兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ベル君の魔法があったら治療師の立つ瀬がないぜ・・・でも大丈夫、アミッドさんには頑張ってもらおう深層で


バルカの怪物

 

「聞こえますか? 貴方達を追い込む、破滅の足音が」

 

迷宮に響く幾つもの足音。

まるで軍靴のごとき音の連なりは、茫然自失とするやせ細った男――バルカの耳朶を盛んに揺らしていた。目の前にいる青い髪の女――アスフィの仲間が複数の『眼晶(オクルス)』を用いて引っ切りなしに情報を伝達している中、アスフィは冷酷な瞳で『敗北』を告げてくる。

バルカは動かない。動けない。

一気に行われた作戦の展開に、もはやここから対応などできない。

終わりの時を数えるように、ぽたぽた、と押さえられた首から赤い滴がこぼれ、石畳に血溜まりを作っていく。

 

数分前。

 

第六感の警鐘に従い、上半身を反ったそのとき、バルカの首筋に鋭い風切り音とともに一線が走り、勢い良く血が吹きだした。紅の瞳を見開くバルカの正面、台座のもとに現れるは『黒兜』を左手に持つ美女。たなびく白のマント、水色の髪、銀の眼鏡。アスフィ・アル・アンドロメダその人である。

 

「バルカ・ペルディクスですね。神イケロスの情報にあった、ディックス・ペルディクスの異父兄弟にして、ダイダロスの末裔・・・私達の仲間を奪った、闇派閥の幹部」

 

彼女の後に続くように『透明状態(インビジリティ)』を解除して現れるのは都合10名にも及ぶ集団。【ヘルメス・ファミリア】である。

 

「あの子が我々を助けてくれたとはいえ・・・あの子が来る前に死亡した者もいれば、手足のどれか、もしくは視覚を失った者・・・少なからず犠牲になった者はいます。仲間の仇・・・取らせてもらいます」

 

「・・・・どうやってここまで・・・あの白髪の冒険者であればいずれは・・・だが・・・」

 

「あの子に頼りきりなのもおかしな話でしょう。簡単なことです、『人』を捕まえて聞きました。」

 

背後にいた虎人(ワータイガー)の冒険者が、捕らえていた者を地面に放る。床に倒れるのは、ローブを纏った死神の使徒だった。徹底された自爆行為も『透明』となって背後から近づかれてしまえば、自爆する暇などなく、あとは自白剤を使って、情報を引き出した。

 

「・・・私と、タナトスを探し出すために・・・?」

 

「あとは、貴方の持つ『手記』ですね」

 

「!」

 

「ディックス・ペルディクスの遺体からも『手記』は入手していましたが、あれには『崩壊(ディストラクション)』のギミックについての項目が後から追加されたように記されていましたので・・・今回入手したこれは、()()()()1()()として入手するべし。としたまでです」

 

ディックスが独自にギミックを追加していたのであれば、可能性としてバルカも似たような、あるいは別のギミックを記している可能性は十分にあった。だからこその『手記』の奪取。さらには組織の中心人物の拿捕。これを押さえて初めてフィン・ディムナが思い描く『短気決戦』が実現する。

 

「『鍵』はどうした・・・? 」

 

アスフィはそんな質問に、銀の眼鏡を指で押し上げて血濡れのダイダロスの末裔に、端的に告げた。

 

「さすがにあの子のようにバカスカ最硬金属(オリハルコン)を破壊して回ることなんて不可能ですので・・・()()()()()。」

 

「――――」

 

広間に響く声。

時を止めるバルカは、その言葉の意味が最初、理解できなかった。

 

「作戦決行まで、私達は何もしてこなかったわけではありません。【勇者】に『鍵』の実物を見せてもらい、それと共鳴する最硬金属(オリハルコン)の門を調べ上げ、その上で新たな『鍵』を作り出しました」

 

取り出されるのは真の銀(ミスリル)で造られた球体。内部には赤い球体がはめ込まれており、『D』の記号の代わりに蜘蛛の巣のごとき網目状の赤い線が刻み込まれていた。

 

「・・・・・まぁ、いろいろと騒動やらで時間はかかったせいで1つが限界でしたが、十分でしょう」

 

そうして横目で隣に立つ、犬人のルルネに情報を拡散させ現在へと至る。

 

