兎は星乙女と共に   作:二ベル

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私は思い出にはならないさ・・・。


断章

 

「―――お義母さんっ!」

 

 

小さい子供が、迷子の子供がようやく親に出会えたように叫ぶ白髪の少年の声が、胸をざわつかせる。何度も何度もぶつかってくる彼は、『精霊(かのじょ)』にとって脅威ですらない。全身凶器とも言えるほどの硬い肉体は、簡単には傷つかない。なぜ同じ魔法を使うのか、わからないが、それすら気にする意味はない。一番脅威の魔法を撃ち放ち、その肉袋を破壊してやればいいだけだ。

 

精霊(かのじょ)』は、かつて古代の英雄達を支えた同胞達のように、同じく作られた『穢れた精霊(どうほう)』達のように雷を、炎を、風を、水を、土を、闇を、光を、操り放つことができるわけではない。使えるのは3つだけだ、けれどそれで充分だ。別段不便に感じたこともないし、不便かどうかなどわかりもしない。

 

 

自分がなぜ生まれたのかも『精霊(かのじょ)』は知らない、何故生まれ落ちた時に初めて出た音声が『ベル』というものなのか、それが何なのかすら『精霊(かのじょ)』は知らない。玩具で遊ぶように無邪気に、お手本を見せるように徹底的に、酔いしれるように美麗に『精霊(かのじょ)』は壊し壊し壊した。腕を振るい、爪で焼き裂き、圧倒的な理不尽の砲撃で叩きつけた。

 

 

「――おか、あさんっ!」

 

 

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

知らない(知っている)

 

私は彼を知らない(知っている)

あの処女雪のように綺麗な白髪を。

抉り取ってしまいたくなるような赤い瞳を。

転んだだけで泣いてしまうような弱さを。

ぶっただけで壊れてしまうのではないかという脆さを。

可愛らしく、()()()()()()()を思い出させるような笑顔を。

 

私は知らない(知っている)

 

 

少年が何度も何度も、しつこく、壊しても立ち上がって、鬱陶しいと思えるほど走り、ぶつかってくる。それを何度も何度も打ち払い、叩き潰し、吹き飛ばした。なのに、立ち上がる。瞼が熱い、胸が熱くて苦しい、声が震える。その理由が、わからない。

 

 

――どうして? ベルは、何?

 

 

精霊(かのじょ)が少年を知らないのは当然だ。

精霊(かのじょ)が少年を知っているのは当然だ。

 

精霊(かのじょ)が覚えているのではない、その体が、精霊(かのじょ)を作り出すために利用された誰か(アルフィア)の細胞が、覚えている。いいや、子を思う母の強すぎる想いが細胞にまでこびりついていただけだ。何度も駆け寄ってくる少年を見る度に体がざわつく、殴り飛ばす度に何度も胸が痛む、恐怖など感じないはずだというのに、わけがわからない感情に飲み込まれていく。

 

 

「お義母さん・・・!」

 

 

何度も呼び掛けてくるその声が聞こえる度に、体が一瞬動きを止める。

意味が分からない。

彼女はそんなもの知らない。

子も母も知らない。

生まれた理由すら知らない。

だというのに、思考を乱すように少年の声を聴くたびに、ぶつかるたびに、小さかった少年が抱き着いてくる記憶が、義母を呼んでいる記憶が、可愛らしく身を寄せて眠っているその記憶が、『精霊(かのじょ)』を構成するために利用されただけの媒体であるはずのアルフィアの、細胞に焼き付くほどの強すぎる記憶が、『精霊(かのじょ)』自身を壊していく。細胞にまで焼き付くほどの記憶――『セルメモリー』と呼ばれるものがノイズとなって邪魔をする。

 

 

「おかあ、さん!」

 

 

また胸がざわついた。

知らない誰かの記憶に、『精霊(かのじょ)』はその体を何度も硬直させる。体に傷ができていく。脅威だ、もはやあの白い髪の少年は脅威だ。殺さなくてはいけない、だというのに『精霊(かのじょ)』は気づかない。自分の顔が、邪悪な微笑ではなく、歓喜を含んだ微笑になっていることに。

 

子が親を越えていく、それを喜ぶ『冒険者』としての母のように胸が熱くなっていく。

会いたかった誰かに会えたとばかりに、瞼が熱くなっていく。

謝りたいこともないのに、謝らなくてはいけないと胸が締め付けられていく。

 

少年が離れ、どんどん、どんどん速度を増して疾走してくる。そして何度も何度もぶつかる。火花が散る、少年のナイフが自分を傷つけてくる。

 

――怖い(嬉しい)

 

 

――うるさい(嬉しい)!

