兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ベル君がいない場所を書くと長くなるからどうしたものかと悩む。というか配置が難しすぎてややこしい。ただでさえ長くなりそうなのに。


獣の如く、邁進せよ

「一層の北東、南東、南西の『門』から突入されました!」

「進攻が早すぎます! 配置した兵、モンスターが全て突破されて・・・!」

「す、既に2層に進出されているぞ!? ふざけるな、何をしている!?」

 

周囲では、かつてないほどの喧騒が轟いていた。

人工迷宮(クノッソス)奥の『迷主の間』。

闇派閥の拠点ともいえる空間では、タナトスの眷族達が引っ切り無しに叫喚を上げている。そのどれもが悲観的かつ、強い動揺を帯びたものだ。

 

無理もない。今、タナトス達は正しく攻め込まれているのだから。

【ロキ・ファミリア】を中心とした、『派閥連合』の本格的な攻略作戦。

この攻撃の如何によってタナトス達の悲願は左右される。

すなわち、勝者と敗者が決まる。

 

「しっかり対応してきてるなぁ・・・やっぱり人工迷宮(クノッソス)から一度逃がした時点で不利は確定してたか」

 

広間中央の台座に張られる水幕――迷路の随所に配置されている『目』を通じて映し出される視覚情報を見下ろしながら呟く。

 

「うーん・・・やっぱり、アルフィアが敵側に回るってこういう感じなのかなぁ? まぁ本物ほどでもないけどさ。 ましてや、敵が来る位置がわかってる上に壁の向こう側に空間があることさえ感じ取れてるみたいだし・・・」

 

水幕に映し出された少年の姿に瞳を細めて、唇を三日月の形に変えて不気味に笑みを浮かべる。

 

「ロキの眷族()も厄介だけど・・・アルフィアの子のほうが厄介だ。うん。今のところ例の魔法はないみたいだけど・・・移動しながら使うものではないのかな?」

 

『武装したモンスター』の一件において、オラリオ全体に展開された魔法のことは、以前の人工迷宮(クノッソス)の『天の雄牛』戦も加えて2度、信者達からの報告もあわせて知っている。地上での魔法については恐らくは条件があってのことであることも。であるならば

 

「まずこの人工迷宮(クノッソス)全体を魔法で多い尽くすことは不可能。あの魔法は、おそらくは限られたエリアでしか展開されない。少なくともこの人工迷宮(クノッソス)を蓋している『ダイダロス通り』をはがさない限り、そんなことはできない。」

 

まったくあの少年がいるだけで、難易度が格段に下がってしまう・・・と敵でありながら驚嘆といっそ称賛を禁じえなかった。

 

「タ、タナトス様っ!? 敵の進攻を止める事ができず・・・! モンスターはおろか同志たる兵までもが次々に失われています! このままでは!?」

 

「前線に出てる子達から全部『鍵』は集めたんでしょ? 敵に『鍵』さえ奪われなければいいよ。 道を遮る最硬金属(オリハルコン)の『扉』がある以上、敵がわけられる部隊は限られてる。・・・さすがに()()()1()()で迷宮を破壊して回る馬鹿な真似はしないでしょ」

 

タナトス達は各迷路に配置した兵士達から、全ての『鍵』を没収し、この広間に集めていた。

本拠地を攻め込まれているタナトス達が今、最も注意しなければならないことは、敵に味方の『鍵』を奪われることだ。それこそ『武装したモンスター』の一件と同時に行われていた【ロキ・ファミリア】の『妖精部隊』をもってリヴェリアに奪取されたように。より多くの『鍵』を奪われれば人工迷宮(クノッソス)を好き放題される。白髪の少年の『ナイフによる迷宮の破壊行為』自体も脅威だが、『鍵』を奪われるのとは訳が違う。それ故の処置だった。

 

タナトスは腰かけている台座に両手をつき、組んだ右足の先をブラブラと揺らす。

深刻な事態であるにもかかわらず普段の調子を崩さない神の姿に、報告をしに来た幹部の男は戸惑った。

 

「それよりも・・・この『速さ』が気になるねー、俺は」

 

タナトスは再び台座に映し出される冒険者達を一瞥する。

タナトス達組織の頭を押さえることも前提としているのだろうが――恐らく【勇者】は『精霊の分身(デミ・スピリット)』の『居場所』にも見当をつけている。タナトスはすっと目を細めた。

 

 

