カーリー・ファミリア:メレンでの損害賠償を支払い終わるまでギルド、ロキの監視下。
「まさか、『喋るモンスター』が本当にいるとは・・・・」
「普通のモンスターの嫌な感じ、しないね」
「というよりもう、別モノって感じだろ」
「ベル様?ベル様にはその方がどう見えているんですか?」
「・・・・ヒトだよ。僕たちと同じ反応」
目の前で生まれた、どこか僕たちとは姿が違うモンスターを前に、全員が固まっていた。そのモンスターは醜悪な人型のモンスターとも一線を画していて、僕たちからかけはなれた外見も、ここまでくるといっそ神秘的にすら感じられる。全員が、人にもモンスターにも似つかわしくない存在に、簿僕は生まれた瞬間を目撃したことに対する驚愕と、僕とアーディさん以外は喉をかすかに引きつらせていた。
「
「亜種ってことは?【大切断】、あんたら【ロキ・ファミリア】は59階層までいったんだろ?」
「いや、それでもこんな見た目のはいなかったよ?人型って言っても、セイレーンとかハーピィとか・・・リザードマンもいれたら限りがないけど・・・でも、どれも違うと思うよ?」
「アーディ?何故、黙っているのですか?」
難しそうな顔をするアーディさんが視界に入ったのか、リューさんは声をかけた。『何か知っているのでは』と。
「うーん・・・私も生まれるところは初めて見るなぁ」
「アーディさん?」
「・・・あー、でぃー?」
「やっぱり、喋れるんですね。言っておきますがベル様?彼女を地上に連れて行くなんて言わないでくださいよ」
「え?」
「当然です、危険すぎます。そんなことをすれば、地上が混乱を起こしますしベル様のファミリアにまで被害が及びますよ」
「うっ・・・」
『こんな言い方はいけないとは思いますが・・・』とリリは説明してくる。
綺麗な見た目だからと、喋るモンスターだからと地上に連れて行けば、それこそ地上は大混乱。『モンスターはモンスター』であることに変わらず、その存在は人類の敵であることになんら変わらない。ましてや最悪、僕が人型のモンスターに欲情してしまう異常性癖、人物を指す言葉である『怪物趣味』だと疑われ、【アストレア・ファミリア】にまでその矛先が向かいかねない、と。
「【ロキ・ファミリア】としてはどうなんだ?」
「うーん・・・私も難しいことはわからないけど、干渉するべきじゃないって言うと思う」
『私個人としては、嫌な感じがしないし攻撃したくないなー』とティオナさんは続けて、僕は座り込んでいる
「アリーゼも、喋るモンスターに関しては、調べてはいましたが成果はなしでした。アーディ、何か、知っているのでは?」
「うっ・・・はぁ、もう黙ってても仕方ないかぁ。この子、いや、正確に言えば『理知を備えるモンスター』のことを、私たちは【
観念したように、竜女の頭を撫でながら説明をするアーディさん。
【ゼノス】――神々の間で『異端』を意味する言葉だ。
正しき系統からはじき出された、異分子。
「この子たちには共通した特徴があって、通常のモンスターより高い知能、知性を有していて、何より心を持っている。それも私たちと何ら遜色ない心を。」
それは、破壊や殺戮の衝動に支配されない、常軌を逸した『怪物』。
アーディさんの説明に、全員が息を飲む。
「【
「支援・・・ですか?それは、【ガネーシャ・ファミリア】が?それに、一部の者とは?」
リューさんの疑問にアリーゼさんは首を横に振り、さらに僕たちを驚愕させる名前を出した。それは
「【ギルド】、正確に言えば【ウラノス様】と、そして私たち【ガネーシャ・ファミリア】の一部。これは、幹部でも全員が知っているわけじゃない」
ギルドの名が、そしてウラノス様の名前が出たこと。それは全員を驚かせるには十分だった。
「『人類と怪物の共存』、それがウラノス様の神意だよ。」
そんなことは不可能だ。と誰かが言った様な気がした。アーディさんも『うん、実際全然進展してない』と頷く。
