兎は星乙女と共に   作:二ベル

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安全地帯(セーフティポイント)

夢を見た。

自分が経験したわけではない、時々よく見るような、誰かの記憶を。

 

大地は震え、炎が猛り、地獄と形容するに相応しいその景色の中、1人の美女と複数の少女達が命の炎を燃やしている。

 

そんな、夢を見た。

 

 

「私が求めるのは、『過去』。在りし日の『英雄の時代』! 『未来』を欲する貴様等とは決して相容れん!」

 

灰色髪の美女は口から鮮血を垂らし、それでも、吠えていた。

 

「・・・・それなら、どうすれば、貴方を止められる?」

 

既に防具を破損させボロボロになっている少女の1人がそう言った。

悲しそうな目で、止まってくれない彼女を、どうすればいいのかと。

 

灰色の女は言った。

 

「決まっている――『英雄』となれ」

 

『英雄』となり、私達を打ち倒して見せろと、女はそう言った。

 

「貴様等が『未来』を求めるというのなら、英雄の器を示して見せろ! 『正義』となる『次代の希望』とやらを証明し、この『悪』を納得させてみるがいい!」

 

でなければ、私達が捨てた『あの子』に顔向けができない。

そんな小さな呟きは、神が呼び出した怪物の咆哮で掻き消された。

 

少女達は再び剣を取り、『正義』は巡り、『未来』に光をもたらすことを証明せんと立ち上がった。

 

「行くわアルフィア・・・あなたを倒す!」

 

「ああ、来い――『英雄』の作法を教えてやる、小娘ども!」

 

 

『英雄』だった。

僕のお義母さんは、『英雄』だった。

偉大なる大神が1柱、【ヘラ】の生き残り、最後の娘。

 

そして、僕に会いに来て抱きしめて、『母親』とやらを教えてくれた偉大なる僕にとっての最初の『英雄』だった。

 

死の病に侵され、命の期限を残り僅かとし、儚く消える雪の結晶のように己の運命をすり減らしておきながら。その人は、なおも『英雄』だった。

正義の使徒が繰り出す数多の斬閃を往なし、鉄槌のごき砲火の雨をも無効化しながら、全てを薙ぎ払う福音を轟かせていた。

 

『英雄』だった。

その力は、その強さは、その御姿は、『悪』に堕ちてなお――誰よりも、『英雄』だった。

 

「砲撃、撃ちまくれ!! 魔法を途切れさせるんじゃねぇ!」

 

「攻めるな! 守るな! 真裸の斬り合いだ!! 怯めば死ぬぞ、逃げるは恥ぞ!! あの化物の全てに、我等の全力をもって応える!!」

 

「背を見せてはならない・・・! この相手だけは・・・! あの『英雄』だけは、乗り越えなくてはならない・・・!」

 

 

そうだ。

かつての『英雄』は、物語において、()()()()()()()()ことは恐らく、ないだろう。 幸福な最期を迎えたのか、悲劇的な最期を迎えたのか、あるいは誰にも語られることなく次の冒険に出たのか。語られることは、ないのだろう。

 

僕の元にやってきた、僕にとっての()()()()()は、物語を終えたあとの後日談でしかなかった。そして、最後の最後に『悪』という役割を拝命し、姿を消したのだろう。『英雄が悪堕ちする』なんて、それこそよくある話だ。だから、神が連れて行ったことに納得はできないけれど、2人が最期に選んだのが『冒険』であったのだと、自分たちを踏み台にさせることでより強い『英雄』を生み出そうとしたのだと分かって、どうしようもないほどに、呆れるほどに笑みが零れてしまった。

 

迫り来る死、命の期限が直前にあってもなお――彼女達は『英雄』であり、ドが着くほどの『冒険者』だったのだ。

 

 

「子供を捨ててまですることじゃないでしょ・・・お義母さん、叔父さん」

 

