兎は星乙女と共に   作:二ベル

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▶フィルヴィス+リュー、じゃが丸くんを求めて【ヘスティア・ファミリア】に。


この章はこれで終わりです。


犯人はヤス

「周囲にゾンビはいないみたいね・・・とりあえず、不法侵入だけど目を瞑りましょ。」

 

「仕方ないわね。緊急時だし・・・」

 

 

【Zバスターズ】は、ゾンビ・アイズがどこかに飛んでいった後、ゾンビの姿が確認できないエリアを見つけて宿屋の一室に集まっていた。とりあえず全員が動き詰めであったために、ラウルが携帯食料をバックから取り出して全員に配り、それを齧りながら作戦会議をすることになった。

 

「アイズたんがゾンビになっとる今、時間はないで。」

 

「そもそもです! どうしてアイズさんがゾンビになってしまったんですか? もし気持ち悪い人に噛み付かれたのだとしたら・・・!うう・・・そんなの耐えられません!」

 

「そうね、【剣姫】って可愛いから、どんな声で喘ぐのか、ちょっと興味あるわ!」

 

「アリーゼ、やめなさい」

 

「・・・実はな、アイズたんの部屋に、食いかけのじゃが丸くんが落ちてたんや。」

 

 

それは、本来有り得ない事象。起こりえない事象だ。

あの『じゃが丸君大ファン』の【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインが、じゃが丸君を食べ残すという事象は。全員が、その有り得ない事実に1つの答えを導き出していた。

 

『じゃが丸君を食べて感染し、その拍子にじゃが丸君を落とした』

 

「えぇー・・・もうわけがわからない以上に、間抜け過ぎるっす・・・」

 

「感染経路なんざどうでもいい」

 

「で、でも、アイズさんや神様だってゾンビになっちゃうんですよ?いつ私達もそうなってしまうか・・・」

 

「ラウルさん、この携帯食料は大丈夫ですか?」

 

「これ、未開封品っすから・・・問題ないと思うっすよ? ねぇアリーゼさん」

 

「むぐむぐ・・・そうね。むぐむぐ・・・しっかり箱ごと新品で盗ってきたから・・・むぐむぐ・・・あっ、ちゃんと証文、置いてきたから安心して。」

 

【アストレア・ファミリア】の団長は・・・どんなときでも、マイペースだ。少年を股の間に収め、背中から腕を回して抱きつき、片手で携帯食料をもぐもぐと食べている。

 

「怪しいものには触らない、浴びない、食べない。お間抜けさんになりたくなかったらね。・・・なにより、【凶狼】だって食べてるし、あなただったらその嗅覚でわかるでしょ?」

 

「・・・まぁな」

 

「じゃあ、問題ないわ! ほらほら、その鼻が役に立つときよ! ワンチャン!」

 

「ブッ殺すぞてめぇ!!」

 

「わー!ベート落ち着きーやぁ!・・・とりあえず、作戦や。みんなこっからは2手に分かれるで。」

 

吠える狼を取り押さえるロキは、指を2本立てて二手に分かれることを宣言する。

そこで改めて現在居ない【Zバスターズ】のメンバーのことも整理する。

 

「・・・・えっと、【白巫女(マイナデス)】ちゃんとリオンは、【ヘスティア・ファミリア】に行った。」

 

「チーム【じゃが丸君を求めて】やな。」

 

 

『放せよ、放せぇえええええ!』

『そんな! 一緒に逃げようって言ったじゃない!』

 

 

「外、賑やかですね」

 

「まぁ、夜やしな」

 

「何というか、アレね。マラソンで『一緒にゴールしよう』って言っていた子がスタートと同時に裏切るの・・・今の悲鳴、あれに似てるわ」

 

「あー・・・ウチも聞いたことあるわ。っちゅーか、何ゾンビに追われてるのにそんなこと叫んでんねん!」

 

「オラリオの人って逞しいですね。アリーゼさん」

 

「そうねぇベル・・・あなたも逞しくなりなさい? その方が格好いいわよ」

 

「筋肉は?」

 

