「「はぁ~~~」」
その日、【アストレア・ファミリア】のホームにて、2人分の溜息が零れていた。
もっともその光景は、もう見慣れたものというか、なんならライラとリオン以外は体験済みですらある、白兎を対面させた形で自らの膝の上に座らせているという【座った状態で抱きしめあっている】ようなものだが。
お互いがお互いに、同じ羊皮紙を眺めている。とても遠い目で。
【アイズ・ヴァレンシュタイン、単独で
「「はぁ~~~」」
「・・・朝から溜息なんて、縁起が悪いですよ?幸せが逃げていくと聞きました」
「ならリオンが吸って、私たちにもう一度吹きかけて頂戴」
「何を言ってるんですか・・・。それで、どうしてそんなに落ち込んでいるんです?」
「いやー・・・・追いつかれちゃったなぁって。」
「ランク・・・・アップ・・・1人で・・・・?ついこの間、一緒にダンジョン行ったと思ったら・・・?」
「『男子三日会わざれば』ってやつね」
「アイズさんは女の子だよ・・・」
1人は、【追いつかれた】ということに対して。
1匹は、【1人で討伐した】ということに対して。
「リューさぁん」
「・・・な、なんですか?」
「ランクアップって・・・1人じゃないとできないんですか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。というより、階層主に1人で特攻など、普通させません。あえて言うなら、そうですね・・・・」
「「偉業を成し遂げる。人も、神々さえもが讃える功績の達成。」」
僕の疑問に、赤髪の姉と金髪の姉が答える。
さらに2人は続けていく。
「己よりも巨大な相手の打破、より上位の経験値を手に入れること。」
「それが、ランクアップの条件よ、ベル。だから、Lv1の冒険者が10年間1階層でゴブリンを狩っていたとしてもランクアップはしないでしょうね。」
それはそれである意味、偉業よね。とアリーゼさんは言葉を零した。
「Lvの上昇は、心身の強化・・・器の進化と同義です。そして神々の『恩恵』は、試練を乗り越えた者にしか高位の資格を与えません。ですが、自分よりも強い相手と戦うというのは簡単なことではない。」
「だからこそ、技だとか駆け引きがあるんだけど・・・一般的にはパーティを組んで補完して、敵を打ち倒す。これに限るわね。」
「ベルもいずれは、私たち以外の冒険者とパーティを組むこともあるでしょう。だから、覚えておいて損ではありません」
「・・・・・・ぅん」
アリーゼさん達以外の人とパーティかぁ・・・・僕はちゃんと戦えるのかなぁ・・・・。
不安になり、僕の傷を知っているアリーゼさんはそれでも、言葉を続けた。
「いい?ベル。人の数だけ、それぞれの冒険には意味があるの。」
「・・・・?」
「ベルが直面する冒険がいったいどういったものになるかはわからないわ。でも、その冒険から、冒険の意味から、目を逸らしちゃだめ。だって、そうでしょ?」
「「貴方は冒険者(だ)なんだから」」
冒険者・・・・その言葉が僕の心に染み渡り、心の中の祭壇へとくべられていく様に燻っていく。
「ベルが望むものは、きっと、その冒険を乗り越えた先にしかないわ。私はそう思う。怖くても、乗り越えて、そして手に入れるの」
「泣いても構いません。貴方の心の傷はそれほどまでに深い。だから、私たちが言えることは、無茶はしても無謀はしないでください。ということです」
僕はその言葉を聞いて、そっとアリーゼさんの首元に顔を埋めて、ちょっとだけ目を閉じる。
アリーゼさんは僕が満足するまで、それを受け入れてくれる。震える体を摩りながら。
「・・・・・」
「ベルは強いわ。あとは、乗り越える力さえあれば、きっとなんとかなるわ!そうね!ランクアップしたら私の純潔を上げちゃうわ!!」
「はぇ!?」
「な!?アリーゼ!?」
「あっ、あとリオンのもあげるわ。」
「「はい!!?」」
真面目な話をしていたはずが、茶化されて流されてしまった・・・・。でも、「考えすぎちゃだめよ」。そういうことなんだろうなあ。
「あーでも、もうすぐ遠征かぁ」
「・・・・・(ぎゅぅぅ」