それでも僕は、一緒にいて欲しかったんだよと・・・その場にいたのなら、言っていたかもしれない。優しい正義の使徒に涙ながらに『殺さないで』と訴えていたかもしれない。あるいは・・・2人を連れ去った神を許せないと、凶刃で刺し殺していた、そんな()()()があったのかもしれない。

 

 

加速する、全ての景色が。

剣も、盾も、杖も。閃光も、衝撃も、炸裂も、咆哮も。意志さえも。かつてない力を欲し、全身全霊をもって、正義の使徒はかつての『英雄』に向って加速する。

 

全てが加速し、燃え上がるその光景は、流星の輝きにも似ていた。

立ち塞がる『悪』に対して気炎を撒き散らす『正義』のきらめき。光の尾を曳いて駆け抜ける、星の軌跡。

 

「正邪の行進・・・いや、正邪の決戦。」

 

自分の立つ場所、その隣に声が聞こえて、そちらに目を向けてみれば、胡桃色の麗しの女神、その隣に立つ黒い神様(エレボス)が。

 

「嗚呼、そうだ―――これが見たかった!!」

 

炎を纏い、刀を振り、爆撃を放ち、風となる少女達を、歓迎するように盛大に笑みを浮かべた黒い神様(エレボス)が諸手を上げて声を上げた。

 

「過去と今を繋ぎ、未来に至る、眷族達(おまえたち)の物語が!」

 

『正義』と『悪』の神の視線の下、禍つ巨星と、光を放つ星々が、衝突と錯綜を繰り返す。

そして――。

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】――」

 

 

どうやら、もう少しで時々見る断片的な記憶(ものがたり)は終わりを迎えるらしい。その歌も、魔法も僕は知らないけれど、アリーゼさん達が生きているということは・・・・そういうことなのだろう。

 

不思議とその光景は目を離すことなどできず、胸は震える。

僕の今ある地獄の先にも、待ち受ける『試練』。

 

それを乗り越えなくては、光ある地上に帰れない。

けれど、それでも。

 

「嗚呼・・・やっぱり、嫌だなぁ」

 

たとえ偽者であっても、義母を殺すことなんて嫌だなと僕は思ったんだ。

 

■ ■ ■

 

 

静かな水の流れが鳴っている。

37階層唯一の水源は、戦場とは無縁のせせらぎを奏でていた。

周囲一帯には燐光はない。壁面にも、天井にも。

ただ通路の真ん中を走る清流が光、光源代わりとなっていた。

神秘的な蒼の色に照らし出される通路。清流を挟む左右それぞれの岸はそれぞれ幅が4Mほど。表面はごつごつとした岩場とは異なり、氷原のように滑らかだった。片側の岸に腰を下ろすアミッドと少年は、これまでの休憩でそうしてきたように、壁に背中をつけて寄りかかっていた。

 

「・・・お体の方は?」

 

「・・・・・・・」

 

衣擦れの音を立て身じろぎするアミッドの呟きに、少年は言葉を返さない。

水の恵みは、2人にとって九死に一生を得るものだった。過酷な環境とダンジョンの容赦ない連戦によって、2人は軽度の脱水症状を引き起こしかけていた。視線の先を流れる清流は文字通り命の水となって2人を救ったのだ。更に、ここに辿り着いて既に約1時間。モンスターと戦うことなく、存分に体を休めることができていた。これまでのたった数分の休憩と比べれば破格である。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

2人は無言だった。

正確には何かを喋っても長続きせず、口を開いては閉ざすの繰り返しだった。

視線を合わせもせず、前方を横切る川の流れだけを見つめている。

早い話。

2人は服を脱いでいた。

 

「・・・辱められた」

 

「なっ・・・!?」

 

ずぶ濡れになった装備と衣服は容赦なく体温を奪う。疲弊しきった今の2人ならば尚更だ。それ故の処置だった。当然の成り行きだった。

 

――仕方ないじゃないですか・・・!?

