ゴトゴトと馬車が揺れている。
朝日が昇り始めまだ朝露が光って見える頃、白髪の少年と、金髪エルフが戦争遊戯の舞台である『古城跡地』へと向かっていた。白髪の少年はまだ少し冷えて寒いのかローブに包まり金髪のエルフに抱きかかえられるようにして眠っていた。
「・・・ベル」
「・・・んぅ」
「ベ、ベル・・・起きなさい」
「あとちょっと・・・」
「駄目です。もう到着します。」
「んぅ・・・・」
「あっ、ベルっ、ぐりぐりしないでください・・・む、胸がっ・・・くすぐったい・・・っ」
「・・・んむぅ?あぇ?」
「な、何ですか?」
どうして僕は、座っているリューさんと抱き合うみたいにして眠っていたんですか?そうベルが聞くと、耳を赤くして目を逸らす。どうしたのだろうか、とても良い匂いで柔らかいのに。アリーゼさんが以前、言っていたことをふと思い出した『良いベル?リオンのお胸とお尻はとっっても!柔らかいのよ!アレを枕にしたらきっと幸せな夢を見れるわ!』と。・・・・・やっぱり嫌だったんだろうか。
「・・・僕に触られるの、やっぱり嫌?」
「っ!そ、そんなことはない!むしろ触ってください・・・あぁ、違う!そうではなく!?」
「?」
「・・・・はぁ。いえ、慣れない、恥ずかしい。それだけです、気にしないでくださいベル。まだ冷えて寒い・・・・だからもう少しだけこのままでも構いません。ただし、眠っては駄目です。」
「う、うん」
そう言われて、僕はリューさんと抱きしめあいながら毛布に暖をとってこれから起こる戦争遊戯についての再確認ということで話をすることになった。
戦争遊戯の戦場として選ばれたのは【シュリーム古城跡地】。森も丘も存在しない平原の真ん中に堂々と建つ城砦は、古代に築き上げられた防衛拠点のひとつだ。まだ
城壁には崩れた跡のある塔がいくつもあるが、その石造りの壁の高さが優に10Mを超える。幅も十二分にある外壁を突破するのは、少なくとも魔法を用いない限りは上級冒険者をもってしても一筋縄ではいかない。
「まずはベル、この戦争遊戯での有利不利は?」
「えっと、有利なのは【防衛】に専念する必要性がないこと。不利なのは数で劣っていること。」
「正解です。では、勝利条件は?」
「敵の大将首、ヒュアキントスさんを討つこと。もしくは、相手方の数を半数戦闘不能にして時間が終わるまで隠れるなりすること」
「敗北条件は?」
「僕かリューさんのどちらか、もしくは2人とも戦闘不能になること」
「よろしい」
目的地に到着して、翌日のために体を休めるためのテントを立てて体を動かすなりして時間を潰していく。もちろん、確認は怠らない。
「ではベル、武器や体に不調は?」
「うん、ないよ」
「・・・・やけに余計なものがあるようですが」
「アリーゼさんの下着……なんで入ってるの?」
「わ、私は知らない!断じて!そしてその事ではなくその壺です!」
「えっと・・・これのこと?」
僕はリューさんに指摘された余計なものが入っている、ちょっと大き目のバックパックを開けてリューさんに見せる。するとリューさんは「この子は何をするつもりだ・・・」と言わんばかりの表情をする。
「えっと・・・相手は数が多いから、突っ込むときにブチ撒けようと思って。冒険者でも酔わないわけではないでしょう?」
「まぁ、そうですが・・・普通はしませんよ、こんなこと。はぁ、ではこれをつけるようにしなさい。私が戦闘の際に使っているマスクです。貴方まで酔ってしまっては意味が無いでしょう?」
「・・・・間接キス?」
「~~~っ!!そ、そんなことは言わなくていい!」
「えっと、ありがとうリューさん」
「はぁ・・・ええ。どういたしまして。・・・・そのカナリアは?」
「えっと、取り外し可能でヴェルフが自由に動かせるようにって改良してくれた。アスフィさんと合作。尻尾みたいに動かせるよ」
「・・・・あの微妙な顔が忘れられません」
「う、うん・・・・」
「ではベル、最後に聞かせてください」