 

 

広間へと繋がる通路の1つから、【ロキ・ファミリア】の冒険者達が姿を現した。

ティオナやティオネ、【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド達治療師(ヒーラー)。そして【アストレア・ファミリア】のベル、輝夜、ライラの3人。フィンが率いる主戦力の部隊である。九層の完全掌握のために散開させたのか人員は10名ほどで、突入時より少ない。しかし戦力は十分でとてもではないが、バルカ1人で対処できる数ではない。

 

やがてだらりと下げられる両手。

白い前髪に隠れていた瞳が、紛れもない諦観に染まる。

 

「・・・ここが、私の『終焉』か。・・・・しかしタナトス、()()()()()はそちらで対処するはずだったろう・・・何をしている?」

 

「?」

 

ブツブツと呟き、流れ出る血を放置しながら、腰に手をやり、隠し持っていた短剣―――『呪詛(カース)』が込められた武器を取り出す。末端の残党達が持つもの以上に禍々しい漆黒の刃に、アミッドは瞳を細め、他の冒険者達も身構えて警戒する。そんな彼等を前に、バルカは手にした呪道具(カースウェポン)を振り上げ、

 

「!?」

 

その呪剣を己の体に突き刺した。

驚愕に染まる冒険者達をよそに、腰から更なる『呪詛(カース)』の短剣を取り出し、何度も、何本も突き刺す。

 

腹部、肩、脚、腕。急所こそ避けているものの、もはや致命傷であることは明白だった。いくつもの『呪詛(カース)』を被った結果か、ごふっと口から噴き出る血は比喩抜きで、ドス黒い色に染まっていた。

 

 

「私達の負けだ・・・闇派閥はここで潰えるだろう。」

 

血まみれとなったバルカは、死が迫ってなお感情のない声を紡いだ。

その不気味な姿に冒険者達が思わず気圧される中、息も絶え絶えの男は、『D』の文字が刻まれた左眼を見開き1人の少年を見やった。

 

 

「だが――人工迷宮(クノッソス)は朽ちん。たとえお前の力を持ってしてもだ」

 

次の瞬間。

ベルトに吊り下げられていた袋から取り出されたのは、緑色の宝玉だった。

 

 

「なっ・・・『宝玉の胎児』!?」

 

それは『穢れた精霊』の『種』というべき存在。モンスターに寄生することで強大な『女体型』と化し、さらに成長を重ねることで『精霊の分身(デミ・スピリット)』へと進化する。宝玉の中身の胎児は血走った双眼を開け、冒険者達を見つめている。

 

 

「既に『六つの種』は解き放たれている。これは()()、『人間を化物』に変えたあの失敗作とはまた違う」

 

血を吐きながら、まるで運命を語るようにバルカはただただ1人の少年を見据えた。長い時間をかけて作り上げた迷宮をたった1人で破壊して回った少年を。

 

「我等が大願は潰えん。我等が執念は途切れん。始祖が夢見た混沌を必ずや完成させるため、1人でも多く道連れにしてみせよう!・・・お前とて同じだ。【静寂】の子よ!」

 

それは、バルカという人間の生涯最後の叫喚だった。

物心の付いたことのない、自覚と無自覚の境界をさまよい続けていた男は、この時初めて自我を確立させ、今度こそ確たる産声を上げたのだ。

 

「お前の『母』が待っているぞ! 必ずや迎えにくるだろう! だがしかし私とてこの迷宮を傷物にされたのだ! ただで済ませるわけにはいかん!!」

 

「・・・・何を、言って・・・?」

 

そしてそれは、一族の『呪い』に殉ずる覚悟に直結する。

少年の疑問など無視して、バルカは手に掲げる『宝玉』を、一思いに己が胸へと押し付けた。

 

「ぐっ、げっっ――-がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

『――アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

二重に響く男と胎児の叫喚。

怪物ではなく、人間との『融合』。

『宝玉の胎児』の寄生先はモンスターにとどまらない。その前例を身をもって、少年は知ってしまっている。そして、その可能性をこの場にいる冒険者達もまた知っている。知己の女を化物に変えた事例があるのだから。

 