モンスターは人類の敵。人類はモンスターを殺し、モンスターは人類を殺す。互いに圧倒的な嫌悪と忌避感を抱き合う人と『怪物』は決して相容れない。下界の住人とモンスターが殺しあうのは運命だ。『古代』、モンスター達が『大穴』より溢れ出てきた時より決定付けられた、宿命だ。彼等には果て無き闘争が定められている。
僕も、冒険者になる前に輝夜さん達に教えられたことだ。『だから、モンスターに安易に話しかけるようなことはするな。でないとお前は死ぬ』とまで言われた。
「【
「・・・そのための、【怪物祭】というわけですか」
「そ、モンスターにたいする大衆の抵抗を少しでも緩和させようと、五年前からね。」
【
あくまで布石でしかない。事実、効果が上げられているかと言われればなんともいえない。今年のフィリア祭に関しては、何者かがちょっかいを出してくれたしね。
一通りの説明が終わって、今度はみんなが僕のことを見る。お前はどうしたい?と。
「ぼ、僕・・・は・・・・」
アストレア様たちに迷惑がかかるようなことは、できない。
でも、見捨てるのは違う・・・。
どうすればいいのか、わからない。そんな僕にリューさんは目線を合わせてくる。
「ベル。貴方は既に『モンスターと人の共存』を可能にしていたではないですか。それに、私たちのことは気にしなくて良い。あなたが正しいと思うことをしなさい」
「リュー・・・さん?」
「貴方なりの、『正義』を見つけなさい。私たちは貴方の背を押し、応援します。間違っていたなら、叱ってあげます。」
『あなたは・・・・どうしたいですか?』とそういってリューさんはそれから先は口を開かず、僕が答えを出すまでじっと見つめてくる。
僕はリューさんの手を握って、見つめて、そして答えた。
「僕は・・・・この子を、ここで見捨てたくない。『同胞のヒト』のところに、送り届けたい。」
「―――ふぅ。わかりました、では、そうしましょう。リリルカ、【大切断】、そして【
「リリは、Lv1です。守ってもらわなければこれ以上は進むのは危険かと。それに、バックパックもパンパンになってきましたし」
「ごめん、私も行きたいけど・・・たぶん、これ以上は勝手に判断しちゃいけないと思うからやめておくよ」
「俺は行くぞ。」
「ヴェルフ?いいの?」
「そんな泣きそうな顔してる奴置いて帰れるか。とことん付き合ってやる。」
『では【大切断】、リリルカと一緒に地上へ。そして、闇派閥に密輸に関する動きで何か知らないか【勇者】に確認を取ってもらえませんか?リリルカは念のため、アストレア様に帰りが遅くなると伝えておいてください』とリューさんがティオナさんとリリに依頼し、ティオナさんはそれを承諾。リリと一緒に、18階層を経由して地上へと戻っていった。残ったのは僕、アーディさん、リューさん、ヴェルフの4人。
「それで、どこに向かうんですか、アーディさん?」
その質問に、少し間を置いて、アーディさんは指で下を指して答える。
「20階層」
そこに、異端児達の隠れ里があるから。と。
■ ■ ■
「らあああああああああッ!!」
哮り声とともに繰り出されたヴェルフの大刀が、『マッドピープル』を両断する。流血とともに大甲虫が倒れると、すかさず新たなモンスターが屍を踏み潰し突進してくる。
「――はぁッ!」
『ガッッ!?』
マッドピープルを始め、ガン・リベルラ、バグベアーなど、前方より押し寄せてくる様々なモンスターをヴェルフとリューさんが軒並み大刀と木刀の餌食にしていく。
「ベル君、
「――はい!」
「――【
ゴーン!ゴーン!と鐘楼の音が鳴り響き、音の暴風で近づいてくるモンスター達を灰へと変えていく。さらに、着地と共に周囲を走り回って熱を持って刀身が白くなった【星ノ刃】でモンスター達を魔石ごと溶断していく。
降り注ぐのは、上空で倒されたモンスター達の灰だ。
「ベル、敵の数は?」
「―――大丈夫そう」
「にしても、ベルのスキルでもここからは狙われやすくなってるな」
「ううん、たぶん、
