兎は星乙女と共に   作:二ベル

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暗い話続きだったからね、ふざけていこうね


小休止編
アルテミスレコード①


「くあぁ・・・・」

 

 

体に走る鈍い痛みと共に、目を覚ます。

激痛というよりは、体を動かすとジンジンっとくる、もうしばらくじっとしておきたいなと思ってしまう程度の痛み。治療院をこっそり退院し、迷宮都市が静まり返っている薄暗い時間帯に白髪の少年――ベルは、都市外に出荷された。

 

 

「・・・・・ァルテミス、様ぁ?」

 

 

都市から出荷され、荷受人こと月女神アルテミスのもとに少年は身を置いている。

ご丁寧に真っ白な包帯(リボン)でラッピングまでされていたベルを見たアルテミスは、それはもう顔を赤くしたり青くしたりした。

 

 

『ヘルメス、お前か?』

 

『ううん、違うぜ?』

 

『だいたいお前のせいだったりするだろ? もうお前でいいだろう?』

 

『ううん、よくないぜ?』

 

『よくもオリオンをキズモノにしてくれたな?』

 

『キズモノ・・・・ちょーっとそのワードは違う気がするなぁ・・・・あと俺じゃないぜ? だから俺の鳩尾をグリグリするのやめてぇ!?』

 

 

そんなことがあったのだ。

ベルは今一度、状況を整理。

隣にはアルテミスが眠っていたはずなのだが、もう既に着替え済みなのか畳まれた寝巻が枕元に置かれている。本神(ほんにん)の気配は近くにはない。

 

 

「―――ベル君や、起きたかね?」

 

「・・・・・?」

 

 

ぼんやりしていたせいか、気配に気づけなかった。

テントの出入り口側で腰を下ろしている1人の少女がいた。

 

「ハローハロー・・・・ん? なんか違うな。 グッドモーニング、ボンジュール、グーテンモルゲン、ボンジョルノ! むぅ・・・神様の言葉は難しい」

 

腕を組み、唸る彼女は女神アルテミスが拾って育てた捨て子のランテ。

母乳の出ないアルテミスは雌熊の乳を飲ませて育てたのだという。もっともそんな話をすれば、アルテミス様のお乳!? ぐへへ・・・と言っちゃうちょっと変わった少女だ。そんなランテはベルを真上から見下ろすように四つん這いの姿勢になって近寄ってくる。

 

「まぁまぁいいさ。とにかく朝が私達を呼んでいる! さぁ、今日も張り切って、一日をはじめましょー! 」

 

「・・・・・」

 

「今日もいい天気! そして私は1番乗り!」

 

「・・・・・あの」

 

「さて、皆曰く『我等が女神の眷族にあるまじき喧しい声』で叩き起こしてやるとしましょー!」

 

「・・・・けほっ、あの」

 

どこか、アリーゼに似たノリな彼女は、朝っぱらからやけにテンションが爆アゲだった。

四つん這いで真上からベルを見下ろしながらニコニコと言う彼女のノリに、ベルはついていけていない。

 

「我等が麗しのアルテミス様・・・嗚呼、どのような寝顔をされていらっしゃるのかしr・・・・あ、あれ!? アルテミス様は!? ベル君、アルテミス様をどこにやったの!? まさか食べた!?」

 

「・・・た、食べませんよ!?」

 

「だ、だって・・・だってだって、男は狼だって言うし・・・アルテミス様はベル君のことを『オリオン』って言ってベタ惚れで? 『アルフィア達を止めていれば、あの子は傷つかずにすんだんだ・・・だから、あの子が他の女とくっついても私はあの子の幸せを願うだけだ』なんて黄昏ながら言っちゃう健気な感じだし? まさかアルテミス様の口から『私はこの子と一緒のテントで寝る』なんて聞いたときは、みんな持っていたお皿を零して食べ物を土にリリースしちゃったし? 2時間くらいテントの前でアルテミス様の喘ぎ声が聞こえないか張ってたくらいだし?」

 

「なんてことを・・・・」

 

「スンスン、スンスン、いやはやしかし・・・スンスン、アルテミス様を起こしてあげようと思ったのに・・・あ、君を起こそうとも思ったよ? ほんとだよ? アルテミス様は何処へ・・・・スンスン、スンスン」

