ソードオラトリア読み直していたんですけど、やっぱり難しいです。
むかしむかしのことなのです。
人々は多種多様な種族でありながら、活気に満ちて生きていました。
森に住まう高慢な種族もいれば。
大樽のように恰幅の良い酒好きな種族もおり。
獣の特徴を持って生まれた種族がいて。
小さな体でせっせと生きる種族もいれば。
どっちつかずな人間もいました。
人類同士で争うこともありました。
人類の歴史は戦争の歴史とも言います。
いっぱい。
いっぱいあったのです。
しかしそこに、よそ者が現れました。
大地に『大穴』が開いてしまったのです。
それは偶発的なものか、意図的なものか、地上に住む人々にはわかりません。
『大穴』からは、たくさんの怖いものが湧きだしました。
大地も、大空も、大海も、まるでガラリと変わったように震え、泣きわめきました。
人々は泣きわめきました。
幼い子供のように、泣きわめきました。
怖くて怖くて、恐ろしくて。
『生まれてこなければよかったのに』と嘆いたりもしました。
空から、声が聞こえました。
『かわいそうに』
『こんな世界になってしまって』
大人が力づくで子供を押さえつけるかのように、理不尽が蔓延っていました。
怖い怖い竜がいました。
真っ黒な竜でした。
ニーズホッグと名付けられました。
どうしようもありませんでした。
英雄はいなかったのですから。
『死ぬのは怖いよ』
『また明日もあの子と手を繋ぎたい』
『頭ナデナデしてもらいたい』
人々は神様に祈りを捧げました。
人々は神様にお願いを捧げました。
人々は神様に生贄を捧げました。
願いは叶えられました。
怖いのは、ほんの少しだけ和らぎました。
憐れに思った神様は、天から6人の乙女を遣わせたのです。
その乙女は神様達にもっとも愛された種族、『精霊』。
その中でも、どちゃくそにすごい『大精霊』です。
彼女達は強力な結界で竜を封じて、【円環の詩】を紡ぎました。
最後に【大秘術】が発動して凶悪な竜は葬られました。
最古の六精霊は死にました。
怖い竜も死にました。
人々は怖いのがなくなったので、歌って踊ってお祭り騒ぎ。
次の怖いがくるまで、束の間の幸せを謳歌しました。
めでたし。
めでたし。
めでたし。
パタリ、と古びた本を閉じて。
読書に耽っていた疲れからか、深い息を吐き捨てる。
日は傾いて、いつの間にか外は真っ暗に。
月女神の眷族達は、部屋で寝る者もいればやっぱり全員は入れないからとテントを張って寝ている者もいる。大所帯である。
「くぁ~・・・・」
「まだ夜中ではないとはいえ夜更かしとは、感心しないぞオリオン」
窓から見える満月を見上げて欠伸を一つ。
後ろから、じとりとした視線がして、振り返る。ベビードール姿の月女神がベッドの上で瞼を擦っていた。
「・・・・ごめん、なさい?」
「夢中になっていたのかい?」
「はい」
「仕方のない子だな、オリオンは。 早寝早起き、大切なことだぞ?」
「・・・・ごめんなさい」
「どれどれ、何を読んでいたのかな・・・と、ふむふむ『邪竜ニーズホッグと精霊の六円環』か」
ノソノソとベッドから降りて近づいてきて、ベルが読んでいた本を取り上げ女神は目を通して言葉を零す。ペラペラと少し古ぼけたページをめくりながら、かつては味方だった精霊が今や敵とは嘆かわしいことだなと小さく呟いた。
「できればもう、戦いたくないなあ・・・」
月を見上げながらそう言う彼の顔は少し寂しそうで、悲しそうだった。
瞼を細め、戦いたくないと言わしめるだけの何かを思い出すようにして、そして身震いする。そんな彼を見てアルテミスは言葉をかけることもなく、そっと頭に手を置いて優しく撫でた。
「寝たほうがいいよ、あんまり遅くまで起きているとそういう良くないことばかり考えてしまうものだから。」
それもそうか、うん、それなら寝よう。
遅い時間まで読書をしていたのだから瞼も重たい。そう思ってもう一度欠伸をして、女神に手を引かれて彼はベッドに潜り込んだ。
「一緒に寝るんですか?」
「えっちなのはダメだぞ? 撃ち抜くからな」
「・・・・」
「天界にいたころ、水浴びを覗かれた私はその弓の技術を以て―――」
「( ˘ω˘)スヤァ」
「って、聞いてないしぃ!?」
