旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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英雄葬送

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】――』

 

空間が揺らいでいた。

周囲に散った魔力を精霊(かのじょ)は吸収しながら、放つために歌を歌う。その予兆が目に見えて空間を波打つように歪ませていた。精霊が、少年が消費した『魔力』を再蓄積(リチャージ)しながらの詠唱。加えて恐ろしく早い詠唱速度。肌がビリビリと震えを感じ、これから放たれる魔法が()()()()()()()が、()()()()()()()だと少年と少女は即座に理解した。

 

 

「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

無効化などできない少年は、安全圏(クレイドル)の展開をしようと判断し歌う。

その歌を聞いて『精霊』は慈愛の微笑みを浮かべて、さらに少年から余裕を奪い取る。

 

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。(わたし)はもう何も失いたくない。】」

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

星の刃(アストラル・ナイフ)と『精霊』の腕がぶつかり合い、激しい火花を散らせる。火の粉を散らし始めた『精霊』の赤い爪は少年の身体を焼き、抉って、その度に命の雫が飛び散っていく。対して少年のナイフを受ける『精霊(かのじょ)』の体は、辛うじて傷ついているも顔色は何一つ変わらない。

 

微笑んで、ほんの少し、足を踏み込んだと思ったら次には少年の背後にいるアミッドの目の前にいた。

 

「―――え?」

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる】ッッ!」

 

アミッドの中で時計が止まる。

槍を左手で掴まれ、右手による手刀が振り下ろされていく、その瞬間がとても緩やかに感じられた。たった一瞬、たった一瞬で目にも止まらぬ速度で移動した『精霊(かのじょ)』の脚力は抹殺の使徒(ジャガーノート)並みだった。その証拠に『精霊(かのじょ)』が立っていた場所は爆砕していたほどで、その脚力の威力を物語っている。

 

『【代償ハココニ。罪ノ証ヲモッテ万物(すべて)ヲ滅ス】』

 

「【我から温もりを奪いし悪神よ】―――アミッドさん、後ろに飛んでっ!」

 

 

膨れ上がっていく魔力、止められない詠唱、目にも止まらぬ速度と威力、そして肉を焼き切ってくる赤い爪。さらには攻撃、移動、回避、詠唱、防御という5つの行動を高速で同時展開してのけている『精霊(かのじょ)』はまさしく化物だった。少年は間に合わないと理解すると詠唱を辞め、アミッドに槍を手放させ後方に飛べと指示、言われるまま槍から手を離し、後方へ飛んだアミッド。直後、緋色の火の粉が軌跡を描き振り下ろされる。

 

「―――っづぅ!?」

 

腕を交差させて、ないよりはマシの防御態勢。

アミッドの右腕に刃が走ったような傷が生まれ、血が散る。

 

「アミッドさん!」

 

「くぅ・・・ベルさんっ!」

 

間に合わない、『精霊(かのじょ)』の魔法を止められない。

乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)】で魔法を奪おうにも、それがどういう魔法なのかがわからなければ、()()()()()自分たちごと巻き込まれる可能性もあるし()()()()()()魔法ならなおさら『精霊(かのじょ)』を倒しきるまでの体力を維持できる可能性もない。だから少年は、スピードにものを言わせてアミッドを抱きかかえ、広大な広間(ルーム)からの撤退を選んだ。それを銀槍を手にした『精霊(かのじょ)』が阻む。

 

 

 

()()()()()

とでも言うかのように彼女は手にした槍で少年がアミッドを回収して脱出するのを阻止しようと襲い掛かってきた。

 

「!?」

 

連続して凄まじい槍の攻撃が4。まるで()()()()()()()()()()()()()重たい斬撃は地面を深く抉り、迷宮に悲鳴を上げさせる。

 

「くっ!!」

 

それを間一髪、避ける。

白髪を何本か持っていかれながら上体をひねった少年は、そのまま回転し、逆手に持った星の刃(アストラル・ナイフ)を叩き込んで突破。アミッドを抱きかかえ、広間(ルーム)へと一直線。

