夕暮れの帰り道。
周囲には麦の海が広がっていた。
大粒の実を宿す穂が涼しい風と一緒に、音を立てて揺れている。西の彼方に沈もうとする日の光によって黄金色に輝く光景は、まるで御伽噺の中で語られる天界のようだった。
この景色は、既に遥か昔の思い出の景色なのだと、そして自分は今、夢を見ているのだと少年は自嘲の笑みを浮かべた。
――また、この夢・・・未練がましいって、女々しいってお義母さんなら言うのかな。
少し違うとすれば、以前見た夢は自分はそれを客観視・・・第三者の視点で見ていたということ。けれど今、手を繋いで隣を歩いているのは義母であり自分の掌は武器を持つには小さすぎるほどに小さかった。彼女――アルフィアのことは、今でもきっと好きなのだ。異性としてではなく、1人の母親として。もし次があるのならば、その時はまた、今度は不治の病なんてナシで親子として道を歩きたいと思っている。
アルフィアは目が覚めるような美しい女性だ。
髪は灰色で、長い。
彼女は薄汚いと嫌っていたが、少年は好きだった。
瞼は常に閉じられている。
目を開けずどうして生活できるのだろうといつも不思議に思っているが、彼女が言うには「瞼を開けることですら疲れる」のだそうだ。少年もまた、アルフィアを失ったショックからか、似たようなことをして瞼を閉じたまま生活ができるようになってしまったがそれをアルフィアが知ったなら、『やめろ』『真似をするな』と怒りはしないが注意はしてくるだろう。
身に纏う漆黒のドレスはこんな山奥の中にあって、酷く異彩を放っている。
見れば見るほど美しい女性だった。
母親として出会わなければ、もしかしたら一方通行ではあるだろうが一目惚れをしていたかもしれないほどに、彼女は美しかった。
そんな女性と、手を繋ぎ、二人きりで歩く。
――そうだ、僕は、お義母さんとこうして歩くのが大好きだったんだ。
何もない田舎だった。
明るいうちは男集、あるいは数人の女性が畑仕事に出て夕方に帰って来る。少年は村人とそこまで接する機会はなかったしアルフィアも必要以上接することはなかった。別に『鬱陶しい』とか『関わりたくない』とか村の人達を邪険に思っていたわけでも、仲が悪かったわけでもなく、ただ、そう、ただ・・・村から少し離れた場所で静かに平穏に暮らすのが何よりアルフィアは好きだったし、少年もまた好きだった。
静かだからこそ、静寂な空間だったからこそ、体感時間はゆったりとしていて1日はとても長く感じられた。
2人はかつて、迷宮都市オラリオにいたらしい。
どんな場所だったのかといえば、叔父は『俺達の知るオラリオと今のオラリオは恐らく違うかも知れん。だから一概には言えん』と肩を竦め、義母は『煩わしい場所』とそんなことを聞くなと言うような空気を醸し出していた。幼かった少年にはよくわからない言葉だったけれど、それでも、自分が暮らしている村とは全く違うのだということはわかった。
『お義母さんは、この村、不満じゃない? 何もないんだよ? 毎日お散歩・・・僕は楽しいけど、お義母さんは平気?』
娯楽なんて碌にない地図にも載らないような村だったから。
散歩するくらいしか、することがなかったから。
つい、世界の中心といっていい場所にいた彼女は酷くつまらないのではないかと不安に思ったこともある。
『お前といれるだけで、私に不満なんてない・・・もし、あるとすれば・・・』
空を見上げて、少し悲しそうな顔つきで彼女は小さく呟いた。
幼い少年の耳には聞こえないくらいの声量で。
『メーテリアもいれば・・・もっと幸せだった』
溜息をついて、頭を振ってそんな考えを吹き飛ばした彼女は少年を抱き上げて真っ直ぐと家に向い始める。
――僕は、貴方のたまにする悲しそうな顔を見ると、すごく胸が痛かった。
抱き上げられた少年は義母の顔を見つめて、当時何を思ったのだろう。
励ましてあげたのか、道化を演じて見せたのか、ただ大人しく彼女に抱きついていたのか。
