兎は星乙女と共に   作:二ベル

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展開が速くないかと自分でも思う。


兎は狐を助けたい

 

「アストレア様、アリーゼさん達は僕に・・・何を隠しているんですか?」

「・・・・どうしてそう思うの?」

「なんていうかその、イシュタル様のことを話したときもですけど、何か誤魔化そうとしているというか、僕には言いたくないみたいな感じがするというか・・・」

 

目を覚ますと、隣で眠っていたアストレア様も目覚めていたから、僕は疑問に思っていたことを聞いてしまっていた。何と言うか、あの『極彩色のモンスター』も含めて僕を遠ざけているようなそんな気がしてならないのだ。時々夜遅くに僕とアストレア様以外で話し合いをしているときだってあるし・・・・何と言うか、隠し事をされているような気がして嫌だった。そんな僕のことを頭を撫でながら、言葉を選ぶように答えるアストレア様と悶々とする僕。

 

「そうねぇ・・・・。でも、ベルを大事に思っているから隠していることだってあると思うわ」

「・・・・置いていかれるのは嫌です」

「そうよね、いやよね・・・・。でも、少しだけ待っていてくれないかしら?」

「・・・え?」

「アリーゼ達が決めたことだから、ちゃんと話し合わないといけないの。私が勝手に話してしまっては、アリーゼ達はきっと怒るでしょうから」

「・・・・はい」

「さ、そろそろ起きましょうか。ベルもやることがあるでしょう?準備しないと」

「はい。でも、アストレア様は体大丈夫なんですか?ちゃんと休まないと・・・」

「ベルほどではないわ」

「へ?」

 

そう言ってアストレア様は頬を少し赤く染めて僕の下半身を指差して言う。

 

「何の『薬』かは知らないけれど・・・大丈夫なのかしら?」

「うぐぁっ!?み、見ないでくださーい!」

「ふっふふふ」

「うぅぅぅぅアリーゼさぁぁん」

 

恥ずかしさのあまり掛け布団に潜り込む僕を微笑ましく笑っては摩るアストレア様。それを少し恨めしく顔を出して見つめると「ごめんなさい」なんて言うけれど、その顔はやっぱり笑っていた。

 

「本当に大丈夫なの?」

「べ、別に問題ないです・・・静まりかけです」

「そ、そう・・・」

「あとで・・・歓楽街に行ってきます」

「調査に行くのよね!?そうよね!?」

「当たり前じゃないですかぁ!」

「お、お願いだから他所の女の子に手を出したりしないでね?お願いよ?」

「わかってますってばぁ!うぅぅぅ、もう一回お風呂入ってきていいですか?」

「え、えぇ・・・私も入るわ・・・」

 

2度目のお風呂に入ってちゃんと目を覚まして、僕は今日行う潜入調査の準備を始める。やっぱりアストレア様に「本当に大丈夫?」と言われたけれど、うん、大丈夫。ちゃんと静まりました。だからあんまり見ないでアストレア様ぁ!!

 

■ ■ ■

 

「えっと、『殺生石について』と『女神イシュタルがつるんでいる連中について』と・・・・。」

 

リビングのテーブルに必要なものを整理していく僕とアストレア様。アリーゼさん達はもう既に出かけていて、書置きには「ダイダロス通りに行ってきます」とだけ書かれていてアストレア様はそれだけで何をしに行ったかを理解したのか少しだけ目を瞑って無事を祈っているようだった。

 

「念のために、エリクサーも持っていきなさい」

「はい」

「でも見つかると思ったり危険だと判断したらすぐに逃げること。フリュネ・ジャミールに捕まったら壊されるから気をつけてね?・・・気をつけてね?」

「は、はい・・・!」

「彼女は主神の命令だろうとお構いなしと言うか・・・とにかく襲ってくる可能性があるから、その場合の戦闘行為は目を瞑るわ。ただし」

「こちらからは仕掛けちゃだめ・・・ですよね?」

「正解。私たちは抗争がしたいわけではないから・・・面倒だけれど、お願いね?」

「はい・・・えっと、春姫さん達はどうすれば?」

「うーん・・・本人達が望むなら、連れて来て構わないわ。あとでアーディちゃん当りに頼んでみるわ」

「わかりました」

 