 

 

――うるさい(嬉しい)!!

 

 

自分が自分を破壊する、記憶が自分というものをぐちゃぐちゃにしていく。

意味の分からない感情が、体から動きを鈍らせていく。三次元跳躍できるほどの脚力で少年を追い越して攻撃する。少年は徐々にスピードをあげてなお追いつき、攻撃を返してくる。その度に『歓喜』という精霊(かのじょ)の知らない感情と『嫉妬』という知らない記憶のせいでそんな知らない感情が生まれてくる。

 

「お義母さん!」

 

何度も何度も、彼は彼女のことを呼ぶ。

精霊を通して、義母の名を叫ぶ。

今まで呼ぶことができなかった分をたっぷりと叫ぶように。

我慢していた分を吐き出すように、彼は精霊を通してアルフィアの名を呼ぶ。

 

 

――精霊(わたし)を見て! (大きくなったな)

 

――精霊(わたし)を呼んで! (強くなったな)

 

――精霊(わたし)の名を・・・ (偉いぞ)

 

 

心が悲鳴をあげるように叫ぶ。

精霊(わたし)を見て、呼んで、名を叫んで、と、貴方が見ているのは精霊(わたし)じゃない、ちゃんと精霊(わたし)を見てと訴えるように暴力を振るう。けれど悲しいことに精霊(かのじょ)には名前が無い、呼んでもらうべき名が存在しない。銀の槍が飛んできて、それを鬱陶しいものを払うように破壊する。その破壊力のせいで粉塵が生まれ、少年の姿が見えなくなる。

 

 

薄闇の迷宮の中、粉塵の向こうからチカチカと、紫色の輝きが見えた。

それを知っているものは、きっとこういうだろう。

 

『まるで流星のようだ』と。

 

けれどそれすら、精霊(かのじょ)は知らない。

だというのに

 

『ああ・・・・綺麗・・・』

 

そう、自然と口にした。

なんだそれは、綺麗とはなんだ。

わからない、知らない、理解できない、意味が分からない。

だけど、見とれてしまう。

まるで自分の思いを伝えようとするように輝きは増す。

 

 

好きな人はできたか?

今は何をしているんだ?

 

そんな熱い何かが胸をざわざわとざわめいて、心が荒波を立てる。精霊(かのじょ)は気づかない、気づけない、瞼が熱いのは子の育ちに歓喜する親の愛情からくるものであり、そして今やその瞼から涙が流れていることを。余分な水分を浪費して微笑んでいるのを、精霊(かのじょ)は知らない。

 

 

粉塵を突き破り、少年が迫ってくる。

紫に輝く炎を携えながら、突っ込んでくる。

小さかった子供が、親にようやくおいついたように。

昔小さかった少年が、義母のもとに駆け寄るように。

そんな記憶がまた瞼の裏をチラついて、動きが止まる。動きが止まってしまった精霊(かのじょ)はもう逃げられない。

 

無意識に両腕を広げ、駆け寄ってきた子を抱きしめるように待ち受けていた。まるでこの瞬間を、その一撃を望んでいるかのように、もはや体は動いてくれない。

 

『――――ベ、ル?』

 

「お義母さんっ!」

 

白髪の前髪から、透明な体液が散っていくのが見えた。

今にも泣きそうなのに、必死に堪えている子供の顔が見えた。

何度も何度も、お義母さんと呼ぶ少年の声は嗚咽を堪えていて、震えていた。何度もナイフを振るう度に、少年の瞼からは透明な体液が飛び散って、蒸発していく。

 

 

泣いている。

あの子が泣いている。

 

これはどちらの感情なのか、もはやわからない。

精霊(かのじょ)の体には、精霊(かのじょ)の意思しかない。記憶が邪魔するだけだ。鈍らせるだけだ。

 