「【猛者】みたいになりたいの?」

 

「うっ・・・頭が・・・!」

 

「温泉で何かトラウマが出来たらしいけど」

 

「ヤメテ・・・ヤメテ・・!」

 

「一体温泉で何があったんや・・・」

 

「うぅぅ・・・・」

 

「ま、まぁまぁ・・・それより、話を戻しましょう。」

 

 

閑話休題。

耳を澄ませば、『うー! あー・・・!』と元気いっぱいな少女の叫び声と、『うわぁぁぁぁ!?』という絶望に満ちた悲鳴が聞こえてくるが、追いつく前に被害が、ゾンビが増えるのが目に見えているので【Zバスターズ】はそもそもの原因を追究することにした。

 

「・・・もう生存者を数えたほうが早い」

 

「オラリオがこんなことになるなんて・・・信じられません」

 

「状況は悪化しとる。つまり、同時に対処せなアカン。 せやから、二手に分かれんねん。ベート、リヴェリア、アリーゼたん。【Zバスターズ】最強の2人でアイズたんを止めるんや。」

 

「あれ、ロキ様。私てっきり、【剣姫】にはベルをぶつけると思ってたんですけど」

 

「いやな、最初に会った時に、アイズたんがベルたんに襲い掛かってたらそれでよかったんやけど、それ以上にじゃが丸君を優先してるみたいやからな? リヴェリアの結界で閉じ込めようと思ってな」

 

「・・・なるほど。」

 

「おいロキ、あいつをやるのに、3人もいらねぇ。俺1人で十分だ」

 

「うっさいわボケェ。闘争心グツグツなのはわかっとるけど、獣化できひんやん自分。また吹っ飛ばされるで。あとはブレーキ役としてアリーゼたんとあと兼任でリヴェリアママや。リューたん達が『じゃが丸くん』を持ってきてくれるはずやから、それで誘き寄せるんや!」

 

「・・・・チッ。仕方ねぇ。」

 

 

▶【Zバスターズ】Aチーム:ベート、リヴェリア、アリーゼ。

 ▶ゾンビ・アイズを止める。

 ▶リヴェリアは殺し合いに発展しないようにするためのブレーキ役+結界。

 ▶ベートは舌打ちをしながらも、全力のアイズと戦える事に喜びを露にしている!

 

「ラウルさん・・・彼等はどこまで本気で話しているのですか?」

 

「ぜ、全部っす・・・」

 

「アイズさんとの戦いを喜ぶ人・・・初めて見ました。誰もが、あの人を畏れるのに・・・あれが【凶狼】。」

 

「ベルでさえ逃げるのに・・・」

 

「いえレフィーヤさん。Lv.6から逃げれるのがそもそもおかしいのでは?」

 

「でもアミッドさん、実際逃げてるんですよ。まぁ・・・アイズさんもさすがに本気じゃないみたいですけど。回し蹴りをしたところを、体を捻って館内に飛び込んで、リヴェリア様の部屋に・・・」

 

「・・・やはり、おかしいのでは?なぜ、回し蹴りをするんですか? 心当たり、ありますか?ベルさん」

 

「『アリーゼさん達だけずるい、私も膝枕、したい』って言ってました」

 

「「実力行使ですか!?」」

 

 

無秩序に動き回るアイズを、リヴェリア、アリーゼと打ち合わせをして嵌める。その方がやりやすいやろ、とロキが説得をして『絶対に邪魔をするな』と残して渋々納得するベート。

そんなベートに、レフィーヤは『1人でなんてさすがに無理です!』と漏らすと

 

「覚えとけ、ノロマ。あとはラウル、ついでに兎、てめぇもだ。敵がいくら強くても、どれだけでかくても・・・」

 

「「「ごくりっ」」」

 

「『冒険者』を名乗るなら、そこに『絶対』はねえ。吠えるんだよ、てめぇを必ず『狩る』ってな。じゃなきゃ、『雑魚』は一生『雑魚』のままだ。」

 

「「「・・・・!!」」」

 