準備が一通り終わって、装備を整えて外に出る。太陽は傾き、もう暗くなり始めていた。振り返ってアストレア様の顔を見ると少し心配そうにしていたから、つい抱きついて言葉を漏らす。

 

「・・・・ちゃんと帰ってきます」

「ええ、無事に帰ってきてね。・・・・いってらっしゃい」

「行ってきます!」

 

それだけ行って僕は駆け出した。

アストレア様の話では、以前から『実力を偽っている』と言う話があって、それを糾弾した当時敵対していた複数の派閥がいたそうなんだけれど、ギルドの調査が入ったのちに戦闘娼婦のステイタスを開示し不正していないという結果で終わったらしい。そしてイシュタル様は訴えた派閥とギルドに『言いがかりを押し付けられた』と訴え返して罰則と罰金を要求・・・そして弱体化した派閥を、全て壊滅させて女神達も天界に送還されるということがあったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちわ、ベル・クラネル」

「こ、こんにちわ、アスフィさん・・・大丈夫ですか?」

「ふふふ、これが大丈夫に見えるなら大したもんですよ」

「で、ですよね・・・」

「・・・ヘルメス様が帰ってこないと思ったら、歓楽街に行っていたなどと・・・ふふふふ。すり身にしてやりましょうか」

「ひ、ひぇ・・・」

「・・・コホン、失礼。私が貴方に会いに来たのは、これを渡せとヘルメス様に頼まれたためです。」

「・・・・兜?」

魔道具(マジックアイテム)『ハデス・ヘッド』です。それを被ることで透明になることができます。潜入するにはうってつけでしょう?」

「だ、誰から聞いたんですか?」

穀潰し(ヘルメス様)からです。ああ、ゴーグルは後ほど貴方のファミリアの方に持っていきますので。持っていても邪魔でしょう?」

「あ、ありがとうございます!」

 

ヘルメス様、あの後無事・・・無事?に帰れたんだよかった。それに魔道具まで貸してもらえるなんて、すごいなぁ・・・アスフィさんは。僕はアスフィさんにお礼を言って、歓楽街へと足を動かす。

 

 

■ ■ ■

繁華街に入り、昨日通った道を進みながらやがてたどり着くのは歓楽街。

都市の第四区画、その南東メインストリート寄り。地理的に隣接する繁華街とは打って変わって、場は雰囲気がまるで違う。建物の壁や柱に設置される桃色の魔石灯。数少なにぼんやりと輝く街灯に照らされるのは、艶かしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板、そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾る蠱惑的な女性達。アマゾネス、ヒューマン、獣人、小人族etc...etc...多くの娼婦達が男性を呼び込んでは店の中に引っ込んでいく。

 

「2回目だけど、目に毒というか・・・うぅぅ・・・早く進もう」

 

心の中で輝夜さんが『ぶぁ~かめ、私達の裸を散々見ておいて今更何が目に毒なのだ?』って言っている気がするけれど、この空気は駄目だと思う。うん、何か違う。お姉さん達はいつも通りの格好の方がいい、僕はそう思うよ、輝夜さんっ!

 

そんなことを考えていると、昨日と同じように声をかけてくるアマゾネスさんがいた。

 

「あんた・・・昨日の今日でまた来たのかい?今度こそ私を抱くかい?」

「抱きませんよぉ!」

「じゃあ何しに来たんだい?」

「えっと・・・宝探し?」

「はぁ?・・・あぁーそういうことかい。考えはあるのかい?」

「はい、とりあえずアストレア様にも伝えて頼まれてここにきました」

 

「ならついてきな」と昨日と同じように僕を本拠である女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)へと連れて行き、昨日と同じ部屋へと入れられた。カーテンから顔を出して誰も来てないか確認して、話を始める。

 