「なになにベルそんなに締め付けて。お姉ちゃんがいなくなるから寂しいの?」
「・・・・・」
「ちゃんと帰ってくるから。ベルはベルで頑張りなさい。ね?」
「・・・・うん」
「さ、そうと決まれば、特訓よ特訓。いつものメニューで行きましょ!!あ、魔法は禁止ね。あれ痛いのよ結構」
「アリーゼ、それを言うなら貴方もだ。いつもベルがボロボロになっている。加減はしてあげてください。Lv1とLv6では圧倒的な力量さだ」
「うぐっ、き、気をつけます」
そうして僕達は中庭で日課の特訓をする。
力任せの戦い方ではなくて、【技と駆け引き】を姉から吸収していく。僕がアリーゼさん達に攻撃できない問題を、ライラさんが『じゃあ、腰とかに鈴付けてそれを狙うようにすりゃいいんじゃねえか?まぁ、狙うなんて意識してたらモロバレだけどな』という案で特訓は行われていく。
訓練用の木剣どうしがぶつかり合い、時には鈴の音が鳴って、武器を弾かれたり、止まっている足は容赦なく払われ、絶対に動きを止めないように教え込まれていく。
最初の頃は、大好きな姉に剣を向けることが怖くて震えて・・・・それでも今は戦えるようになってきている。勿論、僕の攻撃なんてアリーゼさんには当然のように丸見えだけど、アリーゼさん的には「うん!いい感じよ!!さすが私の弟ね!!」なんて言ってくれる。
そんな日々を、アリーゼさんたちと【ロキ・ファミリア】との合同の遠征前日まで行った。
本当は、合同での遠征はする予定すらなかったらしいけど・・・・。あのフィリア祭に出てきた謎のモンスターのこともだけど、何かあるはずだというのがアリーゼさん達の考えで、同行することになったんだとか。
試練かぁ・・・・。僕も、
あの
■ ■ ■
「いやぁ~~~ベルも連れて行く~~~~!!」
「アホか!!ベルはもうあのサポーターが来てダンジョンに出かけたわ!!」
「まさかベルが朝早くに出て行くなんてぇぇぇぇ!!!ベルニウムを補給するはずだったのにいいいい!!!」
「この・・・ブラコンめぇ!!」
「せ、せめてあの子の衣類を!!」
「「変態か!?お前は!?おい、憲兵!!憲兵を呼べぇ!!」」
「せ、せめてキスさせてぇ!!」
「もういないし!!」「昼寝の特訓とか言って、やってたじゃねえか!!」
「あれは良かったわ!!ベルからしてくれるなんて!!寝たふり作戦成功ね!!」
「「ほんっとこいつはぁぁぁ!!!」」
「い、いってらっしゃい。みんな。気をつけてね?」
まさか、昨日あれだけ格好いい姉の振る舞いをしておいた
「というか・・・アストレア様、ベルったらアストレア様に黙って出て行ったってことですか?」
「違うわよ?前もってサポーターの子に相談して、来てもらったのよ。それで、私のことを起こしてくれてステイタスを更新して出て行ったわ」
「そ、そうですか・・・。大丈夫でしょうか?」
「大丈夫・・・であってほしいわね」
「・・・・や、やっぱり私「「ええい!!往生際が悪い!!さっさと行くぞ!!」」いやああああああベルうううううううう!!!」
アリーゼ・・・・あなたが一番取り乱してどうするの。
私はみんなの背中が見えなくなるまで見送り続ける。そして、ホームに戻り、カウチに座り、紅茶を飲みながら1枚の羊皮紙を見る。
ベル・クラネル
Lv.1
力:S 985
耐久: SS 1000
器用: S 988
敏捷: SS 1100
魔力: SS 1050
「ううん・・・・・アリーゼもだけど、あの子の場合はトラウマの件もだけど余計に心配してしまうわ。大丈夫かしら」
頭を抱えるように、私は額を右手で覆う。
アリーゼ達も、未開の到達階層更新をする。それも大幅に。そこに何かあるというのが
今日からしばらくは、同行できる姉がいない。つまり、発作が起きやすいということ・・・・。
あのサポーターの子には、ベルの事情は掻い摘んで説明はしている。それでも、心配は心配だ。
「装備に不備はなし、体調も問題ない。お守り代わりだけれど、サポーターの子から渡された魔剣も持たせている。無事に帰ってきてほしいわね・・・・」
まさか、私の心配事を的中させるように、ダンジョン内であの子が追い詰められていることなど、今の私は、知る由もなかった。
