旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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レムナント

カッ、カッ、カッ。

 

カツーン、カツーン、と歩くたびに鳴る靴音と、槍が地面につく音が、静かな迷宮の中で響いている。

 

 

「―【大きくなれ。其の力にその器。数多(あまた)の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華(えいが)と幻想を】」

 

 

お互い離れないように、何があってもすぐに伝えられるように手をつないで歩く。

互いの戦闘衣装(バトルクロス)は、とてもではないが綺麗だとは言えずボロボロだ。それでも綺麗な部分があるとすれば、それこそ戦闘衣装(バトルクロス)の中身――肉体そのものだ。アミッドの魔法と少年のスキル、付け加えるならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()という要素かつ少年にも似たような効果があるということ。それによって互いの肉体は治療済みの状態だ。

 

と言っても、使用できるアイテムなどすでにないが。

 

 

「不思議です・・・先ほどまでいた広間(ルーム)を出てから・・・一度もモンスターに遭遇していません」

 

「【大きくなれ。神饌(かみ)を食らいしこの体】」

 

 

地図も闘技場(コロシアム)に飛び込み破壊した際に紛失。

既に2人は、自分たちがどこを歩いているのかわからない状態にあった。

 

ただただ、歩いている進路上に()()()()()()()()()()()()ということに疑問を抱きつつも、それが誘いであると思いながらも進むしかなかった。深層、37階層という隅々まで地図作成(マッピング)すらされていないような場所で上へ下へ、左へ右へと階段を上り、階段を降り、曲がり・・・繰り返しているうちに自分たちが今どこを歩いているのかもわからなくなった。

 

「しかし・・・導かれている気がします」

 

少年の手を握っている己の手に力を入れて不安を誤魔化し、アミッドは周囲を見渡す。

壁に亀裂が入り、モンスターが一斉に生まれ2人を辱めるということもなければ、背後からやってくることもない。モンスターの息遣いも咆哮も、聞こえない。不気味なほど静かだった。散々自分達は逃げ回ったというのに今はそれがない。少年の詠唱を邪魔しないように人魔の饗宴(スキル)で反応を感じ取れるか、と聞いてみても首を左右に振って否定。

 

しかし、そっと腕を伸ばして人差し指で遥か先を指示した。

 

 

『たった1つだけ、あります』

 

という風に。

それだけで、そこにいるのだろう・・・とアミッドは思ったし、少年も時々、躊躇うように目を伏せるのだから気づいているのも確かなのだろう。時折、繋いでいる手を震わせている。

 

 

「・・・・・」

 

「【神に(たま)いしこの光金(こんこう)】」

 

 

少年にとってはここが峠となるだろう、とアミッドは1人思う。

肉体的にではなく、精神的にだ。

何せ、これから彼は『親殺し』をするのだから。

傍から見れば、まったくもって違う。

ただただ、人の姿をしたモンスターを討伐するだけ、それだけの話だ。

そもそも、死亡し7年という年月を経て、遺体から細胞を取り出して同じ人間を復活させる、あるいは似た存在を作り出すなどあり得ない。『魂』はすでに天に還ってしまっているのだ。ならば、今現在、待ち構えている存在――『精霊の分身(デミスピリット)』というよりここではあえて、『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』と呼ぶこととした。

 

アミッドの目から見ても、彼女は人間と呼べる姿はしていなかった。

無理やり複数の生命体を瓶詰にして固めたような、そんな無理くりをした形だと思えてならない。が、少年にはどうしても義母そのものに見えてしまうのだという。ならば、これから行う戦闘は『親殺し』と称して差し支えないだろう。

 

真っ直ぐ伸びる直線を進み続ける。

足元には、モンスターのものだったろう血痕が、道標(アリアドネ)のように続いている。気配が近くなるほど、少年の息遣いに震えが生まれて、その度に詠唱が中断しないように深呼吸をしているのが見える。

 

そして辿り着いた、この旅の終着点。

 

 

「・・・・いましたね」

 

――しかしこれほどの広さを持つ『広間(ルーム)』・・・・ここは・・・まるで・・・17階層に似ているような・・・?

