旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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こういうの書きたいなーと頭に浮かんでも、とりあえず1つは完結させないときついから手が出せないジレンマ


アルテミスレコード②

薄暗い部屋に、女神がいた。

 

それは決して、裕福な女神ではなく、どちらかといえば貧乏神・・・いや、まぁ? 彼女が貧乏なだけであって、彼女の権能が周囲を貧乏にしてしまうとかそういうわけではない。とにかく貧乏な女神はいた。

 

 

あえて裕福なのは、たわわに実ったわがままな果実だけだ。

 

薄暗い部屋、室内には女神と、そして木製のテーブルが1つ置かれていて、女神はそのテーブルの前をこの世の終わりかのような顔で座っていた。女神は思った。

 

「テーブル、こんなに冷たかったんだね・・・」

 

そっとテーブルを撫でて、ふっ・・・と儚げな笑みを浮かべた女神。

それは言うなれば、『憐れ』としか言いようがない光景だ。

そこに、ガチャリ、とドアノブを捻る音が鳴り1人の美女がやってくる。それっぽく髪の毛を後ろにまとめ、吸いもしない煙管を片手に、性別的にはないだろう髭を付けて、彼女は女神と対面する形で席に着いた。くるんっとしている髭が妙に腹立たしいし、ちょっとドヤっとしているのも腹立たしい。

 

「ふむん・・・」

 

彼女は、髭を親指と人差し指でつまむとみょんみょんっと弄って、その度に髭が元の形に戻ろうとくるんっと揺れる。女神はまたイラっとした。そんな彼女はそんな女神の態度なんて気にすることもなく、机に両肘をつき、己の顔の前で、両手の指をくっつけて目の前にいる女神をじっと見つめてようやく口を開いた。

 

「では・・・・事情聴取と行きましょうか、重要参考人(もりあーてぃくん)

 

女神は思った。

あー・・・・そういう感じで来るのかぁ・・・・やだなぁ、帰りたいなぁ・・・と。しかし、下界に娯楽を求めてやってきた神々の1人である彼女はここでキレては『ノリツッコミさえ朝飯前なロキにも劣る』という確固たる反骨精神でぐっとこらえて、彼女のノリにあわせる。

 

「やぁやぁ、名探偵君(ほーむず)・・・ワトソン君はいないのかい?」

 

「あ、今外で差し入れ作ってくれてます」

 

「おい真面目にやりたまえよ。秒で素に戻るのやめたまえよ、僕が恥ずかしいじゃないか!」

 

大きな果実を組んだ腕の上に乗せて邪悪に笑って返した女神――ヘスティアに対して、付け髭を蓄えた赤髪のアリーゼは秒で素に戻りヘスティアは思わずツッコミを入れてしまった。ええい、もういいやこの際だとヘスティアは怒りを表すかのように揺れ動くツインテールを振り回して立ち上がった。

 

「第一君! 今日僕はバイトなんだぞ!? 遅刻するところなんだぞ!? いやもうここにいる時点で遅刻なんだぞ!? 急に休みをくれとか言ったって、休めるわけがないだろう!? これ、社会的常識だぜ!?」

 

「えっ、娯楽で戦争ふっかけたりする神様とかいるのに常識を語るんですか!? わぁお!?」

 

「コラコラコラコラー!! 僕はそんなこと、しないやい!」

 

「でもヘスティア様って、働かずにぐうたらしたい口ですよね?」

 

「うへへへ、そりゃぁ当然さ! 何せ僕だからネ!」

 

「そこのどこに社会的常識があるんですか?」

 

「ぐふぅっ・・・!!」

 

真面目に働いていて、怒っているんだぞ僕はと訴えるヘスティアをのらりくらりと言い負かすアリーゼ。彼女も彼女で、外を歩いていたらどうしてだか周囲からの視線が痛かったのだ。主に女性陣から。なんなら、『え、【紅の正花(スカーレットハーネル)】・・・兎君死んだのに、滅茶苦茶嬉しそうに見えるんだけど・・・』『クズじゃん、遺産ゲットしてウキウキウォッチングな悪女じゃん』とか聞こえたりして、彼女は内心、あるぇ? と首を傾げるばかりである。もう、周囲からの視線が痛すぎて、1時間後には半泣きで本拠に帰ってきてアストレアの谷間に顔を突っ込んで、『ぶぇるぅぅぅぅぅ!!』とアストレアの乳房を両手でこれでもかと揉みしだきながら泣きわめいていたのだ。なんか悪く言われてイラっとするし、なんか悪女みたいになってて悲しいし、なんかアイズ何某が言うには自分の双子の姉だか妹いたりしますか?となぜか疑われだして、もうわけわかめ。アストレアは『いいのよ・・・』とアリーゼの頭を優しく撫でてはいたけれど、正直なところは抱き着くのはいいけど揉みしだくのは止めて欲しいと言いたそうな顔をしていた。