「で、どうするつもりだい?」

「アストレア様の考えでは確かに、イシュタル様が怪しいというのは確かで『実力を偽っている』ということでも昔ひと悶着あったと聞きました」

「『殺生石』については?」

「わからないと言ってました。」

「はぁ・・・そうかい」

「それで、資料室にも行ってみようかと思って」

「まぁ、好きにしな。ただし私は協力できないよ。せいぜい部屋の前にいるくらいが限界だ」

「ですよね・・・」

 

アイシャさんが言うには、『実力を偽っている』というのが、僕と同じような『他者を強化する魔法』というもののことらしい。フリュネさん・・・・はいつ現れるかわからないから、気をつけろととにかく釘を刺された。僕は『ハデス・ヘッド』を装着して、姿を消して行動を開始する。宝物庫の場所だけは着いてきてくれて、見張り役までしてくれる。その間に僕は、宝物庫に目ぼしい物が無いかと物色する。側から見れば盗人同然だなーなんて考えてしまう。

 

「特にこれといって・・・閃光弾と煙玉は貰っておこうかな。」

「坊や、聞いていいかい?」

「はい?」

「あんた、春姫を助けると言ったそうじゃないか」

「春姫さん、何て言ってました?」

「あの子が初めて、泣いて『死にたくない、体を売りたくない』と言ったよ」

「じゃあ、助けます」

「言わなかったら助けなかったってことかい?」

「結果的には助けてたと思いますけど・・・・会うことはなかったんじゃないかなって」

「何で助けようなんて思ったんだい?」

「えっと・・・別に娼婦だからとか、僕にとってはどうでもよくて、助けたいって思っただけですよ」

「『喋るモンスター』を助けたってのも関係あるのかい?」

「聞いたんですか?」

「聞いたねぇ。聞いたし、数年前だったか、このオラリオにはある御伽噺の本が書店やらに並ぶようになってね。作者も不明だし、包装もバラバラ。でも、どういうわけか人気なのさ。『白い子供と翼を持った女』の御伽噺がね。だから、つい私も春姫もそれを思い出しちまったよ」

 

僕の知らない御伽噺?でも、どこか僕のことを言っているような・・・気のせいじゃない、よねきっと。会話をしながら物色する僕は、そこで、おかしな剣を見つける。柄頭には何かを嵌め込むためなのか窪みができていてどことなく、戦闘用の武具ではない感じがした。その剣を僕は腰に納めてこれ以上は無いと判断して宝物庫を出た。アイシャさんもそれがわかったのか、見えないのに自然と次の目的地へと付いてくる。

 

「アイシャさん、見えてるんですか?」

「いや・・・・匂いで追ってるだけさ」

「僕、臭いですか?」

「あんた、ここに来る前に風呂にはいったろ」

「うぐぅっ!?」

「雄の匂いがしていたら、あのヒキガエルに見つかってただろうね」

「そ、そのときは戦うしかないですね・・・ハハハ」

「ったく・・・。ほら、ここが資料室だ。ああ、主神室はやめておいたほうがいい」

「どうしてか聞いても?」

「イシュタル様が不在とはいえ無人と言うわけじゃない。なにより、男共が複数いるからね、探し物なんてしてたらいくら透明でもバレるだろうさ」

「なるほど」

 

さっきと同じようにアイシャさんは自然とするように資料室の前に立ち、僕は中を調べ始める。資料室というだけあって、納められている蔵書はとても多く薄暗い部屋には紙と木の香りが漂っている。なるべく音を立てないように慎重に本棚の迷路を進む中、机の上に無造作に投げ出された羊皮紙と巻物の束が目に入った。多くの者が読み込んだ形跡があり、僕は羊皮紙の一枚を手に取り、中身を見る。

 

「・・・殺生石の儀式について?えっと・・・『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材にして生成する禁忌の魔道具で・・・」

 

『玉藻の石』の原料は、狐人の遺骨と記されていて僕は絶句する。墓から掘り出して・・・・作り出した!?『鳥羽の石』は別名、『月嘆石(ルナティック・ライト)』と呼ばれていて月の光を浴びることで色を変え、光を放ち魔力を帯びる特殊な鉱石で鍛冶師の間では武器の素材として利用されると記されているけれど・・・・恐らくこの『玉藻の石』だけは、非合法も非合法なのだろう。

