「・・・・・ん・・・ぁ・・・?」
日差しのような光が、葉と葉の間を貫いて、顔を照らす。
ぼんやりと、碌に回らない頭を無理やり回転させて、自分が覚えている限りの最後の場所は『人工迷宮』であったと思い出して、上体を上げる。
「目が・・・覚めましたか?」
隣から、聞き慣れた女性の声。
起こした体を支えるようにして、背中を優しく摩ってくれていた。
出会った時から何かと気にかけてくれている、そんな女性が、隣にいた。
「・・・・アミッドさん?」
「ええ、私です。どこまで覚えていますか?」
「えっと・・・・」
精霊の魔法を使って気を失ったこと。
酷く怖い夢を見たこと。
胸と背中が熱くて、まるで焼かれているようだったということ。
夢に現れる黒い神様はやっぱり黒い神様だったということ。
大好きな人が、目の前で人を殺すところを見てしまったこと。
「やはり、あの魔法を使って倒れるまでしか覚えていないのですね・・・。ここは、18階層です」
自分の役目は終わり、戦闘不可能だと判断された貴方を連れて撤退せよ。というのが【勇者】の判断。同行者としてあの場にいた輝夜とライラ、そして【ディオニュソス・ファミリア】、アスフィ、ファルガー以外の数名の【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】から数名に、アミッドのお付とも言える治療師2名がいるが、現在少年と聖女がいる場所にはそのお付の2名しかいない。
「輝夜さんとライラさんは、アリーゼさんに魔道具で連絡をしたのち、他の方々とリヴィラに向かって異常がないかの確認をしに行かれました。」
「・・・・どうして、18階層に?」
「地上に戻るべきかとも思ったのですが、あなたを一度、寝かせられる場所に移したいと輝夜さんが仰っていたので。」
「そんなに僕・・・酷かったんですか?」
「ええ、それはもう。・・・・今までにこのようなことはありましたか?」
「・・・・・たぶん、ない・・・と思います」
「もう少し、横になっていても構いませんよ?」
「大丈夫です・・・僕は、大丈夫・・・・・」
頭を抱えながらも、水を持ってきてくれた治療師の少女からコップを受け取ってそれを飲み干し、アミッドに自分が意識を失っている間の話をしてほしいと頼み、アミッドはフィンの考えを伝えることにした。
・もう既に真っ当な手段で形勢を覆すことはできない。
・あるとすれば、『
・その場合は、一度撤退し、戦備を整えた『第二進攻』で決着をつける。
・【アストレア・ファミリア】が怪しいと踏んでいる【ディオニュソス・ファミリア】については団員から監視の目は離さない。
・もともと一度の進攻で人造迷宮にひそむ勢力を殲滅できるとは思っていない。
・今回の進攻はあくまでも迷宮構造の把握と闇派閥の一網打尽。
・それがほぼ叶った今、『
「次の第二進攻まで、藪をつつく真似をするつもりはない・・・ということです」
「・・・・なるほど。」
「ですが・・・【勇者】は何か違和感を感じておられましたね。私もですが」
「?」
「ベルさん・・・貴方が放った精霊の魔法は、
精霊の魔法が無効化された。それに目を見開くも、登録が残っているかと言われすぐに意識を集中してみるも無くなっていた。つまり、少年は結果的に無駄撃ちをしたということになる。
「・・・・ごめんなさい」
「しょげないでください。それに、ベルさんの魔法を無効化したのは『バルカの怪物』ではありません」
「え?」
「あの場に、恐らくは一瞬だけ・・・・別の
「じゃあ、どうやって倒したんですか?」
「私の魔法で癒しました。・・・・・いえ、正確には『解呪』しました。それで、あの怪物は事切れました。」
「アミッドさん、ランクアップしてそうですね」
「ふふ、それでしていれば儲けものというものですよ・・・さ、顔色もよくなってきましたね。立てますか?」
「はい」
先に立ち上がったアミッドに手を差し伸べられて、それを取り立ち上がる。
そこに丁度、同行していた冒険者達が戻ってきた。
片方は水浴びをしていたのか髪が濡れており、片方はなにやら焦っている顔をしていた。
