兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ディア・エレボス

 

 

「―――【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」

 

 

その詠唱を後、戦争遊戯の舞台の中心である城砦は突如として夜闇へと変化した。太陽神たるその眷属達は揃って大地へと平伏し立ち上がろうにも力すら出ず、呻き声を上げ、次第に見えない何かを見るように目を震わせ、怯え始めた。

その詠唱を聞いた神々は、一瞬の静寂の後に驚愕の声を上げ、太陽神たる神アポロンは椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり言葉を失った。

 

 

「おいおいおいおい!なんなんだあれは!?」

「エレボス!?エレボスって言ったか!?あの子は!?」

「ていうか・・・・嘘だろ、まさかあの場所だけ昼から夜に変わったのか!?」

「ていうか、誰も動かなくなったぞ!?」

「どどどど、どういうことだ!?」

「ア、アストレア!?これは一体どういうことだ!?アレは何だ!?」

 

動揺する神々の最後、ようやくアポロンは言葉を、疑問を女神アストレアに投げつけた。

「私も、アレは初めて見るから・・・説明のしようがないわ。」

「アストレア、あの子はエレボスとどういう関係なんや?」

「何の関係も何も・・・姿を見てしまっただけよ?あの子にとってのトラウマであり絶望の象徴」

「?」

「ある晩、アルフィア達と暮らしていたあの子の家にエレボスが現れてベルはエレボスの姿を見てしまった。そして、朝目が覚めるとアルフィアとザルドはいなくなっていたのよ。それ以来あの子は暗い場所を嫌うようになった。そこにエレボスがいて自分を見つめているんじゃないかって。」

「つまりあれか?あの魔法はトラウマが形になったっちゅーことか?」

「・・・・・アルフィアの墓に『黒い魔導書』があったのよ。恐らく、エレボスが置いていったもの。それに細工がされていたのかはわからないけれど、結果としてエレボスの名を冠する魔法が追加詠唱という形で現れてしまった。あの子はそれを見て泣き出してしまったけれど、今使ったということは、怒りの丈のほうが勝っていたんじゃないかしら?」

「ふぅん・・・・まず1つ目の詠唱で『ステイタス』を大幅に低下させて、追加詠唱で全員が行動不能・・・いえ、それどころか恐怖に染め上げられているわね。エレボスは暗黒地下世界の神、だからこそ昼が夜になり、あの子の恐怖の、絶望の象徴であるが故に子供達はああして動けなくなっている・・・・いわばあの魔法は『恐怖の植え付け』。アレに抗える子はいるのかしらね?」

「フレイヤ?わかるのかい?」

「大抗争の際、『神の一斉送還』が行われ、恩恵を失った子が多く命を落としたわ。すこし、似ていると思っただけよ。ヘスティア」

 

アポロンは女神達の会話を聞いて震え上がる。一瞬だった。一瞬で終わった。ただでさえ暴力的なまでに自分の眷属達は蹂躙されていたというのに、それを魔法でさらに戦意さえ奪って見せたのだから。眷属達のことは信頼している。信頼しているが、これではどうしようもない!ベルを追って集まった眷属達は全員が全員、地に伏せ体を震わせ、もういっそ意識を奪ってくれたほうが楽だとさえ思うほどに、どうしようもなかった。

 

■ ■ ■

【アストレア・ファミリア】本拠【星屑の庭】

団員達もまた、ベルの追加詠唱を見て言葉を失っていた。

発現していたことも、それを嫌がって女神に縋って泣いていたのも知っていた。だから使うことはないだろうと思っていた。

 

「おい団長様、ベルが追加詠唱を使ったぞ」

「え、えぇ・・・よほどお怒りのようで」

「それに顔色も悪くなっているぞ」

「そ、そりゃぁ・・・自分から暗闇の中に飛び込んでるようなものだから当然でしょう?」

「どういう効果なのかは?」

「知らないわ!だって一度も使おうとしないんですもの!」

「それで・・・アレはどういう効果だと思う?」

「うーん・・・たぶん、それぞれが恐れる存在を見せてるんじゃないかしら?ベルが暗い場所を嫌うみたいに。」

「幻覚を見せていると?」

「た、たぶん」

 