「お、おかあさんっ!」
「・・・・何だ?」
彼女は、あまり笑わない人だった。
目を瞑ったまま、ちっとも笑わず、けれどぎこちない手つきで、少年を撫でてくれる。小言を口にしながら、時には仕置きをし、それでもいつも少年の小さな手を握って守ってくれる。少年に『母』を教えてくれたのは、神経質で、我儘で、乱暴で、とても不器用な目の前の女性だ。
そんな彼女が悲しい顔をするのが、何より悲しかった。
「・・・僕、アルフィアお義母さんとも、ザルド叔父さんとも一緒だよね? 僕、離れたくないよ」
「・・・・お前が永遠を願っても、神ならざる我々では叶えられない。私たちは不変ではないからだ。ずっと一緒にいることは、できない」
2人の体調が悪いことは幼いながらに知っていた。
だから、家族を知ってしまったから、失うのが何より怖かった。
だから縋るように聞いたが、やはりアルフィアは淡々と答えた。
「お前が望まずとも、別れは必ず訪れる。それを忘れるな」
きっとその刻限は、近いのだろう。
咳は数は増えていたし、血が混じっていたのを見てしまったから。
別れの時は刻一刻と迫ってきている。
胸が張り裂けそうな思いと一緒に、当時の少年はそれを悟ってしまった。
気付けば、幼い少年は、ベルは涙で瞳を潤ませていた。
――昔から僕は、泣き虫だった。
結局泣き虫なところは、治っていないのかもしれない。
姉達やアストレアは『そういうところも好き』とは言ってくれるけれど、男の涙なんて何の価値もない。
「ぼ、ぼく・・・ぼくね・・・」
「・・・・」
そういえば、と少年は思った。
結局のところ、別れの時は、あっけなく、『神』の手によって訪れてしまったわけだけれど、最期の時まで一緒にいることさえ許されず、目が覚めたときには全てを失っていてそれがトラウマになるほどだったわけだけれど、それの前日譚でもあるこの夢は、当時の少年は何を言いたかったのだろう。
「えと、ええっとね・・・」
もじもじ、もじもじ、とアルフィアに抱きかかえられながら、言いよどむ。
アルフィアは何も言わず、ただ黙って歩く。
道の先には、ぽつんと家が立っていて、扉が開いている。
開いた扉の中は見えず、黒かった。
恐らくは、そこで話が終るのだ。
「はぁ・・・なんだ、怒らないから言ってみろ」
「え、英雄っているの?」
「・・・・・・」
少年にとっては、アルフィアとザルドという『家族』を教えてくれた存在こそが、最初にして始原の英雄だ。 では、彼女達にとっての英雄とは何なのだろうか。そもそも、英雄とは何なのだろうか? と少年は聞いた。アルフィアは少し黙ってから、また溜息をついた。
「・・・英雄とは、『馬鹿』だ」
「・・・・え?」
「英雄譚に出てくる者達を見てみろ、読み込んでみろ、どいつもこいつも故郷を捨てるわ、女を侍らせるわ、それで物語を蛇足させて、できもしないことを血反吐を吐きながらやり通そうとする。最後には明るい結末が待っているのだろうが、そうならなかった物語も存在するし、『英雄』の後日談は基本的には語られない」
「どうして?」
「求められていないからだ。 お前はもう舞台を演じ終えた、ならば必要ない・・・とな。だから最後の最後に、『どこかへ旅立った』だの『次の冒険で普通に死んだ』だのと仄めかして終る。英雄とは・・・」
英雄とは、最も損な役回りである。
淡々と、アルフィアは語る。
少年が、アルフィアに読んでもらったアルゴノゥトも『なし崩し的にお姫様を助けて』、それで終る。どうやら次の冒険で死んだらしいが、実際のところはわからない。が、彼の冒険譚は『お姫様を助ける』ことで終ったのだ。本人の目的が違えども、物語の形としてはそれで終わり。最終的にあやふやに『あとはお前達読者が妄想しろ』とでも言うかのような終り方、それを損だと、彼女は言った。
――お義母さん、僕・・・女の子を助けたよ。
褒めて、くれるだろうか?