 

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア才禍化身才禍女王(オウ)―――哭ケ、聖鐘楼】』

 

空間が凍り付くような、悪寒が2人を襲う。

魔法が完成したのだと、魔力の臨界が訪れたのだと、これから見たこともない『未知』の砲撃が放たれるのだと察知する。

入り口から外へと飛び出す。

 

 

次の瞬間。

 

 

『 【ジェノス・アンジェラス】 』

 

 

美しい鐘楼の音が鳴り響く。

そして、階層ごと少年と少女を吹き飛ばそうとでも言うかのような威力。

 

「~~~~~~っ!!」

 

「ぎ・・・・あぁぁぁっ!?」

 

背後からの見えない音の暴風が、砲撃が、咆哮が叩きつけられ声にならない悲鳴をあげるアミッド、体が壊れていくのを感じて苦悶を漏らす少年。階段をゴロゴロと転がり落ち、血を吐いた。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ・・・あ・・・あぁぁ・・・・っ!」

 

「ヒュー・・・ヒュー・・・ッ」

 

「ベルさん・・・ああああ・・・【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う。】――【ディア・フラーテル】」

 

「【そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ】・・・ケホッ、【ディア・フラーテル】」

 

魔法を登録していた少年と一緒に治療魔法をかけ、ほぼ直撃を食らった少年を担ぐようにして『精霊(かのじょ)』からの追撃を逃れようと必死に体を引きずるように足を進めるアミッド。

 

 

――強すぎる・・・魔法云々ではなく、そもそものスペックが・・・!

 

 

少年はアルフィアの魔法など知らない。

あえて知っているというのなら、彼女が日頃使っていた【サタナス・ヴェーリオン】くらい。魔法を無効化する魔法も、広範囲の砲撃も、知らない。だから対応に迷い、遅れ、対処しきれなかった。少年も並行詠唱を覚えてはいたが、『精霊(かのじょ)』のそれはそれどころではなかった。早すぎる詠唱は、人間に可能だとは思えないほどで、それでありながら前衛も可能と言った力まで持っていた。

 

武器は奪われ、砲撃を放った直後に肌に感じられるのは魔力を回収し再蓄積(リチャージ)しているのだということ。周囲には産み落とされたばかりのモンスターだろうか、大量の灰が、雪でも積もったかのようにあちらこちらに散っていて、余波だけで殺されたのだと理解せざるを得ない。

 

 

「アミッド・・・さん」

 

「ベルさん・・・・無事ですか?」

 

「・・・・・唐揚げにされる鶏肉の気持ちを、揉まれていく肉たちの気持ちを理解しました」

 

「・・・・・・・」

 

無事ではない、けれど優しい少年はアミッドを心配させまいとわざと冗談を述べている。

少年が庇ってくれたとはいえ、アミッドもその余波を食らっていてその威力を体感してしまっている。体の血管という血管から血が出てしまうほどで、三半規管をやられたのか思うように歩くこともままならない。

 

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

更に、畳みかけるように。

 

「「―――――」」

 

静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』の美しい歌声が広間から響いてくる。魔法執行直後の硬直を介さず、再蓄積(リチャージ)しながらの詠唱。回収した魔力が、これから放とうとする魔力が、蜃気楼のように空間を歪ませる。

 

「早すぎる・・・・」

 

それは、どっちの口からでたのか、わからない。

どうやら『精霊(かのじょ)』は選んだらしい。

【サタナス・ヴェーリオン】と同じ魔法を少年が持っていて、槍で吸収され、反撃されるのならば、この極大の砲撃を連発すればいいと。たとえ逃げたとしても、まだ近くにはいる。気配も感じる、なら余波だけでも十分だと。仮に反撃に通ずる魔法を撃てるのならば、【静寂の園(シレンティウム・エデン)】で無効化すればいいと。