魔法の効果がまったくわからず、「ベルを怒らせないようにしよう」という結論へと姉達は強く決意した。もっともそうポンポン使えるような魔法ではないこともベルの様子を見れば分かるが。

 

「帰ってきたら甘えさせてあげよう・・・うん、そうしよう」

「駄目だ」

「えっ!?どうしてよ輝夜!?」

「私の番だからだ」

「へっ!?」

「私の番だ」

「あっあー・・・うん!オッケーわかったわ!」

 

戦争遊戯が終わった後のことを話していたのだろうが、その内容の意味がわかったのか全員が顔を赤く染めた。

そんな話をしていると、顔色を悪くしていたベルがようやく歩き出した。大将であるヒュアキントスがいるであろう場所を目指して砦の3階から伸びる空中廊下へと足を進めていく。

 

■ ■ ■

 

怖い・・・怖い・・・お告げが・・・お告げがそのまま、回避することもできず起きてしまった。太陽を直接見てはいけないとわかっていたのに、太陽を見ないといけないという欲求に後押しされるように私は見てしまった。私が見た太陽は、お告げの通り真っ黒だった。温かみなどなく、とても冷たかった。それ以上にそれは目のように感じた。

 

(怖い怖い怖い・・・み、見られてる・・・気がする・・・)

 

怯え震える私の元に、コツン、コツンと足音が近づいてくる。私が見たお告げの最後の一節・・・【抗うな、絶望しろ。我は汝らを陥れる恐怖の化身なり】。怖くて顔を上げられない、動くこともできない・・・!やがて足音は私の前で止まり気配が近くなった。指を絡めるように手を握られて初めて私はその顔を見た。その顔はさっきまで戦っていた少年ではなく、別の誰かに重なって見えた。

 

「た・・・・助け・・・てくだ・・・さい」

 

無理だ、もう詰んでいる。助けを請うても無駄だ。そう思っても怖くて怖くてついそんな言葉を漏らしてしまった。夢から覚めるときの最後の言葉、アレを聞いたらきっと折れてしまう。それは何より不味い気がしたから。私の手を握る存在は、一瞬握る力が強くなったかと思うと脱力して耳元で囁いた。子供をあやすように、優しく。その言葉を聞いて、私は意識を手放した。

 

「・・・・抗わないで、大人しく眠っていてください。それで全てが終わるから」

 

最後に見た姿は、どこか苦しそうな顔をした白髪の少年だった。

 

■ ■ ■

空中廊下から塔内に侵入したベルは、スキルの反応に頼って道を進んでいた。

玉座の塔は広く、古びた絨毯が石の床にどこまでも敷かれ、通路の壁には埃を被った絵画までかけられている。まるで主を失った貴族の城に迷い込んだかのようだ。

「――フッ!」

「!?」

物陰にひそみ、飛び出してきた団員の攻撃をベルは冷静に対処した。振り回される白刃に回避を重ね、反撃から【星の刃(アストラル・ナイフ)】で武器を弾き、上段蹴り。頬にめり込むベルの左足に「ガッ!?」と相手は飛ばされ床に転がる。

 

(【ディア・エレボス】は必ずしも全員にかかるわけじゃない?屋内にいたから?対処できないわけじゃないけど・・・魔法はもうそんなに撃てそうに無い・・・『入れ替え』だけなら2回。『福音』はもう必要ない。【カナリア】は塔に入るときに入り口に置いて来たから、あとは起爆させるだけ。)

 

ベルは自分の状態を確認しつつ、襲ってくる団員達を倒して進んでいく。中庭で魔法を使用したお陰か、玉座の塔にいる団員はもうかなり少人数にまでなっていて対処もしやすい。屋内にいたお陰なのか、動揺こそすれ戦闘する意思を持っている団員に対して魔法の効果を確認したが、やはり、周りにいる人たちが自分と同じように恐怖で震えているくらいしかわからなかった。

