兎は星乙女と共に   作:二ベル

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追憶・v

 

 

「はっ、はっ、はっ・・・!」

 

 

息を荒げて走る。

主を探して、走る。

薄暗く、どこまでも続くかのような螺旋階段を、石造りの階段を駆け上がる。

 

 

「ぐっ、ぅぅぅ・・・! 我が主・・・! エレボス!」

 

 

傷だらけの体を。

痛む体を引きずって、男は階段を駆け上がる。

 

 

「貴方はなぜっ、どこにっ、なにを・・・!」

 

 

 

『そこら辺に転がっている俺の眷族を、見逃してやってくれ。見逃すだけで良い。』

 

『この後ダンジョンから脱出できなくても、怪物に喰い殺されても俺は文句を言わない。だから、見逃してくれ。』

 

 

「我が主・・・なぜ、何故あのようなことを・・・!?」

 

 

駆け上がる。

駆け上がる。

駆け上がる。

そうして、光が漏れる出口へとたどり着く。

辿りついて、絶句する。

 

「――――!」

 

 

『教えて、エレボス。正義の神に、貴方の『正義』の『答え』を聞かせて。』

 

 

風がびゅ~っと吹く。

場所は、白亜の巨塔(バベル)。その頂上。

いるのは、邪神エレボスの他に男神ヘルメスと女神アストレア。

3柱は風に拭かれながら、女神は銀の剣を煌かせながら、最期の会話をしていた。

 

 

『・・・君は、【正義】に絶対はないと言ったな。アストレア。』

 

『ええ、言ったわ』

 

『俺からすれば、それは間違いだ。 俺には『絶対の正義』がわかる。』

 

『それは、なに?』

 

 

ふと瞼を閉じるエレボス。

そして一拍置いて、口を開いて自身の『答え』を述べた。

 

 

『正義とは――――――『理想』だ。』

 

 

それを隠れて見ていた、聞いていた男には理解できなかった。

誰だアレは。

なんなのだアレは。

我が主が、何を言っているのだ。

あなたの邪悪はどこへ行ったのだ。

わからない。

わからない!

わからない!!

 

 

『『正義』とは、選ぶことではなく、掴み取ることだ。』

 

『掴み、取る・・・?』

 

『ああ。選択は2つだけ、じゃない。3つに変えればいい。数多の答えを生み出し、手を伸ばせばいい。』

 

 

エレボスは満足いったような微笑を浮かべながら、満天の星空の元、語りつくす。

それを邪魔する者は、どこにもいない。

 

『人々はそれこそを『正義』と信じ――神々は、それを『英雄』と讃える。』

 

 

『それが、あなたの本当の目的・・・?』

 

 

『なんだ、気付いていたのか。』

 

 

 

邪神は言う。

『答え』が欲しかった。オラリオが、下界が進むべき指標が、と。

これより待ち受けている、いかなる苦難にも屈さず、『理想』を求め続ける眷族達の輝きが。

世界が欲する、『英雄』が。

 

故に、『非道』を選んだ。

『非道』を選び、邪悪となった。

 

たった1人の子供の箱庭を穢してまで、最強の眷族達(ザルドとアルフィア)に協力を求めた。

 

 

『他に方法はなかったのか、エレボス?』

 

『ないさ、ヘルメス。 お前もわかっているだろう? 今の下界に猶予はない。』

 

 

邪神は最初から邪悪だったわけではなかった。

それは手段でしかなかった。

けれど、もう大丈夫。だとその男神は、満足していた。

 

 

『アストレア。 お前の言ったとおり、自分勝手に満足させてもらったよ』

 

『・・・数多の命を天に還し、選ばれし者を見出して、超克させる。『正義』も『悪』も、全て礎に変える。それが貴方の神意。』

 

 

男神エレボスは、『絶対悪』ではなく『必要悪』であった。

理想に至れない下界を、理想に至らせるための『踏み台』。とても独りよがりで醜い、高潔な悪。

 

 

『やっぱりいい女だなぁ、アストレア。抱きしめてもらうなら、君みたいな女神がいいな。』

 

『私はごめんよ、エレボス。だって、貴方ってとても天邪鬼なんだから。 ・・・それに、私には抱きしめなきゃいけない子が、待っているんですもの』

 

『――――アルフィアの子か。そうだな、そうしてやってくれ。君なら、任せられる。』

 

 

アルフィアとザルドは抗争時に豹変してしまった。

本来ならば、自爆テロを行う信者の中には『子供』がいた。

だというのに、爆弾を抱えた『子供』を見た2人は怒り狂い、計画を破綻させた。

計画から子供は排除され、誰も知らぬ内に、子供達は消えうせた。

 

 

『ヘルメス、子供達はどうした?』

 

『―――無事、外にいる俺の眷族達を使ってオラリオの都市に運んだ。眠っているうちに。 目覚めてからのことまでは責任は持てない。まぁ、危険な刃物だとか持っていないかと身体検査はさせてもらったが』