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

美しい歌声が、迷宮に響き渡る。

モンスター達は怯えているのか、姿さえ見せない。

足が竦み、立ち止まる2人。

 

逃げられない、逃がしてもらえない、このままでは地上に帰れない。

治療魔法をかけた体は、完治したわけではなくズキズキと痛む。

触れる度に眼球に火花が散る。

 

痛い、痛い、痛い、怖い。

泣き叫んでしまいたい。

女神の胸の中で、幼子のように泣いてしまいたい。

悪い夢だったと、目が覚めたら温かいベッドの上にいるんだと、そう思ってしまいたい。 怖い夢を見たんだと、大好きな義母に虐待される夢を見たんだと喚いて、優しい姉達に抱きしめられ頭を撫でてもらいたい。怖かったね、嫌な夢を見たんだね、大丈夫、私達がいるよと言ってもらいたい。痛いくらい抱きしめてもらいたい。

 

「・・・っ、ぅ・・・」

 

体が、足が震えて、その場に張り付けられたように動けない。

少し上にある広大な広間からは恐ろしいほどの、空気が震えるほどの魔力が波打って景色を歪ませている。それがより一層、恐ろしい。嗚咽を漏らして涙を流してしまいそうになるのを、必死になって止める。

 

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

 

きっと、本物(アルフィア)よりも格は下なのだろう。

けれど、本物(アルフィア)さえも上回っているのだろう。

食いつくした怪物達によってその体は強化され刃が碌に通りもしない。

食いつくした抹殺の使徒(ジャガーノート)の灰によってその脚力を獲得したのだろう。 異常事態(イレギュラー)中の異常事態(イレギュラー)、モンスターの進化。それによって姿さえも本物に近づき、()()()()()()()とでもいうかのように武器を奪い、使いこなしてくる。

 

肌を震わせる魔力が、死が、二人の呼吸を乱す。

どうやって呼吸をしていたのかさえ忘れるほどに、荒く、苦しく、ガタガタと震える。

 

 

まだ何も出し切っていない、魔法も技も、出し切っていない。

なのに、圧倒的な理不尽に頭から押さえつけられる。

どうしようもない、どうしようもない・・・死が怖い、と互いの手を握って歯を食いしばって

 

 

 

――空気を胸いっぱいに吸って!そうすれば、少しは気持ちが穏やかになるわ!

 

 

と、そんな言葉が、アリーゼの声が聞こえた気がした。

 

「――――ぁ」

 

彼女の姿はどこにもない。

アミッドも聞こえていたのか、驚いたような表情で少年を見つめている。

 

 

――背中が、熱い・・・

 

極限状態の時、幻覚や幻聴を見る、聞くという話をアミッドは知っている。これがそれなのか、と思いもしたが何かがおかしい。

 

――後悔も悲しみも、全て手放さず、旅を続けなさい。

 

ここにはいないはずの、女神(だれか)の優しい声が聞こえる。

 

――冒険者ならば、さっさと『未知』を『既知』に変えろ。

 

もういないはずの、暴食(だれか)の声が聞こえる。

 

 

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

 

美しい歌声が、聞こえる。

膝が折れて、地に手をつく。

少年の背中の聖火巡礼(スキル)の項目が熱を放つ。死にたくないという思いが精神状態を回復させていく。

 

――『未来』を、手に入れろ。

 

 

厳しい、けれど優しい、大好きだった義母(だれか)の声が聞こえた。

背中に灯る聖火(ねつ)は、まるで心細い子供の背を押すようにぐっと力を入れて2人を立ち上がらせる。

 

 

「ぐすっ・・・お、わかれを・・・言わなきゃ・・・」

 

「・・・・帰らな、ければ」

 

「今度・・・こそ・・・っ」

 

【ウチデノコヅチ】も、【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】も、一度戦意を失ったことで復讐者(スキル)も効果を失った。『精霊(かのじょ)』相手に魔法(アストライアー・クレイドル)を放つ余裕もない。

 

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア】―――』

 

 

広大な広間を見上げる、歌声が聞こえる。

その声音が、義母のようにも聞こえる。

彼女はきっと両手を天に掲げて微笑みながら歌っているのだろう。

子を優しく眠らせる、子守歌のように。

 

 

怖い、怖い、どうしようもなく、怖い。

だけど。

 

 

――だからこそ前へ!

