兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ベル君と逸れてしまったヘルメス様、現在ガチ焦り中(人の波にお互い流された)。
イシュタル様、現在、怪しげな連中のところにお出かけ。
フリュネ、割とガチで戦争遊戯見てなくて兎のことを知らない。
アストレア様、暗いのが駄目なベルが帰ってこなくて心配。


娼婦と兎

「―――もっ、申し訳ありません!?」

僕の正面にいる赤面した狐人の女性が、頭を下げる。

「て、てっきりお客様だとばかり・・・」

「い、いえ・・・迷い込んでしまった僕が悪かったのでそんなに謝らないでください・・・」

「そ、その・・・私、サンジョウノ・春姫と申します。あ、貴方様は・・・?」

「ベ、ベル、ベル・クラネルです」

「では、その、クラネル様?お客様ではないのなら、どうしてこんなところに?」

「うっ、じ、実は・・・」

 

 

 

 

そう、僕はあのあと、歓楽街を延々と彷徨い続け、道の角で臀部まで伸びている漆黒の長髪の踊り子のような衣装を纏った長身のアマゾネスの女性とぶつかりそうになったのだ。もっとも相手は素早い身のこなしで回避し、僕も咄嗟に避けようとしたので肩を掠める程度で済んだんだけど。

「ご、ごめんなさい!急に飛び出したりしてっ!えっと、そ、それじゃあ!」

謝罪もそこそこに僕はその場を離れようとすると、そのアマゾネスの女性に腕をつかまれ、ぐいっと引き寄せられ腰に両手を回され下半身と下半身が密着する状態で見つめあう形になってしまった。

「見ない顔・・・いや、どこかで見たような?あんた私に会ったことあるかい?」

「な、ないです!?」

「あぁ!?」

「レナ?どうかしたのかい?」

「アイシャ!この子!ほら、戦争遊戯の!!たった一人で【アポロン・ファミリア】を潰した!この間、男神様達が『歩くバスターコール』って言ってたよ!!」

「また変なあだ名がぁ!?」

また変なあだ名がつけられてる!?しかも何か物騒だ!!僕が変なあだ名に引きつっていると、アイシャと言われるアマゾネスの女性は一瞬目を見開いて、やがてぺロリと自分の唇を舐めて僕に耳打ちをしてきた。

「そんなあんたがこんなところに来たってことは、女を求めに来たのかい?」

「ち、違いますぅ!」

「じゃぁ・・・・私達の派閥を潰しにきてくれたのかい?」

「へっ!?」

そのアイシャさんの声と目はどこか、期待しているような雰囲気を纏っていて、僕は思わず固まってしまう。けれど、周りのアマゾネスたちはそんなことには気づかずに、むしろ『いい獲物が見つかった』くらいに空気を豹変させていく。

僕は、アマゾネス達のギラギラした視線とアイシャさんの言っている意味が分からずに滝の様な汗を流す。するとアイシャさんは空気を変えるように顔つきを変えて僕のことを担ぎ上げる。

「んじゃ、連れて行くとするかね」

「えっちょっ!?」

「強い男は大歓迎!」

「ねぇねぇ、あたしを指名しなよ!イイ思いさせてあげるよ?」

「そんなペチャパイより私にしな!!」

歓声を上げるアマゾネスの娼婦に、何も言葉を発さないアイシャさん。Lv3になったばかりの僕の力ではその腕からは逃れられず抵抗むなしく運ばれてしまう。

「―――こいつは私が最初に目をつけたんだ。誰にも渡さないよ」

「「ブーブー!!」」

そうしてやがて辿り着いたのは、周辺一帯で間違いなく最も巨大な娼館・・・いや、宮殿のような建物。広大な砂漠にそびえる王宮を彷彿させるほどの威容。金に輝く外装はとにかく豪華だ。円形の前庭を通って宮殿に辿り着くと、正面の大扉の上に見えるのは他派閥のエンブレム。ヴェールを被り顔の上半分を隠す裸体の女性・・・娼婦が刻まれた徽章だ。