 

「狐人の魂を封じ込めることで・・・狐人の魔法、妖術の力を第三者に与える・・・・。代償として生贄にされた狐人は、魂の抜け殻になる・・・?」

 

『殺生石』は砕け、その破片一つ一つが『妖術』を行使できる魔法の発動装置になり、かつ、オリジナルと変わらず詠唱さえ必要としない。【イシュタル・ファミリア】にいる狐人は、僕の知る限り1人しかいない。つまり、春姫さんが、アイシャさんの言う『他者の力を上げる』魔法を持っていて、それを魔道具にして全員に持たせることで強力な軍団にして、【フレイヤ・ファミリア】に?

 

「砕けた破片を集めても・・・・その狐人は、廃人も同然の人形に・・・。」

 

「・・・大丈夫かい?」

「ご、ごめんなさい。聞こえてました?」

「いや、少しね」

「春姫さんは・・・・生贄にされるんですね?」

「・・・・・」

「それをアイシャさんが一度、失敗に終わらせたから、『魅了』を受けたってことですか?」

「・・・はぁ、そうさ。だから私はもう逆らえない」

 

つい動揺してしまって、それが外に聞こえていたのかアイシャさんは僕に声をかける。深呼吸をして何とか鎮めて、バックパックに仕舞い込み、さらに資料を漁る。

 

「えっと・・・これは・・・・ん?アイシャさん、聞いていいですか?」

「・・・・どうしたんだい?」

「・・・『精霊の分身』って何ですか?」

「・・・・は?」

 

僕が次に手にした資料には、『宝玉』『天の雄牛』『精霊の分身(デミ・スピリット)』『タナトス』とキーワードだけでも何か怪しさがプンプンするものが記されていた。春姫さんのこともそうだけど、それ以上に、嫌な予感というか・・・そう、18階層のあの隠し通路のような場所が頭に浮かんで仕方ない。

 

「ア、アイシャさん・・・タナトスって・・・・」

「・・・っ!」

「アイシャさん?」

「悪いが坊や、宝探しはここまでだ!

 

アイシャさんの声音に動揺が走っていた。何事かと思えばすぐさま殺気立って声を荒げた。「ヒキガエルが来た」と。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「アイシャさん!どうなってるんですか、これは!?」

「知るかぁ!走れぇ!!あんのヒキガエル、いつきやがった!!」

「アイシャアイシャ、まずいって、何がどうなってるの!?それにその子、いつから!?」

「ああもう!レナ、あんたは黙ってな!ややこしい!うちらの派閥はもうすぐ終わる!『タナトス』だって!?そりゃぁ闇派閥(イビルス)側の神だよ!」

「「えぇぇぇぇ!?」」

 

僕は今、アイシャさん、そして少し小柄なレナさんと例の如く逃げている。追ってくるのは、固体名『フリュネ・ジャミール』という怪物だ。どういうわけか、僕の匂いを嗅ぎつけたのか「昨日の雄の匂いがするよぉ~」と襲い掛かってきた。身の危険を感じて、というか、こんな狭いところであんな巨体と戦うわけには行かないと、せめて女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)のメイン玄関に向かって全力疾走しているのだ。でも、そのフリュネさんの腕には、血を流す春姫さんがいて・・・アイシャさんも僕も動揺を隠せない。

 

「アイシャさん!春姫さんが!!」

「わかってる!儀式のために殺しちゃいないはずだ!」

「ゲゲゲゲ!どこまで逃げる気だぁい?さっさと諦めちまいなよぉ!いい夢見させてあげるよぉ!」

「ひぃぃぃぃぃ!!もっとアリーゼさん達の匂い付けておけばよかったかなぁぁぁ!?」

「坊やあんた、そういう関係だったのかい!?その歳でやることやってるんだねぇ」

「意外と余裕ありますよね、アイシャさん!?」

「戦闘娼婦舐めんじゃないよ!」

「どうするの!?早く春姫助けないと流石にまずいよ!?」

「飛び降りな!そこであのヒキガエルを潰すよ!坊や、もうこの際、魔法を使いな!主神にも命令されてるんだろう!?レナ、あんたはさっさと逃げな!巻き込まれるよ!」

「っ!」

 

