兎は星乙女と共に   作:二ベル

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アルテミスレコード③

「いい天気だな、オリオン」

 

「・・・・そうですね」

 

2人で歩く、自分達以外に人々の喧騒も何もない、静かな道。

周囲には麦の海が広がっていた。

大粒の実を宿す穂が涼しい風と一緒に、音を立てて揺れている。

 

「懐かしいな、オリオン」

 

「・・・・はい。でも、やっぱりお祖父ちゃんは戻ってきてないんですね」

 

懐かしの景色に、過去の記憶を重ねるベルと手を繋いでアルテミスは歩く。

巨大な猪の討伐を、月女神の眷族達は終わらせ、そこからまた移動。日にちを跨いで現在はベルの故郷に訪れていた。眷族達は口を揃えて言った。

 

『私達、お腹痛いんでアルテミス様はベル君とどっか行っててください』

 

【アルテミス・ファミリア】の団長のレトゥーサでさえ、普段の冷静な顔を見え見えの嘘に引き攣った顔に変えながら2人を送り出した。アルテミスは揃いも揃って腹痛とは・・・猪、火がちゃんと通ってなかったんじゃないか?とほんの少し思ったが、眷族達が気を遣ってくれているのだと言われるがまま2人で散歩をしていた。アルテミスの眷族達は、普段見せない主神の顔が見れるのでは!? と割と本気でノリノリで追い出したのだが、これにはさすがにアルテミス自身、気づいていない。

 

 

逢瀬である。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

しかし、会話は続かないのである。

 

「・・・・ふへへ」

 

俯き、繋いでいる手を、にぎにぎとその感触を楽しむようにして、普段は『凛』という言葉が似合うような表情の彼女は今、とっっっても、だらしない表情をしている。俯いているからこそ、バレてはいないが。

 

「大丈夫ですか? もしかしてアルテミス様もお腹痛いとか・・・?」

 

「ううん、今日はそういう日じゃないから大丈夫だ」

 

「・・・・女神様でもそういう日、あるんですね」

 

「・・・・うぅぅ」

 

ないよ、ないさ! 不変なんだぜ!? あるわけないだろう!? そういう日をさらっと理解しちゃってるベルに少し驚き、けれど女所帯で暮らしているのだから少なからず知ってしまうのも仕方のないことだろうと察して、自分で誤魔化して失敗したと俯いて呻いた。

 

「きょ、今日も貴方はかわいいな!」

 

「アルテミス様は綺麗ですね」

 

「・・・はぅっ」

 

相手の表情を見て、好いている相手を褒める。褒め殺す。

だがしかし、アルテミスのほうを見つめながら柔らかい表情で微笑んで言葉を返してくるベルに、きゅぅぅんっと胸が高鳴った。

 

「アストレアごめん! オリオンをこのままもらいたい!!」

 

「・・・・?」

 

急に叫びだしたアルテミスに、ベルは目を丸くしてきょとんっとした。

雲一つない青空、そこに向かって吠える頬を染めたアルテミスは、そこに『いいのよ・・・』と微笑んだアストレアを見て、しかし、『いいわけないでしょう?』と微笑が極寒の眼差しに切り替わるのが見えた気がして、身震いした。普段温厚な相手を怒らせたら、怖いのだ。他神からしてみれば、『いや、アルテミス様のほうが大概おかしいですから。武闘派な貴方の方が危険ですから』と言われるものだが、アルテミスとしては普段ほんわかとしているアストレアにバックドロップ(クストス・モルム)されたら正直寝袋に閉じこもってしまうかもしれない。怒らない奴を怒らせたら怖い、これ世の理である。

 

悔しい、とても悔しい。

アルテミスとしては、毎日眷族の中に彼を迎え入れて狩りをして遊びたいくらいはある。

膝枕したい。

膝枕してもらいたい。

頭を撫でたい。

頭を撫でてもらいたい。

 

そんな所謂、イチャコラを妄想して頭から煙をあげるちょっと残念なポンコツ神。

それをベルは、可愛そうに・・・やっぱり昨日の巨大猪がダメだったんだ・・・と首を振って優しく頭を撫でた。

 

「・・・・な、なぜ私は残念な目を向けられているんだ?」

 

「もうちょっと・・・・火を通しましょう・・・」

 

「・・・・・ぅゅ」

 

 