―――ォォォ、オオオオオ・・・・
何かの咆哮が響く。
バサ、バサッと羽ばたく翼の音が聞こえた。
重みのある音が聞こえた。
瞼を開け、
物音に気付いたのか、数名の乙女達もまた起きだし、けれどテントの中の灯りは付けずに僅かに殺気立つ。
『―――小僧・・・ベル・クラネルッ』
人間嫌いな、重々しい声がした。
思わず、えっ、と声を漏らす。
寝間着のまま、家を飛び出したベルは、いるはずのない存在と対峙する。
「なんで、いるんですか・・・・?」
『・・・・・貴様ヲ迎エニ行ケト、フェルズニ言ワレタノダ』
■ ■ ■
「―――まさか『大精霊の秘術』とは」
魔石灯に照らされる大広間に
場所は都市中央、白亜の巨塔『バベル』、その30階。
普段『
大円卓の上には、6つの円が書き込まれた
南北に1つずつ。
東西に2つ。
北西北東に1つ、南西南東に1つ―――ずつ。
それは
「オラリオの中央――いやダンジョンの『大穴』を包囲する中心地。ちょうど
地図に視線を向けながら、シャクティが呟く。
フィンはこの場に集まってから、ティオナ達が持ち帰ってきた情報をもとに『
「古代のとんでもない
「神ウラノスは、ほぼ限りなく可能だと言ったそうだ」
口元に拳を当ててアリーゼがフィンに目線を向けて確認し、フィンは聞いてきたことをそのまま返す。
全員が見ている地図は、新たにフィンが用意したものではなく、ロキが『
「6つの『炉心』を起点にし、6つの円環を保有する巨大な
これこそが大秘術『精霊の六円環』。
かつて邪竜を滅ぼした極大殲滅術式――間違いなく『
「この術式の名は別命、『天の扉』。展開した大規模な
『
当時、怪物に蹂躙される下界に許された特例にして『抜け道』。
語られる規則の度合いに、脳の処理が追い付けず、絶句する。
「破壊力は?」
椿が問う。
「オラリオとその周辺の大地、
フィンが答えた。
ティオナ達がまったく
「都市を崩壊させるどころじゃない。・・・敵はオラリオを『消滅』させるつもりだ」
フィンの重々しく言った。
6柱の精霊を共鳴させ、力を増幅、大術式で直上にあるものを全て滅ぼす。『バベル』とオラリオ、このダンジョンの『蓋』が取り除かれたその暁には、モンスターを生み出す『大穴』が露出し、復活する。それこそが『
「『円環の詩』・・・6体の『
「まったく、大掛かりなことよ」
フィンの口から敵の作戦の全容を聞いたシャクティと椿が、声を落とす。
恐らくは現在もその歌を、大規模な詠唱を行っているのだろう。その証拠として、都市に住まう一部の者は、それを感じた。地底より響く、斉唱を。安らかで、おぞましい、六つの重なる『歌声』を。夜の帳の下。月に見下ろされながら、『崩壊の序曲』が静かに、始まっているのを。それは人知れず人造迷宮を埋め尽くしている肉の壁を掘り進めている『
この呪文が完成すればオラリオは滅びる。
何も知らぬ無辜の民は、気が付くまでもなく消し飛ぶだろう。
知っている力ある者達は、己の無力を呪って消し飛ぶだろう。
それほどまでに猶予はなかった。
「『祭壇』の発動・・・・
ディオニュソス・・・いや、正確に言えば【ぺニア・ファミリア】が全滅した、当時の惨劇。
脱帽と戦慄を宿したフェルズの重苦しい声音が、広間に響いた。
「このような計画を我々に気づかれず、一体いつから進めていた・・・」
「
シャクティと椿が率直に神への思いをあらわにする。
それは遥か高次の次元にいる
誰もが立った姿勢のまま、円卓の間に一時の静寂が訪れる。
「だが、僕たちは今、そんな『神』をも打ち破らなくてはならない・・・アリーゼ、【ディオニュソス・ファミリア】の眷族が、別の神の眷族だったというのは本当でいいのか?」
そんな静寂を払拭したのはフィンの一声だ。
そして、アリーゼへと顔を向けて問う。
アリーゼはええ、と頷いてから付け加える。
「アウラっていう・・・エルフの子なんだけど、
「ふむ・・・では、何かトリックがあると?」
椿が問う。
「何か思い当たる節はないかって聞かれたその子は、いろいろ考えて恩恵の更新をする前に『景気づけ』だとか言って葡萄酒を飲んでいたらしいのよ。『恩恵』を改宗するならその時くらいなんでしょうけど、問題はその葡萄酒なのよねぇ・・・ぺニア様はもういないから葡萄酒の出どころを確認する術がないし」