融合した胸から広がる葉脈状の管。男の全身に張り巡らせる胎児の触手が、仮借なく肉を貪り、蹂躙して、変容を開始する。

男の右腕が醜悪なまでに肥大化し、左腕が鞭の様に伸長して人の形を失い、両脚が腐り落ちて、ナメクジのごとき腹足と化す。

 

 

「か、輝夜さん・・・・!!」

 

「落ち着け! 私達から離れるな!」

 

耳を押さえて姉に助けを求めるようにする少年を自分の元に引き寄せる輝夜。少年はこの時点で人魔の饗宴(モンストレル・シュンポシオン)を封じられた。

 

「音が大きすぎて・・・何も感じ取れないっ!!」

 

人工迷宮が金属でできているのであれば、音はきっと響くことだろう。

そして今、目の前で叫び変容する二重に響く叫喚によって波長を感じ取って敵、味方の位置、隠れた空間を探し出すというスキルは完全にジャミングされてしまっていた。

 

・人が多い街中では波長が多すぎて意味がない。

・音の響く空間で大きな音が鳴れば、同じく感じ取れなくなる。

 

それがスキルの欠点。

今までにここまでのことは経験していない、自ら化物に変わる人間など知らない、不気味で怖い、故に少年は動揺する。

 

 

呪詛にまみれた男の体液を吸い上げるように、葉脈状の管はドス黒く染まり、この時ばかりは『胎児』も悲鳴を上げたが、絶えず波打つ漆黒の血管と化すと、胸部に取り付く宝玉まで闇の色に染まる。肉をかき混ぜるような、骨を砕くような、おぞましい音を立てて、恐ろしい速度で作り変えられていくバルカの肉体。『神秘』のアビリティ持ち――上級冒険者に匹敵する肉体を媒介に、巨大な存在がここに産まれ落ちる。

 

蒼白となる【ロキ・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】、そして【アストレア・ファミリア】の団員達。アマゾネスの双子は嫌悪感に呻き、小人族の勇者は双眼を細め、万能者は唇を引きつらせ、大和撫子は頭を押さえる少年を抱き寄せ汗を滲ませる。そして聖女は、その『生命の冒涜』に、手が白くなるまで杖を握り締めた。

 

「ぉごぉ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ・・・・が、ぁ、ぁ・・・・ぁぁぁぁぁ・・・!!」

 

やがて侵食は脳に達し、男の顔も怪物のそれに成り果てる。

右眼が裏返り、血の涙を流しながら変貌していく最中、『D』が刻まれた左眼だけは執念のごとく原型をとどめた。紅の左眼がぎょろぎょろと蠢動し、立ち尽くす敵を睥睨する。

 

バルカ・ペルディクスという自我が溶け落ちる寸前、ソレは最期の意志を遺した。

 

 

 

「ごコでッ、死ネッ・・・・冒険者ァァァァァァァァァァ!!」

 

 

これを持って、名工(ダイダロス)の血を受け継ぎ、心に怪物を飼っていた1人の男は、正真正銘『化物』と成り果てた。

 

 

■ ■ ■

 

「総員、構えろ!!」

 

「ベル、今は目の前の化物を始末することだけを考えろ! そこにお前の人魔の饗宴(スキル)は関係ないだろう!?」

 

雷よりも鋭い号令が広間を走り抜ける。

生物の本能が訴える怯えに支配されていた団員達は、そのフィンの大音声を聞いて、少年は輝夜に叱咤され、はっと四肢を揺り動かす。【勇者】の勇気に触れ、恐怖を殺し、『怪物』に武器を向けた。

 

『ゴォォォォォォォォッッ!!』

 

人の言語を失った怪物の叫喚が冒険者の肌を震わせる。

バルカ・ペルディクスだった存在はもはや完璧なモンスターと化していた。

生理的嫌悪しか感じさせない部位の中で、理性を失った左眼だけが『D』の記号を爛々と輝かせ、白濁色の全身には漆黒の血管が隅々まで走り、不気味なコントラストを描いており、体高は優に5Mを越え、大型級に匹敵する。

 

 

命名『バルカの怪物』。

 

 

「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪ーい!!大双刃(ウルガ)であんなの斬りたくないんだけどー!?」

 

「私の刀も、こんなものを斬ってしまうことになろうとは・・・さすがに困りますねぇ」

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! それじゃあ直接拳にでも叩き込むつもり!?」

 