「おやおや、ずいぶん、やられているご様子で」

 

そんな時、タナトスの背後から報告に来た男とはまた別の声が飛んでくる。

タナトスは振り返ると、そこには糸目の男が腰に手を当てて立っていた。

 

「あー・・・元気してるぅ?」

 

「・・・ふっ、なんです? その挨拶は。」

 

「まぁいいや。 どうしたの、君がここに来るなんて珍しい・・・というか、()()は?」

 

「少しばかり、賑やかな声が聞こえたものでこちらに訪れたまでですよ。彼女なら今、食事中です。レディの食事を観察するのは失礼でしょう?」

 

「ふーん・・・なら、問題なさそうだねぇ・・・いやーよかったよかった。あの子の『悲願』、叶えて上げられるよ・・・【死神】冥利につきるって感じだよ」

 

「死者の『蘇生』など、あなたの司る事物に相反すると思いますが?」

 

「んー違う違う。『蘇生』なんてしてない。 君だって見たでしょう?というか世話してた君が知っているはずでしょう? 俺は彼女を使って、彼女を造ったにすぎない。」

 

「まぁ確かに、彼女はとても生前と同じとは思えませんからね・・・見た目も含めて。」

 

「でも、あの子には刺さると思うよ? 君だって会いたいだろう? 君を裏切って捨てたエレボスに見初められた少年のこと。」

 

 

その神の名を聞いて、ピクリ・・・と男は動きを止め、再び口を開く。

ええ、もちろん、気になりますとも、と。

 

「『不完全な箱庭』に欠陥を持って生まれた私と・・・『箱庭を壊された』故に欠陥を持ってしまった、かの少年!! 気にならないはずがない!! 何より! 彼は地上では一時期英雄のようであったとさえ言われている!!ならば! 是非とも会わせていただきたい!!」

 

「わかるーわかるよ、わかる、うん。 仲良くできるといいよねぇ・・・『神に捨てられた』君と、『神によって捨てられた』彼。ふふ、ふふふふふっ」

 

わざとらしく、煽るように、首だけを男に向けて、神タナトスは笑う。

後ろで笑っている男は―――狂っていた。

 

 

「まぁじき会えるからさぁ、()()のこと、お願いするよ。エニュオもあの子を排除しろって言ってるらしいし・・・」

 

水面には新たに、12階層から【剣姫】と【九魔姫(ナイン・ヘル)】を含めた部隊が現れているのが映し出され、伝令役の男もまた青ざめて報告をする。それを聞いて赤髪の女――レヴィスに対処させるように指示を出す。

 

 

「それで、我々はどこで、どうすると? なにやら火炎石を大量に『下層』に運んでいたようですが」

 

「ん? ああ、君たちの舞台だよ。」

 

「私達ごと、吹き飛ばすおつもりで?」

 

「違う違う。ええっと・・・何年前だったっけ? ルドラの子が全滅したの。」

 

「ああ・・・確か迷宮が階層間を巻き込んで大爆発を起こしたとか」

 

「そう。それ。 ルドラが言ってたんだよねぇ『眷族が一斉に死んだ。爆発だけで死ぬと思うか?』ってね。まぁ・・・()()があったんだろうねぇ・・・君だって知っているだろう?」

 

男は何かに気がついたのか、笑う神と同じようにして口をそろえて開いた。

 

 

「「迷宮(ダンジョン)は生きている」」

 

 

 

水面に映る少年は、夢を見る。

それは前兆。

それは追憶。

 

想いよ馳せよ。

願いよ果てよ。

 

汝の悲願は聞き届けた。

我が事物をもって汝を送り届けよう。

 

再会せよ 再会せよ 再会せよ

 

偉業よ

 

零落せよ。

 

汝が救いたもうた命の数だけ収穫しよう。

それは代金である。

 

零落し、堕落し、破滅し、壊れるがいい。

汝を壊したもうた神の名はエレボス。

汝を破滅させたもう神の名はタナトス。

汝を消し去りたる神の名はエニュオ。

 

愛しき子、愛しき子、汝は我が目に止まりし哀れな子。

 

 

「―――汝の偉業を、否定しよう」

 

 

少年が映る水面を撫でる。

水面は、静かに揺れて波紋を生んだ。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「ねぇねぇベル君、聞いてもいい?」

 

「・・・えと?」

 