 

 

「コ、コホン! とにかく、バイトが僕を待っているんだ! 僕がいないと屋台が回らないんだ!」

 

「神様1人いなくても世界は回りますから、ご安心ください」

 

「そういうこと言うのやめたまえよ!?」

 

「代わりは・・・いくらでもいるんですよ、へへっ」

 

「おいちょっと何自棄になってるんだよ!? ベル君のことは残念に思うけど・・・お、おい、ほんと、自棄になって後を追ったりするのはよくないと思うぞ? お、落ち着こうぜ? 話、聞くからさ!」

 

「ヘスティア様ちょっろ」

 

「は?」

 

「ん? いえいえ、何も言ってませんよ? まあとにかく、事情聴取というか重要参考人ということで丁度目に入ったので、『あ、この神様なら誘拐(連行)しても問題ないかな』って思ったのでここに連れてきたわけですよ、さっすが私! 完璧ね、完璧すぎて怖いわ!」

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! 正義の眷族が誘拐なんてしていいと思っているのかい!?」

 

「私達が正義です」

 

「コラー!!」

 

ドヤッ!! なアリーゼにこれにはヘスティアもツッコミのオンパレード。

ヘスティアからしてみれば碌な説明もなしにいきなり連れられたのだ。なんだお前ら、アレスか!? と言いたくなるくらい、簡単に連行された。まさかいきなり街中で手錠をかけられて歩かされるなんて誰が思うだろうか、いいや誰も思わない! 振り返った際に見えたバイト先の店長の『ヘスティアちゃん・・・とうとう・・・』という事件を起こした際に『あの子ぉ、いつかやると思ってたんですぅ』などというキメ台詞を決めてきそうな台詞が脳内再生されて思わず叫んだ。大親友(ヘファイストス)のことを。

 

「あ、安心してください。ヘスティア様の代わりに、輝夜がじゃが丸君を上げてくれてますから」

 

「なぜその人選なんだい!?」

 

「私達の【ファミリア】の中で一番おっぱいが大きいからです! ちゃんと謎の紐もつけてくれてますから、バレませんって☆」

 

「バレるよ!? 明らかにおかしいよね!? 着物に紐!? ねぇ待ってくれよアリーゼ君、僕は紐が本体ではないんだよ!?」

 

「え!? じゃあヘスティア様の本体はどこにあるんですか!?」

 

「今君の目の前にいるじゃないかー!?」

 

畜生! なんだってこんな目にあっているんだ!? ヘスティアは思わず机に拳を叩きつけた。なんだかよくわからないけれど、ベル・クラネルの死亡のお報せが来たと思ったら唯一の眷族、リリルカは本拠から出て行ったっきりでなかなか帰ってこないし、帰ってきたと思ったらなぜか馬人(エクウス)の恰好をしながら『何が今は馬ですか・・・』『【ロキ・ファミリア】まじこえぇ・・・フィン様まぢ鬼畜ぅ・・・』とかブツブツブツブツ死んだ魚の目をしながら呟いて、目を開けたまま眠る始末。ヘスティアは思わず、明日仕事に行きたくない大人の姿にすら見えたほどだ。というかとにかく眷族が構ってくれなくてヘスティア様はぶっちゃけ寂しかった。めっちゃ寂しかった。喧嘩が絶えないけれど唯一の眷族ゆえ可愛がってもいたしなんだかんだ馬が合うのだ。リリルカちゃああああああああん!と叫びたいくらいには相性はそこそこいいのだ。しかしその眷族が死人みたいになってて相手してくれない。だから誘拐されたとはいえ、ヘスティア様はちょっと嬉しくもあった。扱いは雑すぎるが。

 

ゴジョウノ・輝夜が絶賛、()()()()()()()()()()()()()()()という理由でツインテールにされて、謎の紐をつけられて、死んだ魚の目をしながらじゃが丸君を上げている珍妙な光景が今日のオラリオの風景に彩を与えているわけだけれども、首から『へすてぃあ』と書かれた札をぶら下げているのだけれど、雑で品性のない彼女は一応は料理のできる乙女ゆえ、手際はよくおばちゃんもノリにあわせて輝夜のことはヘスティアとして扱っていた。加えて、ベルの生存を知られるわけにはいかないという作戦なため、時折、およよ・・・と泣いているフリを完璧にこなす女優っぷり。つぅーっと頬を伝う涙に、男神達は生唾をゴクリ・・・と飲み込み、じゃが丸君をアホほど買って行っていた。