 

ずいずい、ずいずいっと四つん這い姿勢のまま、仰向けに眠っているベルを跨ぐようにしてテント内の匂いを嗅ぐランテ。 この人は犬人だったろうか? と思えなくもない行為に、けれどアリーゼさんも似たようなことするしなあと特に気にはしない。年上のお姉さんの悪戯なんて、ベルはもう慣れっこなのだ。そんなランテをぼーっとした頭のまま見ていると、ランテはベルの横の枕元に置いてある薄布を手に取って顔を埋めていた。

 

「スー・・・・・ッハァ・・・・・嗚呼、女神様っ!!」

 

訂正、この人はダメかもしれない。

 

「真っ白なベビードールに、胸元には水色のリボン・・・こんな薄着で寝転がるアルテミス様はきっと、寝返りを打つたびにその瑞々しく実った果実が形を歪めて、そんなアルテミス様の無防備な姿をベル君だけが独り占め・・・なんて羨ましい」

 

「確かに・・・アルテミス様は僕が眠るまで、僕のことを見ててくれてましたけど・・・」

 

横向きになったアルテミスの乳房は当然のように形を歪めていた。

その瑞々しく美しい肌に、滑らかな曲線を描く谷間に釘付けにならないのか?と言われれば嘘になってしまう。

 

「私達基本、水浴びオンリーになることが多いのに・・・アルテミス様はいつもいい匂い・・・・羨ましい・・・」

 

そっと広げたアルテミスのベビードールに両手を合わせ拝むランテ。

 

「君も事情はある程度聞いてるけど・・・・私達の派閥って20人全員が女の子、ずばり乙女の花園! 男子禁制! 男女交際禁止! 派閥内恋愛禁止! 勿論どこかで男の人を捕まえちゃうのもダメ! 手を握るのもアウト! 貞潔神の眷族は純潔を尊ぶべし! なので、男のおの字も知らない私が、美しくてかっこいい女神様に見惚れたりしちゃうのは仕方のないことなんだよ」

 

そう、致し方ないことなのですー。むふふー。

そう笑うランテは、ベビードールに残っている女神臭を吸引。

 

「君だって、大好きな女神様の匂いをくんかくんかしちゃうでしょ?」

 

「・・・・・し、しないです」

 

「えーほんとにー? アストレア様って滅茶苦茶綺麗だし、お胸大きいし、ほんわかーって感じでしょ? それで同衾してるんでしょ? あれかな? 同衾してるってことは君もふもふしてそうだし、抱き枕にでもされてあのお胸の谷間に顔突っ込んで女神様の匂いに包まれながら幸せな夢を見ているn――――」

 

「【もうやめてよぉ(ゴスペル)】」

 

「ふぎゅっ――――!?」

 

 

まだ早い早朝。

【アルテミス・ファミリア】の乙女達はその日、綺麗な鐘楼の音とドサッと落ちるランテの音で目を覚ました。

 

 

 

 

 

「それでランテ、何か言うことはあるか?」

 

朝食時。

もくもくと静かにスープを口に運ぶ乙女達とベルの視界の端で、腕を組んでいるアルテミスが正座させられているランテにお説教をしていた。

 

「す、すすすす、すいません・・・・・ちょっと、その・・・・男の子がいるって珍しいし? アルテミス様が一緒に寝るなんて言うものだから、気になっちゃって・・・」

 

「私の寝間着に抱き着いて匂いを吸っていたそうだが?」

 

「!? だ、誰がそんなことを!?」

 

「オリオンが教えてくれた」

 

「べ、ベル君! 2人だけの秘密って約束したはずじゃ!?」

 

「え、してないですけど・・・・」

 

 

ガーン! ランテは雷に打たれたようにショックを受けた。

黙々と朝食を食べる乙女達は、口々に『ごめんね・・・・』『朝から五月蠅かったでしょ・・・』『でも加減はしてあげてね? Lv.5の魔法とかシャレにならないから』とアルテミスの邪魔をしないようにベルに謝罪を入れている。団長のレトゥーサもまた、静かに溜息をついた。

 

 

「うぅぅぅ・・・で、でも! みんなだって気になってるんです!」

 

 

しかしランテは全員を巻き込んだ。

嘘でしょ!? とでも言うかのように全員がランテへと振り返った。

 