 

「て、敵襲!【涙兎】が来る!!」

伝令の団員が駆け込み、玉座の間に緊張が走る。

本丸であるこの塔にベルが進入したという報せもそうだが、急に空気が重くなったと思ったら、中庭で響いていたはずの戦闘音は一斉に音を消し不気味さを醸し出していて何とか情報を持ってきた団員に聞けば『全員が倒れ伏している』と言う。

玉座に腰掛けるヒュアキントスは、立ち上がり身に着けているマントを揺らし怒りに燃えながら周囲にいる団員に当たり散らす。

 

「ええい、何をやっている!?このような醜態を晒すなど・・・恥の極み!アポロン様にどのような顔を合わせろと言うのだ・・・!」

その美貌は眉間には屈辱がしわとなって現れており、良いように蹂躙されここまでの侵入を許した団員達と、そして己自信にもヒュアキントスは苛立ちを隠せない。

 

(それに何ださっきから聞こえているこの不気味な鐘の音は!?)

 

 

 

 

 

 

やがて人の気配が途切れ、通路にはベルの足音だけが響いていて残る反応は塔の最上階、玉座の間。大将であるヒュアキントスと、彼を守る近衛兵だろうと判断し、【星の刃】を強く握り締め、頭上を見つめる。そして深く深呼吸をし、スペルキーを唱えた。

 

「――【砕け散れ(エコー)】!」

 

玉座の塔を、城壁を、城砦を、戦場に溜まりにたまった音の魔力をもってして【カナリア】は大きく震え、大爆発を起こした。

 

■ ■ ■

 

「何だ今のおおおおおおお――――ッ!?」

バベルではさらなる絶叫に包まれた。

「あの『檻』は爆弾なのか!?」

「滅茶苦茶な威力だぞ!?城砦が粉微塵だ!」

「お、俺、あの兎さんとは仲良くしよう!!」

広間の中で沸きに沸く全ての神々。ベルが玉座の塔に入る際に置いていった魔力の影響を受け続ける【カナリア】は終末の音(アポカリプティックサウンド)とでも言うように一定間隔で音を鳴らしており、ベルのスペルキーを持ってして起こる大爆発に、驚愕の声と歓声が入り乱れていた。

そして、煙が徐々に晴れるとそこには瓦礫の上に立つベルがおり、風によって髪が乱れるのを押さえ、そして、背中のローブのエンブレムが漸く確認される。

 

「・・・、・・・っ!?ヘ、ヘラァ!?」

「アポロンざまぁwww」「その顔が見たかった!」「待ってましたぁ!!」

見えてしまった見えてはいけないものを見て、立ち尽くし開いた口が塞がらないアポロンに対して、ロキ共々はしゃぎ回る。

ヘスティアは「おぉーおっかねぇ・・・」と目を見開き、フレイヤは何故かウットリしており、ボソリと口を開いた。

 

「もうそろそろ、決着がつくわね」

「どんだけ魔法つかったんやろうなぁ、アレ。ちゅーかアポロン、鼻水たれとるぞww」

「ん?『どんだけ魔法をつかったんや』ってどういうことだいロキ」

「リヴェリアママが言っとったんやけど、あの子の音の魔法ってな、魔力がそのままその場に残るらしくてな。スペルキーで起爆させる威力は溜まった魔力に応じて変わるらしいんよ」

「つまり?」

「魔法を撃てば撃つほど威力が上がる。っちゅーことは、あそこは既に、いつ引火してもおかしくない火薬庫みたいな状態やったってことや。」

「あぁー・・・・なるほど」

 

髪を指でくるくるといじるフレイヤにニヤニヤと笑みを浮かべて解説するロキ。そして、「ああ、アポロン御愁傷様」と心の中で呟くヘスティアにすっかり憔悴して座り込むアポロン。その空間はそれはもう異様な空気を醸し出していた。