アリーゼが答える。
そして、ぺニアがいないということも付け加える。
「何故、神ぺニアがいないと?」
「シャクティ、何言ってるの? だって
「だが神ディオニュソスが現在行方不明ということもある・・・送還されたという可能性は?」
「いや、それはないよ。 地上に残っていた団員に確認したんだけど上った柱は2つだったそうだ。1つはタナトス、もう1つが神ぺニアだろうね。ああ、行方不明といえば女神デメテルもいないらしい」
「女神デメテルが黒・・・というのは? 彼女を怒らせるとオラリオには永遠の冬が来るともいう」
「長くオラリオに貢献してくれていた彼女だ、それはあり得ない」
「彼女が眷族を置き去りにするとは思えないな。どちらかというと、温厚な彼女のことだ、『人質』を取られている可能性がある」
「ふむ・・・では、
「ええ、恐らくね。 でも今は」
「そう、今は
その答え合わせは僕たちには関係がない。そう言うアリーゼとフィンに椿はキョトンとしたような表情を浮かべた。しかしすぐに、確かに・・・と切り替える。
そう、
「『神』を打ち破り、都市を守る・・・でなければ僕達の想う人々と場所はことごとく奪われ、世界にはかつてない絶望が満ちる。たとえ相手が誰であっても、勝利以外の道筋は存在しない。そうだろう?」
毅然と在り続ける勇者の声は、シャクティ達の胸を叩く。
既に退路はない。戦う者にしか明日は訪れない。
冒険者達は覚悟を決めたように、頷いた。
「ここで私達が負けて、『オラリオ吹き飛んじゃいました』なんて言ったら、それこそ7年前の戦いは何だったのって話になるわ! ・・・2人の英雄に笑われちゃう! 勝ったからにはちゃんと守らなきゃ!」
アリーゼは笑った。
いつものように、快活に。
かつて戦った『最強』の顔を思い出して託されたものを忘れないように敗北などあり得ないと言った。
7年前の大抗争、それで失ったものは多い。
友人を、恋人を、家族を。
人知れず失った者達は多くいることだろう。
それでも『冒険者』達は勝利したのだ。ならば、今回も勝たなければいけない。
もし負けるようなことがあればそれこそ2人の『最強』に失笑と共に言われるだろう。
『たかが知れている』
と。
そんなことを言われたら、堪ったものじゃない。
「――コホン。先ほども言った通り、敵の『炉心』――都市崩壊を進めるための起点は六ケ所。これを全て撃破する」
「フィンよ。その口ぶりからするに、十層の大広間を同時に攻撃する、ということか?」
「ああ。その通りだ」
「それはまた随分と思い切った作戦だな。『
「もう小細工をする段階はとっくに過ぎた。『勝負』に出なければ、勝つことはできない」
己の確認をことごとく工程するフィンの言葉に椿は唇を吊り上げた。
「待ってくれ。六体いる敵の精霊のうち、どれか一つでも『詠唱』の供給源を絶てば、『大秘術』は発動しないのでは?」
「いや、欠けたとしても別の精霊がそれまでの『詠唱』を引き継ぐ。時間稼ぎにはなるだろうが、最後の一匹まで倒さない限り術式は解除されない。ウラノス達に確認済みだ」
シャクティに答えるのはフェルズだ。
魔術師として見解を述べる黒衣の人物に、シャクティ達は渋面を浮かべる。
「シャクティ、人造迷宮の『経路』の方は?」
「今、
「なら?」
「ああ、『第二進行』開始までに十層への道を開通させてみせよう」
「『
フィンの問に対し、シャクティが見解を述べ、フェルズが補足する。
『ギルド』の権力も出し惜しみなく用いられている最終作戦、その事前準備。
それは確かな危機感と、不謹慎な高揚をもたらした。
「いいわよね、こう・・・普段はいがみ合ってるのに手を取り合って共通の敵を打倒すって構図」
「わからんでもないが・・・」
高揚を口にするアリーゼに、シャクティは微妙な表情を浮かべる。普段からそうあってくれたらどれだけいいことか・・・と都市の憲兵、その頭目である彼女としては微妙な気持ちにならざるを得ないのだろう。しかし、その気持ちはわからないでもない。なぜなら、口にせずとも自分達もまた高揚感を抱いているからだ。オラリオが一丸となって巨大な敵へと挑む、前代未聞の『冒険』に対して。
よしとフィンは頷き、本格的な作戦内容に議論を進めた。