 

「もー、いいじゃないですか、とりあえず、話・・・聞かせてくださいよ」

 

テーブルに置かれている小型の照明をヘスティアに向け、そのわがままな乳房をチカチカと照らす。ちくしょうなんだこのエクストラミートは。どうすればここまで育つんだ、少しは恵まれない子(リオン)に分けてあげればいいのに・・・とほんのちょっぴりの憐憫の眼差しを部屋の外で待機している1人のエルフに向けた。

 

「はぁ・・・・まずは、何故僕がここに連れらえてきたのか教えてもらえないかい? 何が聞きたいのか、ちっともわからないぜ?」

 

「ああ、そうでしたね・・・えっとまずはディオニュソス様が送還されまして」

 

「え!? あいつ送還されたの!? まじで!?」

 

「えぇぇー・・・・・」

 

知らなかったんかい! 神が送還された時に出る柱、目立つやろがい! アリーゼはそんなことを言いたくなるくらいの呆れた声を漏らした。ロキの唯一の友達だと思ってたのに・・・ほら、なんか天界でロキもやんちゃしてたんだろ?僕、ロキのことは嫌いだけど、友達ができることは良いことだと思うし・・・とか1人で何かブツブツ言っているが、早口すぎてアリーゼにはよく聞こえなかった。

 

「そ、それでですね!? ディオニュソス様ってどんな方だったのか同じ地域? に住んでいらっしゃった神々に聞いてみようと思ったんですよ! それで、ヘスティア様なら連れ去っても問題ないやって思って」

 

「うん、そこがおかしいね?」

 

「アストレア様に、知っている神様いませんかー? って聞いて教えてもらったのが・・・えっとなんでしたっけ、他にもいるらしいんですけど・・・ええっと黄道十二門」

 

「オリュンポス十二神ね」

 

「そうそれ!」

 

「君さぁ・・・ちょっと雑すぎないかい? もうちょっとしっかりしてくれたまえよ・・・ロキの子だってそんなミスしないぜ?」

 

「何言ってるんですか、私の親指は疼きませんよ? 疼くのは・・・下腹部だけです」

 

「頬を染めながら摩らないでくれないかい!?」

 

キャッ、と頬を薄く染めるアリーゼに、アストレアはいつもこんな子を相手にしてるのか・・・すげぇ・・・とヘスティアは尊敬の念を抱いた。

 

「まず、アテナ様、アルテミス様、ヘラ様、ゼウス様、アフロディーテ様、アポロン様、アレス様、ポセイドン様はオラリオにはいないので除外。デメテル様は捜索中、ヘルメス様は・・・捕まえられませんでした。ヘファイストス様は徹夜明けでお休み中なので邪魔するわけにもいきませんし」

 

「待て待て待て、僕はよくてヘファイストスには気を遣うっていうのかい!?」

 

「で、アストレア様に聞いてみたらヘスティア様もその七福神?に関係あったとかなかったとかって」

 

「関係はないね、僕極東の神じゃないからね、十二神だってさっきも言ったろう?」

 

「で、私達、【ディオニュソス・ファミリア】の子を保護していたんですけど、アウラって子。で、ちょっと私、ディオニュソス様のことよく知らなくって・・・爽やかそうに髪をふぁさぁってする神様くらいしか印象特になくて・・・あ、輝夜はとりあえず『あの仕草をベルがしたらシバク』って言ってました」

 

僕、そんなに威厳ないかなぁ・・・いや、ないよなぁ・・・だって眷族増えないし? バイト掛け持ち神だし? へにょっとツインテールが垂れさがっていく。アリーゼはやれやれっと首を振ってから親指と中指を合わせて、弾いた。

 

 

 

 

スカッ

 

 

しかし、何も鳴らなかった。

 

 

「・・・・」

 

「・・・・」

 

「うわぁみたいな顔しないでもらえます? ブチ込みますよ?」

 

「なんでだー!?」

 

「今日はちょっと滑りが良くなかっただけです・・・普段なら鳴るんですから」

 