それとも、『ほら見ろ、損な役回りだったろう? お前だけがボロボロじゃないか』とデコピンをかましてくるだろうか。
幼い少年は、自分にとっての『英雄』が、アルフィアがそんなことを言うものだから余計に悲しくなって顔を見られないように抱きついた。不器用な彼女は悪いことをしたとでも思ったのか、ぽんぽんと背中を軽く叩いてくれる。
「ぼ、、ぼく・・・ぼく・・・お、お義母さんの・・・ううん・・・僕、僕は・・・・!」
「・・・・・・ついたぞ、風呂に入って夕飯だ」
「・・・・・・あ、う、うん」
結局、言い切る前に家についてしまってアルフィアは淡々と話をきってしまう。
きっと、彼女達にとってはそこが分岐点だったのだ。
これもまた、あの黒い魔道書によって引き起こされた夢なのだろう。
それでも、どうしようもない状況で、この景色を見れたのは、お別れを言うことさえ許されなかった彼女の姿を見れたことに少年は嬉しいと思えた。
涙を溢れさせ、目が覚めれば、それこそ本当の『お別れの時』がくるのだとわかって。
家から飛び出して、叫んだ。
「僕は・・・・なりたいっ!!」
何に?
「お義母さんの! 叔父さんの!」
誰の、何に?
「お前の親になれてよかったって思えるような、誇りに思えるような、そんな英雄に、僕は・・・・なりたいっ!!」
それだけ?
「僕は・・・・僕が・・・貴方達を引き継ぐ! 罪も悔いも全て! だから・・・・僕で最後にする! 僕がっ!」
お前が?
「僕が・・・最後の英雄になるっ!!」
なら、頑張れよ・・・アルフィアの子よ。
そんな誰かの声が聞こえて、バッと振り返る。
誰もいない、誰もいない。
扉の奥、暗い黒に染まった影だけがあった。
冷たい瞳が、少年を見つめていた。
全体の輪郭なんて見えない。
だけど、ずっと見ていたぞとでも言いたげに、彼は見ていた。
すぅーっと意識が遠のいていった。
■ ■ ■
「ちろっ・・・ちろっ・・・・んっ・・・少し、血の味が・・・いえ、治りきっていない場所が治って・・・やはり、『残り湯』に癒しの効能があるなら、その源泉である私自身の体液もまた・・・」
首筋をくすぐったいような感触が伝っていた。
「指・・・ああ、無茶をしたせいで爪・・・ボロボロではありませんか・・・ちゅううぅぅ・・・この際です、いろいろ試してみましょう。少しでもベルさんを癒せるのなら」
指にしゃぶりついて、舌で舐めまわし吸い付いてくる感触がした。
「・・・・い、いけません。こう、いけない感情というか・・・・でも、何故でしょう、私も彼に触れているからでしょうか。彼のスキルのおかげか、痛みが引いていく・・・・ああ、魔法をかけたのに、あちこち小さな傷が・・・」
ふとももに指が這い、ちろちろとこそばゆい感触が走る。
「・・・・・ん」
「ちろちろ・・・・ちゅぱっ・・・・ふぅ・・・んっ・・・こういう状況です、ベルさんに辛い思いばかりさせているのですから、奉仕でもして癒してあげなくて・・は・・・・ぁ・・・」
両脚の太ももに手をやって、四つん這いの姿勢になっている裸体の白銀の美少女と目線が交差する。白髪の前髪から覗く
「・・・・アミッドさんの偽者・・・排除」
「ち、違います、本物です! あ、や、み、見ないでくださいぃ!?」
大慌てで弁明。
大慌てで見られてはいけない部位を隠す。
涙目で赤面する都市最高の治療師の美少女。
「・・・・何、してるんですか?」
「あ、や、えと・・・わ、私の『残り湯』に癒しの効能があるのは・・・・ご、ごごごご、ご存知ですよね?」
「・・・そういえばディアンケヒト様が商売しようとしてましたね」
「そ、それで、げ、源泉である私・・・自身の体液にも効果があるのではないかと思い、貴方が眠っている間、その・・・いえ、最初は首や肩だけだったのですが・・・」
モジモジと内股になって俯くアミッド。
頬は染まり、瞳は熱を帯びていて、吐息は熱い。
「アミッドさん・・・まさか、はつじょ――」
「し、してません! だ・ん・じ・て! してません!」
「いやでも、胸・・・ぴんってしてるの見えちゃったし・・・太もも、濡れてるのって・・・その、女の人の・・・」
「うわぁぁぁぁぁ、もうやめてぇ! 言わないでぇ!」
「僕、寝ている間にアミッドさんに辱められたんだ・・・」
思えば、長い付き合いかもしれない。
治療院では背中合わせで座っていたり、お手伝いをさせられたり、昼寝を一緒にしたり。そして今、こんな地獄のような状況下で意識のない少年を裸にひん剥き、裸で抱き合い、そして今、眠っていた少年の体を舐めまわしていた。少年は少し憐憫めいた目線をアミッドに送り、それを感じ取ったアミッドはますます泣きそうになった。
「うぅぅ・・・こんな状況下でなければぁ・・・!」
「ごめんなさい、アミッドさん・・・・アミッドさんの体は、すごくえっちだと思います」