気が付けば麦の海を越えて、ちょっとした泉に来た。

そこにあるのは、こじんまりとした1つの墓石。

人の墓ではない。

 

「・・・・コ、コホン。そういえばオラリオにいる彼女の同胞はどうだったんだい?」

 

「ん-・・・・実は元人間なんじゃないかってくらい良いヒト達ですよ?」

 

ロングブーツを脱ぎ捨てて2人は腰を下ろして、足だけを水に浸ける。

時が止まっているかのように静かで、アルテミスは彼が初めて助けたのが人ではなく怪物だということに『やれやれ』とした笑みを浮かべながらも、どうしたらいいかわからないと混乱する大人を置き去りにした小さかった彼のことを思い出す。

 

『助けを求めてる』

 

そう言っていたなあ・・・子供は本当に、時々何をするかわからないなあ・・・と改めて当時のことについて笑みを零した。

 

歌人鳥(セイレーン)のレイさんは金色で、歌声が綺麗なんですよ。それで、蜥蜴人(リザードマン)のリドさんはみんなのリーダーで・・・みんな、僕がアストレア様のところに帰れるように、殺されるかもしれないのに、助けてくれたんです」

 

「そうか・・・不思議な冒険をしていたんだな」

 

「・・・そうですね、誰も信じてくれないと思うようなこと、してたんだと思います」

 

「ふふっ確かに・・・『僕、モンスターと友達になりました!』なんて言われても中々信じないと思うぞ?」

 

肩を並べて語らう。

中々会えないからこそ、その空白を埋めるように。

心底疲れただろう少年に、なんでもない時間を満喫させるように、のんびりと。

 

「『幸せの青い鳥』とは言うけれど、まさかモンスターとはなぁ・・・」

 

やはり下界は未知で溢れている、とアルテミスはしみじみと言う。

 

「しっかし・・・貴方の家は、すっかり雑草だらけだ。掃除してやらなくては」

 

「でも・・・次、いつここに帰ってくるかなんてわからないですよ?」

 

「それでも貴方にとっては思い出の場所だろう? なんなら私の派閥の仮拠点として所有しておこうか? そうすれば泥棒も来れないだろう?」

 

「20人も入るかなぁ・・・・」

 

「テントならあるさ!」

 

「アルテミス様・・・・住める家があるのに、テント暮らしさせるんですか・・・?」

 

「ち、違う、違うぞ!? テントもあるから、全員が入れなくても問題はないと言っているんだ!」

 

「うーん・・・・まぁ・・・」

 

「それに、私達があの家を所持していればゼウスが来ても追い返せる」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしくお願いされた!」

 

ザルドとアルフィアがいなくなるのを知っていて、止めようともしなかった大神ゼウス。彼が今どこで何をして、どんな黒髪美少女を追いかけているのかは知らないが、神として眷族の意思を尊重したのかもしれないが、下界の行く末を案じての判断かもしれないが、それでも血縁であるアルフィアだけでも止めさせるとか、黙って出て行くことだけはやめろと言ってくれても良かったはずだし、『家族』を知ったベルがどれだけ傷つくのかを考えなかったのか?とアルテミスは思ってしまうし、何より、ベルからしてみれば、大好きな2人が目を覚ませばいなくなっていて、悪人にされてしまっていたのだ。いくら祖父だろうが許せるはずもなかった。殺そうとして、けれどできなくて、結局ベルは一人その心に傷を負ってしまった。アストレアがベルの元に現れなかった場合、恐らくはアルテミスが来るまでの間にゼウスは姿を消していて、ベルは一人発狂していたかもしれない。バッドエンドルートである。

 

「とは言っても、私達は移動ばかりだから滅多にここには来ないだろうが。ま、たまの休日に遊びに来る程度はするさ」

 

ぐぐーっと背を沿って伸びをするアルテミス。

瑞々しい肌に、立派な果実が背を沿ったことでその形とサイズを自己主張してくる。決して邪な目で見ているわけではないが、少し悪戯したくなったベルは、伸びをする彼女の脇腹を人差し指でぷにっと突いた。

 

「はうっ!?」

 

びくっと体を跳ねさせるアルテミス。

 

「・・・ふふ」

 

ぷにぷにっ

 

「ひぁん!? や、やめっ!?」

 

脇腹を突かれると人はそこに性感帯でもあるかのように反応してしまうことがある。

無防備を晒すアルテミスは、見事に、良いように、ベルに弄ばれた。

 