指パッチン一つで炎出せるんですから。そう頬を膨らませながら、しかし恥ずかしいのかアリーゼは若干顔が赤かった。仕方がないので、引き出しから鈴を取り出して押した。ブブーッと音が鳴るとドアノブが回り、割烹着姿の春姫がお盆を持って室内に。お盆の上には丼が乗っており、蓋は閉じられているのに美味しいと言わざるを得ない匂いが漂ってきて、ヘスティアのツインテールは徐々に上へ上へと立ち上がっていく。

 

「どうぞ、ヘスティア様・・・()()()でございます」

 

「お、おお・・・なんだこの、良妻オーラ・・・うぉっまぶしっ」

 

「春姫、あんた顔色悪いわよ? 寝てる?」

 

「今・・・馬が熱いのです・・・・・でも春姫はベル様のためにもふもふを捨てるわけには・・・ふふふ」

 

「お、お疲れね・・・」

 

「嗚呼、ベル様ごめんなさい春姫はベル様のお金で魔導書を・・・この負債は必ずや私の体で・・・」

 

「それはもう罰じゃなくてご褒美じゃないかしら」

 

「君たち、処女神の僕の前でそういう話しないでくれよ」

 

ことり、と置かれた丼。

開ければ顔を見せるのは、取り調べにおいてお約束とも言える料理。通称『かつどぅーん』である。ヘスティアは今日初めての食事で、じゃが丸君を主食とする彼女にとっては珍しいご馳走で、じゅるりっと涎が落ちかける。食べてもいいのかい!? いいよね!? いいんだよね!? このために僕を連れてきてくれたんだろう!? 日頃の行いがいいとこんなこともあるなんて・・・くぅぅぅぅ、アストレアの眷族達はなんていい子たちなんだぁ!! と瞳をウルウルさせて感涙。アリーゼと春姫は揃って思った。

 

「「この神ちょろすぎでは」」

 

と。

そんなことに気づかないヘスティアは、自分が誘拐されてきたというのも忘れてバクバクバクバクと『かつどぅーん』をバカ食い。

 

「それでヘスティア様、ディオニュソス様ってどんな方なんですか? 街の人たちに聞いた限りでは善神って印象なんですけど・・・」

 

「ん-・・・そうだなぁ『私の右手に眠る邪気が貴様等を破滅の彼方へと消し飛ばすぞぉー!』とか言い出しそうなくらい尖ってたかなぁ」

 

「うーん・・・尖ってるっていうのはロキ様みたいな?」

 

「天界じゃそうだったんだろう? だから波長があうっていうか似た者同士というか・・・だからつるんでるんじゃなかったのかい? 僕、詳しくは知らないけどさ、前に商店街を通りかかった時に一緒にいるのを見かけたからそう思ったんだけど?」

 

「ふむ・・・」

 

神望(じんぼう)もあるみたいだし・・・子供たちに囲まれているディオニュソスを見て僕は思ったんだ。ああ、『病気』治ったんだなぁって」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

木漏れ日が照らす森の中。

清らかな水に浸る、白髪の少年の姿がそこにはあった。

一糸纏わぬ姿で、巻いていた包帯も外して、チクチクとする痛みに時折顔を歪めながらも水が触れる感触に気持ちよさそうにしたり、木々の間から差し込む光を見上げて、瞼を細めた。

 

 

「・・・・僕、本当に地上にいるんだよね」

 

 

零れた言葉は、いまいち実感のわかないものからくるものだった。

燃え尽き症候群というわけではないが、死線を彷徨い、目が覚めたと思えば治療院のベッドの上。女神や姉達に抱きしめられて、その温もりを感じて確かに本物なのだと感じたけれど、いまいちふわふわしているような感覚があった。

 

 

「何か、考えごとかい?」

 

 

そこに、女神の声が。

振り返らず、背後から飛んできた声に意識を向けて曖昧に返す。

 

「うーん・・・アルテミス様、僕は・・・生きてるんですよね? ここが実は天界だったりとか、しませんよね?」

 

「ああ、貴方は生きているよ」

 

見張りをかって出てくれているアルテミスは、泉の囲むようにして生えている木の1つに背を預けて、決して少年の方を見ないようにしながら会話をしていた。ベルが感じている違和感のようなものに、少し痛ましいような表情をするもそれを感じさせないよう、彼がちゃんと生きているのだと正直に伝えた。【アルテミス・ファミリア】は朝食後に移動した後、依頼を受けていた村に辿り着き、出現したという巨大な猪の討伐を行い、今はその後始末を眷族達にさせている最中だった。