「っ!?」
「僕、
「え、あ、あの!?」
「でも、その・・・さすがにこの状況で、僕達、ダンジョンの底で『アダムとイヴ』になるわけにはいかないっていうか」
「ま、待ってください!?」
「興味がないわけじゃないんです・・・アミッドさんの体、綺麗だし、えっちだし」
「えっちって言わないでぇ!?」
「アイドルとかしてみたら、きっとファン・・・いっぱいできますよ」
「しません!」
「その・・・ほんと、ごめんなさい・・・アミッドさんが子作りしたくても、僕・・・今しちゃったらそのまま昇天してしまうかもしれないから・・・せめて地上に――」
「いやぁぁあぁぁぁぁぁ!?」
アミッドはとうとう少年の言葉にボフンっ!!と爆発。
悲鳴をあげて少年の胸板に顔を押し付けて悶えた。
違う、違うんです、別に、そんな、違うんですぅ!? とやってることがやっていることであって否定しきれない彼女は年下の少年にあれこれと言いくるめられていく。いまや少年の中のアミッドは『厳しいけど優しいお姉さん』から『澄ました顔したドエロいお姉さん』にジョブチェンジ!! その大きな果実で、たわわに実った果実で癒すんですか? とでいいたくなるほどに、彼女が悶えるたびに、それらは右に左に、円を描くように揺れた。
「アミッドさん・・・・」
「もうやだ・・・殺してくださぁい・・・」
「いや死なないでくださぁい・・・」
「もうダメです、お嫁にいけない・・・!」
「大丈夫、きっと、もらってくれる人、いますから」
「他人事!? せめてベルさんが『僕がもらってあげます!』くらい言ってみたらどうなんですか!?」
「・・・・アミッドお姉ちゃん、僕もお姉ちゃんをペロペロして癒したいな」
「上目使いで可愛く言わないでくださいぃ!?」
言い逃れできない事実、言い逃れできない状況に耐え切れなくなったアミッドは少年に抱きついて仰向けに倒れた。少年の目の前で下にいるアミッドの大きな乳房が揺れ、熱を帯びた瞳は涙を浮かべて、顔はこれでもかと真っ赤。少年はゴクリと唾を飲み込んでから
「アミッドさんがしてたんなら、僕もちょっとだけ・・・」
「うぅぅ・・・2人だけの秘密にしてもらえますか?」
「誰に言うんですか」
「もう好きにしてくださいっ!!」
アミッドがしたことを、やり返す。
互いに互いのスキルを知った上で・・・それが建前なのかどうか考えるのもやめて、熱を帯びた体を冷ますように傷のついている場所を見つけては舌を這わせて猫のように舐めあった。
■ ■ ■
わたし・・・は・・・・いったい・・・だれ・・・だろう。
「むぐ・・・むぐ・・・おなか、すいた・・・・【代行者タル我ガ名ハ――サタナス・ヴェーリオン】・・・ベル・・・・べ・・・る・・・?」
それは、誰だろう・・・
それは闇の中を、彷徨っていた。
それは、常に空腹だった。
満たされない何かを埋めるように、視界に入った怪物を殺しては喰い続けた。
それでも満たされなかった。
私は誰なのだろうかという疑問だけが、恐らくは『心』と呼ばれる機関を蠢いていた。
「だ・・・れ・・・べる・・・・ありあ・・・べ・・・べべ・・・あり・・・? 【
何かを求めているようで、けれどそれが不鮮明で、不透明で答えが明瞭としない。
その怪物は、常にエネルギーを補給しなければ体を維持できずに崩れ去る。
人工的につくられた【
寄生元となったのは、【ロキ・ファミリア】が59階層で倒したものでもなければ、クノッソスにいたものでもない。もっとも小型な化物だ。
化物と呼ばれた・・・『人間』だった。
しかし、その素材は既に死んでいて、体も碌に残ってはいなかった。
細胞が少しでも残っていればめっけものと死を司る神は、ぼやいたし、『まあこんな残り滓みたいなので生き返ったらそれこそ下界の未知は恐ろしいってことだよねー』などと言っていたけれど、実際にはそれだけでは足りなかった。だから、複数のモンスターも配合して生まれた。
正しく、それの名称を与えるならば。
【
限りなく人に近い形に無理やり押し込めただけの人型の穢れに穢れた精霊。
「ゆ・・・ゆゆゆ・・・め・・・ふ・・・しぎ・・・海・・・手・・・つないで・・・ある・・・あるい・・・・べ・・・りあ・・・メー・・テ・・・ア・・・・」
明滅するは瞳。
闇の中でチカチカと明滅する。
その度に、どこかが満たされなくて、喰らった。
魔石を喰った、肉を喰った、怪物の天然武器を食った。
けれど、満たされなかった。
それが、下界の未知の1つとされる、細胞にまで焼きついた記憶、『
「あ・・・・おな・・・すい・・・すいた・・・【代行者タル我ガ名】・・・代行者・・・だいこう・・・わた、だ・・・れ・・・?」
ふと足を止めて、首を傾げる。
私は誰だろう。
何者なのだろう。
わからない。
わからない。
わからない。
代行者?