「ふふっ、ふふふ」

 

「オ、オリオォン・・・酷いぞぉ・・・」

 

「ご、ごめんなさい・・・立てますか?」

 

「む、無理・・・おんぶを所望する」

 

「・・・わかりました」

 

「あ、やっぱりお姫様抱っこがいいな。うん、一度は経験してみたい」

 

「いいですけど・・・そんなにですか?」

 

「わかってないなあオリオン。 女なら一度はされてみたいと思うものだよ?」

 

「ふーん・・・じゃあ、えと、失礼します」

 

 

ブーツをアルテミスが抱えて、そのアルテミスを抱きかかえて、2人はかつての家へと向かう。

瞼を閉じれば、夕暮れの帰り道に灰色の髪をした美女と歩いていた幼い頃の自分自身を思い浮かべる。

 

目が覚めるような美しい女性だ。

 髪は灰色で、長い。

 彼女は薄汚いと嫌っているようだが、ベルは好きだった。

 瞼は常に閉じられている。

 目を開けずどうして生活できるのだろうといつも不思議に思っているが、彼女が言うには()()()()()()()()()()()()()のだそうだ。

 身に纏う漆黒のドレスはこんな山奥の中にあって、酷く異彩を放っている。

見れば見るほど美しい女性だった。

 そんな女性と、手を繋ぎ、二人きりで歩く。そんな一時が何より尊くて、彼はそんな何でもない時間が好きだった。

 

胸がチクリと痛む。

 

「・・・・」

 

振り返る。

懐かしい景色の中を、過去と言う幻想が走り抜ける。

瞼が熱くなって、景色が歪んで、胸がきゅぅぅっと苦しくなる。

 

また麦の海を進みながら、自分よりも前を歩く過去(幻想)を見た。

感傷だ。これは感傷なのだ。

追憶にふけって、女々しく感傷しているだけなのだ。

 

「おばさん」

 

と言って義母に殴られて。

彼女の横顔を見ながら、話をして歩く。

もうあの時代には戻れない。

もうあの時間は取り戻せない。

失ったものは戻らないし、やり直せない。

 

「あの人たちの思いも全部、引き継ぐって・・・言ったのになぁ・・・」

 

深層での最後。

彼女に言った言葉。

アルフィア達の罪も後悔も全て、引き継ぐと誓った。

英雄になりたいと、言えなかったことを言った。

けれど、あの死闘を繰り広げて、成し遂げて、死にかけて、乗り越えたと思ったのにこうして引きずっていることに自嘲の笑みを浮かべてしまう。

 

「貴方はまだ大人ではないから・・・無理をする必要は、ないんだよ」

 

「・・・・」

 

無駄な水が零れ落ちそうなのを、空を見上げて押しとどめているとアルテミスが柔らかく手を添えて呟いた。ベル・クラネルは大人にはなり切れていない。まだまだ周りの人間から比べてみれば肉体的にも精神的にも子供だ。幼すぎるものだ。女神はそれこそが、尊いものでありかけがえのないものだと言う。

 

「貴方の苦悩も、悲嘆も、比べるべきことではないのだろうけれど。 今を生きている不変ではない貴方達にとっては、そういう苦しみだとか悲しみだとか喜びだとかが大切だったりするものだ。何もないなんてつまらないだろう? 私達(神々)は不変だから、変わることはできないし、貴方達が天に還っても『また会える』とか言って、いましばらくの悲しみを抱くだけだ。貴方達の悲しみとは全く違うだろう」

 

そっと、姉のように、母のように言う女神。

まだまだ子供だからこそ、多くを知り経験することが大事なのだと、そういう『かけがえのないもの』を得ることこそが下界の住人の特権なのだと優しく言う。

 

「私達のように永遠を与えれば、きっと貴方達は生きることを放棄する」

 

「どうしてですか?」

 

「退屈だからさ」

 

「・・・・」

 

天界は退屈だ。

だからこそ神達は、天界から下界に『刺激』を『娯楽』を求めてやってきた。

それを『ふざけるな』と怒ることを許されているのも下界の住人(あなたたち)だけに許されたことだ。『娯楽』を求めてやってきたとは言っても、子供達を愛しているし、モンスターによって環境が変わってしまったことに嘆く神も多くいる。子供達と共に戦う神もいる。愛のカタチは神々によって違うし、はた迷惑なものも多いけれど。