最後に、火を囲って夕食をとりながら話しているとリューさんは最終確認と口を開く。僕が戦争遊戯をするにあたって、アストレア様にお願いした我侭のことだろうというのはすぐに分かった。僕はアストレア様にしたお願い・・・それは【僕1人でアポロン・ファミリアと戦う】ということ。アストレア様は僕の目をじっと見てから、了承してくれて「ただし、リューは同行させるわ。あなたがやりすぎないようにするためのストッパー。この条件だけは飲んでちょうだい?」と言っていた。
「あの酒場での一件の時の様に、怒りに飲まれての判断ではないことくらい、目を見ればわかります。ですが・・・大丈夫なのですか?」
「酒場の時みたいなことはしない・・・・それでも、僕が怒ってることをアポロン様に見せ付けたいって思って。あとは、あの魔法でリューさんを巻き込みたくないから。それに・・・」
「それに?」
「ヘスティア様が・・・・『君の怒りは当然の権利だ。間違ってない。』ってアストレア様達と、みんなと一緒にいていいんだって、アルフィアお義母さんの子供だって胸を張っていいんだって言ってくれたから。だから、僕は大丈夫だよ」
「・・・・そうですか。では、私はあなたがやり過ぎないように見守ることにします。」
「・・・・うん、お願いします」
「ちなみに、使うのは【追加詠唱】で間違いないですね?」
「うん。だから、僕が城に入り込んだら、サングラスをつけておいて。巻き込まれるかもしれないから」
「わかりました。」
「では、もう明日に備えて寝るとしましょう」
「くっついていい?」
「・・・今日だけですよ」
「今日だけ?」
「うっ・・・・た、たまになら」
■ ■ ■
「物資を運べ。補修できるところは可能な限り進めろ」
月が高く浮かぶ深夜の時間帯。戦争遊戯を明日に控えた【アポロン・ファミリア】は古城の中で最後の前準備を行っていた。現地入りを果たしている彼等の総人数はおよそ110名。派閥に所属するほぼ全構成員だ。部隊長の指示のもと、それぞれの団員が城壁の修繕作業や予備の武器や道具、食糧の保管と配置に謹んでいる。
「ふん、くだらん・・・・そうまでしてあの小僧を手に入れる価値があるのか?」
城砦の中でも一際高い塔、玉座の間で団長である美青年のヒューマン、ヒュアキントスは鼻を鳴らしていた。戦争遊戯の形式が攻城戦ということもあり、交戦期間は3日と定められている。勝敗条件は大将であるヒュアキントスが期間内まで生き延びるか、あるいは敵大将・・・ベル・クラネルを戦闘不能にすれば、【アポロン・ファミリア】の勝利だ。たとえ疾風が現れたとしても、Lv2の団員を守りながらでは数の暴力の前に苦戦は必須だろうと考えていた。あの白髪の少年に執心する主神に対して、ヒュアキントスは不満を溜め込み周囲で動き回っている団員を無視し、奥にある玉座をどかっと腰を下ろす。玉座の背後の壁には弓矢と太陽を刻んだ【ファミリア】の旗。潔癖な彼が団員達に、部屋を掃除して相応に美しく飾れと命じたのだ。
「無意味な遊戯だ・・・」
「――なーんて、ヒュアキントスは言ってるんでしょうね」
堅牢な城壁の上で玉座の塔を見上げながら、短髪の女性幹部、ダフネはぼやく。
王国の手で改築と補強を加えられたこの砦の作りは少しおかしく、見栄と贅を好む主神が命じたのか、玉座のある極太の塔が砦の中にこれみよがしに建っているのだ。質実剛健の城砦に王城のような華やかさが持ち込まれていて、その塔の上でたなびいている自派閥の旗を見つけると、失笑したくなってしまっていた。溜息をつきながらも、団員達に外壁の補修を急ぐように指示を飛ばし、自分の仕事をこなす。
そこに、両手で自分の体をかき抱きながら長髪の少女・・・カサンドラが震える声でダフネを呼んだ。
「ダ、ダフネちゃん・・・」
「なに、どうしたのよ。相変わらず顔色が悪いわね」
「・・・ここから、逃げよう?」
「はぁ?」
「城は・・・補強しても、意味が無いの・・・。」
またいつもの夢の話か。とダフネはうんざりとした表情を作った。
「今更そんなことできるわけないでしょ?いい加減諦めなさいよ。相手は2人なのよ?」
「お願い、お願いだからっ信じて・・・じゃないと、じゃないと・・・っ!白い兎さんに蹂躙される・・・」
全くあてにならない【予知夢】の出来事を、ダフネに取り縋るように訴えるも結局、ダフネは聞く耳を持つことはなかった。ただ、今日はいつも以上にしつこい、碌に寝てないの?くらいにしか思っていなかった。