「だって、だって、アルテミス様ったらベル君がアストレア様とイチャコラしてても――」

 

「イチャコラ言わないでくれないか、ランテ」

 

「あ、すいませんつい・・・・えと、ぴっぴな関係になっていても嫉妬するわけでもないし、遠いところをみながら、ご自分のことを責めるし・・・そんな寂しそうなアルテミス様の顔、私は嫌なんです!」

 

「・・・・ランテ」

 

「アルテミス様だって、恋をしたっていい! 可愛いところを見せてくれるアルテミス様を、私達は見たいんです!」

 

「それは・・・しかし、だな?」

 

「いいじゃないですか、1人も2人も今更変わりません! 私達に恋愛禁止って言ってるからとか、気にしないでください! なんなら寝とっちゃえばいいじゃないですか!」

 

「オリオンがいる前で寝とるとか言わないでくれないか!?」

 

バンバン、と地面を両手で何度も叩いて勢いでアルテミスをまくし立てるランテ。

混ざっちゃえばいいじゃないですか、だとか、寝とっちゃえばいいじゃないですか、だとか。なんてことを言うんだ、とアルテミスとしては至極当然のことを言い返す。

 

「レトゥーサさん、寝とるって・・・・」

 

「・・・・・・・ごふっ、わ、私に振らないで欲しい」

 

そんな会話が当たり前のように聞こえるのだから、朝食を取っている面子とてその手の話題にもなってしまう。

 

 

「とにかく! 私達はアルテミス様が『オリオンしゅきぃ~』とかなんかそういうことをして、可愛いところを見せてくれるのを期待しているんです! アルテミス様、ただでさえあまり表情変えないんですから! もっと笑顔とか見せてください! 寂しいじゃないですか!」

 

「ああもう、わかった、わかったから・・・ランテ、お前の気持ちはわかったから! 」

 

ランテ曰く『女神様度』が高いというのか・・・アルテミスは美しくて、静かで、潔癖で、普通に小鳥がチュンチュン鳴いて指とか肩にとまってくることもあれば鹿とか狼とか熊がすり寄ってきたりもする。が、その表情はあまり変わらない。そんな彼女の幸せを、ランテは誰よりも願っているのだ。やってることは変態行為だが。

 

「覚えてないですけど、アルテミス様は、幼い私を雌熊のおっぱいで育ててくれたんですよね?」

 

「ああ。下界に降りた身で、何より私は処女神だ。お前を育てるための乳は出せなかった。」

 

「ぐふ、ぐふふふ・・・・まさかアルテミス様の口から、お乳なんて言葉が聞けるとは・・・」

 

「お前と言うやつは・・・」

 

お説教がなんやかんやと終わったと思えば、また別のことを口にして、アルテミスは蔑んだ目をランテに向ける。はっとなってランテはすぐに口ごもるが、こんなやり取りもだいたいいつものこと。眷族達の前で全然笑わない女神様を笑顔にしようというランテなりの道化を演じているにすぎないのだ。

 

 

「あのアルテミス様!」

 

「? また私を怒らせたいのか?」

 

「い、いえいえ! もし、ですよ? もしベル君が赤ん坊で、捨てられてたらアルテミス様はどうしますか?」

 

 

ランテのように赤子で捨てられていたら、同じように雌熊の乳を与えていたのだろうか? という意味の質問なのは眷族達もわかりきってはいた。時折食べにくそうにしているベルを、左隣に座っているレトゥーサが介助していて、右隣にアルテミスが腰を下ろし介助を交代する。自分で食べれるというベルの意思を尊重して、あくまでも辛そうにしている時だけ・・・。そしてランテの質問を流そうにもじーっと見つめてくるものだから、アルテミスは溜息をついて少しだけ考えた。

 

「赤子で、ランテのように捨てられていたら・・・・か」

 

「はい! アルテミス様の『オリオン』なんですから、どうなんだろうなーって」

 

「―――――私自身の乳を与えていたかもしれない」

 

「ブフゥッ!? ゲホッ、ゲホッ、痛っ!?」

 

 

処女神だから出ないと言っていたのに、相手が相手なら気合で出すとでもいうのか。アルテミスのちょっと顔を染めての発言にベルは口に含んだものを吹き出して咳き込んで、痛みに悶えた。