それでも、『退屈』はヒトを殺すから、超越存在ではない貴方達が『永遠』を手にしたとき、きっと『停滞』するだろう・・・と女神は儚げな微笑を浮かべて言う。頬を優しく撫でながら、女神は言う。

 

 

「死は醜い、死は恐ろしい。 子供達の悲鳴は、きっと今もどこかで鳴り響いているのだろう。それを解決してやれないことを、申し訳なく思うよ」

 

きっと神々の中には、天から何かを落として解決しようと考えた神もいたかもしれない。

だけどそういう凄い力は、必ずしっぺ返しが起きてしまうから。

だから神々は下界の住人に『恩恵』を与えられてもそれ以上のことはできない。

 

「『永遠』を手に入れれば、永遠に愛し合えるかもしれない。でも・・・」

 

「・・・でも?」

 

「いつか離別があり、いつか終わる日が訪れる。 これが人としての在り方で、大切なことなんだ」

 

「・・・・うん」

 

「いつか肉体も魂も老いてしまう。だからこそ、永遠の美や永遠の命だとかそういうものに憧れて・・・確か、歴史の中にはそういうのを偶然にも手に入れた子がいて、破壊されたんだったかな? 壊した神は何を思ったのかは知らないし、壊された子は何を思ったかはわからないけれど。きっとそのまま永遠を手に入れていたならば、その子供はそこで止まっていただろう」

 

だって永遠なんて手に入れたら別れを永遠に見続ける羽目にもなるし。

娯楽もいつかはつまらなくなってくる。

だから有限を生きる貴方達はとても美しい。

 

あくまでも神としての視点だ。

彼には難しすぎて何を言っているのかわからないかもしれない。

それでも、過去を振り返ってしまう彼に優しく言う。

 

「振り返ることは決して悪いことではないんだよ。それが、思い出の中で生きるということだ。貴方が忘れない限り、貴方が出会ってきたモノは永遠にその胸の中で生き続ける。人は・・・忘れられたその日に、本当に死ぬんだ」

 

「・・・・・っ」

 

「泣いていい。叫んでいい。それもまた大切なことだ。そして涙を拭って、立ち上がって、前に進む。 ゆっくりと・・・そして、いつかは風よりも速く」

 

「偽物であったとしても、貴方はアルフィアを殺したのだろう?」

 

「・・・は、い」

 

「辛かっただろう? 悔しいし、悲しいし、どうしようもなかっただろう?」

 

「・・・はぃっ」

 

「でも貴方はそれを乗り越えた。 言いたいことも言った。」

 

久しぶりに出会った貴方は、少しばかり格好よく見えた。

男の子の顔をするようになっていた。

それが私は嬉しい。

 

女神はベルの頬を撫でながら、けどね、と続ける。

 

「痛いなら、痛いって言えばいいんだよ」

 

人はどうしようもなく死ぬモノだ。

怨嗟の声をあげて死んでいく者もいれば、ひもじいと笑いながら息絶える子供もいる。

我が子の明日だけを祈って泣きながら死ぬ女もいれば、過去を呪って死ぬモノもいる。

死は理不尽だ。

積み重ねてきた善行も過ごしてきた人生も、その理不尽を前にしては何の意味もない。

例えばそう、それが万軍を退けた英雄であってもだ。

 

だからこそ、人は叫ぶのだ。生きたいと。

痛みは生きていることを実感させる大切な機能だ。

だからそれを隠すことはよくないことなのだと女神は言う。

 

「まだ生きている実感がないのは、貴方がその胸の痛みを抑え込んでいるからだ」

 

アストレア達に抱きしめられて、怖かったと泣いたのだろう。

大好きな『家族』に囲まれて、苦しかった、寂しかったと泣きわめいたのだろう。

 

でもそれとは別で、彼は自分でもわかっていなかった痛みを抑え込んでいた。

アルフィアを、偽物であっても義母を殺したという痛みを抑え込んでいて、だから過去の幻想を見て感傷に自嘲する。

 

 

「オリオン・・・・いや、ベル? 貴方は今、(ここ)が痛いんじゃないか?」

 

「・・・・」

 

 

家が目の前に見えて、アルテミスはベルに下ろしてもらい正面に立つ。

そして、彼の胸を、そして服の中に隠されている物理的にできた傷をなぞった。

チクッとしたのか表情を歪めて俯いて震える。

 

「これが、この痛みが生きているということだ」

 

「・・・・」

 