 

少年はモンスターの血なのか、自分の血なのかわからないほどに血塗れで汚かった。()()()()()()、それを放置したまま休ませるなどもってのほか。着用していた戦闘衣は水に倒れこんだせいもあってびしょ濡れで、ならいっそ洗って少しでも清潔にしておくべきだ・・・と、ほんの数時間前のアミッドはそう思ったのだ。

 

「意識のない異性を脱がすなんて・・・」

 

「―――っ」

 

「アミッドさん・・・は肉食だったんだ・・・」

 

「ち、ちがっ」

 

「意識のないときに悪戯していいのは、リューさんと春姫さんくらいなのに」

 

「それはする方ですか!? されるほうですか!?」

 

「・・・・・」

 

「答えて下さい、なぜ黙るんですか!? 気になってしまうではありませんか!?」

 

アミッドの着用していた戦闘衣も同じく、血で汚れていて水で濡れ、不快感があった。自分の手当てをするにしても、傷が見えないのでは困ると眠っていた少年を他所にストリップしたアミッド。そう、これは決してやましい思いがあってしたことではなく、しかたない、しかたなーい医療行為なのだ。そうなのだ、そうだよね? そうだとも! そうだと言ってよアミッドさん。

 

もっとも、頭で理解できていても、感情は別問題だった。

具体的には生真面目で()()()()()()()()()()()だと己に言い聞かせる治療師の少女と、姉達の裸にはそこそこ慣れてはいても恥かしいものは恥かしい少年。ましてや目が覚めれば裸にされていたなんて誰が思うだろうか。しかも、目が覚めたら真正面で少年が貸していた義母の形見のローブを羽織ってなんとか体を隠していたアミッドが、じぃーっと見つめていて・・・・両方とも狼狽し赤面し互いを意識せざるをえなくなり、鼓動の音を必死に鎮めようとしていたほどだった。

 

「見たんですか?」

 

「・・・その、以前あなたが治療院に入院したときも体を拭くときに、少なからず・・・」

 

いえ、まぁ仕方ないんですよ? 自分の体を動かせない方の体を拭いたりすることは治療院でないわけではありませんし? と別にやましいことなんてこれっぽっちもしていないのに、瞳を泳がせながら必死にアミッドは取り繕う。

 

アミッドは上半身裸で、羽織っているものは水没を免れた『女神(ヘラ)のローブ』のみ。下に履いているのは薄い下着一枚だけだ。少年もまた薄い下着一枚だけ。アミッドの回復魔法によって2人の傷は癒えていて、けれどここまでの度重なる『冒険』に疲弊した精神では碌な思考もとれていない。羽織るものが少ない分、少年の露出は多く、豊満な胸を隠しながら、瞳の中身をぐるぐる回して真っ赤な顔でローブを羽織らせようとするアミッドと一悶着あったものの、現在、アミッドがローブを羽織るという形で落ち着いている。

 

「仕方が無いでしょう・・・汚いんですから」

 

しなやかな両脚を胸に抱きながら、アミッドはもにょもにょと呟く。隣をこっそり窺えば、この暗がりの中でも、少年の顔はアミッドを見ないようにそっぽを向いてはいるが、白い髪から覗く耳は淡く染まっている。アミッドも同じだ、いや、もっと酷いかもしれない。瞳は熱をおび、涙が滲むほどの羞恥が後になってからやってきて、沸騰しそうなほどに顔は真っ赤になっていた。

 

 

「これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果これは吊り橋効果・・・決して、決してやましいことなど・・・っ!」

 

「・・・アミッドさん?」

 

「い、意識のない・・・年下の殿方を裸にして楽しむ性癖など私には、断じてッ! ないっ! ありませんっ!」

 

「・・・アミッドさん?」

 

「そうです、私は眠っている殿方に跨って悦ぶ卑しい女などではありませんッ! そうですよね、ベルさん!?」

 

「知りませんよ!?」

 

