「では、そろそろ帰るとしましょうか」
「えっ!?」
「ベル、お前、ずっとここにいるとか言わねぇよな?」
「うっ・・・も、もうちょっとだけ・・・」
「駄目だよベル君。ただでさえ、何も言わずに長時間ダンジョンにいるんだから。ファミリアの人たちだって心配してるよ?」
「うぅ・・・・」
「それに、全員が全員、私たちを受け入れているという訳ではない。それを無視して居座り続けるのは、いけないことだ。」
「・・・・・」
宴も終わりにさしかかり、そろそろ切り上げて帰ろうとリューさん達が言い、僕は少し名残惜しくて、でも、アストレア様たちに心配をかけたくなくて肩を落としてしょぼくれる。そんな僕にレイさんが近づいてきて言葉をかけてくれる。
「ベルさん、もう二度ト会えなイ訳でハありませんヨ。キット、また会えマス」
「・・・・うん」
「まぁ、オレっち達は常にここにいるってわけじゃねぇからな。そう簡単に会うことは難しいかもしれないけどよ」
「え・・・」
「リ、リド!?ベルさんヲ落ち込ませるようなコトハ!?」
雷に打たれたように項垂れる僕を励まそうとするレイさんに、リドさんがまぁまぁと手を振ってから、天井を見て、言葉を続ける。
「もうベルっち達も気づいてるかもしれねぇけどよ、この空間はモンスターが産まれねぇ。」
「―――安全階層」
「リオンっちの言うとおり、冒険者たちがそう呼んでいる場所が他にもいくつかあるんだ。勿論、『冒険者』には見つかってねぇ。それをオレっち達は【隠れ里】って呼んでる。」
自分達しか知りえない『未開拓領域』・・・『異端児の隠れ里』を駆使し、拠点として中層域から深層域まで移動して同胞探しをしている。つまりは、旅団だと説明してくれる。
「今いる『異端児』が40体ほど・・・・まぁ、増減を繰り返してるけどよ、その中でも、オレっち、レイ、グロスは古株のメンバーなんだ。」
「増減・・・?」
「あぁ。オレっち達と出会う前に、モンスターに殺されちまうか、冒険者に殺されちまう。もしくは・・・ベルっちが出会った『同胞』みたいに捕まって、売られたり、いいようにされるやつもいる。だから同胞で身を寄せ合ってる。」
だから、移動を続けるオレっち達に会うのは、難しいことなんだ。でも、二度と会えないわけじゃねぇ。とリドさんは僕に言ってくれた。僕は、頷いて、もう一度リドさんとレイさんの手・・・羽を握って、リューさん達の元に戻る。
「―――あれ?」
「ん?どうした、ベル?」
「古株ってことは、リドさん達が一番強いんですか?」
「ん?あぁ、勿論、一番はオレっちだ!!・・・・って言いてえところなんだけどよ」
盛大にリドさんは肩を落とした。
「新しく仲間になったばかりの新入りに、あっという間に追い抜かれちまった・・・・」
「どんなヒトなんですか?」
「今は1人で『深層』で武者修行してる。何ていうかよ、『今度こそ、ちゃんと戦いたい相手がいる』って言ってんだよ。そいつ」
「ちゃんと?」
「あぁ。あいつの前世って言えばいいのか・・・まぁ、記憶の中によ、怯えながら、泣きながら戦う奴がいたんだってよ。そいつは自分のことなんざ、ちっとも見てなくてよ。最後の最後にやっと目を合わせただけなんだと」
だから今度こそ、ちゃんと向き合って、戦いたいんだとよ。
叶うといいよな、あいつの夢。とリドさんはケラケラと笑っていて、僕も異端児達が言っていた夢が叶うといいですね・・・と口にして、ウィーネに別れを告げて、今度こそ、隠れ里を後にした。
■ ■ ■
異端児達の隠れ里より離れ、現在、ダンジョン18階層。
もうここまで来れば、僕のスキルのせいで、戦闘は無視できるため、割とのんびり歩いていた。
「あー・・・結構時間経ってたんだねぇ」
「えぇ・・・あっという間でした。」
「にしても、前世の記憶・・・そんなことあるのか?」
「謎です」「謎だねぇ」「謎だな」
――オレっちは、あの夕日が見える世界でもう一度生きたい。
――私ハ、光ノ世界デ羽ばたいて、誰モ抱きしめられないこの翼ノ代わりに・・・愛する人間ニ抱きしめられたい」
――抱きしめてもらえたじゃねぇか。
――だ、黙りなさい!!