「ベル、痛いか?」

 

「・・・はいっ、痛いです。すごく、痛いですっ」

 

胸に添えられた女神の手をぎゅっと握りしめて、瞼から余分な水分を放水する。

体を震わせて、義母を手にかけたということを、その痛みにようやく自覚して喚いた。

ごめんなさいではなく、ただただ喚いた。

痛くて悲しくて、とても淋しくて、これで本当にお別れなのだと思うと、ただ泣くことしかできない。

 

「いいかベル、痛みは耐えるものじゃなく、誰かに愛してと訴えるものなんだ。だから・・・痛いなら、痛いって言っていいんだよ」

 

手を握りしめながら、思い出したように泣く彼をこれでもかと女神は抱きしめる。

誰もいないくらい静かな村はずれ、一軒家の立つその場所で。

ただただ子供の泣き声が響いた。

 

 

 

が。

 

 

「あああああああああっ!?」

 

そういう時間はあっという間に流れるのがお約束だ。

 

「・・・・・ランテ?」

 

「アルテミス様がベル君を泣かせたあぁあああああ!? 修羅場ですかああああ!?」

 

「ち、ちがっ!? 違うぞランテ!? だ、だいたいお前達、腹痛だと言っていたじゃないか!」

 

「そんなの仮病に決まってるじゃないですか!」

 

「ランテ! 貴様、主神を騙したのか!」

 

「嘘が通じないんだから気づいてくださいよォ!? どんだけベル君に夢中なんですか!?」

 

 

静かな場所は、一気に乙女達の囃し立てる声で色づいていった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「早く早く! アイズ、ティオネ!」

 

「急かすんじゃないわよ、まったく・・・」

 

「・・・・・」

 

青空の下、オラリオの街路は亜人達でごった返していた。

混雑する通りの中で、猿のようにひょいひょいと人込みを躱しながら手招くティオナに、ティオネが呆れる。

 

アイズ達は3人で都市北西、『ギルド本部』を目指していた。

レフィーヤが人工迷宮の中で見たという『邪竜と6人の乙女』が描かれた壁画を調べるためだ。フィン達は、リリルカ・アーデやヴェルフ・クロッゾといった『ベル』と友好関係にある彼等を鍛える傍ら、団員達に戦備を整えさせ、『ニーズホッグ』に関する情報収集も指示していた。本拠の書庫はとっくに調べつくされ、嘘か誠か『都市一番の蔵書量』を標榜する『ノームの大図書館』に行ったがこれもアウト。アイズ達はティオナの好きな英雄譚から調査を試みたのだが・・・・現状、手がかりが見つかっていない。

 

「アイズ、大丈夫? ちゃんと寝た?」

 

「うん・・・大丈夫。レフィーヤのことも心配だけど・・・」

 

「いやそうじゃなくて、あの子・・・兎のこと」

 

「・・・・たぶん、だけど」

 

「?」

 

アイズはベルを救出しに行った3人の1人だ。

死んだなどと聞かされれば、ショックを受けているに違いない。ただでさえ現在、廃人みたいになっているレフィーヤがいるのだ。アイズも同じようにショックで無理をしているのではないかと、ティオネは心配していたがアイズはショックだけど・・・と続けた。

 

「あの子は、生きている・・・気がする」

 

「どうしてそう思うのよ」

 

「ベルは・・・えと、なんていうか、強い子?だから」

 

「ぷっ、何よそれ」

 

よくわからないことを言うアイズに呆れて吹き出すティオネ。

けれど決して否定はしない。

ミノタウロスとの死闘の件やら人工迷宮で暴れまわったことやら、あの兎は殺しても死なないのでは?ということを言う輩が、少なからず派閥の中にいるのだ。きっとそういうことなのだろう、とティオネも納得してそれ以上は何も言わない。

 

「ティオナが言ってたけど・・・『ニーズホッグ』についての本ってないのかしら?」

 

「うーん・・・・ティオナも曖昧だったし・・・どうだろ」

 

ティオナ曰く、『ニーズホッグ』はモンスターが大穴から出てきた頃の最初期の童話ではないか? ということで情報が曖昧なのだという。見つけた本の中では『竜』ではなく『蛇』とされていたり、名前が『世を齧る者』『怒りに燃えて蹲る者』とされていて、ティオナ本人でさえ『ニーズホッグ』という名前を聞いた時、わからなかったのだという。

 