動揺し、体を揺らすたびに、ローブが衣擦れの音を立て、両脚を胸に抱いているとはいえ、動くたびにその豊満な乳房はほのかに揺れる。地面には脱走した装備と、衣服が散らばっている。乾かすために上着は綺麗に折りたためず、履いていたブーツはぐにゃりと歪んでいる。どこか、何故か、本当によくわからないが、そこはかとなく背徳感があった。いたたまれない類のものだ。アミッドは必死にそれを見ないようにしているのに、少年はぼけぇーっと揺れる焚き火の炎を見るようにして、散らばった衣服を眺めている。

 

「アミッドさんは・・・白」

 

「・・・・うぅ」

 

「どうしたんですか、さっきから・・・いつもの『ぴゃわわ☆』って言ってくれるアミッドさんはどこに言ったんですか・・・?」

 

「そんな私はいません! きっと悪い夢を見たのでしょう!?」

 

「あ・・・手、離さないで」

 

「あ、も、申し訳ありません・・・」

 

 

顔は合わせない。

けれど、少年が眠っている時から、つまむようにして握っていた指をもう一度握りなおす。

 

 

――な、なぜこんなに意識してしまっているのでしょうか・・・2人きりだから? 

 

純粋な疑問を胸に投げるも、答えは返ってこない。

助けられたから? 絆されたから? 世話の焼ける弟程度だと思っていたのに?

 

『・・・貴方はベルのどこが好きなの?』

 

『・・・素直なところでしょうか』

 

そんな話を、あの赤髪の美女――少年の姉たるアリーゼとしたのを思い出して、ボフンッ! と煙が出た。

 

 

「違う、違うのです・・・違うのですこれはぁ・・・ッ!」

 

「・・・・」

 

独りで頭を右に左に振ってアミッドは回答を否定するも、口に出てしまっているせいで少年にはぎょっとされてしまう。

 

 

――ダンジョンで・・・『深層』で、こんな事態に陥るだなんて・・・!

 

本来ならこんな茶番のようなまね、している暇などない。ましてや配役も違う、きっとこういうのは・・・そう、エルフがいいはずなのだ。羞恥に悶え、『合理的だ』とか『非効率だ』とか言って最終的には密着してしまう・・・きっとそうだ。

 

 

「うぅ・・・責任とってくださいベルさん」

 

「何のですか・・・僕、被害者じゃ・・・」

 

「まったく・・・モンスターに襲われたら終わりだというのに・・・」

 

「力、出ないんですし・・・仕方ないですよ・・・くしゅんっ」

 

「そういえば・・・何故、モンスターが現れないのでしょうか・・・?」

 

上手く言葉にはできないが、この清流の一帯には迷宮特有の張り詰めた空気がない。怪物の気配も、息遣いも、視線さえまるで感じないのだ。物音はせせらぎ以外、何も聞こえない。一時間以上休憩を取れていることも、アミッドの直感を裏付けている。この空間だけ、時の流れが遅いようにすら感じられた。

 

「・・・たぶん、安全地帯(セーフティポイント)なんじゃないでしょうか」

 

アミッドから少年の魔法なしで1時間以上も休憩をとれていることを聞いた少年も頭の片隅では似たようなことを考えていた。

 

「ほら、闘技場とかって・・・戦士達の待機場所とかあったりするじゃないですか・・・観戦する人達も含めて、休めるような場所は少なからず・・・だから・・・」

 

安全地帯(セーフティポイント)があった・・・と?」

 

「・・・ただのこじつけですけどね・・・へっくち」

 

「・・・寒い、ですか?」

 

「・・・いえ」

 

 

水で濡れた上に、裸。おまけに体力的に弱っている少年の体は震えていて、時折くしゃみをしていた。1人だけローブを羽織っていたアミッドは罪悪感が胸を刺して、また口走ってしまう。

 

「ベ、ベルさん」

 

「・・・?」

 