 

「「恐れず、して・・・・前へ!」」

 

 

ダンっ! と重たい足を一歩前へ。

次にもう一歩、もう一歩と進みだす。

 

 

『【ジェノス・アンジェラス】』

 

 

「使命を果たせ・・・・天秤を正、せ・・・・いつか星となるその日まで」

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

不可視の暴風が、再び広間から鳴り響き、階層中にその音色が轟く。

ビリビリと空気が震え、体からは血が噴き出した。

 

「秩序の砦、清廉の王冠、破邪の灯火・・・友を守り、希望を繋げ、願いを託せ、正義は・・・・巡るっ」

 

姉達がたまにやっているのを、少年は知っている。

一緒にしたことはないけれど、そんな彼女たちの後ろ姿は何より、格好いいと思えた。

 

「【ディア・フラーテル】」

 

痛む体に悲鳴を上げそうになりながら、即時治療魔法を放つアミッド。少年のスキルの効果が共有され、癒しの光に、温かい聖火の火の粉が混じっていて、痛みを和らげていく。少しずつ、少しずつ、駆け出していく。互いの瞳から怯えを、恐怖を押しのけて力強く眦を吊り上げて。

 

「たとえ闇が空を塞ごうとも、忘れるな、星光(ひかり)は常に天上(そこ)に在ることを」

 

彼女たちはかつて、いったいどうやって本物(アルフィア)を打倒したのだろう。

何かがあった、何かがあったはずなのだ。

けれど、その何かは少年の手にあるわけではない。

ならば――使えるもの全てを出し切るだけだ。

 

 

「女神の名のもとに・・・天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を・・・綴るっ」

 

胸に手を当てて、拳を握りしめ、心の炎を再燃化させる。

ナイフに聖火が灯る。『精霊(かのじょ)』を終わらせろと、こんな存在を認めてはならないと復讐者(スキル)が怒り狂う。階段を駆け上り、最後の一段を越え、再び相まみえる。

 

 

「正義の剣、と翼に・・・・誓って!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び相まみえた『精霊(かのじょ)』は嬉しそうに微笑んでいた。

童子のようにニコニコと笑い、愛しいものとの再会を喜ぶように、笑みを浮かべていた。

そして、呼吸をするように再蓄積(リチャージ)

少年はアミッドに【聖火ノ天秤(ウェスタ・リブラ)】をかけ、全能力をLv.3に近い状態に引き上げる。

 

『スゥー・・・・・』

 

「はぁー・・・・もう一度だ、今度は・・・・負け、ない・・・!」

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

聖火を揺らめかせるナイフを前に構え、アミッドはすぐに回復できるように歌う。ナイフを持たない左手を、指さすように突き出し、少年は短文詠唱を放つ。

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】――【乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)・ダウン】」

 

銀槍を持つ『精霊(かのじょ)』と少年が走り出してぶつかる。

目前に迫る銀の穂先をナイフで横から叩き払い、おかえしだと左拳を『精霊(かのじょ)』の頬に叩きつける。

 

『ギッ・・・!?』

 

ガクン、と力が抜けたしたことに初めて表情を一変させる。思わず詠唱を辞めてしまい、そこに少年の回し蹴りがこめかみに放たれ、視界が揺れる。

 

 

「ふぅー・・・ふぅー・・・っ!」

 

『・・・・・・』

 