 

『・・・ああ、それでいい。アルフィア達の意思を守れて何よりだ。 後の死に関してまでは関与できない。 それはこの抗争でも同じだ。』

 

『確かに、子供達全てを何から何まで保護し続けるのは無理がある。 ―――エレボス、彼女達に何を言われた?』

 

『・・・・何、簡単なことさ。 親が言って当然のこと。 まぁ、あいつらが思い出してしまったが故の、我侭だ。』

 

 

【気まぐれを起こして会いに行った私達が言う。】

 

【あの子を捨てた俺達が、中途半端なことをした俺達があえて言うぞ、エレボス】

 

【【  子供に手を出すな  】】

 

 

ただ、それだけだ。

それだけで、大抗争で子供を使った戦法は封じられた。

【勇者】が立てた作戦でもなく。

協力者である2人の手で、封じられた。

気まぐれに子供に会いに行き、子供を捨て、都市に災いをもたらした2人が最後の最後に誘い出してきたエレボスに求め、エレボスもそれに応じた。

 

 

「子供? ・・・何だそれは。 何を言っているのですか貴方は・・・!?」

 

 

自分という眷族がありながら、なぜそうも他神の眷族のことを思える?

自分という眷族がありながら、なぜ顔も知らぬ子供のことを慈しめる?

 

 

『エレボス。 あなたが2人を誘いさえしなければ・・・アルフィアの子は・・・』

 

『そうだな。傷つくこともなかったろう。 2人が思い出しさえしなければ、目を背けたままでいてくれれば、もっと難易度を上げられただろう。』

 

『これじゃあ、アルフィアの子が一番傷ついただけじゃないか、エレボス?』

 

『ああ・・・・まったくだ。 俺も子供がいることは予想していなかったんだよ。 っと・・・ああ、アストレア。俺から1つ、いいだろうか?』

 

『―――何かしら?』

 

『アルフィアから聞いているだろうが・・・子供のことを頼む。 きっとその子供は、俺達神を憎むだろう。アルフィア達を探し求めるだろう。それでも、それでもだ・・・愛してやってくれ。奪ってしまった俺が、意図せず神威で傷つけてしまった俺が、懇願しよう。』

 

『エレボス、その子供に言うことはないのかい?』

 

『――――無い。全く持って、無い。 俺は悪だ。 憎まれる存在だ。 故に、俺の神意をその子供が知る必要はないし、理解する必要も無い。恨んでくれていい。でなければ、意味が無い。』

 

『はぁ・・・・契約云々で、子供を愛するようなことを私はしたくはないわ。 けれど、約束をしたから。 泣いて私に懇願したアルフィアと約束したから、その子のことは、私が面倒を見ます。』

 

『・・・ああ、それでいい。―――ヘルメス~。アストレアがせっかく場所を選んだんだ、お前もその軽い口を滑らせるなよ?』

 

 

 

男の知らぬことを、まるで『眷族がもう1人いる』かのように、まるで『何より大切なものがいる』かのように女神に頼み込むエレボスに男の心は震える。

それは感動などではなく、醜い想いだ。

 

浅ましくもそれは―――『嫉妬』だった。

 

 

『ここであったことを知るのは、三柱の神と――』

 

エレボスは、男がいることがわかっているのか、出入り口の方へと視線を向けて

 

『1人の眷族だけだ。』

 

と言う。

 

「!!」

 

男は体を震わせ、瞼を見開いて、口をあけて形容しがたい驚愕に染まる。

そうして、最後の時が訪れる。

 

 

「―――さぁ、終わらせようアストレア。 今度こそ、俺を裁いてくれ」

 

 

やめてくれ。

待ってくれ。

私の主を奪わないでくれ!!

そんな声を出せたらどれだけよかっただろうか。

口から言葉はでなかった。

理解できない情報の羅列に、がんじがらめにされ男は動けなくなっていた。

 

 

「・・・最後に、1つだけ教えて、エレボス。」

 

 

 

貴方は、下界を愛していた?

 

 

 

エレボスは黙る。

黙って、そして、今まで男が見た事がないような笑顔で、言ってのけた。

 

 

「―――当たり前じゃないか、アストレア。 俺は子供達が、大好きさ」

 

 

それで終わり。

少し悲しそうな顔をした女神は、やがて厳しい顔になってその銀の刃でエレボスの胸を穿った。

 

 

満天の星空。

その天空を、1つの光の柱が穿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け下りる。

階段を駆け下りる。

傷ついた体を引きずるように、『恩恵』を失った体で、駆け下りる。

 

 

「はぁ、はぁ・・・はぁぁ・・・・!! 騙していたのですね、神エレボス! この私を!」

 

 

この感情を、なんと言えばいいのだろうか?

例えば、憎悪?

例えば、悲壮?