 

 

「ベル君・・・」

 

それを神妙な面持ちで見つめてくるランテ。

涙目でアルテミスに背中を摩られているベルはランテを見つめると、彼女はゆっくりと親指を立てて口を開いた。

 

 

「アルテミス様のおっぱいの味、今度教えて! 禁止とは言われても興味があるものは仕方ないから!」

 

「嫌ですよぉ!?」

 

「さ、さぁ、お前達! 食事を終えて支度を整えたら移動を開始するぞ! 今回はこの森の近くの村から巨大な猪型のモンスターが出たという話がある。それを討伐する!」

 

「けほっ、けほっ、ぁい」

 

「オリオンは無理しないでくれ、何かあったらアストレアにあわせる顔がない」

 

「だ、大丈夫れす」

 

「オリオンは一度、水浴びでもしようか・・・痛みはしても外側は問題ないだろう? 頭もすっきりするぞ?」

 

「わ、わかりました・・・」

 

「まさか混浴ですかアルテミス様!?」

 

「ちょっといい加減にしろランテ! 怒るぞ!」

 

「ベル君が一緒に入ろって言ってますよ!?」

 

「水着取ってくるぅ!」

 

「言ってませんよぉ!?」

 

 

月女神の眷族達は、こんな騒がしくも滅多に見られない女神の姿に、笑い声を響かせた。

 

■ ■ ■

 

 

「どう思うよ、お前等・・・・」

 

ダンっと叩きつけるようにして、赤髪の青年が同じく卓を囲っている面子に睨むようにして言った。場所は迷宮都市南のメインストリートに位置する繁華街。大通りから折れた、路地裏の一角。鳥や獅子など、様々な動物を象った看板が立ち並んでいる酒場の一つで、赤髪の青年――ヴェルフ、リリルカ、命、桜花、千草、アイシャ、春姫等が顔を寄せ合うようにして集まっていた。頬はほんのり染まっていて、酒が入ってることは見ればわかることだろう。そんな、開口一番を投げたヴェルフの手の下には、一枚の羊皮紙が。

 

 

『ベル・クラネル、ダンジョン崩落によって深層域にて遭難。【戦場の聖女(デア・セイント)】を守り地上に帰還するも治療の甲斐なく死亡。』

 

 

ベルとすれ違う形でギルドより発行されたそれは、人々をそこそこ混乱させた。ダンジョンが崩落したこともそうだが、【戦場の聖女(デア・セイント)】が深層にいたとか、遭難したとか、もうわけわかめ。バベル前のベンチで彼が日向ぼっこをしている光景を知っているものからしてみれば衝撃も衝撃で、いまやベンチには花束が置かれるほどだ。

 

 

「リリ助、今日ギルドに行ってきたんだろ?」

 

「・・・・はい、担当アドバイザーのエイナ様にお話を伺ったところ、死んだ魚のような目をして『そうらしいよ・・・ハハッ』と」

 

「なんだいあの坊や、ギルドの受付嬢にも手を出していたのかい?」

 

「いえ、出すというより出される側ですよアイシャ様」

 

「自分は輝夜殿にお話をお聞きしに行きました!・・・春姫殿と!」

 

「いや待て、春姫は【アストレア・ファミリア】だろ、なんでそんな意味のわからないことをしているんだ!?」

 

「てんぱってました!」

 

「も、申し訳ございません・・・・」

 

いやお前、ベルと一緒に住んでるじゃん。

絶対なんか知ってるじゃん、な顔で面々は一斉に春姫に視線を突き刺した。

コンッ!と悲鳴をあげた春姫は尻尾を丸め、耳を畳んで、およよよ・・・と顔を隠した。

 

「せめて身籠っていれば・・・やはり避妊は逃げなのでしょうか・・・」

 

「春姫、あんた酒飲みすぎだよ」

 

「ダメですヴェルフ様、このお狐様、役に立ちません!」

 

「くそっ! 椿に聞いても知らんの一点張り・・・ヘファイストス様も同じ・・・でも何か急ぎで鍛ってたんだよな・・・」

 

「ああ、そういえば・・・」

 

腕を組んで唸る面々。

そこに、【ミアハ・ファミリア】のダフネとカサンドラが口を挟む。彼女達もまた、この情報の真偽を巡って同じく酒場に集まっていた。

 