己の両手を見て、何が起きたのかと首を傾げる『精霊(かのじょ)』。何もおかしなところはない、何かされただけ。魔法が撃てなくなったわけじゃない。なら、問題ない。そう判断したのか、再び微笑を浮かべて一歩踏み出す。それを合図に、距離をとっていた少年が再び走り出す。

 

走り出しの際、初戦で投げつけたナイフの一本を拾い疾走と同時に投げつける。それも硬い体があっさりと弾き飛ばす。片腕で振り回される銀槍が、地面すれすれまで前傾する少年の頭上を一過する。恐ろしい風圧によって白髪が数本宙を舞う。少年はすれ違いざまナイフを一閃させるが、『精霊(かのじょ)』は片足の膂力のみで跳躍し、その攻撃を回避した。

 

「っ・・・・!! 【福音(ゴスペル)】」

 

『【魂の平穏(アタラクシア)】』

 

「【天秤よ】っ!」

 

『・・・・ギ、イヤァアアアアアアアアアアアッ!?』

 

先に放たれた少年の砲撃を無効化しようと『精霊(かのじょ)』は魔法を放つ、が、それを()()()()()()ことで少年からの音の暴風が直撃、初めて悲鳴をあげさせた。

 

「【ディア・フラーテル】!」

 

アミッドから放たれた魔法。

それを少年はあろうことか回避し、そのまま『精霊(かのじょ)』のもとに。

 

『ッッッ!?』

 

初めて与えられた痛みに混乱する『精霊(かのじょ)』は咄嗟に銀槍を盾代わりに構える。槍が()()()()()()()する。次に激昂した『精霊(かのじょ)』は白亜の壁をその脚力で蹴り壊して突貫。槍を振るうことで放たれる斬撃を、少年は地を這うことで回避し、聖火を灯し、振動する白く変色したナイフを下段から突き出す。こちらの攻撃も躱されるが、構わない。少年は足を止めず加速。また落ちているこの旅の途中に出会った『冒険者だった者』達のナイフを拾い上げる。今度は投げない。

 

 

「【天秤よ】」

 

横薙ぎを放とうとした『精霊(かのじょ)』は突然獲物が変わったことに気づけず、無様に腕だけが空を斬る。赤い爪から火の粉が散り、少年と『精霊(かのじょ)』の顔を明るく照らす。突然獲物が変わり、重みが変わり、瞳を泳がせる。『精霊(かのじょ)』の手には槍ではなくナイフ、そして少年の手には、槍と小さな振動音を鳴らす星の刃(アストラル・ナイフ)。少年の背後からはアミッドが走り出し、少年は後方へ槍を柔らかく投げ、それをアミッドがキャッチ。2人が『精霊(かのじょ)』に肉薄する。

 

右から少年のナイフが振るわれ、左からアミッドの槍が突きこまれる。

素早く立ち位置を入れ替えながら、交互あるいは同時に繰り出される攻撃の数々に、凌ぎ続けているボロボロのナイフは簡単に破砕した。2人の武器に灯っている聖火が『精霊(かのじょ)』の体の修復を阻み、許さず、それがさらに焦燥というものを与えてくる。けれど、そんな初めて感じる感情(なにか)も笑みに変える。子が親を越えようとすることに歓喜するように、生粋の冒険者のように、彼女は笑っていた。

 

『ベル、ベル、ベルッ!』

 

「・・・・っ!」

 

彼女が名を呼ぶ。

その度に、少年の心がぎゅっと掴まれたように痛む。

瞼が熱くなる。

 

ずっとずっと、そう呼んでほしかった。

貴方に抱きしめられて、頭を撫でられて、時々叱られて、どこまでも不器用な貴方を見て、大きくなった自分を認めてもらいたかった。 呼んでほしかった名が、感情を揺さぶる。そんな顔をあの人はしない、そんな声音であの人は話してなんてくれない。きっとこれは、勘違いだ。勘違いなのだ。義母はとっくに死んでいる、ここにはいないんだ。そう言い聞かせて、瞼を擦りあげて、拭う。