「それもやだ~~~~!?」

 

「ベル! 『乙女ノ揺籠(クレイドル)』を頼む!」

 

「フィンさん・・・はい!」

 

 

【勇者】に魔法を指示され、詠唱に入る少年。

間もなく、『バルカの怪物』はぴたりと一度静止したかと思うと、一挙に動いた。

 

 

「来るぞ!」

 

ライラの警告と入れ替わるように左腕の攻撃を放つ。

大上段から振り下ろされる、黒い血管を纏う白の触手。

広間の中央を縦断する一撃に、【ロキ】【ヘルメス】【アストレア】の3つのファミリアが一斉に左右に割れ、広間に上下の震動が発生する中、すかさず前衛組が斬りかかる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

男の声帯をもとにした叫び声を上げ、『バルカの怪物』は肥大化した右腕を団員達へと振り下ろした。

 

「―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】ッ!!」

 

そこで少年の魔法が展開される。

 

「来た!」

 

「いいかお前ら! 傷を負わない、呪詛も効かない、だからって無敵になったわけじゃねえ!! 痛みは発生するんだ! 舐めてるとやられるぞ!!」

 

少年の魔法でダメージを負わないとはいえ、痛み自体は発生する。下手に押しつぶされでもしたら生き地獄を味わう羽目になる。それをライラが大声で忠告する。前衛を【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】に任せ、【ヘルメス・ファミリア】は支援に徹する。怪物の触手に虎人とエルフの団員が弾かれる中、アスフィが三つの爆炸薬(バースト・オイル)を投擲する。巻き起こる3つの紅蓮。損傷は軽微にとどまったが、隙は生じた。他派閥の援護を頂戴し、さらにベルから【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】を受けたティオネとティオナ、輝夜が爆煙を塗って獣のごとく肉薄する。

 

「動きは鈍い!! 【大切断】、かち上げろ! ベル!私達が斬りこんだ後、アレをブチ込め!!」

 

「わかった!」

 

腹足と化した敵の脚部にまともな機動力はないと見抜き、まずはティオナが先行。

接敵と同時に振り下ろされた敵右腕に、大双刃を叩き付ける。

しかし、凄まじい鈍重音とともに勢いを乗せた突撃が止められる。手に伝わる剛力に一度目を剥いたティオナは、しかし、すぐに笑った。

 

「【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ――】」

 

「ガレスの方が強いっっ、もんねぇぇぇ!!」

 

腰をひねる動きとともに、注文どおりかち上げる。

巨大な右腕を頭上に打ち上げられ、反動後屈(ノックバック)の体勢となる『バルカの怪物』に、間髪入れずティオネと輝夜が斬りかかった。

 

「去ね」

「くだばれっ!」

 

「【代行者タル我ガナ名ハ光精霊(ルクス)光ノ化身光ノ女王(オウ)】――」

 

3人の連携で切り伏せ、少年の隠し玉ともいえる精霊の魔法をもって瞬殺せんとした4人だったが、

 

「!!」

 

親指の『疼き』を感じたフィンが、何より早く叫んだ。

 

「4人とも、離れろ!」

 

「「「!?」」」

 

「―――【ライド・バースト】!!」

 

「【代行者タル我ガナ名ハアルフィア才禍化身才禍女王(オウ)】――【静寂の園(シレンティウム・エデン)】」

 

まさかのフィンの指示に耳を疑う3人だったが、経験則から1も2もなく従う。

ただ魔法の詠唱を完了させてしまった少年は、フィンの声と重なるように放ってしまう。

そして、少年の魔法に合わせるように、少なくとも冒険者の中にはいないであろう女らしき声が聞こえ―――

 

 

「おいおい・・・勘弁してくれよ・・・」

 

「まったくだ・・・魔法を無効化する魔法なんて・・・」

 

 

光の奔流とも言える精霊の魔法、少年の隠し玉でとっておきが『バルカの怪物』を消滅させるでもなくかき消された。




魂の平穏(アタラクシア)』と言わないのは、魂の平穏(アタラクシア)は詠唱で、精霊の魔法は最後に魔法名を言っているみたいなので静寂の園(シレンティウム・エデン)】というのを採用してます。

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