やがて、長い夜が明ける。
■ ■ ■
その日、都市は様々な賑わいを見せていた。
待ちに望んだ戦争遊戯当日。朝早くから全ての酒場が店を開き、街のいたるところで出店が路上に展開されていて尋常ではない熱気と興奮が溜め込まれていた。今日ばかりはほとんどの冒険者達が休業し、酒場に詰め寄せ観戦準備を整えており、なんなら商人と結託した冒険者主導で賭博まで行われているほどだ。それでも、一部では『少年のことを心配する声』や『もうバベル前のベンチで日向ぼっこをしている姿を見れなくなったらどうしようと嘆く声』や『某太陽神のお葬式ごっこ』をする神や『怒ったアストレア様もイケるぅ!!』などと言っている神をゴミを見る目で眺める冒険者・・・と様々な空気があちこちに漂っていた。
『あー、あー!えーみなさん、おはようございますこんにちわ。今回の戦争遊戯実況を務めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アーチャーでございます。二つ名は【
ギルド本部の前庭では舞台が設置され、実況を名乗る褐色の肌の青年が魔石製品の拡声器を片手に声を響かせていた。
『解説は我らが主神、ガネーシャ様です!ガネーシャ様、それでは一言!』
『――俺が、ガネーシャだ!!』
『はい、ありがとうございましたー!』
その声と共に、観衆は一斉に喝采を送り、盛り上がりを見せていく。
「おー、盛り上がっとるなぁ。
白亜の巨塔『バベル』30階。戦争遊戯を誰よりも楽しみにしていた神々の多くが『バベル』に赴いていた。代理戦争を行う両主神アストレアとアポロンもこの場で待機しており、それ以外の神々の中には酒場で冒険者達と混じって楽しむ者、ホームで眷属達と見守る者と様々だ。【ロキ・ファミリア】主神、ロキはこれから起こる娯楽を涎を垂らして待ちわびる・・・いや、それもだが、この娯楽のオチも楽しみで仕方が無いのだ。故に、窓に張り付いて地上での盛り上がりを見て気分を高揚させていた。
「・・・・ロキ、はしたないわよ?」
「なんやフレイヤ、おったんか。珍しいな自分がこっちで見るなんて。」
「まぁ・・・・あの子が気になって」
「なんや、ちょっかい出す気か?」
「・・・・・ノーコメント」
「なんやその顔、何かあったんか?」
「聞かないで・・・」
「えぇー・・・」
微妙な顔で席に着くフレイヤに続きロキも席に着く。そして、少し遅れてパタパタとツインテールを揺らしながらやってくるのは、炉の女神であるヘスティアだ。『おお、ロリ巨乳が今日も揺れているぞ!』『あの紐が本体らしいぞ!』『じゃああの乳には何が詰まっているんだ?』『浪漫じゃよ』『『『おお~~』』』などと少し賑わっていたがすぐに殺気を立てたヘスティアを見て顔を逸らした。
「あーっと、ごめんよ。急に呼ばれて遅れてしまったよ。まだ遅刻じゃないよね!?」
「なんやドチビ、呼び出されたってなんやねん。ヘルメスはどないしたん」
「そのヘルメスに呼ばれたんだよ。『悪いヘスティア、俺ちょっと腹が痛いから俺の代理をやってくれ』ってね。戦争遊戯中には間に合うはずだって言っていたよ」
「ほぉー・・・まぁええわ。はよ、はじめーや」
「もちろんさ!一度、やってみたかったんだよね~これ。っていうか、フレイヤ、その顔はどうしたんだい?」
「いいから」「ええから」
「え、えぇ~」
そうして、ヘスティアは咳払いをして顎を上げ宙に向かって声を上げる。
「よし!ヘイ、ウラノスぅ!『力』の行使の許可を!」
その言葉から数秒の間を置いて、老神の声が返ってきた。
【―――許可する】
その言葉を聞き届けると、オラリオ中にいる神々が一斉に指を弾き鳴らした。瞬間、酒場や街角、虚空に浮かぶ『鏡』が出現し、都市の至る所で無数に現れたその鏡に人々は色めき立ち戦争遊戯がいよいよ始まる。とさらなる興奮で心を震わせていた。
『では鏡が置かれましたので、改めて説明をさせていただきます!今回の戦争遊戯は【アストレア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、形式は攻城戦!!両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘がなるのを待ちわびております!』