■ ■ ■
「・・・・今頃、地上では遠征隊が準備しているのかな」
「ベル様、ベル様、どうして今日は早く出ようと思われたのですか?いえ、私は構わないんですけど・・・」
僕の状態をある程度聞かされたリリは、僕に聞いてくる。
「えっと・・・みんなが起きて、出て行った後だときっと僕、寂しくなっちゃうからさ。それなら、挨拶する前にって思って」
「ほほう、なるほどなるほど。」
「あ、でも、早めに出るってリリには我侭を聞いてもらったから、その分、早めに切り上げるつもりだよ。あんまり長時間は僕も危ないし」
「そうですね、それがいいでしょう。ゴーグルは問題ないですか?」
「・・・うん、大丈夫。ちゃんと見えてる。」
「何よりです。」
僕達は今、木色をした壁面の低い草花が繁茂する広いフロア、9階層の『ルーム』にいる。
お互いに装備の確認をしつつ、今日の予定を整理する。そこで、僕は違和感を覚えた。
何だろう・・・・視界が、いつもより暗くて重く感じる。
「ベル様?」
「ねぇ、リリ・・・・。この時間帯って、冒険者は少ないものなの?」
「いえ、そんなことはありませんよ?そういえばやけに見かけませんね」
「反応・・・・もない。いや、なさすぎる。モンスターが・・・いない」
「え?」
肌が少しずつ、ピリピリとする。体は重く、嫌な汗が伝い始める。
モンスターが・・・・いない?そんなことあるの??まさか、
僕は目を閉じ、集中する。ライラさんから聞いた限りだと下位のモンスターが姿を消す場合、それは自分達よりも上位の存在がいる可能性がある・・・だっけ。
「・・・・・・いる」
「・・・」
「でかい・・・・なんだろうこれ・・・・この感じ前に・・・・まさか・・・ミノタウロス?」
「・・・はい?」
「あの時とは違う・・・。リリ、すぐに地上・・・いや、人が一番とおるルートで上に目指して」
「ベ、ベル様は?」
「・・・・あれを放置したら、まずい。だから、もし、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の遠征隊がいるなら呼んできて欲しい。時間くらいなら・・・なんとか」
そこで、明確に音として、リリにも聞こえてきたのか表情を変え始めた。
「―――ヴ―――ォ―――」
やっぱり・・・何か違う。これは、もしかして・・・強化種!?
「う、嘘・・・べ、ベル様、さすがに、さすがにアレを時間稼ぎなんて・・・!!」
「いいから・・・いって・・・お願い・・・・」
視界が狭まっていく・・・暗く、暗く、暗く。重たく。
「・・・・ヴゥゥ」
「早く・・・早く・・・」
「ふ、2人で逃げれば!?ベル様でも危険です!!今だって顔色が悪いじゃないですか!!そんな状態で戦わせられません!!」
「アレを放置することの方が、もっとできない!!さっさと行け!!」
ああ、何で、何で、いつもいつも・・・・暗い場所からやってくるんだ・・・!!
重たい体を、眦に涙を浮かべて、それでも無理やり動かして、
放置もできない。逃げても追いつかれる。なら、時間稼ぎだけでも・・・・!!
『『貴方は冒険者だ』』
ドクン。と胸が跳ねて、その言葉を思い出した。
冒険・・・冒険・・・そうだ、冒険・・・・。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「いけええええええええええええ!!!」
1匹の咆哮と1人の絶叫と共に、少女は踵を返し、走り出す。
「必ず!!必ず、人を連れてきますから!!死なないでくださいよ!!」と残して。
僕は走り出して、ミノタウロスと対峙する。以前見たミノタウロスとは明らかに違う。強化種であることはわかりきってる!!だって、だって、最初から僕を見ていたんだから!!
ミノタウロスの持つ大剣とナイフがぶつかり合う。その衝撃はとても重たくて、受けきれるものではなかった。
「『
「ブゥオッ!?」
ゴーン!と音の暴風でミノタウロスは頭を揺さぶられ、僕は振動するナイフで大剣を弾く。
腕はビリビリと痺れて、それでも攻撃をやめるつもりは・・・・ないっ!!