「うーん・・・それにしても、どうやって密輸したんだろう。リオンはどう思う?」
「恐らく・・・あの人工迷宮が関係しているのでは?」
「やっぱり?」
「あそこの地図がないためはっきりとしませんが・・・ただ第二のダンジョンという訳ではなく、オラリオの外とも繋がっていると考えるべきかと」
「あいつらも、最近妙なことが起きてて気をつけろって言ってたな」
『彼等、『異端児』を無差別に捕獲している狩猟者がいる。そして最近、冒険者の行方不明の捜索依頼が増えて来ている。因果関係があるのかは不明だが、気をつけてくれ』
人語を扱うモンスター、そして人型は見目麗しい。故に、そそるのだろう。彼等を虐げた上で都市外に密輸し、好事家どもに売り払っているらしい。とそう、言っていた。でも、最近はさらに冒険者まで行方不明になることが増えているとも言っていた。リューさんもアーディさんもギルドの掲示板で捜索依頼が増えていると言っていた。
「―――ベル?」
「―――ん?」
「大丈夫ですか?」
「ちょっと・・・疲れた。眠たい」
「仕方ないですね・・・ほら、ベル」
手を握っていたリューさんが背中を向けてしゃがみ込んで、どうぞと言ってくる。
僕は特段疑問に思うこともなく、大人しくリューさんに体を預ける。
「よいしょ・・・。ベル、相変わらず軽いですね。ちゃんと食べていますか?」
「・・・うん、食べてるよ。」
「リオンリオン、私にも背負わせてよ!」
「アーディ、一体いつから貴方はベルとそこまで仲良く?」
「うん?ベル君、可愛いじゃん。」
「ベルお前、背中には気をつけろよ」
「えぇ・・・!?」
リューさんの背中でウトウトとしている僕に、途中で交代して欲しいと交渉するアーディさん。そして、忠告してくるヴェルフ。怖いよ、ヴェルフ。
「ったく、女に囲まれやがって」
「ベートさんだって、ハーレム作ってるんじゃ?」
「え、【凶狼】が!?」
「いやいや、彼が?それこそ、有り得ない。あの性格で・・・」
趣味が悪すぎますよ。と酷いことを言うリューさん。
ベートさん、格好いいと思うんだけどなぁ・・・。
「ベートさんは・・・口が悪いけど、優しい人ですよ?」
「どうしてそう思うの?」
「スキルでわかっちゃうので・・・」
「え?」
「うまく言えないですけど・・・うん、『トゲトゲしていて、でも、その内側は優しい波』なんです」
「なるほど、わからん」
「リーネさんに・・・アマゾネスの人に・・・他にもいるのかな?」
「・・・・ごめん、ベル君。想像したくないや」
「えぇ。この話はやめましょう」
『人の恋愛事情にあれこれ言うのは良くありませんよ』なんて注意をしてきて、無理やり話題を切り替えられてしまった。徘徊するミノタウロスやモンスターたちを『お勤めご苦労様です』と言わんばかりにすれ違っていく僕たちは、雑談を繰り広げながらさらに足を進めて行く。
「【不冷】、女神ヘファイストスとは上手くやっているのですか?」
「おい【疾風】!そういう話題はやめようって今言ったじゃねぇか!何で振ってきやがる!!」
「ヴェルフはヘファイストス様とお付き合いしてるんだ」
「いや、してね・・・いや、まだだ!まだそこまでは言ってねえよ!!」
「えー・・・でも、神様達の間で話題になってたらしいじゃん。それで二つ名になったんでしょ?」
「「【貴方に鍛えられた
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!?」
『私もそういうこと言われてみたいなー!』『ベル、ちょっと言ってみてくれませんか?』『アストレア様に言ってみてごらんよ、ベル君!!』なんてヴェルフを弄りながら話に熱を上げる女性2人に、顔を赤くして大刀を振り回してモンスターに八つ当たりしにいくヴェルフ。な、なんだこれ・・・?