「その・・・こういうときはですね・・・・」

 

「・・・?」

 

「肌を、寄せ合いましょう・・・人肌は、意外と温かい、ですから」

 

「・・・マジですか」

 

「・・・マジ、です」

 

アミッドは耳を真っ赤にしながら、もつれそうになる舌を動かす。

 

「い、いま、私達がやっていることは・・・その、効率的ではありませんし。 このままでは、風邪を・・・いえ、地上に戻るまでの気力が・・・生きるために、その、ひ、人肌でっ、互いを温めなくては・・・!」

 

「・・・・まじかぁ」

 

「は、恥かしいなどと言っている場合では・・・こ、こんなに体が冷えて・・・その、()()()()縮み上がっているのではないですか?」

 

「・・・・見たんですか?」

 

「あ、や、えと」

 

「見たんですね?」

 

「い、医療行為ですのでッ!?」

 

見たくて見たわけではありません! 決して! 本当です信じてください! 私はそんな淫らな女ではありません! 必死に取り繕うアミッドはもう頭の中がわけわかめだった。そんなアミッドをポカン、と見ている少年はアミッドの言う『人肌の温もり』とやらは握ってくれている指から確かに感じていて一理あるのかな・・・?と疲れた頭でそんなことを考える。アミッドが少年の身を案じている気持ちは本当で、アミッドの頭がおかしくなっているだけなのだ。

 

 

「で、ですが、ベルさん・・・その、邪まな思いは、抱いてはいけません」

 

「・・・?」

 

「こ、こんな場所で、命の危機に瀕しているからと・・・その、種を残そうとするのは、いけません」

 

そんなことをしようとすれば、私は貴方を懲らしめてしまうかもしれない。自分から提案しておきながら、羞恥に殺されていくアミッドは、注意事項を列挙し始めた。

 

「そ、その・・・このような緊急事態の時は、その・・・お盛んになる・・・らしいですが・・・こんな不衛生な場所でなど・・・恥を知りなさい!」

 

「なぜ、僕は怒られているんでしょうか」

 

「まったく、年上の女性に囲まれて・・・背中には気をつけなさい」

 

「いや、僕が・・・というより、だいたい主犯はアリーゼさんなんですけど・・・アリーゼさんが『みんなベルのこと好きだからハーレムにして幸せにするわ!』って」

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

 

キラッと笑う駄目なお姉さん、アリーゼ・ローヴェルが迷宮の闇の中に幻影として見えた気がしたが。途端に2人は吹き出してしまった。

 

「ぷっ・・ははっ・・・いててっ」

 

「ふ、ふふ・・・ああ、どこか痛みますか? 治療したつもりでしたが」

 

「いえ、大丈夫です・・・アミッドさんは強いですね・・・僕一人じゃ、きっと泣いているだけでした」

 

「それは・・・いえ、私も同じです。私1人ではすぐに死に絶えていたでしょうから・・・」

 

指をからめ、肩を寄せ合う2人は、バチバチと音を立てる焚き火を見つめてから。

 

「えと、それじゃあ・・・どうしますか」

 

「・・・抱きしめあうのは、その、服を着ていないですから・・・さすがに・・・」

 

「はぁ・・・」

 

アミッドは沈黙を挟んだ後、無言で立ち上がった。

トボトボと少年の前まで歩いて、目の前で止まり、背を向ける。そして、ローブを脱いだ。

 

ばさり、と地面に滑り落ちるローブ。

あらわになる白いうなじに、晒される瑞々しい背中。

滴る水の雫が首筋からほっそりとした腰まで伝い、唯一残った下着に吸い込まれる。背を向けているアミッドの顔はますます真っ赤で、後ろからは見えないようにしようとしているのか、両腕で胸を寄せて隠し、地面に腰を下ろす。流れる微かな沈黙。しかし、今の2人にとってはとても長い時間。紫水晶色(アメジスト)の瞳を思わず伏せていると、彼女の意図が伝わったのか、背後から気配を感じた。

