兎は星乙女と共に   作:二ベル

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難しいところをかくのは苦手なんです。
とりあえず正史で起きた出来事は起こしたい。


英雄零落都市オラリオ
白幻


トンチンカンな騒動から3日後。近々、人工迷宮(クノッソス)進攻となった中―――

 

「【解き放つ一条n――】」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「ぷぎゅるぷっ!?」

 

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館の中庭にて、山吹色の少女が、宙を舞っていた。

 

 

山吹妖精と白兎の100番勝負。

本日で通算『8勝2敗』・・・・白兎の勝利が刻まれた瞬間である。

 

2敗に関しては・・・とくに1回の敗北は思い出したくもない事件である。

迷宮5層にて、『フロッグ・シューター』の巨大型・・・つまりは、異常事態(イレギュラー)によって生まれた、巨大なカエル型モンスターとの戦闘でのことだ。

 

 

 

 

「浅い層ですし、異常事態(イレギュラー)と言っても問題ないでしょう・・・数は3・・・どっちが先に2体倒すか勝負です!フンスッ!」

 

「あ、うん・・・どうぞ」

 

そのカエルのサイズは、通常の大型犬サイズとはまったくもって違い、見上げるほどでかかったのだ。家畜を一飲みしそうなくらい。女性冒険者がやたらテラテラして被害にあって帰還するため、男性冒険者は歓喜するも、ギルドからは討伐依頼が出されたまたま手が空いていた少年にその依頼が舞い込んできた。

『ベル君ごめん! カエル倒してきてくれる!?』

 

『え、エイナさん!?』

 

『このままじゃ女性冒険者が毎日ドロドロになって帰ってくることになるから!!』

 

『男性冒険者も襲われてますよね!?』

 

山吹族随一の馬鹿魔力の持ち主、レフィーヤ・ウィリディスは『今日こそは勝ち星を!』と杖を握り締めて走り出した。

 

 

(・・・あの人最近、魔導士なのに杖で前衛しだしてるんだけど・・・大丈夫かな。)

 

超短文詠唱で強力な砲撃を放ち、かつ目視が出来ない魔法を持つ少年を相手にどういう訳か戦いを挑む少女に少年はいつも困惑していた。彼女の所属派閥ではもうその光景は日常と化して来ており、

 

『今日はレフィーヤが何秒耐えられるか、どこまで詠唱できるか楽しみやー! 頼むからええ加減、耐久やのうて魔力を上げてやー!』

 

とは主神の言であり

 

『・・・・レフィーヤ。見えない魔法を相手にするのだから同じ場所に長々といるな。常に動け。でなければ恰好の的だ馬鹿者』

 

と頭を痛めるのは彼女の師でありリヴェリアだ。

 

そんな彼女はどういう訳か、

 

▶同じ位置に居てはいけない→常に動き回る→高速詠唱が必要→つまりリューさんを真似ればいいのでは?

 

と考え至り、杖を抱えて少年に特攻、モンスターに特攻。

つまるところ、迷走していた。

 

少年・・・『ベル・クラネル攻略法』は、【ロキ・ファミリア】の団員達の中では話題の中のひとつとなっており、その中でも攻略法をそろそろ掴みそうなのが、ベート・ローガとアイズ・ヴァレンシュタインだった。

というか、何となくわかってきていた。

 

 

結局のところ彼女は何度も吹き飛ばされては、スカートの中身を晒しているのだがこの迷宮内での異常事態(イレギュラー)モンスターとの遭遇では、少年に悲劇が舞い降りたのだ。

 

 

「―――うっぷぃ!?」

 

「・・・・え?」

 

ぼけーっと、『どうしてこの人はこんなに僕と勝負をしたがるのだろうか』と考えていると間抜けな断末魔が聞こえて前を見ると、杖を抱えてモンスターに特攻していた少女の姿がなく、巨大なカエルだけがそこにいた。

 

「・・・・・」

 

『・・・・ンゲコォ(もこもこぉ)』

 