 

広間(ルーム)の中心で斬り合い、削ぎ合い、殺し合う人と怪物。どこにそんな力が残されていたのか――文字通り己に残された最後の力の全てを注ぎ込んでいるのか、少年と少女は『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』に渡り合っていた。互いから放たれる炎を、熱を持った刃がぶつかり、肉を抉り、血を撒き散らせ、少年から、精霊から『福音(ゴスペル)』と放たれ、悲鳴を上げさせる。軌跡を描くその爪が、ナイフが、槍が、まるで、天上を駆け巡るように。

 

禍つ巨星と光を放つ星々が、衝突と交差を何度も繰り返す。

精霊(かのじょ)』はその細い足に似つかわしくない脚力で三次元を描く連続跳躍を行い、計10本の赤い爪の斬撃を何度も放つ。少年の背に背中合わせで張り付いたアミッドは即座に回復魔法を詠唱、斬撃を全弾ナイフで打ち払っている少年にできた傷を即座に癒す。憎らしくも喜びの咆声を上げる『精霊(かのじょ)』は鋼に等しいほど硬い全身凶器な体を軽々と振り回し、足で蹴り、腕で薙ぎ、爪で引き裂いてくる。

 

「あぁぁぁ・・・・っ!」

 

「【ディア・フラーテル】ッ!」

 

それを打ち払い、斬り返し、癒す。

常時回復魔法を浴びたような状態で渡り合う。

 

消費され続ける互いの精神力(マインド)は、いくらスキルや発展アビリティで回復するとはいえ、それが精神回復薬(マインドポーション)を飲んだように回復するわけではない。おまけに少年の復讐者(スキル)は精神を疲弊させる。聖火巡礼(ペレグリヌス・ウェスタ)が浄化しようと働くおかげで、彼の精神は天秤が何度も傾くのを繰り返すように揺れ動き、徐々に思考が追い付かなくなっていく。

 

だから、

 

 

「――――勝負だ」

 

仕掛けた。

復讐者(スキル)は自動でカウント――蓄積(チャージ)が始まる。

効果時間はレベルに依存する。

4分が限界。

すでにその限界は越えている。

 

少年はすれ違いざま大きく旋回しながら走り出す。

そして蓄積(チャージ)に意識を向けていく。

【サタナス・ヴェーリオン】によって振動しているナイフは今や白ではなく青。人工迷宮(クノッソス)さえたやすく破壊してしまうほどの熱を持った刃はさらに聖火を巻き込んで収縮していく。

 

疾走し、『精霊(かのじょ)』にぶつかる。

硬い腕に鉄を焼き切ったような跡が生まれる。

さらに、蓄積(チャージ)

アミッドの目では追えないほどの速度で、精霊が、少年が何度もぶつかり合う。その赤と青の軌跡は流星のようで美しいとさえ思てしまう。

 

ただ少女は思う、理解している。

終わりは近いと。

勝とうが負けようが、終わりは近いと。

 

だって、だってあんなにも少年の軌跡が、綺麗に流星のように輝いているのだから。「星に願いを」などとどこの誰が言ったものか、わかったことではないが、先人に倣うようにアミッドは願った。彼が、ベル・クラネルという少年が()()()()()()()()()()()()()()という悲しい物語に決別できることを。

 

「言いたいことを・・・言ってくださいベルさん」

 

 

 

 

 

 

走る、走る、走る。

体は重い。

体が軽い。

 

『【祝福ノ禍根、生誕ノ呪イ、半身喰ライシ我ガ身ノ原罪】』

 

頭もくらくらするし、まるで死んでしまったかのように静かだ。

体が悲鳴をあげているのか、そうじゃないのかさえわからない。

何度も何度も、彼女の爪を斬り払い、ぶつかる。

 

『【(みそぎ)ハナク。浄化ハナク。救イハナク。鳴リ響ク天ノ音色コソ私ノ罪】――』

 

言いたいこと、できなかったこと。

それができる、最後のチャンス。

 

『【神々ノ喇叭(らっぱ)、精霊ノ竪琴(たてごと)、光ノ旋律、スナワチ罪禍ノ烙印】』

 

大好きな義母を殺した【アストレア・ファミリア】を恨んでいるか?