何度も何度も斬りつける。振動で切れ味を増したナイフで何度も何度も。時には大剣を逸らし、回避する。それでも、ミノタウロスの肉は硬く、断ち難かった。
「――『
「――『
連続して二度唱える。でも、どうしてか、ミノタウロスは、そいつは・・・お構いなしに突っ込んできて・・・・
「――――がっ!?」
そいつが持つ大剣が右目をゴーグルごと破壊し、動きが強制的に止まってしまった僕をその巨腕の一撃で吹き飛ばし壁面へと叩き付けた。その衝撃で体中の空気が引きずり出され、地面に倒れ付し痙攣を起こす。
「フゥゥゥゥゥッ・・・・!」
倒れ伏した僕に、ゆっくりと近づいてくるそいつは、徐々に、僕には違うものに見えてきた。
僕にとっては絶望の象徴。消えることのない呪い。ああ・・・・やってくる。暗く、冷たい瞳を持ったそいつが・・・・。
「~~~~~~ッ!!?」
声にならない悲鳴で右目を押さえ、空気を得ようともがく。でも、それもすぐに動きが止まっていく。今度は体が震え、吐き気でえずき、歯はカチカチと音を鳴らす。
まともに戦ったことはまだない・・・でも、輝夜さんの見解では、『お前でも倒せるレベル』と言われていたはずなのに・・・!!
1人だと・・・こうも弱くなるなんて・・・!!
「ア・・・ストレア様・・・・アリーゼさ・・・・ん・・・!」
視界は狭まり、暗闇が徐々に世界を支配する。
僕の目には、視界にいたミノタウロスは別の、僕にとっての絶望の象徴へと姿を映した。
そしてこう言うのだ。
「諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。」
「あ・・・あぁ・・・」
「―――我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!」
「うるさい・・・うるさいっ・・・!!」
僕は何度も頭を地面に叩きつけてその声から逃げようとする。それでも、僕の手足を絡め取るように、逃がしてはくれない。
「
「黙れ・・・・黙れ・・・!」
「告げてやろう。今の貴様に相応しき言葉を。」
「いやだ・・・・いやだ・・・・っ!」
体は少しずつ冷たくなっていく。ただただ生ぬるい液体が顔から流れる感触だけが残り、動けなくなっていく。
「――――脆き者よ、汝の名は『弱者』なり。」
「―――堕ちろ、少年。我こそが、汝を苛む、絶望の象徴だ」
いやだ・・・・いやだ・・・!!
「―――あぁぁぁぁぁぁっ!」
―――あの人なら、英雄なら・・・きっと立ち上がるはずだ。一緒に・・・横に立って・・・冒険を・・・っ!!
動かない体を無理やりにでも動かすように必死にもがく。
もう一度、もう一度、あの時のように・・・っ!!
「――――
大好きなあの人の炎の様に力強く、僕の心に熱を灯す。
誰も見ていない。でも、見せ付けてやる。僕自身の呪いに・・・・
大きく息を吸って、ナイフを手に取り、震えながら立ち上がって、一言。お義母さんの、僕の大好きな魔法を唱える。
「――――『
――――9階層に、鐘楼の音が響き渡る。
■ ■ ■
「・・・・ミノタウロスぅ!?」
【ロキ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】【ヘファイストス・ファミリア】の遠征隊の第1部隊、その中にいたアリーゼが走って助けを求めてきたパルゥムの少女の話を聞いて驚愕する。
「じゅ、10階層に向かう途中でっ!!モンスターがまったくいなくて、それで、それで!!」
「ねぇ、もしかして・・・あたし達が逃がしたミノタウロスじゃないよね?」
「ありえねぇだろ、確かに全部仕留めた。1匹に関しては正義の眷属様が倒しやがったのを俺もアイズも見てる」
「それに、もし討ち漏らしだったとしたらおかしいわ。あれからもう1ヶ月たってるのよ?ミノタウロスなんかが上層にとどまっていたら、第三級以下の冒険者達の被害がどれくらいになると思ってるのよ」
そのパルゥムの少女が言うには、9階層でミノタウロスの強化種が出たという。そして、『迷宮の武器庫』ではなく冒険者の大剣を装備していた、と。
「ね、ねえ・・・貴女、ベルと契約している子・・・よね?ベルは、あの子はどうしたの・・?」
声が震える。まずい、まずい。嫌な予感しかしない。嫌な汗が流れる。
パルゥムの少女は唇を噛み、そして、言う。
「時間を稼いでる間に、アリーゼ様達を、助けを呼んできてほしいって!!それで!!それで!!」