なにやらカエルの口から、人の足が飛び出しているのだがそれ以上にカエルの口がモゴモゴと動いていて少年は、もう帰りたくなった。少年は盛大に溜息をついてナイフを抜刀。未だに自分の事に気がついていないことから自分では余裕で倒せる相手だと判断し

 

「――――ちょっと失礼するね」

 

トスッ・・・ジジーッ・・・・ ドッロォ・・・ドチャッ。

 

『・・・ンゲコォ』

 

巨大なカエルは、大きな女の子を体の中から漏らし灰になった。

ハンカチでドロッドロの体液がついている魔石を回収した少年は、粘液塗れで生まれたての野生動物のようになっている彼女に視線を移した。

 

「・・・・何してるんですか。『キタネーヤ・ウィリディス』さん」

 

「・・・うぐっ・・・うぇぇぇ・・・!」

 

「・・・・・・あの、大丈夫ですか? 『クセーヤ・ウィリディス』さん」

 

「ぐすっ・・・・うぅぅ・・・!」

 

 

少女は盛大にぐずっていた。

少年は『あれ、この人僕よりお姉さんだよね?なんだか、年下にしか見えなくなってきたぞぉ!』とちょっと気分が高揚した。これが輝夜様を見て育ったが故に染み付いてしまった嗜虐心なのか、それは全くもってこれっぽっちも少年にはわからなかった。

 

「と、とりあえず、起き上がってくださいよ・・・『お父さん!元気な女の子ですよ・ウィリディス』さん」

 

「・・・・・・・」

 

少年の、もうあだ名なのか何なのかわからなくなってきたその呼び方に少女は肩をピクリと揺らし、うつ伏せになり四つん這いになり、杖を支えにしてプルプルと立ち上がった。

 

 

ネッチョォ・・・グッチョォ・・・ズチャァ・・・!! 

ドチュルッ・・・ブチュッ・・・・グッチャァァ・・・!!

 

1つの動作に付き、2つ以上の汚い交換音。

少年は後ずさりをした。

 

「ベルぅ・・・なぜ、離れるんですか?」

 

「その・・・距離感って大事だと思いませんか?」

 

「距離・・・感・・・?」

 

「アリーゼさん達だって、僕にとっては姉だし、それ以上だし・・・その、そういうこともしましたけど・・・」

 

「そういうこととは・・・?」

 

「まぁその辺は、置いといて。・・・・それでも、距離感を大事にしてて、僕がそっとしておいて欲しい時は、近くにはいますし手を握ってくれますけど、何も言わずにいてくれます」

 

「そうですか・・・」

 

「だから、友人関係を育むには・・・距離感を大切にするべきだと僕は思うんです。『チケーヤ・ウィリディス』さんは、何ていうか、距離感がいきなりゼロなんです。だから、えっと・・・」

 

「・・・・ベル」

 

「はい?」

 

少女は、俯いていた顔をゆっくりと、ネッチョリと音を立てながら、少年に優しい微笑みを浮かべて見つめた。その顔が今まで見たどの顔よりもエルフらしくて、美しくて、妖艶で、少年は少しだけ、毛1本ほどだけ、ゴクリッと唾を飲んだ。少年だってお年頃だ。目の前でローションっぽい液体に塗れた美女美少女が居れば少しくらいはビックリする。これが姉だったら・・・女神だったら・・・と少しだけ考えたが、そんなことを言えば本気でやりかねないのはわかってたので絶対に言わない。顔を上げ微笑を浮かべた少女は、首をコテッと傾けて

 

 

「私達・・・」

 

「・・・・」

 

「友達じゃないですか(ニコッ」

 

ガシッ!!