そこで、黙って鏡を見ていたアストレアがアポロンを見ることもなく言葉を継げた。

 

「―――ねぇ、アポロン?あなた、眷族を使ってあの子の・・・ベルの逆鱗に触れるようなことをさせたみたいだけれど・・・そんな方法で眷属として迎え入れられると本気で思っていたの?」

「ひっ・・・ま、待てアストレア!?な、何故、ヘラの眷属が君のところに!?」

「アホぬかせ、あの子はヘラの眷属ちゃうわ。」

「ヘラの眷属から産まれた子であり、ゼウスの系譜よ?アポロン。もっともそれはどうでもいい情報だけれど」

「あれ、フレイヤはベル君を知っているのかい?」

「・・・・」

「おい、フレイヤ。一々その微妙な顔するのやめーや、めっちゃ気になるやんけ」

「はぁ・・・あの子と仲良くなろうとする。それ自体は何も問題はないわ。でも、下手にちょっかいを出せば痛い目を見るわよ、アポロン」

「・・・ひっ」

 

ロキにいい加減喋れといわれてフレイヤは溜息をついて目を細めアポロンに遅すぎる警告を告げる。

「・・・あの子にちょっとチョッカイを出したら、私の神室に5体・・・いえ正確には8体のモンスターの死体が置かれていたわ」

「「は?」」

「フレイヤ、あなた、私のベルに何をしたの?」

「怪物祭と・・・ミノタウロス・・」

 

人差し指と人差し指をちょんちょんとぶつけてアストレア達だけに聞こえるように小さく呟くフレイヤ。心なしかその姿はお説教をくらう子供のようですらあった。むろん、アストレアは眉をヒク付かせた。なんならフレイヤの目の前でベルとイチャついて自慢してやろうかと思ったくらいには。

「何の死体が置いてあったんや?」

「ミノタウロスの首、四肢をもがれたライガーファング、耳を削がれたゴブリンが2体に4つのパーツを組み合わせることで完成するインプ。計8体よ?流石に腰を抜かしたわ」

「漏らしたん?」

「・・・漏らしてないわ」

 

フレイヤの部屋にそんなものをブチ込んだ犯人は誰だと言う前にロキが『漏らしたん?』などと言うものだから、男神たちは一斉に反応してしまう。

『フレイヤ様の清水だと!?言い値で買うぞ!』

『おい誰か、ドリンクバーをここに!』

『いや、もういっそここでフレイヤ様に湯に浸かっていただいてそれを頂こう!』

『『『それだ!』』』

あまりにも下品すぎる男神たちの発言に女神達はゴミを見る目をし、フレイヤとロキに「黙って」「黙れ」といわれ一斉に土下座をした。

 

「置いとっただけなん?」

「・・・・【余計なことをするな、次やったら殺す】ってメッセージがあったわ。ねぇ、アストレア?私あなたの兎さんと仲良くなりたいのだけれど・・・一日私のところにお泊りさせられないかしら?」

「駄目よ?」

「なら私がお泊りにいくわ」

「それも駄目よ?」

「・・・・残念」

「うーん・・・なぁ、アストレア、そもそもベル君はヘラと面識はあるのかい?」

「ないわよ?ただ、あの子の義母、アルフィアに『チョッカイを出されたら・・』って連絡先を教えられていたってだけで。ヘラ自身は知っているとヘルメスは言っていたけれど・・・」

 

ベルをヘラの元に置いておかなかったのは産みの母の判断であり、ゼウスとヘラによる【ラグナロク】にベルを巻き込みたくなかったのだろうと付け加えると、「巻き込まれてたらどうなってたことやら」とヘスティアは冷や汗を流した。

話が脱線しているとアポロンが震えながら、顔を白くしながら声を上げてくる。そして、女神達による口撃が始まる

 

