旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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英雄殺しの魔法

 

 

その魔法は、モンスターには効果が無い。

 

「会いたかった! ずっと会いたかったですよ、【夢想兎(トロイメライ)】!」

 

その魔法は、神にさえ効果が無い。

 

「我が主神は、最後の最期に貴方を案じていた! ただ1人、私という眷族がいながら! 眷族ですらない他人を思いやった! 気に入らない、気に入るはずがない! 『愛している』と言っておきながら私を騙しておきながら! ええ、気に入りませんとも!」

 

その魔法は、人にも効果が無い。

 

「貴方という存在がいたおかげで、あの時代は変革された! 編纂された! 本来ああはならなかった! 英雄2人さえも! 悪になりきれなかった!」

 

その魔法は、傷を癒しはしない。

 

「何が絶対悪か! 何が理想か! 私の欠陥をしっておきながら・・・嗚呼、なんて酷い! なんて残酷な! この胸に埋めく苛立ちを! 憎しみを! 嫉妬を! どこにぶつければいいのでしょうか!?」

 

その魔法は、燃えはしない。氷もしない。風も吹かず、雷が迸ることも、光が走ることも、闇が飲み込むこともない。

 

「ならば、ええ、ならばこそ! 私の主神を! あの堕ちきれなかった英雄達が気にかけた貴方こそを、時代に影響を与えた貴方こそを砕けば、私の復讐は果たされるのではないでしょうか!?」

 

その魔法は、()()を砕く魔法である。

 

「聞こえていますか、【夢想兎(トロイメライ)】! 私は英雄に憧れています! 」

 

少年に指を指し魔法を発動したまま、男は笑いながら叫んだ。

 

「いえ、尊敬といった方が正しい! この欠陥じみた箱庭で、理不尽にも負けず、不条理に抗い、世界に反逆し続ける者達! その姿のなんと気高く崇高なことか! 神々などより遥かに崇拝されるべき存在ですとも! 私は『英雄』を敬い続けます! そしてそんな私の前に、貴方は現れてくれた!」

 

奇しくも少年は『英雄』になっていた。

怪物にされた女を救い、複数の派閥を、死に掛けていた冒険者達を救い、悪事で奪われた娘を救い出し、滅ぶはずだった国を救った。

それを少年がどう思おうが、他者からしてみれば間違いなく、そう・・・『英雄』なのだ。

 

「憎むべき相手、それでありながら、敬うべき『英雄』! ならば、ええ、どうかどうか! この過酷さえも乗り越えて見せてください! 」

 

人造迷宮を一度破壊して回った時から、男の関心は少年に向いていた。

あれは自分の主神を、時代を変えた存在なのだと。

 

「私も貴方も、同じく親に捨てられた者・・・ならば! 仲良く遊ぼうではありませんか!」

 

 

男の目にはただ、狂気だけがあった。

走り去る少年は、聖女を抱きかかえ右に左に、階段を上り、階段を飛び降り、縦横無尽に駆け回った。この男から距離を離さなくてはいけないと本能的に理解して。

 

 

「ええ、逃げてください・・・そして、抗ってください! 近いうちに会えるでしょう! 貴方がこぼした血が、私に位置を知らせてくれるのですから! 」

 

 

■ ■ ■

 

「ぐっ・・・づぅぅぅ・・・!」

 

 

何をされたのか、わからなかった。

 

「ベルさん・・・ベルさん!」

 

「はぁ、はぁ・・・おえぇぇっ・・・!」

 

その魔法は、背を向けて走り出した時に()()()()ような感触が、背中に張り付いた。

まるで僕が背中を晒すことを分かっていたように。

 

「しっかりしてください、ベルさん・・・! どこが痛いのですか!?」

 

炎で焼かれたような、雷で貫かれたような、氷が凍てついたような、暴風で殴られたような、水に飲み込まれるような、光に目を潰されたような、闇に落とされたような、そんな感覚はなかった。攻撃魔法でもなければ、回復魔法でもない。そう思って、違和感を感じる間もなく、背中に不快感が走った。