進攻中の迷宮内、後衛側を守る形で移動させられた少年に、魔導士の少女が声をかけてくる。茶髪にくりっとした灰色の瞳。少年は、誰なのかいまいちわからず首をかしげていると、その隣を進むクリーム色の髪の妖精が少年が困っているのを察したのか紹介する。

 

「ベル君、この子はエルフィ。エルフィ・コレットです。レフィーヤのルームメイトです」

 

「はぁ・・・・それで聞きたいことって?――――【福音(ゴスペル)】」

 

『ぎゃぁああああああっ!?』

 

「うっへぇ・・・すっご・・・こんなのレフィーヤ受けてるんだ・・・あ、えと、最近レフィーヤと仲いいみたいだけど、何かあったの?と思って」

 

 

仲がいい? それはいったいどういうことだろう・・・? 少年は疑問に首を傾げて、輝夜に支援魔法を頼まれてはそれをかけ、敵を吹き飛ばし、モンスターを斬り飛ばし、考えた。

あの山吹色の少女との思い出を掘り起こす。

 

 

『うっ・・・うぉえっ・・・この粘液・・・くっさいです・・・!』

 

『待ちなさぁああああああああああいっ!!』

 

『え!? 【貴方を囮に私は逃げる!!】!? ちょ、待って、待ってください!! 謝ります! いえ、謝らせてください!! この数はちょーっと無理があるか・・・え、ちょっ!?』

 

『アイズさん探すの!! 手伝ってください!! いいですよね!? じゃ、行きましょう!!』

 

『あ、お腹すいてませんか!? ジャガ丸君あげます!! ―――って、何はいてるんですか!? アイズさんのジャガ丸君!!』

 

 

山吹色に追い掛け回されるのは、果たして間違っていないだろうか?

 

結論。

 

 

「・・・・ナカ、イインジャナイデスカネ?」

 

「何故カタコト!?」

「い、いったい何があったというのです・・・!?」

 

 

やれやれ、困ったもんだぜ・・・。僕じゃなかったら殺されてるぜ、あの子・・・。と少しばかり遠い目をして、今は別の場所できっと叫び散らしているだろう少女に届きもしない微笑を向けて、ルームメイトの少女に顔を向けて教える。最近、『あれ、実はこの人、僕より年下なんじゃね?』なんて思わないでもないが、腐っても知り合ってしまったのだ、そんな彼女が悲しい目にあうのはよろしくないから。

 

 

「エルフィ・ルームメイトさん」

 

「「エルフィ・ルームメイトさん!?」」

 

「ヤベーヤさんと・・・仲良くしてあげてくださいね。すぐに叫びますけど、悪い人ではない・・・と思うので。」

 

「え・・・私あの子と友達のはずじゃ・・・え・・・」

 

「エルフィしっかり!! あなたの『誰とでも仲良くなれる美少女かつムードメーカー』という要素はどこにいったのですか!?」

 

「このままじゃ、フィルヴィスさんくらいしか・・・・」

 

「ちょ、ちょちょちょ・・・!? 何があったの!?最近私達の本拠で戦ってたり、この間なんて本拠内に隠されたハリセンのみで戦ってたけど!?」

 

「女風呂に隠すの、ずるくないですか? アイズさんがいてビックリしましたよ」

 

「「アイズぅううううう!?」」

 

 

作戦行動中、レヴィスを釣り出すための囮役の金髪金眼の少女が、どこかでくしゃみをした。

【ロキ・ファミリア】本拠内での、レフィーヤvsベルの戦いはもう何度か見ている光景であるし、レフィーヤが吹き飛ばされるのも見慣れてしまっているのだが、その戦いの中の1つ『本拠内に隠されているハリセンのみを使う』というルールで行われたその時の戦闘は、少年にとっては不利であった。部屋の位置や数など知らないし、リヴェリアの部屋と団長室くらいしか知らなかったからだ。つい開けた部屋がベートの部屋だったときは吠えられたし、リヴェリアの部屋を開けようとすればアリシアに手首を掴まれて着替え中ですと注意されるわで、迷い込んだ果て、やっと見えたハリセンを手に取ったはいいが、そこはまさかのお風呂場。

 

『・・・・ベル?』

 

『・・・・アイ・・・・ズさん・・・?』

 

少年は瞼を閉じて行動していたために、見てはいないが、まさかのお風呂であると伝えられて、後からやって来た山吹色はマンドラゴラよろしく叫び散らした。

 

