ジェミニ
―――ヒトビトは、その胸の中にある、それぞれの
それは決して、形ある物とは言い切れず、野望や願望、あるいは悲願ではあるものの、胸に抱え今日という1日を謳歌していました。
ある者にとっての
ある者にとっての
ある者にとっての
ある者にとっての
ある者にとっての
ある者にとっての
ある者は・・・
ある者は・・・
ある者は・・・
そしてある者にとっての
『家族』でした。
ある者にとってのその
けれど、その者は、彼女達に怒りの矛先を最初こそ向けましたが、今は違いました。
「そもそも・・・あの晩・・・僕が眠らなければ、2人はどこにも行ったりしなかったんじゃないか・・・」
「そもそも、あの神様が来たのが全ての原因なんだ」
大事にしていたものは、いとも簡単に崩れ去りました。
大事にしていた『家族』は、多くの命を奪い、死を、火を、絶望を与えました。
それを覆したのもまた、11と1柱の『家族』でした。
ある者は新たな『家族』と出会い、歩み始めました。
けれど、その胸の中に開いた穴が埋まることは決してありませんでした。
むしろ、膿んでしまっていました。
なぜなら、新しい『家族』と共にやって来たその場所では、かつての『家族』は裏切り者の烙印を押されていたのを知ったのだから。
「お義母さん達は、何がしたかったんですか?」
「・・・・」
「叔父さんは、誰に殺されたんですか?」
「・・・・」
「僕といるより、人を殺す事が楽しくなって、だから僕を捨てたんですか?」
「・・・・」
これもまた、いつかの問答。
それはストレスのように、蓋をしたものが溢れるように口から零れてしまった言葉。
義母も叔父も、別れの言葉をかけてはくれませんでした。
決別の時は―――
別離の時は―――
最期を見届ける機会は―――
置いていかれてしまった少年には、決して与えてはもらえませんでした。
「あの2人はもう死んだのだ・・・もう、諦めろ、ベルよ・・・もう、おらんのだ・・・」
そんな言葉を、2人がいなくなって少しした頃に、残った家族に投げられました。
その唯一の家族は、『神』でした。
少年の前では決して『神』としてのありかたを見せようとはせず、1人の『祖父』としてあり続けました。義母にセクハラを働いては吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれ、生き埋めにされ、けれど、その大きな手で頭を撫で、いつだって笑顔を見せてくれました。
けれど、最後の最後に、その祖父は、『家族』として止めることはせず、
『神』として、可愛い下界の子供の意思を尊重したのです。
この時、少年の家族は、家庭は、終わりを迎えてしまいました。
タカラモノは、神によって奪い取られ、少年が気付かないうちに全てが無くなっていました。
「―――良い子にします。だから、いなくならないでください。」
新しく家族になってくれた女神達に涙ながらに言いました。
彼女達は知りませんでした。
少年の身に何があったのか。
いや、
少年の視点ではどのようなことになっていたのかを。
まるでまた捨てられるのではないかと震えて縋るその手を握り、抱きしめ、彼女達は約束をしました。
「ずっと一緒にいる」と。
少年は
壊れた
新しい
『・・・・貴方・・・・ベル?・・・』
壊れたタカラモノは、そこにありました。
綺麗な綺麗な滝のある、綺麗な水の都でした。
死んだと思っていた肉親が生きている。
それはとても嬉しいことでした。
死んだ肉親が、実は生きている。
そう願うことは、決して否定して良いことではありませんでした。
少年は、目の前の光景を、上手く視認できませんでした。
義母のようにも見え、同時に別の物にも見えていたのです。
「お義母さん、ここまで来たよ! だから、褒めて!」
そう言いたい気持ちが浮上して、けれど、口が開きません。
男は両手を開いて声高に叫びました。
ショーを楽しむように。
『とある女神に掘り起こさせました。』