 

「【(つち)へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

 

彼女は、まるで舞台上で本番待ちしている役者のように静かに佇んでいた。

それくらいには、広い広い()()広間(ルーム)だった。

これまでの迷宮部とは異なり、視界がはっきりと利くほど燐光が灯っている。頭上は他の地帯と同様、天井が見えないほど高い。モンスターの影も形も見えない、ただの広大な空間に思えたが、そんな空間の中心に、彼女はぽつーん、と立っていた。

 

一体化しているのかはわからないが、ボロボロの布切れ、恐らくはスカルシープの持つ天然の隠蔽布を下着――キャミソールワンピースのように着用しているかのよう。唇はモンスターの血でも使ったのか、紅を塗ったように薄く赤く、拭ったのか端が雑だ。腕にはところどころ銀、あるいは黒の鱗のような物が露出していて、爪は炎でも放ちそうなほどに赤い。あったはずの汚らしい翼は喪失していて、一見すればモンスターではなく人間と間違うほどに、不気味なほどに美しかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「・・・・おかしい、初めて見た時と姿が違う」

 

明らかに違っていた。

それはもう、人の姿かたちだった。

多少差異はあっても、それは、佇まいも含めれば、人のようだった。

そして、湧き上がる不気味さからくる嫌悪感。

 

舞台の上でスポットライトに照らされているかのような彼女は、精巧すぎるほど完璧に作られた人形のように美しく、美しすぎて不気味さを持っていた。

 

「・・・・【大きくなぁれ】」

 

泳ぐ瞳で、目の前にいる彼女を見据える。

繋いでいる手の圧が強まって、息遣いは荒い。

それを必死に頭を振って振り払い、魔法を完成させる。

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

 

 

・アミッド・テアサナーレLv.2→Lv.3

 

 

アミッドは『広間(ルーム)』の中で少年に伝えていた。

決して1人では戦わせないと。

けれど彼女は治療師であり、戦士ではない。

まともに戦えはしないだろう。

 

「【聖火を灯し天秤よ、彼の者に救いを与えよ】――【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)・オーラ】」

 

 

・アミッド・テアサナーレ 

Lv.3

力:SS 1199

耐久:SS 1199

器用:SS 1199

敏捷:SS 1199

魔力:SS 1199

 

 

ベル・クラネルの現在のステイタスで一番特出している数値を上限に、全能力を上昇させる。プラス、【聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)】と【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・オーラ】との複合起動によって生命力も上昇。

 

聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)

・自動起動

・浄化効果

・生命力、精神力の小回復。

・生きる意志に応じて効果向上。

・信頼度に応じて効果共有。

・聖火付与(魔力消費)

・魔法に浄化効果付随

 

信頼という条件なら既に満たしている。

例え精霊が呪詛を使ったところで、意味はないだろう。

穢れた彼女には、浄化という効果は天敵と言えるだろう。

 

「無理・・・しないでくださいね」

 

「ええ、攻撃はできずとも、この槍を使って盾くらいにはなってみせます」

 

「すぅー・・・・はぁ・・・・」

 

ゆっくりと繋いでいた手を離す。

目を伏せて、歯を食いしばる。

 

 

「やっぱり・・・・いやだなぁ・・・」

 

 

そんなことをやっぱり言ってしまう。

少年は大人にはなりきれない。

けれど進先には『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は待ち受けている。

 

なら、突破するしかない。

隣にいるアミッドに目線を向ければ、彼女は微笑んでくれる。

 

「私も・・・()()()です」

 

「・・・・・ん」

 

アミッドから目を離して、見えもしない天井を見つめて、遥か上へ上へ、地上を見つめるように見つめて、祈る。女神様、どうかご加護をと。

 

 

何度も深呼吸をする。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は静かに佇んでいるだけだ。

もう一度深呼吸をする。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』は静かに微笑んでいるだけだ。

腰に取り付けているホルスターから、冒険者の亡骸から回収した腐った回復薬(ポーション)を下から放り投げる。

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の頭に当たり、たらり・・・と流れていく。ゆっくりと瞼を開ける。 虚空の眼窩だ。とても瞳があるとは思えない。