「ファ、ファミリアの・・・本拠?」

驚愕する僕など知ったことではないのか、お構いなしに中へ連れて行かれる。

「はぁ、本当に何も知らないのかい?ここらへん一帯は私達の・・・いや、イシュタル様の所有物さ」

「イシュタル・・・様?」

「そう、ここは【イシュタル・ファミリア】本拠、女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)さ」

やがてアイシャさんに奥の部屋の長椅子に僕を下ろして説明する。そして他の娼婦が邪魔に思ったのか僕と2人だけにしろと指示を出して娼婦達を追い出した。

 

「・・・で、潰しに来たのが違うなら、何しに来たんだい?」

「し、知り合いが歓楽街に入っていくのが見えて、後をつけてて・・・そしたらヘルメス様とはぐれちゃって」

「迷子になっていた・・・かい?」

「・・・・はい」

僕の言葉を聞いて、アイシャさんは大きく溜息を吐いた。「どうせなら女の1人や2人抱いていきなよ・・・」と言わんばかりに。そして、外に誰もいないかカーテンから首を出して確認して、また僕に顔を近づけてくる。

「あんたの主神、アストレア様に『女神イシュタルが変な連中とつるんでる』って話を聞かされたりしてないかい?」と言い出した。

「へっ?い、いや、初耳ですけど」

「・・・ってことはあんただけが知らないのかい?はぁ・・・ったく。あーどうしたもんかねぇ」

「・・・・・何か、困ってるんですか?」

「あのまま放っておいたら抗争が起きちまうだろうね」

「っ!」

「私も詳しく知っているわけじゃないが・・・最近、妙な連中と取引をしているって噂が私達の中で上がってる。今もイシュタル様はその妙な連中のところに行っているのか留守だ。といっても、内容までは分からない。副団長のタンムズは口を割らないしね。だからいっそ、『歩くバスターコール』・・・ぶふっ、に私達の派閥を潰してもらえたらラッキーだと思ったんだけどね」

「その、そのあだ名をやめてください本当に。恥ずかしいです・・・・。あ、あと、アポロン様がああなっているのは流石に僕も予想外だったんです!」

「ああ、悪かった悪かった。じゃあ、坊や『殺生石』って聞いたことは?」

「・・・・ないです。魔道具か何かですか?」

「・・・・・いいかい、このホームの『宝物庫』を物色してみな。そこに面白いもんがある。女神アストレアに見せれば、顔つきが変わるくらいにはね」

「アストレア様が・・・?アイシャさんは何を知ってるんですか?」

「・・・それは言えない。ここから出してやってもいいが、『何かある』くらいは覚えておきな。」

そういって一度話をきり終えると、もう一度外を確認するアイシャさん。なんというか、どこか切羽詰っているというか・・・余裕がなさそうだった。

 

「アイシャさん、何が起きるんですか?」

「イシュタル様は『美』を司る女神だ。そして、このオラリオにはもう1柱いる。誰かわかるかい?」

「・・・確か、フレイヤ様?」

「そうだ。イシュタル様はそのフレイヤ様を潰そうとしているのさ。」

「・・・まさか、【フレイヤ・ファミリア】と抗争を?」

「その通り。私たちが勝てると思うかい?私達の派閥でLv5は1人、Lv4は1人。あとは私を含めてLv3や2といったところ」

「【フレイヤ・ファミリア】はLv7だっていますよ!?無理ですよ!」

「じゃあどうやって抗争をしようと思う?あんた、確か変わった魔法を持っているらしいじゃないか。それも『他者の力を上げる』魔法をね」

「・・・・」

「あんただけじゃないってことだよ。さ、そろそろお帰りの時間だ」

 

もう話すことはないのか、カーテンを開けて僕の腕を掴み、別口から外へ連れ出そうと動き出すアイシャさんに、それについていく僕。アイシャさんの腕は最初に出会ったときとは違ってどこか震えていた。と、そこで異変が起きる。

 

「やばい、アイシャ!?フリュネがここに来る!!兎君を隠して!!」

僕とアイシャさんの前に焦燥に彩られた顔のアマゾネスが飛び込んできた。

『フリュネ』・・・・?