「じゃ、じゃぁあのローブはどう説明する!?なぜそんなものを!?ヘラの眷属は昔オラリオを・・・」

「「「「それは重要な問題ではない」」」」

「はっ?」

「アポロンあなた、『お前の親は人を殺したのだから、子供であるお前も罪人だ』と何も知らない子供に言える?」

「関係のない話ね」「ああまったくだ」「どーでもええわ」

「アポロン、下界の子供たちは死後、天界で魂が浄化され、そして転生するけれど・・・その中から『かつてオラリオを破壊して回った人間』の魂を見つけ出して処分できる?」

「面倒くさいわ」「面倒くさいね」「タナトスでもやらんやろ」

「・・・、・・・っ!」

「むしろあの子の場合、神を恨んで神殺しをしたって仕方ないとさえ思うわよ?だって親を奪われたんだから」

「そういや聞いたで、アストレアの所有しとる土地にある『墓』を荒そうとか眷族に言わせたらしいな」

「あら、そんなことを言ったの?」

「へぇーあの泣き虫だけど優しいベル君が怒るわけだ。」

「「「そっちの方が罪重くなるんじゃない?」」」

 

反論の余地など与える暇もない女神の応酬に、周りの神々・・・とくに男神は冷や汗を流しアポロンに向かって『お前のことは忘れない』『まぁ、1万年後に会おうぜ』などと拝む始末。そして、そこで1人のやけに疲れた顔をした男神がやってくる。

 

「やぁ、アストレア。お待たせ。ヘスティア、悪い代理をさせて」

「ヘルメス、遅すぎないかい?まぁ、一度やってみたかったからいいけどさー」

「あらヘルメス・・・顔色が悪いわよ?」

「いやぁ~・・・ベル君に石を投げられそうになるわ、手紙を送って欲しいって言われて2柱の女神のところに行かされるわ、その2柱が暴走しかけてそれを説得するのに時間かかるわで大変だったよ」

 

いや、うん、割とマジで死ぬかと思った。とお腹を摩るヘルメスにさすがに悪いことをさせたと思ったのか謝るアストレア。

曰くある月女神は『私のオリオンを泣かせただと?子供達よ続け!オラリオを沈めるぞ!』などと言い放ち、ある大神の妻は手紙の内容を読んで無言でヘルメスを殴り飛ばした。「えっ、俺!?」とヘルメスは思った。何とか2柱の女神がオラリオに攻めて来ないようにするのにいっぱいいっぱいでヘルメスはそれはもう疲れきっていたのだ!なんなら正義の女神様に膝枕してもらいたいくらいには!!

そしてそこで、『鏡』に映る光景に変化が訪れ、戦争遊戯も終盤も終盤がやってきたことを表していた。

 

■ ■ ■

「はぁーっ、はぁー・・・・ッ!?な、何が起きた・・・!?爆発!?」

石材の破片を払いのけたヒュアキントスは全身を発熱させ、周囲を見渡し確認した。玉座の塔どころか、城砦そのものが崩壊していた。真下からの爆発により玉座の間ごと爆砕され、耳は未だに耳鳴り音がしていた。

玉座の間は少なくとも地上よりも高い位置にあったにも関わらず、今自分がいる場所は先ほどまでいた玉座の高さよりも低くもう地面に落ちたといっても過言ではなかった。

団員を呼ぶも、帰って来る声はなく。次第に晴れてくる煙の奥に、瓦礫に埋もれた片腕や上半身を、そして瓦礫の中からは団員達の呻き声が聞こえてきてヒュアキントスは凍りつく。

 

(・・・・全滅?)