 

「えっ」

 

「あなたも!! 同じ!! 目に!! 合・い・な・さぁあああああああいっ!!」

 

あろうことか少女は少年に真正面から抱きつき、そのまま左足を軸に回転。

粘液でその回転は加速し、捻りが加わったまま放り投げられた。

 

「~~~~~~っ!?」

 

まさかの少女の奇行に、少年は動転して何も出来ずに・・・

 

 

『ンゲコォ・・・・』

 

まるで、『Hey!! カモーン!!』とでも言うかのように、大声に反応した巨大カエルBに、

 

パクン。

 

『ゲロゲロゲロォ・・・・』

 

頭から飲み込まれた。

歯がない故に、ゆっくりと生暖かい口の中で少年は涙を瞼から零した。

 

『ンゴロォ・・・「【福音(ゴスペル)】!!」・・・っ!?』

 

山吹少女が『も~これで、引き分けですね☆』とバッグからナイフを取り出して近づくと、内側から爆ぜ、カエルのパティが少女にぶちかかり、少女は悶絶。悲鳴をあげ、少年もまた悲鳴を上げた。

 

「「んぎやぁああああああああっ!?」」

 

少年は悲鳴をあげ、粘液塗れの顔を何度も拭い。

女神からもらった大切な【星の刃(アストラル・ナイフ)】が粘液で、テラテラしているのを確認して目の前の山吹少女に掴みかかった。

 

「何してくれてんですかぁああああああっ!!」

 

「んぁああああああああ!?」

 

「アストレア様が、僕のアストレア様が、体液塗れに!!」

 

「な、なんかエッチですよ!?」

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

「よくもぉおおおおおおお!!」

 

「きゃぁああああああああ!?」

 

大好きな女神アストレアが仰向けに倒れ、ローション塗れになっている姿が脳裏を過ぎったが、ちょっと気になったが、仕方がない!!だって、何だかんだで少年はお年頃なのだから!!

 

少年は山吹少女の、エルフにしては育ちの良い胸倉を片手で掴みかかると全速力で18階層を目指す。その前方に、最後の一体であろう巨大カエルCがいたが、山吹少女をカエルに投げ飛ばし【山吹ミサイル】でカエルの腹に風穴が開きそれを少年がキャッチ!!少女の手にはなぜか魔石が握られていたけれど、そんなことはどうでもよかった!!

 

悲鳴を上げる少女を他所に、縦穴を飛び降り、18階層に進出!!

泉に少女を投げ入れ、少年もまた飛び込んだ!!

 

 

バッシャァァァァン!!

 

巨大な岩でも投げ込んだかのような音が、その日、18階層に響いのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

「ひぃ、ひぃ、ひぃ・・・・」

 

水浸しになりながら、少年と少女は向かい合った。

少年の瞼からは涙が。

少女の瞼からは、涙と馬鹿丸出しの笑みが。

少女は衣類が濡れているが故に下着が透けて見えていて、けれど、何か快感を覚えたように恍惚としていた。

少女の手には、魔石が握られていた。2つも。

 

「ベル・・・はぁ、そのぉ・・・ふぅ・・・」

 

「いつの間に魔石を2つもとってたんですかぁ!?」

 

「貴方が!! 2体目を内側から破壊したときに、その魔石が私の所に飛んできたんです!!」

 

「もう1つは!?」

 

「貴方が私を投げてカエルにぶつけた時に! なぜかスポッとはまったんですぅ!!」

 

「ふざけろぉっ!!」

 

「つまり、勝敗は私の勝ちです!! えっへん!!」

 

「どんだけ勝ちたかったんですかぁ!? もういいです!!―――【もう寝ててください(ゴスペル)】!!」

 

「ぷぎゅっ!?」

 

 

その後は、びしょ濡れの少女を抱えて地上に戻り、異常事態(イレギュラー)モンスターの排除をギルドに報告し黄昏の館に彼女を投げ込み、少年は自分の派閥に帰っていった。

本拠に帰ったときの少年の姿を見た姉達はビックリ仰天。何があったらずぶ濡れになって帰ってくるのか、と。何が起きたのかを夕飯時に聞かれたために素直に報告するとそれに興味をそそられたのか、団長と副団長が『一緒に風呂にいくぞ』『お風呂行くわよベル』と連行。美味しく食べられてしまったのだ。

 

 

閑話休題。

 

晴れ渡る空を見て、吹き飛び、倒れ伏す少女に目を向けながら少年はそんな悲しい敗北を思い出し、涙を拭った。

 

「もう1敗の方はまだマシだった・・・だってちゃんとルールが決められていたんだから。地の利とか、経験とかでは僕が不利だっただけで。」

 