今の僕ならきっと、戦闘せずに18階層までは余裕で来れるんだと思う。けど、その先・・・19階層より下はまだ初見でモンスター達は僕のことを補足している固体が増えてきていた。そしてなにより、アーディさんが言っていた通り、異端児の
「・・・『誘引』したほうがいい?」
「いえ、慣れない場所でするべきではないでしょう」
「ベルっ、すごく、つよいね?」
「・・・そうかな?」
「うんっ、音、綺麗だった」
「うん・・・僕もこの音、好きだよ」
まだ数時間もたっていないのに、目の前の異形の女の子はものすごい速さで言葉を覚えていく。アーディさんが言うには、必ずしも異端児全員が喋れるわけではないらしいけど・・・本当に、不思議だ。
「もうすぐ20階層に入ります。ベルは魔石ごと破壊していますが、【不冷】、魔石は破壊を優先してください。リリルカがいない以上、邪魔にしかならない」
「ああ、わかってる。」
「魔剣はあとどれくらい残ってるの?」
「ベルが一掃してくれるからな、まだ大丈夫だ。だが、もう少しで1本砕ける・・・はずだ」
「ベル君、念のため、『探知』を広めにできる?」
「・・・・数、多いね。これが普通?」
今までの階層より明らかに数が多い気がする。
その疑問はすぐにリューさんとアーディさんが答えてくれた。
曰く、『他の冒険者がいないからでしょう。恐らく、私たちにその矛先が集中している』と。理由は様々だが、あえて挙げるのなら凶悪な冒険者が出現しやすいなど、真夜中から朝にかけて迷宮探索に臨むパーティは総じて少ない。リヴィラをベースキャンプにしている冒険者達もこの時間帯は避けている。地図を確認し別れ道を進む傍ら、少ない獲物にモンスターが寄ってたかるのは道理だと、リューさんは付け加えた。
「たぶん、
『今、誘引したらすごいことになるかもね』とジト目で言うアーディさんに『ベルをあまり怖がらせないでくださいアーディ』とリューさんが小突く。それを見て笑う僕たち。パーティの中あいにいる少女を一瞥しつつ、僕は周囲に警戒を払う。意図的に『探知』範囲を広げている間は動きが鈍るけれど、その間はヴェルフ達が僕を守ってくれる。
巨大な樹木の内部を彷彿させる階層は押しなべて天井が高い。小さな樹洞がいくつもあり、モンスターがひそむ場所がいくらでもある。通路の横幅も広く、辺りに群生する層域特有の植物はさまよう冒険者を幻惑するかのようだった。赤と青の色をした斑模様の茸、金色の綿毛を四散させる多年草、樹皮の壁から大量に垂れ落ちる蜂蜜のごとき樹液。行き止りの広間には床一面に銀色の花畑が広がっており、自分に絵心があれば絵画の中に閉じ込めておきたいと、そう思うほど美しい光景だった。
「この花持って帰ったらアストレア様喜ぶかな」
「ベル君はほんとアストレア様が好きだねぇ」
「ヴェルフはヘファイストス様とはどうなの?」
「・・・ノーコメントだ」
「えぇー」
モンスターの襲撃が落ち着き、次の遭遇に警戒しながらも足を進めていると、一本道を塞ぐ、巨大茸の集合体に遭遇してしまった。赤と青の斑模様の茸が群生し、物言わぬ壁を形成していた。
「アーディ?」
「うーん、ベル君、わかる?」
「・・・・大丈夫かなこれ。攻撃して」
「これ・・・おかしいね?」
「つまり、あれか。擬態か?」
うん。と僕と
昆虫系モンスターと並んで『大樹の迷宮』の代表格である茸のモンスターが繰り出すのは、絶大な効果範囲を誇る毒殺である。
『―――!!?』
擬態していることがバレて炎に飲まれていくダーク・ファンガス。それでも、タダでやられてたまるかと、死に際に毒の胞子を放出してくる。その毒は『上層』の毒蛾とは比べ物にならない威力で、猛毒の異常攻撃は直撃すれば大型級のモンスターであろうと一瞬で行動不能に追い込む。
「っぶねぇ!?」
『~~~~!?』
弱点である火炎に包まれ、茸のモンスター達がもがき苦しみながら焼死していく。『クロッゾ』の魔剣のその威力は確かに強力で、モンスターではない巨大茸にも燃え移り勢いを増す炎。あれ、これ、大丈夫かな?