否である。

 

このまま彼女(アルフィア)と共に眠りにつくか?

否である。

 

――頑張れ。

 

そんな声が、優しい姉達の声が背中を押す。 加速。

 

「貴方に・・・・会いたかった」

 

心細い声で、呟く。

彼女の耳に届くかなんて、わからない。

女々しいと本物なら言うかもしれない。

 

『【箱庭二愛サレシ我ガ運命ヨ砕ケ散レ。私ハ貴様(おまえ)ヲ憎ンデイル】』

 

「貴方と、話したかった」

 

けれど結局不器用な彼女は、アルフィアは困ったように微笑みながらも少年を、ベルを抱きしめてくれるかもしれない。

 

――数多の英雄の洗礼を浴び、より強い冒険者にならんことを。 

 

力強い、優しい声が背中を押す。 さらに加速。

 

「この胸に残る多くの思い出の話を、その感想を、息子として貴方に伝えたかった」

 

寂しかった。

置いていかないでほしかった。

一緒にいてほしかった。

神様ではなく、自分を選んでほしかった。

 

だけど。

 

「だけど・・・それは叶わない。そこにいるのは、アルフィア(あなた)ではなく、精霊(あなた)だから・・・」

 

『【代償ハココニ。罪ノ証ヲモッテ万物(すべて)ヲ滅ス】』

 

 

――そして願わくは、数多の洗礼を受け、幾つもの壁を越え、『英雄』なんてものに至らんことを。

 

厳しく、優しく、不器用な声が背中を押す。 限界を越えて加速。

聖火を巻き込んで収束していくナイフの輝きは、白を越え、青を越え、そして、紫へと変わり、闇の中で自分の存在がここにあると叫ぶように輝く。

 

「さようなら、お義母さん・・・・あなたは選ぶ相手(選択肢)を・・・間違えた」

 

悪に落ちることなんて、少年には耐えられない。

自分の義母は、母親はすごいんだと、英雄なんだと言えないことの、なんて苦しいことか。名を呼ぶこともできない苦痛を、誰が理解してくれるだろうか、共に悲しんでくれるだろうか。

 

「やっと会えたんだ・・・だけど・・・」

 

その母親は母親とは言えない存在だ。

怪物だ。

化物だ。

異端児達とは違う、生粋のモンスターだ。純粋で、無垢で、だからこそ残酷に暴力を振るってくる『穢れた精霊』だ。そんな邪悪な笑顔を向けられるなんて、少年には許しがたいことだ。

 

ならば。

ならば、そう。

 

「――この体が。 この想いが。 やるべき事を、理解している」

 

『【代行者タル我ガナ名ハ アルフィア才禍化身才禍女王(オウ)―――哭ケ、聖鐘楼】』

 

精霊たる彼女に向けて、真っ直ぐ走る、走る、走る。

限界など越えて、流星の如く、走る。

 

『【ジェノス・アンジェラス】ッッ!』

 

「―――【天秤よ】」

 

貰い受けるは、母の魔法。

遺産として、貰い受ける。

本物とは違う、けれど本物に近しい魔法。

大好きだった義母だと証明する唯一の魔法(モノ)

 

魔法を奪われ、唖然とした表情を浮かべる『精霊(かのじょ)』。

動きが止まったそんな『精霊(かのじょ)』にアミッドは槍を振るう。

突き、薙ぎ、そしてまた突き。

戦闘職ではないアミッドなりの、見様見真似の攻撃。

少年との戦闘を邪魔されたと、怒りを露わにする『精霊(かのじょ)』に最後、アミッドは後方へと飛びながら槍を投擲。

 

