 

「しようとしましたけど、ヤベーヤ・ウィリディスさんの目が怖くて・・・あ、あれは、やばかった・・・」

 

「そうか、そんなに怖かったのか、ヤベーヤが」

 

「・・・はい」

 

「ふふ、すまなかったな。もう落ち着いたか?」

 

 

こくり。と頷いたベルの手を取ってリヴェリアは立ち上がると、野営の準備をしている2人に『少し歩いてくる』とだけ行って2人でちょっとした散歩に出る。太陽は傾き、夕日に変わる。それが丁度草原の色を変えて、いつかの黄金の海のような麦畑とは少し違うが・・・少年はそれを幻視した。

 

 

「お義母さんと歩いてるみたい・・・」

 

「私としては、アルフィアと手をつないでいるようでなんとも言えないがな」

 

「仲、悪かったんですか?」

 

「さぁ・・・どうだろうな。だが、かつての最強が存在していて私達がまだ未熟だった頃、それこそ馬車馬のように働かされることもあった。」

 

「例えば?」

 

「そうだな・・・陸の王者、ベヒーモスの時とかだな。薬の調合やらやらされた」

 

「薬?」

 

「ああ、ベヒーモスは強力な『猛毒』を吐き出す。それの解毒剤だ」

 

「【ロキ・ファミリア】も弱いときがあったんだ・・・」

 

「ああ・・・誰にでもあるさ。今は君もあの馬鹿者に泣かされてはいるが、その内、逆に泣かす側になるはずだ」

 

「泣かせていいんですか?」

 

「さぁ・・・しかし、やられたらやり返せという言葉もあるし、正当防衛という言葉もあるからな。だが、いきなり後ろから襲い掛かったりするのは駄目だ。それでは何も変わらない」

 

「うぅん・・・難しいですね」

 

「ああ、そうだな・・・。まぁ、お互いを高めあえる関係であれば良いのだがな・・・如何せん君は、バランスというものを簡単に壊してしまうからな。恐らく、そこに醜くも嫉妬したのだろう。だから、あまり気にしてやるな」

 

 

申し訳なさそうに少年の頭に手を置くリヴェリアに、思わず義母の姿を重ねて、少年もまた、リヴェリアのドレスの腰部分をぎゅっと軽く握る。

 

 

「僕・・・」

 

「ん?」

 

「僕・・・強くなりたいです」

 

リヴェリアの顔を見て、少年は瞼に涙を少しだけ溜めてそんなことを言う。

そんな少年の顔を、ぽかーんと少しだけ間を置いて、リヴェリアは口元を開いている手で隠しながらクスクスと笑い声をあげた。それに対してムッとしているとグシグシと頭を撫でられる。

 

「いや・・・ふふっ、すまない・・・泣かされて『強くなりたい』などと言うなんてな・・・ふふっ、そんな奴を私は知らないぞ?ふふっ」

 

綺麗な顔で、自分の発言を笑う彼女をムスッとしながらもいい加減暗くなってきたがために手を引かれ出来上がった野営場所に戻っていく。

 

「大丈夫だ。少年、お前は十分強いし・・・そうなりたい意思があるのであれば、きっと強くなれるさ」

 

「アリーゼさん達の横に立てますか?」

 

「ん? まぁ、そうだな・・・立てるさ。きっと」

 

「じゃぁ・・・頑張ります。」

 

「ああ、頑張れ」

 

すっかり泣かされたことなど忘れたのか気分も回復して腹の音を鳴らし、意識を取り戻したレフィーヤに土下座をされ、とりあえず胸元に『私は男の子を押し倒して襲いました。ヤベーヤ・ウィリディスです』という立て札を首から下げさせたのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「は、はい・・・どうぞ、スープです。」

 

「ありがとうございます、山吹さん」

 

「どうぞ、リヴェリア様」

 

「ああ、ありがとう山吹」

 

「リューさんも」

 

「どうも、山吹」

 

「えと、フィルヴィスさん・・・どうぞ」

 

「あ、あぁ・・・すまない、ありがとう。や、山吹」

 

 

満天の星空が広がる頃、彼女達は火を囲い夕食をとっていた。とは言ってもあくまで念のために持って来たもので腹を満たすほどの量もなくどちらかと言えば気分回復程度のもの。スープを、今回やらかしたレフィーヤが全員に配膳していく。全員に『山吹』呼びされていて、しかし、自分が晒した醜態ゆえ、異を唱えることなど適わないのだ。ちなみに、なぜ『山吹』呼びなのかと言えば、リヴェリアからのお達しである。

 

『お前をこの旅の間、山吹と呼ぶ事にする。全員な』

 

『うっ・・・わ、分かりました・・・すいません、ベル・・・』

 

なんとも言えない空気が広がる中、その空気を変えるべくリューが口を開いた。

 

 