それは、孤高の狼からの助言だった。

リヴェリアママは、ヤル気満々の狼に頭を痛めた。

 

「じゃあ・・・残りは、地下水路で【黒拳】・・・いえ、今はルノアだったかしら?その子を捕まえに行くとしましょう」

 

「製薬道具は揃えてあります。こちらはお任せください。」

 

▶【Zバスターズ】Bチーム:ベル、レフィーヤ、ラウル、アミッド+女神2柱。

 ▶第1感染者?のルノアを捕獲。

 

チーム分けが終わると、ベートはすぐさま宿屋を飛び出し、アリーゼとリヴェリアも後に続いた。

 

 

■ ■ ■

 

「よぅし! んじゃあミア母ちゃんとこの娘取っ捕まえるでー!」

 

「しかし不気味ですね・・・旧孤児院の付近はともかく・・・奥にはモンスターもいるのでしょう?」

 

Bチームは、シルからの情報提供により旧孤児院付近の地下水路へとやってきた。

女神2柱がいる理由は、『襲われない』というイベント無視スキルを持ったベルがいるからだ。

 

「怯えている暇はありません! 私達もオラリオを救うために尽くさなきゃ・・・!」

 

「せやな! 頼りにしてるで! ラウル! 今は自分がリーダーや!」

 

「頑張ってください、リーダー!」

 

「ファイトです、ラウルリーダー!」

 

「はいっす! ベートさん達はアイズさんの相手をしてる・・・!給仕の1人くらい、簡単に捕まえなきゃ不甲斐ないっす!」

 

「ああ、言っておくけれど【超凡夫】・・・」

 

「はい?」

 

「彼女の拳には気をつけなさい。クリーンヒットすれば人体に風穴が開くから。」

 

「アストレア様、怖いっすよ!?」

 

「え、まじでかアストレア!?」

 

「ええ・・・リューから聞いたわ。」

 

ルノアの戦闘スタイルは、武器、魔法に一切頼らない肉弾戦。発展アビリティも清々しいまでに拳特化。単純なパワーで言えばその攻撃力、破壊力はLv.4の中でも群を抜いており、実際に昔、賞金稼ぎ時代に彼女と対峙したリューは「地のステイタスが優秀すぎる」と言わしめたほど。特にパンチの威力は凄まじく、クリーンヒットすれば人体に風穴を開けてしまうだろうとされている。

 

「いつリューさん達は出会ったんですか?」

 

「うーん、足を洗ったとはいえ、訳ありだからあんまり言えないけど・・・前のお仕事の時かしらね。怪しいことをしていれば、あの子たちが取り締まっちゃうから。」

 

「じゃあ、クロエさんとも?」

 

「まあ、恐らくはね?」

 

「【黒拳】っていうのは?」

 

「それは、異名ね。『拳が砕かれた者の返り血によって赤黒く染まったことから広まった』とかなんとか。」

 

「豊穣の女主人・・・怖いですね」

 

「昔、酒飲んで暴れたアイズたんもミア母ちゃんに沈められたなぁ・・・」

 

「僕知ってます。そういうの、『母は強し』って言うんですよね」

 

「ちゃうわ」

「違うわ」

 

 

ルノアのまさかの強さを教えられたラウルは、震えるも、頬を叩き、気を引き締める。

遠くからはモンスターともゾンビともとれる呻き声。

 

『・・・うぅぅぅ』

 

「今の呻き声は・・・」

 

『・・・はぁぁぁ。』

 

「・・・打撃音が・・・何かと戦ってる? 」

 

「音の反響からして・・・こっちっす!前衛は自分に任せてください!ベル君も頼むっす! 後衛はレフィーヤ! 狭いので魔法は控えて、周囲の警戒に注力っす!」

 

「は、はい!」

 

「ロキとアストレア様、アミッドさんは自分達の間にいてください!間違っても最後尾にいちゃダメっすよ!」

 

「なんでしょうか・・・・ものすごくラウルさんが・・・・」

 

「か、かっこいい・・・『優しいお兄さん』だと思ってたけど、こういう面もあるんだ・・・!」

 