「輝夜さん・・・ライラさん、どうしたの?」
焦っていた・・・というより、何か嫌な予感めいたものを感じているのか輝夜とライラの表情は晴れなかった。
「・・・・リヴィラで殺しがあった・・・と思う。」
その言葉に、その場に集まった冒険者達は目を見開いて固まった。
しかし、2人の口ぶりははっきりとしないものだったために全員が首をかしげた。
「あの、輝夜さん。『思う』とは?」
「・・・正確には確認はしていない。近づいた時点で死臭がした。あとは、煙が昇っていた。」
「近くにいたボールスのやつが、『今リヴィラに入ったら死ぬ』とまで言ってやがったからまずはお前等の無事を確保するしかねえと思って戻ってきた」
「ボールス・・・さん?」
「あの、輝夜さんの後ろに隠れるのやめてもらえませんか、ボールスさん。」
「お、おう・・・悪ぃ・・・【
「安心しろベル。今、この男のナニは縮こまって使い物にならんぞ?」
ボールス・エルダー Lv.3
リヴィラの頭目。
眼帯の男。
武器マニア。
彼は冒険者達の中でたった1人、一番顔色が悪かった。悪夢でも見たかのように。
「・・・あの、何があったのですか?」
「俺の手下が・・・全員死んだ」
「「「は?」」」
「ほ、本当だ!! いきなり、どっかから現れやがって・・・・ローブをいきなり脱ぎ捨てたんだ!! そこから急に悲鳴やら・・・建物が燃えるやら、一瞬だった。逃げ切ったやつもいるが・・・今はチリジリだ。地上に向かう道は塞がれてねぇからそっから逃げた可能性はあるがよ・・・」
「何故、貴様は街の外で隠れていた? 逃げればよかっただろう」
「お、俺の手下があっけなく殺されたんだぞ!? せめてどんな奴かくらい確認しておかねえと・・・!!」
「魔法は? 魔法は使われたのですか? その犯人は」
「・・・・・いや、少なくとも使ってないはずだ」
ボールスが言うには、街に現れたのはローブで全身を隠した2人組み。ローブを纏ったような奴、訳ありそうな奴なんてのはリヴィラに決していないわけではなかった。実際、過去に顔の皮を剥がされたとある派閥の冒険者は全身を鎧で着込んでおり誰なのか恩恵を暴くまでわからなかったし、その犯人もまた、姿を隠していたために『女』であることしかわからなかった。
「なぁ・・・リヴィラで素顔を隠して入り込むの、やめにしねえか?」
「はっ、じゃあいっそ全裸以外お断りにするか?」
「私は構いませんが?」
「・・・」
「待てベル、冗談だ。冗談。そんな目をするな」
「・・・・・どうするの、輝夜さん」
この場の指揮官は現在、【アストレア・ファミリア】副団長の輝夜にある。
全員それに異を返すことなく、輝夜に視線を向けて指示を待つ。踏み込むのか、撤収するのか。
「・・・・・殺人とあれば、私達が放置するわけにはいかない。」
「ま、そうなるか・・・。」
ライラは輝夜から
輝夜は一度、【ディオニュソス・ファミリア】の数名を見て、彼女達は全く何も知らないのだと察した上で
「貴様等【ディオニュソス・ファミリア】はここで待機だ。【ディアンケヒト】の治療師もだ。【ヘルメス・ファミリア】は数名ほど同行してもらいたい。手がほしい。【ロキ・ファミリア】は・・・」
「手伝います。ただ待っていてもしかたありませんし」
「団長からも、貴方の指示にしたがえ・・・と言われているので」
「わかった、助かる。しかし数名はここで待機だ。」
「な!? わ、我々【ディオニュソス・ファミリア】もともに!!」
「ダメだ。」
「・・・理由を、理由をお聞かせください」
「・・・我々もまだ疑いの段階でしかない。だが・・・今、貴様等の派閥は
「い、いえ・・・」
「貴様等の主神が、
「・・・・どういうことですか?」
「アウラ・モーリエルは生きているぞ」
その輝夜の言葉に、死んだとされている副団長が生存しているという言葉に、驚きを隠せないのは【ディオニュソス・ファミリア】の少女達。本当かどうかは地上に戻ってから確認しろ、ただし今お前達は命の危険も含めて自由に行動させるわけにはいかない。そう捲くし立て反論する時間も与えず、輝夜は準備に取り掛かった。