 

まるで恩恵を穢されるような、

女神様が犯されるような、

繋がりを断たれるような、恐ろしい嫌悪が湧いた。

 

 

そして現在。

闇雲に、がむしゃらに、縦横無尽に、走り回って距離を取ってモンスターが比較的少ないエリアを探知して、小さな広間(ルーム)に飛び込んで倒れこんだ。

 

 

「気持ち・・・悪い・・・!」

 

 

本当に、何が起きたのかが分からなかった。

あの男の手から飛び出したヘドロのようなものが背中について、浸透したような気がして、自分の体を抱くようにして呻いてのた打ち回る。心配してくれる女の子の声が聞こえないくらい、嫌悪に飲まれて何度も吐く。そう、背中に張り付いたようなヘドロが口から出た。

 

 

「背中・・・背中が、つらいのですか!?」

 

「さわ・・・らないで・・・!」

 

「っ!」

 

心配してくれている彼女の手を、背中に触れようとした彼女の手を払う。

もし、彼女にまで魔法の影響が出たら? そう考えたら、触られるなんてとんでもない。 優しい彼女が、ただでさえ怖い状況で、これ以上怖い目に合うなんて嫌で、必死に払った。

 

「ごめ、なさい・・・僕に、触らないで・・・!」

 

「ですが・・・ですが・・・!」

 

打つ手がない。

魔法を、【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】を、あるいは【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】を使えばこの魔法は解除される、気がした。だけど、思考が定まらない。スキル、聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)の効果はきっと現在進行中で体に入った病原菌を殺そうと必死に暴れまわっている。そうだとなんとなく、わかる。だけど、追いつかない。スキルの効果を上回る速度で、あの男の魔法は僕の背中を、恩恵を汚していた。

 

「うぐ・・・あぁぁ・・・!」

 

歯を食いしばり、両手が、指が地面に食い込み土を抉る。

必死に耐えようとして、もがき苦しむ。

自分でもわかるくらいには、きっと、僕の瞳は今、激しく明滅している。

その証拠に、暗闇の奥で、黒い神様(エレボス)が見つめているような気がしてならない。

 

「これはもしや、呪詛(カース)? なら・・・【癒しの滴、光の涙、永久の聖域】――」

 

どうしようもないほどの嫌悪。

どうしようもないほどの、吐き気。

吐いても吐いても口から出てくるヘドロのような物。

そして、湧き上がってくるのは

 

「・・・怖い、怖い、怖いっ!」

 

 

彼女が魔法を詠唱しはじめたころ、ようやくその魔法の効果が真価を表した。

何が、『英雄』を敬っている、憧れている、だ。

 

この魔法は、呪いは・・・

 

 

英雄(こころ)』をへし折る爆弾だ。

 

 

「――【ディア・フラーテル】!」

 

「アリーゼさ・・・輝夜さ・・・ん・・・」

 

 

何度目とも知らぬ深層での意識の喪失。

そして僕は、確かに負った『心の傷(トラウマ)』を目の当たりにした。

 

 

■ ■ ■

 

【シーレーン・アルゴー】

詠唱

 

【舟旅は其処に。 旅路は何処に。 大いなる海原、辿り着かぬ陸地】

【帆は焼け、竜骨は割れ、船底より水が染み込み舟は沈み行く】

【女は辱めを。男は餌に。 英雄さえもそれは変わらず喰られ行く】

【やがて舟は砕け散り、嵐の中、舟板にしがみ付くも救いは訪れることなく深き眠りがやってくる】

【衰弱せよ、困窮せよ、絶望せよ、英雄が立つは骸の山、報われることなく破滅するがいい】

 

・『心の傷(トラウマ)』の改竄。

・悪夢

・嫌悪感の付与

・思考力を奪うことによる詠唱妨害

・最も直近の記憶であればあるほど、効果向上

 

発動条件

・背中(恩恵)に当てること

 

代償

・魔法効果中、術者は武器、魔法の使用不可、ステイタスダウン。

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