その時に頬を伝っていた滴が、悲しみからなのか、喜びなのかはわかりませんでしたが、混乱する頭の中で、『女神に裏切られた』という怒りと悲しみが湧いてしまいました。
ある美神は、少年の境遇を聞いて『あんたも苦労してるのねぇ』と大袈裟に涙を流してくれました。
ある月女神は、少年の境遇を知っていて『あの時一緒にいてあげられなくてすまない』と謝ってくれました。
ある正義の女神は、どんな時だって少年の手を握って微笑んでくれました。
ある炉の女神は、『君は間違ってないよ』『そんな迷子みたいな顔するなよ、アストレア達が泣いちゃうぜ?』と何度も話を聞いては励ましてくれました。
ある豊穣の女神は、『あら、アストレア、あなたいつ男がデキたの?』『可愛らしい兎さんね』とその豊満な体を揺らして抱きしめてきました。
ある美神は、『ふふ、変わった魂の色・・・ねぇ、ベル? どうすれば私と仲良くしてくれるのかしら?』と頬を膨らませて少年の隣に何度も座ってきました。
出会った女神達は決して嫌なことはしてきませんでした。
決して少年を傷つけるようなことはしませんでした。
優しい、優しい女神達でした。
けれど、まるで、突き放されたように、胸が痛むのは何故でしょう。
これも所詮は、神々の『娯楽』だったのでしょうか。
少年にはわかりませんでした。
溢れる涙は止まらず、拭えず、今度は、美しい水の都に花火が打ち上がりました。
かつての『家族』との再会を祝うような、沢山の花火でした。
『タナトス様に我が命をぉおおおおおおおお!!』
『私の愛をもって冒険者に死をぉおおおおおおお!!』
『魂の解放をぉおおおおおおおおおおお!!』
花火の弾は、『命』でした。
その後に生まれたのは・・・・なんだったのでしょうか。
思い出せません。
とても悲しい事があった気がするはずなのに、少年は思い出せません。
とても大切な・・・また、タカラモノを奪われた気がするのに、よく思い出せません。
ただ、涙が溢れて止まらない事だけは確かでした。
少年は祭りのように賑わう水の都で、いつも気にかけてくれている白銀の髪の少女を目にしました。
気がつけば足が動いていました。
気がつけば、気がつけば、気がつけば・・・
「―――【
右腕から雷でも走ったような衝撃が走り、少年は意識を失いました。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
少年は、巨大な蛇に少女と共に飲み込まれて、『家族』の元から去りました。
『―――ベル!』
『―――ベル君!』
『―――オリオン!』
少年の背中は、焼けるように熱を持っていました。
少年は心地よく眠っているのを邪魔されている気がして、その熱が嫌でした。
背中を何度も摩るように、温かく熱をもつ背中が鬱陶しくて、けれど無視できません。
やがて、3つの声が起こすように怒鳴りました。
『起きなさい! ベルッ!』
『早く起きるんだ、ベル君!』
『さっさと起きろ、オリオンッ!』
少年のカッと瞼を開けたように意識は急浮上し、自分の体に抱きついている少女に気がついて抱きしめ返して叫びました。
「―――【
その叫び声が10回ほど。
少年は再び、産声をあげて、怪物の腸から少女と共に、生れ落ちました。
ご誕生、おめでとうございます。
生れ落ちた少年は、眠れる少女を半ば引きずるようにして、体に鞭を打って歩き始めました。
暗闇の中、不気味な白濁色に染まった壁面、先が目視できないほど高い天井、既存の階層にはありえない巨大すぎる迷宮構造の中を歩きます。
朦朧とする意識で、フラり、フラりと。
生れ落ちたその場所は、
37階層。
全ての冒険者が恐れるダンジョンの深淵。
ハロー、『深層』。
■ ■ ■
鳴り響く、岩盤を打ち砕く音。
岩石の雨と共に巨躯が落下する。
猛烈な空気を裂く音の後、地面から激突音が奏でられた。
その衝撃に階層が震動する。
舞い上がる煙の奥、出来上がった窪地の中で蠢くのは青白い巨躯。
