兎は星乙女と共に   作:二ベル

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その名はベル

 

 

「ゴホッゴホッ!!」

 

 

「アストレア様、大丈夫ですか!?」

 

「おい団長よ、貴様は話の順序というのがわからんのか!?」

 

「あ、アレー??」

 

 

女神が茶を噴出し咳き込み、リューが背中をさすり、輝夜がアリーゼに文句を言い、アリーゼは「あれ、私なにかおかしかったかしら?」と言いたげな顔で汗をヒタリと垂らし口をぴくぴくとさせていた。

なお、アストレアの正面に座っていた老神ゼウスはアストレアが噴出したお茶が顔面にかかっているのに穏やかな顔をしていた。

 

 

「ご、ごめんなさいゼウス。開口一番であんなことを言い出すとは思わなくって」

 

 

「いや、いいんじゃよ・・・わしらの業界じゃご褒美じゃし」

 

 

「「「は?」」」

 

 

「相変わらずみたいですね。さっさと顔を拭いたらどうですか?」

 

 

「拭いてくれてもええんじゃよ?」

 

 

「輝夜、その辺に雑巾ないかしら?牛乳で絞ったのが好ましいわ」

 

 

「すまん!すまんかった!!冗談じゃ冗談!!勘弁しとくれぇ!!」

 

 

「噴き出した私が言うのも良くないかもしれないけれど、あんまりセクハラ紛いの事しているとその手のプロに報告しますよ。ヘルメスなら動いてくれるでしょうし」

 

 

「ヘラだけはぁ・・・ヘラだけは勘弁しとくれぇ・・・!!わしまだ下界をエンジョイしたいんじゃぁ・・・!!!」

 

 

とりあえず次に何かしたら埋めたほうが良いかもしれないですねなどとリューが言い出したが、女神も他の眷属2人もそれを反対することは無かったし割とマジでチクられそうだと冷や汗をゼウスは流しお互いに咳払いをして話を戻すことにした。

 

 

「――――ベルをオラリオに連れて行く。ということで良いのか?あの子はまだ7歳、早いのではないか?」

 

 

「―――本人の意思次第としか言えないわ。でも、面倒を見ると言った以上はちゃんと面倒を見るつもりでいるわ。ただここにくるまでに村の人たちの話を聞いた限りではすぐに回答は得られないでしょうけれど。だから、しばらくはここに滞在させて欲しいの。」

 

 

恩恵についても、本人が冒険者になると、恩恵が欲しいといわない限り無理には与えない。あくまでも一家族として迎え入れる。とだけ言ってアストレアはカウチで眠っているベルを眺める。

その表情は見えないが、きっと2人がいなくなってからずっとあの子の時は止まってしまったままなのだろうと思いながら。

 

 

「―――まあワシとしては構わんと思っとる。ヘルメスからもある程度は聞いておるしな。アルフィアがお前たちにベルを頼むと言っておったんじゃろう?じゃが、お前たちは良いのか?あの子はアルフィア・・・敵だった者の血縁じゃ。血縁だけでよく思わん者もおるはずじゃ。」

 

 

「アストレア様が『引き取る』と・・・アルフィアの遺言を引き受けた以上私たちが反対する気はありませんし、あの場にいた全員はあのアルフィアの顔がただの敵の顔ではなく子を思う母の顔をしていたのを知っています。だから・・・もしあの子に石を投げる者がいるのなら私たちが投げ返します。そのつもりです。」

 

 

リューはあの最後の場での出来事を思い出し、ゼウスに話した。

そして、眷属全員と話し合い受け入れることも。だから何の問題もないと。

しかし、ベルからすればどうなのだろう・・・と不安もあった。

 

 

「――――ベルのことなら問題はない。」

 

 

「―――というと?どういうことでございますか?問題ないとは」

 

 

リューの顔を見て何を思ってるのかわかったのか、『問題はない』などと言ったゼウスに輝夜は眉根を寄せ聞く

 