「ヴェ、ヴェルフ?」
「し、しらねぇ!?俺はしらねぇ!?」
「ヴェルフぅ!?」
「ベル、リリ助には言うな!!面倒くせえからな!」
「ベル、とりあえず貴方の魔法で燃え上がっている茸を吹き飛ばしてしまいなさい!」
「前からバトルボア来てるよ!」
ヴェルフの魔剣で危うく大惨事になりかけるところだった炎上している茸を僕が魔法で吹き飛ばし、リューさんは炎の海から飛び出して体毛を逆立てながら追撃してくるバトルボアを両断。しかしさらにその後ろにはバグベアーを始めとするモンスターの群れが。
「リューさん!」
「ベル、任せます!」
炎上している茸を吹き飛ばし、引き返す僕はリューさんに声をかけ、リューさんは僕が何をするのか理解し、後ろに飛びのく。僕はリューさんと入れ替わり、モンスターの群れの中に突っ込んだ。
「―――『来い』!!」
『オオオオオオオッ!!』
僕はナイフを鞘に納めてモンスターを真上に蹴り上げ、さらにその前方にいるバトルボアの頭を足場に飛び上がり、真上に飛ばされたバグベアーに掴みかかり落下と共に魔法を唱える。ナイフを持っていないときだけの本来の僕の魔法を。
「―――【
音の暴風は僕を守るように僕を中心に発生。
モンスターの大群を絶命させ、しとめ切れずに行動不能に陥っているモンスターをヴェルフとリューさんが止めを刺した。
■ ■ ■
「へぇ・・・足技に関しては【凶狼】みたいだね。」
「私はたまにベルがベルじゃないように感じて心配になります。」
やはりあの黒い魔道書のせいでしょうか・・・・とリューさんは僕を心配そうに見つめる。
僕はマジックポーションを、ヴェルフはポーションで消耗した体力を、魔力をそれぞれ回復しつつ足を進める。
「ヴェルフ、毒とかは大丈夫?」
「おう、何とか焼き払えたから問題ないぞ。にしても、お前がいるとやっぱ楽だな。前に18階層に行った時といい・・・便利だ。しかもドロップアイテムで希少な物まで手に入るし」
「『気持ち悪い』って言われたけどね」
「あれは仕方ねえだろ?普通はモンスターに無視されるとかねぇぞ?」
「それは・・・そうだけど」
僕は基本的に『1体1』での戦闘をすることがない。上層では『誘引』をしないともう既に戦闘すらできなくなってるほどに。かと言って戦闘なしでいるとステイタスは上がらないしで・・・・乱戦ばかりしていることになる僕のことをアストレア様はそれはもう心配していた。魔法はあっても、それはそれ、これはこれなのだと。普通に考えて13歳の子供がモンスターに囲まれるという構図が耐えられないらしい。
「1体1での戦い方とか教わってるの?」
「えっと・・・ホームの庭でリューさんとか、手が空いてる人が相手してくれるけど・・・」
「けど?」
「技を真似してくるのは非常に厄介ではありますが、魔法を使ってはいけないと縛りをつけて組み手をしてやっているので基本的にベルは各上の私たちに負かされています。」
「【アストレア・ファミリア】やべぇ」
「うぅぅぅ」
同じレベルの人を相手にしても、もう少しで勝てるというところまで来て、負かされてしまう。技術的な意味合いでとてもお姉さん達は強かった。そして、お姉さん達はすごくいい顔で『負けた人は勝った人の言うことを何でも聞く』というルールをいつの間にか設けてきて僕はそれはもう必死なのだ。何させられるかわからないから。
「・・・・・?」
「どうしたの?」
「何か、羽の音が・・・」
「む、ベル、何か感じますか?」
「・・・・あ、あははは」
『お、おいまさか・・・』とヴェルフは固まって僕を見る。僕はダラダラと汗を流す。だから言ったんだ『探知』は絶対じゃないって!!