「ベル、これよ。こういうのを、見習うのよ」

 

「は、はい! じー・・・」

 

「アカン、ウチ泣きそう! ラウル、大きぃなったなぁ!」

 

『そこぉぉぉ・・・』

 

「こ、この声・・・間違いない・・・ルノアさんだ!」

 

 

ルノアの声を聞き、一同は地下水路を進む。

そこに、さらに、モンスターが出現。

 

「隊列を維持! 一気に突っ切るっすよ!」

 

 

■ ■ ■

 

 

「数が多い・・・! このままじゃ、ルノアさんにたどり着く前に・・・!」

 

「僕が、『誘引』しましょうか!?」

 

「くっ・・・でもここでベル君を外すのは惜しい・・・! 彼女と戦うなら、ベル君もいたほうが・・・!」

 

 

そんな時、まるで雷でも落ちたかのような打撃音が地下水路に響き渡る。

 

 

『何してんだい、このアホンダラァァァァア!!』

 

ドゴォォォン!!!

 

 

「こ、この声は!?」

 

「まさか!?」

 

「ラウルさん、僕がモンスターとゾンビを引き受けますから、行って下さい! アストレア様のお胸は守ってください!」

 

「わ、わかったっす! そっちは任せるっすよ!?」

 

「ベル、あなた私の胸がそんなに心配なの!? ロキ、あの子に何言ったの!?」

 

「デメテルが女ゾンビにおっぱい噛まれたんやろなーって」

 

「ロキ、そういうところよ!?」

 

「【別に・・・あれを倒してしまっても構わんのだろう?】」

 

「ベルたん、ごめん! それ死亡フラグやねん!!」

 

「ちょっとロキぃ!! ベル、必ず戻ってきなさい!! 主神命令よ!!」

 

「はーい!」

 

「余裕そうですね」

 

「まあベルですし・・・」

 

少年は、『誘引』を使いゾンビとモンスターを引き連れて、【Zバスターズ】Bチームから離脱。

残りの面子は、駆け足で声のする方に向かっていった。

 

果たしてそこに居たのは・・・

 

 

「あん? なんだい、アンタラこんなところに。」

 

「やっぱり、最強の女店主、ミア母ちゃんやったぁ! よっしゃぁ!!」

 

「ル、ルノアさん・・・生きてるんですか、それ・・・」

 

「白目を剥いています・・・」

 

 

そこにいたのは、最強の女店主。ミア・グランド。

大柄な体躯に、片手でルノアの首根っこを掴み、周囲にいたゾンビたちもまた、壁にめり込んでいた。

 

『うぅぅ・・・働きたくない・・・休みたい・・・』

 

「ねぇ、その子、何か言ってるみたいだけれど?」

 

『毎日毎日、仕事仕事仕事仕事・・・・休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい。シルの弁当はもういやなのぉ・・・』

 

「うわ怖っ!! めっちゃ喋ってるやん!!」

 

「あ、あのーミアさんは何でこんなところに?」

 

「何でも何もないさ。地下水路の掃除をシルがルノアに手伝って欲しいって言うもんだから、時間をくれてやったのにいつまでたっても帰ってきやしない・・・で、地下水路を見にきたらブツブツ言いながらそこらの変な奴等を殴り飛ばしてるわ、アタシに拳を向けてくるわで」

 

「あー・・・それでルノアさん、頭に大きなたんこぶを・・・」

 

「レフィーヤさん、一体何者なのですかあの方は」

 

「さ、さぁ・・・?」

 

「で? アンタラは何をしにここに来たんだい? まさか、街中がおかしなことになってるのと関係があるのかい?」

 

「それがな、ミア母ちゃん・・・カクカクシカジカ、トラトラウマウマで・・・」

 

 

■ ■ ■

 

 

「それで、ルノアさんはこんなにロープをぐるぐる巻きにされてるんですか? あと猿轡(さるぐつわ)・・・」

 

「しゃーないって。噛まれたら大変やねんから。」

 