「そういえば、気になっていたのですが・・・ベル?」

 

「?」

 

「その・・・あなたの胸は、いったいどうなっているのですか?まるで本物にしか見えませんが。」

 

「ああ、そう言えばレフィ・・・山吹に襲われているとき、【戦場の聖女(デア・セイント)】がどうとか言っていなかったか?」

 

「―――ああ、えと・・・実は・・・」

 

 

少年の口から聞かされるのは、18階層から帰ってきてから今回の旅の間にあったこと。

特にやることもなかった少年は治療院に足を運んでは、アミッドの手伝いをしていて、そんな休憩中の何気ない会話での出来事だ。

 

「あの時、アミッドさんがまさか徹夜明けで深夜テンションだったなんて知らなくて・・・」

 

「知らなくて?」

 

 

彼女は徹夜明けだったらしく深夜テンションで少しばかりハイになっており、けれど表情を特に変えるわけでもないため少年は気付けずについ言ってしまったのだ。別に悪気があったわけでもなく。

 

 

『アミッドさんアミッドさん』

 

『何ですかベルさん』

 

『義手や義足が作れるなら、他の体の部位とか・・・その欠損した部分を作れたりしないんですか?』

 

 

その言葉に、アミッドは『できないですよね?』とでも言われたと勘違いしたのかなにやら火がついたらしく、

 

『欠損した体の部位・・・そうですね。女性であれば、病やダンジョン内での怪我などで乳房を失うということはないわけではないでしょう』

 

『?』

( 何で急に胸の話をしているんだろう、アミッドさん。)

 

アミッドは両手で自分の胸を支えるようにして持ち上げぼんやりとそんなことを口走った。

少年としては別に、『欠損した部位』としか言ってないわけで、特に特定の場所など言っていないし『見える義眼とかあったら、眼帯の人とか喜ぶのかなー』くらいにしか思っておらず別におふざけのつもりもなく、本当に何気なく言っただけなのだ。それを、徹夜明けのアミッドは真面目に考え出してしまっていた。

 

 

「そ、それで・・・急に目の前で、その・・・ブ、ブラを外して・・・」

 

「「「「ぶふぅっ!?」」」」

 

「あ、いや、裸になったわけじゃないんですよ? 服を着たまま・・・そ、それで・・・」

 

「そ、それで?」

 

服を着たままブラを外し、それをベルに『そこに着替えを入れる篭がありますので、入れておいてください』と手渡してきたのだ。ベルとしては、思わず、姉によくされることだし『ああ、うん、わかった』くらいの気持ちで受け取ってしまったが、篭に入れる寸前で固まり、『あれ、これ駄目なんじゃね?』と思ったがもう遅かった。その手には確かにアミッドの温もりがあったのだから。

 

『あのアミッドさん・・・その・・・下着を僕に渡すのは、さすがによくないんじゃ・・・』

 

『【アストレア・ファミリア】は貴方以外女性でしょう、何を今更・・・それに、別にあなたに見られたからと言って、私は別に羞恥に悶えたりしませんよ』

 

『え・・・あ・・・ええっと・・・アミッドさんがいいなら・・・いいのかなぁ・・・』

 

 

まぁ、よくなかったのだが。

ことが終わった後、ベルがさすがに心配してアミッドをベッドに運んで眠らせた後、覚醒した頭で全てを思い出した彼女は顔を真っ赤にしてベッドの上で両腕で乳房を隠すようにして悶えた。

 

 

「あ、あの! ベル!」

 

「どうしたんですか、山吹さん」

 

「アミッドさんの下着は、何色でしたか!?」

 

「お、おい、何を聞いているんだお前は!?」

 

「フィルヴィスさん、あのアミッドさんですよ!?気になりませんか!?」

 

「いや・・・確かに、聖女といわれる彼女だ・・・気にならないといえば嘘になるが・・・」

 

 

聖女の下着。

それは、下界の未知だ。

故に、誰しもが気になる領域だ。

あのタイツの上、あのスカートの中、あの治療師としての衣装の中身・・・そこには、いったい何が隠されているのだろうか。少女達はその件の聖女様と最近付き合いの多い少年に聞いてしまう。

 

「うーん・・・」

 

「お、教えられないんですか?」

 

「だって・・・さすがに・・・」

 

「よかった。ベルにもまだ常識があるようで。アリーゼであれば、『今日私は赤をつけているわ!』などと言っていたところです」

 

「うん・・・・」

 

「そ、そんなぁ・・・」

 

「うーん・・・じゃあ、聖女様ってどんなの履いてると思います?」

 

スープをちびちびと飲みながら、少年はやんわりと言う。

さすがに答えを教えてはまずい。それくらい僕にだってわかる、なにやら『貴方にまだ常識があってよかった』なんてことを言われたがそれは後で耳を咥えてお仕置きしてやろうそうしてやろう。とリューに横目で見やりながらそんなことを考えた。少女達はうーん、うーんと頭を悩ませる。