酒場や大通りなど場所に合わせて大きさが異なる円形の窓には、太陽の旗を揚げた古城、そして平原が映し出されており、一気に盛り上がりを見せる都市全体に対し、実況が拡声器を通して戦争遊戯の概要を説明する。
「やぁ、アストレア。ベル・クラネルとの別れはすませたかい?」
「・・・あらアポロン。あなたの方は覚悟はできているの?」
髪をかき上げ薄ら笑いを浮かべるアポロンに対し、椅子に座っているアストレアは微笑を持って言葉を返した。もっとも、アストレアの醸し出す雰囲気というか、言葉を聞いていた周りの神々は
「アストレア様がめっちゃ怒ってる・・・でもそれはそれで」
「私もオシオキされたいですぅ!」
「ゴミを見る目をこっちにください!アストレアさまぁ!!」
などと別の意味で盛り上がっていた。これから起こる出来事のオチを大体予想しているロキ、フレイヤ、ヘスティアは心底腹の中でアポロンに対してそれこそ同情を持つレベルで笑みを浮かべていた。
『それでは、間もなく正午となります!』
実況者の声がはね上がり、ギルド本部の前庭にざわめきが波のように広がった。
そして、すぅーっと息を吸った実況者が号令を下す。
『それでは、戦争遊戯・・・・開幕です!』
その号令のもと、大鐘の音と歓声とともに、戦いの幕は開けた。
■ ■ ■
同時刻、最終準備を整えストレッチを終わらせて開始の合図を待つ、ベルとリューは最後の会話を交わす。ベルは目を閉じ、リューはベルの背中・・・恩恵のある場所に手を当てて。
「いいですか、ベル。私はあくまでも貴方がやりすぎてしまった場合のストッパーです。私の役目が必要とならないことを願います」
「はい」
「アストレア様とアリーゼからの伝言です。『普段出せない全力を出しなさい』『だけど殺さないように』『鬱憤を残さないようにあなたの思うようにしなさい』以上です。まぁ・・・怒っている分、スッキリするだけ暴れてきなさい。そういうことでしょう」
「・・・・はい」
「大丈夫、あなたがアルフィアの子であろうと関係ありません。そのためにアリーゼは、私たちは6年の時間を費やしたのだから。」
「・・・はい」
やがて開始を告げる銅鑼の音が、遠方から響き渡ってきた。それを聞いてベルは目を開けてリューに背を押されて、少しずつ戦場へと走り出した。
「行ってきなさい」
「行って来ます!」
広い城砦では、それぞれに城壁で見張りが目を張り敵が現れるのを警戒していた。あくまで警戒しているのは、Lv4の【疾風】でありLv2の【涙兎】など既に思考から外れている者すらいた。平野にはほとんど物陰はなく、時折思い出したように岩の塊が存在するが、隠れられるほどでもない。北から東にかけて僅かな緑と荒野が続き、南の彼方には川、西の方角には林が見える。警戒すべきは【疾風】の高威力の長文詠唱魔法だ。近づいてくれば、矢の雨を降らせ、遠方で姿を見せれば狙撃してやると見張りの者たちは口にする。
その時だった。鐘楼の音と共に、城壁の正面に轟音と破壊の衝撃が走り、城内は一瞬で混乱に見舞われた。今も続く鐘楼の音と何かを叩きつける轟音に騒然となる周囲。やがて、静かになり、正面の入り口から外に飛び出した者達は、その光景を確認するまでもなく、後続の仲間達の目の前で体が横へと吹き飛ばされ言葉を失った。一瞬見えたそれはまるで、怪物の尾のようにしなる檻のような塊であり、城壁をいともたやすく破壊していた。
「な、何が起きた!?」
「信じられねぇっ!?敵がいねぇぞ!?」
「どこだ!?数は!?【疾風】はどこだ!?」
「い、いない!どこにも!!先に出たやつは瓦礫の横で気絶してる!!」
混乱し、騒ぎ出し、周囲を武器を構えて互いの背中を預けるように警戒する彼等は頭上から飛来した物体によって影に覆われ、投擲された礫によって雨が降りそそいだ。
「ぶへぇあっ!?」
「くっくせぇっ!?」
「さ・・・酒ぇ!?これ、酒だぞ!?」
「うっぷ・・・しかもこれ、きつ・・・まさか、【ドワーフの火酒】!?」
「いや、市販されている【神酒】の味もするぞ!?うっ・・・頭がまわらねぇ・・!」