「だいたい!ヘファイストス様は、口が軽すぎるんだ!!椿のやつを呼び出しては同じことを言いやがってぇ・・・ふ、ふざけろぉ!!」
「お、おめでとう・・・?」
「めでたくねぇよ!?・・・ベル!お前こそどうなんだ!?」
「どうって?」
もう俺の話はやめろ!!と言わんばかりに、今度は僕に矛先を向けてくるヴェルフ。僕を背負っているリューさんは『余計なことを言うな』と言わんばかりに僕に目線を送ってくる。こ、怖い・・・
「いや、どうって?じゃなくてよ・・・アストレア様とか、【紅の正花】とかよ・・・」
「うーん?」
「何々、ベル君、誰が一番好きなの?」
「アストレア様?うーん・・・でも、アリーゼさん?うーん・・・?」
「リオンは?」
「好きですよ?」
「だってさ、良かったねリオン?」
「わ、私を巻き込むなぁ・・・っ!!」
「あーうん、あれだ、一発殴らせろ」
「ナ、ナンデ!?」
僕は何かヴェルフの地雷を踏んでしまったんだろうか・・・。『くそ、羨ましい生活しやがって・・・』なんて言いながらモンスターに八つ当たりをしている。
「そ、それで、リューさん!」
「何ですか?ベル」
「そ、その、行方不明者の捜索ってするんですか!?」
「強引に話題を変えやがったコイツ」
「あはははは。あ、リオン、交代。ベル君頂戴?」
「いえ、あげませんよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「む・・・ベル、ちゃんと帰ってきてくださいね」
「ちゃんと【星屑の庭】に帰るよ・・・」
渋々、僕を背負うのを交代したリューさんが、僕の質問に答えてくれた。
捜索願に共通しているのは、ほとんどが『上級冒険者』だということらしい。
「ダンジョンで死者や行方不明者が出るのは、日常茶飯事です。しかし、あのローブの者は『全員生きている』と言っていた。それが気になります」
「どこかで怪我をしてるとか?動けなくなってるとか」
「なんとも言えません。一度、アストレア様達と話してみる必要があります。」
探すにせよ、探さないにせよ、我々では全てのことに手を回せない。必然的に他派閥に協力を依頼する必要性がでてきます。とリューさんが説明して、アーディさんも同じような答えを出した。
「うーん・・・僕はどうしたらいい?」
「あなたはどうしたいのですか?」
「・・・どっちも助けたい。」
「なら、そうするといい。」
「いいの?」
「ええ。貴方の『正義』を貫きなさい」
さぁ、もう地上だ。帰ったらアストレア様に報告をしなくてはいけません。そう言って話は終わって、バベル前の広場で僕達は解散した。
■ ■ ■
「【ガレイル・アラン 『大樹の迷宮』探索中、モンスターの大量発生に遭遇。からくもパーティは離脱するも、ガレイルは行方不明に。捜索求む――】」
「【マリッサ・スゥ 単独で探索をこなすLv.3の第二級冒険者。『20階層へ行く』と主神に伝言を残し、その日の内に消息を断つ。行方を知りたい――】」
「【ヤサカ・左近 主にリヴィラで活動する上級冒険者。相場が高騰したドロップアイテムを探す中、失踪。目撃情報を求む――】」
【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭にて、日付が変わるであろう時間帯に、卓を囲んで話し合いが行われていた。
「へぇ・・・『上級冒険者連続失踪事件』ねぇ。」
「えぇ、帰ってくる前にアーディと一緒にギルドに行って資料を貰ってきました。」
「うん、まぁ、その、『喋るモンスター』に遭遇して帰りが遅くなったっていうのはわかったから、そのことについては目を瞑るわ。」
「う・・・申し訳ありません」
帰りの遅い2人を待っていたのか、全員が風呂上りもしくは寝巻きでリビングで待ち構えていて、ベルを背負ってホームに帰還したリューはそれはもう固まった。全員が自分のことをニッコリとしながら見つめているのだから。
「てっきり、2人でしっぽりしているのかと思ったわ」
「さ、さすがに無断外泊のようなことはしない!!」
「この妖精様は油断なりませんからねぇ・・・」
「まぁまぁ、アリーゼに輝夜。2人とも無事に帰ってきたのだしいいじゃない。リリルカちゃんが事情を説明しに来てくれていたし、ある程度遅くなるのはわかっていたでしょう?」
「「まぁ、それは・・・」」