 

 

「――お義母さん、僕からの奢りだよ。7()()()の熟成ものだから、よく味わってほしいな。それでお義母さんの病気が治るとは思えないけど」

 

『・・・・アリ、ア?』

 

「知合いですか、アミッドさん?」

 

「・・・いいえ、存じませんが。ベルさんの伴侶にそのような方は?」

 

「『ア』しか合わないですね、だから違いますよ」

 

「なるほど、では後ほど・・・その『ア』が何人いるのかお聞きしても?」

 

「・・・・」

 

『ベ・・・る・・・?』

 

 

冗談まくし立てて、肩を竦めて緊張をほぐす。

やってられるか、と言うように。

そして次に自分の名が聞こえてきて、少年は瞼を閉じた。

 

 

「・・・・お知り合いのようですが?」

 

「・・・・僕には目の前にいるのは、お義母さんにしか見えないけどアミッドさんには違うように見えるんなら、知り合いというよりファンじゃないですか?」

 

『・・・・・』

 

「ああ、怒っていますよ彼女」

 

「存命だったらいい歳してますからね」

 

『【福音(ゴスペル)】』

 

「槍」

 

「わかっています」

 

 

挑発し、飛んできた魔法を槍を盾にして吸収。

 

「言いたいこと、言っておいた方がいいんじゃないですか、ベルさん」

 

魔法を吸収したとはいえ、槍を持っている手に痺れが走って顔を顰めるアミッド。

アミッドに言われたように、いや、スキルの条件を満たすために思っていたことを言おうと目の前に立つ彼女に視線を向ける少年。

 

 

復讐者(シャトー・ディフ)

任意発動(アクティブトリガー)

・人型に対し攻撃力、敏捷、超域強化。

・人型に対し攻撃力、敏捷、高域強化。

・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。

・怒りの丈により効果向上。

・カウントダウン式(Lvに依存)

カウントごとに威力、敏捷上昇。

カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。

・精神疲弊

 

 

「お義母さん・・・今更出てこられても困るよ」

 

憎い

 

『・・・・アソビマショウ?』

 

「『遊ぼう』・・・それも、今更だよ。僕よりも神様を選んで、僕を捨てて・・・本当に今更だよ」

 

憎い

 

「捨てるくらいなら・・・会いに来なければよかったんだ」

 

『・・・・・・??』

 

憎い

 

「お義母さん・・・行くよ、ちゃんと死んで」

 

『こっちに・・・オイデ・・・アリア』

 

「息子の名前くらいちゃんと呼んでよ、グレたらどうするの?」

 

『・・・・・』

 

 

自嘲の笑みを浮かべて、目の前の精霊を見つめてホルスターから拾ったナイフを取り出して投げつける。顔に、腕に、足に、それぞれ3本、当って弾かれる。甲高い金属がぶつかる音が鳴って『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の後方に飛んでいく。カランカラン、と金属音が地面に倒れる音が虚しく響く。

 

 

「硬いですね、彼女」

 

「ヴェルフが言ってた・・・モンスターの素材が武器や防具になるのは、モンスターの体内にも最硬金属(アダマンタイト)が含まれてるって。それは深ければ深いほど純度も違う・・・らしいです」

 

「つまり?」

 

「・・・あの体も・・・そうじゃないかって。あとは・・・ここに来るまで、モンスターに遭遇しなかった。だから、魔石も食べている・・・はず」

 

 

『アアア・・・・アアアアアアアアッ!』

 

ほんの少しだけよろけて、怒りを顔に浮かべて少年たちを見つめている。

少年は星の刃(アストラル・ナイフ)を抜き、切っ先を向ける。

瞼を再び閉ざす。

 

深呼吸、深呼吸、深呼吸。

ぎゅっと柄を握りしめて、ゆっくりと、そして徐々に速度を上げて走り出す。

 

 

「――――フッ!」

 

逆手に持ったナイフを彼女に叩きつける。

 

衝突する。

 

ナイフを受け止めた精霊の腕からは甲高い金属同士のぶつかる音が響き、火花が散った。

 

 

「はあぁああああっ!」

 