その言葉を聞いて、血の気が引いて、有無を言わせず少女を担ぎ上げて、走り出す。
同じ部隊にいたリオンも走り出し、パルゥムの少女は自分が走ってきた道を指し示す。
後ろからも数名の【ロキ・ファミリア】の団員が追いかけてくる。
「リオン、どうしよう・・・どうしよう・・・・!」
「・・・落ち着いてください。アリーゼ。まだ、まだ間に合うはずです。」
「けど・・・!あの子、1人だと・・・!」
「急ぐしかありません・・・!」
そこでようやく、アリーゼ達の耳によく知っている鐘楼の音が聞こえてきた。
「え・・・?まさかあの子、戦ってる?」
「状況から考えて、難しいはずでは・・・?私が聞いた限りでは、たしかトラウマのせいでまともに動けなくなると・・・」
「そ、そのはずだけど・・・」
音が段々大きくなっていき、ようやく、ようやくその光景が見えた。
ルーム内で、涙を流しながら、無様に、必死に戦う少年の姿を。
【ロキ・ファミリア】の数名も追いつき、同様にその光景を見る。
雄牛共々血塗れになりながら戦う少年の姿を。
その手に持つは、刃が二つあって放熱し赤くなっている変わったナイフ。その手に持つは、真っ赤な小さな魔剣
「ベル・・・右目、見えてない・・・?」
「ミノタウロスも、フラフラしてる・・・?それに、お腹ばっか傷が入ってて穴開いてない?あれ」
「何だあのナイフ、燃えてんのか?」
「【英雄アルゴノゥトは恐れる敵を前に目を瞑り、へっぴり腰で夢中に剣を振るった】」
「なにそれティオナ」
「えっ、アルゴノゥトだけど?知らないの?アーディさんいたら喜ぶかなーこの光景見たら」
それぞれがそれぞれにその光景を目に焼き付けながら、言葉を漏らす。
とても格好のいい戦い方とは言えない。それでも、手出ししようとは思えないのだ。
「・・・・ベル」
「アリーゼ・・・どうしますか?止めますか?」
「・・・・だ、駄目、それは駄目。それをしたら、あの子は立ち上がれなくなっちゃうわ!」
まただ、また鐘がなった。
「あの子は今、必死に恐怖と戦って、冒険をしてる。それを・・・邪魔しちゃいけないわ。」
アリーゼの言葉を聞いて、リオンもベルの冒険を見る。見届ける。
2人そろって言葉を漏らす。
「「行け(行きなさい)、ベルッ!!!」」
その言葉が聞こえたのか、少年が少し、笑った気がした。
■ ■ ■
大好きな姉達の声が・・・聞こえた。
真っ暗な場所に、光が差し込んだ気がした。
背中も徐々に熱を放ち始めた。
そういえば・・・・お爺ちゃんに、アストレア様にせがんで何度も読んでもらった喜劇の英雄の話を思い出す。
『美女美少女を侍らすのは浪漫だよなー』『駄目よベルそんなの』
『可愛い女の子を助けて仲良くなりたいよなー』『・・・・』
『あっ、でもヤンデレだけは勘弁な?』『ヘラに手紙出せないかしら・・・』『マジ許してぇ!!』
―――彼等はすごいわ。
―――恩恵のない時代に、自分より強い相手に1人で立ち向かっちゃうんだから。
―――私には絶対無理だわ。
そんなことを2人とも言っては、嬉しそうに英雄達を称えていた気がする。
『良い?ベル。危ないときは逃げなさい』
『怖かったら逃げなさい』
『死にそうだったら助けを求めなさい』
『女の子を怒らせたらすぐに謝りなさい。あなたのお爺さんみたいになりたくないでしょう?』
『馬鹿にされたって指を指されたって、それは恥ずかしいことなんかじゃないわ。』
『一番恥ずかしいのは、何も決められず動けないでいることよ』
2人共、似たようなことを言っていた気がする。
徐々に視界がクリアになり、僕はようやく雄牛を目にすることができた。
そこにもはや、
本来なら勝てる相手。でも、僕のトラウマのせいで碌に戦えない相手。
きっと、いなくなったわけじゃないんだってことも、わかる。
僕は雄牛に熱を放ち振動するナイフの切っ先を向けて宣言する。あの、喜劇の英雄の様に。
臆病な僕を、偽って力を湧かせるように。
「そこにいるのか、我が敵よ!」
「―――ブゥオォォ!」
「私と決着を望むか、強き敵よ!」
「―――オオオッ!」
「ならば私とお前はこれより『好敵手』!ともに戦い合う宿命の相手だ!」
「さぁ、冒険をしよう。僕が前に進むために。あの人たちの横に立つ為に!!」
僕は今日・・・・初めて、冒険をする。
雄牛は叫び、僕も叫ぶ。
さぁ・・・
「勝負だ!!」
僕は走る。あの雄牛を、黒い神様を置き去りにする様に、早く、早くっ!!