「『世を齧る者』の話には英雄はでてこない・・・」

 

「じゃあ誰が倒したのって話よね」

 

「うん・・・『神様が消し去った』とか『天に浄化された』とか、そんなふわっとしたことしか書かれてなかったってティオナが」

 

2人して先行するティオナを見失わないように目を向けながらも、頭を捻る。

すると

 

「わー! アーディさん復帰したんだぁ!」

 

「うーん・・・復帰っていうか、お姉ちゃんに『たまには日の光を浴びろ!』って怒られたんだよねぇ・・・」

 

雑踏を縫って、そんな声が聞こえてきたのは。

視界の先では、アーディに抱き着かれ抱き着いているティオナの姿。

アーディは全身を覆い隠すような服装をしていて、けれど久しぶりに外に出たのかティオナにあっさり見つかったことに苦笑を浮かべていた。隣には同行を頼まれたのか金髪エルフのリューの姿が。

 

「あ・・・リューさんとアーディさん、こんにちは」

 

「ええ・・・【剣姫】に【怒蛇】、こんにちは」

 

「ティオナ、抱き着くのやめなさいよ困ってるじゃない」

 

「えー・・・久しぶりに会えて嬉しかったのにぃ・・・」

 

ティオナを引きはがし軽く謝罪するティオネ。

曰く、アーディの体はまだ『痕』が残っているようで復帰したとしても長時間付き合わされることはないらしい。もっとも体力的な問題はとっくに回復していて問題はなく、姉のシャクティやガネーシャが気を遣っているのだとか。

 

「3人は何か、探し物ですか?」

 

リューが何かを察して、聞いてくる。

それをアイズが普段通りの表情で返答する。

 

「ベル」

 

「っ!?」

 

まさか彼女の口からベルの名がでてくるとは思っていなかったリューは目を見開いた。

アーディの顔はフードを被っていたおかげかわからなかったが、肩がぴくっと跳ねたのは確かだった。

 

3人は察した。

『うっわぁ・・・』と。

 

 

「べ、べる? イルカの名前でしょうか?」

 

「それはベルーガね」

 

「手で持って振るアレ、でしょうか?」

 

「それはハンドベルね」

 

 

余程予想外なことを聞かれたのか、リューにしては珍しく動揺していた。

普段の表情のあまり変わらない澄ましたエルフのそれではなく、瞳はぐるぐるとしていて、ポンコツを晒しまくっている。

 

「・・・・うーん、ま、いっか」

 

ティオナが可哀そうだからそっとしておいてあげようよ・・・といろいろ何かを察して2人を宥め、それに対してリューはほっと胸を撫でおろす。

 

「あ、そうだ! アーディさん、この絵について何かしらない!?」

 

「あ、こらっ、馬鹿ティオナ!」

 

「あたし達、この絵について知りたいんだ! あの子がいれば聞けたんだけど・・・お墓に聞いても『そこにはーいませんー』とか言われかねないしさぁ。『ニーズホッグ』って言うんだけど、何かわからないかな!」

 

無関係ではないが、休養中の相手に聞くのはどうなのとティオネが怒鳴るが、ティオナはなんのそのと同じ英雄譚好き同盟のアーディに迫る。アーディはうーんと顔を顰めて、黒い邪竜とそれを囲む6人の乙女が描かれた壁画の模写をまじまじと見て、やっぱり唸った。

 

「うーん・・・・」

 

「やっぱり知らないk―――」

 

「これは・・・見覚えがありますね」

 

それは、アーディではなく隣にいたリューの声だった。

どこか懐かしむかのような表情で壁画の模写をリューはじーっと見つめている。

 

「――――えっ?」

 

まさかリューからそんな返答がくるとは3人も思ってはおらず、目を丸くしている。

 

「昔、ベルの故郷で過ごしていた頃、娯楽というものもなくあの子の家の本はあらかた読んだことがある・・・懐かしい、あの頃のあの子はまだ毎日泣いているような子だった」

 

追憶に目を細めて、薄っすら微笑みを浮かべてリューは告げた。

 

「これは邪竜ニーズホッグを滅ぼした、『精霊の六円環』だったかと」

 

あくまでも私の記憶だ、保障はないのでアストレア様や輝夜に確認してもらって構わない。と付け足してリューは模写をティオナに返し、寝不足を起こしているアストレアに抱き枕を買っていってあげなくては・・・と言って立ち去って行った。


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