ガネーシャ、ヘファイストス、そして【ロキ・ファミリア】は地上及びダンジョンから人造迷宮へ侵入。
本隊となる第一部隊はフィンが指揮を。それに準じてリヴェリアとアイズの第二部隊、ガレスの第三部隊。ティオナとティオネの第四部隊、ベートの第五部隊・・・口々に第一級冒険者の名をあげながら、フィンはチェスの駒を分けていく。人造迷宮十層にひそむ『
第一は真北、第二は南東・・・都合五ヵ所の目標地点が埋められた。
「第二級冒険者以下の団員も各部隊に配備。そして他の派閥もここに戦力を振るってもらう」
「私達【アストレア・ファミリア】はそれぞれ分かれるってことでいいのかしら?」
「ああ。【大和竜胆】と【疾風】をベートの第五部隊、君と椿をガレスの部隊に。そしてシャクティは僕の部隊他の団員達も各隊に配置してもらうが・・・」
【ロキ・ファミリア】の戦力を五等分した精鋭部隊に、【アストレア・ファミリア】を含んだ各派閥の者達が名を連ねる。【ガネーシャ・ファミリア】の他の第一級冒険者を始めとして有力な戦力は第二部隊から順に加わっていく。理解の色を色を見せる面々を他所に、フィンは続ける。
「君たち【アストレア・ファミリア】には捕らわれている『冒険者』達の救助、その護衛を頼みたい」
【ロキ・ファミリア】の『冒険者』の少女は見た。
僅かな隙間から覗く血走った眼球を。
『人質』の可能性を視野に入れ、人命救出も行う。間違っても『人質』を用いた『外道』の戦法など黒幕側に取らせないためである。
「【アストレア・ファミリア】全員をまとめてどこかに配置するべきとは思うが、『人質』救出に僕の派閥の団員も動くが何が起こるかわからないからね、少しでも確実性を上げたい」
「・・・わかったわ、皆にはそう伝えておく。」
「待て、フィン」
各部隊の戦力が均等になるよう、名だたる冒険者や治療者の名をフィンが読み上げていると、シャクティが待ったをかけた。
「我々が討伐する『
シャクティの言葉通り、フィンが編成しているのは第五部隊のみ。
『第六部隊』は幻となっている。
それこそ【アストレア・ファミリア】を第六部隊にするべきでは?と。
「――――『
その問いに答えたのは、フィンではなかった。
黒衣が揺らすフェルズが発言する。
「戦闘に臨める精鋭を、ダンジョン中にいる彼等の同胞の中から募った。【勇者】達ほど突き抜けた『個』はいないが、その分誰もが潜在能力はLv.3以上。数から考えても、他の部隊と戦力は見劣りしない」
この場にいる者は、全員『
そのうえでフェルズは理路整然と説明した。
『怪物』達の有用性を、事細かに説いた。
「・・・君達が『毒』を飲み干せるというのなら、どうか彼等を信じて欲しい」
都市の存亡を賭けたこの重大な一戦、その重責の一端を『
無言の時が流れたのは、わずかだった。
「今は化物の手も借りたいところよ。手前に依存はない」
口を開いたのは、椿。
「以前、ダイダロス通りで一悶着あったろう? ヴェル吉・・・同僚に聞いた。猫のように、人に心を許している珍妙な化物がおると。あやつ等が信じるというのなら、ならば手前も信じようではないか」
「【
「何より、手前達はあの日、シャクティの妹が救われたの瞬間を少なからず見ておっただろう? 怪物が、たった1人の女とたった1人の小僧のために命を投げ捨てて都市を走り回ったのだ。信じるもなにも、問われるまでもないわ」
そうであろう、お主等? という椿にシャクティとアリーゼは頷く。
「ベルを何度も助けてくれたんですもの、信じるわ!」
アーディの一件では異端児達のためになら悪にだってなれると豪語した彼を、帰るところに帰れと言ってくれた。深層に落ちた時は、アリーゼ達の後ろからではあるが一緒に救出を手伝ってくれた。それだけで、理由は十分だった。
フェルズはうつむくようにフードを揺らした後、小さく「ありがとう」とこぼした。
「話を続けよう。フェルズ、予定を変更して君には他の部隊にも属さない『別動隊』を務めてもらう」
「仕事は『悪巧み』か。いいだろう」
「それと1体、飛べる異端児を見繕って欲しい」
「?」
どういうことだ? そう首を傾げるフェルズにフィンは不敵に微笑んで口を開いた。
「ベル・クラネルを迎えに行ってもらう」