 

周囲で残っている自分しかおらず、その事実がヒュアキントスの精神の均衡を崩す。彼は乱心したかのように勢い良く抜剣し波状剣(フランベルジュ)を装備し、いまだやまない土煙に向かって叫んだ。

「どこだ!?どこにいる!?」

 

心臓が荒れ狂い、発汗が止まらない。この立ち込める煙のどこかに身を潜め、ヒュアキントスの首を狙っているのかと何度も己の体を回転させ崩壊した瓦礫の中で視線を四方へ振り回す。いつの間にか、暗かった空が明るくなっており太陽の光が、砂煙を切り裂き、徐々に散らしていく・・・その時だった。

 

背後から気配を感じ振り返れば、煙を突き破り襲い掛かる紅の瞳を輝かせるベルが現れ、ヒュアキントスは振り向きざま剣を薙ぐ。

ナイフと長剣が、火花を放ち、激突する。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

オラリオが、冒険者が、実況が、神々が、震えた。

あの大爆発の中から立ち上がったヒュアキントスに対しても、始まった一騎打ちに対しても、誰もが拳を作り、手に汗を握ってのめりこんだ。

 

「・・・っ!?」

「・・・」

 

放たれる斬撃。一振りの鏡の様に輝く変わった形の銀のナイフに誰かから奪ったであろう短刀。早く鋭い攻撃が眼前を通過し、一度防げば三度の斬閃が、蹴りが迫ってくる。正面で向き合った瞬間、白髪が疾走し、懐へ、側面へ、死角へ、視界外へ回り込み怒涛の乱打をたたみかけ、無理に距離を取ろうとすれば、瓦礫を蹴り飛ばしてくる。防戦を強いられ、反撃が許されず、武器の上から確かな衝撃が手を打ち抜き、痺れさせた。

その紅の瞳を見れば、確かな怒りの炎を宿しどこまでもヒュアキントスを追い詰める意思を感じさせた。

 

―――だ。

激しく打ち合う長剣とナイフ、すでに反応は遅れ始めており、圧倒的な暴力に確実に追い詰められていく。

―――誰だ。

酒場での一件の、力任せの戦い方などではなく、そこには確かに意思が篭っていた。

 

「何なんだお前はっ!?私はLv3だぞ!?・・・・このぉっ!!」

 

低姿勢からの突進を行ってきたベルを何とか回避し、蹴りを見舞い、距離を取り、右腕を高々と上げて賭けに出た。

 

「――【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

起死回生の切り札たる『魔法』の詠唱を開始する。

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ】!」

「【放つ火輪の一投―――】!」

大量に舞う砂塵の奥で紡がれる呪文をベルは邪魔することもなく、冷静に、そして、ヒュアキントスを瞠目させる行為を行う。

ベルもまた、ヒュアキントスと同じように右腕を高々と上げ重心を低くした。

その姿に、「まさか・・・」と思いつつも、もう今更詠唱を止めることもできない。

 

「【―――来れ、西方の風】!!」

ヒュアキントスは覚悟を決め、魔法を発動させる。

「【アロ・ゼフュロス】!!」

「――【天秤よ傾け】!」

太陽のごとく輝く、大円盤。

振りぬかれたヒュアキントスの右腕から日輪が・・・・放たれなかった。

高速回転しながら驀進してくるのは、ベルの右腕から放たれた日輪だった。

 

武器を入れ替えるのはこの戦争遊戯の際に伝令からは聞いていた。それでも、まさかまさか、魔法まで入れ替えるなど・・・ましてや詠唱を他人に行わせてトリガーだけを奪い取るなど考えもしなかった!

(・・・武器だけでなく魔法まで!?だが、入れ替えただけならばスペルキーまでは行使できないはずだ!)

ヒュアキントスは波状剣(フランベルジュ)を構えベルへと向かいながら、

 

「【赤華(ルベレ)】!!」と唱えた。

魔法の行使者であるヒュアキントスの呪文に呼応し、円盤は眩い輝きを放ち、大爆発した。

それでも、ベルは足を止めることなくそのまま爆煙の中に飛び込んみヒュアキントスに突っ込んだ。

その行動に『鏡』を通してみている者達は呼吸を止め、動きを止めた。一体どこまで驚かせれば気が済むのだと。そして、煙を突き破り、下段からナイフで切り上げる動作を行った。

 

「な、なに!?・・・こ、このっ!」

「―――【天秤よ傾け】」

「・・・っ!?これは、小人族(ルアン)の!?拾って使っていたのか!?」

 