固まる精霊(かのじょ)の細い体、その腹にナイフごと拳が押し当てられる。輝けるナイフが、流星が今にも爆発しそうなほど精霊(かのじょ)の肌をチリチリと焼き焦がしていく。自然と、無意識に、体が勝手に動く。子供を抱きしめようと、ゆっくり、柔らかく。

 

 

彼以外に、そのナイフを振るえる者はいない。

彼以外に、精霊(かのじょ)を撃てる者はいない。

 

食わなくては維持できない肉体。

埋まることのない胸の内にある乾き。

もうとっくに精霊(かのじょ)は限界を迎えていた。

もうとっくに限界を迎えて崩壊していたのに、生まれた意味もなく、誰もいない迷宮の中、少年のことを待ち続けていた。

 

精霊(かのじょ)は、義母の現身であるがあると共に。

穢れた命として産み落とされてしまった被害者だ。

面白そうだから作られた。

嫌がらせのつもりで、たまたま生まれた。

ただそれだけだ。

どうして自分が少年を求めているのかもわからず、けれどこの肉体、記憶が少年を傷つけたくないと拒絶して崩壊していった。

 

終わりの時を、精霊(かのじょ)はとうとう受け入れた。

彼に殺されるのならば、文句はない。

彼に終わらせてもらえるのなら、これ以上嬉しいことはない。

悔しい、もちろん悔しい。身に覚えのない記憶が邪魔をして、その度に身に覚えのない思い出に嫉妬する。

 

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)嫉妬(歓喜)

 

 

臨界を迎えた灼熱の刃。

憎悪ではなく、闘志でもなく、敵意でもなく、殺意でもなく。

ただ、その愛と憐憫によって打ち出される。

 

 

「――『英雄葬送(アルゴウェスタ)』」

 

 

 

それは、かつて道化を演じ後に『始原の英雄』と呼ばれた者の名だ。

それは、全ての孤児達の保護者にして、聖火を司る女神の名だ。

それは、『静寂の残滓(アルフィア・レムナント)』を葬送する一撃。

零距離から繰り出される必殺の一撃に、全ての行動が間に合わない。

迎撃も、回避も、何もかもが。

それを当然のように、慈愛に満ちた母の顔をして、精霊(かのじょ)は少年を抱きしめるようにして迎え入れる。

 

 

収束された炎が、光が解き放たれた瞬間、全てを悟る。

少年の全てを出し尽くして放たれる()()()()()()()()()()()一撃。

英雄を葬るというのに、なのに、その刃の中には憎しみはなかった。

労りがあった、憐憫があった、同情があった、悲哀があった、悲嘆があった、なにより、愛があった。

 

精霊(じぶん)と同じように、独りぼっちで世界に放り出されて心細かったのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、何かを求めて彷徨ったのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、都合よく捨てられて悲しみにくれたのだろう。

精霊(じぶん)と同じように、誰かに愛してもらいたかったのだろう。

 

圧倒的なポテンシャルを誇る精霊(かのじょ)が負けるなんて、あっていいはずがない。いったい幾つの命を食らったと思っている。この肉体を、少年と再会するためだけに、身に覚えのない記憶に焼き尽くされながらも維持させるために食い続けたのだ。心の乾きを埋めようと食って食って食い続けたのだ。しかし、だけど。

 

ああ――ああ、()()()()

必殺の一撃を受ける前に、そう思った瞬間で、精霊(かのじょ)は敗北していた。

精霊(かのじょ)を通してアルフィア(かのじょ)の名を呼び、涙を流し、嗚咽を漏らす少年に、記憶(アルフィア)に嫉妬した時点で敗北していた。ナイフごと拳が押し当てられたのは、胸から下だ、人間ではない怪物である精霊(かのじょ)ならば胸から上だけでも戦えるかもしれない、少年と少女を殺してまたモンスター共を食いつくして進化してしまえば復活できるかもしれない。リソースを回収さえできれば、魔石さえ無事ならば再生できるかもしれない。

 