「それよりベル、貴方は体を見せなさい。」

 

「どうしてですか、アストレア様?」

 

「怪我してないか心配なのよ。ナイフ持ってなかったみたいだけれど・・・どうやって戦ってたの?」

 

「手刀です」

 

「アルフィアみたいなことをするのね・・・いえ、いいのだけれど。ナイフはどうしたの?」

 

「えっと、アリーゼさんに貸しました」

 

「あら、そうなの。」

 

 

Bチーム一行は、再び無人の空き宿に駆け込み、ベッドにルノアを寝かせアミッドはすぐに血清を作るべく準備に入っていた。大量のゾンビとモンスターを引き連れていた少年は、手刀でモンスターを倒し、ゾンビをなぎ倒し、涼しい顔で脱出したアストレアの反応をキャッチして戦線を離脱、合流を果たした。

 

ちなみに、最強の女店主は、店に帰っていった。

 

「製薬を始めます! ベルさん、手伝ってください!」

 

「え、あ、はい!」

 

「自分はバリケードを作るっす! レフィーヤ、手伝ってくれると助かるっす!」

 

「わ、わかりました!」

 

「・・・ねぇロキ」

「・・・なぁ、アストレア」

 

「・・・何か、引っかからない?」

「・・・何か、引っかかるなぁ」

 

女神2柱は、作業をする眷族達を眺めながら、顎に指を当てて首を傾げた。

これで万事解決、喜ぶべきだと思う眷族達とは打って変わって、その顔は晴れない。

おかしい、何かがおかしいのだ。

 

 

「・・・今更のとこもあるんやけど」

 

「・・・その子、地下水路から出ていないのでしょう?」

 

「そっから感染が広がることって、ほんまにあるんか?」

「そこから感染が広がることって、本当にあるのかしら?」

 

「い、嫌なこと言わないでほしいっす!」

 

「それにもし、うちが黒幕なら、もう『ひとひねり』用意する。必死にゾンビから逃げ回るもんをあざ笑う展開を。」

 

「ホントにやめるっす・・・!ここまで来てその展開は洒落にならないっす!」

 

「まあ、憶測に過ぎひんからな・・・今はベートがアイズたんを止めてくれてることを願うのみや。頼むで【Zバスターズ】のリーダー!」

 

 

これは語られることではないのだが、作戦通り、2人の妖精がじゃが丸君を用意し、そこにやって来たゾンビ・アイズと戦闘を行っていたベート・ローガは、加減する必要がないとしてヒートアップ。さらに、アイズに魔法を使うように言ったものの、まさかの

 

『エー、アー、エー、ウー!エー、アー、エー、ウー!』

 

としか発音できず、つまり、魔法が発生することはなく・・・・

全てが終わった頃、不完全燃焼で不満たらたらの一匹の狼が発見されることになる。

 

『ふっざけんじゃねえぞぉぉぉぉ!?』

 

とは狼の言である。

これにはアリーゼも失笑。さすがに同情した。

 

『あらら、手伝いいるかと思ったけど、いらなさそうね! 【凶狼】、ファイトっ!』

 

『ちっくしょおぉぉぉぉぉ!!』

 

 

■ ■ ■

 

「できました! 血清です! 早速、ルノアさんに打ちます!」

 

 

プスッ・・・

 

 

『・・・・ウ、ウガアァァァァァ!?』

 

「なっ・・・・失敗!?」

 

▶アミッドは血清をルノアに打った。

 ▶しかし、効果がなかった。

 

 

「そんな!?」

 

「やっぱりそういうことか! そのアホは自分の掌の上でことを起こしたかったんやな!」

 

「どういうことっすか!?」

 

「考えてもみぃや。ゾンビ騒ぎで自分までゾンビになってもうたら騒ぎを楽しめんやろ? 自分が感染して、なおかつゾンビにならん・・・そんな薬を最初に作ったんやろ。」

 

「それって・・・もしかして・・・」

 

「ああ。騒ぎを広げるも収めるも自由自在。パニックと救いを小出しにして騒動を煽り放題・・・」

 

 

それは、つまり『第一感染者はゾンビにはならない』ということ。

と、一同が驚きのあまり固まっているとバリケードが打ち破られ、ゾンビたちが雪崩れ込んでくる。

 

『ウワァァァァァァ!!』

 

「バリケードを破られた!? まずいっす!」

 

 

さらに、ベッドに寝かされていたルノアが拘束を破り、起き上がり――

 

「しまっ・・・!?」

 

『ウガァァァァ!』

 

ガブッ!!