何度放ったかわからない魔法の影響か、ルームでは音が大反響していて、ナイフは赤を超えて白くなってさらに煙を放つ。
目をやられる前からずっとやっていて、狙っていたことを行おう。
■ ■ ■
「リヴェリア・・・結界を張ってくれ」
「――――何?」
「・・・親指が疼く」
「お願いリヴェリアさん、結界を張ってください。たぶん、やばい」
「はぁ・・・・【――――我が名はアールヴ!】これでいいか?」
「あの子、何するつもりなの?アイズ、あの子とダンジョン行ったことあるって言ってたけどわかる?」
「・・・・ごめん、わからない・・・かな」
少年と雄牛は雄たけびを上げながら、突貫するように向かい合って走り出す。
そして少年は雄牛の腹の穴に魔剣を差し込んで、ナイフを叩きつけて、何度唱えたかも分からないほどの音の残響を、そのスペルキーを唱える。
「―――『
大爆発。
耳が痛くなるほどの音が鳴り響き、ミノタウロスの腹の魔剣が振動し、魔力に当てられて威力を無理やり増幅し、爆発、ミノタウロスを粉みじんに吹き飛ばす。ベルもその爆風を受けて吹き飛び、ルームの壁面に激突して倒れ瓦礫に埋もれるて動かない。
「「・・・・ベルッ!!」」
2人の姉はすぐにベルの元に駆け寄り、瓦礫を除けて背負って走り出す。
「ごめん、フィンさん!すぐ戻るわ!!リオンは地上に戻り次第アストレア様を呼んで!!」
フィンに謝罪をして、リオンに指示を出して走り出す。倒したとはいえ、大怪我であることに変わりはないのだから。アストレア様がひっくり返るんじゃないか、そう思えて仕方なかった。
「・・・お姉ちゃん?」
「・・・・もうっ!無茶してっ!!死んだらどうするのよ!」
「ごめん・・・なさい・・・」
「・・・・でも、格好よかったよ。頑張ったね・・・」
「・・・・えへへ」
そこでベルは気を失い、アリーゼにバベルの治療施設に運び込まれる。
ミノタウロスとの戦いの後、丸1日眠り続けて、目が覚めた頃にはベルの手を握って突っ伏して眠る女神の姿。
いつも撫でてもらっているから・・・なんて考えて今日は撫でてみようと、頭に触れるとピクリと動いて、目を丸くしてベルを見る女神と咄嗟に手を退けるベル。
数秒の沈黙の後に、女神は涙を浮かべてベルを抱きしめる。【初めての男の子の眷属】でとても大切で可愛い子を、これでもかと抱きしめる。
それにつられて、ベルも抱きしめ返して、涙を流す。
「・・・ひっ・・ぁっ・・・!怖かった・・・怖かったです・・・っ!!」
「ええ、ええ。よく頑張ったわ!!1歩前進ね。よかった、よかったぁ!」
「ミノタウロスが出て・・・!黒い神様が出て・・・!!体、動かなくなって!苦しかった!!」
「ええ、ええ。でも、あなたは乗り越えたわ。すごいことよ、アリーゼ達がいなかったのにたった1人でやり遂げたんだもの」
額と額をくっつけて、涙を流しながら笑みを浮かべてこれでもかと女神はベルを褒め称える。
「帰ったら・・・2人きりだけれど、お祝いをしましょう!きっとランクアップもしているに違いないわ!」
「えへへ・・・・お祝い・・・楽しみです・・・っ」
「そうね・・・何にしましょうか、ふふふ。2人きりですもの。たまには我侭を言ってみてもいいのよ?」
そんなやり取りをして、少し痛む体を支えてもらいながら、治療施設を出て帰路に着く。
「ああ、そうだ・・・ベル?」
「・・・?」
「アリーゼとリューから伝言」
「伝言?」
「『おめでとう』ですって」
ベルと女神は手を握って歩く。
ベルの心は、どこかとてもスッキリとしていて、女神様に何をしてもらえるのかと思い馳せながら、姉に再会する日を楽しみにするのだ。
端折ったみたいになってないかな。大丈夫かな