 

「なんだろう・・・暗い場所にいたからなのかなぁ・・・それとも、お義母さんを・・・」

 

「・・・・・・」

 

「それに、なんでロキ様もヘルメス様を僕を怒らなかったんだろう・・・僕、あの人たちを見殺しに・・・」

 

「・・・それは違うよ」

 

少しだけ木の陰から覗くようにして視た彼の背中は、どこか影があった。

アルテミスからしてみれば、彼の感じている違和感は深層という地上よりも光の少ない環境下にいて、過度なストレスを受けていたことが原因だと思っているが、本人は少なからず自分の身に起きたことを気にしてはいたらしい。ロキとヘルメスの眷族が死んでしまったことは確かに悲しいことではあるが、それをベル・クラネル1人の責任にするのは間違っているし、それは見当違いだ。何せ犯人が誰かなどはっきりしているのだから。華奢な体は、ランテ達の前では特段みせることもないくらいしょんぼりと小さく見えた。

 

「確かに、ロキとヘルメスの眷族は天に還ってしまったのだろう・・・実際私は話を聞いただけで、何が起きたかなんて知らない。でも、例えそこに私の眷族がその場にいたとして、天に還ってしまったとして、それをオリオン・・・貴方に責任を押し付けたりなんてするのは間違っていると、そう断言できるよ」

 

「・・・・冒険者はいつ死ぬかわからない。それはわかってるんです、でも・・・」

 

あんなのが人の死だなんて、あっていいはずがない。

ぱしゃっと水を跳ねさせる音がして再びアルテミスはベルのことを見た。 綺麗な体だったはずの彼の体は、今や痛々しい傷を残している。火傷の後はアリーゼが傷を焼いて塞いだというのは聞いているし、ゆくゆくは治してもらえばいいから解決するとしても、やっぱり痛々しい。何より一番目を背けたくなるような痕があるのは、背中にある右から左へと斜めに入った傷跡だ。上半身と下半身が真っ二つにならなくてよかったとか思えてしまうほど傷は長く、それは剣山に貫かれた傷であることを証明するように腹にもその傷は存在していた。心臓に届いていなかったのが幸運としか言いようがないほどだ。

 

「エニュオ殺す」

 

「何かいいましたー?」

 

「ん-ん、何でもないよー」

 

殺意の波動に目覚めたアルテミスは、腰に帯刀しているナイフをぎゅっと握りしめた。

武闘派としての技の数々を、愛してやまない彼をキズモノにしてくれたエニュオとやらにお見舞いしてやりたいくらいには殺意の波動に目覚めている。

 

「こほん・・・人の死に方じゃない・・・確かに、モンスターが溢れたこの下界では、人の死というものは形を変えている。オリオンが見たという地獄も、きっとそうなのだろう。その子達も怖くて怖くて仕方がなかったに違いない。それでも、彼等彼女等が貴方を恨んでいるとは、私は思わない・・・貴方が恨まれる理由が私にはわからないよ」

 

「・・・・」

 

「ロキとヘルメスがお前のことを責めないんじゃない。一度でも貴方に助けてもらった大切な眷族達をいいようにその命を散らされ、きっと憤っているに違いない。誰に? 決まっている、エニュオにだ」

 

「・・・・」

 

「オリオンは、何一つ悪いことはしていないよ。むしろ貴方は被害者だろうに・・・・アルフィアの墓、もう何も残っていないのだろう?」

 

「・・・・はい、空っぽでした」

 

「よく・・・皆の前で、明るく振舞っていたな。泣いていいんだぞ?」

 

「・・・・そう、なんですけどイマイチ、生きてる実感が湧かないのもそうだし・・・治療院を出る前にアミッドさんの顔を見に行ったけど、起きなかったし・・・」

 

「・・・・・もうオラリオにいたくないと思っているなら、私達と旅でもするか?」

 

「うーん・・・アストレア様といたいし・・・アルテミス様ともいたいんですけど、その・・・」

 

「貴方のしたいようにすればいい」

 

私はいつだって貴方を応援している。背中合わせの会話、けれど正直に彼の背中を押すような言葉を飛ばすアルテミス。アルフィアを、ザルドを止められず結果、彼が悲しみ傷つく羽目になってしまったことを少なからず責任を感じている。アストレアが引き取っていなければ、彼女が引き取るつもりだったし、ゼウスにはチョークスリーパーをくらわすくらいに気持ちはあった。でも、アストレアと一緒にいたから今の彼があるのも事実で、ならば自分は離れて彼の背を押し行く末を見守るのみと決めている。