「きゅぅぅぅ・・・・」

 

もう1敗に関しては、『魔法禁止』『使用武器は館内に隠されているハリセンのみ』『アクティブスキルの使用禁止』というもので、少年はリヴェリアの部屋と団長室ぐらいしかまともに覚えていないために迷いに迷ったが故に、ハリセンの餌食になったのだが、まだそれはいいのだ。

 

カエルに食べられたことだけが、ショックだったのだ。

パニック気味だった少年は、治療院に駆け込んで聖女様にナイフを差し出して『清めてください!!』と言い放ち、聖女様を大困惑、次第に顔を赤くさせてお説教をくらった。

 

 

少年は、溜息をついて倒れている少女のもとに歩いていき頬をチョンチョンとつつく。

息はある。けれど、頭の中ではお星様が飛び交っているのか、起きる気配はない。

 

「レフィーヤさーん、詠唱、最後までできてないですよー。アイズさんだって僕の砲撃を避けるくらいはするんですから、レフィーヤさんも頑張ってくださいよー」

 

 

ツンツン・・・ぷにぷに・・・ツンツンツンツン。

 

何度も頬をつつくも起きる気配はなく、仕方がないので少年は少女を抱きかかえて、館内に入り、リヴェリアの部屋に運び撤収した。目が覚めた山吹少女は、リヴェリアに『お前は何がしたいんだ・・・』と小言を漏らされた。

 

少女の耐久が、また上がった。

ロキは『レフィーヤって肉盾やったっけ?』と笑った。

 

 

 

その晩、食堂にて『ベル・クラネル攻略会議』が行われた。

 

 

「ア、アイズさん! どうすればあの魔法を避けられるんですか!?」

 

「えっと・・・勘・・かな?」

 

「そんなぁ・・・動き続けるって言われても無理ですよぉ・・・範囲もわからないんですからぁ・・・かなり広いですよね?」

 

「うん・・・加減で変わってる、みたい」

 

「それを一体どうやって・・・ティオナさんは?」

 

「私? 気合!!」

 

「えぇ~・・・・」

 

ベル・クラネルと模擬戦を行ったことのある面子は、それぞれ言う。

 

・魔法は見えない。

・避けるも何も、見えないのだから仕方がない。

・しかし止まるのは下策。

・気合で突破する(アマゾネス式)。

・Lv.差で何とかなっているだけで追いつかれたらわからない。

・直線で動かず曲線をイメージして動いて接近する。

・1回避けて油断すると爆散鍵(スペルキー)で攻撃される。

 

 

「むむむ・・・・」

 

「まずは魔法を1度突破する必要がある・・・ね。」

 

「団長たちはどうやって勝てたんですか?」

 

「ンー・・・それは内緒かな。まぁ僕達は彼と戦ったんじゃなくて彼の義母と戦ったんだけど・・・」

 

「しかし直接戦ったのは、【アストレア・ファミリア】だ」

 

「じゃあ、アリーゼさん達に聞けば!!」

 

「いや、奴等も『二度と戦いたくない』と言っておったからのぉ・・・まぁ、あの小僧っ子はアルフィアより下位じゃろうが」

 

「「「え?」」」

 

「ベルのお義母さんってもっと強い・・・の?」

 

「アイズ、お前は剣を奪われたことがあったろう」

 

「あ・・・」

 

アイズは過去の暴走幼女時代に少年の義母に軽くあしらわれたことを思い出し、ガクブルと震えた。その様を見て戦慄するのは周りの団員達。

 

「そ、そんなに強かったの・・・?」

 

「Lv.7というのもそうだが・・・仮にもリヴァイアサンにトドメをさした人物だからな。」

 

リヴェリアはそれとなくアルフィアのことを食事を口に運びながら話していく。

 

・音の魔法は、加減したものとそうでないものがある。

・さらに強大な音の魔法がある。

・超長文で並行詠唱を当然の様に行える。止めるのはほぼ不可能。

・魔法を無効化する魔法を持っている。

・他者の技を完全とは言えないが再現できる。

・才能に愛された化物。

 