3人そろって、高所から飛び降り、目的地のメイン玄関へと着地し、戦闘の構えをとる。少し遅れてドスン!!と音を立てて・・・どころか、床を破壊してフリュネさんは着地する。血を流し気を失っている春姫さんは、どこか、もういっそ、バッグにつけたりするようなアクセサリーに見えて仕方がない。

 

「・・・・春姫さんはどうして怪我をしているんですか?」

「ウゲゲッ、そりゃぁ、当然さ。イシュタル様の命令を無視したんだから」

「・・・命令?」

「満月の夜、『殺生石の儀式』をやるって言っているのに、今更『死にたくない』『いやだ』『体を売りたくない』なんて勝手なことを言うから、このブサイクはこういう目にあうのさぁ~!」

「・・・ガフッ」

「春姫さんっ!」

 

まだ意識が微かに残っているのか、揺さぶられるたびに苦しそうに呻く春姫さん。でも、その姿は痛々しく頭や体の至る所から血を流していて、綺麗な金髪が血に染まっていて僕は頭に血が上っていく。

 

「・・・・その人を、離せ!」

「何言ってるんだい?これはアタイ達の道具だ!?フレイヤの連中を潰すためのねぇ!他所の派閥のもんが口を挟むんじゃあないっ!!」

 

闘争に飢え、迷宮都市の玉座を手に入れんとする女戦士達は春姫の『力』を離さない。苦痛に、激痛に顔を歪めもがく春姫を見てベルが叫ぶも巨女は聞かなかった。それどころか、ブンブンと振り回して言葉を投げつける。

 

「そもそも娼婦としても役立たずの不細工を、穀潰しを養ってやったのは誰だと思っているんだァ・・・・こいつには、アタイ達に体を張って尽くす義務があるのさァ」

「・・・っ!」

「そうだろォ、春姫ぇ・・・・見せてやりなァ・・・あんたの『力』をねェ!」

「う・・・ぁぁ・・・」

 

首根っこを掴まれ、妖術を使うことを強要するフリュネ。歯を噛み締め睨みつけて殺気をこれでもかと立てるアイシャ、そしてベル。かくして、狐人の少女は震えながら、詠いだす。

 

「クラネル・・・様・・ごめ、なさい・・・」

「早くおしぃ、春姫ェ!」

「【―――大きくなれ】」

「ゲゲゲゲゲゲッ!?それでいいんだよぉ!絶望させてあげるよぉ!兎ぃ!」

「・・・・【天秤よ傾け、我等を赦し全てを与えよ】・・・乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)オーラッ!」

「・・・・へぇ、これが坊やの・・・」

 

咄嗟に僕は、全能力上昇魔法を自分とアイシャさんにかけて春姫さんの妖術に備えた。

「【其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を。】」

 

朦朧とする意識の中で、何かを差し出すように両手を震わせながら胸の前に突き出して声音を奏でていく。

 

「何をするつもりか知らないが、無駄だったねぇ~!?ゲゲゲッ、今からたっぷり可愛がってあげるよォ!」

春姫の歌声が響く中、フリュネは大戦斧を頭上に掲げる。

 

「坊や、戦争遊戯のときに使っていた、『魔法を入れ替える』のはできないかい?」

「・・・無理です。春姫さんの妖術がどういうのかわかってないので・・・戦争遊戯のときは、失敗してもローブで守られるからできたってだけで」

「なら、あの『黒い魔法』は個人だけに使えないのかい?」

「使えますけど・・・」

「なら、あのヒキガエルが春姫を離したら、やっとくれ。隙なら私が作る。」

「わかり・・・ました」

 

「【――大きくなれ】」

 