でも、もう無理だ。

この一撃を受けてしまっては、もうどうしようもない。

この一撃は、愛なのだ。

だから喰らってしまえば、終わりを受け入れるしかない。

終わったはずの命を終わらせようとする。

聖なる炎が穢れた体を浄化していく。

乾きが、疼きが、消え失せていく。

精霊(かのじょ)ではなく、アルフィア(かのじょ)を愛していて、アルフィア(かのじょ)を今度こそ眠らせてやろうとする少年。

 

自分ではない。

彼が見ているのは、精霊(じぶん)ではない。

自分ではない、のだけど。

 

精霊(じぶん)に放たれたというだけで、精霊(かのじょ)はただ嬉しかった。

この体の媒体となったオリジナル(アルフィア)に、なんならピースしてやりたいくらいには、嬉しいと思えた。

 

ああ、嬉しい。

嬉しいとは、こういう感情を言うのか。

温かい炎が、穢れた彼女を滅していく。

それでいい、それがいい。

 

アルフィア(かのじょ)は、ようやく眠れるのだ。 もう彼は墓参りすらできないが。何せ、もう手を合わせるべき墓には何も残ってはいないのだから。

 

精霊(かのじょ)は、ようやく終われるのだ。 慈しんでくれる者なんていないが、それでもこの体を通してアルフィア(かのじょ)の記憶を見て、彼に惹かれて、満たされた。もう空腹感はない、心の乾きはない。ひどく安らかだ。

 

崩れていく。

他者の記憶で思考を塗りつぶされ、自己が崩壊していく。

蒸発していく。

フレアの炎に焼き切られて、胸から下が消え失せていく。

罪ではなく、罰でもなく。

愛ゆえに、精霊(かのじょ)は、アルフィア(かのじょ)は、滅んでいく。

 

限界だったのだろう。

互いに。

精霊(かのじょ)は肉体を維持させるための捕食をしなければならなかったし。

少年は全力を出し尽くして、ああ・・・必殺の一撃を解き放って無様に倒れこんでいる。思わずくすりと笑ってしまえるほどだ。

 

胸から上、残った体が仰向けになって宙を浮いて地に落ちていく。

ドシャッ、と音を鳴らして倒れていく。

真上の景色は真っ暗だけれど。

精霊(かのじょ)こと斬り払ったその炎の刃は、白亜の大壁さえも大きく傷つけて、断面からは紫色の炎が燃え盛っている。その炎が明かりとなって、2人の少年と少女を、そして終わっていく命を照らしている。

 

 

ズル、ズル、と這いつくばって少年が近づいてくる。

止めを刺そうと、近づいてくる。

時折、体を引きずる音とは別に、鼻を啜る音が響く。

 

彼が見下ろすように、精霊(かのじょ)の横に座り込んで瞼を何度も拭う。

ぐちゃぐちゃだ。

嫌だ、やっぱり嫌だ、お別れなんて嫌だ。

もっと話したいことがあるんだ。

そう言うかのように、静かに泣きじゃくる。

けれどやるべきこともわかっていて、だから余計に泣いている。

カタカタと胸の上に突き立てられたナイフが震える。

ぽたぽたと、精霊(かのじょ)の顔に涙が落ちる。

 

『な――ぃ、d―――』

 

涙を拭ってあげなくては。

子供が泣いているなら、拭ってあげるのが母親の務めだ。

精霊(かのじょ)は母親ではないけれど、体が覚えているのだから仕方がない。

この体を構成するのに使われたアルフィア(かのじょ)なら、きっとそうするだろうと浄化されていく心がそう悟る。だけど、涙を拭ってやるだけの腕はすでに消失した。子供を抱きしめてあげるための両腕はすでに焼失した。ああ、これでは彼は刃をこの胸に沈めることができない。

 

最後の最期まで、ああ、なんて中途半端なのだろう。

子供に会いに行って、子供を捨てて。

迷宮都市に絶望を与えて、半端に作戦を変更させて。

子供に親殺しまでさえて、涙一つ拭ってやれないアルフィア(かのじょ)は、なんと中途半端な女だったのだろう。でも、そうだ、アルフィア(かのじょ)ならばいつまでも泣いている彼を許しはしない。殴ってでも先へと進ませるだろう。まともに声もでない状態で、精霊(かのじょ)は喉を震わせた。

 

 

『g―――、gス、福音(ゴスペル)

 