僕の疑問を口にする前に、激しい足音と共に轟音を伴って、扉が吹っ飛んだ。それに巻き込まれてアマゾネスが吹き飛び、僕はその光景に目を見張った。

 

「――若い男の匂いがするよぉ~」

大きい鼻穴をひくひくと動かしながら、ソレは現れた。2Mを超える巨漢ならぬ巨女。赤黒の衣装から覗く褐色の短い腕と短い脚は比喩抜きで筋肉の塊だった。身の丈もさることながら横幅も太いずんぐり体型で、手足と胴体の釣り合いがおかしい。極めつけはその顔。でかい、とにかくでかい!!黒髪のおかっぱ頭で、ギョロギョロと蠢く目玉と横に裂けた唇は・・・その、ヒキガエルと言ってもおかしくなかった。いや、待て、待て待て待て!!まさか、まさか!アリーゼさんが言っていた『女の皮を被ったモンスター』ってアレのことなの!?

 

「ゲゲゲゲッ!ガキを捕まえて来たんだって、アイシャァ~?」

「チッ、何のようだ、フリュネ」

「興味が湧いたのさぁ~。誰だぁいそのガキはぁ!押し倒して跨ってその可愛い顔を滅茶苦茶にして・・・そそるじゃないかぁ~」

「ひぃっ・・・!」

 

ぼ、僕のことを知らない!?というか、怖い!目がやばい!涎まで垂れてる!!あ、あれが女の人!?う、嘘だ!!翼を持ったお姉さんでもあんな顔はしてなかった!!あれはもしや、強化種なのでは!?え、違う!?じゃあ何さ!!震え上がる僕に構うことなくアイシャさんは僕を自分の影に隠すように立ち構え、周りのアマゾネスたちもフリュネ・・・さんを囲う。

 

「アタイに相応しい雄が最近めっきり減って、退屈してるんだよぉ。少しくらいイイだろう?」

「いいわけないだろ!大人しく館の奥にひっこんでろ!どれだけの男を使い物にしたら気が済むんだ?」

「美しいっていうのも罪だねぇ・・・・。アタイ以上の女じゃあ満足できなくなっちまって・・・主神様もいいところ行っているが、アタイの美貌には敵わない」

 

本気だぁ・・・!?イ、イシュタル様もあんなだったりしないよね!?だ、だとしたらアストレア様の方が美の女神様だ!うん、きっとそうだ!そうに違いない!!

現実逃避する僕を他所に言い争いをするアマゾネスたち。そして、やがて、「アタイ等流で白黒つけようじゃないか・・・」などという声と共に始まるは、僕の貞操・・・いや、命をかけた逃走劇。狩人たちから必死に逃げるその姿はまさに、獲物そのもの。僕を何とか保護しようとするアマゾネスに、あわよくば食ってしまおうというアマゾネス。そして本気の本気で貪りつくそうとしてくるモンスター。この三竦みがぶつかってくれればよかったのに、どちらも僕を追ってくる!

時には本能の悲鳴に従い躊躇なく高所から飛び降り、どことも知れず逃げ惑う。そうして辿り着いたのが大騒ぎになっている館とは違って静まり返っている館で、安定しない精神のせいでスキルなんてろくに機能せず襖を開くとそこにいたのは、座してこちらに挨拶をする春姫さんだったのだ。

 

春姫さんは僕が娼館が初めてのお客さんだと勘違いして、リードしようと押し倒し襟元をはだけさせられ、僕の上に倒れこむように春姫さんは気絶してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「・・・というわけです」

「それは・・・大変でございましたね」

事情を聞いてくれた春姫さんは、僕に同情的な表情を向け、「おつかれさまでした」と言葉を追加した。うん、僕もう疲れた、お家帰りたい。春姫さんが言うには、アイシャさんは春姫さんの面倒を見てくれている姉のような人らしい。

 

「それでは、時間になりましたら、私が抜け道までご案内いたします。ただ・・・娼館の営業時間寸前までここに隠れているということになりますので、今晩中は諦めたほうがいいかと」

「うぐ・・・はぁ。お説教かなぁ」

「門限がおありなのですか?」

「いえ・・・そういうわけじゃないんですけど、こんなに遅い時間までいることなんてなかったのできっと心配させているなぁ・・・と」

「ふふ・・・愛されておられるのですね。そうです、せっかくでございますし、約束のお時間まで・・・私とお話しませんか?」

「お話?」

「ええ、時間はたっぷりございますので。」

 