「今日、団長さんに頼まれて・・・ううん、命令されて【ディアンケヒト・ファミリア】に覗きに行ったんですけどぉ・・・・復帰されたアミッドさん、未亡人みたいな顔をされていたそうで・・・」

 

「「「「うわぁ・・・・」」」」

 

ベルがオラリオを去ったのとすれ違うようにして目が覚めたアミッドは、へイズから

 

『ベルきゅんですかぁ? 幸せなキスをして天に上りましたぁ』

 

などと言われ、はい? と聞き返し

 

『いやいやだからぁ、貴方見たんじゃないんですかぁ? ベルきゅんが裂きイカみたいにお腹ぱっくりいっちゃってるとこ』

 

と言われて、サァァァ・・・と顔を青くしたアミッド。

そのままお役御免、【フレイヤ・ファミリア】の本拠へと帰還するヘイズ。

アミッドはしばらく、機能停止していた。

仕方ない、仕方ないのだ。

いくら仲間内とはいえ、信頼関係を築いているとはいえ、生存を知る人間が多ければ多いほど、エニュオに気づかれてしまう可能性が生まれてしまう。故に、仕方ないのだ。ようやく目が覚めたと聞いたディアンケヒトが可愛い娘にするように頬ずりしようとしたところを

 

「うわああああああああああああああああっっ!?」

 

と叫びあがり再起動、右拳をディアンケヒトの顎にクリティカルヒットを決め気絶するディアンケヒトを他所に治療着代わりの肌着だというのも気にせず、彼のカルテを探し回り、治療院で働く同僚たちに「落ち着いてください!」と言われるがまま一騒動。最終的に現在、アミッドは休暇すら取らずに人工迷宮攻略のための薬製作を行っていた。

 

 

「ウチのとこの団長にそのことを話したら、笑うと思ったら『うっわぁ・・・』って普通に引いてた」

 

「でしょうね」

 

「ミアハ様が、『おおアミッドよ・・・SAN値がピンチではないか・・・』とか言ってました」

 

聖女が兎を飼い始めた。

そんなまことしやかな噂はしかし、未亡人化したアミッドのその儚げな表情によって確信付けられていった。

 

「・・・・・俺は」

 

なめろうを一人ちびちび食べていた桜花が口を開く。

あん? とヴェルフは今まで黙りこくっていた桜花に顔を向けると、少しの沈黙を挟んで桜花は口を開いた。

 

 

「俺は、つい先日アリーゼ・ローヴェルが街中をスキップしているところを見た」

 

「は?」

 

それはもしかしたらその場にいた、ベルを知る面々全員の口から洩れたものだったかもしれない。

 

「あ、あの・・・私も! その・・・・ネーゼさんと春姫ちゃんが、尻尾を振っているのを見ました・・・顔は悲しそうだったのに・・・」

 

「おいこの狐」

 

「あらあら体は正直ですねぇ」

 

「こんっ!?」

 

 

周囲にバラすなよ、と言われていたはずの姉達はまさかの隠すのがドを付くほど下手であった。

気づかないものは気づかないがしかし、気づくものは気づく。

鼻歌を歌いながらスキップしているアリーゼがいれば、『兎さん死んだのに嬉しそう・・・何あの女、遺産相続に勝ち誇った悪い嫁じゃない!?』と勘違いされたり『あれ、こいつら芝居下手なんじゃね?』と勘づいてしまっていたりしているものは極小数いて、獣人であるネーゼと春姫に至ってはベルの生存がよほど嬉しかったのか、尻尾が右に左にと揺れていた。隠し通せているのは誤魔化すのが上手い輝夜や表情をあまり変えないリューや、同じエルフのセルティ。それから活動を控えている面子くらい。アストレアについては神として変に動きを変えるでもなく普段通りに過ごしていてベルについて聞かれれば、『あの子も・・・今頃・・・』と空を見上げて誤魔化していた。神のその言い方は、下界の住人達は天に還ったと思わせるには十分なのだ。

 

 

再び、ダンっとヴェルフがジョッキを卓に叩きつけた。

 

「くそっ、何かの作戦か・・・? 置いていかれてる感が気に入らねぇ・・・俺達は仲間だろう!?」

 