「あの子のお義母さんこわっ・・・」

 

「で、でもでも、アイズさんとベートさん、何度か勝ててましたよね!? どうしてですか!?」

 

「それは・・・・」

 

「あの兎が()()()だからだ。」

 

「どういうこと?」

 

「ベルは確かに、ベートさんの足技とか、誰かの技を真似たりするけど、それは()()()()()()()()・・・。たぶんあの子はそもそも対人戦が苦手。怖いから、だと思うけど。」

 

「だから、適当なところで逃げちゃうんですか?」

 

「うん。ベルは子供の物まねをしてるようなもので・・・えっと・・・『技と駆け引き』が、中途半端・・・なのかな? でも、スキルで相手の位置がわかっちゃうから、それを気付かせにくい。あれは、ベルだからできること」

 

「ベ、ベートさんは・・・どうやって勝ったんですか?」

 

「あぁ? てめぇ・・・あんだけ勝負ふっかけておいて、気付かねぇのか・・・?」

 

「え?」

 

 

アイズとベート、さらにはフィンたちは大分前から気付いていた少年のちょっとした弱点。

それは、街中や人、生き物が多い場所では人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)というスキルは反応をキャッチしすぎて混線するため役に立たないということ。

広範囲殲滅ができたとして、その間には必ず隙が生まれるため、そこに入り込まれ連撃を与えられればさすがに魔法を使用する余裕はなくなること。

自分が少年に突撃する前に、地面を破砕させた散弾やナイフなどの投擲武器、所謂、複数の攻撃を短い間に挟まれれば、少年もさすがに動かざるを得なくなること。

 

ベートの場合は、迷宮内で地面を破砕させ破片を飛ばし、土煙で視界から姿を消し、咆声を上げて少年のスキルの波長にノイズを生ませその隙に至近距離に迫り地面に倒している。

 

アイズの場合は、風で加速させて少年の魔法がくるのを感じ取っては、それを避け、風を解除、回し蹴りを繰り出して膝枕を行っている。アイズだけが、ほぼ勘。

 

 

「まぁ・・・もっとも、これは彼が未熟だから。なんだけどね。」

 

「そもそもあの子は、自分で選んだこととはいえ『冒険者』にならなくてもいいと言われていた子だ。ダンジョンにも私達ほど精を出して行っているわけでもない。」

 

「うん。ベルはダンジョンにピクニック感覚で行ってる・・・。襲われたらダンジョンに逃げるし。 危ないからダメって注意したけど」

 

「そもそもなぁ・・・弱点が弱点じゃないねんなぁ・・・・これでさらにアルフィアとかザルドみたいなスキル発現したら、怖いでぇ」

 

「ハハハ、ロキ、そういうのをフラグっていうんじゃないのかい?」

 

「せやったな! ハハハハ!」

 

「まぁとにかく・・・彼をあまり追いかけないようにね? 特にレフィーヤ」

 

「は、はぃぃぃ」

 

 

これは余談だが、この先に見舞われる悲劇の先、少年はこの弱点を完全に克服することとなる。

 

 

■ ■ ■

 

 

「輝夜さん、今日はどこに行くの?」

 

「ん?【ヘファイストス・ファミリア】に行く前に少し、墓参りをな」

 

「大切な人?」

 

「いや・・・あー・・・そういうわけではなく、お前はどうせ知らないだろうと思ってせっかくだから連れて行ってみようかと思ったんだ。」

 

「?」

 

 

それは、山吹族との戦いから一夜明けた次の日の午前。

専属の鍛冶師から『武器ができた』と連絡が来たので、本日はオフの輝夜と出かけていた。

場所は、都市南東区画『第一墓地』――通称『冒険者墓地』。

落命した冒険者達のために用意された埋葬地には、白の墓石が数え切れないほど並べられている。いつもより少し早めに出たためにまだ人影はなく、静謐さがあった。

 

「・・・・輝夜さん」

 

「ああ、やっぱり苦手か。まぁ、墓地が好きな人間はいないだろうが・・・ほら、手を握ってやる」

 