『ここ・・・お風呂・・・だよ・・・?』

 

『・・・・・わざとじゃ、ないんです・・・』

 

『うん、ベルはそんなこと、しないもんね・・・? えと、そのハリセンは、何・・・?』

 

『レフィーヤさんと戦ってて、そのルールで・・・』

 

『ベル・クラネリュッゥウウウ!? アイズさんの裸を!? 見ましたねぇえええええ!?』

 

 

まるで歴戦の、熟練の戦士のように『だーいんすれいぶ』と書かれたハリセンを両手で構えて走ってきた少女に、瞼を閉じたままの少年は姿勢を低く『かりばーん』と書かれたハリセンで居合いの構えを取り、次の瞬間。

 

 

『居合いの太刀・・・・五光・劣!』

 

スッパッァァン!!

 

山吹色の少女の腹にヒットしたハリセン。

そしてそのまま少女は湯船に水しぶきを上げて墜落。

見よう見真似に修得した、中途半端な技術ゆえの『劣』であるが、アイズ・ヴァレンシュタインは、その少年の姿にゴジョウノ・輝夜の面影を見たという。湯船に沈んだ山吹色の少女は意識を取り戻すまでの数瞬、頭上に白兎を乗せた緋色の瞳の黒竜に睨まれる光景を幻視した。

 

 

「・・・・ということがあったんです」

 

「女湯で戦うなぁ!?」

 

「女性の裸に慣れているのでしょうか・・・いえ、目を瞑っているからセーフなのでしょうか・・・?」

 

「というより、何故・・・戦っているのですか、ベルさん?」

 

「あ、アミッドさん・・・えと、レフィーヤさん、しつこいから・・・・。あ、アイズさんにはお邪魔しましたって言いましたよ。アイズさん、『すごいね、また強くなってる』って言ってくれました」

 

「「「うーん・・・・」」」

 

「まぁ・・・その後、負けたんですけどね。 まさか神室に『えくすかりばー』があるとは思いませんでした・・・」

 

 

まずどれだけ私達の本拠にハリセンが設置されていたのか、すごく気になって仕方がなくなった少女達は、この一件が終わったら館内を探し回ろうと決意した。

 

「ベートさんの部屋にも何かあったのでしょうか・・・?」

 

「チラッと見えたりしなかったのベル君」

 

「えっと・・・後から聞いたら、『ろぼ』って書いてあったそうです」

 

「うーん?」

 

「あのベル君、そのハリセンは・・・誰が用意したのですか? 名前というかなんというか・・・・」

 

「リヴェリアさんに聞いたら、ロキ様が、僕とレフィーヤさんが戦っている光景を見るのがつい楽しくなっちゃったらしくて、徹夜で作ったらしいですよ。あ、リヴェリアさんの部屋には『れーう゛ぁていん』があったらしいです。クローゼットの引き出しの中に。」

 

「ああ、ロキが正座させられていたのはそういうことですか。」

 

 

あの神は何をしているのだろうか・・・と、眷族達は頭を痛めた。

少年より前にいる姉達は『おい、あいつ見よう見真似でお前の技、使ってるぞ、いいのか?』『中途半端だから【劣】とつけているのでしょう・・・まぁ、可愛らしいことだと受け止めておきましょう』などとやり取りをし、先頭を進む団長もまた、疼く親指とは別に、乾いた笑みを零した。

 

すると、そんなフィンの持つ『眼晶(オクルス)』から敵の拠点をつかんだという情報が入り込んだ。

 

『敵の拠点は――九層だ! 精霊の分身(デミ・スピリット)の居場所は十層! 階層主でも暴れられそうなデカい空間がいくつもある! 【勇者】、指示をくれ!』

 

眼晶(オクルス)』からもたらされる、【ヘルメス・ファミリア】のルルネからの声に、フィンは勢い良く拳を握り締めた。

 

 

「談笑中すまないが、気を引き締めてくれ! 先に敵の拠点を押さえる! 『精霊の分身(デミ・スピリット)』は放置! 行くぞ、九層へ向かう!!」

 

そのフィンの号令に、一斉に応じる全員。

モンスターの壁を斬り進みながら、得物を追い詰めた獣のごとく、邁進を開始する。




ロキ製のハリセンは、ただのハリセンに手書きで名前を書いてあるだけのものです。

補足。
現在ベル君が登録してる魔法
・ライトバースト
・ウチデノコヅチ

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