「・・・輝夜さん」
「・・・・何だ、ベル」
「僕も・・・行く」
「・・・・」
「・・・・置いていかないで」
「だが・・・」
「お願い・・・します」
「・・・・・はぁ。わかった。しかし、倒れるようなことはしてくれるなよ?」
「うん」
「でしたら・・・私も行きましょう。マルタ、ベルナデット、ここはお願いします。」
「「は、はいっ!」」
「アミッドさんも来るの?」
「貴方を治せるのは、私しかいませんので」
「・・・ごm」
「謝罪は不要です」
【ディアンケヒト・ファミリア】の2人の治療師に指示を出し、同行の意を唱えるアミッド。それに対して、謝罪をしようとしたところを人差し指で唇を押さえられる少年。その光景を見ていたリヴィラの頭目は後に語る。
『あれは間違いなく、デキてやがるぜ・・・・!【
【
■【アストレア・ファミリア】
・ゴジョウノ・輝夜
・ライラ
・ベル・クラネル
■【ディアンケヒト・ファミリア】
・アミッド・テアサナーレ
■【ロキ・ファミリア】
・クレア
・レミリア
・ロイド
■【ヘルメス・ファミリア】
・ポック
・ポット
・エリリー
・ホセ
■ ■ ■
ぐちゃぐちゃ・・・ぶちぶち・・・肉を喰いちぎる音がした。
ごうごう・・・・ぼうぼう・・・建物が燃える、人が燃える音がした。
リヴィラはまさしく、死の檻と化していた。
燃えていない建物、そして地面に生え渡る水晶にはペンキをぶちまけた様に血が滴って赤く染めていた。
その中心地、死体を山の様にして、貪るのはローブを着た細身の存在だった。ローブから零れる様に、灰色の髪が揺れているもガツガツと肉を食らっていた。
「全く・・・
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。
ぶちぶち・・・と後ろで腰かけて独り言葉を零す男を無視して、食事をする。
口元は既に赤く染まり、その様は余りにも汚かった。
「淑女ならばもう少し綺麗に食べてもらいたいものですね・・・・。いくら貴方の体を保たせるためとはいえ、雑すぎる。まぁ・・・良いものを見せていただいたので不問としましょう。ああ、やはり血の色は良い。」
男はどこか酔いしれたように、事の始まりを思い返す。
宿場街の中心まで移動した後、ローブを脱ぎ去り、
魔法を使うでもなく、その爪で切り裂かれ、貫かれていった。
倒れた冒険者がランタンを倒し、それが一気に火災へと変わり街は燃え上がり地獄に変わった。
数人逃げたが、気にするわけでもない。
『全滅させろ』などという命令などないのだから。
リヴィラにいた冒険者など、『補給源』として利用したにすぎない。
「神タナトスには悪いと・・・いや、神に謝罪など不要でしょう。エニュオなどという姿もわからない存在に指示されるのも癪ですが・・・・エレボスが見初めた子が、英雄の子がいるのであれば、そちらを優先したくもなります。」
『・・・ァ・・・アァ・・・・?』
「ああ、いえ・・・・お気になさらず。しかし、少しは綺麗に食べてはいかがですか?」
『・・・・・・・・・・・』
「はぁ、会話・・・いえ対話は不可能。全く、何故私がこのようなことを・・・・世界是正のためとはいえ・・・これならばまだ
男は、仮面の人物からの指示・・・正確には仮面の人物を介したエニュオの指示で動いていた。
あくまでもたった1人の少年を壊すためだけに。
男は東端に目をやると、土を蹴り上げ走ってくる冒険者の気配を感じ取る。
「そろそろあちらも・・・・・と、来てしまいましたか。」
「貴様・・・やはり生きていたか。【顔無し】」
「おやおや、覚えていただいていたとは。正義の眷族のお方」
「・・・・忘れたかったがな。貴様がこんなところにいるなど、考えたくもなかった」
「てめぇ・・・こんなところで何してやがる」
輝夜、ライラを筆頭に、冒険者達が武器を構えて対峙する。
【顔無し】と呼ばれる男は笑ったような表情のまま武器を構えることもなく立ち上がる。
「何を、と言われれば・・・・彼女の食事に付き合ってあげているだけですよ」
「うっ・・・嘘でしょ・・・人を・・・食べてる・・・!?」