「は、走って!!何かいっぱい、早いのが飛んでくる!!」
「ふざけろっ!!ベル、お前、お前なぁ!!」
「違う!絶対じゃないんだってばぁ!!」
「言い争いはやめなさい!というより、走りなさい!アレを相手にするのは面倒だ!!」
「
「リューさん、【ルミノス・ウィンド】は!?」
「入り組んでいるんです、漏れがでますよ!?それをするくらいならまだベルの魔法のほうが!!」
「ベルっ、アーディ、こわいっ!」
「私も怖い!」
わちゃわちゃ言い合いながら僕達は駆ける。巨悪な大顎に、重装さえ貫通するその『毒針』はLv.2の冒険者を一発で死に追いやる一撃必殺として知られている。故にそのあだ名はキラーアントの【新米殺し】を引き継いだ【上級殺し】。その殺人蜂が、20を超える大群をなして飛来してくる。
「ヴェルフ!生きてる!?」
「殺すな!実は余裕あるだろ!?」
「この先、一本道だよ!もうすぐ!!頑張って!!」
進路上からやってくる大甲虫などの行く手を阻もうとする複数のモンスターを僕とリューさんがメインで瞬殺してパーティの障害を排除していく。すると、目の前にアーディさんの言葉通りの最奥部にぽっかりと口を開けた樹穴が現れた。
「次階層への連絡路です、3人とも頑張ってください!」
ビキリ、と音が鳴る。
「―――まだ来る!」
ビキリ、ビキリ、と前方方向、左右両端の壁面。樹穴まで約50Mあろうかという通路内に不吉な亀裂音が響き渡り、無数の皹が走り抜ける。
「おいおい、『
「ベル、数は!?」
「いっぱい!!」
「「「数を言えぇ!?」」」
一斉にモンスターの群れが生れ落ちる。悪辣なダンジョン・ギミックの1つ。
大甲虫、バグベアー、ガン・リベルラ、ダーク・ファンガス、バトルボア。パレードの如く連なる大群が僕たちの前に立ちふさがる。前後挟撃。
「魔法を使います!そのまま突っ込みなさい!【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤(ちりば)む無限の星々。――】」
「リ、リオン!?鍛冶師君、魔剣、いける!?」
「飛び込むときに後ろに使うがいいか!?」
「オッケー!」
走りながら、近づいてくるモンスターを弾き飛ばしながら詠唱を始めるリューさんに僕も続いてモンスターを弾いていく。僕1人だけなら、きっと何とかできるかもしれないけど、味方がいるときに巻き込んでしまいかねないのをリューさんは分かった上で、魔法の詠唱に入った。
「【愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を。――】」
リューさんが魔力を纏い、詠唱が半分にいったところで手を上げてヴェルフに合図を出す。ヴェルフはそれを見てすぐに大刀を背中の鞘に戻し、跳躍。パーティの頭上に踊り出て、左手で長剣型の魔剣の柄を握り締めた。
「行くぞぉ!!」
抜剣と同時に、前方に向かって紅の剣を振り下ろした。
「来れ、さすらう風、流浪の
「
轟炎が生み出され、親の意志に呼応するように最大出力で紅蓮の咆哮が上がる。凄まじき爆流が通路を塞いでいたモンスター達を喰らいつくし、焼滅させる。
炎によってできた道を、喉を焼かれないように息を止め、駆け抜ける。
「空を渡り荒野を駆け、何物よりも
バキッと魔剣が割れる音が鳴る。
最大出力の砲撃によって寿命が燃え尽きたかのように剣身に亀裂が刻まれていく。
「頼む、あと少しもってくれ・・・!」
顔を歪めながらヴェルフはリューさんと目を合わせ、リューさんも合わせて頷き、パーティ後方へと向かって魔法と魔剣を発射する。
「【ルミノス・ウィンド】!!」
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
「そのまま飛び込んで、ベル君!!」
全てを焼き尽くす、緑風を纏った無数の大光玉と魔剣の炎が、処理し切れていない追撃してくるモンスターごと焼き払っていき、跡形もなく爆砕する。そして、樹洞内で炸裂したこう火力の爆発に後押しされるようにヴェルフ達ともども下方へと吹き飛ばされた。
■ ■ ■
「し、死ぬかと思った・・・」
「さすがにやりすぎじゃないかな・・・?」
「――――」
「私はいつもやりすぎてしまう・・・」
「そういう問題じゃねぇよ・・・」
「そ、それより、アーディさん、降りてぇ・・・」
爆風で吹き飛ばされた僕達は、鈍い音を立てて山の様に折り重なっていた。
「アーディ、あそこで
「あ、本当だ。」
「大丈夫なのか?」