「うん・・・ねぇ、ここってお義母さんたちが・・・」

 

「さぁな。ここはとにかく、死んだ冒険者の墓地なだけだ。中身があるかどうかは別としてな」

 

「中身?」

 

「冒険者は迷宮内で死ねば、必ずしも遺体を持って返れる保証はないということだ。故に、この墓の中には、何もない場合だってある。」

 

手を繋ぎ、墓地を歩く黒髪の美女と白髪の少年。

少年はやはりというか、当然と言うかこの場所そのものが苦手なのか輝夜の体に自分を隠すようにくっついて歩く。けれどすぐに、その歩みは止まる。

 

『よく来とんのか、ここには?』

 

『ああ・・・この想いを忘れないように、時間を見つけて通っている』

 

少年と美女の眼前少ししたところ、花束を手向ける男神の背を見ながら、言葉をかける女神がいた。それぞれには眷族が2人。立ち上がった男神――ディオニュソスの前には複数の墓石があり、恐らくはそれが、彼の眷族の遺体が収められた墓標なのだろう。

 

 

「恐らくは、あの神の眷族も『極彩色のモンスター』にまつわる事柄で死亡したのだろう」

 

「・・・・」

 

「言っておくがベル、神と私達とでは死生観に若干のズレのようなものが存在する。故に、神々がああして墓前で黙祷するのは、下界の住人の真似事でしかない。魂は天に還り漂白され、そしてまた生まれてくる。故に、あの墓の中には、何もない場合と、あるいは肉の塊しか存在しない。」

 

 

故に、鎮めるべき無念も、報われる者もいない。

神2柱のやり取りを少しはなれたところから眺める2人は、特に少年は、複雑な気持ちだった。

 

( アストレア様も、僕達が死んでも、悲しむことはないんだろうか )

 

「・・・と、そんなことを考えているな?」

 

「・・・うぇっ?」

 

「何だそのマヌケな反応は。」

 

「な、何でわかるの?」

 

「付き合いもそれなりに長いからな・・・。言っておくが、()()()()()というわけではないぞ。変なことを考えるな。」

 

「う、うん」

 

 

『何を言ってやったんや?』

 

『謝罪さ。それ以外はない』

 

話をしている女神――ロキもまた、愛しい眷族を人工迷宮(クノッソス)の中で失っている。それは少年の知らぬことだし、リーネ・アルシェとその近くに居た数名を救えたのは偶然、幸運だっただけにすぎない。少年は神ではないのだから、全ては救えない。零れ落ちた命は必ず存在する。そんなロキもまた地上に残る神々が唯一示せる子供達への謝罪お意に倣おうとして、止めた。そんな感傷めいたものを行うのは、そもそもの悪の根源を断った後だと、そう決めたから。

その代わりに、同行している眷族のレフィーヤが目を伏せた。

 

 

「あの神、アウラが生きているというのに、死んだと思い込んでいるようだ。おかしいと思わないか?」

 

「うん」

 

「改宗をしても、繋がりがなくなるわけではない。故に、気付いているはずだ。そうでなくてはおかしいんだ。」

 

『ロキ、私は言ったな。都市にいる神は全て容疑者、子供の仇だと』

 

「あの神のことは調べてはいるんだが・・・はぁ、なかなかどうして、上手くいかない。」

 

「?」

 

「アストレア様に、あの神と同郷・・・いや、もっと言えば『12神』とやらを教えてもらっていたんだが、なんともぱっとしない。それに最近何かと忙しかったしな。騒動で」

 

「そ、ソウダネ・・・」

 

 

そう何かと騒動が起きて、手が回らなかったのだ。

これには団長も『いや、ちょっと寝たい、無理。休ませて。私達はアスフィじゃないの!寝なきゃ死ぬの!適度にベルも補給したいの!!』と逆ギレするほど。

 

「正直、あの派閥は足手纏いだ。近日行うであろう攻略作戦に来られるのはな。だが逆に、放置しておくと何をされるかわかったものではない。」

 

『だが、あえて言おう―――作戦に参加させてもらいたい』

 