間髪入れずに、少年の背後からアミッドが銀槍で突撃。

それを精霊の肩を掴んで上へと飛びのいて少年は回避し、槍は精霊の腹にぶつかる。が、これもまた金属同士の衝突音、擦れる音が響くだけで顔色は何一つ変わらない。

 

「やっぱり硬い」

 

「―――ですが」

 

精霊の背後に飛び移った少年は再び疾走。

精霊の腹に突き立てられた銀槍は、その武器としての性質を発揮する。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

『・・・・・ギィッ!?』

 

背後からの音の暴力と、真正面からの槍で吸収していた音の暴力が精霊を挟み撃ちにして、精霊を驚愕の表情を浮かばせた。そこから更に連撃を繰り出した。

 

 

振り下ろされる精霊の腕、横に滑るナイフ。舞い狂う腕とナイフが打ち鳴らされ、斬閃が宙を何度も行き交う。

 

『【福音(ゴスペル)】』

 

彼女が魔法を唱える度に、少年とアミッドは入れ替わる。

 

「・・・っ!!」

 

槍に填め込まれている宝石が、精霊の魔法を吸収する。しかしその魔法はそもそも()()()()。受けることができるのは、あくまでもその魔法の放つ相手がわかっているからこそ、そこに割り込む形で槍を盾代わりにしているにすぎない。精霊である彼女は、【ロキ・ファミリア】が対峙してきた精霊達のように豊富な魔法は使えない。使える魔法は3種のみ。あくまでも彼女は少年に対する嫌がらせとして作り出されたにすぎないからだ。オリジナルの魔法が発現したことは製作者側としても予想外ではあったが、それでもその魔法は脅威であるはずだった。その1つがまったく少年と少女に効かないどころか打ち返されていることに苛立ちを滲ませ始める。

 

『アアアアアアアアアアアアッ!』

 

少年と精霊の姿は霞み、縦横無尽、広大な空間の中で何度も立ち位置が入れ替わる。そこになんとか食らいついていくのが、無理くり自分の立ち位置を昇華させたLv.3からランクアップ可能状態の数値まで能力を引き上げたアミッドだ。魔法が放たれれば槍で吸い取り叩きつけることで魔法を吐き出す。魔法が吐き出される度に槍が震え、アミッドの腕にも痺れが走る。

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・ダウン】」

 

『【魂ノ平穏(アタラクシア)】』

 

「魔法が無効化された・・・」

 

純粋な剣術だけでなく、拳と蹴りも織り交ぜられ、そこに魔法が加わる。

ただでさえ硬質な体を持つ精霊の体は、言ってしまえば()()()()のよう。少年の魔法によってナイフに振動が生まれ、色が変わっていき初めてその不気味なほどに白い肌に傷が入る。けれど、それでもやはり硬すぎた。そして、振動するナイフという性質を、精霊の彼女の体もまた獲得していることを少年たちは知らなかった。

 

「・・・っ、ベルさん、爪に触れてはなりません!」

 

「・・・づっ!?」

 

『アハ、アハハハ、ハハハハハハッ、ベル、ベル、アソビマショウ!? モットモット、愛シテル、愛シテル愛シテル!』

 

彼女はここに来る間、何度も何度も37階層を徘徊して捕食行為を続けてきた。

あらゆる怪物を虐殺して捕食し、その血肉で胸に蠢く乾きを潤してきた。

そして少年と少女の37階層放浪の旅のスタート地点、大蛇の井戸(ワーム・ウェール)によって開けられたその穴に溜まったモンスターだったものと思われる灰と、その中に落ちていたボロボロの鳥籠のような金属塊。それも、食らった。魔法によってその威力を増幅させ、素材として用いられたミノタウロスの赤い角(ドロップアイテム)は徐々に炎のような熱を放ち始めていた。高熱の爪によって少年の腕は抉られ、鮮血が飛び散る。

 

さらに、すぅーっと息を吸うように周囲に残る魔力の残滓を回収した彼女は不気味な笑みを浮かべて歌った。

 

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】――』




レムナント:残り、残余、残物、くず、はした、はんぱ切れ、遺物、面影、残滓
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