「
「わかりません・・・でも、無いよりはマシだと思ったほうが良い・・・」
眼前に並べらているのは、亡くなった同業者の遺品――装備品と
刃の一部が欠けた長剣と刀、罅割れた
それが、
巻物の形をとっていた丈夫な布地は、少年が破壊した遺体の手に握られていたものだった。
既に記されている×印は、おそらく拠点を示している。つまりは現在地であるこの
作成されている範囲はかなり広く、いくつもの行き止まりに当って、挫けそうになりながら、それでも描き続けたことが
「この方々も遭難し、出口を求めて彷徨ったのでしょう・・・」
「・・・ん」
「彼等の無念は推し量ることはできませんが・・・情報が何も無い私達にとっては大きな助けになります」
「・・・・」
地図を地面に広げて一緒に見下ろしているアミッドの呟きを、少年は黙って肯定する。
2人は途切れた地図の先――この
帰還への経路を。
たとえ、少年の
「道がわからない以上、僕達は・・・この地図に従って動くしかない。そこで、上の階層へと続く、36階層の連絡路を見つけるしかない」
「そう、ですね・・・。」
「なるべく、モンスターの少ない道を僕が見つけてそこを進もうと思います。」
「ええ、お願いします。 回復は私が。 ベルさん、
「・・・はい。でも、移動するなら使わないほうがいいと思います。 結界・・・というか陣地というか、そういうものなので動きながらっていうのは無理です。」
「では、なるべく
「この変色した
「・・・・念のため、持って行きましょう。効果が無いわけではないでしょうが・・・なるべく、使いたくはありませんので」
「わかりました」
広げた
少年が作業をしているのとは別で、アミッドは遺骨を集めて、等間隔に寝かせて手を合わせていた。自分が眠っている間にこの
激情し、遺骨を破壊した少年のことをアミッドは責めることはできなかった。
だから、代わりにと手を合わせて自分の背後で震えている少年の分まで謝罪し、装備品を奪った所業に、黙祷を捧げた。
「―――ベルさん、覚えている限りで構いません。この
「・・・・壁に寄りかかっていたり、地面で仰向けになっていたり・・・ああ、1人は確か・・・えと、胸の位置に短剣が。」
アミッドは、少年のおぼろげな記憶から
「カビや腐敗が進んでいるとはいえ、食料が残っている。餓死や脱水が直接な死因とは考えにくい・・・。ですが、
「・・・だとしたら、死因は『毒』ですか?」
「それを始めとした、『状態異常』かと。 恐らくは遭難した後、彼等はこの
1人、また1人と息を引き取っていく中、残された1人は『深層』の闇に気をやられ、自ら命を絶ったのではないか。それがアミッドが導き出した答えだった。
「・・・アミッドさん」
「?」
少女の後ろで出口を警戒していた少年は、
布地の正体は【ファミリア】のエンブレム。恐らくは団旗。
激しくこすれた跡によって、徽章がどの【ファミリア】なのか判然しない。
けれど、隅には、赤い文字で
「―――【申し訳あり・・・・レ・・・様・・・ごめ・・・マ・・・母さん・・・・帰れなくて・・・】。」
ところどころ汚れて見えないその遺言を、少女は沈痛な面持ちで読み上げる。
「・・・・・ベルさん」
「・・・はい」
「貴方も、黙祷をしておきましょう。」
「でも・・・」
「大丈夫。彼等は貴方を怒ったりなどしません。ですが、貴方が目を背けるのはいけません。でないと、貴方はこれから先もここでのことを引きずってしまう・・・私はそう、思うのです」
「・・・・わかりました」
譲り受けた武器と防具を纏い、
少女は『どうか、私達を見守っていてください』と。
少年は『酷いことして、ごめんなさい』と。
黙祷の時間はほんの少し。
ここはダンジョン、モンスターの巣窟。悠長に感傷に浸る隙は見せられない。
名前も知らない冒険者達にそれぞれ想いを残して、2人は
そうして、少女は初めてこの時、この瞬間。
理解したのだ。
薄暗い、闇の中で浮かぶ顔。
カタカタカタ、とまるで啼き声を放つように、仮面が上下に浮かぶソレを見た。
御伽噺の『死神』を彷彿とさせるような存在。
名を、『スカルシープ』。
深層域に出現する羊型のモンスター。体高は140Cほどの中型級。2つの虚ろな眼窩が空いた仮面及び全身は、
闇の中で浮かぶように存在する羊の頭蓋骨。
それが急接近してきたかと思えば、真正面に伸ばして構えられた銀の槍に貫かれて体を灰に変えた。
「はー・・・っはぁ・・・・はぁ・・・」
見えなくとも、少年には場所がわかってしまう。
だから、突っ込んでくるのなら、待ち構えてさえいればいい。
荒く吐息を漏らして、少女の手をしっかりと握って無事を確認して、また1歩、前へと進む。
少女は、少なくとも聞いていた。
女神から、そして、少年の姉達から。
『決して暗い場所に連れて行ってはダメ』と。
すっかりこの状況下で忘れていたけれど、ずっと震えていたのは、あの骨の怪物を見たせいだとばかり思っていたけれど、それもひとつの要因なのだろうが、違ったのだ。
(嗚呼、なるほど・・・)
少年は口にしない。
口にせず、震えながら、泣きそうになりながらも少女の手を引いてモンスターのいない位置を頭を痛ませながら選んで進む。
「ベルさん・・・これが・・・貴方がいつも見ていた世界なのですね」
闇の中で浮かぶ、顔。
きっと少年が見ているものとは少しばかり違うのだろう。
けれど、条件は同じ。
恐らくそれが、神の顔か、怪物の顔かの違いでしかないのだ。
暗い場所で、懐中電灯をあごの位置で顔を照らす。
場合によってはそれだけで人は驚くことだろう。
少年はそれを見続けているのだ。
「いつからですか? ベルさん。」
「・・・少なくとも・・・お義母さん達がいなくなった時から・・・暗い場所で、冷たい瞳が、僕のことを見てる。」
「―――っ」
「今もずっと・・・だから・・・離さないでください・・・」
薄闇の中、2人は歩く。
時折現れる怪物を少年がたった1人で相手をして、2人は歩く。
少女は少年が見ていたものを漸く理解して、そして、己の無力を知ったのだ。
傷を治せても、心までは治せないのだと。