 

 

「ア、アミッドさぁあああああん!?」

 

噛まれ、膝から崩れ落ちるアミッドを少年が受け止める。

彼女が被っていた医療帽が虚しく床に落ちる。

 

「無念・・・!」

 

「そんな・・・! 嫌だ、アミッドさぁん!!」

 

何かと良くしてくれる気を使ってくれる年上のお姉さんが倒れ、少年の腕に抱かれ、少年は涙目になって叫ぶ。そんな少年の頬にアミッドは優しく手を触れ微笑む。

 

「ベルさん・・・私が死んだら・・・私が死んだら・・・『きゃっぴるーん』を世界中に広めてください」

 

「何言ってるんですか!しっかりしてくださいよ! 」

 

「私はもう無理です・・・だから、どうか・・・どうか『きゃっぴるーん』のことだけは・・・その偽乳房も差し上げますから・・・」

 

「無茶言わないでくださいよ! そんなアミッドさんの黒歴史を世に広げるようなこと、僕1人じゃできないですよ!」

 

「貴方ならできます・・・貴方は人を惹き付ける魅力があるのですから・・・・」

 

「無理ですよ、アミッドさんがいなかったら僕は・・・僕は・・・」

 

「何を言います・・・。あなたが治療院で私の手伝いを行うようになってから、私は貴方に教えられるかぎりのことは教えました。貴方と出会って、私は初めて気付かされたのです。私のやってきたことは本当は何の意味もないのではないかと。本当の幸せとは誰かと共に新たな命をはぐくむこと

前に向かって共に歩むことだと。そんなことにさえ私はこれまで気付かず、貴方の心の傷を癒すこともできなかったのです」

 

「アミッドさん、それに気付くのはちょっとまだ早いんじゃ」

 

「治療師としての道を歩み出してから、出会ってからその付き合いはアリーゼさん達ほどではなくとも、貴方に教えられました。人はどう生きるべきなのかと」

 

「いや僕はまだ、貴方の人生観を変えるようなことはしてないですよ!」

 

頬に触れる手を優しくつかみ、寄り添うようにしながら、それでもまるで熟年の夫婦のようなやり取りをする2人の少年少女。そして、ゾンビと戦う青年と少女。それを見守る女神2柱。しかし、女神の1人はもう我慢ができなかった。

 

 

「―――って、ウチらは何を見せられてんねぇぇぇぇぇんっ!! なんやコレは!! おい、アストレア、固まってないでなんか言えや!! 寝取られたみたいな顔すんなや!!」

 

「―――ハッ!? あ、あ~・・・ええっとぉ・・・アミッドちゃん? 貴方、感染しないの?」

 

「・・・・・・って、はい??」

 

「え、え!? どういうことっすか!? なんでアミッドさん平気なんすか・・・?」

 

「・・・さ、さぁ・・・なぜ、なのでしょうか・・・?」

 

「ぐすっ・・・・ひっく・・・!」

 

「ま、まさか・・・!」

 

「ベル! アミッドちゃんの胸に顔を埋めて泣いてないでしっかりしなさい! 貴方こういうとき、ポンコツになりやすすぎるわ! いえ、仕方ないけれど!!」

 

 

■ ■ ■

 

 

【ギルド本部】ロビー。

眠気眼な、犬人の美少女が薬を冒険者に配っている。

 

「はい・・・次の薬・・・」

 

「ありがとうございます! じゃあ、ゾンビ化した人に打ってくるっす!」

 

「もう一回・・・血を抜くよ・・・」

 