アイシャさんに指示を受け、2人とも武器を構える。

 

「【神撰を食らいしこの体。神に賜いしこの光金。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を。】」

 

紡がれる呪文はフリュネさんへと送られ、詠唱が完成に近づき、伴って薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。フリュネさんは降り注ぐ光を浴びて、高らかに笑い声を上げる。

 

僕は右腕を伸ばし、フリュネさんに向けて人差し指を立てて、唱える。

 

「【ウチデノコヅチ】・・・・・ゲホッ!」

「【天秤よ傾け、罪人は現れた。汝等の全てを奪え】・・・乙女ノ天秤(バルゴ・リブラ)ダウンッ!」

 

魔法の発動は、春姫さんの方が少し早く燦然と輝く光槌が落ち、フリュネさんの全身を包み込んだ。光の奔流が巨女にもたらすものは、体と心を奮い立たせる活力、そして純粋な『力』。閃光が走りぬけ、フリュネさんに夥しい光粒が付与されていた。

 

「ウゲゲゲゲゲゲェッ!!」

 

奇声を、大声を上げながら春姫さんを投げ捨て僕とアイシャさんへと突っ込んでくるフリュネさんを左右に避ける。

なんだろうこの感じ・・・僕の魔法とは少し違う?

 

「いいか坊や、春姫の魔法は一定時間内にLvを一段上げる、『ランクアップ』させる魔法なのさ!」

「はいぃ!?」

 

何とか攻撃を逸らし、避け、時には『福音』で反撃する僕に、同じく戦っているアイシャさんが説明する。

春姫さんの魔法【ウチデノコヅチ】。

その効果は対象人物の【ランクアップ】。

制限時間内に限り、Lvを一段上昇させる。イシュタル様が【フレイヤ・ファミリア】打倒の切り札として秘匿していたもの・・・。これを殺生石で全員に持たせようとしている?僕が言っていいのかわからないけれど、反則級の超越魔法だ。

 

「・・・あん?待て坊や、遅すぎる」

「へ?」

「坊やの今の魔法は、何だったんだい?」

「えと・・・相手の全能力を下げる魔法ですけど・・・」

「・・・天秤・・・なるほどねぇ」

「え?」

「あんた、自分の魔法を理解しきってないだろ。あいつは確かにランクアップしているが・・・それにしちゃ、遅すぎる。」

 

その証拠に、こうも簡単に対処できすぎてしまっている。とアイシャさんは大朴刀を撃ちつけながら答える。言われてみれば、僕もフリュネさんの斧をナイフで逸らしたりできてる・・・。まさか・・・『バランスを取ってる』ってこと?

 

「相手からすりゃ、天秤は不利なほうへと傾いてるんだろうさ!けど、その恩恵を受ける私たちにとっては、バランスが取れてる。相手のステイタスが高ければこっちもそれだけの恩恵があるってことなんじゃないのかい!?」

「な、なるほど!?」

「平行詠唱はできるのかい!?」

「無理です!」

「はっきり答えるんじゃないよ!・・・私が相手するからとっととやりな!」

 

 

「どうなってるってんだい!?アタイはLV6だよォ!?それが何でLv.3の不細工がやりあえてるってんだいぃ!?」

「知るかバーカ!!春姫だけじゃないってことだよ!」

 

アイシャさんが大朴刀でフリュネさんへと猛攻をけしかけ僕は一度離れ、さらに追加詠唱を詠い始める。さっきと同じように、右腕を伸ばし、人差し指をフリュネさんに向けて―――

「【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、――】アイシャさんっ離れて!」

 

僕の声が聞こえたのかアイシャさんはフリュネさんから飛びのいて、僕は魔法を放つ。

「―――【ディア・エレボス】ッ!!」

 

光粒を纏うフリュネさんの体を足元から黒い影とも形容しがたいものが這い上がって包み込む。個人を対象にするのは初めてだけど・・・・範囲が狭いとこうなるんだ・・・・。

フリュネさんはビクンッ!と体を跳ねさせてから、ピクリとも動かなくなった。


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