大蛇のモンスター『ワーム・ウェール』である。
『―――――アアァ!?』
その怪物は暴れた。
複眼を潰し、血を流しながら、この世で最も度し難い苦痛を与えられたかのようにもがき苦しむ。大きな顎から紅の色が混ざった吐瀉物を吐き出しながら、その長大な体躯をのたうち回らせた。
それはまるで、『絶対に腹を壊す非常に厄介な異物』を食べてしまった子供にも似ていて。
腹の中では、何度も何度も、音が鳴っていた。
外側から聞こえるその音は、まるでドンッ!と殴りつけるようにも聞こえて、その一度では収まらない音が鳴り響くたびにモンスターの悲鳴は激しさを増した。それが10を迎える頃、最後に一際大きい音がモンスターの音から鳴り響くと、モンスターの腹は内側から爆ぜ、力尽き、轟然と大地に横たわった。
そして、体内から白に長髪の少年が、自分にしがみ付くようにして眠る少女を半ば引きずるようにして転がり落ちた。
「あぁああ・・・ぁああああああっ・・・!?」
両目をきつく瞑り、全身から湯気を上げ、少年は絶叫を上げた。
どしゃっ、と受身も取らずに、血の泉へ倒れこみ、状況を理解することもできず、一緒にいる未だ意識が戻らない少女を抱き寄せてモンスターの体液を必死に拭う。
自分よりも階位の低い少女から、少しでも多く、この体液を払わなければと瑞々しい腕を、足を、腹を、胸を、そして、顔を。
「けほっ・・・げほっ・・・! アミッド・・・さっ・・・・ごほっ・・・!」
酸によって癒着した瞼をなんとかこじ開けて、少女の体を揺するも意識は戻らない。
胸に耳を当てて心臓が動いてるかを確認して、生きていることを確認。
何がどうしてこんなことになっているのか、少年は理解できない。
「何が・・・どうなって・・・!?」
常人ならば仲良く溶けて、大蛇の腹の中で混ざり合っていただろう。
けれど少年は器を3度昇華させたために、強力な胃酸にも耐え抜いた。
自分よりも器が小さい少女が無事なのは、少年のスキルのお陰。
「アストレア様が?それとも、ヘスティア様が・・・・守ってくれてる・・・? きっと、スキルのお陰なんだろうけど・・・でも、こんなの・・・」
死んでたほうがマシだった。
そう言おうとして口を噤んだ。
少女の衣装は少年の戦闘衣と同じように、溶け出していて瑞々しい肌も酷い火傷にぽつぽつと犯されている。
「お義母さんの・・・ローブ・・・無事・・・なら、アミッドさんに・・・けほっ」
意識のない少女に、自分が着用しているローブを羽織らせ、痛む頭と体に鞭を打って周囲に目を向けた。
地面の組成は土石系。
うっすらと視界の奥に見える壁面も同様。
頭上に広がる空間は果てしなく高く、Lv.4の視力をもっても天井を視認できない。
茫漠とした闇に塞がれてしまっている。
唯一の光源は、壁に等間隔に灯されている燐光のみ。
床や壁面、階層そのものの色は―――
「―――まさか・・・なんで・・・?」
冷気が走った。
首を犯す凍てついた風が。
『ようやく気付いたか?』とその暗闇の世界で、視界の先の闇の中から冷たい目をして、少年にしか見えない幻覚が近づき、耳元で嗤い声を上げる。
「お姉さん達が言ってた・・・ところ・・・遠征でも長居したくないって・・・まさか・・・そんな・・・」
ファミリアの姉達から聞いていた遠征の話。
その中の1つに、イメージが合致する。
理性が事実を否定したがっている。
上層域、中層域、果ては下層域とも異なるその規模。
「アミッドさんを庇い続けて・・・? ここを脱出する・・・? 現在地もわからないのに・・・? は・・ははは・・・」
少年は力なく笑う。
黒い神様もまた、嗤う。
やがて全てを諦めたように、けれど少女だけは手放せず、むしろこちらから依存するように抱きかかえて歩き出す。
「ふざけろ・・・ふざけろ・・・・・」
ひとまずこんな広いところにはいられない。
頭の中にある知識を手繰り寄せて、
右腕をだらり、とぶら下げて。
「『深層』なんて・・・どうしろって言うんだ・・・!」