 

「貴方は、どうしたいんだい?」

 

神として、彼の考えを聞き、答えを出さずともヒントは与えよう。

女として、彼の傷を見て、触れて、共に嘆きもしよう。

劇場版ヒロインで納まる器じゃないぜ私は、と心の中で一人呟く。

 

「・・・・お義母さん達の名前を、呼びたいです」

 

離別はした。

本物ではなかったけれど、そこにあったのは本物だった。

墓の中にあったアルフィアだったものは、『精霊』の素材に用いられた。許されざる行為ではあるが、それを葬ったのは彼自身。言えなかったことも、言いたかったことも言った。『思ったことは相手にちゃんと伝えなさい』とアリーゼ達に教えられてそうするようになって、だからこそ言えたのだとそう思っている。だからなのか、死線を越えて母親を自らの手で葬り去って、やり切って、少し疲れが溢れてしまっているようで、ぼんやりとしていた。

 

「呼べばいいじゃないか、親子なんだ。気にする必要なんてない」

 

「でも・・・オラリオは、世界はそれを許してなんてくれないじゃないですか」

 

「うーん・・・・」

 

「あの人たちは、英雄なんです。英雄が救われないなんて、讃えられないなんて、間違ってる。あの人たちがいたから、僕たちは今を生きてるのに・・・」

 

「・・・・偉業も悪行に変えられる」

 

「・・・・」

 

そんなことを、深層に落とされる前に、似たようなことを誰かに言われた気がする。

いったい誰だっただろうか。いまいち、思い出せない。

 

「・・・なら、その逆も然りではないだろうか?」

 

「悪行を偉業に・・・」

 

「・・・・神である私は、答えを与えるわけにはいかない。神自身が子供たちに答えを教えると、貴方達は思考することを放棄してしまうから。だから私達は答え合わせしかしない」

 

「難しいなあ・・・」

 

「悪人が善行を成すこともあれば、善人が悪行を成すこともある。それが人間だ、それが貴方たちだ。正も悪も、同時に存在するんだ」

 

「・・・難しいです・・・くしゅんっ」

 

「そろそろ上がったらどうだ? 猪もさすがに捌き終わっているだろう」

 

アルテミスに言われて、ぱしゃぱしゃと岸に向かって歩く。

斜めに走る傷跡はやはり痛々しくて、アルテミスは少しそれが悲しかった。

それでも、彼が過去を乗り越えてくれたようで、それが少し嬉しくもあった。まあ形は最悪ではあるが。何せ、子に親との殺し合いをさせたのだ。本物偽物に関係なく、アルテミスとしては許せるものではなかった。その小さな体に走る傷痕に、きっとアストレアも同じように悲しんだのだろうと溜息を吐いた。

 

「アルテミス様、タオル・・・ください」

 

「ん? あ、ああ・・・すまない、はい」

 

「ありがとうございます」

 

腕だけを伸ばしてタオルを手渡し、ベルは頭からタオルを被って彼女の視界に入らないように気を付けながら少しずつ着替える。疲労が溜まっていたのか未だ痛む体に時々動きを止めながら、ゆっくりと着替える。会話は少ない。けれど、特別な2人きりの時間。

 

「オリオン」

 

「はい?」

 

「貴方は・・・英雄になりたいのか?」

 

「・・・・・」

 

「なんだ、私には教えてくれないのか?」

 

「笑わないですか?」

 

「笑わないさ、格好いいことだと思うぞ?」

 

「・・・・なりたい、です」

 

「そっか・・・・そっか・・・」

 

 

森に差し込む、木漏れ日を見つめ瞳を細めるアルテミス。

英雄になりたいと恥ずかしそうに言った、ベルに対して嬉しそうに彼女は微笑む。やっぱり深層を越えて、一皮むけた感があって、私は時々見せる、貴方の男の子の顔が好きなんだと胸に手を当てて跳ねる鼓動と共にそんなことを小さく呟いた。本人には気づかれないように、そっと静かに。

 

 

眷族達が覗き見をしているなんて、気づきもしないで。




Q.リリ達は何をしているの?

A.正史での『遠征』で起きた出来事。階層主戦以外をロキ・ファミリア協力の元行っています。ヴェルフの魔剣を作るまでのあのイベントですね。やばくなったら助けてもらえるとはいえ、本当にギリッギリまで助けない+どこで待機しているかわからないので全員死んだ魚の目をしてます
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