 

「あの子にはザルドの恩恵の繋がりが無くなった時点で死んだことは伝えておる。何より2人が何をしに行ったのかはわしが伝えたし、そもそもあの子が一番ショックを受けているのは置いて行かれた事に対してじゃ。嫌っているとしたらそれは神にたいしてじゃ。」

 

まあアストレアなら問題ないじゃろ『膝枕してもらいたい女神No1』じゃし。と言って髭を摩りながら笑う。

 

 

と、そこで「んぅぅ・・」と呻き声が聞こえてきた。

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

良い匂いがした。

頭を撫でる心地良い感触がした。

お義母さんとは違うけど、いやな感じはしなかった。

僕の頭を撫でているのはお爺ちゃんじゃないことだけは確かだった。

だってお爺ちゃんはグシグシと大雑把に撫でるから。

 

 

声が聞こえた。

優しくて綺麗な声。

時々、口の悪い、お義母さんみたいな言い方をする声が聞こえたけど、でもやっぱりお義母さんじゃないことは確かだった。

きっとまたお爺ちゃんが僕を元気付けようとして女の人を連れてきたんだろうなぁ。またいつもみたいに顔に紅葉を作るのかな。

お義母さんがいたときは吹き飛んでは次の日は畑から出てきてたからお爺ちゃんはきっと神様じゃなくてそういう種族なのかもしれない。

御伽噺じゃマンドラゴラとか土から引き抜くと奇声を上げる植物がいたりするみたいだし。モンスターや・・・あの綺麗な翼のお姉さんみたいな種族なのかもしれない。

いつだったかそんなことを言ったら叔父さんとお義母さんは笑っていたけど、否定はしてくれなかったし。

 

――――お義母さん―――おじさん・・・・

 

 

瞼からまた水が流れる感触がして、胸が震えた。

心細くて、寂しくて、悲しくて。

目を開ければきっとまた辛い現実を突きつけられる。それが、とても嫌で仕方がなかった。

また、たらりと水が流れる。

「んぅぅ・・・」と体が意思とは関係なく眠りから覚醒しようとする。覚醒に抵抗しようとしても呻き声しかでなかった。

でも今度は、水源を、瞼を優しく拭ってくれる感触がした。

 

 

「――――寂しいの?」

 

 

優しい声がした。

きっとすぐ近くに、目を開ければいるのだろう。

お爺ちゃんがつれてきたのかな・・・また拒絶したら、きっと声の人は悲しい顔をしてお爺ちゃんも悲しい顔をするんだろうなぁ・・・・。

 

 

「――――頼まれたの。君のお義母さんに」

 

お義母さん・・・・

 

 

 

「―――あなたがきっと迷子みたいに泣いているかもしれないから、手を握って一緒にいてやってほしいって」

 

 

   お義母さん・・・

 

「―――――だから、起きて、話をしましょ?」

 

 

起きて・・・話を・・・

 

 

「――――だ・・・れ・・?」

 

 

重たい瞼を開けて、目元を擦りながらゆっくりと体を起こし声のする方を向く。

寝起きと涙で目がぼやけているけど、目の前には真っ赤な髪と緑色の瞳の女性が優しく頭を撫でながら僕を見ている。

 

 

「――――こんにちわ。まずは、名前を聞かせて?そこから始めましょう?あなたの、名前は?」

 

 

「―――ベル。ただの、ベル」

 

 

叔父さんが言っていた。出会っていたのなら名乗るのが礼儀だと。そこから縁が結ばれて物語は始まるのだと。

お義母さんが言っていた。名を聞かれて無視をしたなら拳骨をくれてやると。

目の前の女性は僕の名前を聞いてにっこりと笑いながら僕の手を握る。

力強く。でも、優しく。壊れないように。

 

 

 

「――――いい名前ねベル。・・・・ねぇベル。私たちと・・・家族にならない?」

 


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