頭上から降り注いだ、酒気を帯びた【生暖かい雨が降り注ぎ、その雫を飲んだ者達はたちどころに酔い潰され地に這い蹲った】。そんな彼等に止めを刺すように尾のように振り回される銀の檻が叩きつけられた。仲間がやられてようやく、やっと姿を確認できた者達は慌てて攻撃をしようと矢を、魔法を、剣を持ってして襲い掛かる。
「『
しかし、それも、たった一言で沈められる。
もう既に数発も放った魔法によって檻からは火の粉が散って彼に近づこうとする者達を破壊していく。
■ ■ ■
「じょ、状況を報告しろぉ!?何がどうなっている!?今の音はなんだ!?魔法か!?」
突如訪れた破壊音によって城内では怒号と悲鳴が飛び交っていた。確認できない、認識できない、認識した頃には目の前にいる敵によって報告すらままならない。
「ひ、1人だ!相手はたった1人で攻めてきた!!」
「はぁ!?1人ぃ!?【疾風】か!?」
「ち、違う!!ベ・・・ベル・クラネルだ!!正面から堂々と来やがった!!」
「くそぉ!!お前達、俺に続け!!城内にいれるなぁ!!」
情報すら集まらない状況で、城内に攻め込ませるわけにはいかないとエルフの
「・・・『こっちを見ろ』!!」
その言葉の後、ようやく彼のことを認識できていなかった者達が彼のことを認識した。そして自分達の命が終わるかのように時間の流れがゆっくりとしていき、何とか運よく避けたリッソスを除いた団員達は彼の回りで【尾のように暴れる火を帯びた鉄の檻によって暴風の如く悉く意識を刈り取られ吹き飛ばされた。】リッソスは固まってはいけないと走り出して、短剣によって鋭く斬りこんだ。斬りこんだ、はずだった。
「【天秤よ傾け――】。」
いつの間にか、自分は切り伏せられており、自分が持っていたはずの短剣は目の前の少年が持っていた。そして、自分の手には、さっき倒された仲間の折れた武器が握られていて、そこでリッソスは意識を手放した。リッソスを倒した後も、少年は襲い掛かってくる団員達の武器を魔法によって入れ替え切り伏せ、音の魔法の効果によってガラスのように砕け散っていき・・・・少年が進む後ろには【砕け散った鉄の道】が出来上がっていった。
『な、何が起きているのでしょうかー!?戦場に現れたのは【
オラリオで早くもその蹂躙劇を見せ付けられ、驚愕と興奮、様々な感情が人々に伝播していった。宙に浮かぶ『鏡』の中では煙を上げる城壁に補修など無意味と言わんばかりに破壊し大勢の上級冒険者を相手に、武器を砕きながら倒していく少年の姿が映っている。大通りに出ている観衆はその姿がもういっそ美しく見えて色めきだち、時には青い顔をしていた。
『ガ、ガネーシャ様、あれは一体何が起きているのでしょうか!?』
『うむ・・・わからん!きっとガネーシャだ!!』
『解説してくれませんかねぇガネーシャ様ぁ!!』
ギルド前の実況と解説はもう既に意味を成さず、もういっそ一緒に興奮してしまえっ。もぅどうにでもなーれっ。と投げ出していた。アーディは初めて見るベルの本気に興奮しながらじゃが丸君を食べていた。中央広場に建つ巨塔では、神々の多くが叫び声を上げていた。
「ぎゃあああああウチの
「戦場に酒ブチ撒けて酔い潰すヤツなんて知らねえぞぉ!?しかも追い討ちとか鬼か!?」
「しかも何だあの戦い方!!武器が入れ替わっては魔剣みたいに砕けていくぞぉ!?」
「酒飲みを泣かして、鍛冶師まで泣かせにきてるぞあの兎君んんん!!」
「【アポロン・ファミリア】の対応は早いといえば早いけど、襲撃が突然すぎるなぁ」
道化の神と酒好きの神が咽び泣き、鍛冶の神は笑みをヒクつかせ(いやでもあの子の魔法だし仕方ないわよね)、どこかの酒神のホームでは偶々見ていた神ソーマが「・・・・メンゴ」と何故か謝り、何が起きているか理解が追いつかず円卓ではアポロンが目を見開いて固まっていた。アストレアを見ても、彼女は子供の晴れ舞台を見るように微笑んでいる。
「お、今度は走り出したぞ」
戦場を映す『鏡』の中では、少年が少しずつ加速しながら、敵を『誘い出す』ようにしながら、城砦の中庭を目指している姿があった。
■ ■ ■
「ンー・・・彼って普段あんな戦い方をするのかい?アイズ」