そうして、僕と春姫さんは2人、窓辺の障子を小さく開け、蒼然とした夜空、そして月の光に見下ろされながら、2人でささやかな会話を始める。

「クラネル様のご出身はどちらなのですか?」

「僕はオラリオの北の方にある遠い山奥で・・・地図に名前も載っていないような小さな村です」

「地図に載っていない村でございますか?」

「はい・・・子供も僕くらいしかいなかったんじゃないかなぁ・・・。あ、でも、いいところでしたよ?」

質問に答えるたびに彼女の表情はコロコロと変わり、北はヒューマンが多いのか、どんな景色が広がっているのか・・・なんてことを尋ねてきては話を聞いては喜ぶそんな彼女に、なんというか『箱入り娘』という言葉が浮かんでくる。それと同時に、どうしてそんな人が、歓楽街に身を置いているのか不思議で仕方がなかった。なんというか・・・僕が言えることじゃないけど世間知らずな春姫さんはこの歓楽街では異質のように感じて仕方がなかったのだ。

 

「では、このオラリオには冒険者になるために?」

「うーん、どちらかと言えば新しい家族と一緒にいたかったから。でしょうか・・・もう1人になりたくなくて」

「・・・・」

「・・・・あっ、春姫さんはどこの出身なんですか?」

聞いてはいけないことを聞いてしまったような顔をしてしまう春姫さんにほんの少しうろたえて話題を切り替えようと今度は僕から質問をする。尋ねられた春姫さんは照れ隠しのように姿勢を正して答える。

 

「私の生まれは、極東でございます。海に囲まれた島国で、このオラリオより四季がはっきりとありました。春には満開の桜が咲き、夏にはセミが鳴いて、秋には鮮やかな紅葉が、冬には白い雪が積もります。」

懐かしそうに、哀愁を感じさせながら、時折思い出を掘り返すように目を瞑っては春姫さんは語ってくれる。月の光に濡れたその横顔はどこか浮世離れしていて、僕は思ったことを尋ねた。

 

「春姫さんは貴族の出身だったりするんですか?」

「・・・っ!?わ、わかるのでございますか!?」

「そ、その・・・僕の姉、正確にはファミリアの人に似たような人がいて」

「極東のお方なのですか?」

「はい、いつも着物を着ていて、怪我をしている僕に楽だからって浴衣をくれました」

「そうでございますか・・・・。私の家は何代も続く高貴な家柄で、母はおらず、父は国のお役人で幼い私は沢山のお手伝いの方々にお世話になっていました。」

 

住まいである広い屋敷以外の世界など知らず、貴族としての立ち振る舞いを身に着ける日々で、寂しさはあったが少ない友達もおり何不自由ない暮らしであったと語る彼女は、そこで顔を曇らせる。聞けば、11歳の時に極東に君臨する大神様に捧げるお供え物を寝ぼけて食べてしまったがために勘当されてしまったのだそうだ。

 

「ほ、本当に、春姫さんが食べたんですか?」

「・・・私は覚えていません。ですが、目を覚ました私の口の周りは食べかすがありましたので・・・おそらくは」

話についていけずにいると、春姫さんは顔を両手で覆い泣き出してしまう。僕は思わず、いつもしてもらっているように春姫さんの背中を摩ってやり、そこからオラリオにいたるまでの話を聞いた。聞いた中ででてきた、その客人の小人族はすごく怪しくて仕方がなかった。そうして客人に引き取られ、帰路のの道中にモンスターに襲われ、春姫さんを置いて逃げ出し、殺されかけたところを盗賊に助けられ生娘であることを確認された後、売り払われこの歓楽街で買い取られイシュタル様の目に止まり【イシュタル・ファミリア】の一員になったのだそうだ。思わず絶句し茫然自失する僕を見て春姫さんは少し咳払いをして『オラリオに興味はありませいたので、来れてよかったと思っておりますよ?』などと取り繕う。

 

置いていかれた僕と、追い出された春姫さん。

冒険者になった僕と、娼婦として買い取られた春姫さん。

僕は、なんとも言えない気持ちで胸が痛くて仕方がなかった。僕はお義母さんも叔父さんももうこの世にはいないから会えないけど・・・春姫さんはきっと、生きていても会えないのだから。

暗い顔をする僕に気が付いたのか、春姫さんは手を叩いて話題を変える。

 

「・・・・」

「そ、それに!極東にも沢山の物語が伝わっているこのオラリオに憧れていました」

「・・・『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』ですか?」

「はいっ」

 