「そういえばフィン様が、近々大規模な作戦があるとかで部屋に塞ぎ込んでいる・・・とか」

 

「で?」

 

「リリ、忍び込んでその作戦の役に立てないか、と聞いたのですが笑って断られました。 戦力外だとはっきりと」

 

「・・・・・」

 

 

そんな爽やかに笑う【勇者】の顔が全員の脳内をチラつく、イラッとさせた。

 

「ベルが生きているという前提で」

 

「ええ、前提で」

 

「ああ、前提だな」

 

「前提でいこうじゃないか」

 

「お、お告げで・・・兎さんが・・」

 

「カサンドラはちょっと黙ってて」

 

「え、えぇぇ・・・」

 

あくまでも、あくまでーも、生きているという前提で彼等は顔を合わせて話を始める。

このままでは悔しい、ベルに置いていかれるのも気に入らないし、自分たちの知らないところで何かが起きているのも気に入らないと。

 

「アイシャ様は、何も聞いておられないのですか? 例えば、ヘルメス様とか」

 

「あの神が眷族であっても情報を開示すると思うかい?」

 

「「「「ヘルメス様だからなぁ・・・」」」」

 

まったく信用のない男神にやれやれ、とため息をついて。

彼等は決意したように作戦会議を始めた。

 

「このままじゃ俺達はベルに置いていかれちまう。何があったのかは別として」

 

「恐らく、『生存を知られてはいけない』という制約がベル様にはあるのではないでしょうか・・・・あ、あくまでも生きている前提ですよ?」

 

「ええ、ベル殿が生きている前提で! そうでなかったとしても! その穴を埋めるくらいの力は自分達は必要だと思います!」

 

「はわわ・・・」

 

「春姫、あんたは・・・ずっと待っているだけの女でいいのかい?」

 

「!」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】のように・・・命の危険だろうが共に乗り越えてくれる女こそ、良い女ってもんじゃないのかい?」

 

「ア、アイシャさん・・・っ! は、春姫も! お力になりとうございます!」

 

「よしよく言った! じゃあ『魔導書』を買うよ!」

 

「はい!」

 

「坊やの金でね! 春姫、坊やの財布を持ってきな!」

 

「コンッ!?」

 

うまく誑し込んだアイシャは春姫に無茶ぶり。

各々がやる気を出し始め、やることは自然と決まった。

 

 

「――――小遠征をしましょう」

 

「ああ、それしかねえ」

 

「階層主・・・はたしかついこの間出たから戦うことはないとして・・・」

 

「俺も、クロッゾを越えるモノを鍛るくらいはしねえとな・・・」

 

「ですがランクアップ・・・を狙うとしても、どうしましょう? 春姫様の妖術を使うにせよ、ぬるいことをしていても意味がありません」

 

 

確かに。

確かにリリルカの言う通り、ただ小遠征をしただけでは力はつかない。

ランクアップを狙うとしても同じだ。

危険を冒す、冒険をしなければ意味がない。

しかし死んでしまっては意味もない・・・どうしたものか・・・と全員が腕を組み、頭を唸らせた。

 

 

その時。

 

 

 

「――――話は聞かせてもらったよ」

 

 

そんな爽やかな声が、卓を囲む『冒険者』達の背後から発せられた。

一同が『そ、その声は・・・!』と声を揃えて振り返ると、何やら怪しげなサングラスをした金髪の小人族。

 

 

「『小遠征』・・・ふ、実にいい向上心だ。素晴らしい、戦力外だと笑ったことを恥じたいほどだ」

 

「あ、あなたは・・・!」

 

「おい嘘だろ・・・!?」

 

「『小遠征』、いつ出発する・・・? 僕も同行しよう」

 

 

サングラスを華麗に外し、金髪の小人族は言う。

あまりにも仕組まれたかのような動作に、けれど全員が、まじか・・・こいつがついてきてくれるのか、とごくりと唾を飲み込み口を揃えて同じ言葉を返した。

 

 

「「「「フ院(フィン)・ディムナ」」」」




※ベル君、まさかお気に入りのベンチに花が置かれているとは思ってもいない。

※ベル君、エイナさんが死んだ魚みたいな目をしているなんて知る由もない。

※ベル君、アミッドさんが未亡人みたいになっているなんて知るはずがない。



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