ゆっくりと振り返ったディオニュソスが、真っ直ぐロキを見つめていた。

 

「ちっ――――あれが芝居だったなら、とんだ芸達者だ。恐れ入る。」

 

「・・・・・」

 

「直接の攻略は【ロキ・ファミリア】が行うそうだ。私達の役割は・・・」

 

「サポートと、【ディオニュソス・ファミリア】の監視?」

 

「その通り。まぁ、お前は前線に引っ張り出されるかもしれないが。」

 

「がんばる」

 

「ほどほどにな」

 

「うん」

 

結局のところ、闇派閥の残党と『穢れた精霊』とやらを倒さなくてはいけないことに変わりはない。どうせなら怪しいうちに取り押さえてしまいたいところだが、今のところ証拠に挙げられそうなのは『ワイン』のみ。けれどそれもまだ調べ上げられていない。なにやら神ソーマは現在、『酔わない酒』を作るのに忙しいらしく、リリルカが声をかけにいってもうんともすんとも言わなかったらしい。

 

「下界の住人である私達が神を殺すことはできない。それは最大の禁忌だからだ。だから、作戦には神自身が参加することになる」

 

「―――アストレア様は?」

 

「お前が絶対に反対するからと説得した。」

 

「よかった・・・」

 

 

やがて2柱の神と2人の眷族は立ち去り・・・1人、黒髪赤眼の妖精が少年の方を見て片手を上げてすぐに主神のもとに駆け出していき、少年と美女もまたその場を立ち去る。

 

「なぁ、ベル」

 

「ん?」

 

「お前は、あの神のこと、どう思う? 面識は・・・まぁ、お前のことだ、アストレア様が紹介しない限り、自分から近づこうとはしないだろう?」

 

「うん。あの神様は・・・なんていうか、ヘルメス様とはまた違う意味で気持ち悪いと思う。」

 

「気持ち悪い?」

 

「うん。 でも、フィルヴィスさんはいい人だから・・・今はよくわからない。」

 

「・・・・とりあえず私達はあの神を黒として目を光らせるしかないわけか。」

 

「この場で取り押さえちゃだめなの?」

 

「今の状態では証拠不十分になってしまう可能性が高い。」

 

「難しいんだね・・・」

 

「ああ。難しい・・・頭が痛くなってくる。」

 

「僕、頭が爆発しそう」

 

「ふふっ、兎さんには難しすぎましたねぇ」

 

「そ、それより早く、ヴェルフのところに行こう。」

 

「ああ・・・防具と武器が出来たのだったか。例の黒いゴライアスとやらの素材で」

 

 

■ ■ ■

 

 

「なんかヘスティア様っていつもバイトに遅刻してるのかな?」

 

「さぁ・・・私にはてんでわかりません」

 

【ヘファイストス・ファミリア】、ヴェルフの工房前。

本日の本来の目的地はここだった。

 

「ほら、さっさとあけてくださいまし」

 

「はーい」

 

ガチャッ。と重たい音を立てて扉を開ける。

まだ作業をしていたのか、開けたと同時に少し熱があたり、仰け反る。それを輝夜が少年を盾にして先に行けと促してくる。

 

「な、何で押すの!? 熱いのに!」

 

「私の方が熱いわ」

 

「き、着物脱げばいいじゃん!」

 

「ほー今すぐここで全裸になれと? 仕方ありませんねぇ・・」

 

「わー! だめぇ、脱がないでぇ!!」

 

「クスクス・・・それなら早く中に行ってくださいまし。」

 

「ぐぬぅ・・・・ヴェールーフー来たよー」

 

 

カンッ、カンッ、カンッ!と鉄を打つ音。

それが響くたびに少年は大声で兄貴分の名を呼び、漸く聞こえたのか肩を揺らして振り向いて

 

「おお、来たのか。わりぃ、これだけ終わらせるわ!」

 

そう言って現在手をつけている作業を終わらせ、換気をする。

熱が篭っていたせいか、余計に涼しく感じてしまう。

輝夜はやはり熱いのか、胸元を緩めて手を団扇がわりにパタパタとして少年は髪を束ねて少しでも涼しくしようとしていた。

 