きっと、どれも正しく、男の身を焼くものなのだろう。

 

 

「何が絶対悪・・・! 何が理想・・・! 私の欠陥を知っておきながら、かどわかして・・・! 嗚呼、なんて酷い! なんて残酷な!!」

 

 

男は、のた打ち回るように、髪をかき乱すように声を荒げて叫びあがる。

誰もいない路地裏で。

 

男の主は、知りもしない子供(信者)を助けた。

男の主は、裏切りに近いことをした、作戦を変えさせた2人の家族を女神に託した。

今まで見た事が無いであろう顔で。

 

許せるわけが無い!

許せるはずが無い!!

 

「・・・・ふっ、ふふふふふっっ・・・!? 諦めない・・・ええ、諦めませんとも!」

 

 

誰もいないその場所で、星が天上を埋め尽くすその都市のどこかで、男は狂ったように壊れたように笑う。

 

「極まったこの神々への憎悪に誓って! 下界是正を成し遂げる!」

 

 

灰色の世界で、ただ1人。

孤独に怒り、笑い、狂った男がいた。

『欠陥』を持った自分のような存在を作り出した世界を、男は呪う。

 

「世界の瑕疵は、この私が、必ずや・・・! ふふふふっ、ひひひひひ――ハハハハハハハッ!!」

 

 

灰色の世界で、子供()は笑う。

自分の欠陥を知ったうえで『愛している』と言ったエレボスは、最後の最後に男というたった1人の眷族よりも他人の子供を優先し、置いていった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――――――夢、ですか。 懐かしい・・・そして、恨めしい光景だ」

 

 

薄暗く、白濁食の世界で男は目を覚ます。

傍に、女はいない。

既に別れた。

後は各々好きにする。

 

 

「エレボスよ・・・暗黒地下世界の神よ・・・喜ぶが良い・・・!」

 

 

認めよう。

浅ましくも認めよう。

私は、あの時、嫉妬したのだ。

 

自分以上に神に愛されている顔も知らぬ子供に、嫉妬したのだ。

 

 

「貴方が言う『理想』を体現した子供がいた・・・!」

 

 

人が怪物にされた場合、どのような選択を取るだろうか?

涙を流して、嫌だ嫌だと泣き喚いて殺される?

あるいは、怪物だと切り捨てて、胸を貫き魔石を砕く?

 

男は、あの光景を見ていた。

そして、気がついた。

 

 

『―――僕の家族は、悪に堕ちた。それはこれから先も変わらない。なら、その子供である僕が悪になったところで何も変わりません』

 

 

季節はずれの雪が降ったあの日。

人外の存在と言葉を話す小さな子供。

その腕の中には、怪物に変えられたという女が眠っていた。

周囲ではその雪の粒に触れると、痛みが消えたなどという声さえ聞こえて男も浴びた。

浴びて、何も変わらないことに絶望した。

 

『―――僕は、悪でいい。』

 

 

どこか、昔の主と似たような声で喋るその子供が、エレボスの言っていた『アルフィアの子』なのだとすぐに理解できた。それと同時に冷めていた怒りが燃え上がった。黒く黒く、燃え上がった。

 

その子供は、天秤を打ち壊し理想を掴み取った。

まさしく、どの選択肢にも存在しないことを成し遂げた子供は、少年は、『英雄』と讃えられるべき存在であり、見守っていた者達は『英雄』の誕生を観測したと言ってもいいだろう。

 

もっとも少年は『英雄』の席を蹴り飛ばしたわけだけれど。

しかし、少年がそれを望もうが望まなかろうがそれを見ていた者たちからすれば、まさしく『英雄』なのだ。

 

 

1匹の猛牛と戦う少年がいた。

 

炎雷の槍(ファイア・ボルト)ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

それは英雄譚の1ページのようで。

気高く、熱く、目に焼きつくような光景で。

 

その世界から爪弾きにされた男は、やはり灰色の世界で舞台の上で光に照らされた少年を見て思った。

 

 

 

「――――嗚呼、あなたが彼等が望んだ、エレボスが求めた『英雄』ですか。 ・・・なら、それを壊したなら、エレボスに、あの顔に泥を塗ったとスっきりすることはできるでしょうか。」

 

 

 

薄暗い迷宮を歩く。

()()の食事の為に、あの場から離れてしまったが、きっとすぐに会えると歩く。

 

 

「家族水入らずといきたいですが、その前に。――――どうか、英雄よ。 このような理不尽に屈することなく、立ち上がってみて欲しい・・・! ふふっ、ふふふ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

しばらくは()()は食事を優先することだろう。

持病が無い代わりとでもいうのか、すこぶる燃費の悪い彼女はすぐに腹を空かせる。

きっと今も同じ階層で、この広大な階層で食事をしていることだろう。

ならば邪魔は来ないはずだ。

 

 

「置いていかれた者同士・・・・捨てられた者同士・・・仲良くしようではありませんか!!」

 

 

暗い、暗い迷宮で、男は壊れたように笑う。

狂った男は笑って、モンスターを殺して進む。

再会を楽しみにするように、逆恨み同然の怒りを燃やして闇の中を歩いていった。


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