それは、【ロキ・ファミリア】の女性冒険者の声だった。
人の体を貪るように、ソレは食いついていた。
それを見て気分を悪くするのは冒険者達。姿は未だローブのせいで見えず、けれど灰色の髪がチラリと見えてそれに震えるようにゾッとした2人の正義の眷族は、条件反射のように少年を背後に隠してソレを見えないようにした。
「か、輝夜さん!?」
「お前は見るな!!」
「やべぇ・・・すっげぇ鳥肌が止まらねぇ・・・!! テメェ、顔無し、ソレは何だ!?」
「『何だ』と言われましても・・・・
「ありえねぇ・・・」
「死者を辱めて・・・なんとも思わんのか、貴様等外道は・・・!」
それは、同じくして人造迷宮で
それに対する答えは無論。
「「いや・・・まぁ、別に。何も?」」
というものだった。
男は微笑を浮かべたまま手を叩く。
その音にピクリと体を反応させたソレは、ゆっくりと立ち上がりゆらりゆらり・・・と体を揺らした。
「ええっと・・・そうでした。私は、その少年の名を聞いていませんでした。」
「あ?」
「是非、お聞きしたい。仮にも英雄の生まれる都市の冒険者。そして、私が憧れる英雄の1人でしょう?・・・是非、お聞かせください」
『英雄に憧れている』
それは、この男には含まれない。
その言葉、いや、男のあり方を暗黒期で対峙した輝夜はしっている。全くもって違うことを。
「教えると思っているのか? 破綻者」
「輝夜さん・・・?」
自分の後ろから決して前に出ないように右腕で制する輝夜に、明らかに普段とは違う様子だと理解した少年はただただ姉の顔を見つめようとするしかなかった。
「・・・・そこに隠れている少年」
「?」
「私はかつて、貴方のご家族と共に行動していたことがありまして・・・・」
「黙れ」
「チッ・・・失敗した。」
「お義母さん・・・?」
「まさか息子がいるとは知らなかったのです。知っていれば会いに行きせめて挨拶をしていたというのに・・・・」
白々しく、男は語る。
共に行動していたなどと、よく言ったもの。
少年にふと視線を向ければ、スキルで何かを感じているのか体は震えて輝夜の着物の袖を摘んで隣にいる聖女の手を握っていた。普段であったなら可愛らしい行動も今は余裕を失くす一手に変わっていく。
「是非・・・・貴方のお名前を聞かせていただけませんか? 少年」
「・・・・・ベル、ベル・クラネル」
それが、トリガーだった。
『ァ・・・・アァ・・・・ァアアアアアアアアアッッ!!』
「くっは・・・あっははははは・・・!! ああ、いいですよ!迎えに行ってあげなさい!!」
「くそ、こいつ等、最初から兎狙いかよ・・・!!」
ローブで姿を隠したソレは、猛スピードで急接近し少年に掴みかかり
『・・・・貴方・・・・ベル?・・・』
「・・・・お義母・・・さん・・・?」
男ともどもそのまま逃走を開始した。
「お、追いましょう!?」
「応援を呼ぶべきでは!?」
「命の恩人を放っておけないわよ!?」
「ベルさん!? ベルさんっ!!」
ヘルメス、ロキの眷族達はどう行動すべきか声を張り上げた。
走りながらも輝夜はライラを見て、ライラはすぐに
男とローブを着たソレは19階層大樹の迷宮へと飛び込み、グングンと下層へと向かっていく。
後を追う冒険者達は何故少年が狙われているのかもわからず、ただただ追いかけた。
「くそ・・・! 本当に死体から生み出したのか!?」
「笑い事ですましてぇ・・・なぁ、笑っていいか!?」
「笑えるものなら笑って見せろ!!」
「・・・ちっ、無理だ!!」
そうして25階層、
2人組は飛び降りたのか、既に27階層で待っていた。
「・・・待ってる?」
「どうして?」
「・・・・やべぇ」
「ライラ、どうした?」
「―――全員、走れぇぇぇぇ!!」
何かを悪寒を感じ取ったライラは大声で叫び上げた。
それに合わせるように、退路を塞ぐように、後方から爆発がおき始めた。
迷宮に、花火が打ちあがった。
Q.なぜ『顔無し』さんがいる?
A.なんとなく使いたかったから。
ヘルメスFとロキFのメンバーはコミック版ソードオラトリアに出てきた名前です。