「えっと、普段はダンジョンに行ってもモンスターがあの子を認識しないから・・・必然的に『多数対1』の戦い方をするけど、本気で戦ってるところはみたことない、かな」
「ていうか、時々ベートの足技をしてるように見えるんだけどー、何教えたのさー」
「っるせぇ!俺は兎とダンジョンになんざ行ってねぇ!!」
「戦い方は、【紅の正花】や【大和竜胆】が叩き込んでいると聞いたが?」
「道具を使うのは、ライラあたりかな?」
「ふふっ・・・相手の剣を奪って使う・・・か。昔アイズの剣を奪っていたのを思い出したぞ。」
【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館では少年が普段見せない戦い方を見て、驚愕を表せ、暗黒期のあの戦いを、あの人物を知るものは懐かしいものを見るような目をしていた。戦い方は見よう見まねなのか、粗のほうが多い。それでも、その粗が気にならないほどの勢いはあった。『音』の魔法の使用回数は既に10を越えており、鏡を通しても音がやけに響いて聞こえていた。少年に近づけさせないように炎上する檻は暴れ周り、魔法で武器を入れ替え切り伏せていく。壁や物陰に隠れる者もいるが、それをお構い無しに破壊し土煙から腕が伸び引きずり出されゼロ距離で魔法を囁かれ再起不能にされる。このサイクルでどこかを目指して進んでいくのが『鏡』に映っているが、炎を帯びた檻も相まって悪魔にも見えていた。
「・・・ガレス、落ち込まないでくれ」
「いや・・・いいんじゃ。ああいう戦いも確かにあるのだろうよ。」
「ほら、そういえば彼がロキ宛に贈り物を寄越していただろう?たしか、酒壺だったはずだよ。『ごめんなさい、これ、ザルド叔父さんの置き土産みたいだけど、口に合わないので半分あげます』って書いてあったよ。あとでロキと飲むといいさ。」
「何ぃ!?ザルドの酒じゃとぉ!?よし、許す!!許すぞぉ!!」
「はぁ・・・まったくこいつは」
愛しい子供を抱くように酒壺を撫でるガレスに頭を押さえながら溜息を零すリヴェリアに、少年の戦いを見る最近一緒にダンジョンに行くようになった面子は目を輝かせる。やがて、少年は大勢の敵を引き連れて城内に入り込み、中心地、中庭へと到達し足を止めた。
「あっ、アルゴノゥト君、何かするみたいだよ!」
「えっと・・・アレはステイタスダウンの魔法、かな?」
「分かるんですか?」
「レフィーヤは見てないんだっけ・・・うん、そうだよ」
あの子、いくつ魔法持ってるんですか?そんなことを言うレフィーヤだが、まさか追加詠唱まであるなど知る由も無くこの後「あの子とは仲良くしよう。うん、絶対」と誓うことになる。
■ ■ ■
「囲めぇ!魔導師隊、弓隊、一斉にうてぇ!!」
「駄目だ、あの尻尾みたいなのが邪魔で詠唱なんてとてもできねぇ!!」
「ていうか、何で俺達『誘い込まれてる』んだよ!?」
いつの間にか、大半の団員が少年を、ベルの後を追い、囲んでいた。気が付けば城砦の中庭、突然足を止めたことに疑問を抱くも早く倒さなくては不味い。という気持ちが彼等を焦らせた。そして、ベルは唱え始めた。その歌を聞いて、彼等は顔を蒼白させていく。
「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】
ベルの元に集まってきた団員達のステイタスが一気に下がり、彼等は膝を着いた。でも、まだ終わらない。よく見れば少年は目を閉じ、眉間にしわを寄せゆっくりと頭上の太陽に向けて指を刺してさらに唱えた。彼等はようやくそこで、『怒らせてはいけない相手を怒らせた』と気づき、まさかの追加詠唱の存在に、団員は愚か、神々も、人々も悲鳴を上げた。唯一、予知夢を見た少女だけが「太陽を見ちゃだめ!」と叫んでいたが、誰の耳にも入らなかった。なぜならば、その追加詠唱は・・・
(リューさんちゃんとサングラスつけてるよね。大丈夫だよね。使うのは初めてだけど・・・)
「・・・・【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」
その追加詠唱は、かつてオラリオに絶望を叩き付けた絶対悪たる神の名を冠していたのだから。
そして、戦場は夜闇に包まれた。