リリルカに事情を説明するように伝えておいて良かった・・・もし、そうしていなかったら、自分にどんな飛び火がくるかわかったものではないとリューは冷や汗を流して、席につく。すっかり眠ってしまったベルは、主神の膝を枕にして眠る光景を全員にニヤニヤと見られていることに気づくこともなく、ぐっすりとしている。
「それで・・・その『異端児』っていうのかしら?その子たちの協力者が、この一件と『異端児』も巻き込まれている可能性がある、と?」
「はい、アストレア様。あくまで可能性ですが・・・と」
「にしても、隠れ里かぁ・・・私がダンジョンを走り回っても見つからないわけよねぇ」
「いや団長様、付与魔法で走り回っていたら、見つかるわけがないだろう」
「・・・・早いにこしたことはないわ!」
「早すぎるんだよ。どこに『ダンジョンを爆砕しながら宝探しをする』やつがいるんだよ」
「私がいるわ!ふふん!」
『どうして胸を張るんだ・・・!?』と突っ込みを入れたかったが、眠っている少年を起こすわけにはいかないため、声を絞って何とか会話を再開させる。ベルが異端児が巻き込まれているいないにせよ、助け出したいと言ったこと。そして、さすがに【アストレア・ファミリア】だけでは手が回りきらないという事実も含めて、報告していく。
「そうね、さすがに私達だけでは手が回らないわ。かと言ってベル1人にさせることもできない・・・・」
「アストレア様、【ロキ・ファミリア】はどうですか?」
「―――『異端児』についてはどう説明するの?仮に関連があったとしたら、難しいと思うわよ?」
「うーん・・・でも、冒険者の捜索だけなら、なんとか協力してくれないでしょうか?あの迷宮とも無関係と一括りにはできないはずでしょう?」
「・・・そうね。ではアリーゼは明日、【ロキ・ファミリア】にいってみて頂戴?輝夜は、そのときはベルと行動してあげて?」
「わかりました。なるべくベルに方針を決めさせる。ということでよろしいですか?」
「ええ、それがいいと思うわ。でも、まだベルでは判断できないこともあるでしょうから、ある程度は引っ張ってあげてね?」
あらかた、明日以降の方針が決まり、異端児についての報告も終わり、何名かは部屋へと就寝ないし入浴へと向かっていると、女神の膝で寝ていたベルが目を覚ます。
「あら、起こしてしまったかしら?」
「―――あす・・・とれあ・・・様?」
「ええ、おかえりなさい」
「ふへぇ・・・ただいまですぅ・・・」
ぽふん。と頭を揺らしながら、肩に頭をやるベルに、残っている姉たちは飲み物を口に含みながら眺めていると、まだ寝ぼけていて頭が回っていないのか、ふわふわとしながら、女神を見つめながら、何かを言おうとしているのがわかった。
その中で、リューだけが、ベルが帰りにアーディに『アストレア様に言ってみてごらんよ!』と言われていたことを思い出してしまう。
「ベル?」
「アストレア・・・さまぁ・・・」
「な、何かしら?」
ぽやぽや。ぽやぽや。寝ぼけながら、腕を回して抱きついて、女神もつられて抱きしめて、無言で見つめあう。
「ねぇ、何で私達、あの光景を見せ付けられているのかしら?」
「知らん」
「ベ、ベル・・・い、いけない、それはいけない・・・!?」
「リオン?どうしたの?」
すぅーはぁー・・・と少し顔を赤くしながら、決して大声ではないけれど、ベルが口を開く。きっと、女神は喜んでくれるだろうと思って。
「【貴方に鍛えられた
「え、えぇ、そうらしいわね。素敵ね?」
「アストレア様は・・・言われたら嬉しいですか?」
「ん?え、えぇ。そうね、嬉しいわね?」
その辺りで、何かとんでもない爆弾が投下されるような気がした姉たちは、リューの首根っこを掴んで円陣を組んで、緊急会議が行われる。
「おい、リオン!何があった!?」
「い、いえ、ですから、アーディが、【不冷】が女神ヘファイストスに言ったようなことを、アストレア様に言ってみたらどうか、と・・・」
「え・・・えぇぇ!?」
「アストレア様・・・大好きー!!」
「――――。」
『違う、そうじゃない!!もっとあるでしょう!?』と姉達は抗議したかったが、もう遅かった。女神は固まってしまっていたから。
無言の思考停止からの復活後、女神はベルを背負って、主神室へとそのまま向かい、『パタン』と扉がしまった後、何やらベッドで足をバタバタさせる音が聞こえたとか聞こえなかったとか。