「ぐすっ・・・【魂の平穏(アタラクシア)】・・・わ、かってるから・・・」

 

「―――ベル、さん」

 

少年の背後から、白銀の長髪を揺らす少女が歩み寄ってくる。

ボロボロの体を引きずって、隣に腰を下ろしてナイフを握る彼の手の上に少女らしい手を添える。貴方一人に罪を背負わせたりしないと言うように、大丈夫と言うように。優しく。

 

『―――、―――』

 

意識がぼんやりとしていく。

瞼が重たい。

これが、眠たいというものなのかと知覚する。

 

「ベルさん・・・最後です、もう、言い残したことはありませんか?」

 

彼女がずっとこの旅の中、支えていたのだろう。

きっと偶然だ。

別に彼女である必要はなかった。

誰でもよかったのだ。

ただこの旅の同行者が彼女になっただけであって、きっと形は違えど、結果は同じように辿るのだ。吸った空気が胸の下、何もない場所へと漏れていく。彼の手から震えが消えていく。

 

「お義母さん・・・僕、は・・・」

 

 

恨んでいるだろうか。

 

 

「恨んでなんか、いないよ」

 

 

怒っているだろうか。

 

 

「寂しかった、よ」

 

 

そうか、それはすまなかった。

 

 

「・・・・お義母さんの名を、また呼びたい」

 

 

好きにしろ、私も好きにした。

 

 

「ぼ、く・・・・僕、言わなきゃって、言えなかったことがあるんだ」

 

 

だろうな。私ももちろんある。

 

 

「英雄に・・・・英雄に、なりたいんだ」

 

 

おすすめはしない。碌なもんじゃないからな。

 

 

「貴方達の罪も後悔も、僕が受け継ぐから・・・だから、どうか」

 

 

もういもしない誰かと会話するように、少年は少女に支えられながら口にする。

ゆっくりと、ゆっくりと胸の中に刃が納められていく。

穢れた体が、清らかなものへと浄化されながら、最後の瞬間を待ちわびる。

 

 

「思い出の中で、眠っていて欲しい・・・絶対、忘れない、から」

 

 

辛いだろうが、苦しいだろうが、悲しいだろうが、それでも。

少年は前に進める。

決して独りではないのだと見ていればわかる。

必ずそこには、寄り添ってくれる誰かがいるのだ。

なら、問題はない。

 

「ぐすっ・・・・・ぼ、僕に、僕に・・・会いに来てくれて・・・あり、がとう・・・!」

 

でもやっぱり泣いてしまうのは、減点ものだ。

しかし、別れは寂しいものだから、大目に見よう。

 

『た、のし・・・か、た・・・?』

 

お前の旅は、良いものだっただろうか?

アルフィアが少年の元を去って以降、彼女達は少年がどうなったのかを知らない。

どんな道を歩んできたのかを、知らない。きっとたくさん泣いたのだろう、嘆いたのだろう、神を恨んだのだろう。ここに至るまでの道のりを、短すぎる命を背負った精霊(かのじょ)は知る由もないが薄れていく意識の中で、言葉が勝手に漏れてくる。それは精霊(かのじょ)のものなのかアルフィア(かのじょ)のものなのか、まったくもってわからないが。

 

 

「う、ん・・・・嫌なこともあったけ、ど・・・悪くは、なかったよ・・・・」

 

 

良いことばかりではない。

所詮、そんなものだ。

下手糞な微笑を浮かべる少年の顔を見て、いよいよ精霊(かのじょ)は脱力する。

 

 

パキッ、と刃が魔石に触れ砕いていく。

体が灰に変わって散っていく。

走馬灯などない。

少年と戦っている最中、散々狂わされた、壊された。それくらいは見た。

だからもう十分だ。

これ以上、自分が誰なのかわからなくなってたまるか、と最後の抵抗のように穢された精霊は醜く笑った。

 

笑って。

 

 

 

『―――愛して、いる』

 

「―――愛してる」

 

 

2つの言葉が重なって、眠るように瞼を閉じる。

魔石は砕かれ、体は灰に変わり、炎に撒かれて消え失せる。

 

 

その光景の中、少年は見上げるようにして泣き叫んだ。




あと1,2話くらいで終われるだろうか

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