 

少年が腰を上げる。

アミッドの心臓がはねる。

少年が後ろから両腕を回す。

アミッドの肩が震える。

そして、互いの距離はなくなった。

 

「・・・・」

 

「・・・・アミッドさん大丈夫、ですか?」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「・・・・?」

 

ベルが後ろから抱きしめ、アミッドを胸の中に閉じ込める。

密着するアミッドの背中と薄い胸板。

少年の両腕が、生まれたままの姿のアミッドの胸の前で交差する。

燃え上がるような羞恥を感じていたのは、最初だけだった。互いの体が、互いの体温を交換する。冷たい肌の感触は温もりに変わり、アミッドを包み込む。最初は激しかった鼓動が、時間をかけて、ゆっくりと穏やかになり、アミッドの背中を何度もノックする。心地よい律動が揺り籠のようにアミッドの心を解かす。そうなることが当然であるように、互いの身を委ねる。少年はアミッドの背にもたれ、アミッドは少年の胸に背を預けて。

 

「温かい、ですね」

 

「はい、とても・・・」

 

「アミッドさん、良い体してますね・・・」

 

「・・・・それは、どうも」

 

「アリーゼさんが『脱いだらすごい』って言ってましたけど、本当でした」

 

「・・・そう、ですか」

 

 

蓄積された疲れがまた襲ってきたのか、少年は脱力してアミッドの右肩に顔を埋めるようにしてもたれかかり、眠りに落ちる寸前のような息遣いがアミッドの肌を撫でる。

 

少年がやや足を広げ、股の間にアミッドがすっぽり収まる形。アミッドはとても温かいが、包み込んでくれる少年はきっと寒いかもしれない。ただでさえ弱っているのだ。そう思って、声をかけ落ちているローブを手繰り寄せさせる。少年が背中の上から羽織って、アミッドの体ごと覆った。少年の顔がアミッドの顔のすぐ横にある。

 

――くすぐったい。

 

 

「ベル・・・さん・・・?」

 

「はい」

 

「帰ったら、何かしたいことはありますか・・・?」

 

「・・・温かいお風呂、入りたいです」

 

「・・・そうですね」

 

「アストレア様に、アリーゼさん達に、抱きしめてもらいたい・・・それから、春姫さんが作ってくれるご飯を食べたいです。アミッドさんは・・・?」

 

「私は、【ファミリア】の皆さんに心配をかけてしまったことを謝らなくては・・・ディアンケヒト様にも。 温かいお風呂も、もちろん入りたいです」

 

「帰って早々、働いたら怒られますよ・・・」

 

「なら、貴方が私を働かないように見張ってください・・・」

 

「考えて・・・おきます」

 

 

身を寄せ、体を委ね合い、囁きを交わす。

それは恋人の睦言にも似ていた。

静かに目を閉じて、空へ飛び立つ旅人のように眠る。

抱きしめあいながら、寄り添って二人きりで。

側を流れる清流だけが、ささやかな一時を与えるように、蒼い輝きを放っていた。

 

「ベルさん・・・」

 

「はい」

 

「私のことを、どう思いますか?」

 

「・・・好き、ですよ。優しくて、僕なんかに気を遣ってくれるところとか」

 

「恥かしくないのですか、そういうことを言うの」

 

「恥かしいですよ・・・でも、それ以上に」

 

言えないまま失った、そのショックのほうが大きい。

その痛みを知っているから、なるべく言うようにしている。何度か聞いた、少年のそんな呟き。

 

「アミッドさんは・・・?」

 

「そう・・・ですね・・・」

 

思ったことは、気持ちは、ちゃんと伝えておかなくては・・・別れのとき、きっと寂しいのだ。それを実体験で知っている少年に習うように、アミッドは少しだけ口篭ってから

 

 

「憎からず、想ってはおりますよ」

 

とだけ、呟いた。


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