 

「わりぃわりぃ・・・。よく来たな! にしても・・・着物、熱くねぇのか?」

 

「熱くて適いませんわぁ・・・。もう乳房に汗が流れ込んで・・・ああ、風呂に入りとうございます」

 

「お、おう・・・なんかわりぃ・・・。」

 

「そ、それより! 新しい武器は!?」

 

少年の催促に、ヴェルフはバンダナを外して、小さな箱を取り出して差し出す。

それを開けてみれば、指の第一関節が白く、肘から少し上ほどまである真っ黒なグローブ。

まさかの防具で2人は首をかしげて目の前の鍛冶師を見た。

 

 

「また迷走した?」

「また迷走したのか?」

 

「ちげーよ!! ベルの戦闘スタイルだと、一々武器を増やすと邪魔になりかねねぇんだよ!!」

 

いつぞやの黒歴史を思い出したのか、頭をガシガシと引っ搔いて、とりあえず着けてみろと促し少年はすぐに装着。

 

「ぴったし。」

 

「よし。まず素材はお前が持ってきてくれた『ゴライアスの硬皮』と指先の・・・まぁ、白い部分だな。それは『ユニコーンの角』でできてる。」

 

「おお・・・」

 

「それなら、他に武器を持っても、邪魔にならねぇし、嵩張らねぇ。もう一本ナイフを見繕うべきか悩んだんだが・・・いるか?」

 

「いらない」

 

「それならいいか。・・・まぁ、お前が手刀でも戦えるってのを聞いたからよ。それでグローブにした。」

 

指を何度も曲げたり、ぐっぱぐっぱしたりと付け心地を確認しながらその武器の説明を聞く。

銘は何なのか、と輝夜が聞いてみればヴェルフは腕を組んで少し間を開けて口を開けた。

 

 

「・・・【白幻】ってのはどうだ」

 

「それでいいよ」

 

「軽いな。」

 

「貴方にしては珍しく良い銘ではございませんか?」

 

「うるっせぇ!」

 

「あと、カナリアも持って行っとけ。近々でかい作戦があるんだろ?埃被っててもったいねぇし・・・使い潰してこい」

 

「ん」

 

後は・・・とヴェルフは再び立ち上がり、複数の箱を持ってきてそれを広げる。その中にあったのは、防具だ。

 

ローブが10名分。

羽織が1名分。

 

「【悲観者(ミラビリス)】がこの間、寝巻きで大汗かいてやってきてよ・・・『嫌な夢を見たから、とにかく作れ』って。【大和竜胆(やまとりんどう)】、あんたは羽織でいいだろ?」

 

「ええ、問題ございません。ただ、真っ黒なのが喪服みたいですが・・・あと、何故ベルのはないのでございますか?」

 

「ベルは・・・ほら、アレだ。ヘラのエンブレムが入ったやつ。ヘファイストス様に聞いたら恐らく同じ素材で出来てるって言うからいらないと思って、その分グローブの長さを肘より上までにしてる。特に、【悲観者(ミラビリス)】が心配していたのはお前ら2人だ。ベルは『白銀の娘と奈落に落ちる』だの【大和竜胆(やまとりんどう)】は『血に染まった海に投げ落とされる』だの・・・不吉なこといいやがる」

 

「ぶった斬ってさしあげましょうか・・・」

 

「やめてよ・・・怖いよ・・・」

 

「まぁ強度は申し分ねぇよ。素材そのままでもいいくらいだ。」

 

「ふむ・・・ありがたく頂きましょう。お代は?」

 

「いらねぇ。というか、生きて返ってきてくれりゃそれでいい。」

 

「文無し鍛冶師にでもなるおつもりで?」

 

「ベルから素材はアホほどもらってるからな・・・・」

 

「いや、その代金はこちらに還元されているわけで・・・」

 

「じゃあ、今回の武器防具代は、その還元している代金で埋め合わせする形でどうだ?」

 

「はぁ・・・まぁわかりました。後日請求してくださいませ」

 

「おう。んじゃベル、頑張れよ」

 

「・・・うん!」


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