「ア、アーディざぁん・・・ぐるじぃ・・・」
「・・・・えいっ」
「ほわぁ!?な、なんで抱きつくんですかぁ!?」
「それはベル君が可愛いからです!」
折り重なった状態から、開放されて全員でポーションを飲み、
「20階層へようこそ、ベル君。感想は?」
「・・・・アーディさんは柔かかった」
「ベル、そういうことではありません」
「ベル、お前、そういうとこだぞ。」
「そ、それで・・・もうつきますか?」
「ええっと・・・確か・・・あっ、そこのルームだよ」
幅10Mと同じくらいの高さの長方形のルームが目の前に足を踏み入れる。そこは草の緑と小輪の白からなる美しい花畑が、随所に広がっていて、その中でも石英に目を引かれる。
「食料庫周辺は石英に侵食された地形が多いってエイナさんが言ってたけど・・・すごい」
緑色石を連想させる濃緑の石英がルームの至るところから生えており、樹皮の天井や壁面、床を破って生える大小様々な石英を見て、僕も
「それで?何もないぞ?」
見たところ人はおろか、モンスターもいない。生え渡る石英は確かに幻想的ではあるが、特別、何かがあるようには見えない。
「―――」
そこで、アーディさんに手を握られている
「何か、聞こえる・・・」
「え?」
アーディさんはその反応に少し微笑んで、足を進めて行く。
僕は
『――――』
「・・・歌?」
徐々に大きくなっていく音が、耳に透き通るような旋律が、今まで一度も・・・いや、どこか懐かしいような歌が、聞こえた。
「・・・・『迷宮に響く歌声』ですか」
「何か、前に噂というか、クエストであったな。そんなの『迷宮に響く歌声の正体を探せ!』みたいなの」
アーディさんは壁を覆う群晶の一角、生え渡る濃緑水晶の柱ので足を止めて、口を開く。
「これから、皆が見たことがない・・・・というより多分、驚くことが起きるから、主神様に伝えるのはいいけど、周りに言いふらすのは危険だから注意してね」
と忠告する。
その忠告に全員が頷くのを確認すると、アーディさんは自分の武器で発光の弱い石英を打ち壊した。
ガラスの塊が砕けるような甲高い音を撒き散らし、石英はばらばらに砕け、そして塞がれていた穴が露出した。
「―――隠れ里。なるほどな」
「ええ、アリーゼがいくら探しても見つかる筈がないわけです。」
隠れていた樹穴にヴェルフとリューさんが呟く。
自己修復しようとする濃緑水晶を跨いで、僕達は素早く身を滑り込ませ、奥へ奥へと足を進めて行く。
途中で泉が現れ、その中を潜水して進み浮上すると、そこに飛び込んでくるのは樹洞から様変わりした鍾乳洞に似た洞窟。黒い岩盤で構成されており、天井や壁から生える石英の光だけは変わらない。僕と
「『未開拓領域』ですか・・・ベル、反応は?」
「・・・・いっぱい、いる。」
「やっぱベル君にはわかっちゃうか。」
「数え切れないくらい、いっぱい、いる。」
その僕の声が聞こえたかのように、ザザザザッ!!といくつもの足音が周囲から接近してくる。同時にばさっという複数の羽の打つ音も宙を舞う。
表情を変えることなく魔石灯を持つアーディさんが左腕を動かすと最も早く近づいてくる影に光が向けられ、赤緋の鱗が照らし出される。
『―――ウォオオオオオオオオオオッ!!』
「リザードマン!?」
「おい、武装してるぞ!?」
双眼を血走らせるリザードマンは、僕の懐に潜り込み、襲い掛かってこようとする。
「なっ――!?」
曲剣が豪速の勢いで薙がれ、掻き消えた太刀筋に僕は呼吸を止めて、胴体に刃が触れるギリギリで咄嗟に、口を、魔法を、唱えてしまった。
「――【
リザードマンの他にも複数接近して襲い掛かってきたモンスター達の影がそこで一斉に止まり、そして、倒れ伏した。
「あ・・・」
とアーディさんは、『やっちゃった?』と声を漏らす。
ドサドサドサッ!!と、ゴブリンが、ハーピィが、地面に落ちて転がる。リザードマンも頭を抑えて丸くなる。
「あ・・・え、えと・・その・・・」
「ベルお前・・・」
「ベル・・・」
「え、えっと【私はいつもやりすぎてしまう】・・・・」
「私の真似をするのをやめなさい」
なんともいえない空気。両者共に、沈黙。
どうしよう・・・どうしたらいい!?と僕はアーディさんに目で訴えるが、アーディさんも『何でこうなったんだろう』と頬をかく。すると、リザードマンが後ろに座り込んで、声を上げた。
「滅茶苦茶、いってぇぇぇぇえぇぇ!?」
「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!?」