 

「やっぱり、白でしょうか・・・」

 

「以外に黒とかでは?」

 

「いやぁ・・・アミッドさんが黒をつけるとは思えないですよ・・・あ、でも、意外と大人な下着だったり?」

 

「例えば?」

 

「透けてたりとか?紐で解けたりとか?でもやっぱり色は白なんでしょうか・・・それで、寝るときはシースルーのベビードールとか?」

 

「紐は山吹さんじゃ・・・」

 

「今、何か言いました!?」

 

「え、いや、別に?・・・まぁ、そういうことで」

 

「どういうことですか!? 気になるじゃないですかぁ!!」

 

「山吹さんは女の子なんですから、本人に聞けばいいじゃないですかぁ!?」

 

「うぎぃ・・・」

 

「何なんだ、その変な悔しそうな顔は・・・」

 

「はぁ・・・お前達は下着事情で随分盛り上がれるんだな。リオン、お前達はいつもこうなのか?」

 

「え!?い、いえ・・・その、私は別に・・・・」

 

「リューさんは最近、スケスケのベビードールを着てました」

 

「わぁ・・・リューさんすごーいっ」

 

「ベ、ベル!?」

 

 

もうなんだか今日は疲れたなぁ・・・今頃、アストレア様やアリーゼさんはお風呂かなぁ、今日の春姫さんのご飯はなんだろうなぁ・・・と真顔でそんなことを考えるベルは、リューの寝巻き事情をポロっと零して抗議を受けるも無視をした。

 

 

「で?それで、アミッドはその後どうしたんだ?」

 

「ああ・・・ええと、リヴェリアさんも気になるんですか?」

 

「途中で止められたら気になってしまうだろう」

 

「うーん・・・えと、その後は・・・」

 

ブラを外したアミッドはフラフラとぼんやりとする頭で自分の机まで歩きノートとメジャーを取り出し

 

『ベルさん、団員の方を呼んできてもらえますか?』

 

と言われ、呼びに行き、すこし外で待っていてほしいといわれ

 

『もう入ってきていいですよ』

 

そう言われ中に入ると、別に特に変わったこともなく団員の女性は頬を少し染めて

 

『団長、あとで寝かせてあげてもらえますか?いや、その、役得でしたけど・・・後で絶対団長が憤死しますから・・・』

 

なんてことを言われて、どういうことかとノートを除いてみるとなにやら数字か書かれており

 

『アミッドさん、何をしていたんですか?』

 

『ベルさん、貴方・・・女装をしていましたよね』

 

『え? いや、まぁ・・・はい。あ、趣味じゃないですからね!?』

 

『趣味じゃなかったんですか・・・まぁいいです。では、次回、試作品を渡すので使用してみてください。そして感想をお願いします』

 

『え?』

 

『これから、型をとって、本物同然の偽乳房を造ります』

 

『アミッドさん!?』

 

『協力者を募ると高くつく場合もありますし、神々に知られると面倒です。ですので、今回は試作品ということで・・・』

 

 

そうして造り上げられたものが、現在、少年のドレスの胸部に納められているものである。

 

「さすがアミッドさん・・・これが『神秘』持ちの力ですか」

 

「まぁ・・・病で失い傷つく者もいる。これで回復するのであれば凄いことだが・・・」

 

「ちなみに、これは【戦場の聖女(デア・セイント)】の乳房ということでいいのですか?」

 

「え、うん・・・アミッドさんには『決して遊びで使うな』って言われてて・・・でも山吹さんにあんな、押し倒されて乱暴されたし・・・」

 

「あ、あなた、顔を真っ赤にして感じてたじゃないですか!?」

 

「触覚まで再現されてるのか!?」

 

「山吹・・・感触はどうでした?」

 

「ほ、本物です!!あ、いや、あれがアミッドさんと同じなのかはわかりませんけど・・・少なくとも、本物の感触です!!そして、マシュマロのように柔らかかったです!!」

 

 

『神秘』持ちすげぇ・・・戦場の聖女(デア・セイント)すげぇ・・・そんな声が、満天の星空の下で響いた。

 

アミッドは治療院で入浴中にくしゃみをした。

 

 

「あ、あの、黙っておいてくださいね・・・ほんと」

 

「言いませんよ、こんなこと」

 

「言って何になるんだ」

 

「言いふらす理由がないな」

 

「ええ、言う理由がありません」

 

「よかった・・・」

 

「その代わり、寝る前に少し触らせてください」

 

「え」

 

再び、少年は悲鳴を上げる羽目になった。

 

精霊郷は、遠い。




ベル君のリヴェリアに対する認識:親戚のお姉さんのお母さん



深夜テンションで頭おかしくなるアミッドさん欲しい

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