では私は?
「母・・・母・・・」
そう、そうだ。
そいつは、少なくとも『母なるモノ』としてデザインされて生み出された。
災禍の化身として、才能の化物として、『化物と怪物ってそんなに変わらなくない?』などと軽い理由でつくられたはずだ。ならば、私は代行者ではないのではないか?
「わ・・・わわ・・・我が名・・・アル・・・ア・・・・・『
少しずつ、何かが変わっていく。
何かが崩壊していく。
気付けば、汚らしい翼はもげていた。
気付けば、鰓は怪物共の臓物で塞がれていた。
気付けば、大量の灰とその上にぽつんっと転がる鉄のガラクタがある場所に立っていた。
「あぁ・・・うぁ・・・愛しき・・・子・・・愛しき・・・アリア・・・ベル・・・どっち? こっち? スンスン・・・これ・・・あの子の・・・私の・・・子・・・匂い・・・する・・・食べたい・・・? 綺麗に・・・私・・・わた・・・」
女がそうするように、そいつは自分の体を見やった。
汚い。
美しくない。
これではダメだ。
どうしてかわからないが、ダメなのだ。
ではどうしたらいいのだろうか。
それもわからない。
だから。
だから。
だから。
食べた。
「もぐ・・・もしゃ・・・もきゅんっ」
灰を、食べた。
27階層から落ちてやってきた怪物の残骸とも言える灰を喰った。
口元を拭って、灰を全身に塗りたくった。
鰓が埋まっていく。
背中も整っていく。
ああ、何かが変わっていく。
ああ、何かが壊れていく。
「これ・・・これこれこれ・・・あの子・・・べるべるべるべるべる・・・ガブっ」
一緒に落ちてきた籠だった物を食った。
何かが埋まっていく気がした。
何かが滅びていく気がした。
それらを全てそいつは再び動き出した。
食事は終ったが、また食事をしなければいけない。
でなければこの体は、瞬く間に滅びてしまうから。
「La----lalala----♪」
腕を一撫で。
怪物の首が飛んだ。
「La----lalalalalala----♪」
踊るように、また撫でた。
怪物達が爆ぜた。
繰り返す食事と移動をぐるりぐるりと周回して、そいつは漸く止まった。
その場所はとても広い場所だった。
そして、今まで食べていたものとは別の気配がした。
「べ、べべ・・・る・・・おか・・・食べたい・・・お腹・・・すいた・・・?」
コテン、と子供のするように、あるいは人形の首が落ちるように傾げた。
目線の先には、2人の少年少女がいた。
満身創痍から回復した、それでも戦闘衣からこれまで必死に生きていたことを証明するように傷だらけにして。
2人は手を繋いでいた。
少女は銀の槍を抱くようにして持っていた。
少年は鏡のようなの刃を逆手に持っていた。
その2人の表情は見えない。
「?」
怪物の胸がどこか痛んだ。
怪物の胸がどこか、喜んだ。
視線の先に立つ少年がキッと
あふれ出す魔力と共に、彼は紡いでいた歌を解き放った。
「―――【ウチデノコヅチ】!」