 

『―――ァアアアアアアアアアッッ!!』

 

邪魔をするな。

邪魔をしてくれるな、大切な時間を私から奪うな。

そんな意思をもった怒りの、腕の振り下ろしに、この旅で負荷がかけられ続けた銀色に輝く槍はとうとう限界を迎え、砕け散った。

 

「あとは・・・お願いします、ベルさん!」

 

攻撃の衝撃でアミッドは転がり吹き飛ぶ。そこを突破し少年は臨界を迎えたナイフをもって突貫する。粉塵が舞い、槍の破片がキラキラと輝いて、そして、アミッドの魔法を吸収した魔法石から回復魔法が解き放たれ、少年の傷を癒す。延々とゆっくりに感じられるその刹那の瞬間。少年はまた一度、義母に伝えたいことを思い馳せる。

 

好きな人ができたんだ。

冒険者になったんだ。

怪物にされた女の子を助けたんだ。

魔道具にされるところだった女の子も、助けたんだ。

滅ぶ運命をたどる国を女の子と協力して助けたんだ。

妖精の秘境にも行った、綺麗だった。

ハーレムなんて言えば、きっとあなたは怒るだろうから、やっぱり内緒にしておく。

それでも、やっぱり素敵な人達に出会えたんだ。

 

だから―――アルフィア(かのじょ)精霊(かのじょ)を、終わらせよう。

少年にとっての始原の英雄はザルドとアルフィアだ。ならば、始原の英雄の名をもって、引導を渡すとしよう。在りし日の英雄の時代を望んだ彼女ならば、きっと最後には微笑んでくれるはずだから。聖火の炎で焼き尽くされたのならば、穢れた彼女も、その穢れを祓われ安らかに眠ってくれることだろう。

 

銀の粉塵の中を突き破って表れた少年に、動きを止めてしまった『精霊(かのじょ)』は逃げられない。自分を越える速度で走り抜ける少年から、逃れることができない。いいや、まるでその一撃を望んでいるかのように体が動いてくれない。

 

『―――――ベ、ル?』

 

固まる『精霊(かのじょ)』の細い体、その腹にナイフごと拳が押し当てられる。輝けるナイフが、流星が今にも爆発しそうなほど彼女の肌をチリチリと焼き焦がしていく。

 

 

 

始原の英雄(アルゴノゥト)』の名と、輝ける流星の如き『聖なる炎(ウェスタ)』をもって『過去』の英雄を葬り去ろう。

 

 

故に。

 

「――『英雄葬送(アルゴウェスタ)』」

 

 

その一言と共に、臨界を越えた流星の炎はフレアの斬撃となって、広間の壁ごと『精霊(かのじょ)』を焼き飛ばした。




『精霊』が食ったのは階層にいるモンスター以外にもジャガーノートの灰と、鳥籠(カナリア)が含まれます。

カナリアにはミノタウロスの赤角も含まれているため、アストラル・ナイフのように魔法の影響を受けて火の粉を散らすようになっています。

ジャガーノートの灰を食ったことで、その特性さえも取り込んでいますが、魔法反射の装甲殻はベル君相手じゃ普通にナイフではがされてしまうため、脚力にしました。なので、もし同行者がアミッドではなく、リューやレフィーヤといった遠距離魔法を放てる魔導士だった場合は脚力ではなく装甲殻をつけてたかもしれません。


・・・・・やっと深層編が終われる。


なぜ、英雄葬送(アルゴウェスタ)なのか。についてはそもそもこの収束は復讐者(シャトー・ディフ)によるものだからです。このスキルは『人型に対して』という条件で初めて発動できるため本来の英雄願望のようには使えません。人の姿をしている、アルフィアの姿をしている、だからこそ、英雄を殺す、葬送するための一撃・・・としました。

あとは良い名前が思いつきませんでした。
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