「少々遠慮なしに抜きすぎではないですか・・・? あと、何故私は、ベルさんに膝抱っこされているんでしょうか?」

 

「・・・・・」

 

「黙れ・・・おマヌケな聖女様の血・・・有効活用してあげてるんだから。」

 

 

犬人の美少女の名は、ナァーザ・エリスィス。【ミアハ・ファミリア】の団長である。

彼女は、怒りと呆れを混ぜこぜにした顔をして、アミッドの血を採取していた。

 

「ベル、聖女様が逃げないように、しっかり捕まえておくんだよ・・・・」

 

「え、あ、はい・・・。よかった・・・アミッドさん生きてて・・・でも何で? 別に僕の膝に座らせる必要ないんじゃ?」

 

「ベルは浮気物・・・。前にリリルカに【デュアル・ポーション】の素材集めのクエストを頼んだ時協力してくれたのに、全然私の所に来てくれない・・・・いつもいつも聖女様の所。カサンドラも悲しんでる。最近、夢に甲冑を着た男に求婚されるとか言ってたし・・・意味、わからないんだけど」

 

「・・・・ベルテーンの人、かなぁ・・・」

 

「ぐっ・・・あ、あの、ベルさん? 腕の位置が少々高いかと。胸に当ってしまいます・・・」

 

「何を今更照れているの? こっちは2人が一緒に昼寝しているって話、知ってるんだから。ベル、なんなら聖女様の胸を揉みしだいて心臓の動きを早くさせてもっと血を作らせて」

 

「そ、それはさすがに可哀想・・・」

 

「第一感染者のくせに、色んな人を治したせいで感染を広げちゃうなんて・・・はぁ、やれやれ。」

 

「うぅぅ~!」

 

 

つまり、そういうことである。

灯台下暗しとはこのことだ。

唯一の心当たりは、仕事の差し入れにディアンケヒトが持って来た精神力回復薬(マジックポーション)で、おかしな味の物があったという。

 

「ほんま、どこから見つけてきたんか知らんけど・・・本人は良かれと思ってるぶん、タチ悪いわ。」

 

「魔法での感染・・・完全に盲点だった。アミッドが癒せば癒すほど、感染者が増える。気付かないわけだ。」

 

「ていうか感染者の数から考えると、アミッドさん仕事しすぎっす・・・!」

 

「おそらく、魔法での感染は遅効性のようですね。人によって時間差はあるのでしょう。」

 

「ルノアさんがゾンビになったのは? 冒険者でもないのに。」

 

「ええと確か・・・騒動が起きる前に、街中で出会った時に顔色が悪かったので・・・恐らくその時でしょう」

 

「アミッドさん、徹夜ダメ、絶対」

 

「す、すいませんベルさん」

 

「ベルがアミッドさんに違和感を感じてたのは、働きすぎてたからってことなのね・・・ねぇアミッドちゃんウチに泊まりに来てもいいのよ?」

 

「アリーゼさん・・・またそうやってすぐ外堀を埋めに来る・・・。」

 

アイズの感染に関しては、アミッドが一口彼女からもらっていたらしく『間接キス』で感染したのだとか。

 

 

「まぁ、ゾンビもほとんど元に戻った見たいやし、めでたしめでたしや!」

 

「償いは・・・できたでしょうか・・・?」

 

「いやー・・・『年下の男の子に観衆の前で膝抱っこされながら血を抜かれる』シチュエーションを晒しているんだから、これ以上の羞恥はないと思うわ。うん、償えたと思うわ。」

 

「そういうのは全員治してから。さ、お肉でも造血剤でもいいから食べて飲んで、もう一働きして。」

 

「ううぅ・・・私の失態とはいえ・・・もう、お腹が・・・あの、ベルさん、お腹を摩らないでください・・・」

 

 

この騒動は、『オラリオ史上、もっとも語りたくないしょうもない事件』としてギルド奥深くの書簡に仕舞われることとなったのだった。

 




ちゃんちゃん。


最後のベルとアミッドのやり取りの元ネタは刀語(このやり取りがやりたかった)

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