故郷でお爺ちゃんからもらってはお義母さん達に読んでもらっていた『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』。このオラリオで紡がれた英雄達の物語は、原典は少ないらしいけれど、それをもとにした童話や御伽噺は世界中に広まっている。僕の口から出た本の名前に、春姫さんは嬉しそうな顔をする。

 

迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)も好きですが・・・私は異国の騎士様が、聖杯を求めて迷宮を探検するお話もよく覚えています」

「えっと、『ガラードの冒険』?不治の王女様を癒すために、聖杯を探しに行くっていう・・・」

「ご存知なのですか!?で、ではランプに封じられた精霊・・・」

と一気に話が盛り上がっていく、暗い話は他所に僕も春姫さんも笑顔になって語り合う。娼婦の中には物語りを知る人は少ないらしく、今まで取り合ってもらえなかったのだろう。すごく、嬉しそう。

 

やがて瞼を閉じて微笑して悟ったように言葉を零す。

「私も本の世界のように、英雄様に手を引かれ、憧れた世界に連れ出されてみたい・・・そう思っていた時もありました。ですが、それはただの夢物語で、連れ出してもらう資格は私にはございません」

「そんなことないっ!英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てたりなんてしない!資格なんて・・・関係ない!」

「クラネル様?英雄にとって、娼婦とは破滅の象徴なのです。・・・・殿方に体を委ね、床を共にしている私を・・・・」

僕は、それ以上言ってほしくなくて、僕の手を取ってくれた英雄だったら娼婦だろうとお構いなしに手を取るだろうと思って、僕は春姫さんの言葉を遮るように口にする。普通に考えればきっとありえないような話を。

 

「僕の故郷の村には、喋るモンスターがいました」

「・・・え?」

「空のように青い色で綺麗な翼を持っていて、エルフの人たちが聞いたら怒るかもしれないけど、すごく綺麗な顔をしたセイレーンだったんです。ある日、嵐の後に横転している荷馬車の中にそのヒトはいたんです」

「・・・どうされたのですか?」

「誰も動けないでいる中で、僕だけが・・・そのヒトを助けました。」

「・・・っ」

「村の人たちは最初は避けていたけど、次第に交流していって宴の時にはセイレーンのお姉さんの歌声を聞きながら踊ったりする人も出るようになったんです。モンスターの手を取れて娼婦の手が取れないわけないじゃないですか。それに」

「それに?」

「僕の家族は、かつてオラリオで沢山の人の命を奪った。なら、その家族である僕は知らないとはいえ石を投げられる可能性だってある。それでも、僕の今の家族は手を取って迎え入れてくれた。そんな僕が・・・娼婦だどうので、春姫さんの手を取れなかったらそれこそ怒られちゃいますよ」

 

そうして約束の時間が来て、僕は春姫さんに連れられ裏口から館の外に出て、遊郭を抜け、人の記憶から忘れ去られたような路地裏に入る。

春姫さんが持つ行灯型の魔石灯が、暗い細道で揺らめく。

「この先は、『ダイダロス通り』に繋がっています。大通りに戻らずこの道を利用すれば、アイシャさん達に見つからないはずです。道標を辿れば迷うこともなく抜けられるでしょう」

そう言って、春姫さんは僕に魔石灯を渡してきて、僕はそれを受け取る。少しだけ見詰め合って、僕は迷宮街の入り口をくぐった。黙って歩き続けて、おもむろに立止まり振り返ると、そこにはまだ春姫さんがいて微笑を浮かべていた。

 

「・・・・春姫さん」

「はい」

「助けてって言ってくれれば、僕は助けます。だから、えっと・・・」

「・・・はい」

「・・・手を握ってくれるのを待ってます」

「・・・はい」

 

それだけを言って、僕は道標にしたがって足を進める。少しだけ振り返ると、まだ僕を見つめている春姫さんと後からやってきたのか、アイシャさんがそこにはいた。

 

「アストレア様は・・・何か知ってるのかな・・・」

 

きっと心配してるだろうなぁ・・・と明るくなっていく街の中を僕は駆けていった。

 

 

■ ■ ■

 

「ベル、正座」

 

そう、姉に怒られるだなんて、思いもせずに。


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