ヒュアキントスから波状剣(フランベルジュ)の重みが消え、変わりにその手には小人族(ルアン)の短刀が納められており、ベルの右手にはヒュアキントスの波状剣(フランベルジュ)があり、ヒュアキントスは、アポロンは時を止め、そのまま斬撃を

「うああああああああああああッ!!」

「らあああああああああっ!!」

叩き込まれた。

 

下段からの切り上げにがヒュアキントスの体に斜めに刃が走り、宙を浮き、やがて地面へと一度大きく跳ねてヒュアキントスは大の字になり太陽を仰ぎ、そこから立ち上がることはなかった。

 

■ ■ ■

『せ、戦闘終了~~~~~~~っ!?勝者は何度も我々を驚愕の渦に巻き込んでくれた【アストレア・ファミリア】だぁ~~~っ!!』

 

オラリオの上空に、大歓声が打ち上がり、古城跡地で打ち鳴らされる激しい銅鑼の音とともに、決着を告げる大鐘の音が都市全体に響き渡った。舞台上ではガネーシャが雄々しい姿勢を決める横で、実況者のイブリが身を乗り出し真っ赤になって拡声器を使って叫び散らす。その彼の言葉は波が轟くように、観衆と建物の群れを呑み込んだ。

酒場では賭けで儲けたリリが「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!美味しい物が食べられますうううう」と叫び、「ちくしょおおおおおおお」と賭けに負けた冒険者達の声、様々な声が至る所で聞こえている。

 

その騒ぎは神々が集うバベルでも同じで、子供達を褒め称え、批評し、好き勝手に戦争遊戯の総括を始めている。アポロンは白くなっていた顔がさらに白く、青くなっており頭に被っていた月桂樹の王冠は力なく零れ落ち、『鏡』から見える光景が彼に現実から逃避することを許すことはなかい。

 

そして、審判のときが来るかのように女神達は声をかける。

「さて・・・アポロン」

「よぉ、アポロン」

「ア~ポ~ロ~ンッ」

ベルとパーティを組んでいた眷属を侮辱したな?と炉の女神は怒り、面白い結末に期待する道化の神は口を三日月の形に変え、正義の女神は微笑んだ。

 

「ひ、ひぃいいっ!?ア、アストレア!?じ、慈悲をっ!?で、出来心だったんだっ、ベベベ、ベルきゅんが可愛かったからつい悪戯を・・・・た、頼むっ、ど、どうか慈悲をっ!?」

ガタガタと震え上がり目から涙を零していくアポロンに、それはもう、死刑を告げるようにアストレアは口を開いた。

「ええ・・・・慈悲は必要だと私も思うの。だって、ベルが既に刃を振り下ろしてしまったから。だから、ヘスティアたちと話し合ったの」

「お、おお・・・!?」

「確か、あなたは言ったわね?私が勝てば何でも要求しろと」

慈悲が与えられると思ったアポロンは笑みを浮かべたが、すぐにそれは消える。

 

「全財産の没収」

「【ファミリア】は解散」

「オラリオからは永久追放を言い渡すわ。またチョッカイだされても困るもの。ああ、もちろん、貴方に真に忠誠を誓う子供達をつれて出て行くことは構わないわ。でも、今回と同じように強引な引き抜きによって眷族にした子供達は駄目よ」

「あー・・・・それから、アポロン。君に手紙だ。2通ある。読んでくれて構わないよ」

 

これ以上ない罰則に追い討ちをかけるように、ヘルメスはアポロンに手紙を渡す。その内容は

 

「私のオリオンが世話になったな。日中は慈悲をくれてやるが月夜には気をつけろ」

「お前がオラリオから出た時点から、鬼ごっこを始めることにする。1年間逃げ切れたなら見逃してやる」

 

「ひぎゃあああああああああああああああああああああっ!?」

アポロンは気絶しその声は都市を震わせるほどの絶叫だった。




戦闘描写はむずかしい

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